高得点作品掲載所      高田園子さん 著作  | トップへ戻る | 


組もうよクラスタシステムを

「ふくぶちょー、器材点検終わりましたー」
「こっちおわんねー、全然おわんねー」
「俺もう帰っていいっすかー」
「殺すー、帰ったら超殺すー」
 帰りてえなあ。

   ***

 俺が通う高校の電算部は、プログラムバカとマシンパワー信者と狂信的マッカーとUNIXちゅきちゅきーみたいな病人が集う隔離病棟で、プレハブ長屋と呼ばれる部室棟の最奥で一年を通して窓全開扇風機全開でマシンを走らせていることで有名だった。エアコン? ねえよ。
 時たま勘違いして入部してくるエロゲーネトゲーエミュレータマニアは三ヶ月以内にそれ以上のことができるようにならないと諸先輩の「使えないオタクを見る目」攻撃で幽霊部員と化すことを余儀なくされた。俺たちエンジニア志向、エンドユーザは帰れ、みたいな感じである。
 長年対立を続けたマッカーとUNIX信者はMacの新OS登場により和解を果たし、最近ではマシンパワー信者を巻き込んで『古いマシンを並べてクラスタ組んで幸せになろう』プロジェクトをぶち上げて部費をよこせと叫んでいた。
 んなもんなんに使うんだよ、などというものは電算部にはいない。コアなコンピュータファンというのはその根っこの部分においてパワーホリックであり、強力な演算能力さえあればなんでもできるという幻想を糧に生きている。
 ってかお前ら並列プログラムとか組めんのかよオラ、組みます、組めます、危ぶむ無かれ組めばわかるさと売り言葉に買い言葉の予算会議は一時間の紛糾の末に部長の了承を得て部の総出でクラスタシステムを組むことを決定して終了した。

 そこまではいいとしよう。

   ***

「帰りたーい。マジ帰っていいすか」
「だめだ。付きあえ。付きあってください」
 日は既に地平線の影に消えている。部室に残っているのは一年の俺と二年の副部長。ポニーテールがゆらゆら揺れる。オタク兄ちゃんのきったねえ長髪ではなく手入れをされた女の髪だ。
 壁という壁を埋めたスチールラックと謎のコンピュータ群と平積みの雑誌とケーブルの海の底に、事務机という名の島がある。その島に紙束をぶちまけた副部長(二年女子、ポニテ眼鏡)はパイプ椅子と一体化して備品目録と現実の乖離を前に戦っていた。

 コンピュータに詳しくない人に説明すると、クラスタシステムというのは複数のコンピュータを束ねて演算能力をでかくしようというシステムである。いや正確にはそれだけじゃないんだけどとりあえず今回電算部で立ち上げようとしているのはそういうものだ。
 葡萄の房をイメージしてもらえるとわかりやすい。粒の一つ一つがマシンで、全体で一つのシステムとなる。なんならベアクロー二つで二百万パワーとかでもいい。
 電算部は部内の古いマシンを並べてそいつを作ろうとしているわけだが、実際にやるとなると発生する作業は地味に多い。たとえば埃かぶっているマシンがまだ動くかの確認とか。
 というわけでここ一月ほど部員総出で部が持っている資産の再確認を行っているわけだが、ある程度歴史のある文系の部活動において物品管理がまともに行われているわけがねぇのである。目録に載っているマシンが無い、目録に載っていないマシンがある、親切な先輩がメモリを増設していってくれた、なぜかCPUがランク下の奴と変わっているぞこの野郎等々。
 中途半端な位置にある俺の学校は電車通学の者が多く、電算部で徒歩通学をしているのは俺と副部長だけだった。残業決定。死ねばいいのに。

