高得点作品掲載所     ぺぺろんさん 著作  | トップへ戻る | 


スロウダンス

 帰りのホームルームが終わり、教室内が虚脱感と疲労感と安心感の入り混じった緩んだ雰囲気に包まれる。教卓の前で女の子の集団がこれからどこに行くかを話し合っている。部活のある生徒たちはさっさと荷物をまとめて教室から飛び出していく。窓際にいるのは帰宅部男子の集団で、先ほどから何が楽しいのか「ひひひ」と下品な笑い声を上げていた。
 そんな中、俺は教科書の入っていない薄っぺらな学生鞄を肩にかけ、誰にも声をかけず教室を出ようとする。
「金城君!」
教卓の前を通ったとき、女の子の集団から俺の苗字を呼ぶ声が聞こえた。
 集団の中から、女子生徒が一人こちらに飛び出してくる。『適度』に短く切り揃えられた夏服のスカート。『適度』に茶色く染まったショートカットの髪。『適度』に施されたナチュラルメイク――その集団を構成する女の子たちは皆同じような恰好をしているので、口元にほくろがあることを確認するまで、俺は飛び出してきたのが琴平小枝だということに一瞬気がつかなかった。
「帰るの?」
 琴平が頭一つ分高い俺の顔を見上げながら、訊いてきた。俺は頷く。
「帰るよ。だって学校終わったじゃん」
「えー、帰って何するの?」
「いや、別に。五時からある再放送のドラマでも見るかな」
「そんなのつまんないよ。今からみんなでカラオケ行くんだけど、金城君も行かない?」
 琴平の視線に何かを期待するような色が混じったのがわかった。俺はそれから逃げるように頬を掻きながら空中に目を泳がせる。
「えっと……誘いはありがたいんだけどさ。男一人で女の子の集団にひっついてカラオケってのはちょっと……」
「大丈夫だよっ! 男子も何人か誘ってるし! 直江とか、上林とか――」
 琴平が指を折り曲げながら、これからカラオケに行くという男子の名前を上げる。ほとんどが、窓際にいる男子の集団を構成するメンバーだった。つまり、俺とはそこそこ仲がよく、言い換えればそこそこにしか仲の良くない人間達だ。といっても、俺はこのクラスに特別親しい人間ってのはいないんだけど。
「えっと……どうしようかな……」
 俺は曖昧な笑みを浮かべつつ、少しの間悩むフリをした。頭の中では必死に帰る言い訳を取り繕っていた。実際カラオケなんか行きたくないのだ。放課後の時間まで、誰かに気を使いながら過ごしたくはない。
「えー行こうよ! 絶対楽しいって!」
 しかし、考えがまとまらないうちに、琴平がらんらんと目を輝かせながら俺の腕を取った。弱った。ここで断ればこのクラスで俺が持つ『属性』の中に、『空気の読めないやつ』という今後の生活を著しく窮屈にするものが混じってしまうだろう。
 あきらめるしかないか――俺はため息をつきたい気分をぐっと抑え、琴平に了承の旨を伝えるべく無理やり作った微笑を顔に張り付かせた。
 その時だった。
「――金城」
 後ろから、名前を呼ばれた。女の声。振り返る。
 後ろにいたのは、凡そ『適度』とは言いがたい長すぎる黒髪を真っ直ぐに腰まで伸ばした少女。どこかのフランス人形みたいに整った顔立ちを、少し不機嫌そうに歪ませ、頭一つ分身長の高い俺の顔をじっと見据えていた。その立ち姿はどこか清楚な雰囲気を醸し出していて、一見するとどこかのお嬢様のように見える。
「えっと……笠野?」
 この高校に入学してから早くも半年。今の今まで一度も口を利いた事のなかったクラスメートにいきなり声をかけられ、俺は少々どぎまぎしてしまった。少女――笠野二葉はまるで睨みつけるかのような鋭い視線で、俺と、俺の隣にいる琴平の顔を交互に見比べている。
「……どうしたの? 笠野さん?」
 琴平が即席で取り繕ったような笑顔を浮かべて笠野に声をかける。俺の腕を取っているその指先に、ぐっと力が篭る気配を感じた。
「あんたには話しかけてない」
 笠野が短く言った。琴平がうっと呻き、声を詰まらせた。俺は頭を掻いて、動きを止めてしまった琴平の手をそっと腕から振りほどき、笠野のいる方向に体を向ける。
「俺になんの用だよ?」
「別に、ちょっとした業務連絡」
「は?」
 笠野が「把握してないの? 超無責任」と小さく悪態をついて、すっと教室後ろの黒板に指先を向けた。そこには、『今週はうちのクラスが図書当番なので、図書委員は放課後速やかに図書室へと向かってください』との旨が書かれてあった。このクラスの図書委員。それは俺と、目の前にいるこの無愛想な少女だ。
「……」
「そういうわけだから」
「……はい」
「さぼったら、殺すから」
 物凄い暴言を吐いて、笠野は俺に背中を向けた。そして、そのまま教室から出て行く。

 ――動かない左足を重たそうに引きずりながら、えらく緩慢とした速度で。

「……えっと、琴平。なんかそういうことらしいから、今日は――」
 うっと、息を止めてしまった。琴平が、鬼のような形相で笠野の消えていった方向を睨みつけていた。
「――何あれぇ! 超ムカつく!」
「お、おい琴平」
「だって、金城君も訊いたでしょ? あんたには話しかけてない! って!」
「ま、まぁな」
 笠野の口調はそんなに強くなかったと思うが。
「せっかくこっちは丁寧に接してあげたのに! 何よあの態度! 自分が『障害者』だからって、何言っても許されると思ってんの! あんなんだから、友達が一人もいないのよ!」
 障害者――その言葉が妙に鼓膜に響いた。笠野二葉が持つ、『属性』であり、彼女がこのクラスで孤立している最大の原因。
 高校生の人間関係というものは、基本的にそれぞれが持つ『属性』で出来ている。『優等生』『不良』『美人』『不細工』こんな感じの、それぞれが持つ属性を見極め、近づいたり、遠ざけたりする。不利な属性は持っているだけで人間関係が上手く行かなくなり、孤立しやすくなるので、皆それを捨てようと躍起になる。逆に有利な属性を持っている場合はそれだけで周りに人が集まってくるようになるので、固執する。
 例えば、俺が持っている属性は『親しみやすく、ノリがそこそこ良い男子』
 最初から持っていた属性じゃない。俺は本来うるさい場所が嫌いで、出来れば休日は誰とも会わず部屋でぼうっとテレビでも見て過ごしていたい。でも、学校という集団の中で心地よく生活するためには、本来持つ属性を隠し、多少の無理をしてでも新しい属性を身につける必要があったのだ。理由は簡単で、孤独が怖いから、それに尽きる。個室で一人なのは怖くないが、集団の中で一人なのは怖い。つまり、そういうことだ。
 しかし、笠野の持つ『属性』は、俺が持っているそれとは違い、隠し通せるようなものではない。
 笠野二葉は左足を動かすことができない。だから走ることは愚か、段差を登ることもできないし、歩くのだって他人の何倍も遅い。
 そうなった原因を俺はよく知らないが、彼女は障害者手帳を持ち、障害者給付を受けている、世間的には完璧な『障害者』だった。
 他人との圧倒的な差は、それだけで他のものを全て隠してしまうほど大きな属性になってしまう。
 笠野はクラスで一番顔がよくて、勉強も教科の関係なく得意なようだったが、誰も彼女をそんな属性で認知しない。それよりもまず、『障害者』という属性が先行してしまうからだ。
 特殊な属性を持っている人間は、どうしてもクラスの中で孤立しやすい。しかも、笠野は『障害』の他に『無愛想』とか『言葉が辛辣』といった負の属性も併せ持っている。これで孤立しないほうがおかしい。
「……ま、落ち着けよ」
 俺は優しく琴平の肩を叩いてやる。
「金城君……」
「嫌な気分はカラオケで発散させろ――って、俺は行けないけど」
 むぅ、と琴平の頬が膨らむ。
「さぼっちゃえばいいじゃん。図書委員の仕事なんて」
「そういうわけにも行かないよ。殺されたくないし」
 というか、カラオケに行って周りに気を配りまくるよりも、図書室で静かに過ごしたほうが俺にとっても都合がよかった。
「ということで、また今度でも誘ってくれ」
「……わかった。バイバイ」
 最後の最後でようやく笑顔を見せた琴平にひらひらと手を振りながら、教室を後にした。

 俺たち一年生の教室がある三階。その1階上――つまり四階に図書室はある。四階は基本的に実験室や家庭科調理室など、所謂実習用の教室しかないので、階段を登っている最中俺は誰ともすれ違わなかった。うちの学校の教師達は、階の移動に職員専用のエレベーターを使うので、階段でばったり出くわすなんてことは滅多にない。
 廊下の奥、図書室のドアに手をかけ開く。空調のきいた広い室内に足を踏み入れた瞬間、俺は強烈な眠気に襲われた。だが、入り口近くにあるカウンターの向こうで本を読んでいる笠野の不機嫌そうな顔が見えたので、一気に覚めた。
「お待たせ」
 カウンターの中に入り、笠野の隣にあったパイプ椅子に腰掛ける。笠野はちらりとこちらを一瞥して、「別にわたしは待ってない」と小さく零した。相変わらずの無愛想ぶりだった。
「つーか、本当に誰もいないな」
 俺はカウンター越しに図書室の光景を眺めた。一般の教室四つ分ほどの広さを誇る図書室の中は、人の気配がないどころか俺たち以外の人間は誰も見当たらない。
「……放課後はいつもこんなもの」
 笠野がブックカバーのついた手元の文庫本に目を落としたまま呟いた。こちらはほとんど独り言のつもりで言ったので、まさか返事が返って来るとは思ってなかった。
「うちの学校には、放課後の貴重な時間を使って本を読もうなんて思う殊勝な若者はいないみたい。昼休みはそこそこ人が来るけど、皆読むのは持ち出し禁止のファッション雑誌か漫画本だけ」
 笠野が続ける。俺は素直に感嘆した。何に? 笠野が長い台詞を口にしたことに。

「随分詳しいな。図書室よく来るの?」
「……結構。ここ、静かだから」
「ふぅん。本好きなんだ」
「……」
 返事は返ってこなかった。静寂の中で、空調の振動音だけが聞こえる。俺は何となく落ち着かなくなり、もう一度笠野に口を開かせるべく、彼女に話しかけた。
「それで? 俺は一体何をすればいいんだ?」
「……別に、何も。返却された本があれば、それを元の位置に返す仕事があるけど。今日はない」
「いや、じゃあ何すればいいんだよ」
「好きにしたらいい――そうね、本でも読めば? ここ図書室だし」
 笠野が一瞬だけ目を文庫本から話し、部屋中に立ち並ぶ本棚に向けて顎をしゃくる。本、ねぇ。俺はあまり読書はしない人間なんだが――。
「じゃ、そうするか」
 このままぼうっと下校時刻まで虚空を見つめているより、本でも読んでいたほうがはるかにマシだった。立ち上がり、カウンターの一番近くにあった本棚に向かう。『未来イソップ』というちょっと題名が面白そうな文庫本があったので、それを手に取りカウンターに戻った。
 ページを開く。目次を見てまず驚いた。とてつもない数の題名が羅列されている。いくら短編集といえど、こんなに話が入るのか? ページ数的にはそんなに分厚いとは思えない。どういう事だろう――一番最初の話を読むと、なんと約二ページで終わってしまった。オチが中々効いていて面白かった。それから先の話も、ほとんど数ページで結末まで到達し、十ページ以上に跨る物語はほとんどなかった。
「……星新一」
「え?」
 ハっと隣を見ると、笠野が俺の持っている文庫本を凝視していた。
「えっと……星新一?」
 俺は手元の本と笠野の顔を見比べながら、尋ねた。笠野はちらりともこちらに目を向けず、
「そう、その本の作者。日本で一番有名なショートショートの書き手」
 と機械的な口調で答える。
「ショートショートって、何?」
「掌編。短編より短い物語のこと。基本的にどれもオチが効いてて、初心者が読むには最適」
「へぇ」
 そんなジャンルがあったんだ。確かにこれは読書嫌いの若者でもあっさり読めていいかもしれない。
「で、笠野は? 何読んでんだ?」
 俺は文庫本を開いたまま、笠野の手元にあるブックカバーのついた本を覗き見た。
「あっ……」
 笠野が慌てたように本を閉じ、顔を赤くしてそれを胸に抱きこむ。驚いた。こいつが赤くなってるとことなんて初めて見た。
「なんだよ? 別に見せてくれてもいいじゃん」
「だ、駄目」
 笠野は決して俺と目を合わそうとはせず、困ったように視線を宙に泳がせた。本当に驚いた。新発見。こいつ普通の人間がする表情も出来るんだ。
 だから、俺は少し意地悪をしたくなってしまう。SかMって訊かれればやっぱSと答える俺だ。
「そうか……官能小説か」
「は、はぁ?」笠野がびっくりした様に口を開き、こちらを向いた。
「いや、そんなに見せたくない本なんだろ? 俺には官能小説しか思いつかない」
「そ、そんなわけないでしょっ。変態!」
「そうか……本の題名は『変態図書館司書。閉館後の官能朗読会』的な感じか――あう!」
 瞬間、側頭部に強烈な痛みが走った。飛んできたのは笠野の持っていた文庫本。見事に角が当たったらしく、衝撃は凄まじかった。
「い、いてーなコラ!」
「このスケベ馬鹿視死ね!」
「おわ! やめろ!」
 笠野が凶悪な面を浮かべてこちらにつかみかかってきた。俺は慌てて逃げようと体を反らしたが――。
「――きゃ」
 ぐらりと、笠野が体勢を崩し、こちらに倒れこくる。
「うわ――」
 胸に重量感。座ってた椅子が後ろに倒れ、俺は笠野を抱きとめたまま床に転がった。
「――ってぇ」
 後頭部を思い切り打ち付けた。ずきずきと脳幹に響くような痛みを抑え、俺の胸に顔を埋めている笠野を見やる。その頭に先ほど投げつけられた本が何かのコントのようにページを開きかぶさっていた。
「……」
 仰向けに倒れたまま笠野の頭から本をとり、ブックカバーを外した。表紙にはクラウチングスタートの構えを取った少年がの姿が描かれている。見開きの紹介文を読むと、どうやら陸上の話を書いた小説のようだ。
「……あっ」
 ようやく顔を上げた笠野が慌てて俺の手から本を奪う。
「み、見た?」
 そして、俺を見下ろす体勢で、そう訊いてきた。
「……見たけど」
 俺が答えると、笠野は「あ、うぅ」と呻いて、再び俺の胸に顔を埋め表情を隠す。何だってんだよ……。
「……笑う?」
 ぼそりと、笠野が呟いた。
「え?」
「笑いたかったら笑いなさいよ」
「は? 何で俺が笑うんだよ?」
「だって……」笠野は俺の胸に顎を乗せるようにして、上目遣いでこちらを覗き込んでくる。「変、じゃない。足が動かなくて、もう一生走ることのできない私が、陸上の話を読むなんて……自分ができないことを、登場人物に委託してるみたいで……気持ち悪いでしょ?」
 意味がわからなかった。ただ、笠野の目じりに溜まった何かが、窓から差し込んでくる橙色の陽光を反射してきらりと光ったのはわかった。胸がぎゅうと締め付けられるような感覚――。
 思わず手が伸びて、笠野の頭を撫でていた。
 笠野が不思議なものを見るかのような眼差しを向けてくる。
「……金城?」
「お前の言ってることの意味は全然わからんが、俺は全然構わんと思うぜ。誰がどんな心持でどんな小説を読んでも、咎められる謂れはないんじゃん?」
「え?」
「他のやつらは知らんけど。俺はどうも思わんぜ。小説なんて、各々の好きな読み方をしてればいいんじゃないか?」
 暫くの間、笠野は沈黙した状態でピクリとも体を動かす気配を見せなかった。俺は腹の部分に笠野の大きくも小さくもない胸が当たっていることに気づいて少し赤面したが、夕焼けの橙はどうやら俺の顔も同じ色に染めてくれているらしく、笠野がそのことに気づく様子はない。
 とは、言っても。この状態を保ち続けるのは色んな意味で不味い。
「――なぁ、笠野」
「……なに?」
「そろそろどいてくれないかな? 重いんだが」
「なっ! こいつっ……」
 ぽかりと、頭を殴られた。痛みとともに体が軽くなる。笠野がカウンターに手をかけながら立ち上がり、ずるずると左足を引きずりながら自分の席に戻った。
 なんだかなぁ――俺は寝転んだまま笑い出したい気分になった。クラスでも極めて特殊な属性を持ち、完全に孤立している笠野。たぶん、彼女が陸上ものの小説を読んでいることなど、クラスの中では俺しか知らないだろう。ある意味、俺は『障害』という属性を完全に取り除いた笠野の素顔を見た気がした。
「……いつまで寝てんの? カッコわる」
 文庫本にカバーを付け直しながら、笠野が言う。短いひだスカートから伸びた太ももの向こう。もう少しでパンツが見えそうだった。
「……いや、結構いい眺めなんだ。そうか……結構大人っぽい下着を履いて――げふぅ!」
 脇腹をしこたま蹴られた。でも俺は何だか楽しくなってきた。いや、マゾヒズム的な快楽を感じていたわけじゃない。俺がからかう毎に笠野の顔色が恥ずかしそうに歪む様が見ていて面白かったからだ。人に興味を持ったのは、この学校に入学して初めてのことだった。
 結局、その後も図書室に人が訪れることはなかった。俺と笠野はお互い黙り込んだまま、下校時刻まで静かに本を読み続けた。
 その日から、俺と笠野は放課後の図書室という限定された空間の中でのみ、少しだけ言葉を交し合うようになった。まぁ大概は笠野が俺に悪態をついて、俺がそれに軽口を叩いて返すだけの、くだらなく意味のないものだ。
 図書室に人はほとんど来なくて、俺は放課から下校までの三時間程を、笠野と二人きりで過ごした。意外と楽しかった。気が楽だったのだ。何故か笠野に対して俺は気を使うということをしなかった。たぶん、友達のいない彼女の中で俺の属性がどんなものになろうと、全く学校生活を送る上で支障がなかったからだと思う。笠野のほうは――まあ最初から周りに気を使うタイプじゃない。
 そんな風にして、俺と笠野はお互いを全く意識することなく三日間過ごした。

