李さん著作
夏休みに、動物園に連れて行ってもらった。その時、弟の勇次と末の妹の早弥が喧嘩をした。俺は止めに入って理由を聞くと、ゾウとキリン、どっちがいいかという理由だった。
「兄ちゃんはどっちがいいの!?」
と、二人が泣きながら聞く。俺はゾウもキリンも好きだ。それに、もしどちらか選んだら二人のどちらかが泣いてしまうだろう。俺は名案が浮かび、わざとらしく小声で二人に言った。
「兄ちゃんな、ゾウキリンが好きなんだ。首が長くて、鼻も長くて、灰色の体に茶色い斑点模様のある動物なんだ」
「そんな動物聞いたこともないよ」
早弥が言い、俺は首を振る。
「そりゃそうだ。ゾウキリンはアフリカの人の入ることのできないような森の奥に暮らしてるんだからな。とっても珍しい動物で、見た事のある人もこの世で三人くらいしかいないんだ」
空想の動物、ゾウキリンを頭で作り出す作戦は上手く行った。二人とも泣くのをやめて、俺の話を夢中になって聞いてくれた。
家に帰ると、ゾウキリンの絵を描かされた。絵心の無い俺は、目を輝かせて期待する弟と妹を前に苦労して画用紙にクレヨンで大きくゾウキリンの絵を描いた。歪な形をしたゾウキリンが出来上がった。けれど、二人とも喜んでくれた。
そのゾウキリンがちょっとした事件を起こした。
勇次が喧嘩をした。友達にゾウキリンの話をどうしてもしたくなった勇次は俺の描いたゾウキリンの絵を持ちだし、友達に見せて話した。
もちろん、友達は信じなかったし、笑われ、ゾウキリンなんていないと言われたのだという。その上、友達はその上にラクガキをしようとペンを持って迫って来たらしい。笑われた上にラクガキをされそうになった勇次は怒って、友達の一人の腕をつねって、喧嘩になってしまったのだ。
早弥が公園で喧嘩をする勇次を見つけ、俺を呼びに来た。勇次の友達は下級生だったし、すぐに止める事が出来た。
「兄ちゃん、ごめん。ゾウキリンの絵、破けちゃった」
涙を流しながら、勇次が見せたのは土で汚れてビリビリに破けたゾウキリンの絵だった。それは紙くずだと言ってもいいくらい破られていた。それ見て早弥が泣いた。それにつられて勇次も更に泣きわめいた。俺は泣きわめく二人を連れて家まで帰った。
家に帰る頃には随分落ち着いていたが、泣きながら帰って来た下の兄弟二人を見て母さんは俺が泣かしたのかと勘違いした。そりゃ無いよ。
子供部屋に入って、兄ちゃんは怒ってないからいいと勇次に言い聞かせた。
「兄ちゃん……ゾウキリンって本当にいるの?」
勇次が聞くから、俺はドキリとした。ここで本当はゾウキリンなんていないんだ。何て言ったら二人はまた泣くだろう。だから本当のことは言えず、
「いや、いる!」
と、断言してしまった。
「ゾウキリンはな、ゾウキリンがいるって信じている奴の前にしか姿を現さないんだ。だから、勇次も早弥もゾウキリンがいるって信じてたら、絶対いつかゾウキリンを見ることができるからな」
そう言うと、二人は頷いた。俺は心臓がバクバク言っていた。幼い弟と妹に嘘をつくのが本当にいいことなんだろうか。現に、勇次は俺の嘘が元に友達と喧嘩になってしまった。俺もとっさに思いついた生き物がこんなことを起こすなんて思ってもいなかったからだ。
「二人とも、ゾウキリンが好きか?」
「うん、大好き!」
「いつか、見られるかな、兄ちゃん!」
けれど、空想の生き物、ゾウキリンを大好きだと言ってくれて、俺は何だか嬉しい気持ちにもなっていた。
