高得点作品掲載所     カナイさん 著作  | トップへ戻る | 


美食家が集うアパート

 弘之は宙に縛りつけられていた。
 自分の置かれている状況が分からなかった。両うで。両足。胴。腰。股間。束縛感が全身を隙間なく塗りつぶしていた。
「起きたの」
 ぼやけていた視界がはっきりしてきた。暗闇の先に誰かがいた。
「な、なんだあんたは。それにこの鎖は一体」
 首から下にまんべんなく鎖が巻きつけられている。全ての鎖は天井に向かって伸びているらしく、弘之の体を空間に固定していた。
「もう行かなきゃいけないの」
 女の子は言い捨てるように告げた。年は十歳前後だろうか。ボサボサな髪からのぞくうつろな目に、何故か弘之は引き付けられた。
「待てよ! あんたが俺を縛ったのか?」
「ちがうわ」
「じゃあ誰だよ。なんで俺はこんな目にあってるんだ!」
「理由なんてないのよ」
「なに!? そんな言葉で納得出来るか!」
 部屋の壁は石造り。手入れなどされていないのか、組み上げられた石材は傷んでところどころ欠けていた。朽ちゆく過程にある部屋の姿からは、返って重々しい雰囲気が染み出していた。
「ところで、あまり騒がない方がいいわ」
「これが騒がずにいられるか。くそ、誰だよ……俺をこんなところに縛り付けやがったヤツは。あんたも見てないで助けてくれ!」
「助けられない」
「どういう意味だ!? そこの扉は開くのか? だったら外に助けを!」
 ただ一つ外に通じていそうなのは、女の子の背後にある金属製の扉だけだった。
「もう二度と言わないわ。騒がない方がいい」
「あんた、さっきから何を言ってるんだよ。何でそんなに冷静なんだ」
「活きがいいと……」
「活き? 意味が分からねえよ。……一体俺はいつまでこんな格好でいればいいんだ!」
「わたしは一年いた」
「なに?」
「一年、そこで吊られていたの」
「だから、意味が分かんねえって」
「文字通りの意味よ」
 女の子はあっさりと言った。感情は全くうかがえなかった。
「……嘘だろ? まさか俺も一年間いなきゃならないのか?」
「知らないわ。もっと短くて済むかもしれないし、長くかかるかもしれない。わたしの前の人は二年だったって。その前の人は三週間だったって。でも、一番不幸なのは一日で楽になってしまった人」
 一息にそう言ってしまうと、女の子はフゥとため息をついた。続いてアゴをなで始める。今の長ゼリフだけで疲れてしまったのだろうか。
「おい。もしかして俺に分かるように話す気がないのか?」
「あまり多くは話せないの」
 目を逸らされた。
(……どうする?)
 果たして信用出来るのだろうか。
(俺を誘拐してきたようには見えないが……怪しいのは確かだ。……ん? 待てよ。……そうか)
 なぜこの女の子の瞳に引き付けられたのか、理由が分かった。
(俺はこの子に気遣われているんだ。何故かは分からないけど)
 女の子の正体も、ここがどこなのかも、何故縛られているのかも、どうして黙らなければならないのかも、全て分からなかった。気付けたのは、女の子の気遣いだけ。
「せめて教えてくれ。誰が俺を縛ったんだ?」
「キミの後ろにいるヤツ」
 ゾクリとした。
 背後で、指名された何かの気配がふくれ上がった。
 今までいることさえ気付かなかった。しかし、弘之が意識した瞬間に、すぐ後ろの何かは部屋全体を支配していた。
「何なんだよ……。何がいるんだよ」
 生暖かい空気が首に触れた。弘之が後ろの光景をなんとか確かめようと身をひねっていると、扉の閉まる重い金属音がこだました。
 前を見ると、女の子はもういなかった。


 弘之は宙に留まり続けた。
 この部屋に入れられてから得た有益な情報は、「騒ぐな」という『あの女の子』からの助言だけだった。
 起きて、また寝るだけの暮らし。しゃべることなどない。沈黙だけが仕事。
 何も光源はないはずなのに、目は働いていた。ただし、見ることが出来るのは『あの女の子』が出ていった扉くらい。鎖が邪魔で首はあまり動かなかった。何故か、何日過ごしても空腹や便意を感じることはなかった。
 背後には常に『何か』がいた。目で確かめることは出来ないが、「いる」ということだけは分かった。聞こえるのは、何かがうごめく音のみ。ご機嫌をうかがえる耳だけが武器だった。
 弘之はその『何か』に観察され続けていた。


 もうどのくらい宙に吊られていたのか、正確な日数は分からなくなっていた。
「え?」
 いつものように目を覚ますと、弘之は見慣れない光景の中にいた。かびの臭いが鼻を刺激する。嗅ぎなれていた鎖の鉄臭さがいつの間にか消えていた。
「ちょっと! あんた何なの! 私をこんなところに誘拐してどうする気よ!」
 どうやら弘之に話しかけているらしかった。
「……あんたこそ誰だよ」
「はあ!? なによ! あんたが私を吊ったんでしょ? 他に誰がいるってのよ!」
 空中で騒ぐ少女。鎖でがんじがらめに囚われていたが、隙間からセーラー服が見えた。女子高校生だろうか。
「そうか。交代したのか。俺は一ヶ月くらいで済んだらしいな」
 声が出しにくかった。『あの女の子』も同じだったのかもしれない、と弘之は考えた。
「ちょっと。聞いてるの?」
「……一つだけアドバイスしてやる。騒がない方がいい。俺も、たった今知ったんだが」
 女子高校生らしき少女は、少し前までの弘之と同じように吊られていた。その奥に、一ヶ月ほど弘之を観察し続けていた何かがうごめいている。今なら正体が分かった。
「騒がずにいられるがわけないでしょ。さっさとこの鎖を解きなさいよ!」
「俺には無理だ。とにかく、騒ぐな」
「ふん。騒いだら殺すとでも言うつもり?」
「んなわけあるか」
「な、なによ。だったら何のつもりなの? 私に何の用なのよ」
「あんたがどこの誰だろうと関係ない。……そいつの前ではな」
 巨大なクモが足を動かしていた。
 部屋は完全な正方形ではなく、後ろの壁に隙間が空いていた。横に伸びた亀裂は大人一人を楽に引きずり込めそうなほど大きかった。
「どういう意味よ」
「すまんが、あまり話せそうにない。怖いんでね」
 八つの目が光を反射していた。
『あの女の子』も多くは語らなかった。その理由が今なら理解出来た。
 転がされていた身を起こすと、弘之は扉の取っ手をつかんだ。さび付いた感触が気持ち悪かった。
「どこに行くつもりよ。やだ、置いてかないで!」
「だまっていれば助かるかもしれない。少なくとも、俺や『あの女の子』はそうやって生き延びた」
「だから、意味わかんないっての!」
 クモがどこか期待した様子で足のうごめきを速くした。その姿を見て、弘之は半ば確信した。
(この子は合格かもしれないな……)
 大グモは『活きがいい』獲物しか食いたがらないらしい。もう何年も食べていないそうだから、いい加減空腹だろう。
「な、なによこの音は……」
 原っぱの草がざわめくような音が鳴っていた。しかし、部屋には草など一本もない。心地よい風もない。あるのはとても長い足くらいだった。
(どうする?)
 何もせずに部屋から出て行けばこの女子高生は確実に死ぬ。
 見捨てた方がいい。余計なことをすれば弘之の身も危険と思われた。クモの気が変われば、またあの鎖に捕まってしまうかもしれない。逃げる方がかしこい。
(……頭では分かってるんだけどな)
 大グモが恐ろしかった。まるで釣り竿のように、硬さとしなやかさを感じさせる足。ジャンプ力がどれほどなのかは分からなかったが、その気になれば弘之など簡単に捕獲出来そうだった。
 クモの威圧感あふれる目が全て弘之に向けられていた。食品検査の邪魔をするな、と言われているような気がした。
(あの『女の子』も、同じ怖さを感じていたのか)
 弘之がここへ来た時に『あの女の子』が置かれていた状況。全く同じ位置に、弘之は立たされていた。
(『あの女の子』は動揺する俺を見捨てなかった)
 もう二度と会えないかもしれない。
 でも、もし会えたなら。その時、この女子高生を見捨てていたなら。
 果たして顔向け出来るのだろうか。
「黙れ、このバカ。殺すぞ」
 自問した答えが、これだった。
「なっ!」
 女子高生があからさまに怯んだ。状況からして弘之の言葉は冗談に聞こえなかったはずだ。
「もう二度と言わない。黙るか死ぬか選べ」
 身を震わせながら女子高生は黙っていた。弘之はもう何も言えなくなった。クモの怒りはそろそろ頂点に達するだろう。
「……この音」
 黙ったことで、自身の背後に潜む何かに気付いたようだ。
(もう大丈夫だろう。それに、もうこれ以上は助けてやれない)
 取っ手をつかむと、弘之は急ぎ部屋を出ていった。