      
   *     *     *    *

 俺たちみたいな『属性社会』の中に生きている高校生が、他人の友人関係を構築するためにはある『儀式』が絶対不可欠だったりする。その儀式とは、『とある証明』を相手に渡し、相手からもその証明を受けとるというもの。
 まぁ、簡単に言うと――。
「お、金城。おはよっす」
 朝。教室に足を踏み入れるなり、窓際に座っていた直江修平が俺に向かって手を振ってきた。相変わらず、肩まで伸ばした真っ赤な髪が死ぬほど似合っていない。
「うっす」
 俺は鞄を席に置き、直江に向かって軽く頭を下げる。直江が嬉しそうに顔を緩ませながら近づいてきた。
「なんだよ? 妙に嬉しそうだな?」
 俺が訊くと、直江は待ってましたと言わんばかりに得意げな表情を浮かべ、ポケットからあるものを取り出した。
 携帯電話。最近CMとかでも宣伝されている、最新機種だ。
「へへぇ。新しい携帯買ったんだよね。かっこいいっしょ?」
「へ、へぇ」 
 携帯を買い換えたぐらいでそんなに喜ぶなよ――俺は少しうんざりしながらも、やっぱりそれを表情に表すことはしない。直江はクラスの中でも比較的言葉を交わす頻度の多いやつで、世間一般的に見れば十二分に俺の『友達』と呼べる位置にいる人間だからだ。だから、不用意に彼の心を傷つけるような言動は避けなければならない。俺は昼休みにクラスで一人、弁当を食うなんて羽目にはなりたくないのだ。クラスの内にも外にも顔が広い直江と友人関係を続けていれば、少なくともクラスの中で孤立することはない。
「うん、かっこいいな……」
 我ながら下手糞なお世辞を吐いてしまい、自己嫌悪に陥りそうだった。直江は勘付いてもいなかったけど。
「あ、直江っ。それ最新機種でしょ? いいなぁ〜」
 俺たちの会話に気づいた琴平が、女子の輪を抜け出してこちらに近づいてきた。
「おお、琴平。なぁ、かっこいいだろー。カメラなんかもすげぇ綺麗に写るんだぜ」
「マジで〜? じゃあ記念に撮ってよ!」
「オッケー!」
 目の前で繰り広げられるアホみたいな光景から目を反らし、俺は教室の隅――廊下側の一番後ろの席を一瞥する。笠野が不機嫌そうな面持ちで、手元の文庫本に目を落としている姿が視界に入った。彼女は何故だか知らないが、いつもクラスで一番早く教室に来ている。
 図書委員の仕事が回ってきてから早四日、今日を含め残り二日間の職務となった。俺と笠野は放課後こそ少し口を訊くようになったが、それ以外ではお互い目を合わせようともしなかった。笠野はいつも一人でいて、誰に話しかけることもない。昼休みも一人、休み時間も一人、放課後になると、足を引きずりながら図書室に一人で向かう。
 孤立した人間の、孤立した生活。それをずっと続けている。
「――ねぇ、金城君」
 名前を呼ばれ、ハッと視線を元の位置に戻す。琴平の顔が目の前にあった。
「え? あ、何?」
 俺は慌てて笑顔を貼りつけ、訊いた。
「金城君。あたしのメルアド知らないよね?」
「えっと……そうだっけ?」
 心底どうでもよかった。
「少なくとも、あたしは金城君のメルアド知らないな――ということで、交換しようよっ」
 琴平が嬉々とした顔でポケットから携帯電話を取り出し、凄まじく早い指使いでディスプレイに電話番号とメールアドレスを表示した。
「……これがあたしの番号とメルアド。登録して」
 いやだね面倒くさい――とは言えない。
「あ、わかった。登録しとくよ」
 俺は微笑を浮かべたまま自分も携帯電話を取り出し、いそいそと琴平の電話番号とメールアドレスを登録する。
 実は、この行為が友人関係を構築する儀式、だったりする。
 相手の携帯電話番号とメールアドレス。これを知らない場合、俺たちはその相手のことを友達だと断言できない。馬鹿みたいな話だけど、事実だ。いくら親しく言葉を交わす仲であっても、携帯番号とメールアドレスを知らなければ、そいつとは友達ではないのだ。今の時代、友情というものは携帯の電波で繋がっている。
「……はい、登録したぜ?」
「じゃ、今度は金城君があたしにメールを送って。電話番号を書いてね」
 はいはい――俺は機械的に、琴平の指示に従う。今しがた登録したばかりのメールアドレスに、自分の携帯番号を送信する。この学校の電波は非常に良いらしく、ものの五秒も経たないうちに、琴平の携帯電話が震えた。
「あ、来た来た。じゃあ、これからたまにメール送るね」
 そう言って、琴平は女子の集団の中へと戻っていった。ニヤニヤ笑いを浮かべた直江が、ぽんと俺の肩を叩く。
「いやー羨ましいぜ。金城」
「……何が?」
 金城が何を羨ましがっているかなどとっくにわかっていたが、とりあえず訊き返した。
「とぼけんなよー。琴平、絶対お前のこと好きだぜ」
「まさか」
 俺はあくまでシラを切り通すことにした。大体、琴平が俺に好意を持っていることなど、大分前から気づいている。俺はラブコメ漫画の主人公のように、他者からの好意に死ぬほど鈍感ってわけではもちろんないのだ。むしろ、かなり鼻が効くほうだと思う。それを口に出さないのは、暫くの間はこの状態を維持したいからで、琴平との関係を今まで以上のものに発展させたくないからだ。
「いやいや、だって他の男とお前じゃ、あいつの見る目が違うもん。いいよなー、琴平って結構可愛いもんなぁ」
「お前の勘違いだって……ほら、そろそろチャイムなるぜ」
 へいへい――と、直江が鼻を鳴らして笑い、自分の席に戻っていく。
 疲れた――このクラスは少しうるさすぎる。朝からテンション上げすぎなんだよ。いっそのこと皆低血圧症にでもなればいい。俺は机に顔を伏せて、誰にもばれないようにそっとため息をついた。
 

 授業が終わり、放課後になる。直江がゲーセンに行こうと俺を誘ってきたが、図書委員の仕事を建前に断った。何の理由もなく断れば、直江は「付き合い悪いな」とむくれるだろうが、学校の公務だといえば、「なら仕方ないな」とすぐにあきらめてくれる。不思議なものだ。これなら一年間ずっと図書委員でいいな。
 図書室には今日も人の姿がなかった。カウンターの奥で、笠野がいつも通りの不機嫌そうな表情を浮かべて本を読んでいる。おっす、と声をかけても、返事はない。まぁいいけど。パイプ椅子を組み立て、その隣に座った。
「今日、わたし少し早く帰るから。あと頼んでもいい?」
 俺が読みかけの『未来いそっぷ』を開いた瞬間、笠野も口を開いた。目は手元の本に向いたままだ。
「別にいいけど……なんで?」
「……用があるから」
「用? なんの?」
「あなたには関係ない」
 笠野が吐き捨てるように言ったので、俺はそれ以上追及しないことにした。怖いものには興味本位で近づかない。これは人間が生きる上で非常に重要な教訓だ。
 結局、笠野は下校時刻の三十分前に荷物をまとめ、俺に別れの挨拶もつけず図書室から出て行った。その後、二、三人貸し出し希望の生徒が来たが、何の問題もなかった。
「金城君。今日はもう帰っていいよ。戸締りは私がやっておくから」
 下校時刻の十分前、珍しく残業に精を出していた老年の図書室司書が、毛のない頭を擦りながらそう告げた。窓の外を見ると、もう太陽の面影はなく、校内は不気味なほどシンと静まりかえっている。
 司書に挨拶をして、俺は図書室を後にした。暗い廊下を進み、階段の踊り場にでる。
「ん?」
 あることに気がついた。生徒が使うと停学処分を食らわせられる、職員用エレベーターのドア。そこに張り紙がしてあった。『故障中』と。
「――は」
 いい気味だと思った。生徒はひぃひぃ言いながら自分の教室まで階段を登って向かっているというのに、教師たちはいつも涼しげな顔をしてエレベーターを使用していたからだ。これで少しは俺たちの苦労がわかるだろう。
 とんとんと、小気味よい音を立てながら階段を降りる。自分の足音だけが周囲に響いて、少し気味が悪い。さっさと帰ろうと思い、俺は普段より素早く足を前に進める。
 その時だった。
「――んっ」
 女の搾り出すような声が響き、足を止めた。聞き覚えのある声だった。二階から一階に向かう階段室に目を向ける。小さな人影が、闇の中で大きく息を吐いていた。
「笠野?」
 人影の正体は、俺より少し前に図書室を出たはずの、笠野二葉だった。床にぺたんと座り込み、肩で息をしながら階段の下を睨みつけている。
「どうしたんだよ?」
 慌てて駆け寄り、訊いた。笠野はゆっくりとこちらを振り向き、
「……見てわからない? 階段を降りてるのよ」
「いや、それはわかるけど……お前、用事あるから俺より先に帰ったんじゃなかったっけ?」
「そうよ」
「だったらなんでまだ学校にいるんだよ?」
「だから――階段を降りてたからよ」
「はぁ?」
 一瞬、笠野の言っている意味が理解できず俺は呆けてしまった。
「――あ」
 だが、すぐに気がついた。
「そっか、エレベーターが壊れてるからか……」
 俺が語尾を濁らせながら言うと、笠野は少し曖昧な表情を浮かべて頷いた。
 普段、笠野は職員用のエレベーターで、階の昇り降りを行っている。左足が動かない彼女は、他の人間と違って楽に段差を昇ったり降りたりすることができないからだ。特に俺たちのクラスがある三階まで昇るとなれば、相当な労力と時間を要する。だから、特例として生徒使用不可のエレベーターの使用を彼女だけが認められているのだ。
「……朝は普通に動いてたんだけどね」笠野が不愉快そうに言った。「放課後になって見てみたら、動いてないんだもん。驚いたわ、本当」
「……つーか、もしかして用事ってのは」
「そう、階段を降りるのに時間がかかるから、早く帰らせてもらったの。意味なかったけどね。追いつかれたし」
 笠野はそう続けると、ふう、と一回深呼吸をして、再び立ち上がり、すぐ脇に置いていた学生鞄を階段下に放り投げた。
「な……」
 いきなり何を――と思いながら、俺はどしゃりと音を立てて落ちた学生鞄を目で追う。隣で、笠野が「持ったままじゃ重いし、邪魔だからね」と呟いた。そして、
「……よし」
 手すりに手をかけ階段を降り始めた。ほとんど飛び跳ねるようにして、一段、また一段と、段差を進んでいく。見ているだけで危なっかしかった。
「おいおい――」
 結局最後まで見ていられなくなって、俺は笠野の肩に手をかけた。しかし、
「――触らないでっ!」
 物凄い力で手を払われ、睨みつけられた。
「な、なんだよ! 手伝ってやるって」
「うるさい! 手伝わなくていい! 一人で降りられる!」
 笠野は叫び、また一段、段差を降りる。額に汗が浮かんでおり、黒い前髪がべったりと張り付いている。
「危ねぇって! 足踏み外したら終わりだぞ!」
 俺はもう一度笠野の肩に手をかけようとするが、彼女の顔を見た瞬間、体がすくんだように動かなくなった。
「……笠野?」
 笠野は泣いていた。ぶるぶると体を震わせながら、その真っ白な頬に涙の筋を作っている。
「え? ちょ……なんで?」
 俺は混乱した。どうにか笠野を泣き止ませたいと思うが、そもそも何故彼女が泣いているのかが皆目わからない。
「……やなの」
「へ?」
 笠野が消え入るような声で呟いたので、俺は彼女の口元に耳を寄せる。
「誰かに手伝って……階段を降りたら……これから先ずっと誰かの手を借りないと駄目になる……一度甘えたら、その次も、その次の次も……ずっと甘える。それが……嫌なの」
 ――自分が、そういう弱い人間になっていくのが、嫌なの。笠野はそう結んだ。俺は声が出なくなった。
 暫く、俺と笠野は階段の途中でじっと立ち尽くしていた。下校時刻はもうとっくに過ぎていた。階段を降りても、すんなり校舎を出られるかはわからない。
「……そか」
 何とか声が出せるようになって、俺は笠野に背を向けた。ひょいっと二段飛ばしで階段を降りる。そして笠野の鞄を手に取った。
「……何してるの?」
 笠野が涙をゴシゴシ拭き取りながら、俺の顔をじっと見据える。無視して、俺は笠野の鞄を持ったまま彼女の目の前に立ち、両手を広げた。
「よし、じゃあ降りろ」
「は、はぁ?」
「手伝って欲しくはないんだろ? だったら手伝わない。俺はここで見てる」
 笠野がぽかんと口を開け放った。
「……意味がわからないんだけど……てゆーかその手は何?」
「お前が万が一足を踏み外したとき、転がり落ちてしまわないためのバリケードだ。俺は体つきこそ貧弱だが、お前を抱きとめてやるぐらいはできる、と思う。だから、安心して、どんと来い」
 俺は胸を張り、体中の筋肉を硬直させる。笠野はぼうっと立ち尽くしたまま首を傾げ、俺の姿を上から下に一瞥した。
「……ふふ、あはははっ」
 そして、堰を切ったように笑い出した。
「あ、あなた……ば、馬鹿なのねっ、ふふふ」
「いや、笑うなよ。俺なりに必死に考えた結果、こういう方法しか思いつかなかったんだ」
「そ、それが馬鹿っていうのよ……ふふ、ふふふふ――あぁ……」
 笑いを腹の奥に押し込めるように、笠野は深く息を吸いこみ――俺に向かってにっこりと微笑みかけた。
「わかった。じゃあ、降りるから」
「おう」
「落ちそうになったら、必ず助けてね」
「任せろ」
 そして、笠野は再び階段を降り始める。俺は笠野が一段一段段差を進む度に、自分も一歩づつ後ろに下がって、手を広げた。
「――よっと……うわっ」
 最後の一段を降りたとき、右足に疲れがきたのか、笠野がよろりと体制を崩した。俺はその体を抱きとめ、支える。
「……ありがと」
 笠野が顔を俯けたまま言った。俺は黙って頷き、笠野に彼女の鞄を渡してやる。
 そのまま俺たちは学校を出た。校門はまだ施錠されていなかったので、助かった。月明かりの下、俺たちはお互い口を閉ざしたまま、肩を並べて家路につく。ずりずりと左足を引きずりながら歩く笠野に歩調を合わせるのは結構大変だった。
「じゃ、わたしこっちだから」
 二十分ほど歩いて、人気のない公園沿いに出るなり、笠野がくるりと反転してこちらに体を向けた。
「いいのか? 家まで送ってくぜ?」
 笠野がぶんぶんと首を振る。
「それはいいわ。すぐ近くだから」
「……そか」
 俺は少し残念な気分になったが、すぐにお得意の嘘笑いを顔に貼り付け、
「じゃあな」
 と笠野に背中を向けた。
「あ、待って」
 しかしすぐに、ずりずりと笠野が近づいてくる音が聞こえ、足を止める。
「何だ――」

 振り返った。
 口に何か触れた。
 甘い香りが鼻腔をくすぐった。
 笠野の閉じた睫毛がすぐ目の前にあった。

「……え?」
 笠野の唇が離れると同時に、俺の口からも短い音が漏れた。頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる。笠野を見た。ゆでだこのように顔を赤く染め、もじもじと掌を擦り合わせていた。
「か、笠野? 今のは――」
「――お礼」笠野は短く言って、赤い顔を俺に向ける。「今日は、嬉しかったから、その、お、お礼」
 じゃあね――と踵を返し、笠野が遠ざかっていく。俺は彼女が消えていくまでぼうっとその姿を見つめることしかできなかった。
 彼女の姿がすっかりと見えなくなったころ、ふと、空を見上げた。満月に少し満たない中途半端な形の月が、意地悪そうににやけて俺を見下ろしていた。


