それなら、最序盤は鈴木としての自我が強い演出にしたら? 日本の常識を持ち出して失敗してしまうとか。例えば「奴隷は非人道的だ」みたいな主張するとか。
この序盤では「鈴木は自分が60代ではなく10代のマイクなんだと改め、マイクとして振る舞った」とか、鈴木が主語になる地の文にして、
なんらかの切っ掛けがあって、鈴木はマイクとして生きていく覚悟を決める。例えばそのとき能力かなんかの覚醒的な物があって、以降は地の文はマイクが主体となる。三人称なので、これだと能力を身に付けたのもあって「世界に馴染んだ」という表現になるかな?
そしたら、「マイクは鈴木としての前世の記憶を頼りに――」とか、今度はマイクを主体にして地の文を書いていく。主体を変えることで自我の主体性が移ったことを表現する。
完全に切り替えるんじゃなく、出すときは両方出して、ただし「覚悟を決める」展開以降はその主体を変える。
まあ、こういう表現として考えると楽しく考えられますよ、っていう例ね。