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半牛人

「五年後、我が国、日本における人間を完全に絶滅させるということが我が『半牛党』の公約でございます。その手始めにまず、一年以内にこの国の人間の割合を10%以下にすることを約束します」
 
 隆正は、携帯テレビで「半牛党」党首の演説を見ていた。誰の許可も得ず公園の敷地にダンボールで作った狭いすみかの中で、隆正は両手を頭の後ろで組み寝転んだ。
 とうとう恐れていたことが起こったな。もうこれ以上逃げられないな、と思いながら、はぁ、と大きな溜息をひとつついた。

 半牛人――

 彼らが日本に出現して十五年程経つだろうか。そして十五年という短い期間で日本を完全支配しようとしている。その完全支配もそう遠くない未来で実現するだろう。
 時間の問題だな、と隆正は、決して寝心地がいいとは言えない薄いぺらぺらの布団の上で目を閉じた。


  ◇  ◇  ◇


 十五年程前、隆正は駅前で小さなラーメン屋を営んでいた。小さな店とはいっても、とても繁盛し毎日忙しかった。そして、とうとう隆正だけでは店が回らなくなり、アルバイトを雇うことにした。アルバイトの募集をかけてすぐ一人の青年が店にやって来た。隆正は、その青年を見てびっくりした。噂には聞いていたが、実物を見たのは初めてだった。

 半牛人。

 その青年は「半牛人」であった。顔が牛なのである。まるで仮装パーティーからそのまま抜け出してきたような態だった。首から下は、人間と同じ体をしている。その青年は、赤いネルシャツに黒のジーンズ姿だった。
 その青年は「ヒロシ」といった。
「えーっと、ヒロシ君。失礼なこと聞くけど、ヒロシ君は……、そのー……、半牛人?」
「はい。そうです」
 ヒロシはしっかりとした口調で言った。第一印象は育ちの良さそうな、なかなかの好青年であった。顔が牛だということを除けば……。
「あのぉ、半牛人だとここで働かせていただけないのでしょうか?」
「いやー、そんなことはないけど……」
「僕、一生懸命に働きます。僕の体は半分人間で半分牛ですが、人間と同じように働く自信はあります! ぜひ、ここで働かせてください。お願いします!」

 ヒロシの熱意に負け、隆正は、不安ではあったがこの「半牛人」をアルバイトとして雇った。しかし、予想に反し、ヒロシはとても真面目に働いた。人間のアルバイトと比べることが出来ないくらい、愚痴のひとつも言わず朝から晩まで一生懸命に働いた。ある日、ヒロシは出前の帰りにバイクで転倒して大怪我をしてしまった。腕を骨折したらしく、そして、頭に生えていた立派な角のひとつ、左側の角がポッキリと折れてしまった。ヒロシは暇があればいつも自慢げに角を磨いていた。その自慢の角が折れてしまったのだ。隆正は気の毒に思い、ヒロシ、静養も兼ねて一週間位休みをとって気分転換でもしてこい、と言ったが、ヒロシは次の日も仕事に来た。にっこり笑いながら、この位平気ですよ。これ以上親父さんに迷惑掛ける訳にいかないです、とその日もいつもと変わらず一生懸命働いたのだ。そんなヒロシのおかげで、隆正のラーメン屋はますます繁盛した。


 ヒロシが隆正の店で働きだして三年程経った頃であろうか。隆正の街にも大分「半牛人」が増えた。彼らは皆、ヒロシ同様真面目で働き者だった為、どこの店でも「半牛人」を雇いたがった。ちょっと辛いことがあると、ぶつぶつ文句を言ってすぐにアルバイトを辞めてしまう人間の若者を雇うより、安い時給で文句も言わず一生懸命に働く「半牛人」を雇ったほうが、よっぽど効率的であったからだ。
 その頃、隆正のラーメン屋ではアルバイトを五人雇っていた。そして、五人全員「半牛人」の青年であった。五人の青年は、それはそれはヒロシと同じく一生懸命に働いてくれた。そのおかげでますます繁盛した隆正のお店も、ついに念願の二号店を出すことになった。そして、その二号店の店長をヒロシに任せることにしたのだ。
「ヒロシ。どうだ、やってみないか、店長。二号店を出せるようになったのも、ヒロシのおかげだと思っているんだ」
「親父さん……。ありがとうございます。だけど、自信がありません」
 ヒロシは、左の角がなかなか生えてこない頭を下げ俯いた。隆正はヒロシの肩に優しく手を置いた。
「誰でも初めは自信なんてないんだよ。ヒロシのその熱心な仕事振りなら必ずうまくいく。失敗なんて恐れるな。仮に失敗したとしても責任は俺が全部取る。安心しろ。ヒロシがやりたいようにやってみろ」
 頭を上げ、ヒロシは隆正を見つめた。
「わかりました。僕、店長やってみます! 今まで親父さんに世話になった恩返しをするつもりで一生懸命頑張ります!」
 こうして隆正のラーメン屋の二号店は、店長であるヒロシの指揮で稼動し始めた。


 ヒロシに二号店を任せて二年も経つと、一号店よりも売上が高くなった。それもそのはずで、ヒロシは二号店を任されて以来、寝る間も惜しんで、ラーメンの研究はもちろん、経営、そして政治経済の勉強など、人一倍努力したからだった。