   *     *     *    *


 次の日、学校に行くと、俺を出迎えたのはむくれ顔の琴平だった。
「か、ね、し、ろ、く〜ん!」
 俺を震え上がらせるのに十分な怒気と威勢を持った声を教室中に響かせながら、琴平は俺の顔に鼻先を近づけてくる。
「な、なに?」
「昨日のメール! なんで返してくれなかったの?」
 昨日? メール? あぁ、そういえば、昨日はずっと上の空で、携帯なんて確認していなかった。慌ててポケットから携帯を取り出し、ディスプレイを開くと、琴平のいうとおり、くだらない内容のメールが一件入っていた。
「も〜! 初メールを無視されるとは思わなかった!」
 琴平がむくれ顔のまま叫んだ。俺は心底うんざりしたが、とりあえず彼女におざなりの慰めをかけようと顔に笑顔を貼りつけ――あれ?
「あ、ああ、悪かったな。今度はちゃんと返信するから」
「……え? あ、うん」
 俺の表情を見た琴平が、きょとんと目を丸くして、頷く。おかしいな――今日は上手く笑顔が作れない。
「えっと……金城君? なんだか今日調子悪そうだね?」
 琴平が表情を心配そうなそれに変え、訊いてくる。俺はいや、別に、そんなことは――と曖昧な返答を返しながら、彼女から逃げるように自分の席に座り、教科書を引き出しに詰め始めた。
 空になった鞄を机の横に掛けた瞬間、教室の後ろのドアが開いた。振り向くと、笠野がずりずり足を引きずりながら教室に入ってくるのが見えた。
 笠野は俺にちらりと目線をくれると、見る見るうちに顔を紅潮させ、慌てて鞄から文庫本を取り出し、それを広げて顔を隠した。
「ん? 金城? なんで顔赤くなってんだ?」
「うわぁ!」
 いつのまにか、直江の赤い髪が俺の目と鼻の先にあった。
「え? 何々? なんでいきなり腰浮かせちゃってんの? そういうキャラだったっけ? 金城って」
 直江が訝しげな視線をこちらに向けてくる。俺はなんでもないと両手を顔の前でふり、それから机に突っ伏して寝るふりをした。直江が「おいおい、マジでどうしちゃったんだよ金城」と耳元で言っていたが、もう完全に無視を決め込んだ。
 その後の授業も終始身が入らなかった。体育の時間など、見事にサッカーボールを顔面でヘディングしてしまい、昼食はほとんど手につかず、母親が作った弁当はそっくりそのまま直江の腹に収まることとなった。とにかく、いつもの調子じゃなかった。
 しかし、時間というものは俺の調子なんて全く気にかける様子もなく、ただ淡々と進んでいく。気がつけば、帰りのホームルームが終わり、教室内は開放感に満ちた空間となっていた。図書室に行かなければならない。図書室に――。
「金城」
「――え?」
 顔を上げた。笠野がいた。その目線は俺のほうではなく、窓の向こうに向いている。
「図書委員っ。忘れてないよね?」
 笠野は少し上擦った声で言う。俺は黙って頷いた。
「……今日で最後だから……もし、さぼったりしたら、殺す……からね」
 そこまで言って、笠野は教室を出て行った。相変わらずずりずりと足を引きずってはいたが、今日はどこかその歩調のリズムが良いように感じた。笠野のひだスカートの端がドアの向こうに消えたころ、俺は立ち上がり、直江とその周りに集まっていたやつらに挨拶をして教室をでた。ドアをくぐるとき、琴平が顔を顰めてこちらを睨んでいることに気づいたが、俺は何のリアクションも返さなかった。
 階段を登り、図書室に向かう。途中、職員用のエレベーターを見ると、既に復旧しているらしく、張り紙は取り外されていた。そういえば、今朝にはもう動いていたような気がする。点検のようなものだったのかもしれない。
 図書室のドアを開ける。本日もお客様の姿はゼロだった。髪の長い毒舌図書委員だけが、カウンターの向こうで本を読んでいる。
「……うす」
 カウンターに入り、笠野に声をかける。彼女はびくりと体を一瞬震わせただけで、いつも通り返事はしなかった。俺はいつも通りパイプ椅子を組み立て、その隣に腰掛ける。そしていつも通り、そろそろ残りページが少なくなりはじめた『未来いそっぷ』を広げた。
 ただ、いつもと違い、本来は静かなはずの図書室が、自分の心臓音で非常にうるさい。ちらりと笠野の姿を盗み見ると、それはさらに激しくなり、終いには視界まで揺れ始めた。
 落ち着け俺。俺はふぅと二、三回深呼吸をして、何とか気持ちを落ち着けると、手元の本に目を落とし、集中しろ――と自分に言い聞かせる。
 だが、
「――金城ってさ」
「え!」
 笠野がいきなり口を開いたので、我ながら間抜けな声を上げてしまった。笠野はちらちらと、俺の顔と手元の本を交互に見やり、
「ど、読書姿、似合わないよね」
 全く脈絡の無い悪口を吐き出した。
「……そうですね」
 いつもの俺なら「失礼だな! これでも昔は平成の文学少年とほにゃらら〜」とでも突っ込みを入れているはずなのだが、口を突いたのはおかしな同意を表す言葉だけだった。
 そして、また暫くの間静寂が図書室を満たした。これほどまでに、誰も来ない図書室ってどないやねん――俺は何故か心の声を使ったこともない関西弁に変換しながら、全く頭に入らない文庫本の文字を睨み続けた。時々笠野のほうを見やると、たまに目が合ってしまい、両者お互いに顔を反対側に背けるという意味不明な行動を取る。
 結局俺たちは一言も言葉を交わさないまま下校時刻を迎え、一週間の図書委員活動も終わりを告げた。お互いに二メートルほどの距離を取りながら、図書室を出ると、笠野はエレベーター、俺は階段に向かい、別れた。
 そして下駄箱でまた出くわした。
「……」
「……」
 お互いに相手の顔を見つめながら、気まずそうに表情を曖昧な笑顔に歪め、
「……帰ろうぜ」
「……う、うん」
 昨日と同じように、肩を並べて校門を出た。部活帰りの生徒たち数人とすれ違ったが、その顔の違いが全く判別できないほどに俺は緊張していた。笠野の歩調に合わせ、ゆっくりと昨日より幾分早めの帰路につく。空を見上げると、今日は完全に満ちた月が輝いている。
「あ、あのさ……」
 昨日分かれた公園沿いに辿り着くと、それまでじっと黙りこくっていた笠野がおずおずと俺の顔を見上げた。
「ご、ごめんね」
 そして、徐に頭を下げてきた。
「へ? な、何が?」
「昨日の――その――き、きききききき――」
「……キスのこと?」
 俺が代わりに言葉を繋いでやると、笠野は恥ずかしそうに顔を手で覆い、そのまま何度か頷いた。
「ほ、本当にごめん……よく考えたら、何のお礼にもなってないよね……好きでもない女の子にいきなりキスされて……」
「い、いえ、そんなことは――」
「じ、自分勝手だったよねわたし! だから、忘れて! 昨日のことは! 全てさっぱり!」
 笠野……とりあえずその大声をどうにかしようか……ちらほらと隣を通り過ぎる地域住民の視線が痛かった。
「笠野!」
 俺は笠野の肩をつかんだ。笠野が指の間からこちらを覗き、「ひゃ、ひゃぁ」とわけのわからない声を上げる。
「と、とりあえずこっちに」
 笠野の肩を押して、公園に移動する。そのまま象の形をしたすべり台の下に入り、周りからの視線をシャットダウンした。
「はぁはぁ――そ、それでは続きをどうぞ」
 俺は自分の鞄の上に笠野を座らせ、自分は地面に直接しゃがみこみそう促した。
「へ、へ? だから、キスのことは忘れて――」
「いやいや――それは不可能だろ」
 そう、不可能であった。言い方は悪いが生々しいほどに柔らかかったキスの感触を、昨日の今日で忘れられるはずはない。笠野の顔に視線を移す。薄い、桃色の唇がきゅっと引き結ばれている。胸が痛いほどに高鳴った。
「で、でも、嫌じゃ、なかった?」
 笠野がこちらの顔色を伺うように訊いてくる。慌てて目を反らし、
「……いやじゃなかったよ。そ、その、嬉しかった、かな」
 と聞こえるか聞こえないかの瀬戸際みたいに小さな声で答えた。
 聞こえていたらしい。笠野はぼん、と何かが爆発したみたいに赤くなって、そのまま再び黙り込んでしまった。だから、俺も黙り込み、暫くの間、明るい月の姿をぼうっと眺めていた。十センチほど離れたところにある笠野の体からは、まるで直接ふれているみたいな温もりが伝わってくる。
「……今日で、終わったね」
 見上げていた満月が流れていた雲にその姿を覆い隠された瞬間、笠野が言った。
「何が?」
「図書委員の当番」
 あぁ、そうだった。今日は金曜日。図書委員の当番は一週間。俺と笠野が肩を並べて図書室に居座る外部要因的な建前はもうなくなってしまった。俺は鞄から、既に読み終わった『未来いそっぷ』を取り出し、その暗くて全く読めない文面を、写真の入ったアルバムを見るかのような気分でぱらぱらと眺めた。
「それ、読み終わったの?」
「……あぁ」
「面白かった?」
「……あぁ」
「そう……」
 何故だか切なげに、息を吐きながら呟き、笠野は立てた膝に顔を埋めた。何かを言いあぐねているように見えた。
「……なんだよ?」
 俺が訊くと、笠野は少しの間困ったように目線を空中に彷徨わせた後、何かを決心したかのように両の拳を握り緊め、
「か、金城!」
 俺の名を読んだ。笠野の上擦った声が、すべり台下の狭い空間に反響する。
「な、何?」
「と、図書室には、それ以外にももっと面白い本がたくさんあるの!」
「は、はぁ?」
「ほ、星新一だって、他にもたくさん書いてるし! 他の作家さんだっていっぱいいるし! ショートショートに飽きたら短編集だってあるし! もちろん長編だってあるし! ミステリも恋愛小説も純文学も、と、とにかくたくさん! だから……えっと……その……」
「……」
 笠野が最終的に何を言わんとしているのかがわかった。しかし、それを口に出すのは恥ずかしすぎるのだろう。語尾が尻すぼみになり、その声はこちらに聞こえないほどに小さくなる。顔は焦ったように歪み、俯き沈む。
「そっか……」だから、俺はそれを繋いで、代わりに言ってやることにした。「じゃ、これからも、たまに行くかな」
 笠野が顔を上げる。笑顔こそなかったが、それは単に俺の発した言葉に驚いているだけのようで、奥には確かな喜びの表情が垣間見えた。
「べ、別にいいけど」それから笠野は何故か怒ったようにそっぽを向き、上擦るどころかほとんど裏声になりながら続けた。「た、たまになら、別にいいけど! わたしは! 毎日、い、いるけど! た、たまになら、金城も来ていいから!」
「……わかった。たまに、行くよ」
「あ、で、でも! そんなに来たければたまにじゃなくても、ま、毎日でも、別に……あ、あううぅ」
 笠野の言葉にどんどん脈絡がなくなっていく。助け舟を出してやりたかったが、今の俺がどんな言葉を口にしても、結果は多分笠野と同じだ。何故なら、俺の顔も、鏡で確認する必要がないほどに真っ赤で、火照っていただろうから。
 その日を境に、俺は放課後になると毎日のように図書室へ足を運ぶようになった。
 友人たちからの遊びの誘いは、全て適当な言い訳を用いて断った。直江なんかは断り始めた当初こそ、「ええ〜! 付き合い悪ぃよ金城〜」と駄々をこねていたが、それが一週間ほど経過すると、すっかり態度を豹変させて、教室を出て行く俺の後姿に「また明日な!」と声をかけるだけになった。友人として見限られたかな――と俺は思ったが、別に直江の俺に対する態度はそれ以外全く変わらなくて、それどころか前より一層親しく接してくれているように感じた。何かあったのだろうか。
 笠野は本当に毎日図書室にいた。図書委員の仕事は他のクラスのやつがやっていたから、彼女が座っているのはカウンター奥のパイプ椅子ではなく、図書室の入り口近くにある、白い皮製ソファーの上だった。
 放課後、図書室に足を踏み入れた俺は、まず適当な本を見繕って選び、それからすたすたと笠野の前まで歩いていって彼女に「おっす」と声をかける。笠野はやっぱり何の返答もしない。ただ無言で、ソファーの端に移動し、俺が座るスペースを作ってくれる。
 俺は三日に約一冊のペースで、次々と本を読破していった。少し前まで真っ白だった自分の貸出票が埋まっていくのを見るのは何となく楽しかった。貸出票の片面が埋まり、裏面に突入したころ、季節は変わり、冬、十二月になっていた。


   *     *     *    *


 俺と笠野の関係は、放課以降の図書室と帰り道以外では、キス以前のそれと全く変わらなかった。
 クラスでの笠野は相変わらず誰にも話しかけないし、俺とも目を合わさない。一人で登校して、一人で飯を食い、一人で授業を受ける。俺とは全く逆の生活だ。俺が学校にいるときは誰かしら傍らにいるし、飯だって一人じゃ食わない。
 寂しくないのだろうか――そう思い、昼休み、教室の後ろで弁当を咀嚼している彼女に俺は話しかけてみた。
 しかし、返って来た答えはこれだ。
「何? 馴れ馴れしく話しかけないでくれる? ウザい」
 最近の笠野が図書室で俺に見せる態度は、前に比べて随分丸くなり、時々ではあるが、笑顔まで見せてくれるようになっていたのだが……場所が違うだけでこんなにも対応が違うとは。ぽかんと口を開け放った俺を無視して、笠野は心底うざったそうに顔を顰め、食いかけの弁当を放置して教室を出て行った。
 おかげで放課後、図書室に行くのがかなり億劫になった。なんなんだあの態度は……と思いながらも、俺は結局図書室に赴き、少し深呼吸してからがらりとそのドアを開けた。
 いつもと変わらない恰好で、笠野が本を読んでいる。その日は昨日読み始めたばかりの長編ミステリがまだ手元にあったので、本棚には寄らず、真っ直ぐに笠野の元へ向かった。
「……おす」
 おっかなびっくり話しかけてみる。すると珍しく笠野がこちらを向き、「今日は少し遅かったのね」と返事をくれた。口元に小さな微笑が浮かんでいる。昼休みのつっけんどんな態度は一体どこへやら?
「どうしたの? ぼうっと突っ立って? 座ったら?」
 笠野が本を閉じ、不思議そうな顔で訊いてくる。俺はその場に立ち尽くしたまま、素直に思っていたことを口にした。
「いや……昼休みに俺のことウザいとか言ってなかったっけ?」
「……あぁ、あれね」笠野が少し自嘲するかのように肩をすくめる。「ごめんね。変な態度とって、でもあなたも悪いのよ? まさか教室で話しかけてくるなんて」
「は?」
 意味がわからず、俺は目を細めて笠野の顔を見つめた。笠野は苦笑して、「まぁとりあえず座りなさいよ」と、ソファーのスペースをぽんぽんと叩く。しぶしぶと腰掛け、
「……あの、もう少しわかりやすく説明してもらえないかな? 俺は教室で、お前に話しかけちゃ駄目なわけ?」
 と訊いた。笠野は間髪入れずに頷いた。
「駄目」
「なんでだよ?」
「わたしなんかと会話してたら、あなたも周りに変な目で見られるから、駄目」
 笠野は口元こそ微笑の形に歪めていたが、他の部分はどう見ても泣きそうなそれだ。
「そんなこと――」
 ――ねぇだろ、と続けようとしたが、駄目だった。それは、笠野の言っていることが、紛れもない真実だったからだ。俺が笠野と仲良く話していることがクラスのやつらに知れれば、男子はともかく女子は少し不愉快に思うだろう。たぶん、俺に対する見方を少し変える。外れ者に関るものもまた、集団生活の中では外れ者になるのだ。
「まぁ、わたしが悪いんだけどさ。性格悪いから、あのクラスでよく思われてないし。まぁ、それ以前に、『これ』があるしね」
 笠野が自分の左足を指差す。動かないそれ。笠野の持つ特殊な属性。障害。
「昔は、わたしもこんな性格じゃなかったんだよ? 友達だってたくさんいたしね。男の子にも、もてたのよ」
 時折俺をからかうような口調を混ぜながら、笠野は続ける。
「でもね――足が悪くなってからはもう駄目。それまで仲良くしていた友達は、みんな前と変わりなく接してくれたんだけど……どうしても、わかっちゃうのよ。みんながわたしを、わたしのことを、一体どういう目で見ているのかが、ね」
「……お前の足が、その、動かなくなったのって、いつのこと?」
 俺は前から気になっていたことを訊くことにした。笠野が一瞬表情を固まらせ、息を詰まらせたように見えた。
「……中学、二年生の夏。二年前ね。交通事故だったの。自転車で横断歩道を渡っていたら、居眠り運転の車が激突してきて」
「……そっか」
 明るくて、友達も多くて、可愛らしい顔をした幸せな少女という属性。それが、不幸な事故を境に、『障害者』という極めて強い意味を持つものに摩り替わってしまった。周りの誰もが、彼女をそういう目でしか見なくなった。それはある意味仕方のないことではある。集団にいるほとんどの人間と、圧倒的に違う『差』を持っている笠野を、そういう目で見ないほうがどうかしている。
 でも――残酷だ。笠野にしてみれば。誰も彼女のことを障害者という属性を取り除いて見てはくれないのだ。
 人より少し歩くのが遅いだけ、階段の昇り降りができないだけ、かいつまんでみればこの程度の違いしかないのに、世界はそういうふうに彼女を見ない。何かの『記号』に位置づけて、それを念頭に置いてからじゃないと彼女を見ない。それは――俺が想像するよりも遥かに、悲しくて残酷なことじゃないんだろうか。
「優しさが、辛いのよ」
 ぽつりと、漏らすように笠野が呟いた。
「わたしの足を見て、意地悪をする人はあまりいないわ。ううん、それどころか、街なんかに出ると、みんな優しく接してしてくれる。階段の昇り降りを手伝ってくれたり、荷物を持ってくれたりね。でも、わたしにはその優しさが辛いの。だって、その優しさは、わたしがみんなと違う、ってところから生まれたものでしょう? 私が障害者だから、助けてあげなくちゃいけないって、そう思うわけでしょう?」
 それをわかってしまうのが、人と自分が違う種類の人間だってことが、たまらなく、辛くて、悲しいの――笠野はそう結び、窓の外に目をやった。冬の夕暮れ時は早い。外は既に橙色の光で満たされてる。無理して微笑む笠野の目じりから一筋流れ落ちた涙も、同じ色だった。
「だからね」笠野がこちらを向き、涙を拭い、笑顔を貼りつけ、「わたしは一人でいるの。みんなの中にいて、みんなとの違いを目の当たりにしながら、孤独な気持ちになるなら、最初から一人のほうがマシだから」
 俺は何も言えなかった。笠野の言ってることが、その物凄く悲しい言葉が、俺たちが生きているこの社会の、世界の、紛れもない真実だったからだ。
「しんみりとしちゃったかな。まぁそういうことだから、クラスではわたしに話しかけないで。わたしは別に寂しくないから」
 嘘だ、と思った。でも、それを口に出すことは、笠野の覚悟と俺に対する優しさを無下にすることになるような気がして、止めた。
 それからはもう何も言わず、お互い黙って本を読むことに専念した。本の中の登場人物が、走って、笑って、くだらないことで悩んでいた。
 俺は泣きたくなった。


 その日も、俺たちは一緒に帰った。これは、図書館に通い始めてからずっと続けていることの一つだ。別に付き合っているわけじゃない。俺と笠野の関係に、そういう『属性』は何一つない。ただ、俺が笠野と一緒に帰りたくて、笠野も別にまんざらでもなさそうだから、そういうことになっているのだ。
 公園沿いに渡る交差点で信号待ちをしていると、冷たい水滴が頭を打った。
「――え?」
「あ、雨っ」
 笠野がそう叫んだ瞬間、ざぁっと弾けるような音が辺りを包んだ。ものの数秒も経たないうちに髪の毛はぐしゃぐしゃに濡れ、俺は慌てて鞄を頭に載せた。弱ったな。笠野の家はもうすぐそこだけど、俺の家まではまだ全然距離がある。
「……金城。傘あるの?」
 同じように鞄を頭に載せた笠野がそう訊いてきた。見たらわかるだろ――と俺は答えた。
「まぁ走って帰ればどうにかなるさ。お前はすぐそこなんだから、早く帰ったほうがいいぞ」
 信号が青に変わった。笠野と並んで道路を横断し、いつもの分かれ道に着く。
「じゃな、風邪引くなよ」
 俺はそう言って、笠野に背中を向け――ようとしたが、
「……待って」
 笠野がぎゅっと俺の制服をつかんでいたので、出来なかった。
「え? 何? 早く帰らないとマジで風邪引くぞ?」
「……ってけば?」
 笠野の声は雨の音に掻き消されてよく聞こえなかった。俺は「は?」と彼女に耳を寄せ、
「何て言った?」
 そう聞き返した。笠野は少しむくれ、今度はすぅっと深呼吸をしてから、
「だから! わたしの家寄ってけばって言ってるの!」
「――え?」
 雨が頬を叩く。アスファルトを叩く。公園の砂場を叩く。それらの音だけが妙に澄み切って聞こえる。
「な、ななに言ってるのお前?」
「だって……金城の家はまだまだ先でしょ? このままじゃ風邪引くと思う」
「つってもお前――」
 仮にも、女の子の家に男が上がるというのは――。
「……じれったいっ!」
「う、うわ!」
 笠野が頬を膨らませたまま、ぐいぐいと俺の腕を引っ張っていく。だからまずいって――そう言おうとしたのだが、笠野の真剣な横顔が目に入り、体に力が入らなくなった。
 結局、俺は笠野に連れて行かれるがまま、彼女の住むアパートのロビーに引っ張り込まれた。アパートは何だか幽霊が出るんじゃないかって思うほどボロッちくて、お嬢様っぽい容姿の笠野には合わない物件だ。
「――見たとこ家族全員で住めるような部屋がなさそうなんだけど……お前んちって本当にここ?」
 これまた前時代的なエレベーターが一階に到着するのを待ちながら、俺は笠野に訊く。
「え? 家族は住んでないけど?」
「は? じゃあここどこだよ?」
「だから、わたしが住んでるアパート。部屋は四階の一番端」
 ……あれ? 何かがおかしい。何かが。
 チン、と音がして、エレベーターのドアが開いた。中に引っ張り込まれながら、俺はもう一つ質問。
「つーかちょっと待て……お前って一人暮らしなの?」
「え? 言ってなかったっけ? そうだよ」
「な、なんで?」
「……なんでって……まぁ、部屋に入ってから話すわ」
 いや、部屋に入ってからじゃ色々とまずいと思うんですけど――ドアが閉まり、エレベーターが上昇を始めた。