 俺は平積みにされた雑誌の山に座ってラックの低い位置にあるマシンのチェックをしていた。3Dムービーのエンコードや多脚ロボの進化シミュレーション、液酸液水ロケットエンジンの制御プログラムのコンパイル等をしているため落とせないマシンの確認をする。一年の俺は副部長がやっているような仕事があまりできない。目録が読めないほどバカというのではなく、目録の品がどこにあるのかをわかっていないので効率的な点検ができないのだ。結果としてできるのは雑務と物を動かすような力仕事だけ。今日は既に動かすものは動かしてしまっている。
「なんか他に手伝えることとかありませんかね。なきゃ帰っていいすか」
「んー、今んところないから待機してて。カバン下ろせ。そこに座れ」
 帰りてえ。
 俺は座っていた雑誌束から適当に一冊を抜き出すと、崩れかけたのを足で直してパラパラめくった。目の前を肌色が乱舞する。副部長は頭を掻きつつ唸っている。
「ケーブルの数が全然合わん。なんで」
「消耗品っすからねー。会計通すのめんどくさくてテキトーに買ったり捨てたりしてんじゃないすかね」
「キーボードはやたらあるのにマウスが全然足りてなーい」
「CUI好きが多いっすからね。あとボール式はすぐ駄目になるっつーか」
「ELOGINのバックナンバー完備ってどういうことー?」
「スーパーアスキーなんか最終号についてたディスク一枚なんすけどね。すげー痕の特集記事エロシーンのCGほとんど出てる」
 すげぇなぁ20世紀。
 ふと気がついて視線を上げると、机に向かっていたはずの副部長が腰に手を当てて俺のことを見下ろしていた。趣味はシステム管理とジョギングという副部長は姿勢がいいぶん長身に見える。スカートの下にジャージをはいたポニテ眼鏡は俺に味のある笑顔を見せた。
「人が真剣に仕事してんのに自分はロリキャラ鑑賞会?」
 俺はこれ以上ないというほど真面目な表情で返事をする。
「自分はエロゲーは3D物しかやりません」
 揺れるおっぱいが好きなんです。ゆえにロリコンではありません。

 などという話が通じるわけはもちろん無かった。

   ***

 副部長にボコられた後、俺はついに出た帰宅許可のために事務机の上を片付けていた。副部長がポニーテールをほどきジャージを脱ぐ。スカートの下から差し入れられた手が下がり、ジャージの下の生足が出る。走りこんでいるだけあって締まった脚だとか思っていると、顔を上げた副部長と眼が合った。
「なんすかぁ!」
「なんすかぁってなに人の足」
「足見てたからなんなんすかぁ!」
 とりあえず逆ギレする。ものすごく納得いかない顔の副部長を放っておいて机を片付けた俺は、カバンを取って立ち上がった。

 結局、校門がしまるまで粘った後に俺たちは帰宅の途についた。
「お疲れーす」
「お疲れー。って、何でついてくるの」
「あー、もう日が暮れてるんで送ってこうかと」
「今までそんなことしたこと無いじゃん」
「今まで校門がしまるまで遅くなったこと無いじゃないすか」
 副部長は何か不満そうな顔をしたが、それ以上は言わずに俺が隣を歩くのを許してくれた。ってか副部長歩くの早い。俺は一歩下がった位置を歩く形になった。
 学校から副部長の家へは歩いて二十分ほどの距離があり、その間にはやたらと人気の無い薄暗い道があったりする。さすがにこういうところを女性一人に歩かせるのは問題があると思う。高い塀の間をぽつぽつと街灯があるだけの道を、一つ上の先輩と一緒に歩く。
 年が違おうが性別が違おうが、コンピュータファンは基本的に話題で困ると言うことがない。お互いの知識を探るようにコンピュータネタの会話を投げあい、それを通じて理解を深める。残業で無駄口を叩き続けたお陰で俺と副部長は互いの趣味をかなりよく把握していた。
 例えば、副部長はUNIX信者でOpenBSD大好きっ娘でSFファン。しかも八十年代サイバーパンク。やばいドストライクだ結婚してくれ副部長。
 そして俺はユビキタス・コンピュータのシーンの追っかけで小型コンピュータマニアで洋ゲーマニア。スマートフォン拡張して80GBのHD外付けした挙句OS差し替えたりして遊んでいる。OSを差し替えたら電話ができなくなりました。要するに二人とも病人だった。
 だが、その日はなぜかコンピュータネタが一切話題に上らなかった。

