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「小春って優しいよね」
何の脈略もない一言だった。中学校の帰り道、久しく一緒に帰る事がなかった幼馴染の一言に、小春(こはる)は目を丸くした。 「な、なんだよ、急に」 「うんん、なんとなく。小春って優しいから、先生とかに向いてるんじゃない?」 「そうか?」 「うん。小春が先生だったらちょろそうだもん」 「…………」 小春がげんなりと肩を落とすと、幼馴染みの少女は鈴を鳴らしたような声で高く笑っていた。物心つく頃から一緒にいる相手だったが、特別な事は何もありはしない。お互いの距離は極めて近く、それでも交わる事を忘れてしまった淡い情愛の葛藤。 九月の初旬、中学生活にもようやく慣れ始めたある日の下校道、薄い朱色が空に帯を成したあの光景は、決して褪せる事のない思い出のひとコマ。 「小春ちゃーん! バイバーイ!」 彼に向って手を振る女生徒を前に、中学校の廊下を歩く小春は顔をしかめて立ち止まった。 「こらっ、橘先生と呼べ。お前ら、寄り道せずにちゃんと帰れよ」 小春の叱責に対し、数名の女生徒はくすりと笑って、柳に風と受け流してしまう。小春はため息をつきながらも、そんな彼女らに向かって大げさに手を振り、見送ってやった。 隣を歩く後輩教師の結城静香は、感心した様子で小春に言った。 「橘先生って人気ありますよね。今年赴任してきたばっかりなのに」 「なめられてるだけですよ。もうちょっと、びしっと言ったほうがいいのかな」 「そんな事ありませんよ。彼女たちだって橘先生の事、慕ってるからああやって気軽に挨拶できるんだと思いますよ。正直、羨ましいです」 「そんなもんですかね」 「そんなもんです」 「昔――」 小春は一度口を開いてから、何かためらうように間を置いた。静香は少なからず首を傾げたが、小春が言葉を続けた。 「昔、おれが先生になったらちょろそうだって、”知り合い”に言われたのを思い出しました」 懐かしむように口元を緩ませる小春を見上げ、静香も小さく吹き出した。 二人は連れ立て廊下を歩いている。部活動に励む生徒には励ましの声をかけ、教室に残って談笑に興じる生徒へは注意を促し、二人の教師は職員室へと向かった。 「今日の職員会議、長引きますかね」 「学期初めですからね。――会議の後の飲み会、参加されますよね?」 「ああ、一応、そうですね」 「橘先生、お酒強いですよね」 「ええ、まあ、大学時代は運動部でしたからね。飲むって言うよりは、流し込むような飲み方してましたから、そりゃあ鍛えられましたよ」 小春が言うと、静香は少し大げさに驚いて見せた。 「四年も前ですから、近頃はだいぶ弱くなりましたけどね。油物も入らなくなってきたし、年ですわ」 「橘先生、わたしの一つ上だからまだ若いじゃないですか」 「四捨五入したらもう三十ですよ」 「うっ。それはわたしにも降りかかってくるので、ご容赦を……」 「二十五なら若い若い。さあ、いきましょうか」 苦笑いを浮かべる静香を促し、小春は職員室の扉に手をかけた。 会議が終わり、二学期から新たに変わった顔ぶれを歓迎する為の会食が終わりを告げたのは、夜も遅く十時半を回った頃だった。 選ばれた居酒屋は学校からさほど離れ場所ではなく、多少の遠回りにはなるが、アパートまでの帰り道に差し支えが出る距離でもなかった。 小春は普通に歩けば、学校まで十分程の場所に住まいを借りているので、運動がてら徒歩で出勤している。特に酒の席では都合がよく、車で出勤している人間は運転代行を呼んだりと面倒が重なるからだ。 小春は夜道をとぼとぼと歩いた。夕方には混み合いを見せる道路もこの時間は閑散としており、閉店から数時間が過ぎたスーパーの駐車場は明かりが落ちて物淋しい。 足元が覚束なくなる程飲んだわけではないが、酒が与えてくれるのは潤いばかりとは限らない。どこか満たされない気分になるのは、久し振りに中学時代を思い出したからだろう。今夜の酒はどこか渇きをもたらした。 こんな夜は無償に女が欲しくなる。しかし、特定の女性がいるわけでもなく、そういった店が近所にあるわけでもない。なんとももどかしい渇きの気分を好む者はまずいないだろう。 今の小春に与えられた選択肢は一つで、それは単純に我慢する事だった。 家まで後数百メートルの場所に建てられたコンビニの手前で信号にひっかかり、小春は律儀にも信号が変わるのを待った。 ふと、その場に立ち止まった時、道路越しのコンビニの駐車場に、一人の少女がちょこんと座っているのが見えた。時刻は十一時を刻もうとしている。年は小学校の高学年だろうか、ここから見る限り、一年団の担任である小春には見覚えのない姿だ。 信号が赤から青へと変わり、小春は道路を横断した。訝しげに少女を流し目に覗き込むが、やはり特徴に思い当たる節がない。 一度はそのコンビニを通り過ぎた小春だったが、思い立ったように踵を返した。 一応の名目は明日の朝ご飯の買い出しだ。少女は駐車場の車止めに座っている。こんな仕事に就いていなければ、間違っても声などかけないだろうと思いつつ、小春は少女に歩み寄るとそっと切り出した。 「君? 君がそこに座っていると、車で来た人が駐車できなくなってしまうよ」 小春が中腰で声をかけると、俯き気味だった少女がのっそりと頭を起こした。どうにも、うつらうつらしていたらしい。起き上がると眠たそうに目を擦り始めた。 「ご両親は中かい? こんな遅くに出歩くものじゃないよ。ああ、安心してくれ。ぼくはこの近くの中学校で教師を――」 小春が言い終わる頃に、少女は真っ直ぐに彼を見つめていた。どこか不思議そうな眼差しに警戒心はなく、店内からこぼれた光が少女の相貌を照らしていた。年の頃は十二、三歳、眼鼻立ちの整った美少女だった。 小春は最後の言葉を思わず飲み込んだ。瞬きするのも忘れて少女を見つめていた。けっして、彼女の可愛らしさがそうさせた訳ではないのだ。 人の記憶は褪せていく。人は忘れる事を知っているから。小春自身、多くの色褪せた思い出の中を生きている。それでも――それでも尚、色褪せぬ思い出とは残るものだ。 今はっきりと、彼女の顔を思い出させるように。 「――千夏」 小春は声にしてから、咄嗟に口元を押さえ、後退りした。十三年前の記憶と混同してしまい、思わず焦りの表情を浮かべ、弁明を口走る。 「す、すまない! 昔の知り合いに似てたものだから、つい――」 白々しい言い訳を重ねると、余計に不審人物である。これ以上、ここで彼女に関わるとお互いの為にならない。 「夜は危ないから、早く帰るようにしなさい」 小春は一方的に告げて、その場を離れる事にした。酔いのせいもあったのだろうが、とんだ失態である。 「どうかした?」 去り際に背後からやりとりが耳に届いた。恐らく少女の母親が店から出てきたのだ。このまま足早に立ち去れば、跡を濁す結果になるだろう。近隣の中学校に勤める小春として、それは非常にまずい。 小春は振り返ると、少女の母親に向き直った。信号待ちの車両のライトが逆光になり、彼女の姿ははっきりと見えない。 「ご両親の方ですか? すいません、夜遅くに一人でいたものですから、つい心配になって」 できるだけ警戒心を煽らないようにするつもりだったが、動揺から目が泳いでしまった。とりあえず、事情を説明しようと思案していると、少女の母親が思いがけず彼の名前を呼んだ。 「小春?」 「えっ?」 そう、彼は確かに小春。橘小春だ。信号が変わり、車両は過ぎ去る。自分の名前を呼んだ女の顔をまじまじと眺めると、そこにはとても母親には見えない若い女が立っていた。 「あの――」 「小春? 小春だよね!?」 女ははしゃいでいた。髪も明るく服装も派手だが、面影が残っている。その女を小春は見知っていたのだ。 「まさか……!? 千夏(ちなつ)……なのか?」 「そうそう! びっくりした! 小春、なんであなたがこんな所にいるの!?」 千夏の驚きようは近所迷惑など欠片も考えないものだった。小春自身、彼女と同様に驚いていたのだが、そこは分別を持って気持ちを抑えた。 「それはおれの台詞だが、こっちは四月からそこの中学校に赴任したんだよ。この辺りにアパート借りて住んでる」 「中学校に赴任って、事務員のバイトかなんか?」 「もう二十六だぞ。教師としてに決まってるだろうが」 小春が当然のように言うと、千夏は声を上擦らせた。 「教師!? 教師って、先生だよね!?」 「夜なんだからトーン落とせ。そうだよ」 「小春が先生……」 古典的な表現だが、この時の千夏の姿は鳩が豆鉄砲くらったような有様だった。 