高得点作品掲載所     アナグマさん 著作  | トップへ戻る | 


漢(オトコ)達の幼稚園

 あなぐま幼稚園の年長すみれ組から、歌が聞こえる。
「いっちねーんせーいになったーら、いっちねんせーいになったーら」
 オルガンの伴奏はなく、響くのはドスの効いた、ヤクザのような歌声。
「とっもだっちひゃくにん殺っれーるかな」
 ここはあなぐま幼稚園、弱者は生き残れない、無法の幼稚園……!



「――無法の幼稚園?」
 鉄棒に跨った短髪の少年が、口をへの字にして聞いた。
「ああ。通称『禁断の園』キンダンガーデンと呼ばれている」
 それをチラと見て答えるのは、髭がボツボツとしている、坊主頭。右腕に刺青の入った、大男だ。
 顔に入った刃傷をはじめ、体には古傷が多種多様に残っている。胸板は厚く、体そのものが「力」を感じさせている。
 ――とても、小学3年生とは思えない。
「どうしてそんなことが。そこの教員が、3つや4つのガキに悪事を教えているとでもいうのか」
「いや、奴等を指導できる教員なんて、そこにはいねえ」
「親のしつけか」
「それも少しはあるだろう……だが、無法地帯を作り出したのはあくまでもあいつらの意思が根底にあるんだ」
「……」
 一息、少年は眉をよせて考えた。
「ありえないだろ、そんなこと」
 考えれば考えるほど、ありえない話である。幼児が、暴力で悪逆を働くものか。
 鉄棒から飛び降りて、煙草を咥えた坊主の少年を見据える。
 自分を見据えている少年を気にも留めない様子で、坊主頭を右手で撫ぜながら煙草を口から離した。
「ありえるかもしれないぞ。例えば――」
 夕暮れの空に飲み込まれていく、煙草の黒煙。
 少し、空気が変わった。短髪少年は、固唾を飲んで彼の次の言葉を待った。
「極悪人が生まれた時、ハナからその狂相を顔面や体型に反映させたり、狂人特有のイカれた行動を取るっていうのはよくある話だ」
「……」
「ある者は牙が生えていた、ある者は数字があり、痣が運命を示唆していたものもいたな」
 たしかに、悪魔にしても、鬼にしても、漫画に出てくる地上最強の男にしても、創作や伝説の中で、そういった設定は多様に見受けることができる。
「――そういう伝説に載るような輩が、そこに在園したってことか?」
 フフン、と鼻を鳴らした坊主頭が煙草の先端を鉄棒の端に擦りながら自分のいがぐり頭を掴み、呆れたような顔で言う。
「いや、そういう奴が大半だよ。あの園は」
「どうにも、信用はできねえな。冗談を言うような男じゃねえから真面目に聞いたが、いくらなんでも信憑性に欠けらあ」
「信じなくていいさ、ただ、話したくなっただけだ……」
「そいつはまたどうして」
「……この日になると、思い出すんだ。なんたって今日は奴の――」
 坊主頭は目元を暗くして、新しい煙草に火を着けようとするのを中断した。
「奴の――敬一郎の命日だからな……」
 坊主は、空を見上げながら、哀愁を漂わせつつ、そう言った。
 煙草に点火すると、息を一吹きして、鉄棒に寄りかかった。
 ――空はただ、果てしなく広がり、夕暮れのオレンジを称えていた。



「――おうおう、坊主ぅ、その熊さんのぬいぐるみよぉ、俺に貸してくれねぇかなぁ」
 サングラスをかけたいかつい園児が、気の弱そうな小動物的男の子からぬいぐるみをもぎ取ろうとしている。
「うぅ……やだ。ぼくのくまさんだもん」
「てめえ、この俺に逆らおうってえのか。え、いい根性してんじゃねえかおい」
 恐喝。幼稚園では頻繁に見る光景ではあるものの、このような威圧的恐喝は、通常の幼稚園ではお目にかかれないだろう。
「寄越さねえなら……」
 サングラス園児の腕が上がり、怯える幼児の顔を
「こうしてやる!」
 襲う。しかし、怒涛の拳は幼児の一寸前で停止した。
「よさねえか、グラサン野郎」
「てめえは、さくら組の……」
「敬一郎って言うんだ。まあ、忘れちまうだろうがな」
 敬一郎はグラサンの拳を弾くと、そのまま顔面を殴打した。
「――ショックによる記憶喪失でよ」
 敬一郎は今年の春、桜並木と共に編入してきた4歳児である。その屈強に鍛え磨かれた体には歴戦の傷が刻まれていおり、『さくら組の弁慶』という通り名はそこから来ているらしい。
 敬一郎は先ほどブッ飛ばしたグラサンの方に歩くと、熊のぬいぐるみを拾い上げた。
 怯える、小動物のような園児の元にそっと近寄ると、熊のぬいぐるみを差し出す。
「てめえの人形なら、てめえで守り抜けってんだ」
「……ごめんなさい」
 シュン、と落ち込む幼児。
 敬一郎は既にこの場から失せんと背を向けていたが、言葉を付け足す。
「ただ、渡さねえと根性見せたとこまでは、立派だった。強くなりな」
「うん、ありがとう」
 感謝の言葉に、背を向けたまま手をヒラヒラさせて返す。