 目の前には暗い階段が続いている。先ほどまでいた部屋と同じく石で出来た階段だった。足早に歩き始め、下に降りていく。
 乾燥した空気は冷たかった。くつ音は階段に吸い込まれたように静かだった。五段くらい先までしか見えないほどに暗い。このわずかな光がどこから差しているのかはやはり分からなかった。
(この先は本当に出口へ続いているのか?)
 しばらく歩いた後、ふと疑問に思った。なんとなく大グモの部屋から出れば外に出られるものだと思っていた。しかし、いくら進んでも出口らしいものは見えてこない。
「え?」
 くつ音が急に変わった。
(階段が急に軟らかくなった? ……ちがう、これは砂だ!)
 気付けばいつの間にか足が階段に埋もれていた。瞬く間に膝、腰まで砂に浸かってしまった。
「くそ!」
 飲み込まれそうになる体を必死に支えようとする。両手を砂に突っ込み、足を踏ん張らせた。しかし、砂は滝のように下へ下へと流れていった。
「な、なんだここは!?」
 気付けば弘之は、すり鉢状の凹みの内側にいた。平坦な砂地に巨大な三角錐を押し当てて形を作ったような穴。
(く、くそ! これじゃ動きようがないじゃないか!)
 弘之は斜面で埋もれていた。
「早かったのね」
 聞き覚えのある声が耳に届いた。
「え? あ、またあんたか」
「グウゼンのタイミングね。わたしも今回は一ヶ月くらいで終わったわ」
 上を見上げると、暗い部屋の中に『あの女の子』がいた。髪も服も顔も、全身砂まみれだった。恐らく少し前まで弘之と同じような目にあっていたのだろう。
「なんなんだよ! どうして俺たちはこんなところにいるんだ!」
 叫ぶ弘之に対して、『あの女の子』は悩むような素振りを見せた。
「たぶん、ここはいろいろな怪物たちのアパートみたいなものなんだと思う」
「なんだって?」
「生き物は自分の力でエサを捕まえるわ。罠を張ったりね」
「クモとか……アリジゴクとかのことか?」
 すでに察しは付いていた。怪物の姿こそ見えないが、弘之が落ちそうになっている砂地は巨大なアリジゴクの巣なのだろう。穴の中心から縁まで十五メートルほどあった。
「虫はそれぞれの力でエサを捕まえる。でも、ここの怪物たちは違うわ。みんな協力し合って生きてる。お腹がいっぱいだったり、気に入らなかったりしたら、他の怪物に回す」
「どういうことだよ……」
「ここは怪物達が共同で使ってる『巣』なのよ。わたしたちはみんな、どこかで引っかかってしまったの。罠は学校に行く途中の道にあったのかもしれないし、夢の中にあったのかもしれない」
 自信なさげな声だった。きっと彼女にとっても推測の域を出ていない話なのだろう。
「俺は、ここに来る直前に自分が何をしていたのか覚えていない」
 それどころか、自分が今までどんな生活を送ってきたのかさえ思い出せなかった。自分の実年齢すら分からなかった。体格からして恐らく高校生くらいだろうか。
「わたしも。たぶんみんなそう。ほとんど何も覚えてない」
 弘之は巣の中心に目をこらした。いつ怪物が身を乗り出して砂をかけてくるか分からない。気持ちは焦るばかりだった。
「頼む。あんたは脱出できたんだから、こいつの好みも知っているんだろう? どう振る舞えば助かるのかまた教えてくれ!」
「平気よ。言ったでしょ。怪物に食べられない条件は、好みに合わないことだけじゃない。満腹でも怪物は食べないのよ」
 そう言うと、手に持っていた何かを突き出してみせた。
「それはハンカチ……いや、スカーフか?」
「わたしに大グモから逃げる方法を教えてくれた人の持ち物よ。端に血が付いてる。……ここで食べられてしまったのね」
「なに!?」
「だから、わたしも上に登る間に一度もジャマが入らなかった。登るのは大変だったけど、一ヶ月で出られたわ」
 淡々と言う姿は、少しさびしそうだった。
「そ、そうなのか」
 手にしたスカーフを見つめて、何かを考えているらしい。やがて彼女は、血の付いたスカーフを自身の首に巻いた。
「なあ、名前教えてくれないか? 俺は……弘之っていうんだけど」
 名乗ろうとして、気付いた。自分の名字が思い出せなかった。
「ハクア。だった気がする。もしかしたら違うかも。だんだん記憶が薄れてくるのよ」
「そうなのか……長居すると俺も記憶がなくなったりするのかな」
「知らない」
 どうでも良さそうに言われた。
「名前なんかよりも、生き残ることの方が大事よ。……はい」
 手を差し出された。つかまれ、ということらしかった。
「大丈夫だ。一人で上がれるさ」
「でも、時間がかかるわ」
「あんた十歳かそこらだろ。無理するなよ」
「いいから」
 弘之は少し考えた後で、つかまらせてもらうことにした。ハクアがいる場所は硬い床になっていて、踏ん張りが利くようだった。
 距離はギリギリだったが、なんとかハクアの手を握ることが出来た。
「……あんた、かなり力が強いんだな」
 あっさり引き上げられた弘之は、ハクアを上から下までながめながら言った。
「きたえられたのよ。ここで」
「きたえられた?」
「そう。お腹は空かないのにきたえた分だけ力は付くみたいね」
 ハクアは部屋の扉を開けた。ここも建物の外には通じていなかった。暗い廊下が続いているだけだった。
「どういうことだよ」
「キミは大グモが最初の敵だったみたいだけど、わたしは違ったの。ものすごく大きな鳥とかカマキリと戦ったりしてたわ」
「なんだそりゃ」
「スタート地点が違ったということ。キミは運がいい方よ。わたしはもう七年くらいさまよってるもの。……ああ、あれが次の扉ね」
「七年!?」
 ハクアは、すばやく扉を開いた。


 大して広くない部屋だった。大玉転がしの玉を十個も並べれば立つ場所がなくなるだろう。
 部屋はこれまでとは違う別の種類の輝きで満たされていた。
「ここは、なんとも鮮やかだな……」
 天井がチョウで埋め尽くされていた。
 大きさは扇を広げたくらいだろうか。チョウの羽は虹色だった。全ての羽が光を放射し、弘之とハクアを照らしていた。
「あざやかって、ジョークのつもりなの? ……けばけばしくて気持ち悪いだけだわ」
「全部チョウだよな?」
「ガでもチョウでも同じよ。お腹の中に入れられるなら」
「確かに」
「そこに何か書いてあるわ。どうする?」
 部屋の反対側にはプレートの付いた扉があった。取っ手をつかんで押したり引いたりしてみるが、鍵がかかっているらしく開かなかった。
「とにかく読んでみよう」
 弘之はプレートに書かれている文字を読んでみた。
「えっと、数学の問題みたいだな」

 ――726724は7で割り切れるか否か?――

「なるほどね。数学っていうか、算数なんじゃないの?」
「ああ。なんか書くものないか?」
「ないわ。筆算はできないから暗算で解きましょう」
 視界を何かが横切った。
「……ああ。って、あれ?」
 頭がぼんやりしている。うまく働かない。
 気付くと、弘之とハクアの周りで三匹のチョウが舞っていた。上を見上げると、さらに多くのチョウが降りてくる。
 同時に、弘之は視界が煙のようなものでさえぎられていることに気付いた。
「リンプン、ね。チョウの羽に付いている粉に毒があるの」
「なんだかすごく眠い……」
「……頭の働きを鈍らせる気ね」
 ずいぶんとシャクに障るチョウだ。クソ虫め。
 弘之は内心でチョウをののしりつつ、必死に計算しようとした。しかし、うまくいかなかった。
(待てよ……俺は簡単な解き方を知っている)
 思い出としてではなく、知識として。
 七で割り切れるか否か。
(答えは否だ。割り切れない)
 弘之は答えを確信した。
「割り切れるわ」
 驚いた。
 ハクア、適当なことを言うな。『726724』を七で割り切ることは出来ないのに。
 弘之はハクアをにらんだ。しかし、ハクアは自信ありげな顔で見つめ返してきた。
 割り切れない。確かに割り切れないはずなのに、弘之の自信は揺らいだ。
 ハクアは自分よりもはるかに長く怪物たちの手から逃れ続けている。
 弘之は、ハクアに賭けることにした。
「割り切れる……」
 答えた途端、弘之の意識は途絶えた。


 弘之は痛みで目を覚ました。
 一瞬、怪物に食われかけているのではないかと思ったが、刺すような感覚の正体は怪物のキバではないようだった。
「このバカ。息を止めるとか方法はあったはずよ。なんでモロに毒の粉を吸い込んだの」
 だんだんはっきりしてきた視界に、ボサボサの髪があった。長い前髪からのぞく顔は、ハクアのものだった。
「ハクア?」
 横になった弘之の隣に、ハクアが座っていた。
「ハクア? じゃないわ。何のんきな声出してるの」
「ここは、どこだ?」
 体をがんばって起こすと、遠くの部屋が虹色に輝いていた。恐らく先ほどまでいた部屋だろう。次のディナー候補が来るのをあのチョウたちはまた待っているらしかった。
「扉が開いたから、キミを引っぱってきたの。本当に、つねっても起きないならどうしようかと思ったわ」
 ハクアがようやく弘之をつねり続けていた指を離した。
「そ、そうか。ありがとう」
 ハクアはそっぽを向くと、立ち上がった。
「もういいわ。行けるなら行きましょう」
「ところでさ。なんでさっきの答えが『割り切れる』だったんだ? あれは割り切れない数字だろ」
「そうね」
 弘之は立ち上がると、歩き出したハクアの後に続いた。しかし、ふらついてしまった。
「あ……もう少し休む?」
 立ち止まったハクアが聞いてきた。弘之はその問いに答えず、話を前に進めた。
「覚えていたんだ。三桁の数字を二セット重ねた、六桁の数字は、必ず七で割り切れるっていう法則を」
「そう。あの場合は『726726』を基準に考えるの」
「問題にあった『726724』は『726726』より二少ない。『726726』は七で割り切ることが出来るから、『726724』は七で割り切れない」
「そうね。でも、よく考えて。あの問題を解けば先に進めるなんて誰が言ったの?」
「……あ」
 弘之は驚いた。
「頭のいいエサと頭の悪いエサ。怪物はどっちを食べたがると思う?」
「味に違いなんてあるのか?」
「その辺りは彼らに聞かないとわからないわ。でも、あのチョウたちは頭のいい人間を食べたいと思っていた」
 ハクアはよどみなく言った。だが、弘之はハクアの言葉に疑問を感じた。
「なんでそう思ったんだよ。頭の悪いヤツが好みだった可能性もあるだろ?」
 ハクアは後ろの壁に寄りかかり、弘之の顔をまっすぐに見てきた。
「だったら、毒のリンプンで弱らせる必要なんてない」
「え……あ。ああ、そういうことか」
「彼らが食べたかったのは毒というハンデがあってもなお、あの問題を解ける人間よ」
「だから、わざと間違えたのか……」
 開かない扉。そこに問題文があったら、正解することで先に進めると思う。そういうルールがあるわけではないが、人の心理としてそう考えてしまうだろう。そこにつけ込んだトリックだったのだ。
 弘之は背筋が寒くなった。
 もしチョウの部屋に一人で入っていたらどうなっていたのだろう。
 例えばアリジゴクの部屋で、ハクアの手が届く位置に自分がいなかったら。ハクアが一人で先に行ってしまっていたら。
 なんとか自力でアリジゴクから逃れることが出来たとしても、自分はチョウの部屋で詰んでいただろう。冷や汗が出そうになる、「もしも」の話だった。
「何してるの。歩けるなら行くわよ」
「あ、ああ」
 なんとなく気付いた。
 似たような危機をハクアは今までに何度も乗り越えてきたのだ。経験豊富。だからこそ冷静に「誤答」することも出来た。
 この先にもまだあるかもしれない。怪物たちとの化かし合い。向こうはいかに美味いエサを見つけられるか。こちらはいかに不味いエサを演じるか。
 一人では無理だと思った。勝ち残れそうにない。
(でも、ハクアと一緒なら……)
 生き残れるのではないだろうか。
 前を進む小さな背中が、やけに頼もしく思えた。


「本当に大丈夫なの?」
 先導するハクアが弘之の様子をうかがってきた。
「なんとか歩ける」
「本当?」
「ああ。死ぬようなタイプの毒じゃないみたいだし、本当に歩けるから」
 そう言いつつも、弘之はまだ、ままならなさを感じていた。ハクアが振り返り、疑り深そうな顔で文句を言ってきた。
「歩けるだけじゃ困ることもあるの」
「危険なのはここで立ち止まっているのも同じだろう? 一刻も早くこの建物から出たいし、止まらずに進もう」
「止まって」
 ハクアが手を使って弘之を制止してきた。
「グハッ」
 ハクアは特に狙ったわけではないのだろうが、身長差がかなりあるためかミゾオチに入ってしまった。
「痛いだろっ」
「ここで廊下は終わってるわ。はしごで下に行かなきゃならないのね」
 無視されたことを不満に思いつつ、ハクアの視線を追うと、確かに廊下の先は行き止まりになっていた。穴がある。近付いてのぞき込むと、暗い穴の中にはしごが延びていた。
「そうか」
「休みましょう」
「え? だから、俺なら大丈夫だって」
「わたしが疲れたの。歩けるのならわたしを置いて先に行けば?」
「あ、あんた……」
 弘之は呆れた。確かにハクアにも疲れはあるのだろうが、どう考えても弘之のための休息だと思った。
「近くに気配はないから少し眠れそうね」
「気配?」
「怪物の気配よ。なんとなく、探れるの」
「すごいな」
「そうでもないわよ。……おくびょうなだけ」
 ハクアはそう言うと、座り込んだ。ハクアはのんきそうに大きなあくびをした。先ほどまで警戒心が全身からにじみ出ていたのに、大きな変わりようだと弘之は思った。
「ふうん。まあ、あんたが休むなら俺も休むさ」
 ハクアの正面に、ハクアと同じく壁に背を預けてへたり込む。眠気はすぐにやってきた。
 弘之は再び眠りの世界へ入っていった。