「告白された?」
 副部長がこくんと頷いた。前を歩いているために表情は見えないが、口数は普段より少なく思える。
 話を聞けばこういうことだ。副部長は電算部のパワーエリートという他に、陸上部に誘われるほどのジョギング好きという側面がある。部活の誘いを断り続けている反面、逆にそれが縁で部活と関係ないところでは陸上部の人間と親しく付き合っているという。
 そして先日。秋口の市民レースに陸上部有志とともに参加した際、レース後に陸上部の人間に告白された。

「でもまだ返事はしていない」
 と副部長は俺に言った。あのね、ほら私どっちかってーとインドア派でそういうの疎いじゃん。女友達にも相談しているんだけど中々結論が出なくって。週明けには返事をするって言ってあるんだけど。
「ってか何でそんな話を俺に」
「なんていうかさ、経験値が高そうって言うか。少なくとも私より。人前で平気でエロ本が読める人間は童貞か経験値高いかどっちかって気がする」
 平気で童貞とかいう人はどうなのかとか思う。
「あー。まぁ、確かに童貞ではないですね」
「ほらー。って。嘘!?」
 副部長が立ち止まって俺を向く。
「したことあるの?」
「ありますよぅ」
「いつ、どこで!」
「内緒ですよそんなこと」
 副部長が口をパクパクさせている。俺たちぐらいの歳だと、こういうことの進み具合が心理的な影響力を持つ。
 バグった副部長が落ち着くのを待って、話を続けようとした。なんで返事をしないんですか?
「いい人なのは間違いないんだけど。付き合うなんて考えたことも無かったから」
「付き合ってみりゃいいじゃないですか。合わなきゃさよならって事で」
「そういうのは何か不真面目な気がするっつーか」
「真面目に考えすぎですよ。結婚前提ってわけじゃないんだし。お友達からはじめればいいんですよ」
 そういいながら、俺はこりゃ目が無いなと思っていた。相手を『いい人』とか言う時点でほとんど眼中に無いといっていい。というか、副部長の恋愛観にものすごい幼い印象を受けていた。
 結局のところ、副部長はコンピュータの管理と自己管理を同一レベルで見ていて、物事が計画通りに進むことに喜びを感じるタイプの人間なのだ。
 ふと、奇妙なざわめきというか、落ち着かない気持ちを覚えてうろたえる。俺はこんなにも副部長のことを知っているのだと考える。それは副部長にしても同じ事で、かなり俺のことをよく知っている。まるで姉弟か、あるいは、……。

 俺はその後も副部長の半ば愚痴じみた相談を聞き続けた。基本的な返事は『いいから付き合っちゃえよ、タノシイヨ』路線で押していく。俺としては間違ったことは言っていないつもりだが、俺のアドバイスを聞く度に、副部長はだんだんしおれていくように、あるいは意地で反論しているように思えてきた。副部長は俺からどんな答えを聞きたいのだろうか。俺は答えがわからなかった。
 わからない振りをし続けた。

 副部長を家の前まで送ってきた。玄関の明かりを前に、副部長が俺を見る。
 夜の静かさのせいだろう。ポニーテールにできるほど長い髪。鍛えられたしなやかな脚。細い眼鏡。副部長の顔が何かを訴えるかのように真剣に見える。
 最後に、副部長が俺に問いかけた。
「私が他の人と付き合ったら、どう思うの?」
 ずるいな、と俺は思う。誰が? もちろん、俺自身がだ。

 俺は黙って副部長の手をとると、ゆっくりと指を絡ませた。

   ***

 ねんがんのクラスタシステムをてにいれたぞ!