「なにぃ、さくら組の奴に三島がやられただと」
 ゴリラのような巨体、腕に刺青を入れた男が目を細くした。
「へい、そこでノビています」
 報告をしたのは、ゴリラの部下。ゴリラは、こいつを含めて多数いる猿共の親玉ゴリラと言ったところであろうか。
「やった奴は」
「玲人から聞いた話では、さくら組の敬一郎って奴にのされたらしいです」
 さくらの弁慶、ゴリラも噂は聞いたことがある。なんでも今年編入してきたガキで、来た当初からあなぐま幼稚園の悪共を叩き伏せている、期待のニューフェイスだ。
「なるほどな、おもしれえじゃねえか」
「りゅ、龍二さん」
「ようし、いくぞ。てめえら着いて来い」
「ヘ、ヘイィ」

 敬一郎のお靴入れに果たし状が入っていたのは、その日の午後だ。
 ――けいいちろう これをみたらへびさんのところまでこい にげるな りゅうじ
「ふっ、果たし状たあ、古風な大将さんだぜ」
 受け取った敬一郎は、まんざらでも無さそうに鼻を鳴らした。自分の生き方が好きなため、同属嫌悪は無いようである。
 へびさんとは、園舎裏のことだ。蛇口にホースが付いたままとなっている水道を、誰からともなく『へびさん』と呼称するようになった。
 ただ、そこで決闘をする男共は、蛇ではなく悪鬼ばかりであろうが。

 そのへびさんの前で待っていたのは龍二と、その取り巻き実に12人。すべからく、午前の敬一郎の行動を知っている。
「よく来たな、弁慶」
 腕組みをした龍二が、敬一郎を見据えて言った。
「その名で呼ぶな。あんないかつい僧兵と一緒にされたかあ、ねえよ」
「ふふ、昼間は悪かったな。弱ええ奴をいたぶったってうちの者は、よくよく叱り付けておいた」
「ほう」
「俺はここのやり方が嫌いでね、弱者が強者に媚びるのは良いが、強者は弱者に横暴を振るっちゃあならねえ。そう、思ってる」
 敬一郎は意外だな、と言ったように龍二を見て、
「にしちゃあ、数が多いじゃないか。ひぃふぅ……いっぱいだ」
 敬一郎は十まで数えられる。そして、長年の(48ヶ月ほど)経験から、目の前にいる奴等が報復に来ているということも理解していた。
「安心しろ、俺とお前のタイマンだ。こいつらには手ぇ出させねえ」
 またも、驚愕の色を見せる。今度は、少し気に入ったという雰囲気の漂う目付き。
「全員同時でも構わねえが……」
 敬一郎は、自信の塊か、不敵な笑みを見せる。
「たしかに、結果は変わらねえ、ただ俺がすっきりしねえからな」
 龍二も、ニヤリと口の端を上げる。彼もまた、自信の塊なのだろう。
 とにかく、同時に走りこんだ。振りかざすのは、己が拳。

