高得点作品掲載所      みぎしたさん 著作  | トップへ戻る | 


ラブレター〜犬養優輝の場合〜

『犬養優輝様へ

 あなたが好きです。
 突然こんな手紙を出してしまってごめんなさい。
 でも、もう限界なんです。
 実はずっと前から、あなたのことが気になっていました。そして、いつからかその想いも恋心に変わり、あなたへの好意は日に日に増していくばかりです。気が付けば一日中、あなたのことばかり考えてしまいます。
 正直、ちょっと苦しいです。だから、勇気を出して筆を取ることにしました。たとえ振られることになっても、告白すればなんだかスッキリできると思います。
 今日の昼休みに、焼きそばパンを買って屋上に来て下さい。

                             クラスメイトのXより』

 ――という文面の手紙が、今朝登校したらぼくの下駄箱に入っていた。
 なんていうか、なんだろう。
 やばい。ここは「イヤッホーイロロレヒヒー!」と喜ぶか、「えぇ〜困っちゃうなぁ」的なリアクションをとるべきなのに、動揺しすぎて軽く脳死状態なぼくがいます。どこにいるかって朝の慌しい下駄箱前。眠いぜダルいぜ帰りたいぜの『高校生三種のゼ!』オーラ満々の生徒達が「何こいつこんな所で突っ立ってんの?」と、胡乱な視線を送ってくる。
「何やってんの?」
「うわっ!?」
 そんな中、声を掛けてくるのと同時に軽くぽんと肩を叩かれて、思わず悲鳴を上げてしまった。
 ぼくのその驚きように相手もまた、大きな瞳をオセロみたいにして、
「あー、びっくりした」
 と、女子高生水準でこぶりな胸を押さえて、はうと息を吐いている。
 ちなみに、『大きな瞳をオセロみたいに』の心は、白黒させてということ。別に碁石でもパンダでもシマウマでもパトカーでも昭和のテレビでも応用が利く。いや、そんな自らの失敗比喩の解説はどうでもいいのだ。
「佑香、これ」
 一緒に登校してきたクラスメイトあーんど幼馴染に、ぼくは手紙を手渡した。
 佑香は眉根を寄せて、
「犬養優輝様へ……」
「って、うわ! 音読するなよ!」
 慌てて手紙をひったくる。
「何これ、ラブレター?」
「多分……」
 佑香の問いに、曖昧に頷く。
 すると佑香は「ふーん」と興味無さそうに呟いて、
「まあいいや。とりあえず教室に行こう」
 と、すたすた先に行ってしまった。
「あ、ちょっと待てい」
 まだ靴のままだったぼくは、急いで上履きに履き替え後を追う。
「はあ……」
 自分でも知らない内にため息が漏れた。
 佑香、ぼくがラブレターもらったことに、あんまり興味無いんだ。
「ちぇ、ちょっとは嫉妬してくれてもいいのに」
「なんか言った?」
「別に何も」
「……なに怒ってるの?」
「怒ってない」
 やっぱり怒ってるでしょ? と、最早自分の方が怒ってるような口調で佑香はしつこく訊いてきたが、ぼくは意地になって否定し続けた。
 いや、本当に怒ってはいない。ただ、ちょっと悲しいだけ。
 手紙をくれた人には悪いけど、ぼくは昔から水原佑香のことが大好きなのだ。


 佑香はずるい。
 それは小学校に入ってから頻繁に、そして今でも良く思うフレーズだ。
 ぼくは長いこと佑香と一緒にいるが、佑香に勝ってる要素と言えば身長とかそういう身体的な部分くらいだ。
 勉強? ぼくだって成績はそれなりに良い方。だけど、学年で首位を争うほどじゃない。
 スポーツ? ぼくだって良い方とは言わないけれどそこまで悪くない。でも、佑香の運動神経はほとんど女子のレベルを超えている。
 人望? ぼくだって友達はそこそこいる。しかし、カリスマとは佑香の為にある言葉なんじゃないかと最近思うようになった。
 そして、一番は容姿だ。佑香がいつ芸能界にスカウトされても、ぼくは全然驚かないだろう。長い黒髪の艶は宇宙を流れる天の川のようだし、肌なんて化粧しない方が良いくらい綺麗だ。スタイルは華奢で、無駄な脂肪なんて一グラムも存在しない。だからその分、胸はちょっと控えめである。だが、胸のサイズを気にしている佑香が個人的に結構ツボで、場所なんか構わず抱きしめたくなる。
 ぼくみたいな中途半端が普段一緒にいられるのは、もっぱら幼馴染というアドバンテージがあるからだ。だけど、中途半端に近しい距離が故に、告白しにくいものがある。今のままでもそれなりに幸せなのが、ぼくの決意にブレーキを掛ける。
 そんな膠着状態だった中、
「ねえ、これやっぱイタズラじゃない?」
 ぼくに届けられたのが、佑香がイチャモンを付け始めたラブレターである。
 現在、三時間目と四時間目の間の休み時間。
 窓際の隅っこで、ぼくと佑香は謎のラブレターについて話していた。窓際の一番後ろがぼくの席で、その前が佑香だ。
「やっぱりさ、宛名が無いなんておかしいよ」
 佑香は教室にいるクラスメイトを適当に眺め、「はい」とぼくに手紙を返した。
「恥ずかしがり屋、なのかもよ? それに、小中学生じゃないんだから、こんなイタズラしてくる人はいないよ」
 佑香の言うことはもっともだが、とりあえず話を進める為に反対意見を出してみる。
「まあ、百歩譲ってそれは良しとしてもさ、焼きそばパンって意味わかんないわよ」
「うっ、まあ……」
 それに対しては、否定の言葉も出てこない。
 だけど、佑香がちょっとそわそわというかイライラというか、いつもと違う様子なのをぼくは敏感に察した。嫉妬してくれてるのかもしれない。もうちょっと揺さぶりを掛けてみればわかるかな。
「でも佑香、焼きそばパン好きじゃん」
「関係ないでしょ!」
「うわっ」
 たしかに全く、織田信長と冥王星の降格ほどに関係ないけれど、それにしたって怒鳴ることはない。やっぱり、いつもより怒りっぽい。
「……なにニヤニヤしてんのよ?」
「え? いや、別にしてないよ」
「してた」
「してないって」
「してました」
「してませんでした」
「この目で目撃しました」
「その目で目撃されませんでした」
 なんて、不毛な押し問答をしていると、聞き慣れたチャイムがスピーカーから流れた。
 数学教師が教室に入ってきて、言い争いは一時中断。
 うーん、それにしても、一体差出人は誰なんだろうか?


