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道の上に女の死体が転がっていた。非常に臭くて、俺は鼻をつまんだ。
しかし、それがいけなかった。俺は、鼻を強くつまみすぎて、鼻から出血をしてしまったのだ。 めんどくさいことをしてしまった。 たかが、死体が転がっているくらいで鼻血を流しては、死体が好きなのだと思われてしまう。鼻血を出しているからって、俺は、死体には興味がないんだからね! 鼻から流れている血を地面に垂らしていると、兵隊さんが一人笑っていた。 「ぼっちゃん、女の死体を見て興奮しちゃったかな? まったく、うぶなぼっちゃんだ」 憎たらしい、アメリカ兵だ。 俺はこれでも20歳になる。子供呼ばわりされたら頭にくる。本当は今にでも、殴りかかって殺してやりたいと思うが、そんなことしたら、逆に殺されてしまう。 アメリカ兵は憎いが、今殺されるのは勘弁してもらいたい。 俺は、アメリカ兵を無視して、そのまましゃがんで鼻血が止まるのをまった。 死体を見ると、まだその苦悶な表情を見て取れた。服は剥ぎ取られ、痣のようなものが体中にあり、どんな酷いことをされたのか分かる。 こんな、アメリカ兵がうろついているところにいたからいけないんだ。早く、もっと南に引っ越していればこんな目に合わなかっただろう。 「ぼっちゃん、なんでこんな所でうろちょろしてるんだ? 危険だから向こういってろ」 アメリカ兵が話しかけてくる。耳が腐るようだ。 「チョコ、くれたら向こういってやる」 強がって言ってやった。 俺は、チョコが欲しくてここまで来たわけじゃない。 「ほら、チョコだ。大分溶けてるが、くれてやる」 アメリカ兵がチョコを俺に投げてきた。 勘違いも良いところだ。だが、アメリカ兵はにっこりと微笑んでいる。 「俺にも、お前くらいのガキがいてな。一緒に、ここまで来たんだが、すぐに死んじまった」 「そんな事、知らないよ。俺の家族だってみんな殺されたんだ。自分の家族が死んだくらいで変なこというなよ」 アメリカ兵は鼻で笑った。 俺は、鼻血が止まると穴を掘った。汗が流れ、頭がぼんやりとしてくるが、穴を掘った。アメリカ兵は何も言わずにその様子を見ていた。 俺は、人が半分は埋まりそうなほどの穴を掘り、そこに転がっていた女の死体を埋めた。埋めてしまえば、臭いが漏れてくることもない。 「ありがとうよ、臭かったんだ。この死体」 「チョコをくれたお礼だよ」 俺は、ポケットの中でぐしゃぐしゃになっている花を取り出し、盛り上がった土の上に置いた。 この女が好きだった花だ。なんの花が好きだったのかは、記憶にないが、花が好きなのは知っていた。 アメリカ兵を見ると、立ち上がって俺の方隣まで来て腰を降ろした。 「アーメン」 手で十字を切り、首に架けていたネックレスを土の上に置いた。 俺は手を合わせて祈った。 「へへ、このネックレス。邪魔だったんだ。じゃあ、俺は戻ろうかな。ここには何も無かったと」 そういってアメリカ兵は去っていった。 後ろ姿が妙に寂しげだった。 俺は、アメリカ兵が去っていってから涙を流した。土の上に頭をつけて、大きな声で泣き叫んだ。 ◇◇◇ 村に戻っても、相変わらず死体が出迎えてくれるだけだった。 生気のある者は少ない。俺はそのまま、冷たい地面に横たわった。砂が服や肌につくが、そんなことは気にならない。 俺は、ただの農家だ。ベトコンがいけないのか、アメリカ兵がいけないのか、まるで分からない。 俺にとって、ベトコンもアメリカ兵も同じだ。 どっちも、狂ってる。ただ、俺達を巻き込まないでもらいたい。 俺は、腕がなくなっている友人のコムドンを見た。 