 それから、龍二の部下の人数ほどの分数は経っただろうか、生き絶え絶えに、二人は立っていた。
「ハア、ハア、」
「ハア、ハア……フンッ」
 瀕死状態の敬一郎の顔面を、龍二が殴打する。
「ハア、ハア」
「ハア、ハ……ッ」
 敬一郎の拳が、瀕死状態の龍二を貫いた。
「なかなかどうして……ゴフゥッ」
「てめえこそ……」
 今にも倒れそうな二人の足は、生まれたての子羊のように震えている。
 普通の幼稚園生ならすでに倒れているだろう。
 ――いや、そもそも、こういう事態に陥らないだろう。
「……」
 敬一郎の鋭い笑み。無言だが語っていた。
「……」
 それに答える、龍二の笑み。
 走り寄る二人の園児、交差する拳、互いの頬を打ち抜く。
「り、龍二さん……」
 ――立っていたのは、敬一郎だった。
「て、てめえっ」
「よくも龍二さんを」
 激高する幼児達に敬一郎は「かかってこいよ」のポーズ。今にも倒れそうな、満身創痍の体で……
「てめえら、待ちやがれ」
 ――静止したのは、龍二だった。
「負けたよ、弁慶」
「その名で呼ぶんじゃねえ」
 ニヒルな笑みを浮かべたのは龍二。
「てめえの拳から、俺と同じモノを感じたぜ」
 呆れたような顔の、敬一郎。
「なんだそりゃあ、気持ち悪いな、ホモか」
「弁慶よぉ……てめえ、強い奴と戦りてえんだろ、そして、気持ち良く生きない男は気に食わない」
「……どうかな」
「だとしたら、酷く自己中な野郎だぜ。てめえが強い奴ブッ飛ばしたら、そいつは気持ちよくなれねえじゃねえか」
 図星だった。敬一郎は何故だか力が抜けて、龍二の横に倒れこんだ。
 同じように倒れた二人。敬一郎は龍二に問いかける。
「……お前は?」
「俺はお前に負けてねえよ」
「フフ」
「ヘッ」
「「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ」」
「敬一郎よぉ、俺と一緒に来ないか、強い奴ブチのめすついでに、この園変えるってえのはどうだ?」
「この園を変える――つまり園の頂点に立つってことか?」
「おうともよ、強い奴適当にブン殴ってりゃあ、この園の頂点行けんべ」
「そうかもな、だが……」
「なんだよ」
 口を尖らせる龍二。それに向いて敬一郎は真顔で皮肉を言った。
「頂点取ったらどうする、俺とお前は互角なんだろ?」
 ポケットから煙草を取り出した龍二は一言
「――お前の好きに決めろ。切り開いたのは、お前の拳だ」
 その表情は嬉しそうでもあり、悔しそうでもあるが、兎に角認めていた。

 ――こうして、敬一郎があなぐま幼稚園の頂へと登るための戦いは始まった。
 しかし、それはまだ、デスマウンテンの登山口の登山口に足を一歩踏み入れたのみに他ならない。
 暗雲渦巻くこの幼稚園には、未だかつて見たこともないような地獄の野獣達が息巻いているのだから……

●作者コメント
 むしゃくしゃしてやった。反省はしていない。ドラえもんが助けてくれると思った。


この作品が気に入っていただけましたら『高得点作品掲載所・人気投票』にて、投票と一言感想をお願いします。
こちらのメールフォームから、作品の批評も募集しております。

●感想
エルスさんの意見 +50点
 ちょ、敬一郎命日って何があったんですか!!!!!! 初めまして。エルスと申します。
 こういう熱い作品は大好きです。漢は拳で語り合い、分かり合ってなんぼですね。しかし幼稚園児。時々幼稚園児。めんこいです。
 誤字が一カ所(生き絶え絶え)あったのがちょっと残念ですが、続編を期待するので50点です。
 これからも頑張ってください。


いさおMk2さんの意見 +30点
 こんにちは、いさおMk2でございます。
 漢(オトコ)達の幼稚園、拝読致しましたので拙いながらも感想など書かせて頂きます。

 作者様の前作、『ジェンダーX』に衝撃を受けておりましたゆえ、今作にも期待しておりましたが、ぶっちゃけ期待以上でした。
 漢のアツい闘いと、その後に訪れる友情。まるで少年ジャンプのような熱血展開でありながら、所々に挟まれている幼稚園児テイストが非常にツボにはまりました。
 エルスさんが仰っている
『時々幼稚園児』というお言葉が実に的確ですねw

 前作において、小生は「主人公が強い理由が欲しかった」という指摘をさせて頂きましたが、今回はアレですね。屈強な園児達という謎設定をあえて放っておく事によって何とも言えないシュールな雰囲気を作り出していて、素晴しいですね。感服しました。そういえば『キンダンガーデン』にはいきなり笑わされましたw
 
 そして、この超投げっ放しなラストにも笑わせて頂きました。
 結局敬一郎どうしたんだよwww
 もう、色々と突っ込みたいのですが、なんだか突っ込んだら負けるみたいな気がしております。

 とにかく快作であり、怪作でありました。大変楽しめました。
 乱文、ご容赦を。
 次回作にも期待しております。


ゆき雪さんの意見 +20点
 こんな幼稚園の半径二キロメートルには住みたくない!
 どうも、ゆき雪です。感想を書きにきました。それでは早速……


 これは新しいですね。ヤクザな幼稚園、怖可愛いですw

 内面の一つで、園児のセリフに沢山の漢字が使われていて、少し堅い印象を受けました。雰囲気を作るのには一役かっていましたが、幼稚園児の姿は意識しないと浮かんできませんでした。この作品を読んだあと、セリフを全部平仮名にしてもう一度読んでみたいです。

 それから、たまに出てくる幼稚園児らしさが面白かったです。特に果たし状と(48ヶ月)のところはツボでした。


 最後に終わり方です。
 ……敬一郎に何があったんだろう? はじめに読んだときは、無惨にも散っていく敬一郎、バッドエンドを想像したのですが……少し悲しいですね。
 敬一郎に敬礼(´¬`ゞ

 それでは、失礼しました。


狛犬白さんの意見 +30点
 初めまして、狛犬白です。
 読ませていただいたので感想を書きたいと思います。

 盛大に笑いました!!
 もう、設定が凄まじいですね。なんという、幼稚園! 大人たちは、本当に何をやっているんだ!!
 突っ込みたいところは他の方々同様に多々ありますが、この作品においては野暮ですね。

 最初に出てきた小学生は、龍二君なのでしょうか?
 それと敬一郎君の命日って、一体何が起こったんでしょうか?