   ***

「ふくぶちょー、器材点検終わりましたー」
「こっちおわんねー、全然おわんねー」
「俺もう帰っていいっすかー」
「殺すー、帰ったら超殺すー」
 おいマジかよまたかよ勘弁しろよ。

 当たり前の話だが、立ち上げたばかりのシステムがいきなり完全に完璧にこちらの想定どおりに稼動してくれたら苦労はしない。システムはテストを繰り返して問題点をあぶり出し、それらを改修していくことで良くなっていく。ということはもちろんテスト要員とか改修要員とかが必要になるわけである。残業決定。死ねばいいのに。

 俺は平積みにされた雑誌の山に座ってラックの低い位置にあるマシンのチェックをしていた。3Dムービーは映画研究会に、多脚ロボの進化シミュレーション結果は電子工作部に、液酸液水ロケットエンジンの制御プログラムは高速飛翔体部に納入済みだ。ムービーはヌルヌルのエロエロ、ロボシミュレーションはハードに突っ込めばそのまま使えて、制御プログラムは多分国の輸出制限に引っかかるレベルのブツだ。液体酸素・液体水素のロケットは技術的ハードルが割と高い。低温酸化剤は難しいのだ。っつーか何でそんなものがうちの部活に。
「手馴れたもんだなぁ、一年」
 三年生の先輩がLANカードの設定をしながら俺に言う。
「まぁ、準備期間中に散々やりましたからね」
 俺は機材点検簿に最後のチェックを入れて伸びをした。
 今回の残業と今までの残業の違いは、残っている人間が俺と副部長以外にもいることだ。クラスタシステムの構築は部をあげての仕事であり、そういうのが好きな人間が大量に終電覚悟の残業を申し出たためだ。いやもちろん終電間際まで校内に残れるわけはないのですが。
 休んでていいぞ、という先輩の言葉にありがたく頷き、俺は座っていた雑誌束から一冊を抜くと崩れかけたのを足で直してパラパラとめくった。目の前を肌色が乱舞する。

 副部長は、他の部員とともにラックに並べたクラスタ用マシンの様子を確かめていた。スカートにジャージという姿で、四つんばいになって棚の間に潜り込んでいる。副部長が俺呼ぶ。俺は雑誌を眺めながら返事をする。
「接続チェックめんどくさーい」
「PINGをループで走らせて切れたら音鳴るようにすりゃいいんじゃないすかね。間違った接続なら一発でわかるし」
「何で私がこんな狭いところに入るわけー?」
「副部長ぐらいスレンダーじゃないともぐれないでしょうそんな所」
「あんだけガラクタ捨てたのに全然部室が広くなってなーい」
「……理由はわかっているんですがね。言ったらたぶん副部長切れる。すげーニトロプラスの記事が半ページしかない」
 すげぇなぁ20世紀。
 と、クスクスという笑い声が聞こえてきた。笑っているのは他の部員たちだ。ああ、そうか、と俺は気付く。いまや当たり前となった俺と副部長の掛け合いが、周りの人間にはどう聞こえるのかと。勘の鋭い人間がどう思うかと。

 ふと気がついて視線を上げると、ケーブルをつないでいたはずの副部長が腰に手を当てて俺のことを見下ろしていた。いつか見た光景そのままに、ポニテ眼鏡は俺に味のある笑顔を見せた。
「私たちが真剣に仕事してんのに自分はロリキャラ鑑賞会?」
 俺はこれ以上ないというほど真面目な表情で返事をする。
「自分は副部長が好きなんです」
 周囲から、おお〜という部員たちの声が上がる。いきなりのことに真っ赤になって固まっている副部長を無視して俺は続けた。
 知っているでしょう? 自分は副部長が好きなんです。特にその引締まった脚とSFファンと言うあたりが最高です。ゆえにロリコンではありません。
 俺はにこりと笑って見せた。副部長も釣られて笑顔を浮かべる。

 そしてそれで済むはずはもちろん無かった。


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●感想
一言コメント
 ・クラスタシステムってなんだろ?と思い読み始め……あれ、もうオワリ? 読みふけってました!
 ・情報関係のネタが最高ですw 逆に分からない人には全然楽しくないだろうと思うと悲しくなりました。
 ・素晴らしく読みやすいです。遠回しの表現が的確で、作品の世界に深く入り込めました。
 ・「足見てたからなんなんすかぁ!」 ← そうか、その手があったか!
 ・味が出ていて良かったです。青春してるなあと。ちょっとした男の子と女の子の駆け引きみたいなものが、とてももどかしくて、そして思わずこれからどうなるのかな? とドキドキしてしまいました^^面白かったです。
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