ライトノベル作法研究所
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  4. 心を揺さぶる公開日:2012/05/20

読者の心を揺さぶるには?

 物語で読者の心を揺さぶるには、特定の感情を募らせておいてから、その対極となる感情をぶつけることです。例えば、拒絶から受容、希望から絶望、不満から満足、安心から不安、破滅から栄光、などです。

 夏海公司の『なれる!SE―2週間でわかる?SE入門』(2010/6)を具体例として説明しましょう。
 これは大学を卒業してシステムエンジニア(SE)になった主人公の工兵が、美少女の上司、立華の無茶な指導に翻弄されながらも、一人前のSEに成長していく物語です。

 就職先が決まらずに苦悩していた工兵は、システム会社の求人広告のエピソードに感動し、募集に応じたところ、採用面接で持ち上げられて、意気揚々と就職を決めます。
 「希望」「期待」「夢」などが冒頭での主人公の心境です。
 ところが、実は社員を使い捨てにするブラック過ぎる職場であることが徐々にわかっていきます。
 主人公の心で「不安」がどんどん膨らんでいき、専門的な仕事をいきなり立華に任され、一日で仕上げろと要求されて「絶望」します。
 その後、苦しい試行錯誤の末、なんとか仕事を完遂する方法を見つけ出し、立華に認められて、「満足」「喜び」を得るというのが前半のプロセスです。

 「希望」→「不安」→「絶望」→「喜び」

 というのが主人公の心の動きです。
 主人公に自分を投影していた読者は、彼の心の動きをなぞることにより、感情をプラスの極から、マイナスの極、さらにプラスの極へと大きく揺さぶられます。
 これが「読者の心を揺さぶる」ということです。
 こうすることによって、主人公の「希望」「絶望」「喜び」がより深く、読者に伝わります。

 また、この物語では、希望から絶望へのプロセス、絶望から喜びへのプロセスが丁寧に描かれています。このため、主人公の前途洋々とした気持ち、戸惑いや苦悩、突破口を見つけたときのうれしさなどが過不足無く伝わってきて、感情移入しやすくなってい ます。

 創作初心者の場合は、対極の感情への移行プロセスが雑で納得できないケースが多いです。
 あるいは、心理描写が過剰すぎて、物語のテンポを崩してしまっていることが多々あります。

 前者は、作者が読者目線に立てずに、展開を急いだり、周囲の状況やキャラクターの性格を無視した納得できない理由でキャラクターを行動させてしまうために起きるミス。
 後者は登場人物の不幸に作者が酔ってしまって、物語を客観視できなくなった時に起きやすいミスです。

 単に対極の感情をぶつけていくのではなく、そこにいたるまでの行動や心の動きを納得できるように、それでいて、くどくならないように描いていくのがポイントです。また、なによりご都合主義だと感じさせないように気を配らなければなりません。

 初心者の失敗例として散見されるのは、幸せの様子を退屈に描いた後に、脈絡もなく恋人や家族を死なせて「悲劇」を作り、不幸の様子を自己陶酔的に綴ることです。
 もし、恋人や家族を死なせるのであれば、病気に冒されているのを隠している様子などを事前に描いて、伏線を張っておき、展開がご都合主義的にならないようにする工夫が必要です。 
 そうしないと、作者の意図が透けて見て、読者は白けてしまいます。

 蛇足ですが、『なれる!SE』は、主人公を持ち上げてから落とす、落としてから持ち上げるのが非常にうまく、悲喜劇となって笑いを生み出す効果も発揮しています。

 また、本宮ことはの少女向けライトノベル『幻獣降臨譚』(2006/6)も、キャラクターの感情の振れ幅が大きく、参考になります。
 この物語世界の女性は初潮を迎えると、幻獣と契約する儀式を行ないます。幻獣と契約した女性は、圧倒的な力を得るため、人々から敬われています。この世界は女尊男卑なのです。
 ところが、ヒロインのアリアは幻獣との契約に失敗してしまいます。
 それまでアリアをプリンセスのごとく扱ってチヤホヤしてきた男たちは、態度を一変させ、『忌み女』として、彼女を徹底的にいじめます。
 幻獣と契約できないのは乙女の心が汚れているからだ、という迷信があるためです。

 ヒロインは「希望」から「破滅」へと叩き落とされます。
 仲良くなった女友達も、彼女が『忌み女』だと知ると、「きゃー、忌み女としゃべってしまったわ!」とエンガチョしてきます。
 村にいられなくなって旅に出たアリアは、最強の幻獣であり聖獣と呼ばれるドラゴンとの契約に成功します。
 その日から、『聖獣の巫女姫』と呼ばれ、国家の命運を左右するVIP中のVIPとして敬われることになります。