 キーンコーンカーン。
 起立、気を付けー、礼!
 とまあ、そんな感じで昼休み。
「やっぱり行くの?」
 声音とは裏腹に剣呑な目付きで、佑香が訊いてきた。
 すでに席を立って購買まで行こうとしていたぼくは、
「行って欲しくないの?」
 と、試すように答える。
 佑香はかっと頬を紅潮させて、
「勝手にすれば!」
 そう言い捨て、お弁当も持たずに教室を出て行ってしまった。
 まずい。怒らせちゃったかも。
 まあでも、今は屋上で待ってる人の方が優先だ。たとえ断ることが前提でも、真剣な気持ちには真剣な気持ちで応えなければならない。
 購買で焼きそばパン百三十円を購入して、ぼくは屋上へ向かった。
 カレンダーの絵柄的にはすでに秋な感じではあるが、まだまだ残暑がゆるやかな拷問くらいの威力を持っている季節。屋上にはただ一人を除いて、誰もいなかった。皆様、エアコン世代で何よりです。
「遅いよ、優輝」
「……ん、なんていうか、そんな期待はしてたんだ」
 ここにきて新たな登場人物もないだろう。
 もちろん、ぼくを持っていたのは、
「あれ? バレてた?」
 水原佑香その人だった。


「いつ気付いたの?」
 悔しいなぁ、と佑香が唇を尖らせる。
 ぼくは「はいこれ」と焼きそばパンを渡して、
「確信はなかったけど、疑ってたのは最初から。だってさ、何年幼馴染やってると思ってるの? うまいこと変えてるとは言え、佑香の字ならなんとなくわかるし、照れ隠しのつもりか知らないけど、焼きそばパンはないよね」
「なあんだ。怒って損した」
 パンの包装を剥がし、ゴミをぼくのポケットに入れて(別に良くあること)、佑香は言った。
 怒って、とはさっきの態度のことだろう。
「え、あれって演技じゃなかったの?」
 ぼくの問いに佑香は、パンをぱくっとうまそうに一口食べてから答える。
「違うよ。優希があたし以外の奴のこと考えてると思ったら、カチンときちゃった」
「…………へえー」
 うわ、絶対浮気とかできないじゃん。
 いや、しないけどね。
 佑香はさらにぱくぱくと、ぼくから見たら早食いのレベルで焼きそばパンをお腹の中に収める。
 ものの二分ほどで完食して、
「驚いたでしょ?」
「それは、まあ。女の子とは思えない食いっぷりでした」
「そっちじゃないわよ! ラブレター!」
「わかってるよ」
 ていうか、驚いたどころではない。十秒くらい、思考という普通の人間にある当たり前の作業ができなかったくらいだ。
「自分でも、なんで優希みたいな変態を好きになったかわからないわ」
 と、照れたように笑う佑香。
 いや、そんな可愛い笑顔で変態とか言わない欲しい。
 そして、その質問にあえて答えるなら、佑香も立派な変態だからに違いない。
「最初は普通の友達のつもりだったんだけどね」
「うん?」
「優輝、あたしのことめっちゃ好きでしょ?」
「……うん」
 なんと。ぼくがラブレターになんとなく感付いたように、佑香もぼくの恋心に気付いてたのか。
「だって、優希のあたしを見る目、普通じゃないもん。着替えとかこっそり覗き見してるでしょ?」
「うっ……!」
 図星を指されて硬直するぼく。
「やばいなぁって悩んでる内に、あたしも優希が好きだって気付いたの」
 ぎゅっ。
 佑香がいきなりぼくに正面から抱きついてきた。
 うわ、うわ、やばいこれ。
 何がやばいって、匂いと感触。
 多分、世界中で今一番幸せなのはぼくだ。
「ねえ、あたしと付き合うと色々面倒だけど、それでも良い?」
 耳元で、佑香が囁く。
 甘い吐息を感じる。
 最早どっちのだかわからない胸のときめきが聞こえる。
「もちろん。先に好きになったのはぼくだよ」
 叶う訳がない。
 そう思ってた恋が実るのなら、ぼくはどんなことにも耐えてみせる。
「あたし、結構というか、かなりわがままだよ?」
「大丈夫。ぼくはすごく優しいから」
「恋愛経験とかないよ?」
「大丈夫。ぼくもないから」
「……む、胸とか、小さいよ?」
「大丈夫。ぼくがFカップあるから」

 恋の成就を祝福するが如く、爽やかな風が二人のスカートをはためかせた。


この作品が気に入っていただけましたら『高得点作品掲載所・人気投票』にて、投票と一言感想をお願いします。
こちらのメールフォームから、作品の批評も募集しております。

●感想
一言コメント
 ・結末に驚きながらも、楽しんで読むことができました。
 ・オチがすっごい驚きました!
 ・なかなかおもしろかったですよ。
高得点作品掲載所 作品一覧へ
戻る      次へ