 弘之は鼻にくすぐったさを感じた。
「あれ?」
「もういいの? まだ二時間くらいしか経ってないけど」
「ん?」
 自分のアゴに何かが当たっている。
(肩……肩!?)
 弘之は、自分がハクアに肩を借りて寝ていたことに気付いた。
「どうしたの?」
「あれ、なんで俺の隣に……っていうか! 俺寄りかかってた!」
 気恥ずかしさを感じた。年下とはいえ、相手は女の子なのだ。
(い、いや……ハクアは小さい子供だろ。……でも……ハクアってなんだか大人びてるし。あれ? もう何年もここをさまよってるってことは、もしかして本当に俺より年上?)
 弘之は焦ってハクアから離れたが、ハクアは涼しげな表情で弘之をたしなめてきた。
「あまり大声出さないでよ」
「す、すまん……。で、なんで俺の隣に?」
「別に。ただ、そばにいた方がいいと思っただけよ。怪物が近くにいるから」
「え? ど、どこに」
「下」
「下って……はしごを降りた先?」
 ゾッとした。確かに、はしごを降りた先にも何かがいるだろうとは思っていた。しかし、ハクアにはっきりと指摘された途端に危険が現実味を帯びた気がした。
「そう。キミが眠った後、すぐに出てきたみたいね。まあ、わたしのカンだけど」
「勘って……」
「気配なんていうアイマイなものに自信が持てるわけないわ。でも、けっこう当たるのよ。動けるのなら行きましょう。ここにいるのも危なくなってきたわ」
 ハクアは立ち上がった。
「あ、ああ」
「わたしが先に降りるわ。落ちそうになっても支えてあげるから、安心して」
 ハクアは片足をはしごにかけると、両手ではしごの最上部をつかんだ。そのままスルスルと降りていく。
 弘之は寝起きの頭を振りながら、後に続いたのだった。


「キミ、よほど深く吸い込んだのね」
「すまない」
「途中で二回も落ちそうになったもの。眠くなるだけじゃなくてしびれる効果もあったのかも」
 はしごを降りた先には、橋があった。
 暗い円形の部屋に、七、八本の橋がかけられていた。それぞれは交差している。高低に差はあるので、全ての橋は独立していた。
「どうだろう。だるい感じはずっと続いてる。寝る前より多少はマシになったけど。……ここ、水場だな」
 飛び降りたりよじ登ったりすれば橋と橋の間を移動出来そうだが、水に落ちると危険そうなので試す気にはなれなかった。しかし、次の場所に移動する扉を見つける必要はあった。弘之は部屋の中を見回した。
「止まって」
「え? な、なんだこれ。剣?」
 二人がいるのは全ての橋の中でも一番上にある橋だった。その橋のたもと――はしごへの出入り口がある辺り――の壁に、出っ張りがあった。そこに剣が収められている。
「え? 剣?」
 何故か弘之を制止したハクアの方が驚いたような声を出した。
「ほら、壁にある奴。これ、ロングソードじゃないか?」
「そうみたいね」
「ってあんた。どこを見てるんだ?」
 ハクアはロングソードを一瞬見ただけで、視線を橋の先に向けていた。
「あれは……」
 ハクアが見つめる先に、大蛇がいた。ハクアは最初からこの蛇を見ていたのだろうか。
 蛇は自身の腹から尻尾までを橋に絡み付けていた。感情のうかがえない細い瞳で弘之とハクアをにらみつけてくる。
「蛇か?」
 恐らく人間くらいの大きさならば軽く丸呑みに出来るだろう。弘之は恐れつつ、はしごに近付いていつでも逃げ込める体勢を取った。
「そうだけど。目下の敵はそっちじゃないみたいよ」
 どうやらハクアが見ていたのはロングソードでも大蛇でもなかったようだ。
 鯨のように大きな蛇の正面に、人間がいた。
「へェ。二人来ちまったじゃねェか。こういう場合勝負ってのはどうなるんだ?」
 青年はやつれていた。
 泥にまみれて色あせた服。生気のない青い顔。妙に上ずったしゃべり方をしている。
 蛇が青年の耳元にウロコの光る顔を寄せた。舌がチロチロと口から出入りしただけにしか見えなかったが、青年には伝わったらしかった。
「ほゥ。先に降りてきた方ねェ。だとすると、そっちのチビっこいのが相手ってことになるが?」
 指差されたハクアは答えず、ただ青年を見つめていた。
「そこに剣があるだろう。取れや。そして、俺に斬りかかってこい」
「……なぜ?」
 ハクアは視線を逸らさずに聞いた。
「決まってるだろう。てめェもここまで下ってきたんだったらよゥ。この搭のルールくらい理解しているはずだが?」
「つまり?」
「そうだぜェ! 蛇は毒で獲物を弱らせてからジワジワ追い詰める。なァんてことと関係あるのかどうかは知らねェが、コイツは元気過ぎるヤツなんざ食いたくねェんだとよゥ」
 よく見れば青年の手元にも剣があった。ゆったりとした動作でロングソードを振ると、青年は不敵な笑みを浮かべた。
「俺の名前は星矢。お互い弱らせ合おうぜェ。理不尽さへの怒りをこめて! こんなくだらねェ戦いのために! 死力を尽くして楽しむんだ!」
 弘之は星矢の様子に嫌悪感を覚えた。
 狂ったように叫ぶ言葉も、メチャクチャに剣を振る腕も全て嫌な感じがした。
 しかし、ハクアは違ったらしい。
「……哀れね」
「はァ!?」
「ここに来るまでに味わった苦しみの数は簡単に想像できるわ。でも、正気を失ったら意味がない。道のりはどこまで続くかわからないのに」
「はッ。どこまで続くか分からねェだとォ?」
 突然だった。
 星矢が剣を構え、走り出した。
 ともすれば間違えて自分を斬ってしまいそうなほど、つたない構えで、ハクアに向かってきた。
「ここにいて」
 ハクアは振り返ると、壁にあったロングソードを外した。突っ込んでくる星矢に、ハクアは自分から歩み寄っていった。
「うりャ!」
 星矢がロングソードを振り回すと同時に、立ち止まったハクアが素早く一歩戻った。
 足場にぶつかる剣。
 キイィンという音と共に、星矢がバランスを崩した。しかし、ふらつく体勢からさらにもう一撃ハクアを斬りつけた。
「当たらないわ」
 ハクアはそれをあっさりとかわし、星矢の背後を取った。しかし、攻撃することなく後ろに引いて距離を取る。
「わたしに勝ってもまだ先があるわ。戦って、どうするの」
「先があるゥ? てめェ、もしかして気付いてねェのかよ」
「……どういうこと?」
 ハクア越しに、星矢は自分のロングソードでまっすぐ蛇を指し示した。
(いや、あれは蛇が守ってる扉に向けているのか)
 今までくぐってきたどの扉よりも大きな金属製の二枚の板。サイズ以外は何も変わらないようにも見えた。
 しかし、弘之は気付いた。今までの扉と決定的に違う部分。隙間から白い光が差している。扉の向こうには、これまでのように暗い廊下があるわけではなさそうだった。
「見ろよ。外の光! ここがラストなんだよ! ここで勝てば外に出られるんだ!」
「ま……さか」
 ハクアは驚いているようだった。
「分かったか? てめェをぶち殺せば俺は助かるんだ!」
 星矢がまたハクアに斬りかかった。しかし、ハクアは一歩引いただけで攻撃をよけた。ハクアの姿には余裕さえ感じられた。
「やめなさい」
「うるせェ!」
 剣を使わず、星矢がハクアに向けて蹴りを放った。しかし、これも当たらない。逆にハクアは星矢の軸足をぶっ飛ばした。
「やめなさいってば」
 星矢が硬い橋の上で転がった。
「う……クソ」
「自分の状態もわからないの?」
 星矢が、ハクアに一度も攻撃されていないはずのわき腹を押さえてうずくまっていた。
「……クソ」
「チョウのリンプン……じゃなさそうね。わたしたちとは違うルートを通ってきたの?」
 部屋が暗かったからだろうか。弘之は今まで気付かなかった。星矢のわき腹からは少なくない量の血がにじんでいた。
「クソッ。チクショウ!」
「服が濡れてるわ。もしかして下の水場に水路でもあるの?」
「てめェには関係ねェだろう!」
 星矢が何度もこだまするほどの大声で叫んだ。
「少しだまりなさいよ。……でないと……」
「うるせェッつッてんだろガキ。……ああ、なんで当たんねェんだよ」
 ハクアが弘之に視線を送ってきた。何を思ったのか、引き返してくる。星矢は追い討ちをかけてこなかった。
「もう、無理なのね」
 言われてから、蛇が長い体を伸ばして星矢に近付きつつあることに気付いた。どうやら食事の献立が決まったらしかった。
「こんなところで死んでたまるかよ!」
 星矢の行動に弘之は驚いた。剣を持ったまま、星矢は下の水場に飛び込もうとしていた。
「フハハハハハッ」
 星矢が、部屋の中を狂った笑いで満たしていた。蛇の目がギョロリと動いた。逃がしてなるかといった様子で橋の上の星矢に突っ込んでいく。
「きゃあ!?」
 蛇の体は大きかった。ハクアが蛇の突進に巻き込まれた。その瞬間、部屋全体を揺るがすほどの衝突音がとどろいた。
「おい! 大丈夫か!」
「……わたしは平気!」
 大蛇が人の飛び込んだ余韻の残る水面へと続いた。
 盛大な水しぶきが上がり、水音が耳に痛いほどにこだましてふくれ上がっていた。
 水で服が少し湿った。
 しかし、弘之はさらなる嫌な予感を覚えた。上を見上げた弘之は、はね上がった水にぶつかる天井がないことを知った。
(吹き抜けになってるのかよ!?)
 はしごに逃げ込む間を与えず、帰ってきた水が弘之とハクアを容赦なくびしょ濡れにした。


「サイアク」
 同感。
 着たまま服をしぼりつつ、弘之はそう思った。水はそれほど冷たくはなかったが、なんだか妙にヌメヌメしていた。
「まるでコケを溶かし込んだような水ね」
「ああ、そんな感じだ。気持ち悪い」
「ねえ。わたしが使ってた剣を知らない?」
「え?」
「さっきの騒ぎでどこかに行っちゃったのよ。この先にも使えそうだったのに……」
 弘之も辺りを見回してみたが、あまりにも暗すぎた。迷子のロングソードを見つける条件としては、かなり悪かった。
 ハクアを見ると、既に扉の方に注意を向けていた。ないものはないとして、あっさり割り切ったようだった。
「なあ。さっきの星矢って奴、どうなったと思う?」
 弘之は尋ねた。
「死んだでしょうね。どこで受けたのかは知らないけどあのキズは浅くなかった。蛇から逃げ切れる体じゃないと思う」
「そうなのか……」
「毒はまだ抜け切ってないんでしょ? 人の心配してる場合?」
「あんたが言うのかよ。戦っている最中、相手の心配ばかりしていたくせに」
 ハクアの顔が強張った。
 胸ににぎり拳を当て、何か悩んでいるらしい。
(ハクアは星矢を見捨てたくなかったんだな)
 弘之もハクアに救われた人間だ。ハクアに出会わなければ、大グモをやり過ごすことも出来なかっただろうし、アリジゴクから逃げるのも難しかっただろう。チョウの部屋では問題に正解してしまっただろうし、狂った星矢を倒せる自信も弘之にはなかった。
 弘之は遠回しに忠告したかった。あまり人を助けようとし過ぎるとすると、いつかハクア自身を滅ぼすことになるかもしれないから。
 弘之の真意にハクアが気付いたのかどうかは分からなかった。
 ハクアは指の先で自分のほおに触れ、ただ苦笑いを浮かべていた。
「その話、やめようよ」
「……なんか、ズルくないか?」
「行くわよ」
「無視かよ!? ていうか、え? 行くって、もう?」
「グズグズしてられないわ。万が一、星矢が逃げ切っていたらどうするの?」
 歩き出したハクアに続きつつ、弘之は考えてみた。
「……腹を空かせた蛇は、戻ってきて俺とあんたを戦わせようとする?」
「どういうわけか、あの大蛇は料理が嫌いみたいだもの」
「ああ、エサ自身に料理をさせる悪趣味には付き合いたくないな……」
 橋を渡り終えた。扉に鍵はかかっていなかった。
 当然のようにハクアが先導し、弘之たちは眩しい世界に入っていった。