「なんだよ。今だってこんな時間に一人で座ってるから心配して声かけたんだ」 「わたしはてっきり、変態さんかと」 小春はがっくりと肩を落とし、大きくため息を吐き出した。しかし、同時に嬉しくもあったのは本当だ。幼馴染が昔と変わらない様子でいてくれたのだから。 小春は軽く頭をかくと、千夏の隣に呆けた様子で立つ少女について尋ねた。 「この娘、お前の子供か」 「あっ、うん。小夏(こなつ)って言うの。小春から名前もらっちゃった。――ほら、小夏。挨拶して」 千夏が促すと小夏は「こんちわ」と、軽い様子で挨拶した。「名前もらっちゃた」などと、軽く言ってくれたものだが、小春も同様に挨拶を交わし、呟くように言った。 「名前はともかく、あの時の子供、ちゃんと育ててたんだな」 おそらくこの子は十二歳になるのだろう。八月生まれの千夏は、小春と同じ二十六歳だ。そんな若い彼女にこんな大きな子供がいても、小春には思い当たる節があった。 「この人、もしかしてお父さん?」 小夏の不意な発言に、小春の膝ががくっと崩れた。名前だけ聞けばそう思って当然ではあるが。 「あはは、違う違う。前に話したでしょ? お母さんの幼馴染みの男の子よ」 そう、彼女との関係は幼馴染みと言う点以外、なんら特別なものなどありはしない。しょせんは色褪せぬ過去の思い出に過ぎないのだ。そう考えると、漠然とした虚無感を覚えた。 「ねえ、小春の家って広い?」 「なんだよ、急に」 「いや、その、広いかどうかを知りたくて」 「広いよ。2LDKだからな」 「ごめん、何畳とかで言ってもらわないとわからない」 相変わらず、頭の方はちっとも成長していないらしい。小春は懇切丁寧に説明してやった。 「キッチン付きの風呂トイレ別で、居間は八畳。後は、六畳と五畳の二部屋だ」 「うわっ。結婚してたんだ」 「一人だよ」 「一人って、なんでそんな広い家に住んでるのよ」 「三年間も島の学校で教師やってたからな。いやでも金が貯まるさ。あっちじゃ、ぼろい社宅に住まわされてたしな。こっちに赴任してきて、憂さ晴らしに広い部屋借りたんだよ」 「そうなんだ」 つけ加えると、小春の妹が不動産関係の会社に勤めており、その伝手で家賃の値引きをしてもらった事実がある。そして、無駄に広すぎて持て余しているのもまた然りである。 「もう遅いし、お前も帰らないと旦那か彼氏が心配するだろ。子供、眠むそうだぞ。こんな時間に引っ張り回すなよ」 「あっ、うん」 「じゃあな」 小春はすげなく手を振ると、彼女らに背を向けた。一歩踏み出して別れの決意をした直後、シャツの一部を掴まれて、思わず立ち止まった。 「ね、ねえ」 「なんだ?」 「今晩だけ! 今晩だけ、泊めてくれない!?」 「はあ?」 「お願! 一晩だけでいいの!」 「泊めるってお前……部屋はあるけど、布団はないぞ?」 「わたしは床でもいいわ。できればこの子は布団で寝かせてあげて。でも、変な事しちゃだめよ。胸とかおっきくなってきてるし、もう立派な女の子なんだから」 「それがまがりなりにも教師に言う台詞か」 「あはは、ごめん」 小春は返事を窮した。正直、断るべきか迷っている。 「だめ……かな?」 「だめだ」 ずばっと断られ、千夏の表情があからさまに沈んだ。しかして、小春は続けた。 「だめだけど、昔のよしみだ。仕方ない」 「ほんと!? やったあっ!」 半ばほだされたようなものだ。引っかかるものも感じたが、そんな小春の気持ちとは裏腹に、千夏は子供のようにはしゃいでいた。 二人を促してのアパートまでの道すがら、小春は尋ねた。 「喧嘩でもしてんのか」 「うん、まあ、そんなところ」 「さっさと仲直りして戻れよ」 「うん」 暗澹(あんたん)とした千夏の相槌は、通り過ぎる車両の音にかき消された。連れ立って歩く二人の距離は極めて近く、決して交わる事をよしとしない。十三年前と同じだった。 アパートについてからは部屋の広さに千夏は目を丸くしていた。一人で住むには確かに広いが、そんなに驚く程でもないだろうにと、小春はしきりに思ったが、それを口にするのは野暮と言うものだ。 「片付けとか、ちゃんとしてるんだ」 「まあな。シャワー浴びるなら入っていいぞ。シャツぐらいは貸してやるけど、下着は知らんからな」 「うん。ありがとう」 「おれはソファーで寝るよ。寝室そこだから、二人で使えよ」 「えー。じゃあさ、三人で寝ようよ」 「無理だ。絶対に誰かが落ちる」 ソファーと言っても寝そべれるぐらいの広さはあるので、問題はないだろう。三人でベッドに寝るほうがよっぽど問題だ。 「小春の匂いのするベッドかあ、なんかドキドキするね」 「気持ち悪い事言うなよ」 「えへへ。――じゃあ、お風呂借りるね。小夏、一緒に入ろう。あんた、今にも寝そうよ」 そう言うと、千夏は娘と連れだって鼻歌交じりで風呂場へと消えた。しばらくして、シャワーの音が聞こえると同時に「冷たっ!」と、騒がしい悲鳴が上がる。お湯の電源を教えるのを忘れていた事を思い出し、腰を上げた小春は、浴室の横にある電源へと手を伸ばした。 「これでお湯が出る」 「うん、わかった」 途端、バサッと浴室の扉が開かれた。ほんのわずかの間ではあったが、小春の目に飛び込んできた光景を言葉にするのは無粋と言うものだろう。 「今のが今晩の家賃でよろしく、小春!」 アクリル製の扉越しに響いた笑い声を耳に入れ、小春は一人ため息交じりに呟いていた。 「何やってんだ、おれは……」 翌朝、千夏に合鍵を渡し、家を出る時は鍵をかけてポストに入れておくように話しをつけ、小春は普段どおり出勤した。 今日、出勤すれば今週の土日は休みが待っている。金曜日の勤務を終えた小春は、真っ直ぐ家路についた。 なんとなく予想はしていた。気分としては複雑である。家に帰ると、自分の帰りを待ってくれる者がいるという感覚は、どう言葉にしていいのかわからないが、簡潔に表せば、そこにあるのは安堵感だ。だが、生憎と相手は子持ちの、それも他人の女である。手放しに喜んでいい状況とは言えないはずだ。 「約束が違うぞ」 「あはは、話しがこじれちゃって……だめ?」 「だめだ。――だめだけど、いいよ」 この言葉はそのまま本人の気持ちに起因する。それ自体が矛盾を描いているからだ。 「一つ言うが、面倒事はごめんだぞ。一刻も早く事態を好転させろ。いいな?」 小春が釘を刺すと、千夏は緩い表情で了承した。彼女の次の行動が示す通り、本当にわかっているとは思い難い。 「ほらほら、スーツ投げてよ! ご飯にする? それともお風呂?」 「あほな事は止めろ。ご飯つっても、お前料理できるのか?」 「えー。これでも頑張って作ってたんだよ。お母さん死んじゃってからは、自分でやらなきゃいけなかったし」 「小母さん、亡くなったのか?」 「うん。五年前に」 「そうか……」 深く関わりがあったわけではない。気の弱そうな、それでいて綺麗な人だった。本当にそれぐらいの記憶しか残っていない。千夏は幼い頃に両親が離婚しており、母親が亡くなった後、頼れる人間もろくにいなかったはずだ。ましてや十三、十四で母親になったとのだから尚更である。 「お前も苦労したんだな」 「苦労も苦労よ。いつか絶対、小人とか出てくるよ」 ころころと笑う彼女の頭を、小春はくしゃりと撫でた。千夏もそれを嫌がりはしなかった。 夜が更け、あり合わせの材料で食事を作り、それをしたためた後、浴槽に溜めた湯には、千夏が一番手で浸かった。 「こういう場合って、仕事を終えた家主が一番風呂に預かるべきだと思うんだが」 「だって、お母さんだもん」 並んでソファーに座った小夏が、小春のぼやきに相槌を打った。それに納得してしまう自分もいかがなものかと考えたが、他にも考えるべき事はある。 「お前の学校もあるし、もう少し真剣に考えないとだめだな」 「こないだまでちゃんと通ってたし、ちょっとぐらい大丈夫だよ」 「教育者の前で言う台詞じゃないぞ」 「隣で言ったから大丈夫」と、くだらない屁理屈を述べる小夏の頭を小突き、小春はそれ以上とやかく言わなかった。そう長く居座らせるつもりもないし、自分が口を出せば、余計に話しがこじれる気がしたからだ。 「小春はさ、なんでお母さんと付き合ったりしなかったの?」 「急だな」 本当に。煙に巻く事もできたかもしれないが、小春は真面目に答えた。 「幼馴染だったのは確かだし、お互いに存在が近かったのも本当だけど、それだけだよ」 そして十三年前、千夏は別の中学の二つ上の男と逢瀬を重ね、小夏を身籠った。妊娠が判明した時、すでに妊娠中期に差しかかろうとしていた為、中絶もできなかったのだと、千夏とその母親が町から姿を消した後に、小春は知った。 