少し勘違いしていますが作品の望まれるざまあは読者でなく作者が作るものです
要はストーリーの流れそれまでのセリフ行動から発生した作品の中の動きに適したざまあが最適なざまあです
それを理解しないで読者が望むざまあを入れようとすると作品にぴったりあう最適的なざまあにならない可能性が中々あります
その一つの指針はラストのドアマットヒロインを最終的には有能な公爵に溺愛執着という内容なら
その結末が読者が納得できかつその結末の面白さに貢献したざまあが最適なざまあといえます
一例を出すならドアマットの様に雑にヒロインを扱ったキャラが立場逆落ちぶれてざまあ展開となり
そのことを明らかにしそのキャラの不正摘発により国から更なる地位と名誉を得た有能な公爵にさらに感謝と愛を向けられ溺愛執着される展開が一例です
そうすることでざまあ展開と有能な公爵に溺愛執着になるラストが確かにつながりそのラストにそうなる理由という説得力が生まれるわけです
要はざまあ系は扱いと行為の責任を取らせて報いをうけ相手を失脚させる
そしてその不当な扱いの不幸に見合うものを主人公かヒロインが手にいれる
基本的なところではこんな感じの仕組みです
つまり最適なざまあとは作品の内容で微妙に違ってくるのでそれを考えず読者に望まれるざまあ作るのはお勧めできません
作品と相談してから考えたほうがいいです
まぁ逆の発想でその読者に望まれるざまあ二作品の内容を寄せてそのざまあが最適な作品なする手もありますが