 この頃には「半牛人」の経営者もあちこちで現れるようになった。中には、会社をいくつも持ち、グループ化する青年実業家なるものまで現れた。雇用状況も人間と比べ「半牛人」の就職率のほうが圧倒的に高かった。愚痴も言わず、安い時給で黙々と働く「半牛人」を雇いたがるのは当然であった。その為、年々、人間の失業率が高くなっていった。
 そして、政界にまで「半牛人」が進出してきた。当時に行われた選挙では、一人ではあったが「半牛党」から初めての国会議員が誕生した。

 その年の年末。隆正はヒロシと酒を飲んだ。
「ヒロシ。今年もお疲れさんでした。お蔭様で二号店の売上も上々だったな。全てヒロシが懸命に働いてくれたからだと思っている」
 隆正はヒロシに深々と頭を下げた。
「いやいや。僕は親父さんに教えられたことを忠実に実行したまでです。とにかくこの五年間の恩を返したい一心で僕なりに努力したつもりです。親父さんに喜んでいただけたなら、努力した甲斐がありました」
 今度はヒロシが立ち上がり隆正に深々とお辞儀をした。相変わらず、左の角は生えてきていない。
「なぁ、ヒロシ。実は来年、三号店の出店を考えているんだ。そこで、ヒロシにも協力してもらいたい――」
 隆正が会話を言い終える前に、ヒロシが急に立ち上がった。
「親父さん。すいません。実は、僕、この仕事から足を洗いたいと思っています」
 予想外な発言に、隆正は動揺し、何を言っていいのやらわからなくなった。ヒロシは続けた。
「五年前、『半牛人』の僕を快く雇ってくれました。その御恩は一生忘れないつもりです。そして、この五年間、親父さんは僕のことを本当の息子のように可愛がってくれました。僕も、親父さんを仕事の師匠と思い、また勝手ながら父親のように思っていました」
 隆正には子供がいなかった。だから、隆正もヒロシのことを自分の本当の息子のように可愛がっていたのは間違いなかった。
「そ、そうかぁ……。でも、考え直してもらうことはできないのか」
「はい。本当に申し訳ありません。もう、決めた事ですので……。僕もとっても寂しいですが……本当にすいません」
 ヒロシのギロッとした大きな目から涙がこぼれた。牛の顔が泣いている。
 隆正は、ヒロシの意思の強さを知っている。だから、これ以上何を言ってもヒロシの意思が変わることはないとわかっていた。
「そうかぁ。残念だが、ヒロシが決めたことだ。わかった。ヒロシの好きにしろ。俺はいつでもヒロシを応援しているからな!」
「親父さん、本当にありがとうございます」
 隆正の目にも涙がこぼれた。

「それより、うちを辞めて、これからどうするんだ?」
 隆正は、ジョッキに半分位残っていたビールを一気に飲み干した。
「はい。大学へ行って、政治を勉強したいと思っています」
「だ、大学? 政治を勉強するのか?」
「はい。二号店を任された時に、店をうまく経営するヒントがあるのではないかと思って経済やら政治の本をたくさん読みました。そして、たくさんの本を読んでいくうちに、この国、日本の政治に興味が出てきました。いずれ将来、政治の仕事に就きたいと思っています」
 隆正は改めてヒロシの真面目さと努力家であるところに感心した。
「ヒロシ。お前なら、きっと成功する。とにかく一生懸命に頑張って、夢を実現させなさい」

 ヒロシが店を辞めて以来、隆正はヒロシと会うことはなかった。


  ◇  ◇  ◇


 ヒロシが店を辞めてからの十年は、隆正にとって、いや、この国の人間にとって転機の十年であった。ますます「半牛人」の勢力が強まった。長者番付には「半牛人」が上位のほとんどを占めた。芸能界の売れっ子もほとんど「半牛人」であり、そのファンも「半牛人」であった。有名な小説家も漫画家も大学教授もプロ野球選手も「半牛人」であった。
 しかし、その「半牛人」の活躍の裏には、職に就けず生活ができなくなったこの国の人間の存在があった。現に、隆正のラーメン屋も「半牛人」のラーメン屋が増えたことで、閉店に追い込まれた。

 そして今、この日本の与党が「半牛党」である。
 ここ最近、仕事になかなか就けない人間が「半牛人」に対して暴動を起こす事件が多発している。つい先日には、とうとうこの国の人間が「半牛人」を殺してしまうという殺人事件まで起きてしまった。そこで、与党である「半牛党」が終に動き出したのだ。

 ――我ら「半牛人」に対し無差別に危害を与える日本の「人間」を抹殺する――

 その旨の法案が先日の国会で成立したのだ。



 ガタッガタッ。


「動くな! 伊藤隆正だな。誰の許可得て、この公園に住み着いているのだ! これが連行許可証だ。このままお前を連行する! いいなっ!」

 警官の制服を着た「半牛人」二人が、隆正の腕を掴みダンボールの家から引きずり出した。
 つけっぱなしになっていた携帯テレビの画面には、左の角がない「半牛人」の総理大臣が映っていた。


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●感想
一言コメント
 ・短いながらも基本がおさえられた物語だと感じました。質のいい短編ですね。これなら、のばして中・長編にしても面白そうです。
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