 「破滅」から一転、「栄光」の絶頂へ。
 エンガチョしてきた嫌な女友達が、パーティの場で「私たちお友達よね?」とすり寄ってきたのを、冷たく拒絶してやります。
 おおっ、なんという快感!
 しかし、聖獣の力が強すぎて、人々から恐れられるようになってしまい、また「拒絶」の苦い思いを味わうことになります。

 「希望」→「破滅」→「栄光」→「拒絶」

 と、プラスとマイナスの感情を行ったり来たりさせることにより、読者は心を激しく揺さぶられるのです。
 『忌み女』から『聖獣の巫女姫』になる展開は、シンデレラストーリーを彷彿とさせて、快感です。
 この快感を得るために『忌み女』時代は、かなり鬱になるような展開の連続で、少女向け異世界ファンタジーとしては夢も希望もない状態が続きますが、これがうまく機能しています。

 快感を得るためには、その逆の鬱状態、主人公いじめを徹底的に行なわなければならない訳です。

 忌み女になった時、もしかすると聖獣と契約できるかもしれない、ということを登場人物の言動から、それとなく匂わせています。
 こういった伏線もなく、いきなり大逆転してしまうと、ご都合主義になってしまうのです。

 また、ライトノベルは基本的に楽しさ、明るさが売りのジャンルです。
 主人公いじめや鬱展開をあまりに度を超して行なうと、読んでいて楽しくなくなってしまいます。 

 野村美月の『“文学少女”シリーズ』(2006年4月)などは、明るい日常を共に過ごしていた先生が実は殺人者だった、虐待を受けて二重人格になり衰弱死、など心にぐさりと来る素材を使っていますが、全体を通しては明るく楽しい路線を取っています。
 読者に不快な思いをさせないギリギリのラインを攻めて、うまく読者の心を揺さぶっている職人芸だと言えます。
 「これを読んだら読者はどういう気持ちになるだろう」と読者の心理を考え抜いているのです。

 そういった意味で、ヒットする小説家とは、人間の心理に精通し、これをコントロールする術に長けた人種なのではないかと、考えています。
 補足で詳述しますが、大正の文豪、芥川龍之介も読者の感情を揺さぶる術に非常に長けていた人物です。

●補足、死亡フラグという王道。

1・「この戦争が終わったら、彼女と結婚するんだ」と話す兵士は必ず死ぬ。
2・非道な悪役が正義や愛に目覚めると、悪の組織に裏切り者として殺される。
3・怪しい物音がしたので調べてみると、猫だった。「なんだ~」と、安心した直後に殺される。

 以上のような物語に共通するパターンがあり、死亡フラグと呼ばれています。
 この死亡フラグを分析すると、多くの場合、感情をプラスの極からマイナスの極へと、振っていることに気づくと思います。

 1の場合は、「幸せな未来」を予感させておいて「破滅」へ。
 2は、「わかりあえること」を予感させておいて、「破滅」へ。
 3は、「安心」から「破滅」へ。

 このように、プラスの極に持ち上げておいてから、不幸のどん底に突き落とすと、悲劇性が増し、読者は心を激しく揺さぶられるのです。

 使い古された手ですが、それ故にこそ有効であり、今でも多くの物語に利用されています。

●補足、芥川龍之介の『蜜柑』

 『特定の感情を募らせておいてから、その対極となる感情をぶつける』という手法は、ライトノベルだけでなく一般文芸小説でも使われています。文豪、芥川龍之介の短編小説『蜜柑』(1919年)がコレのお手本になります。

 『蜜柑』のあらすじを簡単に説明します。
 主人公の二等兵が横須賀線の汽車に乗ると、薄汚い格好をした娘が入って来ます。主人公は、その子を見て、嫌だなと思いました。彼女は汽車がトンネルに入る前に窓を開けて、車内を煤煙だけらにしてしまい、主人公は内心、非常に怒ります。しかし、トンネルを抜けると、三人の幼い男の子たちが手を上げ、声を張り上げており、娘はその子たちに向かって、5つか6つくらいの蜜柑を投げます。それを見て主人公は、おそらくこれから奉公先に上がろうとする娘が、自分を見送りに来た弟たちの労をねぎらうために蜜柑を投げたのだと知って、朗らかな気分になれた、というものです。

 娘に対する「嫌な気分」を募らせておいてから、それとは対局の好感を与える「姉弟愛」が伝わるシーンを持ってくることによって、感動を与えているのです。

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