 笠野の住む部屋は驚くほどものがなかった。茶色く変色した畳張りのワンルームには、今にも茶色い水を吐きそうな空調が申し訳なさそうにリビングの壁に設置されていて、隅に大量の本が詰め込まれた棚がどすんと置いてある。あとは、台所にいくつかの調理器具と、食事のときに出すのだろう折りたたみ式の小さなテーブル。目につくものはそれだけで、あとは何もない。テレビも、ステレオも、何も。
「これ、タオルと、着替え。お父さんが泊まりに来るときに使うやつだけど、これで我慢してね」
「あ、あぁ」
 洗面所から顔を出した笠野からタオルと紺色の浴衣を受け取り、俺は所在無くうろうろしながら頭を拭いた。
「じゃあ、わたしは先にシャワー浴びるから。着替えて待ってて」
 笠野が洗面所の奥に引っ込む。暫くして、シャワーの音が聞こえてきた。無性にドキドキした。落ち着け、落ち着け、落ち着け――服が乾き、雨足が弱くなったらすぐに帰るのだ。別に何もやましいことはない――自分に言い聞かせながら、俺は濡れた学生服を脱ぎ、浴衣に着替えた。笠野の親父さんは随分と背が高いのか、裾が床に擦れるほどに浴衣のサイズは大きい。横もでかいのか、深い緑色の帯が随分と余ってしまった。
 十五分ほど部屋の中央に立ち尽くしてぼうっとしていると、ホカホカと体を上気させた笠野が洗面所から出てきた。白い浴衣姿。紺色の帯。こいつの家は眠るときに和服を着る週間でもあるのか?
「お待たせ。シャワー、使っていいよ」
「い、いや。いい。体はもう乾いてるから」
 俺が答えると、笠野は「……変なの。何どもってるの?」と不可解そうに呟き、部屋の隅に畳んであった俺の学生服をハンガーにかけ、カーテンのスライドに引っ掛ける。
「……雨、止まないね」
 そして、激しく窓を打ち付ける水滴を見ながら、そう呟いた。
「まぁ、暫くすれば弱くなるだろ。台風ってわけじゃないんだしさ」
「……そうだね。あ、お茶飲む?」
「いいね、もらおうか――って、待て」
 俺は台所に向かおうとする笠野の肩をつかみ、そのぎこちない歩みを止めた。
「何?」
「いや、まだ説明してもらってないぞ」
「何を?」
「お前が一人暮らししている理由だよ。高校生の一人暮らしってのは、そうそう良く訊くもんじゃないぞ」
「……あぁ」
 笠野はニコリと笑い、こちらに向き直る。
「大した理由じゃないわ。ただの練習よ」
「練習?」
「そう、練習」
 笠野がぺたりと畳みに座り込み、じっと俺の顔を見上げた。この角度からだと、彼女の形のよい胸の谷間が視界に入ってしまう。俺は慌てて自分も着座し、笠野に視線を合わせる。
「練習って、なんの練習だよ?」
「そのままよ、一人暮らしの練習」
「は?」
 だからなんでだよ――とこちらが聞き返す間もなく、笠野は続ける。
「わたしね、足がこんなでしょ? だから、早めに練習しなくちゃいけないと思って。親もいつまで健在なのかはわからないんだし」
「……ごめん、さっぱり意味がわからないんだが」
 俺が言うと、笠野は動かない足を擦りながら、
「片足が動かないとね、色んな行動が遅くなるでしょ? 歩くのはもちろん、普通の生活自体を維持するのに、人の何倍も時間がかかるようになるの」
「……それで?」
「うん。だからね、わたしみたいな人間は、一人暮らしに慣れることだって、人より時間がかかるわけ。例えばさ、普通に歩ける人が一人暮らしをはじめて、夕飯の材料を買うとき、どんなスーパーを選ぶと思う?」
 俺は少し考え、
「……そうだな。一番近いところじゃないか?」
「大正解」ぱちぱちと、笠野が手を叩く。「でもね、わたしの場合はそうはいかないの」
「え? どうしてだ?」
「スーパーに向かうまでの道筋に、階段があったら、一人じゃ行けないでしょ」
 即答。同時に、納得。つまり、笠野が探さなければならないスーパーは、単に家から近いというだけでは、駄目なのだ。彼女が自力で行ける道筋でなければ。
「……成程ね。要するに、お前が将来一人きりで生活しなくちゃならなくなったとき、それから一人暮らしに慣れるようじゃ――」
「遅すぎる、ってことね。少なくとも、同時に一人暮らしを始めた周りの人たちより出遅れるわ」
 俺の言葉を途中で遮るように笠野は言って、立ち上がる。それから台所に向かい、ヤカンに水を入れ始めた。その後ろ姿はびっくりするほどに細くて、もしこのまま抱きしめれば、バラバラと分解してしまうんじゃないかと思った。
 それから暫く、笠野の入れてくれたお茶を飲みながら、俺は雨が止むのを待った。しかし――。
「……止まないなぁ」
 窓に打ち付ける雨の音は、弱まるどころかどんどん勢いを増して行き、耳障り極まりない。床に置いた携帯を手に取り、時間を確認すると、もう九時を回っていた。流石に、これ以上ここに厄介になるわけにはいかないだろう。
「笠野、傘貸してくれるか?」
「え? い、いいけど。なんで?」
 目を丸くする笠野を尻目に、俺は立ち上がる。
「いや、そろそろ帰るから。制服も乾いたみたいだし」
「えっ!」
 笠野が素っ頓狂な声を上げて立ち上がり、俺の着ている浴衣の袖を握った。
「だ、駄目だよ……雨さっきよりも強いよ?」
「いや、でもまぁ大丈夫だろ? 傘があれば」
「も、もう少し待ってもいいじゃない?」
「いやぁ、腹も減ったしさ」
「な、何か作るわ」
「……ありがたいけど、今日はこれでお暇するよ。女の子の一人暮らしに、夜遅くまで居座るってのはちょっとね」
 窓の向こうを見た。風があるわけでもなさそうだ。少々濡れてしまうことを覚悟すれば、すんなり家に帰れるだろう。
「ということでさ、着替えるから、ちょっと洗面所借り――」
「駄目!」
 笠野が引きつったような声で叫んだ。鼓膜がびりびりと震え、俺は凍りついた。
「か……笠野?」
「駄目! 駄目だよっ……雨の夜は……危ない」
 笠野が泣き始めた。わけがわからなかった。とにかく、彼女の肩をつかんで畳みに座らせる。
「えっと……いきなりどうしたんだ?」
 声をかけると、笠野はひどく空虚な顔で俺の顔を見上げた。涙は止め処なく流れている。
「金城が、雨が止んでないのに帰るっていうから……本当に危ないの、夜の雨は」
 いや、そりゃ晴れて星が綺麗な夜よりは危ないだろうが、泣くほど心配することとは思えない。
「えっと……えええっと――なんで?」
「……わたしが事故にあったのは、今日みたいな大雨の日だったから」
 ……成程。笠野自身の経験則――というか、トラウマみたいなものか。
「だから、今帰っちゃ駄目だよ……わたしは運よく左足だけで済んだけど……金城はそうはいかないかもしれないじゃない……泊まっていっても、わたしは気にしないよ」
 ぽたぽたと、畳に涙の点が滲む。俺は一瞬考えあぐねたが、ガリガリと頭を掻いて、腹を決めた。
「わかったよ、笠野」俺はため息と一緒にそう吐き出し、「雨が止むまでは、ここにいる。お前が良いなら、だけど……」
 笠野は間髪入れずに頷いた。決定だ。俺は携帯を取り出し、母親にメールを送る。
『雨が止むのを待って、今友達の家にいる。雨が止まなかったらそのまま泊まるかもしれない』
 返事はすぐに返って来た。
『了解。どうせあんたの分の夕飯作ってない』
 放任主義、ここに極まれりだ。
 携帯を閉じると、笠野が足を引きずりつつ、台所に向かっていた。
「……お腹空いたでしょ。何かつくるね」
「……はい」
 何だか、無性にこそばゆくなって、俺はごろんと床に転がった。


 笠野の作ってくれたチャーハンを食べ、食後のお茶を飲みながら最近面白かった本について喋る。雨は――駄目だ。全く止むそぶりも見せない。
 時計の針が十一時を回る。笠野がよろりと立ち上がり、狭い部屋に自分と、たぶん俺の分の布団を敷き始めた。……つーかマジで泊まるんだ、俺。
「……お前さ、怖くないの?」
 俺はたまらなくなって、訊いた。布団を敷く笠野が「え?」と目を丸くして、こちらを向く。
「何が怖いの?」
「い、いや、その、なんつーか、お、俺が」
 きょとんと、笠野が首を傾げる。
「なんで、金城を怖がる必要があるの?」
「は? そ、そりゃ俺が男で、お前が……あぁ! もうなんでもない!」
 俺は畳みに敷かれたばかりの布団に潜り込み、枕に顔を埋め目を閉じる。背後で「変な金城」という笠野の笑い声が聞こえたが、全力で無視した。
 ぱちん、と音がなる。瞼を通して伝わってきていた電気の光が完全に消えた。
 目を開ける。隣に視線を移す。布団に入った笠野の姿がある。おぼろげな暗闇の中で、その顔だけが白く、鮮明に網膜へと焼きつく。
「……なんか、変な感じだね」
 笠野がこちらを向き、笑った。俺は笑えなかった。変な感じというか、どう考えても変だからだ。
「……早く寝ろよ。明日遅刻するぜ?」
「馬鹿ね。明日は土曜日でしょ」
 はい、馬鹿でした。
 俺はすっかり緊張していて、今日が何月の何日で何曜日なのかなど、考える余裕はなかった。ふう、とため息をついて、もう一度目を閉じる。ドキンドキンドキンドキンドキンドキン――うるさくて眠れるはずなかった。
「……うるさいね」
「え、えぇ!?」
「雨、ぱたぱたって」
「……あぁ、ね」
 心を読まれたかと思った。雨はやっぱり止みそうも無く、俺は携帯で天気予報サイトにアクセスしてみた。結果は残念だった。
 『降水確率百パーセント、今日の夜から明日の早朝にかけて、局地的な大雨が降るでしょう』
 どうやら、ここはその『局地』とやらのど真ん中らしい。
「――へっくしょい!」
 携帯を閉じた瞬間、妙に鼻がむずむずして、思わずドリフのあの人みたいなクシャミをかましてしまった。先ほどまでは全然気にならなかったが、いざ眠りに落ちようと気を抜くと、強烈な寒気が体を震わせる。
「金城? 大丈夫?」
「ん? あぁ、大丈夫――へっ、へっくしょい!」
 二度目のクシャミを盛大にぶちかました瞬間。がばり、と隣の布団が捲れ、暗闇の中で笠野が体を起こした。
「えっと……もしかして、寒い?」
 笠野が訊いてくる。確かに、部屋の中はありえないほどの寒さだった。というか、先ほどからぴゅうぴゅうと俺の布団脇から隙間風のなる音まで聞こえてくるのは気のせいだろうか。それともこれがボロアパートクオリティだから仕方がないのか?
「ご、ごめんね。このアパートに全体的に立て付けが悪くて、冬は少し寒いんだ。わたしはもう慣れたんだけど」
 笠野が申し訳なさそうに言った。俺は布団の中に体を縮こまらせながら、
「……少しってレベルじゃない気がするが……へ、へ、へへっくしょーい! いや! どう考えても寒すぎだろ! 暖房とかねぇの?」
 俺はもうあまりの寒さに、『泊まらせていただいている』という己の身分を忘れ、部屋に取り付けられている空調を指差しながら叫んだ。
「あれは……ごめん、冷房にしか使えないやつ」
「……お前、よくこんな部屋で暮らせるな……まぁいいや。ガタガタ言っても仕方がない。我慢して寝るよ」
「え、あ、うん――おやすみ」
 おやすみ――鼻を啜りながら俺は呟き、目を閉じた。その後も寒さで震えが止まらず、歯がカタカタとなったが、もうどうすることできない。まぁ、死ぬことはないだろう。たぶん。
「……金城」
 瞬間、耳元――完全に耳のすぐ近くから、声。背中に感じる、心地の良い温度。甘い、鼻腔をくすぐるシャンプーの匂い。寝返りを打ち、振り返る。
「――な、な、な何してんだお前!」
 鼻と鼻の先が触れ合うほどの至近距離に、笠野の顔があった。目線を下にずらすと、見えるのはピッタリと俺の体に張り付いている笠野の胸。浴衣の襟から覗く胸の谷間はぎゅうっと押しつぶされるように形が崩れている。つまり、つまり、つまり、そういうことだった。
「え、えっと……」笠野が、かぁ――と暗闇の中でもはっきりわかるほどに頬を紅潮させ、言う。「金城、寒そうだったから……」
「そりゃ、寒いけど……こ、これはないんじゃ、ないのかなぁ、方法として……」
 確かに暖かくはなったが、これでは別の意味で寝れない。俺は笠野を引き剥がそうと肩に手を伸ばす。しかし、
「――いや?」
 ちらりと上目遣いで見上げられ、伸ばした手はへなへなと力を失った。嫌なわけはない。普通に、というか、めちゃくちゃ嬉しい。しかし、困る。
「あ、あのな笠野。俺も一応男なわけで……こういうのは、その、理性というやつがですね、死んでしまうというかですね、つまり――ドキドキしてしまうわけですよ」
 我ながらわけのわからない説明だった。笠野がくすりと笑う。
「わかってるよ、男の子だもんね。ドキドキしてるでしょ? してるよね? してよ」
 命令形かよ。まぁその通りだから、黙って頷く。
「よかった……じゃあ、目を閉じて、寝て」
 意味がわからん!
「い、いや、アホですか? だから、お前がこうやってると、寝れないんですよ。ドキドキして」
「眠れないのは離れても同じでしょ? 寒いんだから。だったら、ドキドキしながら寝て。そっちのほうが得だよね。わたしも、あなたも」
「お前がどうして得なんだ?」
「わたしも、寒いから――」笠野が目を閉じ、俺の胸に頬を寄せた。「金城、暖かいね」
「……」
 えっと……まぁいいや。寝ろ、と言われた。だから寝る。指示待ち世代だからな、俺は。
 目を閉じ、煩悩を振り払う。暫くすると、笠野の寝息が聞こえてきた。なんだかなぁ……薄目を開けて、笠野の顔を覗き見る。寝ている。物凄く、安らかに。こうやってるときは、『属性』も何も彼女を縛っていない。ただ、眠る、高校生の少女だ。まぁ、シチュエーションが大分おかしいが。
 笠野の髪をさらさらと撫でてみた。滑らかに指先から通り抜け、落ちる。二、三回そんなことを繰り返して、俺も眠りに落ちる。夢は見なかった。人は本当に幸せな状態で眠ると、夢を見ないのかもしれない。
 だったら、笠野も夢なんて見てなければいいな。


 目を覚ます。音。トントントントン――体を起こす。包丁を片手に、笠野が葱を刻んでいるのが見えた。
「あ、起きた?」
 笠野が振り返り、笑う。浴衣姿ではなかった。白い、太もも覆い隠すまでのワンピースをその細い体に纏っている。俺は――まぁもちろん浴衣姿のままだった。
「……」
 寝ぼけ眼を擦りつつ、窓に目を向ける。雨はすっかり上がっていて、馬鹿みたいにいい天気だった。
「朝ごはん、食べて帰るでしょ」
「あ、うん」
 俺は慌てて布団から這い出ると、それを綺麗に畳み部屋の隅に押しやった。すでに笠野の布団は押入れの中に仕舞ってあるようだ。
 朝食の内容は、白ご飯となすの味噌汁。朝はパン一枚派の俺からしてみれば随分塩分量の高い食事だったが、笠野の好意を無下にするわけにもいかないのでぺろりと平らげた。
「さて――」いい感じに膨れた腹を抑えつつ、携帯の時計を確認する。午前九時を過ぎていた。別に用事があるわけではないが、これ以上ここに滞在するのも不味い気がする。いや、もう既に十分まずいのだが。
「そろそろ、帰るわ」
「あ、うん。そこまで送るよ」
 食器を片付けていた笠野が言って、ワンピースの上にこげ茶色のカーディガンを羽織った。
 浴衣から学生服に着替え、部屋を出て、エレベーターで1階まで降りる。ロビーを出る。公園沿いを歩く――笠野はまだ隣にいる。
「……笠野、ここまででいいよ」
 俺が言うと、笠野がぴたりと左足を引きずるのを止め、「そう」と呟いた。
「えっと……昨日は泊めてくれてありがとうな」
 笠野の前に回りこみ、頭を掻きながら言う。
「うん」
 笠野は笑顔のまま頷く。
「飯も、美味かったよ」
「うん」
「夜はちょっとびっくりしたけどな……」
「うん」
 笠野は笑っている。俺は――俯いた。
 言いたい台詞があった。言わなければならない台詞があった。言わなければ、笠野がこのまま俺の前から消えてしまうような気がして、不安になった。友達でも、恋人でもなく、ただただ宙ぶらりんな俺たちの関係を、何かの『属性』ではっきりさせたくなった。
 ――顔を上げた。
「あのさ、笠野」
「うん」
「俺、お前のこと好きなんだけど」
 笠野の表情が凍った。そして、すぐに崩れた。泣きそうにも見えた。怒っているようにも見えた。笑っているようにも見えた。よくわからない表情だった。
「……うん、嬉しい」笠野が呟く。「ありがとう。わたしも金城のことが好きよ」
 好き――そう言われたのに、俺の心は靄がかかったように晴れない。笠野の表情が、全く嬉しそうじゃないからだ。嫌な感じのする脂汗が背中を伝った。息苦しい。苦しい――息が――止まる。
「でも、ごめんね。付き合ったり、そういうのはできない」
 頭を何か硬い物で打ちつけられたような衝撃を感じて、俺は吐きそうになった。何となく、こういう答えが返って来ることはわかっていた。わかっていても、吐き気は収められなかった。
「……どうして?」
 俺は訊いた。吐き気をこらえて、反らしたい視線を無理やり笠野に張り付けながら、自分でもびっくりするほど冷静な声で、訊いた。止んでいたはずの雨が、また降ってきた。ぽたぽた――という小雨から、ざぁざぁ――と鳴る大雨に変わるまで、どれほどの時間がかかったのかが、わからない。とにかく、わかったのは、せっかく乾かした学生服が、気がつけばぐっしょり濡れていたということだけ。
「金城はさ――」
 笠野が口を開く。無表情。雨に濡れた顔。いや、涙か。
「わたしと歩くの、きついでしょ?」
「え?」
「歩調、合わせるの、大変でしょう?」
 何を言っている――俺は立ち尽くしたまま、雨の檻の中にいる笠野を見つめ続ける。笠野は濡れて頬に張り付いた髪の毛を指で掬い、耳にかける。
「人間はね、自分の歩くリズムに、一定の間隔を持ってるんだって」
「……」
「それはね、無意識の中に刷り込まれてるものなの。でもね、人間は自分とは違う歩調の他人と肩を並べて歩かなくちゃいけない場合もあるでしょ? そういう時はね、脳が勝手に歩調を調整して、相手に合わせるの。相手も、脳が勝手にこちらの歩調に合わせるわけだから、実際はお互いが持つ速さの中ぐらいの歩調で、進むわけ。でもね――」
 わたしの場合は、違うの――と、笠野は続ける。
「わたしは、他の人に比べて、歩く速度がずっと、ずっと遅い。確かに脳は相手に歩調を合わせようとしてくれるけど、それにも許容範囲があるのよ。速すぎるとか、遅すぎるとか、そういう極端なものは、駄目なの。脳が疲れて、悲鳴を上げちゃうの。だから、そういう相手に合わせるのはすごく大変。わたしみたいな、ね」
「――そんなの、俺が努力すれば済むことじゃねぇか」
 違う――それは違う。俺はもうわかっている。笠野はそういう、物理的なことを言ってるんじゃない。彼女が言いたいのは――。
「歩くのだけじゃないわ」
 笠野が、悲しげな笑顔を浮かべたまま、言う。そうだろうね――わかってるよ――俺は俯く。
「わたしはね、歩くのだけじゃなくて、他にも色んなことが遅いの。遅くなっちゃうの。足がこんなんだから。この言い方は嫌いだけど、わたしは『障害者』だから、周りと同じようには行かないの。卒業して、大学に行くにしても、就職をするにしても、選択肢が限られてしまうの。自分の足で、行ける範囲でしか、選べないの。エレベーターが無ければ駄目、高い段差を昇る仕事は駄目、そこから考えなくちゃいけないわ。必然的に、周りよりも遅く人生を送っていかなければならないの」
 そこまで一息に言って、すぅっと笠野は空気を吸った。
 そして、再び吐き出した。
「そんな人生に、金城は付き合える? 周りから置いていかれるわたしの手を繋いで、自分も焦らずに待てる? それとも、わたしを背負って歩く? とっても、とってもとってもとってもとっても――大変よ?」
 俺は答えられない。彼女が本当に大変なのは、足が動かないことなんかじゃない。直接的な原因はそうだけど、彼女をそういう世界に縛り付けているのはそんなものじゃない。彼女は、彼女の持つ『障害』という属性に、縛り付けられている。
 俺は、そんなものと、戦っていけるのだろうか。彼女の手を引いて、永遠に覆すことのできない『属性』という悪魔に立ち向かえるのだろうか。
 自信は、なかった。浅はかだった。彼女に一番言いたくないであろうことを言わせてしまった。自己嫌悪だ。覚悟もないのに、告白などするのではなかった。
 ――進もうとするのではなかった。お互いの関係に『記号』なんて求めるのではなかった。そうすれば、俺たちはこれからもずっと、ずっと上手くやれた。たぶん、彼女もそれを望んでいたはずだ。世の中には明確にしなくてもいい関係だってあるんだ。
 笠野が、一歩こちらに近づいてくる。俺は動けない。笠野が、一歩、一歩、一歩――足を引きずりながら、俺の前に立つ。