 扉の奥へ数歩進んだ。
 白い世界は、白い不定形な怪物で満ちていた。

「無能ナエサダ」「貧弱ナエサダ」「阿呆ナエサダ」

 エサだと呼ばれた。

「薄味ナエサダ」「無価値ナエサダ」「惰弱ナエサダ」

 うま味がないということらしかった。

「怠惰ナエサダ」「非力ナエサダ」「愚鈍ナエサダ」

 本来なら食べるに値しない、骨と皮だけのエサなようだった。

「馬鹿ナエサダ」「痩身ナエサダ」「ダカラ、食ベヨウ」

 だからこそ、食べる価値があるのだと言われた。

 ハクアは弘之に言った。「一人で逃げろ」と。この世に怪物が食えないものなどないのだと、悟ったような目だった。
 ハクアは口元だけで笑っていた。自分だけさらに奥へ進み、無数に伸びる手に絡みつかれていた。
 抵抗することくらい出来たはずなのに、ハクアは戦わなかった。ハクアの両手は、自分が開いた扉を再び閉ざすために使われていた。
 鈍い音とともに扉が閉まったとき、橋の上はまた暗い世界に戻った。
 弘之の隣に女の子はいなかった。


「……は?」
 大蛇が水中に消えてからまだ一分くらいしか経っていない。扉のすぐそばに積もっていたほこりが、踊っていた。まだ扉が動いた直後だという証拠。
「なんで?」
 扉からは相変わらず白い光が漏れていた。その先に希望などなかった。何も変わらない。わけの分からない怪物がいるだけ。
(急いで扉を開けて助けに行く? ……有り得ない。人間が勝てる相手じゃない)
 これまでなんとか切り抜けてこられたのは、怪物の好みから外れるように振る舞ってきたからだ。
「なんで最後に、あんな怪物がいるんだよ……」
 怪物は弘之とハクアを無能だと見下していた。
(建物内のどの怪物も食べたいと思わなかった、クズの食材ということか。……そういうのが好みの怪物もいるのかよ)
 始めから出口などなかったのだ。もしかしたら扉の奥にあるのかもしれないが、弘之が見た無数の怪物を突破して前に進むことは出来そうになかった。
(タデ食う虫も好き好きってか? クソ……待てよ?)
 疑問がよぎった。
 最初に出くわした大グモは「活きのいいエサ」を求めていた。
 チョウは「頭のいいエサ」をほしがっていた。
 しかし、大蛇が食べたがっていたのは「貧弱なエサ」だった。
 ――「貧弱ナエサダ」――
 怪物のうち一匹がそう言っていた。
(貧弱なエサならもう大蛇が食べた後だぞ? ハクアは貧弱じゃない……言葉のアヤか?)
 弘之は答えの出ない問いを繰り返そうとしていた。

「いやあああああああ!」

 驚いて扉を振り返った。ハクアが苦しみに叫び声を上げたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「ど、どこだ?」
 壁にぶつかる叫び声が響き続けている。
「上か!」
 弘之が見破った時、巨大な着水音が空気を震わせた。
 同時に、弘之から三メートルほど離れた場所に何かが叩きつけられた。硬いもの同士がぶつかり合う音が鳴った。反動で橋に絡みついていくそれは、鎖だった。
「なんでこんなところに鎖が?」
 鎖は橋から離れそうにない。
「え? 誰かそこにいるの?」
 水の中に落ちた誰かが弘之に尋ねてきた。
「あ、ああ。大丈夫か?」
「全然大丈夫じゃないわよ……。本当にもう!」
「怪我とかないか?」
「知らないわよ! とにかく引き上げてくれない?」
 弘之は声のする方向へ目をこらした。
「引き上げるって言っても……」
「落ちた時に鎖が巻きついたでしょ? それを使って。反対側はわたしが持っているから」
「分かった」
 絡み付いた鎖をにぎり、腰を入れて引っ張った。
「いたっ。何なのよこれ……。ちょっとあなた! もう少し優しく助けられないの?」
 何か不満があったらしかった。
「何言ってるんだ。こっちはこっちで大変なんだよ……」
 ハクアのことを危機に陥っている時だというのに。弘之は急いで引き上げるべく、さらに強く引っ張った。
「だから、もっとゆっくりだって!」
 階層を成している橋を一つひとつ登ってきた人は、弘之が立っている橋まで登ってきた。
「ほら、もうここまでくれば一安心だろ……」
「安心なんか出来ないわよ。もうすぐここに……」
 ずぶ濡れになったその誰かの顔がはっきり見える位置になった。
「え? あ、あんた! 大グモに捕まってた女子高生!」
「そう言うあなたはあたしを置いて逃げたヘタレ!」
「ヘタレって言うなよ! ていうか、なんであんたがここにいるんだ? 俺が大グモの部屋から出てまだ半日も経ってないぞ。もう放されたのか?」
「脱出と言えばそうだけど……」
 女子高校生は何やら考え込んだ。しかし、弘之はもっと他に気になることがあった。
「あんた、手に持ってるその剣どうしたんだ?」
「これ? 登ってくる途中で拾ったの。暗かったから指をちょっと切っちゃった」
 ハクアがなくした剣。
「貸してくれ!」
「え?」
 弘之は剣をうばった。
「ハクア!」
 扉の取っ手をつかんで開け放った。
 途端に外の音がなだれのごとく流れ込んできた。