あの時の失意は、未だに彼の心を燻らせている。だから、先ほどの自分の発言は、所詮は見栄なのだろう。 「それにおれと付き合ってたら、お前は生まれてこなかったんだ。そういう事を考えるものじゃないさ」 「そっか」 小夏はソファーに頭を預け、天井を仰ぎ見た。 「小春はお母さんの事が今でも好き?」 「どちらかと言われれば好きだ。じゃないと、子持ちの女を家に泊めるわけがない」 「そういうんじゃなくて」 「おれが千夏を好きだったのは中学の時だ。今と重ねるものじゃない」 うそぶく様子もなく、小春は淡々と告げた。 冷たい言い方だったかもしれないが、彼なりに真剣に向き合っての結果だ。小夏はそんな小春から離れるではなく、そっと身を寄せた。 「お父さんがいたら、こうやって甘えてたのかな」 「何度も言うが、おれはお前のお父さんじゃないからな」 「お母さんの幼馴染の小父さんに甘えてるだけだからいいの」 「小父さんって……せめてお兄さんにしろ」 小春が言うと、小夏は小さく笑った。鈴の音を鳴らしたような笑い方は、幼い頃の千夏そっくりだった。 それから話題の人物が風呂から上がると、仲良く寄り添う二人に向かって羨ましげに言った。 「あれえ? いつの間にか仲良し?」 小春は肩をすくめて見せ、小夏は母親に向かってVサインを送った。 「どっか遊びに行きたい」 翌日、土曜日の夜にそれを言ったのは小夏だった。 その意見に猛烈に賛成したのは千夏で、当然のごとく顔をしかめたのは小春だ。 「どっかって、どこへだ」 「どこでもいいけど、遊園地とか?」 小夏が気楽に言うと、小春は近場の遊園地を思索した。 「ここからだと三十キロ近くあるな」 「車は?」 「ある。あるが、ガソリンの高騰で封印中だ」 「何それ。こんないい部屋借りてるのにケチくさいよ」 「それとこれは別だ。でもまあ、そうだな」 小春が言うと、小夏はにやりと笑って母親と向き合った。それから二人して「イェーイ!」と手を打ち鳴らすと、早々と明日の準備に取りかかったのだ。 「やれやれ」と、嘆息交じりにもらす小春も、まんざらでもない様子だった。 翌朝、少し早目にアパートを出た三人は、小春の運転のもと県境付近にある遊園地へと向かった。道中、千夏が気分を悪くしてコンビニに駆け寄ったが、千夏は車に酔ったのは小春の運転が荒いせいだと不平をもらし、小春は久々の運転だから我慢しろと、身も蓋もない言葉で片付けた。 「えー。そんな揺れてないよ」 「後ろのほうが、風がよく入って酔わないかもな」 立ち寄ったコンビニで千夏は小夏と席を替わり、後部座席でごろんと横になっていた。 目的地に着いてからは気分もよくなったようで、たちまち千夏は娘と連れだって無邪気な笑顔を振りまいていた。 ひと通り乗物を楽しんで、小夏が飲み物を買いに出かけている間、小春は千夏と二人でベンチに腰かけた。 お互い少し疲れたのか、言葉少なに座っているだけだったが、そんな中、千夏が感慨深げに切り出した。 「子供の頃、小春の家族とわたしとわたしのお母さんとで、一緒に遊園地行ったよね」 「そういやそうだな」 こことは違う、また別の遊園地の光景が、不思議と重なった。 「久美子ちゃん元気してる?」 「ああ、不動産で営業してるよ。こないだ気になる人ができたって、メールがきた」 「不動産? ピアノ、すごく巧かったのに止めちゃったの?」 「ああ、それで親父と大喧嘩してな。未だに実家には連絡してないらしい」 「そっか。久美子ちゃんも大変そうだね」 「おれの妹の事よりも、今は自分の事を考えろよ」 「うん、まあ……うん」 千夏はしどろもどろの返事で応じ、小春はそれ以上何も言わなかった。 「ねえ」 「なんだ」 「来週、もう一度、三人でこない?」 小春は眉を寄せた。彼が拒絶を示すのを制して、千夏が続けた。 「その時には、今の状況にケリつけとくから、ねっ?」 「……ああ、いいよ」 「ふふっ。小春は優しいね」 「おかげでちょろいセンコーになっちまったよ」 小春がうそぶくと、千夏は何がおかしかったのか、随分と長い間笑っていた。昔と少しも変わらない、鈴を鳴らしたような声で笑っていた。 休日を健やかに終え、小春の一週間が再び始まる。 それからは同じような毎日が続いた。小春が仕事から帰ると、千夏が笑顔で彼を出迎え、居間のソファーに陣取った小夏が友達に接するような態度で声をかけてくる。そして、母親がお風呂に入っている間だけ甘えてくるのだ。 三人で遊園地へ行った日から二日が過ぎ、三日目の夜。その日は生徒の夏休みの宿題を回収し終え、その関係で仕事がたまり、帰りが遅くなった。千夏には事前にその旨を電話で伝え、小春が家に帰ったのは夜も九時を過ぎた頃だった。 その日は玄関での出迎えはなく、代わりにシャワーの音が浴室からこぼれていた。ネクタイを緩め、居間へと向かうと、いつもはそこにいるはずの小夏がいない。小春は少し訝しく思いつつも鞄を投げ、空のハンガーに手をかけた。 その時、浴室から大きな声で「小春、帰ったあ?」と、千夏の声がする。小春はスーツを壁にかけながら「ああ!」と、聞こえるように返した。 小春がようやくソファーに腰を据えてひと息ついていると、再び浴室から千夏の声が。 「こーはーるッ! ごめんけど、タオル忘れちゃったあ!」 小春は嘆息をつきながらも、収納棚からバスタオルを取り出し、浴室へと向かった。浴室の扉は二枚で、一枚目をくぐった先にあるのは、洗濯機と洗面台である。アクリル製のもう一枚の扉にシャワーを浴びる千夏の影が差していた。 「小夏はどうした?」 「コンビニ行くってさ」 「こんな時間に一人でか」と、顔をしかめはしたが、それほど遠い場所ではない。この辺りは小春が勤める中学校の生徒も多く住んでいるので、それほど神経質になる必要もないかと、考えを改めた。 「置いとくぞ」 小春はバスタオルを洗濯機の上に置き、居間へと戻ろうとした。しかして、遮られていたシャワーの音が直に耳を震わせ、その体を千夏が引き止めた。 「小春、体つきよくなったね」 濡れた体で、千夏は小春の背を抱いていた。 「高校から空手始めたからな。大学も四年間、空手部だった」 小春が真面目に答えると、時間はゆっくりと流れた。シャワーの音がとめどなく響き、二人の沈黙は緩やかに伸びて、小春の手が千夏の腕に触れられた。 「家賃――わたしでいいなら、好きにしていいよ」 流れる水の音を割るようにはっきりと届く。言葉の輪郭は小春の体に溶け、千夏の腕に重ねた自らの手に力が籠った。 小春は閉じていたまぶたを開けると、静かな声で言った。 「スーツのズボン、まだ着替えてないんだ。濡れるとしわになる」 彼は千夏の腕を取り、彼女の抱擁から離れると、振り返る事なく浴室の外へと踏み出した。 「いつまでもそんな恰好でいると風邪引くぞ」 「うん……ごめんね、小春」 「いいよ。怒ってないから」 時が経ち、過去の自分に手が届くなら、小春はどうするだろうか。この選択が、間違いでなかったと思える日はいつまで続くのだろうか。 少なくとも今はただ、この選択が正しかったと信じたかった。 翌日、昨日に引き続き、小春は多忙をきわめた。こうなる事は事前にわかっていたので、出勤前にその旨は伝えて出ている。 その日は長期休暇明けの抜き打ちテストの作成を授業後に執り行い、それと並行して生徒の宿題に目を通していたのだ。テストは主に休暇中の宿題から出題するので、問題作り自体は楽なのだが、それでも多少時間がかかるのは仕方がない。 ふとそんな小春に、同じ一年団の担任を務める静香が声をかけた。 「橘先生、まだかかりそうですか?」 「どの問題から出そうか迷ってまして、結城先生はもうできたんですか?」 「こっちは今終わりました。橘先生が終わりそうでしたら、ご飯一緒にどうかと思いまして、どうです?」 「ありがとうございます。でも、もう少しかかりそうだし、また今度で」 小春が言うと、静香は少し残念そうな笑みを浮かべて、帰り支度を整え始めた。 居残る教師も少なくなり、小春が他の教師と最後に学校を後にした時、昨日と同じく夜は九時を刻んでいた。 その日、普段と違ったのは、家に鍵がかかっていた事だ。出かけているのかと思い、久し振りに扉に鍵を差し込むと、やはり室内は暗く人の気配はなかった。 昨日の事で出て行ったのかとも思ったが、千夏に渡してある合鍵はポストに入っていない。二人で出かけているのか、それともケリとやらをつけに行っているのか、小春は確認のメールだけ送信して、簡単な食事をしたため、シャワーを浴びて、ソファーに転がった。 メールの返信がない事で少しそわそわしたが、テレビをつけて気を紛らわした。 