――あれから、十何年経ち、俺は不動産系の会社に勤めている。早弥は大学生。獣医学部で獣医になるため日々勉強している。勇次は今、動物の保護ボランティアでアフリカにいる。勇次はすすんで決めたことで、「兄ちゃんにはアフリカのお面を買ってきてやるよ」と言い残し、遠い土地、アフリカへ旅立った。兄ちゃん、そんなもの貰ってどうすりゃいいんだ。
しかし、また勇次が事件を起こした。
夕方頃、休憩室に向かう途中、携帯電話に母さんから着信があった。出ると、随分動揺した様子で母さんは俺に伝えた。
――勇次がアフリカで行方不明になったらしい。
「森の中で活動してたら、崖から落ちて……。まだ見つかってないの。お兄ちゃん、どうしたらいいのか、私、分からなくて――」
母さんは鼻声になってそう伝えた。随分動揺している。俺は上司に事情を説明して、ここから一時間もかからない所にある実家に一度戻ることにした。
俺が戻ったからといって、遠い土地で行方不明になった勇次が見つかるわけでもない。けれど、母さんも動揺しているし、そばにいた方がいいだろうと思った。
実家に帰って、俺の顔を見ると母さんは泣いて抱きついてきた。俺は黙って母さんの背中を撫でた。父さんは黙ったままだった。何かの感情を噛み殺しているような表情だった。
「早弥は?」
「学校からまだ帰ってきとらん。遅くなる前に帰れとだけしか言ってないんだ」
「そうか――」
母さんと似て、心配性の早弥には一度家に帰ってから説明した方がいいだろう。父さんもそう思ったらしい。
会社から一度電話があったため、廊下に出て、上司と話をした。電話を切ると、「ただいまー」という早弥の声が聞こえた。
「あれ? 兄ちゃん、何で戻って来てるの? 何かあったの?」
実家に戻って来ている、スーツ姿の俺を見ると、早弥は何かあったのだと分かったらしい。俺はまず早弥に一度落ち着くように言い、勇次が行方不明になったということを説明した。
早弥の表情が真っ青になった。
「な、何で……? いつから?」
「俺には二時間くらい前に連絡があったんだ」
「家族なのに、緊急事態な時はすぐに電話してよ!」
早弥は自分だけ知らせてくれないことに怒りながら、勇次が心配で泣いた。玄関で早弥はしゃがみ込み、顔を手で覆って泣く早弥の背中をさすってやると、早弥は少しだけ顔を上げた。
「勇ちゃん、大丈夫でしょ? 無事だよね?」
「――ああ、勇次なら無事だ。……母さんのそばにいてやってくれないか?」
早弥は頷き、リビングに向かった。リビングで母さんと早弥の泣く声が聞こえた。俺は二人の泣く声を聞きながら、弟の無事を祈っていた。
夜、俺は夢を見た。熱帯雨林のど真ん中にいた。見た事の無い草や花が生えていて、遠くで聞いたことのない鳥の鳴き声がする。
向こうから何かがやってくるのが見えた。それはどんどんと俺に近寄って来る。
――それは、体が大きくて、鼻が長くて、首も長くて、灰色の身体に茶色い斑点模様があって、何だか歪な形をしている……ゾウキリンだ。クレヨンで描いたあのゾウキリンが俺の前に立ち、小さな目で俺を見る。
そのゾウキリンの背中から何かがひょこっと顔を出した。人のようだが、木でできたアフリカのお面を被っている。その人がパッとお面を外すと、それは勇次だった。
「兄ちゃん! ゾウキリンは本当にいたんだ!!」
嬉しそうにニコニコと笑いながら勇次が言うと、ゾウキリンは後ろ足で立ってその長い鼻を空高く上げて鳴いた。――プルルルル!