「無能ナエサジャナイ!」「貧弱ナエサジャナイ!」「愚鈍ナエサジャナイ!」

 怪物は白かった。長いうでが血にまみれたハクアに絡み付いていた。
「くそ!」
 ふみ込み、ハクアを捕らえるうでをなぎ払った。意外にも簡単に怪物のうでは斬り飛ばせた。しかし、代わりのうでなどいくらでもあるようだった。
「切りがないわ。逃げるのよ」
 ハクアの手をつかんで建物の中に引き返そうとした。体に白いうでが巻きついてくる。それでも弘之は、必死に逃げた。
「え? え? な、なんなのよコイツらは!」
 弘之が放さずに持っていた鎖を、今度は女子高校生が引っ張っていた。力を借りて、弘之とハクアはなんとか建物内に帰ってきた。
「ありがと。ぶざまね、わたし」
 ハクアが呟いた。
 扉を閉めると再び静けさが戻った。光が扉から差してくる以上、完全な密室ではないはずだが、外で騒いでいるはずの怪物の声は全く聞こえなくなっていた。
「ねえ。さっきの白い奴らはなんだったの? 向こう側が見えないくら一杯いたわよね? もしかしてこの建物の外にあんなのがウヨウヨしてるわけ?」
「落ち着くの」
 ハクアが女子高生をなだめた。
「落ち着くって……そうだ。問題は上にあるのよ!」
「上?」
 弘之が尋ねた。
「アイツが後ろの亀裂の奥に入ったと思ったら、いきなり鎖ごと引きずり込まれたのよ。落ち始めたらデカいクモがいたからビックリしたわ」
「亀裂の奥に引きずり込まれた? どういうことだよ」
「正確に言うと、亀裂の奥に本当に巣があったの。そこで逃げ回ったわけ」
「ごめんなさい。キミの話がよく理解出来ないの」
 謝りつつも、ハクアは堂々とした態度で分かりにくさを指摘した。
「ていうか、分かるように説明してる時間なんてないのよ! 巣の材料だった鎖でぶっ叩いてたら、少しは勝負になってたんだけどね。こんな何もない場所で戦ったらはっきり言って死ぬわ。あいつお尻から鎖飛ばしてくるのよ? 信じらんない!」
「おい。あの大グモの話をしているのか?」
「それ以外ないでしょ。あんな化け物がいるなんて……」
 女子高生は暗い空間を見上げながら言った。
「キミ、剣を渡して」
 ハクアが弘之の手にあるものを見つめてきた。
「は? なんで?」
「もう来たから」
 弘之が差し出す前に、ハクアは剣をひったくっていった。
「来たって……まさかクモが?」
 聞いた瞬間、上から砲弾のように何かが突き立った。
「その通り。剣での勝負を見られていたのね」
 槍のように伸びた鎖が急に力を失い、音を立てながら橋の上に散らかった。
「ちょ、ホントに来ちゃったじゃないの! 早く逃げるのよ!」
「逃げるって言ってもこれじゃ……」
 大グモは闇の中に姿を隠していた。いるのは確からしいが、こちらからは手が出せそうになかった。
「キミ、聞きなさい」
 ハクアが、まっすぐに宙を見すえたまま呼びかけてきた。
「……なんだよ」
「わかったことがあるの。ここの怪物たちは好ききらいがはげしいわけじゃないわ。食べられるものと食べられないものがはっきりしているだけ」
「は?」
「外の怪物はわたしを食べられなかった。味見はされたけど」
 ハクアの体はそこかしこが赤く染まっていた。ハクアの足もとを見ると、赤い水たまりが出来かかっていた。
「外の怪物たちは、無能な人間しか食べられない。たぶん他の怪物たちも同じで、食べられる人間が本当に限られてるわ。だから、しんちょうに見きわめてるの」
「食っても腹を壊したりしないかどうかを? 今更分かったところでどうなるって言うんだよ」
「これから先、キミが生き延びる上で大切なチシキよ」
 キミが。
 ハクアはそう言った。
「なんだよその言い方……」
「キミはその子を連れて逃げるの」
「ふざけるな。そんなこと出来るか」
「足手まといなのよ」
「またあんたはそうやって自分の都合であるかのように見せかけるのか!」
 また鎖が飛んできた。ハクアに当たりかけた鎖は、剣に弾かれた。
「おねがい。それがここでの正しい生き抜き方なの」
「正しい? これが? あんたを見捨てることが正しいっていうのか?」
「わたしもそうだったわ。大グモに捕まる前のことよ。わたしのために死んでくれた人がいたの」
 大グモが、目ではっきり姿を確認出来る所まで降りてきていた。切っ先をまっすぐに向けたハクアは、全く気圧されていないように見えた。しかし、ハクアの目は大グモではなく別の何かを見ているような気がした。
「かばったのか。あんたを」
「すでにキミのために死んだ人が二人もいる。いいえ、もっと多いかもしれない。このスカーフの人も、たくさんの人が守ってくれたって言ってた。だから、キミもその子を守るの」
 ハクアがスカーフを外して、言った。
「は?」
 弘之は隣で状況をうかがっていたらしい女子高生を見た。急に話を振られたためか、戸惑っているようだった。
「それが、あんもくのルールよ」
 ハクアが弘之の手に布切れを押し付けてきた。
「暗黙のルール? なんだよそれ……」
 次に飛んできた鎖を、ハクアは一歩右へ動くことでかわした。
「約束したからね。さあ、ここはわたしの担当よ。弘之! 行って!」
 たぶん、初めて名前を呼ばれた。
 ハクアの髪が風を切って、舞った。
 小柄な体が、低い場所へ、闇の中へ消えていく。
 大グモがハクアを追って、さらに降りてきた。
 下の橋に移動した『活きのいいエサ』を探そうとしているのか、大グモの頭がせわしなく動いていた。弘之の注意も橋の下へと向いた瞬間、
 水音が出現した。
 同時に弘之の脇を大きな影が横切っていく。
 影の上に何故かハクアがいた。
(下の橋に移動して、たまたま水の中から戻ってきた大蛇の頭に飛び乗ったのか!)
 影の上からハクアが消えた。
 落下の速度を借りた刃が橋と弘之を飛び越えて、先ほどハクア自身が飛び降りた場所のすぐ近くをもう一度落ちていく。
 先ほどと違うのは、そこに大グモがいることだ。
 何かを切り裂く音がした。
「悪いけど、キミに食われてあげるつもりはないの」
 ハクアが大グモの体重を支える鎖を登ってきた。追撃として長い足を突き出す大グモには、武器が五本しかなかった。
「すごい……」
 隣の少女がつぶやいた。
(同感だ……。やっぱりハクアの運動神経は普通じゃない)
 弘之はこの動きをどこかで見たことがあるような気がした。ここへ来る前。もっと昔。しかし、思い出しているヒマはなかった。
「く! 逃げるぞ!」
 大蛇が弘之と女子高生をにらんできていた。
「ちょ、ちょっと!」
 文句を無視し、弘之ははしごに向かって走り出した。
 一気に駆け抜けて、仲間を穴の中に押し込んだ。
「行け、俺も入るんだからさ!」
 大蛇の大きさでは入ってこられないだろう。安全を確保した後で様子をうかがうと、大蛇は弘之を見ていなかった。大グモの足になぶられているハクアの方が、よほど興味深いようだった。
 ハクアが鎖から橋に飛び移った。死角に入ることで大グモを混乱させようとしているのかもしれないが、恐らく違うと思った。
「登るんだ」
「どうして? 助けないの?」
「ハクアはもういない。あいつらはまだ気付いてないが、ハクアは下の橋に隠れるフリをして水に潜ったんだ。水路があるらしいからな」
 ハクアが気付いていたのかどうかは分からないが、大蛇の腹には剣が刺さっていた。
(星矢は戦って、生き延びたのか……)
 仮にそうだとすれば、逃げるための水路があるはずだ。
 弘之は、ハクアから受け取ったスカーフという名のバトンを見た。これから先は、弘之が守る側になったらしい。
(俺に出来るのか? ……ハクアのように)
 弘之は不安な気持ちでスカーフを見つめていた。すると、あることに気付いた。
(なんでだよ……)
 進む先は怪物がふさぎ、後ろに戻っても道がない。状況は絶望的。
(いや、違う……。絶望的だった、だ)
 気付いたのだ。
 この迷宮からの脱出方法に。
 たった今。
(なんでもっと早く気付かなかった)
 もうとっくの昔にヒントを手に入れていたのに。もっと早く気付いていれば、ハクアを救えた可能性もあった。
(ハクアはもう無理だ。あの傷じゃ水にやられる。……いやでも、星矢は生き延びたはず……それも確証はないけど)
 どうするべきだろうか。
(今から水に飛び込んで連れ戻せば、ハクアと一緒にこの建物から抜け出せるかもしれない。いやでも……大グモに気付かずにやるのは無理だろうな。だとすれば……違う、一番優先されることは……)
「あ、あの……」
「なんだよ」
「そ、そんなに冷たい声を出さなくたっていいじゃないっ」
「え? ああ、すまない。色々考え事をしてたんだ。……で、なんだ?」
「あたし、加藤っていうんだけど。あなたは?」
「弘之。名字は思い出せない」
「そうなんだ。あたしは下の名前が思い出せない。……どうなっちゃったの? あたしも、あなたも。この建物だって現実的じゃない」
「顔色が悪いな。まあ、大グモの部屋にいた時より落ち着いているようで何よりだ」
「落ち着いてるっていうか、疲れただけよ。……あなたこそ顔が真っ青じゃない。大丈夫?」
「加藤こそ大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわよ……。もう、何なのよここ」
 弘之の上から降ってくる加藤の声は、震えていた。
「早く出たい。自分のことも思い出せないし……クモにやられたうでだって痛い」
 加藤は取り乱しているわけではないようだった。しかし、落ち着いているわけでもないらしかった。
「アザになってるだけだ。傷は浅いぞ」
 加藤は目を弘之に向けていない。どこか分からない箇所に視線を漂わせながら、独り言のように呟いていた。
(……この子は……)
 弱い、と思った。大グモの部屋で見せた、あの弱さだ。
(この子は俺がいないとダメだ)
 きっとハクアも弘之を見てそう思ったのだろう。だから、手を貸してくれたのではないだろうか。
「もうやだ! ここを出てどこへ行けばいいのかは分かんないけど、とにかくここにはいたくない!」
 弘之は慌てて加藤の口を押さえた。蛇はここに入ってこられない。しかし、大グモはなんとか潜り込めそうだ。そうなったらもう逃げ場がない。
 努力して、弘之はあやすような声を出した。
(優先されること。それは、ハクアに任された仕事をやり遂げることだ)
 弘之は水面に注意を向けた。もし読みが外れて水路がなかった場合、ハクアは戻ってくるはずだ。でなければ囮の役になった意味がない。
 大グモがさっきから同じところを何度も探している。そろそろハクアが逃げたことに気付く頃だろう。
「そうだな。ここにはもういるべきじゃない。上に登ろう。大丈夫だ。俺が、必ずお前を帰してやる」


「ねえ……本当に帰れるの?」
「家に帰してやれるかどうかは分からない。だが、この迷宮から出してやることは出来る」
「……うん」
 加藤は大人しくついてきていた。はしごを渡り終えた弘之と加藤は、チョウの部屋を素通りして廊下を歩いていた。
「さっきのチョウって何だったの?」
「頭のいい人間だけを選んで食う怪物」
「頭がいい人間だけ? なによ、襲ってこなかったじゃない。あたしがバカだって言うの?」
「変なところで怒るなよ……。もう出られるんだし、いいだろ」
「それで、どうやって出るのよ」
「ヒントはハクアから渡されたスカーフ。元々はハクアのものじゃないんだが」
 扉を開けると、砂の空間が待っていた。
 アリジゴクの巣。ハクアの恩人の命が尽きた場所だと思われていた部屋。
「端に血が付いているから、元々の持ち主がここで食われてしまったのだとハクアは勘違いした。見るべき箇所は、端じゃなくて中心だ」
 弘之はスカーフを広げた。
「それは、カタカナ?」
「ああ。『オチナサイ』って書いてあるように見える。端に付いている血は文字を書くために流した血がたまたま付着してしまったんだろうな」
「どういうこと?」
「スカーフはこの部屋に置いてあったんだ。ここで落ちると言ったら、一つしかない」
 思えば、この部屋でアリジゴクを見ることはなかった。昔はいたのか、あるいは始めから脱出のためだけの部屋だったのか。
「スカーフの人は、砂の中心が脱出口に通じていると気付いたんだ。だから、後から来るはずのハクアにメッセージを残しておいた」
「じゃ、じゃあ本当に出られるの?」
「確証はないさ。だから、俺が確かめて来るんだよ。このメッセージの意味を。もしこれが出口じゃなかったら……その時考えよう」
 ジャンプし、ためらうことなく砂の罠に自らはまりに行った。
「そこで待ってろよ」
 泳ぐように中心まで辿り着くと、弘之の体は砂に飲み込まれていった。


 頭から突っ込み、足の先まで引きずりこまれると、砂の感触が水のようなものに変わった。
 真下を見ると、霧が出ているようにモヤモヤとした風景が広がっていた。
 奥に、全く異なる世界が広がっている。眠っている弘之自身の姿が見えた。
(場所は病院? あそこで寝ているのは俺だ。……そうか、思い出してきた。俺は車にはねられたんだ。なのに、目覚めた時には鎖で捕まえられていた)
 この迷宮は生と死の境界なのかもしれない。
 今このまま降りていけば、復活できる。そんな気がした。
「でも……俺は、まだ生き返れない。生き返るわけにはいかないんだ」
 頭の向きを逆にして、上を向く。流れに逆らって、迷宮へと再び戻っていく。
(加藤を救う。……そして、姉ちゃんも)
 弘之には、山岳事故で重体となってからずっと意識が戻らない姉がいる。
 姉の名前は白亜。弘之は蘇える過程で、ハクアが自分の姉であることを思い出していた。
(懐かしいな。……すぐに相手をつねるのがクセだった)
 まだ少し痛みの残る頬を意識しつつ、さらに上を目指す。思い出した今となっては、ハクアと迷宮で交わした全ての会話が特別なものに感じられた。
「助けないと。七年間、ずっとさまよい続けていた姉ちゃんを」
 弘之は砂とも水ともつかないものをかき分け、迷宮に戻ってきた。


 弘之が砂の世界から顔を出すと、座り込んだ加藤が上から声をかけてきた。
「どうだったの?」
「加藤。問題ない。このまま降りていけば……おい! 何があった!?」
 扉が血に染まっている。流れ出した血の一部が砂の方まで流れてきていた。固まった砂が赤黒い泥になっている。
「おい! しっかりしろ!」
 駆け寄ることが出来ないのがもどかしかった。
「くそ! ハクアと約束したのに! お前を守るって!」
「勘違いしてない? あれは、一緒に逃げろっていう意味だったんでしょ」
「違う! ハクアが守ってくれたように、俺も誰かを守らないといけなかったんだ!」
「そう。でも、残念でした。あんたなんかに守ってもらわなくても、あたしはなんとかやれるのよ」
 加藤が立ち上がった。扉を開けると、今まではさまっていた何かがずり落ちた。
「まさかそいつ……」
「いきなり鎖が飛んできたからビックリしたけど。入ってこようとした時に扉を閉めたら、あっさりはさまってこうなったわ」
「そ、そうか」
「自分の身くらい自分で守れるのよ」
 それは違う、と思った。
 大グモをここまで追い詰めたのはハクアだ。
(ハクアは強い。……でも今は、危険にさらされている。だから、助けにいかないと)
 弘之は加藤に向き直った。
「そこの鎖を扉に固定して、こっちに投げてくれ」
「え? このままあたしと一緒にここを出るんじゃないの?」
「ハクアを助けに行く」
「そ、そう」
 加藤は弘之の指示通りに鎖を投げてくれた。砂に足を取られつつも、弘之は砂の坂を登りきった。
「じゃあ……いろいろありがとう」
 加藤はすぐに視線を砂地の中心に向けた。
「もう大丈夫だ。じゃあな」
「ねえ、どうしてハクアっていう人のところに行くの? さっきは助けなかったのに。そんなに大事な人?」
「そうだな。……なんでだろうな。よく分からないけど、俺は行くよ。俺を何度も助けてくれた人だしな」
 復活しかけた時に何か心を揺さぶられる出来事があったはずだが、よく思い出せなかった。しかし、それはとても大切なことだった気がした。
 加藤はうなずくと、砂の上を滑り始めた。一番下まで着くと、徐々に沈んでいった。やがて加藤の体は完全に埋まり、この迷宮から消えたようだった。
 弘之は五分ほど待ってみた。しかし、戻ってくる気配はない。どうやら無事に脱出することが出来たようだ。
「約束は守ったぞ。あとは俺の好きにさせてもらう」
 弘之は、宣言した。
 ふと足元を見ると、大グモが死にかかっていた。足がわずかにピクリと動くだけで、もう歩けそうには見えなかった。
 ハクアは、すでにやられたかもしれない。大蛇から果たして逃げ切れたかどうか。仮に逃げ切っていたとしても、あちこちをかじり取られたあの体では血が足りなくなっているかもしれなかった。
「安心したよ。お前が来たってことは、ハクアは少なくともお前には食われていない」
 この部屋にある砂一粒分程度のなぐさめだろう。しかし、確かに希望は存在している。いつかハクアと共にここへ戻ってこられる時が来るかもしれない、と夢見ることが出来た。
「俺は行くよ」
 他人のような気がしない、あの人のために。
●作者コメント
 伝奇小説。迷宮脱出系。