十時からのニュースが三十分過ぎ、不意にアパートのインターフォンが甲高い機械音を鳴らした。 突然の事でぎょっとしたが、この時、二人が帰ってきたのかとも思った。一応、受話器を手に取り、外にいるであろう人物に話しかけると、相手は思わずして男だった。 「橘小春さんのご自宅でよろしかったでしょうか?」 「はい、そうですが」 「夜分に申し訳ありません。県警の者です」 警察と聞き、小春は眉をひそめた。警察と名乗る人物はさらに続けた。 「少しお話をよろしいでしょうか」 受話器越しではなく、直接話せないかと言う事だ。 小春は玄関へと向かい、用心の為に一度チェーンをかけてからドアを開いた。 相手も当然の行動だと言わんばかりに隙間から顔を覗かせると、あらかじめ用意していたらしい警察手帳を小春の目の前に差し出した。 相手の格好と手帳から察するに、警察ではなく刑事のほうだ。小春は訝しく思いつつもチェーンを外し、相手を玄関口に招いた。 刑事と名乗る男は二人で、一人は三十代前半の男、小春と直接話しをしている男は五十代半ばと言ったところだ。 「どうも」 壮年の刑事は特徴的な少しかすれた声で礼を告げた。 「あの、ぼくが何か……」 「入江千夏さんをご存じで?」 千夏の名前が出てくるのはこの時、彼にとって予想外であった。もう少し冷静になれる時間があったなら、そうではなかったかもしれないが。 「はい、知り合いですが、それが何か?」 小春が答えると、壮年の刑事が後ろの男に軽く目配せした後、信じ難い事を口走った。 「非常に申し上げにくいのですが……入江千夏さんが本日、殺害されました」 「……はっ?」 「以前、同居していた男に刃物で刺され、病院に搬送されましたがすでに……」 小春が混乱している最中も、刑事は容赦なく言葉を続けた。 「被害者の娘さんについては、病院で手当てを、ああ、ご心配なく。彼女は軽傷です。ですが、精神的に非常にショックを受けている様子でして、よければご同行願えますか?」 「え、ええ。もちろん。……着替えていいですか?」 「お待ちします」 小春は室内へと戻った。一体、自分は何を聞かされ、何を答え、何を行動しているのか、ほとんどわかっていない状態だった。 千夏が死んだ。刃物で刺されて。小夏が軽傷。刑事が告げた。断片的な言葉が小春の脳裏で渦巻いた。 気がつくと、小春は服装を整え、刑事が運転する車両の後部座席に座っていた。家の鍵を閉めたかさえ記憶にない。 「とりあえず署でお話を伺いたいのですが、被害者の娘さんがあなたとの面会を切望しておりまして、まずは病院へ」 若いほうの刑事が言った言葉に、小春は反射的に頷いていた。 いつの間にたどり着いた病院の廊下を刑事に促されるまま歩くと、途中で前を歩く二人が足を止めた。そして、何やら言葉を交わすと、若いほうの刑事が別の廊下へと消えていった。 「橘さんはこちらへ」 壮年の刑事に連れられて歩くと、とある病室へと案内された。 「どうぞ」 部屋の中へと案内されると、薄暗い部屋の中央に白い布が被さった寝台らしき物があった。壮年の刑事に先導されるまま、小春は彼について歩き、近くへと寄ると、そこに寝かされているのが人間なのだとわかった。 壮年の刑事が布の一部に手をかけると、小春の目の前に彼女の姿があった。 「千夏――」 「間違いありませんね」 あるものか――いや、なぜそれが正しい事実を成しているのだ。なぜ彼女が、こんな形で目を閉ざしているのだ。なぜ、なぜ――感情の波が怒涛のごとく押し寄せ、小春の思考を鈍らせる。 「犯人の男はすでに逮捕。被害者の女性に売春を強要していたらしく、殺人とは別件で調べております。遺体の検案は終了済み。直接の死因は胸部への刺傷によるもの。死亡推定時刻は――」 「すいません。それ以上はッ!」 小春が押し殺した声で言うと、壮年の刑事は口を閉ざし、一礼して彼に背を向けた。 「少し、席を外します」 カツカツと、静謐(せいひつ)な空間を小さく騒がせると、小春は変わり果てた千夏と二人になった。 自然と伸びた手は彼女の頬を撫でた。肌は冷たく、普段の笑顔は欠片もない。小春は彼女の髪をくしゃりと撫でた。やはり笑顔はない。 どれぐらいの時間、彼女を眺めていただろうか。ほんのわずかな間だったのかもしれない。今の小春には、それを考える思考の隙間すらなかった。 「何も言わなかったじゃないか」 震える声だった。 「どうして、本当の事を言わなかったんだ。どうして、もっとおれを頼らなかったんだ!」 どうして、自分は気づいてやれなかったんだ。 「おれもお前も、本当の大馬鹿だよ。やっぱりおれたち、お似合いだったんだな……今更気がついたよ」 小春は眠る千夏の唇に触れ、その頬に手を当てると、自分の顔を彼女の口元に沈めた。 初めて交わす彼女との口付けは冷たく、色褪せぬ思い出をなぞった。 再び、部屋の扉が開かれると、先ほどの刑事が小春のもとへと歩み寄った。 「被害者の娘さんをお連れしました」 小春が頷くと、壮年の刑事はさらに身を寄せてきた。 「お会いになる前に、一応確認したい事が」 小春が刑事に目配せする。 「被害者のお腹の子供に、お心当たりは?」 「子供……? 千夏のお腹に……?」 数日前、遊園地への道中が思い出される。 「生後一ヶ月程の胎児でしたが」 「彼女とは何も……キスだって、今初めて……」 「そうですか。失礼しました」 おそらく、この刑事にとっては告げ慣れた事なのだろう。行き場を失ったこの憤りを彼にぶつけたところで、彼は冷静に小春を諭すはずだ。それは余計な虚しさを生むだけである。小春は、最後に千夏の亡骸を振り返り、彼女のそばを後にした。 廊下に出ると、そこに先ほどの若い刑事が立っており、その隣に小夏の姿があった。腕には包帯が巻かれ、表情は虚ろで生彩を欠いている。 彼女は小春の姿を見るや否や、刑事のもとからゆっくりと歩き出し、小春の前までやってきて足を止めた。 小春は小夏の髪を撫でながら問うた。 「怪我、大丈夫か?」 「うん」 小夏が頷くと、小春は彼女の体を優しく抱いた。小夏はその抱擁をただ受けるだけで、小春の胸に額を押し当てていた。 「お母さんはね。小春の事、ずっと気にしてたんだよ」 弱々しくもはっきりとした口調だった。小春は彼女の語らいに耳を貸した。 「でもね、小春に迷惑かけたくなくて、それで何も言わなかったの。あたしにも言っちゃだめだって……」 「そうか」 「小春はお母さんの事、好きだった?」 「ああ。今でも好きだよ。昔から……ずっとだ」 「お母さん、小春に会えて嬉しそうだった。あんなお母さん、見た事なかったよ」 「そうか」 「小春はあんなお母さんを知ってた?」 「ずっと知ってたよ」 「お母さんは小春の事、好きだったんだよね?」 「…………」 「お母さん、死んじゃったんだね」 「……ああ」 小春は彼女の質問に答え終わると、少し力を込めてその小さな体を抱き寄せる。堰を切ったように小夏は声を上げて泣きじゃくった。まるで小さな子供のように。小夏は抱擁を受け止め、小春に泣きすがった。 もし、子供に戻れるなら、小春自身、声を上げて泣いただろう。 大人は時に不器用だ。本当の悲しみを押し殺してしまうのだから。 その後、小春は小夏と連れ立って、警察署へ案内された。そこで受けた質問はどれも不快なもので、犯人との関連性を示唆するものだった。それでも、小春は感情を殺し、一つ一つの質問に答えた。 小春が解放されたのは、すでに朝まで幾時間もない頃だった。小夏の身柄は警察で預かるはずであったが、小夏自身が小春を求めた為、最終的には彼が引き取る事になった。 二人がアパートに戻った時、すでに時間は深夜の四時を過ぎていた。小夏の体を抱き上げ、ベッドに寝かしてやると、虚ろな彼女に向って小春が言った。 「疲れただろ? 今は休め。おれが仕事から帰ったら、これからの事話そう」 「――やッ」 小夏は小春の手を強く握った。 「どこにも行かないで! 小春はここにいて! 一緒にいて!」 必至の体だった。彼女の懇願を無碍にするなど、小春にはできなかった。 「わかった。今日は一緒にいるよ。隣で寝ていいか?」 小春が尋ねると、小夏は涙ながらに頷いた。 「少し顔を洗ってくる。手を放してくれ」 小夏をベッドに寝かし、小春は浴室の洗面台へと向かった。 冷水で頬を打ち、小春は鏡の自分と対峙した。疲労感が自分でも見て取れた。ほんの一日前を思い出す。後悔のない選択をしたつもりだった。それでも、もし昨日に手が届くなら、自分の顔に拳を叩きこんでやるだろう。 ベッドに戻ると、小夏はひどく震えていた。寒さのせいではない。