コムドンは地雷によって、片腕を無くした僧侶だ。隣を歩いていた僧侶は跡形もなく吹き飛んでしまったが、コムドンは腕が吹き飛んだのと、軽い火傷を負っただけで助かった。 「やあ、チャイゴン。元気でやってるか?」 痩せこけた顔をしたコムドンが元気よさ気に話しかけてきた。コムドンの腕の先はすでに腐っていて、蛆虫が沸いている。 「おかげさまで、元気だよ。お前の蛆虫とってやろうか?」 「余計なお世話」 コムドンは笑いながら、俺に腐った腕の先を見せてきた。 蛆虫がコムドンの腕を我先に食べている。 「痒くて仕方がないんだが、どうしようもない」 俺が、コムドンのようになったら笑えるのだろうか。コムドンは俺と同じ歳ではあったが、僧侶だ。ずっと徳が高い。 「私はもう、仏様のところに行くよ。ティック・クアン・ドックのように煙になって見せるさ」 「そうか、応援してるよ」 俺がそういうと、コムドンは片手で俺に手を合わせ、ゴ・ディン・ジェム大統領の写真が掲げてあるところに座った。 どこで手に入れたのか分からないが、水を頭から被っている。俺は飲み水だったら、もったいないと思った。 コムドンは、経を唱えながら袖からマッチを取り出し、火をつけた。変わった経の唱え方だ。俺は、眠くなりながらコムドンを見ていた。それにしても、おかしくないか? ゴ・ディン・ジェム大統領に経を唱える僧侶なんていないはずだ。 俺は気がついて立ち上がった。コムドンは、焼身自殺をしようとしていた。コムドンは経を読み終えると、自分の袖にマッチを落とし、見る見るうちに炎がコムドンを覆っていく。 俺は、コムドンの前に立って火を消そうとした。 田んぼにコムドンを放り投げて火を消してやりたかった。 だが、コムドンは必死の表情で蓮華座を続けていた。俺は、蓮華座を続けているコムドンに近寄れなかった。様子を見ていた僧侶達はその様子に手を合わせて祈っていた。俺も、手を合わせ、祈ることしかできなかった。放っておいても、コムドンは死んだに違いない。ならば、せめて好きな死に方をさせてあげよう。 コムドンはティック・クアン・ドックのように、無表情ではいられなかったが、それでも叫び声をあげずに、燃えていく姿は少なくとも周囲の僧侶や俺を感動させた。 ◇◇◇ 例の場所に行くと、またあのアメリカ兵に会った。 葉巻を吸っている。 「よう、ぼっちゃん」 ベトナム語で話しかけてくるアメリカ兵。優秀な兵隊は敵を知るためにその国の言語が話せるらしい。 「暇人だね、兵隊さん」 「まあな」 そう言って、アメリカ兵は、大きく煙を吐いた。煙になったコムドンを思い出す。 「やけに、神妙な顔つきになったもんだな」 「あんたこそ」 すぐに言い返してやった。この兵隊も以前あった時よりずっと痩せていた。 「俺は、ここで病気にかかったらしい。食い物に当たったか、女に当たったか。どっちでもいいがね」 弱々しく話す兵隊を見て、今なら殺してやれると思ったが、このアメリカ兵を憎むことはできなかった。俺の大切な人に祈ってくれた人だ。人種は関係なかった。 「実は、ここにいたらぼっちゃんに会えると思ってきたんだ。俺の息子に良く似ててね。最後にぼっちゃんに一目でも会いたくてさ」 「それはどうも。あんたの息子は黒人だったんだな」 アメリカ兵は俺の言葉に、腹を抱えてひきつくように笑う。 「ぼっちゃん、一つ俺の質問に答えてくれないか?」 俺は黙って頷いた。 「名前を教えてくれよ」 「チャイゴンだ」 「いい名前だな。あの世までとっておくよ」 俺はアメリカ兵の言ったことに笑った。 アメリカ兵から名前を褒められるとは思わなかったから。 俺は、アメリカ兵から名前を聞かなかった。