 短編の間への投稿は初めてです。
 いきなり主人公が部屋に閉じ込められているところから始まるお話。
 人間は基本的に四人しか出てこないんですが、怪物の数が多いので、ゴチャゴチャしてしまっているかもしれません。


この作品が気に入っていただけましたら『高得点作品掲載所・人気投票』にて、投票と一言感想をお願いします。
こちらのメールフォームから、作品の批評も募集しております。

●感想
との。さんの意見 +30点
 こんばんは、との。と申します。
 拝読しましたので、感想を書きたいと思います。


序盤。
 序盤は題名通り「美食家が集うアパート」とあったので、美食家の変わった人達が織りなすストーリーなのかなぁ? と思っていたら、まさかまさかの……! という流れが私の好奇心をくすぐってくれました。
 この先何が起こるんだろう、と注意を巧く向けられたと思います。
 ただ、「宙づりにされている」という状況が少し分かりづらかったので、序盤に白亜さんと話をして主人公が興奮した時に、少しブラブラするような描写があれば分かりやすくなるかな? と思いました。

 また、最初の白亜さん登場シーンで「なんかこの人幽霊みたいだなぁ……」と思っていたら、まさか中盤であのように繋がろうとは……! と膝を叩いた所存です。
 一瞬、女子高生も殺されちゃったのかと思いましたが、そんなことがなくて安心しました。
 よく分からないモノに捕らわれている――という主人公の不安な気持ちがリアルで、素直に共感できました。

中盤。
 実は美食家が一人や二人ではなく、しかも食べる条件がそれぞれ違うという設定が面白かったです。次の展開がまったく予想できず、どうなるの? どうなるの? と最後まで飽きずに読み進められました。

 少し細かい部分になりますが、
・くつ音は階段に吸い込まれたように静かだった。
・くつ音が急に変った。
(階段が急に軟らかくなった? ……ちがう、これは砂だ!)

 の流れで、これは砂だ! と感じると同時に、砂利っぽい音を入れてみるとどうだろう? と思いました。
 また、主人公が砂に埋もれて行く描写で、とりあえず私なら足を上げようとして上がらないことに焦るだろうなと思います。腰まで埋まると、自由に身動きがとれないので。たった数秒でもあせあせしていそうです。
 
 あと、途中にある『726724は7で割り切れるか否か?』の問題はなるほど! と思いました!
 私もついつい計算して、「割り切れない!」と画面前で言っていたので、恐らく哀しい最後を迎えただろうと思います。
 白亜さんの解説を聞いて、あぁ……確かに! と何度も頷いてしまいました。


中盤からラスト。
 はっきり言って、文句なしです。
 できる事なら無事、皆戻ってきますようにと祈るばかりでした。
 主人公が「戻る」という決断をした後のことも気になりましたが、それはそれで白亜さんや星矢さんが結局どうなったんだろう? と読者に自由に考えさせる感じがして、個人的に好きです。


 次回作も楽しみです!
 これからも執筆活動、がんばってください^^ 


ゆき雪さんの意見 +30点
 どうも、ゆき雪でございます。
 字数的に、無駄話はカッットです。
 それでは……


 まず最初に、とても面白かったです。これまでで一番の手応えを感じていられるのでは? と聞きたくなるくらいに面白かったです。いえ、このさいなので実際に聞きますw


 これからは、場面ごとに感想、批評をさせていただきます。

 冒頭の部分てすが、ここはすごく良かったです。いきなりぐっと引き込まれました。ミステリアスな雰囲気が効いていたとおもいます
 題名と、元気だと食われると、腹が減らないという三つの点から、コイツら魚か? みたいなことを考えましたが、全然違いましたね。そもそも名前ありましたし。ここは得点高かったですです。



 次にアリジゴクの場面。
 これって一ヶ月後なんですよね? にしてはよく女の子と会えましたね。っいうのが一つ感じたことです。偶然と言われればそこまでですが。
 世界観の説明が入りましたが、全然苦にならなかったです。むしろ先が気になりました。


 続いて蝶の場面。
 ……出来た! これは割り切れないぞ! と喜びにひたるのもつかの間。僕は真っ先に食われそうですw
 わざわざ暗算までしたのに……見事にやられましたね。
 ここでは、この世界での生き残り方を読者にさりげなく伝えていたと思います。


 お次は蛇の場面です。
 このあたりは、個人的には少し難しかったかなぁ、と思いました。橋の構造が複雑だったのか、これ以降もこの場所の描写は分かりにくかったです。
 この小説の中でどの場面が一番ダメだったかと聞かれたら、多分ここを上げるでしょう。ただそれは、ほかの箇所がハイレベルすぎるからです。


 そして白い部屋。
 この場面は迫力がありました。ここまでこれた無能だけを食べるって斬新ですね。これにはぞっとしました。


 ~最後です。
 ここからがクライマックスですかね。例の大蜘蛛まで出てきて。
 そしてハクアが弘之を助けるとき、「キミは助けなきゃいけない気がした」とでも言わせると後々の付線にもなると思います。
 最後のオチというのか、アリジゴクに入ればもとに戻れるということでしたか。
 自分の理解が正しければ、『怪物に食われる=死』なのだと感じましたが、ここでふと気づきました。怪物食われない者(活きの悪いもの)=生き返れる(気力があるもの)。とは矛盾しているような……。ここまでしっかりしていたら、もっと良かったと思います。

 つたない感想ですが、よろし|終


クドさんの意見 +40点
 はじめまして。クドと申します。
 拝読させていただきました。感想を書かせていただきます。

【文章】
 好みの問題もあるかもしれませんが、「なに!?」「そ、そうなのか」「痛いだろっ」「なんでこんなところに鎖が?」など、ウィットに富んでいるわけでもなく、状況説明の助けにもならない台詞が多くみられました。会話が単調に感じられますし、緊迫したシーンがチープに見えます。
 削るという手もありますが、もっとキャラクターの心情を表した言葉に置き換えるのが最良かと思います。

 一方で、主人公の台詞が欠けていると思える場面があります。
>同時に、弘之は視界が煙のようなものでさえぎられていることに気付いた。
>「リンプン、ね。チョウの羽に付いている粉に毒があるの」
>「なんだかすごく眠い……」
>「……頭の働きを鈍らせる気ね」
「何だ、これは?」の一言が無いのと、ハクアの察しが良すぎるせいで、超展開に見えます。

 一度キャラクターの心情を考えて、言葉を発するか否か吟味してみると良いのではないでしょうか。

 『ロングソード』は辛いです。世界がファンタジックに見えます。

【設定】
 ありがちな設定です。説明不要なまでにベタベタです。

【キャラクター】
 ハクアのキャラが安定しているのに対し、加藤が展開の犠牲になっている印象を受けました。クモと交戦できるくらいのキャラなのに、『弱い』と断じられるのは少々可哀想です。
 弘之はスタンダードに成長していくキャラで、共感できます。なかなか書けないです。こういうキャラ。

【構成・内容】
 これに尽きます。
 まず、冒頭の掴みが上手いです。単にクモを出すのではなく、何だかわからないものとして背後にずっと鎮座させる。ここで引き込まれます。
 アリジゴクは淡白ですが、ハクア紹介のシーンでキーアイテムも出ているので、後から生きてきます。
 ルールの説明も、先達から教わるという展開が魅力的で、しかも絶望的です。
 チョウのくだりが最高です。ルールが反転されるこの展開は凄いです。個人的な嗜好ですが、ハクアを信じるか信じまいかという、弘之の悩む姿をもっと見たかったです。ハクア自身が疑似餌で、『ハクアについて来たエサを食べる』怪物がいてもおかしくない訳ですし。
 ここで小休止に入ります。タイミングも、伏線もばっちりです。
 星矢の登場でバトルシーンになってしまい、少し萎えました。凄く難しいですが、ハクアと弘之が戦っているように見せかけながら大蛇を騙す場面が見たかったです。無茶振りでしょうか。高望みしすぎでしょうか。でも、見たかったです。
 そして、白い手。こいつさえ出し抜ければ……例え、どちらかが犠牲になっても潜り抜けてくれれば、『キューブ』並みの超展開だと思うのですが。
 後は伏線の回収に入ります。綺麗に終わりましたが、綺麗じゃない展開の方が好みでした……。

【総括】
 ザワザワしてます。私の中のカイジが。心の中で、迷宮黙示録ハクアと呼ぶことに決定です。私の脳内では、彼女の顎はとんがってます。
 ただ、大蛇のシーンで弘之とハクアが戦ってくれたら……。
 ハクアが自身を犠牲にした知略で白い手を出し抜いて、弘之一人が絶望のうちに脱出してくれたら……。
 あるいは、弘之がハクアの遺志を継いで、加藤の手を引いて迷宮をさまよい続ける、エンドレス風の終わりを演出してくれたら……。
 脱出したら生き返るという設定がわかってしまうのも、ややマイナスです。ぼかした感じが魅力だと思うのですが。

 もしかしたら、世界観やキャラ設定が先にあったのかもしれません。
 あるいは、バッドエンドがお嫌いなのかもしれません。
 でも、ここまで上手に引っ張られたら、アレなエンドを期待してしまいます。
 ラストは、叫んで欲しいです。「ここまで来て、そりゃあ無えだろ、神様よう!」と。

 失礼しました。つい、感情的になってしまいました。
 今更ですが、ただひたすら面白かったです。単に、ラストが私の様な少数派向けではなかっただけで。

 ここで述べた事はあくまで私個人の意見です。あとはカナイさんのほうで取捨選択願います。
 と言うか、後半の発言は、イタいファンのたわ言だと思って無視してください。
 長くなりましたが、そろそろこの辺りで失礼します。今後も執筆頑張って下さいね。


sdkさんの意見 +40点
 はじめまして、sdkといいます。
 読ませていただいたので、感想を。

 えー、まず圧巻の一言です。
 自分は感想を書く際、ここが良い、あそこが良い、と、ちまちま抜粋して書くのが常なのですが、ちょっとこの作品についてはその手が通用しないみたいです。
 と言うのも、読み終わった今心の中にあるのが、部分部分の良い所ではなく、ただただ自分の置かれた理不尽な状況に困惑するだけの男から、「無能ナエサジャナイ!」「貧弱ナエサジャナイ!」「愚鈍ナエサジャナイ!」の状態にまで立ち直る(成長する?)までの、ひとつの流れとして、この物語があるからです。
 つまり、良い所が多くかつ、一つ一つが長いので抜粋をしながら感想をかくと、カナイさんの文章の方が私の感想より長くなると言う事です。(笑)
 それほど厚みがある作品でした。
 なんとか抜粋を抑えつつ、書いていきますね。
 