失ったものの大きさに震えているのだ。小春は震える彼女の体に手を回した。改めて抱く彼女の体は細く小さい。小春は彼女が眠りにつくまで、その背中を優しく撫でてやった。 やがて震えが鎮まり、穏やかな寝息が聞こえると、小春は携帯のアラームを小さめに設定し、自身も目を閉じた。疲れからか、眠りへの誘いはいつにもまして強引だった。 夢の中で夢だとわかる時がある。幾多の眠りの中で、そうある事ではない。それでも確かにそんな感覚はある。今の小春がそうであるように。 目の前には懐かしい下校道が広がっている。夕暮れの近づく薄い緋色の景色の中を、二人の中学生が歩いていた。 二人は男女で、どこか素直になりきれないもどかしい様子だった。 ふと、少女が鈴を鳴らしたように笑った。少年は仏頂面で歩いている。からかわれた事を不服としているのだ。 少女はひとしきり笑うと、少年を背中から抱き、彼の頬に触れるように唇をあてがった。少年は弾かれたように彼女を押しのけ、まじまじと見つめ合った後、逃げ出すように走り去ってしまった。 小春は意識的にその少年に手を伸ばした。 あの頃に手が届くなら―― 「――小春」 耳元で誰か囁く。小春は振り返った。そこには十三歳ぐらいの少女が立っていた。 「小夏?」 よく似ているが、どこか違う。そう、その面差しは―― 「千夏なのか……」 気がつくと、小春の手足は小さく縮み、黒い学生服に身を包んでいた。 「ごめんね、小春」 「謝るのはおれのほうだ」 声もまた幼くなっている。それでもこれが自分の声だとわかっていた。 「ずっと……ずっと、お前が好きだった」 「ほんとに? 嬉しいなあ」 少女の千夏が満面の笑みを浮かべた。 二人はいつしか、夕暮れの道で向き合っていた。 「最初はね、軽い気持ちだったんだ。小春が焼きもち妬いてくれるかなって」 千夏はどこか遠くを見つめながら言った。 「どこで失敗しちゃったのかな。――あっ、これは小夏には内緒だからね」 くすりと笑い、彼女は小春に向き直る。 「ほんとはね、わたしの全部を小春にあげたかったよ」 そこに笑みはなく、真剣な彼女の相貌があった。 「でもね、わたし馬鹿だから、えへへ。……気がついたら小春にあげるもの、何にもなくなっちゃってた」 そんな事はないと、小春は身を乗り出した。そんな彼を千夏が制した。 「だけど最後にね、一つだけ隠してたものがあるんだ」 彼女の手が小春の手にかかる。 「ずっと大切にしてきたの。これは小春にあげるんだって」 小春はその手を強く握り返した。 「ねえ、わたしの気持ち。わたしの小春を好きな気持ち、もらってくれる?」 小春がゆっくりと頷くと、千夏の唇が小春のそれに重なった。夢とは思えぬ温もりが、彼女から伝わってくる。 もっと言いたい事がある。伝えたい事がある。それなのに、なぜか言葉が出てこない。 すれ違い続けた。気づかないふりを気取っていた。それが突然崩れた時、彼女との関係の接近にひどく焦った。だから、振り払ってしまった。 ずっと、後悔していた。 「小春の気持ち、ちゃんと伝わったよ」 そう言った千夏の体が急に遠のいた。小春は手を伸ばし、彼女を掴もうとする。 「小春はかっこいいし優しいから、きっと素敵な彼女が見つかるよ。そしたらね、図々しいって思うかもしれないけど、小夏の事、幸せにしてあげてね」 伸ばした手はどんどん彼女から遠のいていく。 「生まれ変わったら……小春の子供に……なりたいなぁ……」 最後は彼女の姿も声も霞の中へ消えていく。 「千夏――ッ!?」 バッとまぶたを開ると、小春の目の前には寝室の天井があった。耳元では携帯のアラームが申し訳なさそうに鳴っている。 携帯のアラームを止め、隣で寝ている小夏の存在を思い出し、彼女を起こさないようにそっとベッドから起き上がる。 小春は軽く喉を潤し、携帯の一覧から一年団の責任者を務めてる団長教諭に事情の電話を入れた。相手もすでに仕事の準備を整えていたようで、数コールのうちに低い声で応対があった。 小春は朝の挨拶を手短に交わし、まずは休みたい旨を伝えた。当然のように理由を聞かれ、小春は順を追って訳を話した。 話し終えると、団長教諭は静かに頷き、教頭への連絡は自分からしておくから、ゆっくり休めと言って、電話を切った。朝のニュースで市内の事件を目にしていたらしく、それに小春が関わっていた事に驚いてはいたが、事態を察して深くは追求してこなかった。夜にもう一度電話をする必要があるだろう。 用を終えた携帯を手近なところに置き、小春は何をするでもなく寝室へ戻り、ベッドに腰を乗せた。布団の中では小夏が穏やかな寝息を立てている。今はただ、悲しみとは無縁の世界にいるようだ。 何を考えるのも億劫だった。にも拘らず、色んな事が頭をよぎる。千夏の事、小夏の事、警察とのやり取り、葬儀、仕事の事、貯金、頭が破裂してしまいそうだった。 再びベッドに体を預け、千夏の寝顔を眺めている内に、再び眠りが小春を連れ去った。 夕方前に目を覚ました小春は、目覚ましにシャワーを浴び、軽く胃を満たした。言い知れぬ虚脱感は拭えず、どんよりとした気分とは裏腹に、外はいたって快晴だ。呆然とソファーに転がっている内に時間ばかりが過ぎ、寝ていたのか起きていたのかもわからないような状態が続いた。 意識がはっきりとしたのは、インターフォンの機械音が部屋に響き渡った時だった。 すでに時刻は夜を前にした夕方だった。ソファーから体を起こした小春は受話器を取った。 「はい」 「あっ、橘先生。わたしです、結城です」 「結城先生? 今、行きます」 玄関を開けると、後輩教師の結城静香が立っていた。 「今日は早かったんですね」 「昨日、一昨日と遅かったので」 よほど悲壮な顔をしていたのか、静香は心配そうに小春を見ていた。 「ご病気、大丈夫ですか?」 「えっ? ああ、まあ……」 小春は曖昧に答えた。どうやら、他の教員には病欠と説明されているらしい。静香も単純に見舞いに来たとの事だった。 家に招くか逡巡していると、寝室から小夏の声が聞こえた。 「小春、どこ?」 「誰か、いらっしゃるんですか?」 静香は少し居心地が悪そうに尋ねた。小春は彼女に少し待ってもらい、寝室から顔を出した小夏に向って言った。 「大丈夫だ。お客さんが来ただけだ。少しシャワーでも浴びてこい」 小夏はゆっくりと頷くと、玄関口に立つ静香に小さくおじぎをして、浴室へ入っていった。 「上がってください」 小春は静香を室内へ招き入れた。 話しが終わると、静香は声を失っていた。小春は流れ始めた涙を隠しもせず、ただただ自分の手の先を見据えている。 静香は黙って小春の話に耳を傾けていた。小春の感情の隆起を察し、小春の憤りを無言で受け入れてくれた。 ひとしきり気持ちを流露させると、小春自身、少し冷静さを取り戻していた。心の靄も少なからず晴れたような気がする。 「あの子は、おれが引き取ります。弁護士に相談したり、色々大変だけど」 「…………」 「まさか、中学時代の失敗が、こんな形でおれたちの人生を壊しちまうなんて、思いもよりませんでしたよ」 小春は自嘲を浮かべた。 「後悔先に立たず。見事な格言だ」 「橘先生――ッ」 小春の自分を貶める発言を諭すように、静香は彼の首に自らの腕を絡めた。小春は驚きもせず、淡々と告げた。 「今は……今はだめです。こんな時は見境いがなくなってしまう。他人の親切を、捻じ曲げて解釈してしまう。だから、今はだめです……」 静香は自らの涙を拭い、彼の横顔をそっと眺めた。 「明日は出勤します。結城先生、本当に助かりました。お見舞いって言うのも、まんざら悪くありませんね」 そこには普段の橘小春の姿があった。 「差し出がましいかとは思いますが、千夏さんは、それでも最期は幸せだったと思います」 静香が表情を弱くしながらも告げる。小春は彼女に振り向いた。 「橘先生――小春さんが、こんなにも深く千夏さんを想ってらっしゃったんですから」 静香は言うと、精一杯の笑顔を見せた。泣き笑いのような、自信の乏しい笑顔だ。小春はしばらくそんな彼女を瞬きしながら見ていた。そして、不意に大きな声を上げて笑い出した。 当然、驚いたのは静香である。目を丸くしていた。 「すいません。結城先生がロマンティストだと思わなかったので、つい」 小春は涙の筋を拭いながらも肩を上下させている。 「その言葉、ドラマなんかでよく聞きますね。ベタベタですよ」 「ちょ――もう! からかわないでくださいよ!」 にやついた顔の小春を見て、ようやくからかわれていた事に気がついた静香は、頬を赤らめ、小春を小突きまわした。 小春はしばらく苦笑交じりに肩を揺らしていたが、ふと呼吸を整えて呟いた。 