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友人が仕事で名古屋に来ているらしく、駅前に呼び出された。夏が終わってずいぶん涼しくなった九月の週末だった。
「いよう浩二。ぜんぜん変わらんなお前。もともと老けてたからか」 名古屋の駅前には大きなロータリーがある。その近くで友人は俺を見つけるなり、いきなり失礼な第一声を放った。 「吉野くん、君はずいぶん血色がよくなったね。高校のときはガリガリの欠食児童だったのに。今じゃどこが首だか顎だかわからんぜ」 返す刀でイヤミを放ち、俺たちは夕飯を食うために店に入った。久しぶりに会うと言っても、そこは男のマブダチ同士。飯と酒に手を出し、くだらない話を交わす気楽な時間が流れる。 「浩二は本物の酒飲みだな。こんな店に入る歳じゃないだろう、俺ら」 吉野が暗い店内を見渡してそう言った。ここは俺が名古屋で客を迎えるときによく使う店。 分厚いカウンター席に脚の高い椅子、目の前には洋酒が数え切れないくらい並ぶ。若い客もいなければ女の店員もいない、正真正銘のショットバー。要するに「酒を飲むためだけの店」だ。それでも軽い料理くらいは出してもらえるけど。 「こんないい店はたまにしか来ないよ。普段は部屋飲みばっかりだ。そう言えば吉野の親父さん元気か。俺が酒飲みになったのはあのおっさんのせいなんだからな」 高校を出てから何年も経つ。吉野とはたまに連絡を取っていたけど、ここ最近は電話もメールもしていなかった。東京から名古屋まで出張するような仕事に就いていたということさえ、今日になって知ったくらいだ。 吉野の親父さんは、高校時代の俺たちに酒の飲み方をはじめて教えてくれた人だ。俺と吉野が立て続けで女に振られたとき、ウイスキーの水割りを飲ませてくれた。失恋は大人になるための第一歩だと言っていた。気さくな、いいおっさんだ。 あのときの水割りは甘くて苦くて切なくて、美味しかった。 「ああ、その話もしようと思ってな。親父、死んだんだわ」 ピスタチオをかじりながら、吉野が何気なく言った。俺はなにかの冗談かと思った。 「死ぬような歳じゃないだろう。まだ六十そこそこのはずだ」 「酒とかタバコとか仕事のしすぎとか、まあいろいろだよ。最期は心臓の血管が破裂するやつでさ」 「動脈瘤なんとかってやつか。悪かったな、葬式とか行けなくて」 「いや、忙しくて連絡するの忘れてたのは俺だからさ」 いつも元気だったおっさんの顔が浮かぶ。酒の師匠はもういないのか。目の前にあるロックグラスが俺の代わりに結露の涙を流していた。 「俺も、酒は控えようかなって思ってさ。親父のこともあるけど、来月には結婚するんだ。体よりも金が持たないからな、酒ばっかり飲んでると」 吉野が薄い水割りを飲み下し、照れくさそうに言った。ああ、幸せ太りだったのかこいつ。 「マジか! おめでとう。そうしたほうがいいぜ。今日くらいはとことん付き合ってもらうけど」 携帯の画像で吉野の彼女を見せてもらった。さして美人と言うわけではないけど、優しい笑顔の女の子だった。聞けば料理もうまいと言う。そりゃ太る。 闘病中らしい親父さんの写真もあった。病院のベッドで顔をしわくちゃにして笑っている。通夜にも葬式にも出れなかったせいで、この人がもういないんだと言う実感がわかなかった。 「なあ吉野、今日はもう一回、通夜にしてくれんか。親父さんの分も頼もう」 「え? ああ、そうだな。親父も浩二のことは気にかけてたから……」 「嬉しいね。マスター、こちらのおっさんに水割り、とびっきりうまいやつ」 右隣の空いた席にウイスキーを頼んだ。俺と吉野はそのグラスを交え、改めて乾杯しなおした。 それから俺たちは日付が変わり、朝が来るまで飲み続けた。おっさんの冥福を祈り、吉野の結婚を祝い、俺に彼女ができることを望み、何度も何度も薄い水割りを乾杯した。思い出話ができなくなるのはいやだから、濃い酒を飲んで泥酔したくなかったのだ。 そろそろ出るか。どちらともなくそう言った。俺たちは眠い目をこすりながらカウンターを立ち上がった。 「なあ、吉野」 「なんだよ」 「おっさんの席に頼んだ酒、減ってないか?」 眠気が覚めたように目を丸くさせ、吉野は卓上のグラスを見た。 満杯ぎりぎりまで酒が入っていたはずの容器に、今は半分ほどしか液体がない。俺も吉野も手をつけていないのに。 「……親父、酒好きにもほどがあるだろ」 吉野が人差し指で目じりをぬぐった。俺もそうしたかったけど、照れくさいので何とか我慢してそっぽを向く。 視線の先に、無言で佇むマスターがいる。手に杯を持ってそれを飲む真似をしていた。 俺はその意味に気づき、噴き出しそうになるのをこらえた。また遠くから友人が来たときはこの店を使うとしよう。 |