 続編があるのだろうと期待しています!!
 これからも頑張ってください。


多加枝鋏見さんの意見 +20点
 どうも、アナグマ様、タカエダです。
 先日はお世話になりました(これのあとで見ると怖いセリフ)。
 拝読いたしましたので感想をば。

 これは面白いwww
 男塾の香りがプンプンしつつ、しっかり幼稚園。
 幾度となくツボりました!

 果たし状が全平仮名でしかもヘビさんてwww

 続編、出たみたいですね、後に伺います。
 敬一郎と龍二の命運や如何に!


マイヤーさんの意見 +20点
>むしゃくしゃしてやった。反省はしていない。ドラえもんが助けてくれると思った。
 に引かれて読みました。
 プロローグとしては、タイマン勝負から始まるという奇想天外な書き出しで、両雄の出会い編という事で理解します。

 マイナス10点 完成していない。
 各巻130頁、全5巻、番外編合わせて1,000頁の冒頭だけですよね?
(いや、全25巻、十年のライフワークになるかも)
 これだけだとアニメ15分にもなりませんから、最低1クール13話として、後25話作ってください。
 なお、別に劇場公開版の場合には最低1時間30分のストーリーが必要です。

 マイナス5点 美少女萌えキャラがまだ出ていない。
 萌えキャラがどう出てくるのかを興味シンシンで期待してます。
 敵方の大将なのか?
 両雄の取り合い(北斗の拳?)などという安直、安易な展開を期待します。
 だって、幼稚園児ですもん。考え無しに先に行動するのが幼稚園児の特権です。
 すぐに好きになる。すぐに嫌いになる。大人の常識を超えた単純行動が笑えるはずです。

 マイナス5点 微エロ路線がまだ無い。
 当然の事ながら、巨乳系、お姉さん系、メイド服も欠かせません。
 作者の力量が問われます(取り合えず出せば絵になる)
 幼稚園児で巨乳系って、どんな絵になるんだろう?。見てみたい。

 マイナス10点 笑いがまだ取れていない。
 ヤクザな幼稚園児という設定だけで笑いを取ろうとする気持ちはわかるのですが、この先、それだけでは少し弱い。
 メインキャラはこれで良いと思うので、主人公と絡むサブキャラ次第でしょう。
 サブキャラの言動と対比する事で主人公の魅力が引き立つと思います。

 なおこれは希望ですが、サブタイトルは
 「クレヨンしんちゃんをぶったおせ!」でお願いします。


あかさんの意見 +30点
 読ませてもらいましたので感想を。

 なんじゃこりゃあ、です。

 文章力とかそんなの評価に関係ないです。
 面白かったので30点にしました。


オペラ座さんの意見 +10点
 独自の世界観に有無を言わさない発想と展開は凄く良かったです。
 しかしこれで終わり? という感じは拭えません。
 なんで敬一郎は死んじゃったんだろう。その辺が作品のミソなのかと思ったら投げっぱなしで終わってしまった。
 いっそ冒頭の敬一郎の命日云々は不要だったのでは?

 ところどころのギャップで笑いを誘いました。センスを感じます。
 なので余計に、冒頭と顛末をきっちりして欲しかったです。


blackcatさんの意見 +40点
 読んでいてとても、気持ちがよかったです。男の友情とでも言うんでしょうか。
 戦いの間に女は要りませんよね。出来れば続き読みたいです。
 この作品に、とても愛を感じました。
 この後の展開に目が話せないです。


wobさんの意見 +20点
 こんにちは、wobです。
 作品、読ませていただきました。
 今更になってしまってもうしわけありません。
 わたしも男と男の拳のぶつかり合いは好きです。さらにステゴロは基本ですね。
 幼い子どもとやりとりのギャップがおもしろさを引き出していると思いました。
 ただ、この作品ですと連載物のプロローグという感じですね。そこが少し残念です。
 個人的には水道の蛇口につけられたホースを「へびさん」と呼ぶところがどこか子どもっぽくて好きです。
 おもしろいお話をありがとうございました。


じゃっくさんの意見 +20点
 笑いました。続き待ってます。
 でも萌えが無かったのが残念です。
高得点作品掲載所 作品一覧へ
 戻る       次へ