――プルルルル、プルルルル
「んぁ?」
俺はリビングのソファの上で目を覚ました。電話がいつ来ても良いようにと、ここで眠ったのだ。――そして今、テーブルの上に置かれた電話が鳴り響いている。すぐさま俺は受話器を取った。
「も、もしもし?」
ヘラヘラ笑顔を浮かべて勇次は帰国した。勇次は左足首を骨折しただけで、後はどこにもケガは無く、元気な姿で帰って来た。そのすぐ後、病院へ連れて行き、診察をする。兄弟三人で待合室に座っていた。
「……しかし、不思議なんだよなぁ」
「不思議って? 兄ちゃん」
俺がそういうのも無理はない。勇次は森の中で行方不明になったはずだ。それなのに、見つかったのはそこから二キロ離れた村の入り口だったのだと聞いた。足首を骨折した勇次に、足場の悪い森の中を歩けるだろうか……。
「勇次、お前どうしたんだよ」
そう聞けば、勇次はニヤリと笑った。
「兄ちゃん、早弥、実はな、ゾウキリンに会って、背中に乗せてもらったんだ」
「えぇ! 勇ちゃん、ゾウキリンに会ったの?」
「いいだろ! 結構乗り心地良かった」
自慢する勇次に、羨ましがる早弥。あのゾウキリンの絵の紙くずは捨ててしまった。あれからもう十何年経つというのに、彼らはあの歪な身体をした空想の生き物を覚えているのか。
「お前ら、まだそのこと……」
「うん、よーく覚えてる」
「俺、ゾウキリン見るためにアフリカ行ったんだもん」
彼らは大人になった。もうあのゾウキリンが本当はいない、空想の生き物だということを分かっているだろう。けれど、二人は楽しそうにゾウキリンの思い出を話す。俺は何だか嬉しくなり、ニヤリと笑い、彼らに小声で言った。
「なぁ、知ってるか。ゾウキリンはプルルルルって鳴くんだぜ」
三作目です。李です。書いてたらとんでもなく長くなり、あちこち削ってました。削っているうちに、あれ、これってとんでもなくつまらないんじゃ…? と思い、投稿するのを躊躇していました。
あちこち説明不足な部分があるかもしれませんが、読んで下さった方、感想ご意見いただけると嬉しいです。
2011年09月29日(木)19時11分 公開
感動地球スペシャル 中川翔子ボルネオ紀行~熱帯ジャングルと幻の象~
2015年3月1日(日) 16時05分~17時20分 の放送内容
幻の象で検索したら、たまたまここに来てしまいました。
ちよっとうるっとしました、いいお話でした。
アフリカ行ったら、きっとゾウキリンに遇えると思います。
りりんです。
素晴らしい。オチも最高です。
次回作にも期待します。
みじかくてすいません……
はじめまして、インド洋と申します。
拝読させていただきましたので以下に感想を。
特に説明部分な点は感じませんでしたし、丁度よい長さで纏まっていてとても面白かったです。
それと兄弟愛や家族の絆が読み取れて、心が温まるようなお話でした。文章も大変読みやすく、ひっかかるような部分はありませんでした。
嘘にも、吐いて良い嘘と悪い嘘がある。そんな格言を思い出させる話でもありますね。
短い感想になりますが以上になります。
これからも執筆活動の方がんばってください。
ではではー
どうも! ご感想の方ありがとうございました! 比嘉 洸徳です。
僭越ながら感想を。
すごくいい話でした! 李さんは人を感動をさせる才能があると思います!
いやぁ、本当に勇さん助かってよかった。
ゾウキリンという小さな嘘が起こした、大きな奇跡ですね!素敵です。
これからも、面白いライトノベルを書いてください! 応援しています。
では。
読ませていただきました。
全く関係ないのですがタイトルのゾウキリンを間違えてゾウキンと思ってしまって……
落ちがとても素敵です。
地の文を読んでるだけで映像がすぐに浮かんできます。
例えが漫画で申し訳ないですが丸山薫のストレニュアス・ライフを読んでいるような気分になりました。
もう削られてしまった部分も読んでみたいと思ってしまうほどです。
これからも素敵な小説を書かれることを期待しています。応援しています!
こんばんわ。風船くじらです。
拝読いたしましたので、また感想を置いてゆきます。
【感想】
丁寧に書かれたお話で、スッキリとまとまっている印象を受けました。文章をなかなか整理できない僕としては羨ましい限りです。
物語の内容に関してはいくつか気になったことがあるので書かせていただきます。あくまで個人の感想なのであしからず。
>――あれから、十何年経ち
ここは前の流れからいきなり飛んだような印象がありました。前半のやり取りでは、勇次くんの『ゾウキリン』への思い入れを表すのに不十分だった気もします。『ゾウキリン』を探しにアフリカまで行くくらいですので、それを信じるよっぽどの根拠があったはず。そうでもないと十何年も信じ続けるのは難しいかと。兄弟の絆も、僕にはうまく読み取れませんでした。御作品の長さでは、想像で補う部分が多いように思います。
ラストの意外性を作品の指標とするなら、今作は序盤で展開が読めてしまい、イマイチな感じでした。流れとしても、何となく場面のかたまりをトントンと設置していっているといった感じで、すこし機械的な気がしました。どうせならもっと長めで、心情を表したほうが良いかと思います。
偉そうな感想ですみません。参考にならなければ、ぺいっとしてくださいね。
文章の雰囲気が好みだったので、評価は上の通りに。
次作も頑張ってください。
では~。
拝読させていただきました。
練乳は生でいただくdatdatです。
面白かったです。
えーと、あまりに眠くて感想らしい感想が書けるか分かりませんが、ご了承を。
まず、兄弟構成が私と一緒だったので感動しました(え?)。
勇次が喧嘩したあとに、ゾウキリンが本当に居るのかどうかの問いに対しての、主人公の『このまま嘘をつきとおすか、正直に言うか』って感じの葛藤が良かったです。
兄弟愛が感じられて非常に良かったです。
私もゾウキリン乗りたいです。
稚拙な感想はこれぐらいで私は失礼します。
創作活動頑張ってください!