「でも……そう信じたい。最期まですれ違っていても、今は、あいつの心がおれの中にあると、信じたいです」 小春が言うと、静香も優しい表情で「はい」と頷いた。自然と彼女の手に小春の手が重なった。 「こーはーる!」 廊下から勇ましい声が響く。下着姿の小夏がずかずかと歩み寄ってきた。 「お母さんの事、あんなに好きだって言ってたのに、もう他の人に手を出してる!」 「お前なあ、おれを節操なしみたいに言うな。あほな事言ってないで、服を着ろ」 二人のやり取りに静香は微笑し、話がややこしくなる前に退散する事を決め込んだ。 「それじゃあ、今日は帰りますね。小春さんも無理はしないでくださいね」 「わかってます。それと、学校では生徒にからかわれるんで、下の名前で呼ぶのはプライベートって事でお願いしますよ。静香さん」 頷いて帰っていった静香は、少し気恥ずかしそうだった。 静香を見送った小春は、小夏を宥める為に居間へ向って歩き出した。 他人から見れば、千夏の人生の多くは不幸だったかもしれない。小春自身、そう思えてならなかった。そして、彼女を不幸にさせてしまった事に罪を感じていた。 それでも、夢の中に現れた千夏は幸せそうだった。それは自分が罪から逃れる為に映し出した虚像だったのかもしれない。 たとえ、そうであったとしても、今はお互いの気持ちが一つであると信じたい。信じる事で、前に進みたかった。 時が経ち、小春に落ち着きが戻って来た頃には、秋が過ぎ、冬が終わろうとしていた。 家庭裁判所の決議により、小春が小夏の後見人に選任され、正式に彼女が小春の養子になると、小夏は残りわずかだった小学校生活を終え、この四月から小春が勤める中学校に入学する事になった。母親を求めて泣く事もあったし、小春に対して感情をぶつける事もあった。彼自身、二十六歳にしていきなり十二歳の娘の父親になったのである。戸惑いは大きかった。 しかし、小春は決して投げ出さなかった。真剣に彼女と向き合い、耳を貸し、寂しさを少しでも埋めてやろうと努力した。 今の関係がきわめて自然である事は、その努力が実った為かはわからない。 それでも、小春の小夏を愛おしむ気持ちに嘘はなかった。 「ほら、早く行くぞ」 「ちょっと待って!」 ばたばたと慌ただしい様子で、小夏が玄関口へと駆け寄ってくる。 「一応、式の間は保護者として参加するけど、式が終わったら、学校ではあくまで教師と生徒だ。特別扱いはしないからな」 「てか、小春は二年団の担任だし、あんまり関係ないじゃん」 「うるさい。口答えしない。それと、結城先生との事は他の生徒に喋るなよ」 「静香がちょくちょく家に来てる事とか、ご飯一緒に食べに行ってる事? 後、一緒にいる時は下の名前で呼び合ってる事とか?」 「だから、それを言うなというに」 「あたしも一緒に行ってるし、いつも三人でなんだからいいじゃん。あっ、もしかして、隠れていやらしい事とかしてるの!?」 「もっと子供らしい発想をしてくれ……」 「ちょっと!? どうなのよ! 小春ってば!」 「ドア閉めるから早く来い。千夏に行ってきますは?」 小夏は「うー」と唸った後、部屋の中を振り返った。そして、二人同時に「いってきます」を告げると、小春は小夏のぼやきを耳にしながら一歩を踏み出した。 後悔のない選択なんてほんのわずかだ。 そして、後悔の道を歩んだとしても、時はただ進んでいく。立ち止っている人間を待ったりはしない。だからこそ、人は進まねばならない。 後悔もやがては過去になる。褪せた過去も褪せぬ過去も思い出の一つだ。忘れてしまった思い出と、永遠に忘れる事のない思い出の中を生きている限り、時に脳裏を過る事がある。それが無理な事だとわかっていても、小春は思わずにはいられないのだ。 あの頃に手が届くなら、と。 小春は手を伸ばした。その先に重なる小さな手を握ると、小夏は恥ずかしそうに唇を尖らせた。 後悔のない選択なんてほんのわずかだ。 それでも今、確実に言える事がある。 この手を握った事に後悔はないのだと、胸を張って言うだろう。 |
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●感想
侍改さんの感想 オペラ座さん、初めまして。『あの頃に手が届くなら』、拝読させて頂きました。 昨日の決断を、今日後悔するかもしれない――でも、今日を歩かねば、明日には続かない。そんな人間的な強さを秘めた良作だったと思います。ドラマ的な緊張感もありましたし、エンターテイメントとしてのライトノベルとしては充分通用すると思いますよ。 以下、箇条書きで気になった点。 ・キャラ 小春が滅茶苦茶イイ男ですね……(グスッ 序盤での小夏ちゃんの歳不相応な達観具合と、終盤での打ち解けた彼女の子供っぽさのギャップが非常に効果的だったと思います。 ・構成 過去・現在・未来とテーマ通りに進んで行くのが心地良いですねー。ただ、最後の『おまけ』は今ひとつ、という印象を受けました。『〜おまけ〜』というタイトルを取っぱらっちゃうだけでも大分良くなるかとは思いますが、あの『夢』は正直蛇足だったと思います。そこまで読んだ時点で、あの夢で描くべきことは読者には伝わっていると思いますし。 ・台詞 全体的にはとても読みやすく、キャラの特徴を捉えていたと思います。しかし、 >「すいません。それ以上はッ!」 優しい小春が、感情を爆発させそうになりながらも必死に堪えるシーンなのですから、もう少し抑揚をつけた書き方をしても良かったかもしれません。例えば: 「すいません……っ! それ、以上は」 といった具合に。『間』って大事だと思うんですよ、個人的に。 >「その言葉、ドラマなんかでよく聞きますね。ベタベタですよ」 >「ちょ――もう! からかわないでくださいよ!」 ふふふ、いいですねー。ニヤニヤしちゃいました。王道ながらも、小春のイイ男っぷりがここで効いてくるのが小気味良かったです。 ・総合的に とてもよく纏まっていたが故に、少々インパクトが足らなかったかなあ、と。千夏のショッキングな結末はスパイスとしては良かったですが(こう書くと私、人でなしみたいですね・苦笑)、終わり方が円満過ぎた、とでも言いましょうか。良い文章であるが故に、より良いものを求めてしまう、という読者の我侭として一笑に伏して下さいませ。 それでは、長文失礼致しました。 桃花さんの感想 最初は軽い気持ちで読んでたんだけど、途中から涙が止まらなくなりました…この二人どうなるんだろ〜って見てたら、いきなりの急展開。感情移入しなが読んでたから、余計にこたえました。 でもおまけでなんだかほっとした気持ちです。一喜一憂したゃいましたよ。ほんと。 ライターさんの感想 どうも、こんにちわ。 久々に見たらオペラ座さんの作品がUPされてたんで拝読しました。 掌編に引き続きやってくれますね、ほんま。 ネットの小説で目頭が熱くなるなんて、いつ以来やろ… 作法やら描写は特に指摘する事もないから、メッセージに在るとおり3人の名前が似てて分かりにくい時があったぐらいかな。 最初の伏線からいたるところにある小技にびっくりですわ。 特にタイトルのフレーズが文中に出た瞬間鳥肌が立ちました。 恋愛作品ってどうしても幼馴染ネタが多くて、これも実際幼馴染ネタなんだろうけど、少しの工夫でだいぶ斬新に感じましたわ。 大人の恋愛物語でなんか胸が熱くなりました。 最後のおまけは意見が別れそうやなあ。でも万人に受け入れられる作品なんてないに等しいからね。 とりあえず俺的には全然ありなんですわ。やっぱり、こうやって文章にしてくれるとほっとします。多分そんだけ登場人物に感情移入してたんでしょうね。 ここで楽しませてくれるのもいいんですが、近い将来書店で貴方の作品が拝める日を楽しみにしてますわ。 言成嗣さんの感想 ifストーリーが余計すぎでした。 どうも言成嗣です。 序盤がひどいと思います。 状況説明が不親切です。キャラのイメージを何度も構築し直して疲れたといえば、わかってもらえるでしょうか。 例えば学校一つとっても、 >「ご両親は中かい? こんな遅くに出歩くものじゃないよ。ああ、安心してくれ。ぼくはこの近くの中学校で教師を――」 ここまで来るまで、確信がありませんでした。 小春ちゃんと不遜な言い方をするのは、高校生かと思っていましたし、小夏と最初あっとき、高学年を知らないのは小学一年の担任だからかとも思いました。 生徒のイメージが、その都度変わってしんどかったです。 少女の方も、第一印象は幼女という感じでした。(一言で言うとあれですが……)高学年、小学という括りでみると、事実での小六と中一の差よりイメージの差って大きいと思います。 