質問されたので(はなさそうですが一応)返答を。
障害を抱えた人に通用する言葉かは私にはわかりません。
なにせ私にはそのような障害がありませんので、無責任な回答はできません。
でもこの言葉が障害ある人に通用するかは、この場合問題じゃないんですよ。
私は現状理解のための手助けに書いたまでです。
障害があるからわからないなんて言っても「ああそう、さようなら」で大多数の人は終了です。
壱番合戦 仁 さんは批評が欲しいのなら、ハンデに対して理解を求めるのではなく、よく思われる努力をしないといけない。
だってそうでしょう? 気を使ってコメントするより、スルーしたほうが楽なわけですから。
障害がある相手だから気をつけてコメントしてあげよう、なんて嫌な態度取る相手には普通考えませんよ。
孔子のような立派な人物でも匙を投げるのですから、一般人の大部分も当然のように放るのです。
実際そうなってますよね? その現状がどうして起こったのかを理解するための一助として書いたのです。
批評が欲しいなら匙を投げられないように配慮しなさい、というだけ。
婉曲な言い回しの真意がわからないなら、ストレートに言ってもらうように毎回依頼するべきだし、指摘された誤りは正さないといけない。
批評に対して腹を立ててもいけない。少なくとも態度に出してはいけない。
それができないなら、他人に期待するのはおやめなさい。
あなたに変われと言ってるのではないのです。
変われないから仕方がない、でも別に結構。
その場合スルーされるだけです。
筆を折る折らないは好きに決めてください。