どうも、ペンです。
あー、これ高橋留美子先生の大人向け短編に書いてもらったらすごく合うだろうな。と思いました。落書きのゾウキリンが動いたら、さぞかわいらしかろうなと。
大部分現実で、ちょっとだけ非現実。そんな味わいごちそうさまです。
ではでは。
初めまして、猫らぼです。
拝読いたしましたので、感想を残していきます。
つたない感想になりますので、適当に取捨選択をお願いしますm(_ _)m
高得点につられた形ですが、良かったです。釣られて。
年齢を明示しなくても十分にその幼さや兄貴っぷりを魅せられていますね。小説本来の描き方ができていて、読んでいて心地よかったです。
短い中に起承転結もはっきりしていましたし、何より、かなり時を動かしているにもかかわらず、サクサクと読み進め、理解することができました。私も構成に重点を置く書き方をしますので、大変参考になりました。
ゾウキリンの誕生。
無垢な兄弟たちの、喧嘩というイベントをからめての説明。
弟の行方不明。
ゾウキリンに戻る。
構成なんてあまり深く考えていません。なんていうのは信じませんよw
崖から落ちて見つからない。それが分かるということは、見ていた方がいるということ。それなのに、見る影もなくなるくらいに落ちに落ちた。とんでもなく深い崖だったのでしょうねw
こういう場合は、あまり明確な理由を付ける必要はないかなぁと思います。不自然さが際立ってしまう可能性が高いです。足をけがした、ということなら、別に崖から落とす必要もないし、崖から落ちるとしても、あとづけにすればいいだけの話です。
とてつもなく仲の良い家族ですね。誰もが理想とするくらいなのでは。弟が行方不明になった後の家族そろっての描写が、短くはあったものの見事でした。それぞれの性格を十分に把握することができましたので。
ことを簡潔に、かつ伝わりやすくする描き方においては、見倣うことばかりです。
そして、一番印象に残り、かつ上手いと感じたのは、オチです。
>「なぁ、知ってるか。ゾウキリンはプルルルルって鳴くんだぜ」
やはりお上手です。余韻を残すこともまったく忘れていませんね。
ゾウキリンを思いっきり軸にした、わかりやすく心温まるストーリーでした。掌編でここまでしっかりスッキリしたストーリーは本当に久しぶりに読みました。
自信をもって次回作に励んでくださいね。
未熟者ゆえ、纏まりのないことを書き連ねてしまっているかもしれません。
少しでも創作の助けとなることを願っております。
以上です。次回作も頑張ってください!
読みやすい文章ですね。
とてもないようがつたわってきました。
普段は私はシリアスかギャグしかかかないのですが。
好感が持てました。
またよみたいです。
せいやっ、駄目押し。
こんばんは、瀬海と申します。感想落としていきますねー。
キャラの性格や捻った設定や美少女ではなく、物語で魅せる、正統派な感じがすごいです!
ストーリーテラーっぷり、お手本にしたいくらいです。なかなかこういう物語になると、逆に書くのが難しいので、尊敬します。
あと、すみません。僕に指摘できる点は特にないです。
参考にならない感想で申し訳ないですが……。
こんばんは、なぎです。
はじめて読んでから、何度も読み返したお気に入りの作品です。
とても映像的な描写でした。綺麗なおはなしでした。
ゾウキリン、すきです。
おお~、偶然このような作品に出会えるとは、私はなんと幸運なことか!
どうも、初めまして。
最後の方では、私のような心が冷めきった(スノーマンだけに)人間でも、目頭が熱くなりましたよ。なんというか、純粋な兄弟の絆?愛?に胸を撃たれました!
しかも、文章が読みやすかったです。この雰囲気の文章、個人的に好きですね。
私のような素人が言うのも変ですが、全体的に(特にラスト)好印象を持てました。
次回作などもありましたら、期待して待ってます!
頑張ってください!