 最初に主人公が不条理状態にあって、困惑。と言う展開はよく見るのですが私が、一気にこの作品に注意を惹きつけられたのは
 >「せめて教えてくれ。誰が俺を縛ったんだ?」
 >「キミの後ろにいるヤツ」


 ここからです。読んでいてぎょっとしました。
 え、後ろにいるの?なんで?
 ここで私の心も主人公のように宙吊り状態になりました。

>「わたしは一年いた」
 と言う台詞も十分威力がありました。途方もない数字を持ってこられると読者の心理はたやすく揺らぐんだなあと言う事を改めて学びました。
  
 序盤のひきつけで完全に物語に取りこまれた私は、無心に読み進めていくのですが、読み終わった今、中盤の怪物のオンパレードで好きなのは、蝶の部屋です。
 虹色に、毒々しいほどに輝く蝶が飛び交う部屋。
 なんとも艶やかで、幻想的な風景だ……と思いつつ必死で726724を頭の中で7で割っていました。
 
>覚えていたんだ。三桁の数字を二セット重ねた、六桁の数字は、必ず七で割り切れるっていう法則を
 
 知らん!知らんよ、そんな事は!!
 知らなかったからって悔しくなんかないんだからね!!!
 友人に世界中のありとあらゆる蝶の標本を集めて部屋に飾っている変態がいるので、蝶の部屋のイメージはより美しく、不気味に脳内で映写されました。
 また、星矢の存在もひどく魅力的です。
 
 ハクアに支えられながらも、何とか自我と人としての心を保ってきた主人公(名前は分からないが、クモの間に辿り着く以前に代わりに犠牲になった人やアリ地獄の間で消えてしまった人に助けられてここまできたハクア)
 
 一人で蛇の間まで辿り着いたが、生き残る途中で狂ってしまった星矢。
 
 対照的な二人の対峙は胸を熱くさせるものがありました。
 また
>ハクアが気付いていたのかどうかは分からないが、大蛇の腹には剣が刺さ っていた。
>(星矢は戦って、生き延びたのか……)

この後、ハクアを助けに行く途中での星矢の活躍を、書かれていないにせよ、ついつい想像してしまいます。
 
 そしてラスト付近で明かされるこのアパートの真実ですが、無理がない理由付けで、姉の意識不明という状態をアパート内での闘争と位置づけた段には、「ああ、本当にそんなふうな仕組みなのかもしれないな」と思いました。
 ハクアが七年間さまよっているという複線も生きていました。
 ハクアが姉として再読してみると、主人公が自分より幼いハクアの肩を借りて眠ってしまった段も微笑ましく感じられますね。
 
 えー、いままでうだうだ述べてきましたが、次に指摘などを。
 といっても、既出なのですが。
 
 ゆき雪さんが先に指摘しているように、橋。特に後半大クモとハクアが戦う段は一読しただけでは、構造やハクアの動きが掴みにくかったです。
 でも、二度目に読んだとき、文章を追いつつ紙に絵などを描いてみたら意外とすんなり理解できたので、これはカナイさんの力量云々と言うより、橋の構造のちょっとした複雑さ、また建物の全景が計り知れない中での脳内想像のため二層構造の橋を利用した動きの激しいアクションは想起しにくいもの、と割り切るしかないと思います。
 
 最後まではらはらしながら読み進める事ができました。
 個人的に星矢の安否とその後がひどく気にかかります。笑
 
 では、この辺で失礼します。


grass horseさんの意見 +30点
 これはおもしろい!
 こんばんは。
 grass horseです。
 作品拝読いたしましたので、感想など残していきます。

 いやはや、最近見た作品の中で、もっとも引き込まれる作品でした。
 なんと言いますか、本当に傍観者とならずに読める作品といいますか。
 最初から最後まで世界自体が謎なのにもかかわらず、最後までしっかりと読ませるその手腕に脱帽します。
 はい。
 とはいえ、それだけでは、作者様の参考にならないと思うので、頑張ってひねり出してみます。

 まず、主人公があまりにも早く、この世界に順応してしまっていることです。
 これは、個人的には、まぁ大丈夫かなと思ったのですが、でも頭の片隅では、やっぱりちょっと順応しすぎだろ、と突っ込みました。
 そうなると、どうしても、読んでいて緊張感が薄れてきてしまいます。
 なので、冒頭でずっと吊るされている間に、なんとかこの世界に順応するための主人公の心情の変化を入れたらなおリアリティーがでるのかな、と。

 また、そういった話の進め方はとても良かったと思うのですが、台詞については、多少安っぽく感じてしまうところがありました。
 人間はすべてを口に出して反応するわけではありませんし、例えば、口煮出したとしても、それを地の文でいれてみるだけでもずいぶんとバリエーションが増えて、よくなると思います。
 また、このような作品では、セリフだけでポンポンと会話が進むよりは、もっと一つ一つの間に、心情描写をいれたほうがより雰囲気が引き立つと思います。
 例えばですが

「おはよう」
「おはよう。で、今日はどうするの?」
「どうするって?」

 みたいな所を少し工夫うしてみて、

「おはよう」
 そう緊張気味に声をかけると、彼女は微笑んで、
「おはよう」
 と返してきた。そして、今日はどうするの? と付け加える。
 それはもしかして昨日のことだろうか。だとすれば意味が分からない。
「どうするって?」

 はい、ものすごく悪い例を失礼しました。
 とにかくそんな感じのことを言いたかったのだと受け取ってくだされば嬉しです。

 そして、あとはやはり生き返りかたについて、です。
 どうしても蟻地獄の所に落ちたら、生き返れるというのが、なんだか、盛りあがりに欠けるというか、そんな感じです。
 個人的には、もう最後の怪物相手に、色々とやって戦い抜いて、生き返るというのが一番王道ですが、しっかりとした完結で良いと思います。、
 蟻地獄で終わらせるのであれば、そこは、もっとなにか深い理由を読者に提示して欲しいところです。
 でないと、どうしても納得できません。
 ご都合で話が終わってしまったような感じです。

 また、ハクアがなぜ十歳なのかについても、もう少し伏線が欲しかったです。
 あとは、なぜ苗字を思い出せなかったのか。
 謎が少し放りっぱなしの感じがします。
 謎は残しておいても良いのですが、せめて、少しは伏線を残しておいて欲しいのです。読者が想像する為に。
 単に自分が読み取れなかっただけかもしれませんが。


 それでは、色々と申しましたが。
 最高に面白い作品だと思いました。

 これからもお互いがんばりましょう!


ライムペンギンさんの意見 +30点
 どーも、ライムペンギンです。

 面白かったです。
 長いし、少しでもつまらなかったら読むのをやめようと思っていたんですが、読み切らされてしまいました。

 世界観は謎のままでしたが、常に『死ぬかもしれない』という緊張感のある状況が良かったと思います。

 前にカナイさんの書く文章はあまり好きじゃないと言った気がしますが、今回の作品には非常にマッチしていたと思います。
 登場人物の記憶が無いという設定なので、語りすぎない淡泊なカナイさんの文章と相性が良かったです。

 弱いのはやはりキャラクターでしょうか。
 設定上しかたがない部分はありますが、もう少しなんとかなった気もします。

 いやー、ずいぶんと実力がついてるなー。
 個人的にカナイさんをライバル視しているので、ヤル気が沸きました。
 面白い作品ありがとうございました。


wobさんの意見 +30点
 初めまして、wobと言います。よろしくお願いします。
 作品、読ませて頂きました。
 面白かったです。
 こう言ってしまうとそれだけになりそうですが、主人公が常に謎な状況に置かれていること、モンスターからどのように逃げるかの知能線など楽しませていただきました。
 世界観を詳しく語らないところも、短編としてうまくまとまっていると思います。
 登場人物についても、あまり語られていませんが、特に必要ないのかな、と思いました。
 ただ、脱出のキーとなるアイテムの真ん中にメッセージがあるとしたら、もう少し速く気がつくのではないだろうか、と思いました。ここは二つのアイテムを組み合わせることで判るようになっていればよいのではないかと感じました。
 以上、感想らしい感想になっておりませんが、どこか参考にしていただければ幸いです。


aeさんの意見 +40点
 カナイ様、はじめまして、aeと申します。
 御作を拝読させていただきました。ということで短編の間には初めて感想を残させていただきます。しかし、ここはレベルが違いますね。自分の採点基準を改めなくてはと思った今日この頃です。
 とにかく、一読して、感想を残したくてたまらない作品でしたので、以下、未熟者のつまらない感想を残させていただきます。

 途中、もっと読みたい、終わってほしくないなんてことを思ってしまいました。凄いです。30点以下は付けられない作品だなと思いました。普通におもしろいです。
 具体的に何処が面白かったかというと、雰囲気としか言いようがないのが自分の未熟さを痛感するところです。稚拙な文章で表現させていただくなら、トリック、主人公の心理描写、なによりハクアのキャラが好感が持てるものだったのが大きかったのだと思います。
 不器用だけど優しいというギャップとか、口調から強そうな気配がするのも良かったです。
 ハクアのバトルも良かったです。人には攻撃しないけど、しっかり怪物には立ち向かって勝利する感じも構成として良いと思いました。文章は短文が多く、わかりやすい表現や単語で構成されていたと思います。
 そんな淡々と進む展開だから読みやすく、御作の魅力であるトリックや主人公の成長などの魅力にのめりこみやすかったです。
 ただ、最後、読んでいてよくわからない部分があり、疲れました。これは非常に惜しいと思います。

 また、関係ないですが、最後のほうで蜘蛛が瀕死になってるので大蛇に食われないのかな? なんて思いました。
 もし、食わせることができたら怪物を全て殺し合わせるという終わりにすることも出来たのではないかと思いました。怪物を全て倒してから出口を探す感じです。
 そうすればこれから生まれる死にそうな魂が、安全に出口に辿りつけるようになるので、かなりハッピーエンドです。
 オチに関しての個人的な見解ですが、蟻地獄にいたはずの「ウスバカゲロウ」の幼虫が成虫となり何処かへ飛んでいったために、そこに怪物が存在しなかったのではないかと考察します。
 しかし、その場合は「ウスバカゲロウ」の蛹(何かの怪物の死骸のような物?)がそこら辺(本来ならば土中にあるはずですが)に転がっていたほうがリアリティが増すとか思いました。
 そうしたら、推理の伏線になりますし、蟻地獄を出口だと結論づける一因になったのではないかと思います。
 また、迷宮が天国のような場所だとすれば、登場人物達は死にそうな魂が空に上がっていくと憶測でき、蟻地獄の底は地上に繋がるということが(無理あるかもしれませんが)推理できると思います(これはうっすら書いてありますね)。
 そのため、そういった思考の断片などを(もうすこしわかりやすく)御作に伏線として入れたほうが良いのではないかと思いました。
 なにより、「ウスバカゲロウ」は「極楽トンボ」、「神様トンボ」という別名があるようなので、そのあたりの伏線もハッキリと示した方が良かったと思います。正に出口ですよね。
 ということで、これは凄く上手いというか、名作だと思ってしまうんですよねw

 と、考えると穴が見つからないという。また、私は細かい部分は特に気にならなくて、読者に考えさせる余地を残した作品は個人的に好きなのです。そこで、初めて40点を付けさせていただきました。これからは「面白かった」の評価の上限を底上げしなくては点数が飽和してしまう、とか思える作品でした。

 以上、かなり稚拙な適当な曲解かもしれない感想になりましたが適当に取捨選択をお願いいたします。
 では、失礼させていただきます。


アナグマさんの意見 +40点
 俺を覚えているか(どうもこんちには、アナグマです!)
 お礼参りに来たぜ(感想返しに来ましたー!)
 引導を渡してやる(この感想で高得点行きだと思うと、なんだか嬉しいです!)