 唇――柔らかく、塩辛いものが触れる。

「ありがとう……」笠野が唇から離れ、言った。「あなたが図書室に来てくれるようになって、楽しかった。足が悪くなってから、一番楽しかった。黙ったまま、本のページを捲り続けるの、楽しかった。二人で一緒に帰るの、楽しかった。あなたの照れた顔を見るの、楽しかった――恋をすること、楽しかった」
 ――でも、もう、これでおしまい。
 笠野が背中を向ける。ずるりずるり――ひどく緩慢とした速度で、俺から遠ざかっていく。
 追いかけろ――頭の中で俺が言う。
 そんなの無理だ――頭の中で俺が言う。
 笠野が消えた。力が抜けた。体が、崩れた。




   *     *     *    *


 一週間ほど学校を休んだ。失恋による虚脱症状――じゃない。ただの風邪だ。いや、結構重い風邪だ。なんたって、熱が三十八度九分を超えた。まぁ、あれだけ雨に濡れて泣いていれば風邪を引かないほうがどうかしてる。俺は朦朧とした意識の中、自室の布団の中で色々な言葉を反芻していた。そして色々考えていた。無駄な徒労だった。考えなど、一つも纏らなかった。
 週が明けるころには、熱が下がり、俺は学校に行った。あまり教科書の入っていない鞄を背負い、教室のドアを開くと、赤い髪の男が――直江が飛び掛ってきた。
「金城〜! 一週間も何してたんだよ〜」
「いや……風邪引いて、寝てたけど」
「知ってるよ〜。担任が言ってたもん」
 じゃあ訊くなよ! 俺は直江の腹を軽く殴りつけ、自分の席についた。笠野は――いや、止めよう。彼女が学校に来ているなど確認しても、無駄だ。
「金城君」
 はぁ、とため息をつくと同時に声をかけられた。顔を上げると、少し髪を切ったのか、毛先をランダムに飛び跳ねさせた琴平が俺を笑顔で見下ろしていた。
「あぁ。琴平か」
 笑顔を貼り付ける。上手くいった。琴平が、前の席に腰掛け、こちらに身を乗り出してくる。
「心配したよ〜。一週間も休むんだもん。あ、メール届いた?」
「ん……あぁ」
 琴平は俺が学校を休んでいる一週間の間、一日も欠かさずメールを送ってきた。絵文字が大量に羅列された至極読みづらい文面。何てメールを返したんだっけな? ちっとも覚えてなかった。
 担任がやってきて、ホームルームが始まった。点呼。
「えっと、金城」
「あ、はい」
 返事をすると、教師が「やっと復活したか」と快活に笑った。周りからおめでとー、と喝采が起こった。俺はどうもどうもと頭を掻く振りをしながら、うるせぇな、ちっともおめでたくねぇんだよ――と心の中で呟いた。
「次は……笠野」
 教師が出席簿を見やりながら、言った。心臓が口から飛び出そうになった。教室の後ろから「はい」と短い返事が聞こえてきた。来ている――当たり前だ。
 結局、それからの一週間、俺は一度も教室の後ろのほうを見ないようにして過ごした。無意識のうちに顔がそちらへ向いてしまうなんてこともなかった。むしろ無意識のほうがそちらを向くことを避けていた。要するに、俺は怖かったのだ。
 図書室にはもちろん行ってない。二月にもう一度回ってくる図書委員の当番が怖くてたまらない。考えるだけで憂鬱な気分になる。
 しかし、それを顔には出さない。笠野との関係がなくなっても、俺は俺の生活を送らなければならなくて、そのためには自分の持つ便利な『属性』を守り続けなければならないからだ。嫌な顔をしていると、それを見た他の人間も嫌な気分になってしまう。
「ねぇ、金城君もクリスマスパーティーくるでしょ?」
 琴平がそんなことを言ったのは、俺が笠野に振られてから計十七日が過ぎたころだった。
「クリスマス――?」
 あぁ、もうそんな時期なのか。携帯を開いてカレンダーを呼び出す。そんな時期、どころではなく、十二月二十四日は明日だった。
「……で、それは具体的に何やんの?」
 訊くと、琴平は楽しそうに口元を歪ませ、
「えっとねぇ、まぁ簡単に言えばクラス会かな? クリスマスにお相手がいない悲しい同志たちを集めて、食べ放題行って、カラオケ行って、朝までって感じかな?」
 なるほど、文字通りパーティーだ。だが、ちっとも楽しそうじゃなかった。
「わり……俺パス――」
「えぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 俺が言い終わるのを待たず、琴平が世界の終わりのような叫び声を上げた。
「……参加するよね! 金城君」
「いや、だから、今回はパス――」
「えぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 うん、わかってやってるよね、この子。
「……行くよ」俺はあきらめ、頷いた。
「本当?」
 琴平が嬉しそうに俺の顔を見上げる。つーか行く以外の選択肢を与えられてないから行くしかないじゃん……。
「お、金城はクリスマスパーティー行くんだ?」
 直江が近づいてきた。赤い長髪は相変わらず見ているだけで暑苦しい。冬なのに。
「……お前も行くんだろ?」
「へ? 行かないよ俺」
 ぽかんと、直江が口を開け放つ。たぶん、俺も同じような反応を返した。
「え、え? お前行かないの? こういうクラスの行事ごとは絶対参加するやつじゃなかったっけ?」
 このクラスのお祭り男といえば、目の前にいるこの赤毛しか思い浮かばないし、実際そうだと思っていた。しかし――彼はクリスマスパーティーには行かないらしい。何故だ。
「うん? するよ? でもクリスマスは駄目。彼女と会うから」
 何も飲んでいないのに口から何か吹き出そうになった。
「え、ええええ? お前彼女とかいたの?」 
「うん。長いよ。もう二年ぐらい」
 呼吸困難を起こしそうだ……まさか直江を好きになる女がこの世に存在するとは思わなかった。赤毛のロン気だぞ? センスおかしくね?
「まぁそういうことだからさぁ、金城達は楽しんできてよ〜。じゃね〜」
 直江がこちらに背を向け、すたこらと離れていった。何だか妙に幸せそうだ。前からおめでたいやつだとは思っていたが、今日だけは殺意すら抱きかねない。
「……てゆーか、直江が行かないなら誰が来るの?」
 琴平に訊くと、彼女は「うんとねぇ」と指を折り曲げながら、クリスマスパーティーとやらに行くメンバー達の名前を上げ始めた。ほとんどが、数ヶ月ほど前、カラオケに誘われたときに挙がったメンバー達の名前だ。それに、普段はあまりつるまないグループのやつらがくっついてくる感じ。クラスの三分の二を召集する大きな集会なりそうだ。
 しかし、いや、もちろん、笠野の名前は上がらなかった。
「……笠野は?」
「え?」
「あ、いやっ、その」
 口を突いて、思ったことがそのまま口から出てしまった。琴平の顔色を伺う。あからさまに不快そうな色が滲み出していた。
「――笠野さん、誘ってないから来ない。誘ってもどうせ来ないし」
 つん、と俺から顔を背け、琴平は吐き捨てるように言った。
「へ、へぇ、そうか。ま、まぁ来ないよね、うん。ところで昨日のテレビ見た?」
 俺は慌てて話題を変換しようと、必死になったが、逆効果だったらしい。一度は外を向いた琴平の視線が再び俺を射抜き、剥がれなくなった。
「金城君ってさ――笠野さんと一緒に図書委員してた時期があったよね?」
「あ、うん」
「それが終わっても暫く、放課後図書室に行ってたでしょ?」
「……」
「笠野さんに、会いに行ってたの?」
 鋭い――というかそのまま真実を琴平は見抜いていた。しかし、俺の嘘は真実なんかに負けない。
「馬鹿言えよ」ぶんぶんと首を振り、茶化すような口調で続ける。「あのころは、少し読書に凝ってたんだよ。星新一。知らない? 面白いぜ」
 完璧だった。琴平は少しも疑うような素振りを見せず、「そうなんだ、だったらいいけど」とすぐに口元を綻ばせた。全く問題なかった。琴平は。
 問題は――心の中に染みだしてきたこの自己嫌悪。背中が気になる。笠野は今の会話を訊いていただろうか。訊いていたとすれば、どう思うだろうか。心が痛んだ。
 たまらなくなって、後ろを振り返って「しまった。笠野――いなかった。ホッとした――そんな自分にさらに嫌気が差した。

 日が変わり、クリスマスイブが来た。
 目覚めるのは早かった。朝七時。早すぎる。休日だぞ。俺はベットから起き上がり、携帯を確認する。メールが一件。琴平から。ほとんど読まずに、携帯を閉じた。閉じて――またすぐに開いた。
 笠野は、今日をどのように過ごすのだろう。クリスマスパーティーには誘われていない。ということは、あの、寒い部屋で、一人きりで、過ごすのかもしれない。
 メールでも送ってみようか――そう思った瞬間、俺はハッと気がついた。
 笠野のメールアドレスなんて、知らない。電話番号も、知らない。キスもしたのに、一緒に夜も過ごしたのに、俺は笠野との関係を証明するものを、何一つ持っていなかった。頭を抱え、ため息をつく。
 笠野は寂しくないのだろうか――ふと、そう思った。
 寂しくはないのかもしれない――ふと、そう思った。
 だって、彼女は、俺なんかよりもずっと強い人間だから。
 携帯を閉じて、ベッドから這い出た。
 窓の外は曇り。天気予報によれば夜になると少し雪が降るかもしれないと言う。どうでもよかった。クリスマスパーティーの集合時間は午後六時、駅前噴水広場。まだ十時間も余裕がある。暇だった。だから、街に出てみることにした。コートを羽織り、ジーンズに足を滑り込ませ、玄関を飛び出した。
 電車を乗り継ぎ、俺は集合時間よりも九時間十二分ほど早く、駅前噴水広場に到着した。いくら今日がクリスマスといえど、まだ八時を過ぎたばかりの街はそれほど人気のあるほうじゃなかった。デパートもまだ開いていない。スーツを着込んだサラリーマンの姿だけが、ちらほらと街に点在している。やることも入るところもないので、俺は仕方なく噴水の周りに設置されたベンチに座った。駅が人を吸い込み、吐き出す。それをじっと観察する。
 いや、違う。本当は誰かがそこから出てくることを期待している。笠野二葉が駅から出て来るんじゃないかって、心のどこかで思っている。しかし、一時間経ち、デパートが開店しても、二時間経ち、街が段々クリスマスの色を帯びてきても、三時間経ち、俺の腹の虫が鳴り始めても、笠野は姿を表さなかった。当然だった。俺は飛んだ愚か者だ。
「あれ?」
 もう家に帰ってしまおうかと思った瞬間、後ろから男の声がかかった。
「金城じゃん? お前何してんの? 早すぎね? 集合時間六時だろ? 夜の」
 赤い髪――直江だった。
「……いや、お前こそ何やってんの?」
「俺?」直江がその派手な髪をたなびかせ、俺の隣に座った。「俺は彼女待ち。ここで待ち合わせしてんだ。二時にね」
 二時? 俺は携帯を確認する。まだ十二時を十分ばかり過ぎたころだった。
「お前こそ早すぎじゃねぇか。あと一時間半もあるぞ」
「まぁねぇ。でもさ、俺は絶対に彼女よりも早く待ち合わせ場所に来る必要があるんだよ」
 直江は苦笑しながら、拳をぎゅっと胸に抱きこむポーズをする。
「……なんでだ?」
「ま、俺の彼女見ればわかるって。暇なんだろ? 付き合ってよ。コーヒーおごるからさ」
 直江が満面の笑みを浮かべて、向こうに見えるコンビニまで走って行った。これから一時間半もここにいるのかよ――俺はうんざりしたが、別にどこにいようとも時間の進みは同じなので、結局直江に付き合うことに決めた。
 缶コーヒーをちびりちびり飲みながら、直江の彼女が来るのを待つ。
「俺さ」
 缶コーヒーがすっかり空になり、手元のそれが周りの空気で段々冷たくなり始めたころ、直江が徐に口を開いた。
「前から金城と少し話してみたいと思ってたんだよね」
「何言ってんだ? 毎日学校で話してるじゃねぇか」
「いや、学校以外のところで、こうやって、二人きりで」
 直江の顔は笑っていた。しかし、声の調子は笑っていなかった。
「――金城はさ、俺のこと、友達と思ってる?」
 ドキリとした。思わず手元の空き缶を放り落としそうになった。直江は「そんなにびっくりしなくてもいいじゃん」と笑い、じっと、駅を見つめている。
「前から思ってたんだよね。金城って、すげぇ空気読めて、勉強も運動もそつなくできてさ、顔とかもかっこいいじゃん? だから、俺はちょっとお前に結構憧れてるんだよ。ずっと友達でいたいと思ってる。でもさ、お前は――お前自身は何となく俺と距離を取りたがっているがすんだよね。俺と、つーか、みんなと、なんだけどさ」
「……そんなことねぇよ」
 言いながら、俺は缶コーヒーに口をつけた。馬鹿。もう、空だ。
「いや、そんなことあるよ。お前、たまにすげぇ冷静な目で俺たちを見てるもん。人間を見る感じじゃなくて、物を見る感じ。それが、たまにすっげぇ怖いの、俺。金城は、本当のところ俺たちとなんか一緒に居たくないんじゃないかなって、思っちゃうわけ」
 言葉を失った。直江――今までただのノーテンキ馬鹿だとばかり思っていた。しかし、これは――確信を突いてきている。
「でもさ、もしそうだったら、怖いよりも、悔しいってほうがデカいんだよ。俺は金城のこと好きだし、もっと知りたいって思ってる。でもさ、お前もそう思ってくれてないんなら、これは悔しいよな。片思いだもん」
 けらけらと笑いながら、直江は続ける。俺は震える。寒さと、自分の仮面が剥がれそうな恐怖で。
「金城が、元々そういう人間だったら、俺らにはどうにもできないんだと思う。いるじゃん? 他人に興味を持てないやつって。金城も、そうなのかなぁって、さ」
 でも――違うよな。直江がこちらを向く。俺も、やつと視線を合わせた。長い、赤の前髪の下で、真っ直ぐ、透き通った目が俺を見つめている。
「俺、見たんだよね。一ヶ月前くらいかな。お前が、あの子――笠野さんと一緒に、ソファーに並んで本読んでるとこ。図書室だな」
「え?」
 笠野、という名前が出てきたことに驚いた。そして、それを直江が知っていることに、もう一度、驚く。
「お前、楽しそうだったよ。いや、別に笠野さんとは何も話してないんだけどさ、それでも、楽しそうに見えた。それを見たとき、俺は安心した。金城――お前は別に人間に興味がないわけじゃなかったんだって」
 俺はもう何も言わないことにした。黙って、直江の言葉に、耳を傾ける。
「なんか纏りきれないけど、そういうこと、言いたかった。俺もさ、お前にああいう顔見せてほしいんだよ。変な意味じゃないぜ? 楽しそうな顔。心の底から、笑ってる顔。友達だからな」
 はらりと、空中に何かが舞う。あぁ――天気予報は外れた。夜からだって言ってたのに、もう雪は降り始めている。
「直江――」
「ん?」
「俺はさ、人との繋がりって、携帯の電波なんじゃないかって、思ってしまうことがあるんだ」
 直江が目を丸くして、黙り込んだ。逆に、俺は湯水のように言いたいことが湧いてきて、止められない。
「携帯の電話番号と、メールアドレス。それを交換しないと、俺達は友達ですらないんじゃないかって、そう思うんだ。しかも、俺が今まで生きてきた経験の中で、この法則はたぶん合ってると断言できる。みんな不安なんだ、友情を何かの形にして、友達を『友達』って名前の属性に位置づけて、それをメモリに保管しておかないと、いつか裏切られてしまうんじゃないかって」
「……うん」
 直江は駅のほうに再び顔を向け、耳だけを俺の声に傾けている。俺は続けた。
「でもさ、それは違うんだって、信じたい気持ちもあるんだ。携帯電話なんてなくても、俺達は繋がることができるんじゃないかって、たぶん俺はそう思いたいんだ。あいつとは――笠野とは、そういう繋がり方をしたかった。確固とした証明なんかなくても、お互い本当のことを分かり合える、そんな関係でいたかった――好きだったから」
 ――そう、だから俺はあいつに電話番号もメールアドレスも訊かなかったのだ。そんなものがなくても、俺達の関係は崩れないって信じたかったから。
「でもさ、しくじった」
 それでも、あの日、やっぱりその『証明』を俺が求めてしまったのは――。
「笠野ってさ、足、悪いじゃん? で、そのことはあいつなりにすげぇ悩んでることなんだけど。俺には、それがわからなかったんだよね。いや、悩んでるってことはわかってた。ただ、その悩みがどんなものかを、全然わかってなかった。笠野は、あいつは、足が悪いこと自体が嫌なんじゃなくて、その所為で周りから置いてかれることが嫌だったんだよ。どんなに自分が急いでも、絶対に周りには追いつけないこと、それが怖かったんだ。でも――俺にはその恐怖自体が、どんなものなのか、全然わからないんだ」
 寒さは感じなくなっていた。掌の空き缶だけが、温度を下げていく。駅前を行き交う人の数は増えていき、息を吐いても白い靄が見えなくなった。
「わからないから、今度は俺が怖くなったんだ。自分の全く知らない恐怖を抱えている笠野のことを、何の誓約もないまま、何の証明も持たないまま、支えていけるのかって、不安になったんだ。自分がいつか笠野のことを、彼女の足が動かないことにウンザリしないかって怖くなったんだ。
 だから、彼女との間に証明を求めた。恋人関係っていう属性をはめ込みたかった。
 でも結局笠野は俺の前から消えちまったよ。
 あいつは優しいから、そんな悩みに俺を縛り付けてしまう自分自身が嫌で、消えちまった」
 空を仰いだ。灰色。どこまでも続く。鬱屈した色。
「なぁ、直江。俺はどうすればよかったんだろ? あのまま笠野に何も言わず、何の属性も当てはめず、俺の心が彼女から離れていってしまう、まで一緒にいてやればよかったのかな? それとも、笠野の悩みを――障害を――全てを一生背負って歩くって、そんな覚悟を持つべきだったのかな? そのどちらかが正解のか、どちらも正解ではないのか、それすらも、俺にはまだよくわからないんだ」
 全てを吐き散らし、俺は俯いた。直江は何も言わなかった。何かを考えている風でもなかった。ただじっと黙り込んで、駅の方向を見つめている。
 今何時ぐらいだろうか。ふと思った。携帯を確認しなければ――その時、隣の直江が立ち上がり、駅の方角に向かって大きく手を振った。
「おおい! 雪美! こっちだ!」
 そして、本当に、本当に嬉しそうな声で、直江が叫ぶ。その目線を、追ってみた。
 誰かが、近づいてくる。少女。左右を不均等に切り揃えたアシンメトリーのショートヘアー。赤いダッフルコート。そして――白杖。
「シュウちゃん、お待たせ」
 女が杖を突きながら直江の前に立ち、にこりと笑う。目の焦点が、ほとんどあっていなかった。
 見えないんだ――そのことに気づくのに、ほとんど時間はかからなかった。
「あ、金城。紹介するよ。こいつ、有村雪美。俺の、彼女」
 雪美が焦点の合わない目をこちらに向け、ぺこりと頭を下げた。完全に見えないわけではないのか……。
「あれ? 金城君って、シュウちゃんのお友達ですか? うわぁ、前から話には訊いてます。すごく男前なんですってね。まぁあたしには見えないんですけど」
「あ、いえ、その――」
 俺はどう接したらよいのかわからなくなり、あたふたと視線を泳がせてしまう。それを見た直江がくすりと笑い、雪美の肩に手をかけた。
「雪美、俺らすげぇ待ったから、ちょっと寒いんだよね。悪いけど、駅のコンビニで暖かいもの買ってきてくれる? ほら、金」
 直江が雪美に硬貨を渡し、その体を駅前あるコンビニの方向へ向けてやる。それから、ぽんと背中を押した。雪美は「オッケー」と頷いて、白杖を突きながら、ふらふらと自動販売機のほうに歩いていった。
「……驚いた?」
 その背中を愛おしそうに見つめながら、直江が言った。
「そりゃ、驚いたよ。つーか、大丈夫なのか? 目が見えないんだろ? コンビニで買い物なんてできるのか?」
「出来るよ。雪美は全く見えないってわけじゃないんだ。ぼんやりとだけど、そこに誰がいるとか、建物がどこにあるかだとか、そういうのは大体わかる。色は結構識別できるからな」
 まぁ、人の顔とかは全く判別できないんだけど――と苦笑交じりに続け、直江は自分の髪の毛を摘んだ。
「俺がこんな変な髪形をしてんのはさ、雪美ができるだけ早く、俺がどこにいるのか判別できるようにするため。待ち合わせに早く来るのもさ、そのためだったりするんだよね。あいつが先に来て、駅から出てくる大勢の中から俺一人を見つけ出すってのは難しいじゃん?」
 絶句。まさかそのへんてこ頭にそんな切実な意味があったとは。今まで散々心の中で罵倒したことを、俺は手をついて謝りたい気分になった。
「……大変じゃねぇの? その……ああいう子と、付き合うの?」
 訊いてみた。少しの間もなく、赤い髪が横に揺れた。
「全然。楽しいよ。恋愛なんて、楽しくなけりゃサギじゃん」
 直江が笑う。幸せそうに。本当に幸せそうに。何故、こんな顔ができるのだろうか。
 暫くすると雪美が戻ってきて、俺に缶コーヒーを差し出した。
「はい、たぶんサイズ的にコーヒーだと思いますけど。種類はわからないんで、嫌いな味だったりしたらごめんなさい」
「……いいえ、大丈夫です」
 コーヒーはきちんと温かかった。直江のほうを見やると、なぜか誇らしげに胸を張っている。俺は思わず笑ってしまった。
「じゃ、俺たち行くわ」
 直江が雪美に腕を差し出しながら言った。おう、と俺は缶コーヒーのプルトップを開け、手を振る。
「あ、そういえば――」
 三メートルほど離れたところで、直江は振りかえりコーヒーを飲む俺に緩んだ笑顔を向けた。
「さっきの質問なんだけど。覚悟とかは別にしなくていいんじゃないかな?」
「え?」
「笠野さんのこと、好きなんだろ? だったらそれでいいじゃん。簡単だよ。だって、お前は足が悪いから、笠野さんのことを好きになったんじゃないだろ? たまたま好きになった子が、足の悪い子だったってだけじゃん。だから、『彼女』にしたいってのも、当然のことなんじゃねぇの?」
 瞬間、目の前を行き交う群集の姿が、一瞬揃って動きを止めたように見えた。缶コーヒーの温度だけがリアルで、あとは全て幻想のように思える。発明家が新しい理論を思いついた瞬間は、もしかするとこんな感じなのかもしれない。
「は、はははははは――」
 俺は笑った。腹を抱えて笑った。
 そうだ、その通りだよ。直江。
 世界は難しくなんてない。
 全然シンプルに出来てるんだ。『属性』なんて、そんな客観的なもので種類別する必要なんて、今の俺にはない。
 人が、人と触れ合うときに、心に浮かんだ感情。それが全てで、俺はそれだけを大事にすればいい。どこまでも主観的に、世の中を見ればいいんだ。
 笠野二葉のことが、どうしようもなく好きだって、女の子として好きだって、足とかは関係なく好きだって、そう伝えればいいんだ。
「直江」俺はどうにか笑いを治め、ひくつくように体を震わせながら言う。「お前はすげぇ馬鹿だ」
「あ、ひでぇなぁ。せっかく慰めの言葉をかけてやったのに」
「そういうニュアンスで、金城さんは言ったわけじゃないわよ」
 俺の代わりに雪美が突っ込みを入れてくれた。
「え〜、じゃあどういう意味なんだよ雪美」
「国語の勉強をしなさい――それじゃあ金城さん、また」
 雪美が少し膨れっ面を浮かべた直江を引っ張っていく。二人が消えるのを見届けて、俺は久しぶりに晴れ晴れとした気分になり、缶コーヒーを呷った。
 直江、お前は本当に、『すげぇ』馬鹿だよ。