覚えていても仕方がないし、アメリカ兵の名前を覚えたところで良いことなんてない。悪いことしかないだろう。だから、このアメリカ兵がなんで俺に名前を聞いたのか分からなかった。 ◇◇◇ 貧しいが、それなりに暮らしていた。 緑豊かな土地だったから、食べ物に苦労することは無く、飢えで死ぬことはなかった。北の方はひどい餓死者がでていたと聞いていたが、そんなことは知らない。 「君はチャイゴンかね?」 ベトナム兵にしては、軽装な男が声をかけてきた。見たところ、ベトコンだ。 「どうしたんです?」 「いや、ちょっと君がアメリカ兵と仲良くしていたところを見た人がいるんだよ」 確かに、数日前にアメリカ兵と一緒にいたことはあった。 二人で笑い合っていたのだから、妙だったのだろう。 「ええ、確かにアメリカ兵はいましたが、仲良くありません。殺したいほど憎んでいます」 「じゃあ、何故殺さなかった? ちょっと来なさい」 俺は、無理矢理この男に腕を引かれた。 きっと、俺の言うことなど聞かないのだろう。疑われたら、おしまいなのは知っている。 汚い建物の中に俺は連れてこられた。汚いTシャツを着た男達が腕を組んで俺の方を睨んでいる。 「さて、スパイ君。何もかも話した方が楽になれるよ」 男達は俺の方を見て、微笑みながら語りかけた。はじめから、反抗する気はない。拷問されるのは嫌だ。 「話せば、簡単に殺してくれますか?」 「ああ、見せしめになるが、一発で頭を打ち抜いてあげよう」 「ありがとう」 俺はとりあえず、あることないことを話した。 元から、スパイではないから何を話して良いのか困ったが、アメリカ兵にチョコをもらうために国を裏切ったと皮肉を話した。 やがて、俺がそこまでアメリカと関っていないことを察したのか、男達は気を抜いて話していた。 男達は俺の両手を縛り、目を隠した。アメリカ人だったら、全身の皮を剥いて目は抉り出していたそうだ。俺はアメリカ人でないことに少しだけ感謝した。 アメリカ兵は俺達に酷いことをしていたのは知っている。聞くだけで恐ろしくなるような拷問の数々。捕虜になる前に自害しろというのは有名なことだ。 俺はベトコン達に連れ出されると、壁の前に手をつかさせた。 「何か、いいたいことはあるか?」 そういえば、前もこんなことがあったのを覚えている。俺よりも若い少年が震えながら、銃で撃たれ、死んでいった。 「いいや、特にないよ」 「落ち着いてるな」 「あの世に知り合いがいるから」 「そうか、俺が逝く時はよろしくな。生まれた時から知り合いが誰もいないんでね」 「ああ、その時はな」 俺がそういうと、男は肩にポンと手を一度置いて離れていった。 一瞬、辺りが静寂につつまれ、そして大きな音が聞こえた。 |
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●感想
一言コメント ・良い作品だと思いました。ヴェトナム戦争の悲惨さを、短いなかにも 良く表していると思います。 ・久々にいい作品に出会えました。心に残る内容です。感動しましたね。 ・これを書いた人はベトナム戦争に詳しいようですね。 そうじゃなければこんなにリアルな描写はできませんよ。 月並みな表現ですが、作者様は本当に凄いと思います。 ・凄いっす……。感激。 ・人間かくありたいものです。 ・ん〜、なかなかの良作だねぇ。 ・良作! ・短い文章の中に、的確に大切なポイントが描かれていて、良作だと思いました。 ・独特の感性で描くベトナム戦争。短いけど、すごい。 |
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