最初のイメージはそうでしたが、具体的に12,3と後から言われて、ちょ、13て中学生じゃんなんて思ってまたもイメージが崩されました。 いや、なんで他校の中学生だと思わないんでしょうか。 また、千夏の服装に関しても、記憶の中の(中学生)ものと比べて派手なのか。世間一般から言って派手なのか分かりません。 これも前者だと思っていましたが、途中からおかしいなと思い、警察の話から後者だったのかと思いました。 描写についてのことと関連して、ラノベかどうかについて意見を少し。 ラノベを読むときは、いわゆるアニメ絵でキャラのイメージを作ります。 リアルな書き込みがないから、(書き込みが薄いから)それしかできないという感じもしますが、話しとしてそういう感じが合っているからだと思います。 純文だったりラノベじゃない作家を読むときは、実際の人間をキャラのイメージとして浮かべます。 いうなれば、テレビドラマとアニメの違い位でしょうか。 一応この話も、ラノベとして読みました。一読した後、どんなキャラだったかと絵が描けるなら、アニメ絵のキャラを書いたと思います。 で、話をつかんだ上でもう一度読むとすれば、もっとリアルな人物像を浮かべるのではないかと思います。 話として釣り合わないからという感じですか。 そうなると、描写が総じて薄すぎるという感が否めません。 ライトな感じとすれば、別に描写が足りていないとは思いません。 結局何が言いたいかというと、描写を省いているのだとは思うんですが、それが物足りないと言うことですか。 一番物足りなかったのは、警察の描写。 小夏の様子が薄いです。 キャラについて。 好みです。ただの感想ですから、軽く聞き流してください。 どれも好きじゃないです。 ・千夏 他人に寄生して楽しもうという姿勢がいやです。遊園地に行こうとか特に。 人が死ぬ話は基本てきに僕は作りませんがここで死んでもらったらいいのかなと思いました。 悪い男に絡まれているのも傍目は不幸かも知れませんが、同情の余地無し。本人が悪いという感じでした。 ヒロインとして好きになる要素がなかったです。 ・小夏 嫌いではないです。 言えば好きでもない。 純粋な子と表現できていると思いました。それ故に大人に良いように振り回されている都合の良い感じがしました。 どれが一番よかったかというと、この子ですけれど。 ・結城、小春 優しいだけの男なんて、と、めざとく他人の心につけいる女と……。 結城は影が薄いですし、結局穴埋めにされただけのような気がしてなりません。 小春はこの軟弱ものがと言っておきます。悪くなかったと思いますよ。 キャラについて書くことなんて滅多にないんですが、不満だけかいたようになった気がします。 ifストーリーですが、ゲームじゃないんだからと……。小説にやり直しはきかないと思います。 逆に言えば、やり直しのできる小説なんてつまらないです。 追伸 キャラの名前感想書いてたら間違いまくっていました……。 それでは。 いちふじさんの感想 いちふじです。先日はご批評いただきありがとうございました。 作品拝読致しました。 感想等書かせていただきますね。 私は気にならなかったのですが、この内容ですと「これはライトノベルとしてどうか?」と考える人が少なくないのでは? と思いました。ライトノベル読者といえばやはり若年層の割合が多いと思います。そういった読者層よりも、主人公や他登場人物の年齢が高く、感情移入しにくいのでは? と。 しかし同時に「ライトノベル」というくくり自体がかなり曖昧なものですし、年齢うんぬんよりも、人によって感じ方考え方は全く違いますので、そういった部分は些末なモノでしかないと思います。この作品を読まれた皆さんには是非、作品としての批評をしていただければ、とも思いました。 極力無駄な描写を削ぐことにより、読みやすさを優先させ、各キャラクタ造形を読者の想像に任せる手法(といっていいのでしょうか?)は私は好きです。 小春の後悔、苦悩、葛藤も伝わってきて感情移入できました。千夏のどうしてもいいだせなかった心境もよくわかります。 読み取りようによっては「千夏は幼い」等の印象をもたれる方もいると思うのですが、私なりの解釈では小春の前だからこそ、千夏はかつての自分に戻れていた、と感じました。 千夏の死、についても賛否はあると思います。 私は人の「死」を主軸においた作品にはどうも否定的なきらいがあります。が、今作ではあくまで一つの出来事であり、また実際、人はそれぐらいあっけなく死んでしまうので……。特に唐突さなどは感じず、自然と受け入れることが出来ました。 残念だったのは結城先生についての描写でしょうか、登場回数が少ないため、彼女に対しては作品内において、今ひとつ存在感が薄く感じられました。 最後のおまけ、内容はいいと思うのですが、〜おまけ〜 という表現は作品にそぐわなかったかな? と感じました。 「あの頃に手が届くなら」誰でも一度は考えるコトだと思います。 でも、前に進まざるをえない、思い出として決別せざるをえないことが、現実にはたくさんあって……。 非常に良くまとまった、良作だと思います。 それでは箇条書きのような、拙い感想のみになってしまいましたが、この辺で失礼します。 千草さんの感想 オペラ座さん、こんばんは。 千草、といいます。 色々と無礼な点もあるかと思いますが、よろしくお願いします。 さて、「あの頃に手が届くなら」を読了しましたが、 毎回(といっても二回目ですが)オペラ座さんのお話には感嘆させられます。 確かな文章力に支えられた確かな現実(たとえ虚構だとしても)。 以下は指摘となります。 @読了した感想(その1)。 誤字です。 >「それがまかりなりにも教師に言う台詞か」 お茶を濁すようですが、「まがりなりにも」ですね。 A最後に。(個人的感想) 全体的にいいと思います。 最近読んだ北村薫さんの「スキップ」に似たふんわりとした雰囲気が 全体として好感度UPです。(学校のくだりが) おまけは……いらないのではないでしょうか。 というか、それをやらずともオペラ座さんの作品は素晴らしいでしょう? 個人的に好きなこともあり、 合計得点は+40点とさせていただきます。 執筆、お疲れ様でした。(^^ いちおさんの感想 初めまして、いちおと申します。 拝読させて頂いたので、感想など。 ……ぬうッ……面白かった!!です。 山あり谷あり(谷?)で、ショッキングな展開は予想外でした。 がーん、そんなあ……(泣 【良いと思ったところ】 ●文章 上手いですねー。 違和感なく読ませつつ、堅過ぎず、適度に読み手に情景も状況も心情も伝えることが出来ていると思います。 何の疑問もなく読めました。 ●ストーリー/展開 好きです。 ほのぼのしているようで、千夏ちゃんの背景がずっと気になっているせいか緊張感もずっとありました、わたしは。 穏やか〜に場面が終わる度に「で? で? 千夏ちゃん、何があったの?」とそわそわ……w ●登場人物 小春くん、かっこ良い雰囲気でした。 何かイイ男w 【気になったところ】 ・誤字脱字がぽつぽつあったかな〜……と思いますが、挙げられるほど覚えていません、ごめんなさい。 ・たまに小春の部屋とかで、わたしの頭の中から小夏が消えました……。 ・飲み帰りの「こんな夜は〜……」の部分は、この話の流れ(後々のシャワーのシーンでの小春の対応も含めて)だと不要だったんじゃないかなーと。 そこを境に、一瞬違う方向への話展開を予想しまし……そういう意図でした? ・静香さんの存在感が、妙に中途半端かなと。 お見舞いの部分でそう感じさせるのかなーと思ったりしました。 以上です。 コメントにありますが、確かにラノベと言うと苦しいセンかもしれないですけど、わたしは好きなお話です。 朝から携帯で休憩のたびに楽しく読ませて頂きました^^ 良かった。 読ませて頂いて、ありがとうございました! 次回も頑張って下さい。 加藤泉さんの感想 はじめまして、オペラ座様。加藤泉と申します。執筆、おつかれさまでした。文章をまとめるのが苦手ですので、読ませていただいた感想を順に並べて述べさせて頂きたいと思います。 まず、主人公の小春という名前ですが最初は女性だと思いました。ですから、小春の口調と性別が一致せず、少し混乱しました。冒頭を3度くらい読み直して小春が男性だと理解しましたが、もう少し中性的な名前(「じゆん」や「かおる」など)にして下さると分かりやすかったです。 小春の職業については、最初、小学校教師だと思っていました。