   *     *     *    *



 結局クリスマスパーティーには出席しなかった。断りのメールを琴平に送ると、それからはもう五分おきに携帯が震えるので結局電源を切った。琴平は怒るだろうか。怒るだろう。もしかすれば、周りの友達に愚痴を言い、クラスの中で俺の評判が悪くなる可能性もあった。でも構わない。俺はもう自分の属性をつくったりはしない。ありのままの俺を受け入れてくれる人が、数人――いや、一人でもいればいい。
 クリスマスの日から学校は短い冬休みに入る。俺はその間、眠ったり、テレビを見たり、寒い風が吹きぬける街を歩いたりした。何も考えず、今まで気張りすぎた頭をクリーンにするために、好きなことだけをした。
 正月が来て、西暦の番号が一つ変わる。でも、俺の生活は何も変わらない。たぶん、誰の生活も変わらない。直江の生活も、琴平の生活も、笠野の生活も、他人が決めた年月の数字なんかに影響はされない。人は、自分でしか自分を変えられないのだから。
 冬休みが終わる。俺は学校に行く。教科書の詰まった鞄を背負い、歩く。学生服の上に羽織った灰色のコートに白い雪が落ちる。
 教室のドアを開ける。二週間ぶりの再会に騒ぐクラスメートたち。直江がいつものように窓際に座っている。俺が入ってきたことに、気づき「よう」と手を上げる。俺も同じように手を上げ、自分の席に鞄を置く。
 そして、教室の後ろを確認した。
 黒い髪。ブックカバーのかかった文庫本。つまらなそうな顔。笠野二葉がそこにいる。俺は彼女に歩み寄り、頭上から笠野、と声をかけた。笠野は少しだけびくりと体を震わせ、ゆっくりと顔を上げる。
「……何?」
 笠野が眉を顰める。目線が合う。話しかけてこないで――と言っていた。
「放課後、話がある」
「わたしはないわ」
「俺にはある。図書室で、待っててくれ」
 それだけ言って、俺は踵を返した。背中に、「行かないわよ」と小さな声がかかった。無視して、足を進めた。
 授業にはほとんど身が入らなかった。ただ、右斜め前に座っている琴平がしばしば時折こちらを振り返り、唇を噛締めていた。
 帰りのホームルームが終わり、俺は机の中身を鞄の中に移動させ、席を立った。
「金城君」
 教室を出る直前、声をかけられた。
「……琴平」
 俺に好意を持っているそのクラスメートは、冬休みの間にまたスカートを短くしたらしい。黒いニーソックスから少しだけはみ出した白い太ももの面積が以前よりも大きくなっている。
「ちょっと、話があるんだけど」
 琴平が言う。何かを焦っているように見えた。
「ごめん、今からちょっと用事があるんだ。今度じゃ駄目か?」
「駄目。今日じゃなきゃ」
「……わかった。どこで話す?」
 琴平は天井を指差す。
「屋上」
「わかった。でも、早めに終わらせてくれ」
 俺が言うと、琴平の眉間に深い皴が入った。彼女の話というものが、どんな内容なのか、俺はもうわかってる。そして、俺がそれになんて返答を返すのかも、もうわかってる。
 早足で歩きながら、階段を登る。琴平は俺の後ろにぴったりとついてきた。屋上へと続くドアを開けると、冷たい風が頬を触り、鳥肌が立った。
「で――」俺はくるりと反転し、寒空の下、琴平に向き直る。「話って、なんだ?」
 琴平は後ろ手でドアを閉めながら、風にそよぐ髪の毛をそっと押さえると、
「あたし、金城君のこと好き」
 はっきりと、よく通る声で言った。緊張している様子はなかった。彼女にももう結果はわかっているのかもしれない。
「だから、付き合って」
「……ごめん。できない」
 一瞬、琴平の顔が歪んで見えた。実際、彼女の顔は今にも泣き出しそうなほどに歪んでいた。俺の顔は――たぶん無表情だ。
「……なんで?」
 全身の毛穴が一斉に開いてしまうような低く暗い声で、琴平が訊く。俺はほとんど抑揚のない声で、淡々と答えを出す。
「好きな子がいるんだ」
 琴平の体がぐっと強張るのがわかった。怒りに打ち震えてるように見えた。彼女にとっては正当で、俺にとっては理不尽な怒り。
「……なんでっ! なんでよ!」
 琴平が叫ぶ。俺は思わず目を細めた。瞬間、襟首が引っ張られるような感覚を覚える。琴平の顔が目と鼻の先にあった。
「どうして? どうしてあの子なの? あたしじゃないの? 笠野さんなんて! 暗いし! ダサいし! 友達もいないし! 性格悪いし! 足だって悪い! 金城君には似合わない!」
 似合わない――属性の違い。以前の俺が――『属性社会』に生きる誰もが、一番気にすることだった。
 琴平は悪くない。
 彼女は――琴平は、、ある意味俺がずっと信奉していた『属性社会』を顕著に具現化したような存在だった。自分の持つ『属性』を良いものにしようと努力し、相手の人物像をその『属性』で判別し、自分の『属性』に見合った友達を作り、不用意に触れると害のある『属性』を持った人間のことは避け、男の持つ『属性』に恋をする。
 それは悪いことじゃない。世の中はそういうふうにできているのだ。そういうふうに、人間を生かすようできているのだ。誰もが直江みたいに主観的に物事をみることができるわけじゃない。むしろ、この世界には琴平のようにしか世界を認識できない人間のほうが多い。俺だってそうだった。だから、悪くない、
 でも――。
「関係ねぇよ!」
 俺は許せなかった。
「暗いのがなんなんだよ! ダセェからなんだってんだよ! 笠野に友達がいねぇのはお前らが色眼鏡であいつを見てるからじゃねぇか! 障害者ってことでしかあいつを見てねぇからじゃねぇか! お前あいつの本当の性格なんて知らねぇだろ! 足が悪い? ただ人よりも少し歩くのが遅くて、階段が一人で登れなかったりするだけだろ! それだけだろ!」
 俺が許せなかったのは、琴平が足のことを引き合いに出したことじゃない。許せなかったのは、許せなかったのは――。

「――俺の好きな人のことを悪く言うな」

 それだけだった。
「か、金城君……」
 琴平の顔が恐怖におののき、その目じりに涙が浮かぶ。 俺は襟首にかかった彼女の手を振りほどき、
「どけよ」
 自分でも驚くほど低い声が喉から飛び出した。琴平の目から大粒の涙がこぼれた。そんな彼女の隣を通り、俺は屋上を後にする。
 後悔はあった。かわいそうなことをしたとう罪悪感もあった。それでも、振り返る気にはならなかった。


 そのまま図書室に向かう。廊下を歩き、ドアの前に立つ。息を吐いて、それを開いた。
 図書室の光景はいつも通りで、ほとんど人気がない。カウンターの向こうで今週の図書当番であろう男女一組が小さな声で談笑している。俺は室内に足を踏み入れ、笠野がいつも座っていたあのソファーの方向に目を向けた。
 笠野の姿はなかった。窓から差し込む白い光が、シートを眩しく照らしているだけだ。
「あ、あのっ」俺はカウンターの向こうにいる二人組に声をかける。「そこのソファーに、今日笠野は――髪の長い女の子は来ましたか?」
 二人組は驚いたように一瞬お互い目配せをしたあと、
「えっと、来ましたよ。でも、本も読まないで、何だかそわそわしてる感じでずっと髪を触ってました」
「――で、五分前ぐらいに、何かをあきらめたようにため息を吐いて、出て行きましたけど」
 男の言葉を女が繋げるようにして、そう答えた。俺は二人に一礼して、図書室を飛び出した。
 来ていた――来てくれていた――俺を待っていてくれた。廊下を走りながら、俺は嬉しさで叫び出しそうになる。
 ほとんど飛ぶようにして階段を駆け下りる。靴も履き替えずに昇降口を抜ける。校門の前に、クラスメートの一人が携帯をいじくりながら一人突っ立っていたので、声をかける。
「おいっ」
「ん? 金城? どうしたんだそんなに焦って」
 クラスメート――いがぐり坊主の男が携帯から俺に視線を移し、目を丸くした。
「笠野は――笠野二葉はここを通ったか?」
「は? 笠野さん。通ったけど、ついさっき」
「どっちいった?」
「えっと、あっち」
 いがぐり坊主が指し示した先は、笠野の家とは反対方向だった。俺は彼に礼も言わずに、その方向へ走った。いがぐり坊主が俺を呼び止める声が聞こえたが、気にしている余裕はない。
 走る。息が切れる。俺に追い抜かされた生徒達の驚いたような視線が痛い。がつん、とつま先に衝撃が走った。体がよろけた。地面に転げた。でもすぐに起き上がり、また走り出す。
 坂道を登り、その頂上に達する。すると、右脇の林に、その奥の神社へと登る長い長い石段が見えた。見覚えのある学生鞄が、一番下の段に放置されていた。
 ハッとして、目線を上げる。よろよろとふらつきながら石段を登る笠野の姿があった。
「笠野!」
 俺が叫ぶと、笠野はふっとこちらを振り返り、顔面を凍ったように泣きそうな表情を張り付かせ――逃げるように石段を登ろうとする。
「笠野!」
 俺はもう一度叫び、肩にかけていた鞄を投げ捨てて、石段を駆け上った。それに気づいた笠野も、必死に、動かない足を引きずり俺から逃げようとする。だけど、当然俺のほうが速い。
 段々と、笠野の背中が大きくなっていく。あと、五、四、三、二、一歩――俺は笠野の肩に手を伸ばした。
 その時、笠野の体がゆらりとよろめき、そのまま俺のいる真後ろへと落ちてきた。息が止まった。
「危な――」
 手を広げた。全身に衝撃。体勢が崩れる。
 浮遊感。落ちる――俺は笠野の頭を抱きこむ。
 ガツン、ガツンと尻に激しい痛みが走った。それが何度か続き、どん、と背中を打ち付ける激しい痛みを感じた瞬間、浮遊感は消えた。
「……ってぇ」
 仰向けに倒れた俺は痛みに顔を顰めながら、顔だけを少し起こした。どうやら石段の中腹から一番下まで尻餅をつきながら落ちたらしい。落ち方が悪ければ頭を打って死んでいたかもしれない。胸に視線をずらす。笠野の頭があった。
「……怪我、ないか?」
 俺が訊くと、笠野はよろよろと体を起こし、俺に馬乗りになったまま顔を真っ青に染めた。
「あ、あ――」
 そして俺の全身を上から下まで一直線に見下ろし、
「あっ」
 徐に腕をつかんできた。見ると、黒い学生服の布地が裂け、肘から腕にかけて皮膚が裂けていた。血が流れている。しかし、深くはなさそうだった。
「あ、あう、あ……」
 笠野が混乱したように短いうめき声を上げる。目からはぽろぽろと涙が零れ始めた。
「――大丈夫。大したことない」
 俺は笠野の頭をもう一度抱きこみ、頭を撫でてやる。そのまま体を起こそうとしてみたが、まだ体に力が入らなかった。
「……馬鹿、みたい。わたし」笠野が、俺の胸の上で呟くように言った。「逃げ切れるはずがないのに……この足で。そのあげく、足を踏み外して、あなたに怪我させて。馬鹿みたい……本当」
「いや」俺は赤く染まり始めた空を見上げた。「俺はお前の足が悪くなくても、追いつく自信があったよ」
 笠野が顔を上げた。頬に涙の筋。指で掬って拭いてやる。
「それに、前に言っただろ?」
「……え?」
 笠野が瞳を光らせて、俺と目を合わせる。
「俺は体つきこそ貧弱だが、お前を抱きとめてやるぐらいはできる――ってな。ほれ見ろ。ちゃんとできただろ?」
 あの日、エレベーターが壊れた日、笠野に言ってやった台詞を、俺はもう一度朽ちにする。笠野の顔がぐちゃぐちゃに歪み、それから、喚くような泣き声が辺りにつんざめいた。
「っ、馬鹿ぁ……。あなた……う、うぅ……本当に、馬鹿よ」
 笠野は泣きながら、ぎゅっと、学生服をつかんでくる。俺は笑いながら、ぎゅっと、笠野を抱きすくめる。
 それから、暫くそうしていた。誰も近くを通りかからなかったのは、本当にラッキーだといっていい。
「……この状況ってさ」空の色がだんだんと夜の黒に覆われ始めたころ、笠野が上体を起こし、口を開いた。「一番最初の日――図書委員の仕事が回ってきた最初の日と同じだね」
「そうだな。上に乗るのが好きなんだな、お前は」
「馬鹿」
 笠野が、ふっと笑う。久しぶりに見る、笑顔だ。俺は逆に泣きそうになる。嬉しさで、吐きそうになる。
「笠野」
 だから、そのまま吐き出すことにする。
「俺、やっぱお前が好き」
 笠野の顔から表情がなくなる。でも、あの雨の日と違って、心は痛まない。後悔もない。だから、続けた。
「お前を、笠野二葉を、普通の女の子として好きだ。足の障害とか、そういう属性は全部取っ払ってお前が好きだ」
 笠野の表情が変わる。驚いている。この表情も、俺は好き。
「だから、ずっと一緒にいたい。お前の歩調が俺の歩調より遅くたって、そんなの関係なく、一緒にいたい。多少の無理をしてでも一緒に歩きたい。お前の隣にいたい。俺は、お前が好きだから、それだけの理由で、お前と一緒にいたいんだ」
 言った。俺の想いは全て言い切った。後は笠野の答えを待つだけだ。
「……本当に、いいの?」
 笠野がまず口にしたのは、同意の言葉だった。
「わたし、性格悪いわよ?」
「それほどじゃねぇだろ――いいよ」
 頷く。同意。
「それと、たぶんすっごくヤキモチ焼きよ?」
「可愛いじゃないか、そういうの――いいよ」
 頷く。同意。
「それほど巨乳ってわけじゃないわよ?」
「なんだそりゃ――いいよ」
 頷く。同意。
「あと、わたし泣き虫だよ? すっごく泣くよ。たぶん金城はこれから何度もわたしを慰める羽目になるわ。いいの?」
「いや、今まさにお前泣いてるじゃん。で、俺さっきから頭撫でて慰めてんじゃん――いいよ」
 頷く。同意。
「……わたし、足が悪いわよ? 歩くの物凄く遅いわよ? 階段も登れないわよ? 一緒に歩くのは、本当に、本当に、大変よ? それでも、いいの?」
「……いいよ」
 頷く。同意。笠野の表情が崩れた。泣いた――いや、笑った。
 笠野の顔が降りてくる。唇が触れる。あの日と同じ、柔らかく、塩辛い。でも、ずっと甘い。誰がなんて言おうが、その味は甘かった。
「――じゃあ、よろしくね」
 唇が離れて、笠野が言った。そして、自力で体を起こし、俺に手を差し伸べた。
「――おう」
 俺はその手を握った。強く、強く、握りしめた。
 風が吹いた。冷たい北風。それは俺の首筋をひゅうっと鳴りながら通り過ぎ、俺の肌を粟立てる。
 でも、俺はちっとも寒いなんて思わなかった。彼女の手が、俺と繋がっているその部分が、たぶん、この世の何よりも、温かかったからだ。


