おちょくってるわけじゃないですけど、善と悪の戦いという言葉から私が感じるのは、
「不毛さ」ですね。完全に善側の人間しかいなくなることはないし、もしそうなったとしても、善側の人間が2つに分かれて争いますよね。
例えば、一つの主義である共産主義でも、対立して粛清が行われます。
共産主義者にとって共産主義は善ですが、内部で対立して、しかも殺し合いまでしてしまう。
私の話がどんなものか、説明しますが、ボクシングの話で、片方が弱々しいことしか言わないので、一応悪っぽいキャラというか、普通の強いボクサーから嫌われています。
「やりましたね」
「ありがとうございます。みなさんのおかげです」
「僕のことを支えてくれる人がたくさんいます。その方々がいなかったら、今の僕はいないですから、感謝しています。感謝しかありません」
「『自分の実力だ』というつもりはありませんか?」
「そんな、とんでもない。僕なんか、リングの上でちょこちょこっと戦ってるだけなので」
「〇〇〇〇(キャラ名)さんにコメントをお願いします」
「あなたはもう十八歳。今の法律では大人です。大人には大人らしい作法というのがあります。短気を起こさずに、融和的にやっていきましょう」
こういうボクサーって多分現実にはいないですけどね。
理由があって、悪側が死にます。
これは、もう、そうでもしないと、話のオチもなにもなくなって話が駄目になるので、無理やりそういうことにしました。
これがつまらない。やっぱり、争いっていうのはなにも生まないんだなって……。
でも、ボクシングやってる人なら、相手を殺す気で戦うのでね。
戦うことの動機づけ自体は、ボクシングだから、ですむんですが。
まあ、自分で考えます。