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●感想
へべれけさんの感想 親愛なるゆーぢさまへ。  ̄ω ̄)ノへべれけだよーん。 珍しく鍛錬室でお見掛けしたのでまかりこしました。 昔のツレと会うのは嬉しいよな〜。 でも、予想以上に毛の量が減っていると正直気を使うwww 薄暗いバーカウンターが目に浮かぶようだ。 寝ずの番ならぬ、寝ずの晩酌かww それにしても、マスターいい仕事しよるな〜(泣 歳も歳だからさ〜。結婚とか仕事とか、昔の仲間と差がついてきて焦る時あるよな〜。 ま、人生なるようになれ。マイペースで頑張ろう、俺(お前かいw そんじゃこの辺で。 山口さんの感想 拝読しました。 文章といい内容といい、かなり洗練されていると思います。 オチもなかなかオツな感じでした。いいですね、こういう店。 地味な内容ではありますが、男の哀愁が感じられてなかなかよかったです。 次回作も頑張ってください。 若竹さんの感想 こんばんは、若竹です。 拝読させてもらいました。 感想、面白かった! 展開的には何にもないんですけど、表現と会話でこんなにも面白いとは… 事実は小説よりも奇なりってやつですか。 私も一年ほど前に祖母が死んで、写真の前にコーヒーを置いてるんですが、時々中身が減ってるんですよね〜。(マジで) 表現や文法に関しては私から何も言うことはありません。 いや、むしろ言えないというほうが… では、半分実話シリーズの次回作期待しています! いさおMkUさんの感想 拝読いたしました。お久しぶりですが覚えてますでしょうか? いさおMkUです。 早速感想など。 実話半分、ですか。 『破っ』の時もそうでしたが、どの辺が実話なのかと考えると、俄然面白くなりますね。(や、そうじゃなくてもとても面白く読ませて頂きましたが) マスター素敵すぎます。 同じく夜の街に生きる小生、彼の様なスタイリッシュな仕事を出来る様になりたいと切望しつつ読了しました。 文章的には小生ごときが指摘出来る事など無かったのですが、気になる所も少々。 貴兄のスタイルなのかもしれませんが、オチがスッキリしすぎというか、若干盛り上がりに欠けるというか。 これは小生の個人的な好みなので流して頂いて構わないのですが、最後に若干の物足りなさを感じました。 乱文、ご容赦を。 最後に。らも感、もの凄く出てます。スコール。 巧鎖さんの感想 こんにちは、というかこんばんは、というか時間的におはようございます? ……明日起きれるだろうか...と悩みつつあるのですが、それはそうと拝読させていただきました。 緩やかに面白い、てことで面白かったです。 酒に悲しい話を織り交ぜるのが私のツボ、ということが判明しました。薄々は気付きつつありましたが。 うん、良かったです。人生は色々ですね。でも酒が飲んでもないのに減ってたっていう経験はないです。マスターにお供えの酒を飲まれたこともないです。カップめんにお湯を注いでいたら途中でお湯が切れて途方に暮れたことならあります。あまりの関係なさに絶望します。 あ、水が減っていたことならあります! 蒸発して。 えーと、ここは素直に面白かったという以外の選択肢が私にはないような気がしますので、そういうことで。でも、マスターのジェスチャーより、本当に減ってたオチの方が面白かったんじゃ、とか私は思いました。(私がジェスチャーを受け取り間違えてなければ良いのですが、あれマスターが飲んだんだ。という解釈で感想書いてます) ではでは、面白かったです、次回も頑張ってください。 言成嗣さんの感想 どうも拝読しました。 どうせ酒を飲むなら、よい席にしたいもんですよね。話題も場所も。 不幸を必要以上に悲しまないところが、話し全体の雰囲気のバランスがとれていると感じました。 不幸を笑い話(ふんわりとした感じ)にする手品をみたような気分になりました。 それでは。 hzkchさんの感想 拝読しましたこんばんは。 いままでいくつかゆーぢさんの作品を読みましが、とくに掌編でこういうふうな締めくくりになりがちなことに、ふうむ、とも思い、ううむ、とも思い、なかなかびみょうな気持ちです。 とにかく読みやすいが信条だとおっしゃっていたように思いますが、ほんとうに読みやすい。話にもソツがなくてスマートっぽいです。これが企画などでみかけると味のある感じになるのですが、掌編でこういうものを読むとおおーと思ってまた感心するのでありました。 感想ってむつかしいです。なに書いたらいいかわからないのでそれだけ。ではでは。 tikuさんの感想 ゆーぢさん、はじめまして。 tikuと申します。 高得点作品掲載所の『破っ』を拝読させていただいて、すごく面白かったので、他の作品を読んでみたいとずっと思っていました。 あまりお酒を飲めないのでバーの雰囲気はわかりませんが、楽しめました。