   *     *     *    *


「おはよう」
 日曜日。私服に着替えて外に出ると、玄関の向こうに笠野の姿があった。
「うっす」
 俺は軽く手を上げて微笑み、ひどく緩慢な速度で、彼女の元へと歩く――包帯を巻いた右足を引きずりながら。
「……ねぇ、本当に大丈夫なの? 出歩いて?」
 笠野が俺の右足に目をやりながら、心配そうな声色で言った。
「ん? まぁ大丈夫だろ。先週も学校には普通に行ったわけだし」
「……なんかごめんね。普通にわたしの所為だよね、その足」
 笠野が、しゅんと申し訳なさそうに顔を俯ける。気にすんなって――俺はその頭を撫でた。
 階段から転げ落ちた笠野を助けたあの日、俺は結局自力で立ち上がることができなかった。
 何故か。俺の右足の間接が、本来曲がってはいけない方向に、見事曲がっていたからだ。脱臼。全治三週間。全く、笑える。
「ほれ、行こうぜ」
 俺は笠野に手を差し出す。うん、と笠野が微笑み、手を握り返してくれる。そして、お互い足を引きずりながら、初デートに繰り出した。
 俺達は手を繋いだまま、ずるずる、ずるずるとゆっくりと歩いていく。電車に乗り、街に出ても、俺達は手を繋いだままだ。
「ねぇ」
 人ごみに紛れながら街を歩いていると、隣の笠野が口を開いた。
「なに?」
「なんでそんなに嬉しそうなの?」
「そりゃあ、彼女との初デートだしな」
「足を引きずりながら? 辛くない?」
「うん、辛い。でも都合いいよ」
「なにそれ? どういうこと?」
「秘密」
 笠野がわけがわからないと眉を顰める。俺は笑って重たい足を引きずる。時折すれ違う人間達が俺たちの姿を物珍しそうに見てくるが、別に気にしない。これが俺たちの、歩き方なのだから。
 笠野はしきりに「だから、どういうことなの?」と訊いてくる。腕にぶら下がったり、胸をわざとくっつけてきたり、とにかくありとあらゆる手法を用いて俺が笑っている理由を聞き出そうとする。
 でも、俺は答えをはぐらかし続ける。


 だってさ、言えないだろ?
 お前の歩調に合わせる練習に、ちょうどいい怪我だなんてさ。  


この作品が気に入っていただけましたら『高得点作品掲載所・人気投票』にて、投票と一言感想をお願いします。
こちらのメールフォームから、作品の批評も募集しております。

●感想
ゆーぢさんの感想
 文章について。
 砕けると言うほどには砕けておらず、読みやすさと判りやすさに比重を置いた好ましい文体であると思います。
 地の文と台詞の配分も、この長尺ものとしてはいいバランスではないでしょうか。
 どちらに偏っても疲れますからね。

 構成について。
 尺の都合からか、ゆったりとした時間が流れる展開です。
 最初のキスまではなんだか早かったかな、とも思いましたが、人のいない図書室で一緒に本を読むという、まさにギリギリな妄想マックスなところが弱火でじっくり煮込んだ感じのエロティシズムを以下略。
 タイトルからもわかるように、のんびり、ゆったり、でも着実に歩を進めようという構成ですね。
 そういう小説が嫌いな人は、このタイトル、この枚数の作品を読まないでしょう。
 そういう意味では狙いを完全に捉えていて成功していると思います。
 もちろんこの構成を成し遂げるには、読んでいて飽きない疲れない文章が必須。
 ご自分の武器を正しく理解して、作品の空気感を演出するために総動員している印象を持ちました。
 お見事です。
 ただ、このゆったりペースで作品を動かそうとする場合、山場のたびになにやらご都合主義の香りがする点が、大きく残念なところでしょう……。
 さて、主人公に気があるそぶりのクラスメイトはどう出るか。
 そこを牽引力にして中後半もちょっとドキドキです。
 っと、その前に男友達の男前ZONEですね♪ 
 予感はしてましたが、わが意を得たりと言う感じです。
 さて、ううむ、クラスメイトの女の子、ちょっと弱かったかなw 
 もう少しそりゃもうひどい修羅場を予想したんですが。
 あまりやりすぎると爽やかな空気が乱れますから、これでいいのかもしれません。
 そして、ラストもスローにゆったりと。
 冬が来る前に、なんだか温かいものを読ませていた感じです。

 人物について。
 長尺の一人称と言うだけあって、やはりここに強みが出ていますね。
 主人公、単なるナイスガイではなく、ちょっとひとくせあってさめている感じ。
 しかしそれがヒロインと男友達との接触によって動いていくんですよね。
 この三人がやはりいいです。当て馬の女の子は、もうちょっと頑張ってかき乱してほしかったw

 総評ですが、のんびりとした休日の朝にふさわしい話でした。
 この時間に読んだのも良かったです。
 物語がギャルゲ的ご都合主義に陥りかねないというところを気をつけると、さらに良くなるのではないでしょうか。
 萌エロなラノベと言うよりは、まさにジュブナイルといった風情ですね。
 以上が感想となります。ありがとうございました。


へべれけさんの感想
 企画参加お疲れさまです。へべれけと申します。
 拝読させていただきました。
 今回珍しく、項目別に評価を書かせてもらってます。しばしお付き合いを。

【タイトル:スロウダンス】
 映画のタイトルみたいだ。青春群像劇ってイメージを受けます。
 しかしギリエロってことを考えますと、ダンスってだけですこし興奮しま(自粛
 スロウフードだとか、スロウライフだとか最近言いますね。もしかするとそういう意味合いも含んでいるのでしょうか?
 と、このように色々詮索できますが、初見ではインパクトに欠けます。競作企画を勝ち残ろうとするならば、もうひとつ気を引くタイトルの方がいいかも(枚数を払拭するほどの何かを

【文章・作法】
 失礼な事に、冒頭では書きなれてないのでは? とか感じちゃいました。
 しかし、読み進めてみてびっくり。プロ並みといってもいいんじゃないでしょうか。
 軽い文体。ブレのない一人称が読者を作品に没頭させます。これは敵わない。
 起承転結も明解で、なによりも内容を理解しやすいというのは作家の技量によるものだと思います。やや重い題材でしたが、見事に書ききっておられます。
 間違いなく評価の対象となるでしょう。


*誤字発見
>和服を着る週間
 習慣、かな?

【登場人物】
■金城
 謙虚を装う、無気力で排他的な人物。そのくせプライドは高い。そんな印象。
 読み進めていくうちに彼は読者自身となって動き出します。悩み、ジレンマを共有するうちに、いつしか我々も笠野に恋をしてしまいました。

■笠野二葉
 人と接する事を極端に嫌がっている。人嫌いなのではなく、人に頼ってしまうのが嫌なのだろう。孤高の人である。
 作家としては難しいキャラクターでしたね。彼女一人で、執筆の半分の労力は消費されたのではないかと。
とかく繊細な、常識が求められる題材でしたので、作者さまのご配慮には頭が下がります。

■琴平
 このコが悪いわけじゃないんです。彼女は本当に普通のコで、ただ誰よりも正直であっただけ。
 作中でも、彼女が悪役を演じなければ成立しないシーンはいくらでもありました。
 まさに名脇役。

■長江
 こいつが主人公ですwww
 ホントどうでもいい登場の仕方だったので、アレにはびっくりしましたよ。ひそかに笠野との関係も疑ったりして本当にごめんね;;
 琴平とは対極の、また彼もごくごく普通人であることが読んでいて嬉しい所です。
 特別じゃないんだよ、というメッセンジャー。


【ギリエロ】
 難しいな〜。エロくはないよ〜。
 きゅんっとはくるけどさぁ〜。
 この内容で欲情してたら、俺、ひとでなしじゃ〜ん。てなわけで加点はなしw

【感想】
■序盤:お礼のちゅーまで。
 「お?」っと思わせる滑り出し。
 若者の人間関係や、個性をゲーム感覚で『属性』と呼び合う風潮は現実社会でもよく見受けられますね。初見での笠野の『属性』表現に、すこしやりすぎではないかと思いましたが早とちり。読み進めていくと、上手い具合に作用していくのがわかります。
 図書室での二人のやり取りはいかにも青春やな〜といった感じ。お互いの距離の詰め方が秀逸でした。しかし、あのキスは……笠野の性格を考えると性急過ぎるのではないだろうか? 金城の男気に触れたからといって、いままでロクに人付き合いをこなしていない人間とは思えない。もうすこし待ってからの方がよくないだろうか。

(*蛇足:『未来イソップ』、『未来いそっぷ』どっち?)


■中盤:お泊りと見えざる巨壁への挫折まで。
 この章のサブタイトルは『ジレンマ』でしょうかね。甘くせつなく。苦しい主人公たちの胸裡が伝わってきます。

 浴衣ッ! グッジョブですw この内容で淫らな妄想にふけっていいのだろうかと、無粋な常識を働かせてしまいましたが、笠野の女の子らしさが見事に表現されていたと思います。
 金城のどぎまぎは、そのまま読者の心理でもあり、面白く読めました。
 また一転、社会派な章でもあります。バリアフリー、とくに健常者との心の距離を描くのには勇気が必要だったかと思います。作者さまには「よくがんばりましたね」とお伝えしたい。

 朝方、擬似夫婦生活の思わず、きゅんww
 告白、冷たい雨。全てがさけられない事態でした。とりとめもない想いが主人公たちを襲います。これはいくら達観していようとも耐えられるものではない。感情移入がすぎると泣いてしまいそうです。てか泣きます。

■終盤:風邪(失恋)の復活、シュウちゃんスゲー馬鹿まで。
 長江ーッ! ごめーんッ! 俺もお前のこと、ただのチャラ男だと思ってたぁ!ww
 うん。いいです、この章。
 まさに抑圧された精神の解放が見事に描かれています。心の鎖を断ち切った感じ。
 作者さまの思想、価値観が伝わってくるようです。お人柄が窺がえます。またこの作品に込めた想いが溢れていました。読んでて救われた気分になります。

■結末
>俺の好きな人のことを悪く言うな
もう、このセリフに集約されているでしょう。人種や貴賎など、愛の前にはなんの障害にもなりませんよ。このシーン、素敵でした。

 探す、走る、落っこちるw
 そして二度目の告白。
 ハッピーエンドでこそ、この作品の価値は出るはずです。本当に良かった。

 ラストシーンのデート。
 お互いの歩調をあわせる演出はにくいばかりですwww


【総評】
 完成度たかいっすね〜。
 しかも感動させられたや〜ん。ギリエロの趣旨違う〜www
 というわけで、小説としての精度は普通に負けた気がしますが(笑)これはギリエロ企画。普通の鍛錬室とも、すこし評価が変わってきます。
 なのでいくらハートウォーニングなストーリーで来ようと、きびしくいきまっせ!(負け惜しみ;;


ナマケモノさんの感想
 こんにちは、こんばんわ。エロという名の禁断の果実に誘われギリギリ☆エロス企画にやってきた通りすがりのナマケモノです。

 このスロウダンスが企画において初めて読んだ作品になります。感想を書くのは慣れていないので、あまり上手くこの作品を評価することが出来ないかもしれません。こんなナマケモノですが、どうぞよろしくお願いいたします。

 作品全体の評価

 う、上手すぎる……。凄いです。読んでいるうちにぐいぐいと小説の世界に引き込まれていき、登場人物たちの感じていることや、考えていることがびんびんと伝わってきました。紀承転結がしっかりしており、全体的に綺麗に纏まっている作品です。作者様のテクニックに感心しっぱなしのナマケモノでした。

 突っ込み

 ヒロイン笠野さんの障害について疑問に思うことが少しあります。彼女は左足を動かすことが出来ないという記述が本作にありますが、左足が動かないのに歩くことが出来るのかなっと思ってしまいました。ちょっと左足を動かさずに歩いてみたんです。右足だけを使って歩くことは出来ましたが、その場合には必然的に左足を上げたり、曲げたりしなければならず、ぶっちゃけ左足を使わないで歩くことは不可能でした。
 作中、彼女が松葉杖のようなものを使って歩いている描写もありませんし、「動かない」という表現は不適切なものだと思われます。
 少なくとも、「左足は少ししか動かない」とか「ほとんど左足は動かない」なら、疑問に思うこともなく作品を読めたのですが。
 それから周囲に手を貸してもらえることに抵抗を覚えている割には、障害者手帳を持っていて補助金を貰っている辺り、思いっきり国に頼ってる部分があるなっと思いました。補助金の財源は日本国民の血税ですし、なんか言ってることとやってることが矛盾している気がしてしまいます。両親が強引に勧めたとかって言うんだったら、まだ分かるんですが。彼女の場合、既に健常者と同じように一人暮らしをしている訳ですし、手帳を貰えるほど重度な障害を持っているとは思えません。
 あと、足が悪いのになんでアパートの四階に住んでるのかなって思いました。エレベーター動かなくなっちゃったら、どうするつもりなんですか? 利便性を考えても、一階に住んだほうがいいと思うのですよ。


登場人物について

金城さんと笠野さんについて
 思いました。この2人、対人コミュニケーション能力低いなって。自分の価値観が万民に当てはまると思っている気がするのです。金城さんの場合はこの世の見方が属性によって決めつけられていると思っていますし、笠野さんの場合は他人が思っている以上に、自分の障害を特異なものだと思い込んでいる。
話を進めるにあたって、この2人のものの見方が段々と変わってく過程を描くことが出来たのなら、更に人の心を掴むことが出来る作品になったのではと思います。

直江さん
 ぶちゃけ、一番好きな登場人物です。さばさばとしたものの考え方といい、彼女への直向きな愛といい、彼が主人公の作品も読んでみたいと思いました。金城さんとのBL的な関係性を妄想させてくれる会話もツボでしたね。すみません、BLとか書いちゃって……

エロについて
 なんですか、この放置プレイは!! 妄想を書き立てるシュチュエーションが散りばめられていながら、主人公とヒロインの仲は清いままで終っている!! そうか、この作品は美味しいシュチュエーションを使って、自由な妄想を書き立てろという作風なのですね。そうだとしたら、作者さまは玄人の域を越え既に神の領域に達しています。

 だが、あえて言わせて頂きます。
 2人が初夜を迎える続編を切実に希望します!!!