 まず、タイトルから想像していた奇特な美食家達のおりなすほのぼの日常コメディみたいな平和的思考が、最序盤にして裏切られました(良い意味で)。
 うほうボスラッシュ、次々と襲いかかる怪物達と、それぞれの特性、そして「なぜ、美食家であったのか」という鍵。全てが俺の心に深く突き刺さりました。
 更に、世界に入っている間は記憶を失うというルールを始め、終始一貫された世界観。なぜそこに入ったのかという理由も、よく言う「生死の境を彷徨う」という現象をこんなにも綺麗にブチ込むという発想に、ただただ畏敬の念を抱くばかりです。
 あと、ヌルヌルのペタペタのさわさわでとってもエロかったです。ごちそうさまです!

 さて、精一杯、こうしたらもっと良くなるのでは、というところを探してみます。

・怪物が気に入るのは「心の弱さ」にしたほうが良いのではないか。
 生死の境なら、強さは生きる力になると思います。そのほうが若年受けもしそうだし、もっと希望が持てるプラス思考な物語になるのではないかと。
(でも、現行の作風の方が高校生以降には受けそうな気も――なるほどそう考えると、すみません。)

・ロングソード
 蜘蛛、蝶、蛇と漢字で来ているので、半ば錆びついている西洋の剣みたいなほうが燃えるかな、と。
(好みです。――ナマ言いました、すみません。)

・後日談が欲しい
 ハッピーエンドに向かってる風を装い、「俺達の戦いはこれからだ!」ENDになって、少しだけ残念です。後日談が欲しかった気も。あそこで切られたことで、ああ、BADなのかな……と思ってしまった自分が。
(でも、読者の心の中で最後の戦いとやりとりが自由に描けるのが素晴らしいですよね。残したほうが、読後の楽しみが増えますし、エヴァを始め、そういった終わり方は有名作品になる傾向かなとも思いますし。―-無いのも無いので良いですね、すみません。)

 総評、すみません

 とにかく、すごく良かったです。主人公格好良いよ主人公。

 良い作品に巡り合わせてくれたカナイさんに感謝です!


03さんの意見 +30点
 拝読いたしました。
 短編の間に出張してきました03です。

 まず最初に、今作品の高得点入りおめでとうございます。
 読む前から「そんなに面白い作品なのか……!」とテンションが上がってしまいましたw

 感想ですが、面白かったです。久々に長い枚数の作品をダレることなく読了できた気がします。是非この設定で長編も書いて欲しいな、と個人的に思いました。

 冒頭は蜘蛛に捕まっている状態からスタートですね。活きの良い獲物しか食さない、という設定がいいですね。あれ、実際もそうなのかな?次の獲物が来るまで生きていれば脱出できる伏線に繋がっているので、自然な流れで物語に入っていけました。

 アリ地獄はクライマックスに繋がる重要な伏線ですね。彼女が気付いていたか定かではありませんが、ここでハクアの弘之に対する愛情表現があるとよりキャラが魅力的になったのではないでしょうか。

 蝶の部屋は個人的に好きな場面です。わざと間違えれば助かる、と瞬時に判断したハクアは凄いですね。私だったら馬鹿正直に答えてエサになってますw
 
 蛇の前の場面ですが、個人的にはいらないかな、と思いました。休憩を挟むことは良いのですが、どうせならラストに繋がる伏線を書いたり、下に自分達以外の人間(星矢)がいることをほのめかしたりした方が良いと思いました。

 蛇との戦いですが、急にバトル展開になりましたね。個人的にはありだと思いましたが、この場面はちょっと評価が分かれるのではないでしょうか。先述のように何か伏線を張っておいた方が星矢とのバトルは自然な流れで入っていけるのではないでしょうか。

 そして終わり……と思いきや、まさかのラスボスwこのままバッドエンドなのかなー、なんて思ってたら、加藤が落ちてきて脱出展開。「ここは俺に任せて早く行け!」的なハクアの死亡フラグが切なかったです。

 そしてラスト。なるほど、ここは生死の狭間の世界だったのですね。腹が減らない、なぜ冒頭のようなシチュエーションに置かれているのか、というのが明かされる良いオチだったと思います。最後の物語自体が終了していない余韻の残る締め方も個人的には好きです。

 カナイ様は掌編よりも構成力を問われる作品の方が向いているのかもしれないですね。今までのどの作品よりも面白かったです。失礼ながら、この作品は本当にカナイ様が書いたのか?と疑ってしまいましたw

 以上、失礼いたしました。


リンチェさんの意見 +30点
 こんばんは。
 感想返しのつもりでタイトルをクリックしたのですが、スクロールしているうちに、だんだん作品そのものにのめりこんできてしまいました。

 通して読んだ時に、まず、ゲーム的だという印象を受けました。危険が次々と現れるが、正しい攻略法を知っていればクリアできるという作りがそう感じさせたのです。特に、問題に正解してはいけないというチョウの部屋のトラップなど、実に絶妙な難易度に調整されていると感じられました。
 上で「ゲーム的」と述べましたが、それは決して小説としてつまらないという訳ではありません。読んでいる時は実際に手に汗握る思いをしましたし、また、危機の連続は主人公への感情移入・共感を誘うのに効果的でした。
 さらに、登場人物が使い捨てにされていなかった点もよいと思いました。

 気になった点を挙げるとすれば、終わり方でしょう。余韻を残す終わり方でしたが、同時に尻切れトンボのようにも感じてしまいました。

 それでは、失礼します。


夜雲さんの意見 +10点
 クソクオリティ(クソリティ)に定評のある夜雲です。
 決して名前にクモが入ってるからと言って警戒しないで下さい。
 軽快にするのは多分オッケーです。

 あ、ちなみに以前は投稿してたんですが、今は新しいの執筆中なのでお返しとか気にしなくて結構です。

↓以下、感想です↓

【世界観について】
・今更僕が突っ込む部分は無いです。良かったです。
・しいて言えば、久々にドルアーガの塔がやりたくなりました。

【キャラクターについて】
・役割分担が出来ていて良かったです。
・しいて言えば、弘之× 星矢、ハクア× 加藤が未来の伴侶になれば良いと思います。

【ストーリーについて】
・起承転結がハッキリしていて良かったです。多分、起承転結を成立させる重要なファクターが何かを理解するのに役立ったんじゃないかと思います。
・しいて言えば、星矢は僕のキャラ補正でエクスカリバーか何かを持てば良かったんじゃないかと思います。無論、半分冗談です。だって、星矢がドMにしか見えないんですもの。ヲホホ。

【タイトルについて】
・ちょっと一考です。『美食家』は良いのですが、『アパート』という単語に引っかかりを覚えてしまいます。生死の境を巡っているのに『アパート』とはこれいかに。しかし、タイトルの考察としては『アパート』という単語は間違って無いと思うんですが、主人公側から見てしまえば現状は『アパート』ではないですよね。もっとも、未来の『アパート』に四人が偶然住んでいるという仮説は立てられますが。その部分を考慮したとして、若干のマイナスポイントになると思います。アベレージは良いと思います。

【描写について】
◎動作や説明はどうか。
・左手は添えるだけ、と言った感じで好印象でした。簡素な文章が物語りとマッチングしていて成功だと思います。こういう作品はトコトン簡素にするか、トコトン複雑にするかだと思いますので。

◎心理描写はどうか。
・演じわけは良し、破綻も見られずという感じで、綺麗な綱渡りでした。今後の執筆活動にも影響されるでしょう。

【個人的に良かったこと】
・世界観説明が状況説明にリンクしていたこと。これによって、読者が最初から突っかかりを覚える部分が無く先へ進めたことでしょう。『説明』の最も有用でいて恐ろしいところは、流れが止まることだと思いますので。
・キャラの個性が活かされたことですね。特に星矢や加藤の出番の少なさを補える役割の強さです。ここらへんは、本当に与えられたキャラの性能と役割を100%引き出していたと思います。勿論、心理的な意味も含めて。

【個人的に思うこと】
・この世界を僕なりの価値観で答えれば『たまに来たくなる場所』です。

【総評】
・一つの作品として完成しています。これはエンターテイメントです。

・あえてこの作品を通してカナイ様の良い部分を述べるとするなら、三つあったのですが、今回は『心理描写』です。これこそがカナイ様の根本における作品の基盤となっているはず。

・残り二つはキャラクターと世界観・構成ですが、これについては評価に加えません。というもの、作者の考え方で言うのなら、これが成功した理由は『この規模でスペックを使いきれた』ことだと思うんです。
 正直、こういった作品にした時点でラストの展開が読めていましたし、キャラの役割もこれ以外にはありえない設定でした。なので、言及するのはカナイ様が他の作品を手がけた時にします。言い換えるなら『レベル10で倒せる中ボスを持てる力を使って倒しきった』のがこの作品だと考えるからです。別の視点からカナイ様の技量を見てみたいなと思いました。無論、次は新しいボスが待ち構えていると思います。

・心理描写が一番になったのが、上記の理由だからです。このスペックでの見所が、作者の価値観だったので。おかげで、それを基礎にしたキャラの性能が垣間見れて良かったです。

・最後に点数評価です。えー、10点です。低い?いやいや、そんなことはありません。僕の言う10点とは、『エンターテイメント』として見た時の10点だということです。物事には段階があります。普通、批評をしに来る人物というのは、エンターテイメントではなく投稿作品を見に来るものだと僕は思っています。
 基本は投稿作品を見て『まぁ、これなら10点だな』・『面白い! 構成も良いし、これは40点だ!』となるはずだと。しかし、その中で『批評することを忘れさせてしまった』というのが、僕なりに考えるエンターテイメントとしての『境界線』だと思うんです。
 で、僕にとってエンターテイメントって何?と聞かれると、プロの小説として読めるかどうかです。これは、その僕の価値観に割って入って来ました。なので10点です。
 さらに言うなら、これは投稿作品としての50点を超えたエンターテイメントとしての10点です。ドラゴンボールのスーパーサイヤ人だと思っていいです。
 ここまで評価をすることに意義を持たせてくれたカナイ様に多大なる拍手です。

【最後に】
・先程もおっしゃいましたが、これはカナイ様が『レベル10で倒せる中ボスを持てる力を使って倒しきった』場合『限定』の話です。これが何故かっていうのは、恐らくカナイ様自身が良く理解していると思います。

・僕から見たカナイ様というのは、『見切り・境界線を引くのが上手い人』という印象です。ですが同時に、カナイ様は悩んでおられます。

・『レベルが1上がったのは良いけど、これからどうすれば良いんだ』と。

・更に言えば、カナイ様は非常に自分を客観的に据え置くことができていると思います。自分が何故そうしたのかを分かっているというべきですか。

・『じゃあ、どうすれば良いのか』。断言しても良いですが、カナイ様は次に何をすれば良いのか分かっています。

・『アリ地獄から出られない』。どこからでも出られるはずです。

・新しい世界に目を向けて下さい。レベル20ないと次のボスは倒せないというまやかしを常に振り払ってください。破綻してても結構です。そうすることが、新しい自分を見つける何より方法だと、未来のカナイ様がおっしゃっているはずです。

【本当に最後】
 かなり長くなりましたが、最後です。
 次が期待できる、とても面白い作品でした。次も是非感想させて下さい。
 朝なのにヤクモとか意味不明なんて言わないでくだしあ。
 僕は星矢さんが大好きです。それを書くカナイ様はもっと好きです。
 これからも執筆頑張ってください!
 それでは。
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