ですので、小春が小夏を見かけるシーンで『年は小学校の高学年だろうか、ここから見る限り、一年団の担任である小春には見覚えのない姿だ』とあった部分では「ああ、小春は小学一年生の担任なんだなあ」と思いました。後に中学教師と判明するわけですが、ミスリードを狙っていないのであれば、もっと最初の方で中学教師であることを示して頂いた方がよかったかもしれません。ただし、小春の中学教師設定が生きるのはエンディング部分なので、作品の評価を下げるほどの違和感ではありません。 小春と千夏の再会シーンはよくできていると思います。小春が小夏を見て千夏を思い出すシーンが、よい伏線となっていました。その後に続く会話も、久方ぶりに出会った幼馴染の会話らしくてよかったです。楽しんで読ませていただきました。会話のシーンで上手いと思ったのは、千夏が小春の家へ泊めさせてほしいと願い出た時に『だめだ』と小春が一度断ってから『だめだけど、昔のよしみだ。仕方ない』と続く部分です。この後にも、何度か同様の表現が表れますが、千夏という幼馴染を特別に思っている小春の心情をよく表せている台詞だと思います。 細かい部分ですが、家の合鍵に少し違和感を覚えました。家族がいないのに、合鍵は作らないと思います。私は賃貸住宅に住んだことがないのですが、契約するときに鍵を二つ作るのは普通なのでしょうか。それが常識なら、私が非常識なだけなので気にしないで下さい。また、仮に鍵を二つ作るのが特殊な例でも、評価を下げるほど不自然ではないと思います。ただ、気になっただけです。 またまた細かい部分ですが、『小母』については、新しい登場人物(千夏の母の名前)かと思いました。『おば』と読むんですね。私の漢字力が足りないのもいけないのですが、親戚以外の『おば』は平仮名で書くのが通例だと思います。『小父』についても同様です。これも、評価を下げるものではありません。ただ、気になっただけです。 千夏がお風呂に入っている間に交わされた小春と小夏の会話は、小春が小夏を大人として扱っているなあ、と思いました。私としては小学六年生は子供だという認識ですので、小春は少し正直に話しすぎなのではないかと感じました。ただ、この辺りは読み手によって見解が異なるところだと思います。小夏くらいの年齢とどう話すかは、人によって大きな違いがありそうですから。 千夏が小春の背中に抱きつくシーンは、個人的に好きです。幼馴染という関係から一線を越えそうになる本シーンは臨場感に溢れていて、面白かったです。小春が千夏の申し出を断り、それを後悔しないことを願う描写も共感できました。 警察が小春の家に来たシーンは、唐突に思いました。このシーンだけは、惜しかったです。私がこのシーンで思ったのは「なぜ、警察は小春と千夏の関係を知ったのだろう?」ということでした。二回目に読み直したときに「小夏から聞いたのかもしれない」と思いましたが、やはり、唐突感を拭うことはできませんでした。他の部分がよいだけに、本当に惜しいです。 また、警察が小春に千夏を殺害した犯人や死因などを伝えているシーンがありますが、警察は肉親でもない小春にそのようなことを伝えないと思います(実際に、そのような状況になったことがないので確信はもてませんが)。ここは、別の台詞に差し替えた方がよいと思いました。 千夏が亡くなったのは、正直、ショックでしたが、夢で再開するシーンで落ち込んだ気持ちを立て直すことができました。読み手の心を上手く汲んでいるよいシーンだと思います。 最後、小春が孤独になってしまうのではなく、小夏が養子になったり静香とよい関係になったりしたのは、個人的に嬉しかったです。やはり、最後はハッピーエンドで終わってほしいですからね。 一応、誤字の指摘です。実際のところ、筆者自身だけで誤字脱字を全て見つけ出すのは不可能だと思いますので、よっぽどひどくない限り、私は特に気にしません(プロになれば、編集者が推敲してくれますし)。 「こういう場合って、仕事を終えた家主が一番風呂に預かるべきだと思うだが」 →「こういう場合って、仕事を終えた家主が一番風呂に預かるべきだと思うのだが」 全体的には面白く非常に読ませる文章でした。本として出版されてもよいくらいの作品だと思います。 評価は、基本点(読みやすさ、誤字脱字がない)が30点。小春と千夏・小夏の絡みのうまさが50点。千夏が亡くなったまま投げっぱなしでなく、夢できちんと小春との関係を解決している点に30点。読了後における後味のよさに20点。警察の描写が不自然だった点にマイナス20点。合わせて110点です。上限が50点なのが残念です。 オペラ座さんの作品が書店に並ぶ日も遠くはないと思います。これからの作品にも期待しておりますので、ぜひ作品を作り続けてください。 それでは、失礼致します。 ラストさんの感想 こんにちは、ラストです。高得点おめでとうございます。 拝読させていただきましたので感想を。 うむー。面白い。 綺麗な文章で綴られた、綺麗な物語でした。三人称でありながら、読者との距離感が抜群であり、素直に羨ましいと思いました。 ラノベというよりは、一般小説に近い感じでしょうか。ラノベ読みーな私としては、小夏が可愛いながら、素直に好きになれないという微妙な心境でもありました。 > ひと通り乗物を楽しんで、小夏が飲み物を買いに出かけている間、小春は千夏と二人でベンチに腰かけた。 ここだけは、「る」で終わらせる文にしてほしかった……! とか言ってみたりです。凄くうまい文章ですので、なおさら「た」の連続で終わっているこの場面は気になったかな、という感じでした。 物語の見せ場をさらに強くすると、もっと個人的ツボではありました。 例えば、ありきたりですけど(何)、遊園地の約束を彼女の亡骸の前で言ってみるとか。あるいはそこで、同居中のちょっとした後悔を思い浮かべてみるとか。なんというか、次の場面に行く前にそういった間をつくることであえてテンポを崩してみると、すっごく印象に残る場面ができていたのかなぁとは思いましたです。 小夏はもう少し掘り下げてもいいかも? とは思いました。小春との一対一な場面が後半しかないので、前半でもう少し増やしてくれると、千夏との約束の中で悩める少女というのが、健気さを誘い、また味を持たせてくれるのかなぁと。 安易に涙を流さない主人公を描くことで、読者に感動を与える手法は素直に凄かったです。途中で泣いちゃいました。それでいて、陰鬱とし過ぎない感じが、この投稿場所にもとてもマッチしていると思いました。うーん。凄い。 ただ、完成度が高く面白い作品でありながら、この作品独特の何かがなかったかも、という感じはしますです。そんなもの必要ないかもですが。 文庫の短編集の一つ、として本当にありそうなくらい面白かったです。 偉そうに失礼いたしました。あくまでも個人的な感想であり、意見です。取捨選択をよろしくお願いいたします。 次回作も頑張ってください。 それではっ。 タツノコさんの感想 こんばんわ、オペラ座さん。 『あの頃に手が届くなら』拝読させていただきました。 オペラ座さんの作品は今回初めて読みましたが、この作品はライトノベルにしては内容がシリアスで、それでいてライトノベルだと感じさせてくれる作品でした。 登場する人物の中では小春がお気に入りです。優しいキャラは大好きです^^。 もう指摘されている事なのですが、僕も小春の勤め先が小学校なのか中学校なのか混乱しました。細かいことは他の方が書かれているのでここには書かないでおきますね。 登場人物の名前が似ていて混乱するとの事でしたが、僕はそうは思いませんでした。それぞれがしっかり独立したキャラクタだったからかもしれません。 小夏と小春の出会いのシーンでのことですが、小春が少し説明口調すぎて気が逸れてしまいました。僕の気にし過ぎなのかもしれませんが、とりあえずここに書いておきます。 千夏と小春のやり取りは、微笑ましいながらも初めから千夏に影が差しているように感じ取れました。千夏の事情を知った辺りで「そうか、だからか……」と感嘆しました。そこを臭わせようと千夏の言葉を選んでらっしゃったのなら、お見事でした。 自分の実力を省みない感想で申し訳ないです。 普通に、読んでいて面白い作品でした。次の作品も期待しています。 一言コメント ・悲しいお話ですが、つらい思い出も受け止めて前に進む小春の成長?に感動しました。 次回作も期待しています。 |
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