雪野新月さんの感想
 なにぃ? エロは……どうしたのだ。
「先生、純愛ですよ」
 わかっとるわ……わかっとるが、納得できんのだ。
「どうしてですか。いい話だったじゃないですか」
 エロは、エロはどうしたぁぁぁぁ!
「そんな大魔王みたいなこといってもあなたのメラゾーマはマッチですよ」
 ち、ちきしょう。なんかすごいエロい気がしたのに。
「もういいからアンタ黙れよ」
 いいよもう。僕の気持ちなんて誰もわかってくれない。
「ええ。おめでとうございます」

 感想です。
 まずいいます。エロくない。がっかりだ。おもしろかったので余計がっかりだ。
 ナイススロウというべきか、ゆっくりと丁寧……かな。なんとなくそんな感じがしました。といっても句読点が連打されていたり誤字があったりというのが意外と多かったので、ちょっとばかり急いだ部分もあるのではと思います。あるいはヒロインのデレを見せるタイミングがちと早いかなというところもあったので(ここでいうデレは第一のデレポイントというか、開始二十枚くらいでいきなり主人公に好意というか隙みたいなものを見せたところ)、こりゃ波乱はないかなと思ったら、本当にそこまで強烈な波乱もなく終わってしまったという感じがします。なんというか、登場人物がみんなやさしいな、という印象があります。たぶんそのせいであんまりにむちゃくちゃな不幸が突撃してこなかったのでしょうが。
 あとエロくないのはまずかったです。主人公がいいひとすぎたのだ。ヒロインもいい子だったし、こりゃいきなりエロに持ち込むのは確かに無理だ。すこし寂しいけれど。
 あとは『属性』関連の解決が個人的にはちょっとぬるかったかなと思います。当たり前のところに帰結するなというのは僕のわがままにすぎませんしこの作品にそんなものが必要かといわれれば必要ないと思いますが、予定調和的な部分もあいまって感動は薄かったです。フム、だがまあこれはやっぱり好みの問題にすぎないでしょう。エロければそれでいいとかおもってたせいでひねくれてしまった。
 なんかもうエロくない以外あまりいうこともないな……
 以上です。アホな主催者で本当にすみませんでした。
 参加、ありがとうございました。


銀子さんの感想
 点数をつけていないことを思い出してすみません。間違えて消してしまいました汗
 もう一度書きます。
 文章が非常にお上手ですね。バランスのよい文体だと思います。
 ストーリーについては、不覚にも感動してしまいました。オーソドックスと言えばそうなのにですが、柔らかいタッチの文体と相成って非常によい雰囲気をつくってますね。
 笠野さんには萌え死にました。(笑)女の子の可愛いさが台詞だけでなく描写の一つ一つから滲み出ていますね。
 全体的なレベルが高い作品だと思います。ただあんまりエッチ濃度がなかったのが残念でした。
 ありがとうございました。


くちなわさんの感想
 どうも。感想落とさせていただきます
 読んだ理由は一番長かったからです。作者様にはまず、よくがんばりましたね、と言いたいです(笑)
 障害者をテーマにするのは非常に難しかったと思うのですが、よく調べていると思いました。
 私も学校で福祉分野を専攻(福祉心理学)しているのですが、障害者の心理、葛藤、悩みを見事に表せていると思います。
 ただ、ありえないことひとつあります。
 高校生の時点で障害を持った子供を一人暮らしさせる家庭はほぼないですよね?これはちょっとありえないかなって思います。それと、足が悪い(これのヒロインの場合普通に歩けているので麻痺などではないと思いますが)のに、四階に住むってのもやっぱ変ですね。
 しかし、ここは別に減点の対象にしません。なぜなら、次にヒロインが口にする「障害を持っている人間は、周りの人々よりも自立が遅くなる」という福祉の問題点を、きちんと説明できるくだりになっているからです。
一番感服したのが、直江君が雪美さんにコーヒーを買いに行かせたところです。このくだりをわざと書いたのなら、すごいと思います。自立支援という最近言われてきた命題をしっかりあらわすことができているからです。
 文章は上手いですね。誤字脱字が非常に多かったのが少し残念です。
 一番残念なのは、ギリギリどころか、エロはいずこ? という面なのですが。
 ギリギリ企画でこれはまずいんじゃないのかなぁ……と思いますが、まぁいいです。話自体がすごく面白く、わたしの興味のあるものだったので。
 ありがとうございました。


のり たまごさんの感想
 読ませていただきました。

 良いタイトルですね。内容とも合っていて、スロウな生活も何だかいいもんジャンと思わせてくれます。
文章は文句なし。安心してするする進みました。長尺も気になりませんでした。
最初のキスがちょいと取ってつけたような印象。ヒロイン、そんなふうに出る子には見えませんでした。物語上、必要なのかなと思った次第です。

 難しいモチーフを上手く料理しておられて、また、その中に独り暮らしをする理由をさらりと滑り込ませる。そして、大胆に伏線回収!

 エロという点では微エロですが、どきどきのお泊りが初心でいい味出してました。また、作品の雰囲気にも合うので、これくらいでよろしいかと。
なすの味噌汁は渋い。
楽しく読ませていただき、ありがとうございました。


サイとさんの感想
 こんにちは。
 サイとです。
 私も靭帯の怪我をしてしまったとき、一ヶ月くらい松葉杖でクラスメイトに気を使わせていました。怪我してる(障害を持っている)から優しくされるってのは、すごく共感できました。

 まず、読んでみようと思った理由。
 長編が珍かったから。
 題名については、惹かれなかったです。ですが、内容を読んでみて、確かにそうだねーと思うタイトルですね。

 文章。
 主人公の一人称。AURA〜魔竜院光牙 最後の戦い〜を思い起こさせました。属性についての解釈が、オーラに酷似してたのでそう思ってしまったのでしょう。
 読みやすい文章です。引っ掛かりを覚えたところは少ないです。一つだけだったけど>心の声が関西弁に変わったがどうたらってところ。
 全体的に三点リーダやダッシュが多い気がしました。<多分、スローを醸し出してるということで判断。

 物語とか構成とか人物とか。
 感動(お涙頂戴に限らず)は特にしませんでした。まあ、恋愛小説という分類で考えれば、上手く書けていると思いました。
 金城を引っ張る笠野の姿がうまく想像できませんでした。これにずっと引っかかってました。笠野じゃ金城は動かせないだろうが……、と思っていましたが、金城は引っ張られることに抵抗を覚えずに、わざと引っ張られたのだと理解しました。こう理解することにより、金城の優しさと言うものが伝わってきますね。
 脳内イメージでは、笠野が通販さん(かにしののキャラ)に思えました。何かのキャラと被ってしまうと、このキャラの個性が現れていないような気がするのは私だけだと思いますが、やはり特筆するような、――印象に残らないキャラだった(私の中では)ことは確かです。見た目はお嬢様(っぽい)なんだけど、実は貧乏(この作品ではボロアパートに居住)ってのも、麻里乃(ハニカミのキャラ)を思い出させました。
 主人公というか、視点の持ち主の金城も佐藤一郎(AURAのキャラ)っぽい気がしました。
 琴平はどうでもいいや。他の人の感想見て、思い出したくらいですし。
 この物語でキーとなるのは、長江です。金城の気持ちを確固たるものに変化させた張本人。こういう陰で本当に努力してる奴って、恰好いいです。私もこんな奴になりたいですね。あ、外見的意味でなく。
 雨の日で怪我した日で怖い、だから家の外に出るなっていうムリヤリなところ。これが金城をどこにも行かせたくない(一緒の夜を過ごそうよぅ、金城……)ってのは、彼女のこじつけで演技みたいなものだったら納得できました。しかし、ガチで泣くと言うシリアス展開だったので、ちょっと軽すぎないかって思ってしまいました。あー、でも一人称だからシリアスっぽさを軽減させたのかー……、どうとでも取れるけど、つまり私はシリアスが足りないんじゃないかって思っただけです。
 母のメールはさすがです。
 キスのところ。『唇――柔らかく、塩辛いものが触れる。』<ダッシュが邪魔だと思いました。金城の唇に笠野の唇が触れたということは、塩辛いことは分からないです。それか、笠野の唇が金城の唇か舌――大人キッス――したのか。どうとっても分かりにくい感じ。ここで、『唇に柔らかな感触。体中にレモン一〇〇個分のビタミンCが駆け巡るッ!』と書きたくなったのは、私です。

 その他どうでもいいこと。
 作者さんの言うように全然エロくない。
 まー、男女が一つ屋根の下でそういうシチュだと、ああなるのはお約束ですものね。じつは、本当にあることってのも事実だったりして。

 最後に。
 ところどころ、お前に言われたくねえと思われるような書き方をしているところがあるかもしれません。寛大な心で見守ってやってください。
 文章の参考にさせていただきます。
 最近、三人称の一人称視点で間接話法(しにがみのバラッド。みたいなの)を多用するのが億劫というか敬遠してるというか――一人称にしようかと踏ん切りを立てようかと考えさせられました。
 執筆、お疲れ様でした。
 去。


龍咲烈哉さんの感想
 お疲れ様です、龍咲と申します。拝読しましたので感想をば。

【タイトル】
 シンプルな割に印象的なタイトル。「スロー」ではなく「スロウ」だったのが個人的にツボでした。

【人物】
 金城(俺):適度な投げやり感、適度な距離感がライトノベルの主人公っぽいですね。あまり弾けていませんが、だからこそ安心して読み進められます。

 笠野二葉:無口で無愛想な美少女。そしてツンデレ化。しかも照れ。これは萌えだ、萌え以外の何物でもない! 本来なら声を大にしてそう言いたいのですが、左足に障害を持つ『障害者』でもあります。障害は個性だと言う人がいますが、個人的にそれは違うんじゃないのと言いたいですね。

 琴平小枝:名前が可愛いですね。彼女の行動や思考が、現実の存在に一番近いと思います。途中からちょっと空気化。あれ? もしかして当て馬?w

 直江:こいつの登場の仕方は上手いですね。事前にちょろっと名前を出しておくだけで、サブリミナルのようにすっと物語に彼の侵入を認めてしまいますから。物語が進んでいくうち、彼がその鍵を握っていることが判明。もうね、こういうキャラ大好きですわ。

【文章】
 例えて言うなら、作中にも出てくる雨。そんな印象を与える文。分かりにくいですね。すみません。
 表面的な事を言えば、とても素直な文でした。技巧に走ることも少なく、それゆえストレートに事象が伝わってきます。
 ほんの少しの誤字脱字さえなければ、ぱーへくとだったと思います。

【構成・ストーリー】
 静かな序盤で物語が幕を上げます。どこにでもありそうな、僕にとっては懐かしい風景。
 ごくごく普通の男子である金城と、彼に想いを寄せているらしいごくごく普通の女子、琴平。そして、ごくごく普通じゃない左足を持つ無愛想で辛辣な少女、笠野。三者がきっちりとキャラ立てしており、冒頭段での掴みはばっちりだと思いました。
 
 ストーリーはそのままゆるゆると進んで行きますが、その中で金城と笠野の距離がどんどんと縮まっていくのは、お約束ながらもじんわり来ますね。彼らを近づける小道具として階段を選んだのは正解だったと思います。ラストにプチハグとはw いい!
 そして! そしてキス!! うわあああ!!

 キス後のぎこちない雰囲気はお互いを意識してのもの。図書館で流れる微妙な沈黙がはがゆい。これは萌ゆる!
 そして一緒に雨宿りイベント……これ駄目。死ぬ。浴衣は反則。添い寝も反則です。しかし、金城の告白を拒絶。これはストレートになりがちだった物語に一本横糸を通す意味で良い展開でした。

 その後の、直江との語らい。個人的には本作品で一番興味深く読めた展開でした。それが、空気だと想っていた直江との、意外に深い人間観だったので余計に魅入られてしまいましたね。
 直江が盲目の彼女にお使いを頼むシーン。おそらく賛否両論出るでしょうが、普段障害者に関わる機会が多い龍咲としては、こういう光景がもっと見られると良いのに、という思いでいっぱいでした。

 笠野が金城に惹かれる過程を、もう少しゆったりにして欲しかったなあと思いました。小さなアクシデントから垣間見えた金城の何気ない包容力……この展開でも十分に美味しかったのですが、個人的にはもじもじ感や焦らし成分がもっと欲しかったので。

 さて、この作品が物語として成立する上で、一つ見過ごせないツッコミをさせてください。
 それは、笠野は杖を持っていないのだろうか? ということ。
 T字杖、四点杖。松葉杖、サイドケイン、ロフストランド。そしてプラットフォーム……世の中には様々な杖がありますし、下肢の骨折なら当然何らかの杖の使用を進められるはずです。そうでなければ、彼女の場合は支持脚である右の膝に過度の荷重がかかり、OA(変形性膝関節症)などの二次的障害が出てきてしまいますので。

 と、野暮なツッコミはここまでにして。
 
 最後の何度も何度も繰り返される「いいよ」。まさに珠玉のセリフだと思います。
 締め方も、タイトルを連想させるものであり、同時に金城と笠野のこれからを連想させるものでありました。
 
【エロス%】
 0%。 泊まりのシーンはドキドキしましたが、貴作は敢えてこう評したいです。

【総評】
 ベッタベタの描写と展開。なのにめちゃくちゃ萌えさせて頂きました! 個人的には、読んだ作品の中で萌え作品ベスト1です(ちなみに貴作を一番最後に読んでいますw)。読後感もすっきり、ちょっとホロリ。

 
 以下は龍咲ポイントと呼ばれる戯言です。

>動かない左足を重たそうに引きずりながら、えらく緩慢とした速度で
 読んだ瞬間、タイトルを髣髴とさせる描写だと思いました。

>笠野二葉は左足を動かすことができない。
 筋肉自体が全く動かないstageT? いやいや、杖ナシに足を引きずって歩いている描写があるし、Wあたりか……とマニアックな推測をしてしまう馬鹿一名。途中で骨折だと分かると、まあ膝蓋骨とACLは間違いないだろうけど大腿骨もやっちゃったんかな、複雑骨折と筋の拘縮もあるだろうなと更に突っ込むアホ一名。

>笠野はクラスで一番顔がよくて〜それよりもまず、『障害者』という属性が先行してしまうからだ。
 鋭い文だと思いました。

>「だ、駄目」
>「そ、そんなわけないでしょっ。変態!」
>「このスケベ馬鹿視死ね!」←只今五時です

 分かった。作者様は活字で核爆弾を作るつもりなんだ。そうに違いない。

>クラスの内にも外にも顔が広い直江と友人関係を続けていれば、少なくともクラスの中で孤立することはない。
 打算的で計算高い、高校生のリアルな胸の内を描く一文。

>とりあえず彼女におざなりの慰めをかけようと顔に笑顔を貼りつけ――あれ?
 笠野に恋をした途端、他の女に愛想を振りまくことが出来なくなった描写と予想。だとしたら細かいなあと感服。

>笠野は俺にちらりと目線をくれると、見る見るうちに顔を紅潮させ、慌てて鞄から文庫本を取り出し、それを広げて顔を隠した。
 自分からちゅーしたくせに! このこのぉ! ……何か涙出てきた……。

>「――そんなの、俺が努力すれば済むことじゃねぇか」
 リアルな事をいうと、これ系のセリフ、障害を持つ方は嫌うみたいですね。自分のために相手が頑張る、と負い目になるそうです。

>「うん? するよ? でもクリスマスは駄目。彼女と会うから」
 なにぃいい! 直江、貴様! そこになおえ! うん、これが言いたかっただけです。

 アホなポイントで締めだなあw
 でもいいや。
 最後に一言。
 あなたの作品が、最後の作品で良かった。本当に良かったです。
 ありがとうございました!


童貞仮面さんの感想
 れ、恋愛ってこんな味なんでしょうか……。
 とか童貞コメント乗っけておいて感想を。

 テーマがまずいいですな。いいっていうか、まあ、陳腐なものですが高校生が主人公ですからねぇ。世の高校生たちに声を大にして言いたいテーマです。
 タイトルもよろしですね。「スロウダンス」
 ラストとの関連あっていいです。夫婦ってこういうもんなんでしょうか――おっとまた童貞コメントが。
 文章、文体については読みやすかったです。一気に読んでしまいました。100枚超なのに。コレは私的に凄いことです。
 キャラクターについてですが、いいなーと指を咥えていることしかできませんでした。ええ。
 金城については、ほとんど何もいうことがないんですが、あえていえば、「なんで俺はこういう風に生活できないんだろうな」という変な願望になります。
 笠野については、「こんなやついたらいいのにな。なんでうちの学校にいないんだろうな」というまたもや変な願望になります。
 直江君については、「何だこの野郎。いいキャラだぜ。なんでうちの学校に(ry」というさらに変な願望になります。
 いいですね、小説。こういう願望が幾らでも浮かんできますね。
 あぁ、琴平さんについては「いてもいいけどできれば関わってほしくないな」という金城と同じようなことを言い出しそうです。恐いんです、あなた(ぇ
 設定についての矛盾云々というのは――特にないです。誤字は高得点掲載前に直しておこうね!
 個人的に感銘を受けたというか、スゲーなと思ったのは笠野かな。よく考えたね! オラに集中力を分けてくれと言いたくなるほどでした。
 とにかくも。これ、ラブコメなんだかドラマにあるような恋愛ものなのか(体裁はラブコメで展開内容的にはテレビドラマっぽい感じ)別に判別つけようとはおもちゃいませんが、よくできてましたよ!
 限りなくライトノベルではないと思いますけれども。ゆーぢさんが仰ってるようにジュブナイルですか。そっちのほうがあってるように思えます。
 こういうのがかけてしまうぺぺろんさんに嫉妬しつつ感想を閉めさせていただきます。
 それでは。


ぷよさんの感想
 こんにちは。ぷよというものです。
 感想を書きます。
 文章能力については前の人も言っているので割愛。とても洗練されていて誤字以外非の打ち所がありません。同じワナビとしてかなりの嫉妬を感じました。
 ストーリーについて、大した起伏はなく、物語もベタです。特にシナリオ的な良さは感じませんでした。
 しかし、文章能力の高さでぐいぐいと読ませ、ヒロインが可愛いのでそれを追っていく感じになり結局最後まで行ってしまいます。なんとなく不思議な感覚を覚えました。
 ベタと書きましたが、足の障害というモチーフを使用したり、演出方法が秀逸だったりと、色々な要素がこの作品を盛り上げていたと思います。ひとつでも欠けていたらただの凡作なのに、個々の能力が非常に高いため、作品を秀作へと昇華させている印象を受けました。
 キャラクターについて。
 なんぞこのヒロインの可愛さ? 鼻血が出そうです。笠野ちゃん可愛いです。ぐわぁぁぁぁぁぁあ(悶)。
 足に障害を持っているという以外、ものすごくテンプレート的なツンデレで新しさはないのですが、もう本当に可愛かったです。たぶん、作者様の女の子の書き方が相当ツボにはまっていて、照れたときのかわいらしさなどが想像しやすかったことなどが理由でしょう。それにしても可愛い。出血過多で死んでしまいそうです。
残念だったところ。
 もう一人のヒロイン、琴平小枝が完全にただの当て馬に成り下がってしまったところ。彼女の書き方自体は非常によくできていただけに残念でした。笠野さんとは違う方面、かなり現実的な萌えを持っていたので。
 もうひとつ。
 なんだってこんなにエロくないんだ。本当にがっかりだ。枚数が多ければそれだけねっとりとしたエロが読めると思っていたのに。笠野ちゃんがいつ裸になるかパソコンの前で全裸で待機していたというのに、なんと言う虚無感だ! 松田ぁぁぁ何をしている!!!ふざけるなぁぁぁぁ!
 といことで、総評としては、文章で十点、笠野さんの可愛さで十点、演出の秀逸さで十点、エロによる肩透かしを食らったことにマイナス十点。下限25枚の中百枚越えの作品を投下した心意気に十点。総計30点です。


一言コメント
 ・とにかく感動できます。これならお金を払ってでも読みたいです!
 ・とにかくkanndousimasita
 ・爽やかで読みやすい作品でした。もう一度高校時代に戻りたくなりました。
 ・これぞ青春ドラマだね。
 ・すごく良かったです。心理描写が秀逸だと思いました。
 ・読みやすくてよかったです。
 ・感動しました。ほんわかした。
 ・面白かったです。あまりエロくなかったけどね!
 ・繊細な文章と、共感出来る最高のパフォーマンスに惹かれました。

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