とくにマスターはすごいカッコ良かったです。 中島らもは私も大好きです。ミルクを注文して良いのなら、私もバーを利用できるのですが。 無駄のない想像力に働きかけるすらりとした文章が中島らも先生みたいで素敵です。 素敵な作品を読ませて頂いて、ありがとうございました。 リーロンさんの感想 こんばんは、ゆーぢさん。読ませていただきました。 面白かったです。 上手くて巧いうえに旨かったです。 ただただ感服です。 この枚数で、見事にまとまっていますね。 しかも、登場人物たちにも厚みがあります。 いや、どうもありきたりな感想しか出てこなくて、申し訳ありません。 自分ごときが言うべきことは何もないというのが正直なところです。 掌編勉強中の自分にとって勉強になりました。 ありがとうございます。 遠邦ウタウさんの感想 はじめまして、ゆーぢさん。遠邦ウタウ(トオクニウタウ)と申します。 拝読させて頂いたので、稚拙ながら感想をば……。 えーと、 ちゃんと冷やした癖のない冷酒のような……。 さらりとした無駄のないつくりは舌触りよく、ちりちりとした胸の通りもまた絶妙。しかも、あとあとからほっこりして来る……。 うーん、(ラノベじゃないよコレ、というツッコミはさておき(笑)とてもよいお話ですね。マスターもニクイ演出しやがるぜ! 朝から、喉越しのよいモノをありがとうございました。 指摘なしかい、とかいわないでください(笑) でわ┃□.`)ノシ 妃芽さんの感想 こんにちは、妃芽です。拝見しましたので、感想を。 とても素敵な作品だと思いました。文章も綺麗で読みやすかったです。 マスターが最後に良い味を出していたと思います。 アドバイスらしい事も書けずにすみません。 短いですが、これで失礼いたします。 次回作にも期待しています。頑張ってくださいね。 千草さんの感想 ゆーぢさん、はじめまして。 千草、といいます。 色々と無礼な点もあるかと思いますが、よろしくお願いします。 さて、「夜を通す」を読了しましたが、素晴らしい、の一言です。 以下の指摘はこの作品が良作である、ということを前提に展開していきます。 @読了した感想(その1)。 飽く迄個人的な感想ですが、改行はした方がいいのかな、と。 具体的に言うと、 >が酒飲みになったのはあのおっさんのせいなんだからな」 高校を出てから何年も経つ。 >改めて乾杯しなおした。 それから俺たちは日付が変わり、 この辺りを、一行空けてみるとか。 A読了した感想(その2)。 マスターがいい味を出していました。 会話も含めて小技が光っていますね。 高得点掲載所にも作品が載っているようですし、 かなりの書き手ということは、伝わってきます。 何気ないワンシーンを切り取っただけの展開のないお話ですが、 つまらない、ということはないと思います。 私自身、見習うべきところが沢山あったように思います。 上記の点を鑑みて、合計得点は+30点とさせていただきます。 執筆、お疲れ様でした(^^ 茶々さんの感想 初めまして、茶々という者です。 ゆーぢさんの作品、初めて読みました。 絶句、の一言に尽きます。 普通に、乙一先生や村上春樹先生の小説を読んでいるときと同じような感じで読みきってしまいました。 読んでいて全く違和感がないし、ぐいぐい引き込まれました。 あなたには本当に才能があると思います。 これからも楽しんで小説を書いてください。 ルルゥさんの感想 拝読させていただきました。 さらっとした文体で読みやすく,終わり方もとても素敵でした。 是非ともこのようなバーにめぐり合ってみたいものだと思います。 実話半分ということもあるのでしょうが,登場人物に無理がなくどこにでもいそう(失礼かな・・・)なところも好印象でした。 楽しく読ませていただきました。 次回もがんばって下さい。 kimuraさんの感想 2012年08月04日 拝読させていただきました。 失恋した高校生に酒を勧める親父、常識では考えられない。その訝りを払拭させてくれる親父の魅力が書き込まれていない。 私は読んでいて、親父を弔う気持ちになれず、傍観したまま勝手に小説は終わっていきました。 人の死を絡ませて書く時、敬虔さを真摯に考慮しなければ、人物は軽々しくなると思います。 男同士のやりとりも、オチまでもが、いい加減で上辺だけに思えました。 そういう軽さを書こうとしていたなら、話は別ですが。 一言コメント ・登場人物の暖かさがそれぞれ伝わってくる良作でした。マスターが粋ですね。 心地良い空間って、こういう場所をいうんでしょうね。 ・大人好みの作品。 ・少年から大人になっていく過程の一コマを抜き出したような話でとても良かったです。 マスターの茶目っ気に乾杯! |
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