ライトノベル作法研究所
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  4. 再読される小説。口コミしたくなる物語の構造公開日:2014/03/12

再読される小説。口コミしたくなる物語の構造とは?

 物語にオリジナリティが必要とされるのは、人間が極めて強力な『知識欲』を持っているからです。未知のことが知りたいという欲求が人間ほど強い動物は他にいません。
 人間の三大欲求は、食欲、性欲、睡眠欲だと言われています。知識欲は、これらの欲求にも影響を与えるほど強力なものです。
 いくらラーメンが好きな人でも、3食1ヶ月間、ラーメンを食べ続けたら飽きます。愛し合っていた恋人も3年経つと倦怠期が訪れると言います。おもしろい漫画や小説に出会うと、先が知りたくて徹夜で読み倒したくなります。
 これらはすべて知識欲に根ざした行動です。

 人間は新しい刺激や情報を常に追い求める動物で、既知の刺激や情報の価値は、知れば知るほど低くなります。

 一回読んでしまった本をもう一度、読むというのは、それがよっぽどおもしろくない限り、やりません。再読に耐えうるというのは、その本に対する最大級の賞賛です。

 再読する本としない本の違いとは、まだ味わい尽くしていない部分が有るか無いかです。
 まだ完全には理解できていない、自分にとって重要で引っかかる部分があるから再読します。

 ニコニコ動画で有名な株式会社ドワンゴの代表取締役会長・川上量生さんは、その著書『「ルールを変える思考法』(2013年10月刊行)にて次のように語っています。

人の感情を動かすのは「わかりそうで、わからないもの」

「人間が理解できるかできないのかギリギリのところにあり、なおかつ微妙に説明がつかないようなところから、ヒット作が生まれる」
「ルールを変える思考法』 著者:株式会社ドワンゴ代表取締役会長、川上量生

 彼によると、ネットコンテンツであるニコニコ動画がヒットしたのは、「わかりそうで、わからないもの」であったからだそうです。
 人間は、その対象を理解してしまったら、その対象をもっと知りたいという欲求が消え、関心の対象外になります。逆に、あまりに理解の範疇を超えた情報に関しては、自分に関連があることとは思えないのでスルーされてしまいます。

 このため、一見、理解しやすそうなのに、何度接しても、完全には理解できないようなコンテンツこそ、口コミされて大ヒットになるのです。

 一般文芸の世界ですと、例えば、芥川龍之介の『藪の中』(1922年1月発表)がこれに該当します。芥川龍之介というと、高尚で小難しそうなイメージがあったので、敬遠していたのですが、『藪の中』は、非常におもしろいです。青空文庫で無料で読める短編なので、一読されると良いでしょう。
『芥川龍之介 藪の中 - 青空文庫』

 ストーリーは、夫婦が暴漢に襲われ、妻は強姦されて、夫は殺されるというものです。
 事件そのものは、単純でよくある話です。一見するとありふれていて、理解しやすそうに感じます。
 ところが、この三者の証言がそれぞれ食い違うのです。

 犯人は、男を殺したのは自分だ。しかし、本当は男を殺すつもりはなかった。奪った女に、「あなたが死ぬか夫が死ぬか、どちらか一人死んでくれ」と懇願されたので、男の縄を解き、正々堂々と決闘して男を殺した。
 と証言します。

 妻は、手篭めにされたことにショックを受け、夫に侮蔑されたと思ったので、心中しようと、小刀を使って夫を殺した。自分も後を追うつもりだったが死にきれずに寺に駆け込んだ。
 と証言します。

 最後に、霊能力者の力を借りて現れた夫の亡霊は、次のように証言します。
 妻は犯人に私を殺すようにけしかけた。犯人は、その振る舞いに怒って、「あの女はどうするつもりだ? 殺すか、それとも助けてやるか?」と私に尋ねた。これを聞いて妻は、隙をみて逃げた。一人残された私は、絶望のあまり妻が落とした小刀を使い自殺した。

 訳がわかりませんよね。全員が男を殺したのは自分だと言うのです。
 誰が嘘をついているのか? もしくは全員が嘘をついているのか? 嘘をついているとしたら何故なのか?
 謎解きはされずに終わります。
 単純な事件なのに理解できないので、真相を巡って様々な論争を呼び『真相は藪の中』という言葉まで生まれました。
 何度読んでも、真相がわからないので、何度も読むことになります。
 そのうち、謎解きに参加する人がどんどん増えて、一大ムーブメントになっていきました。

 この流れは、1995年に大ヒットしたアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』とまったく同じです。
 エヴァンゲリオンは、主人公の少年がスーパーロボットに搭乗して、使徒という訳の分からないモンスターと戦うという、それまでのロボットアニメを踏まえた、一見してわかりやすそうな作品でした。
 しかし、『人類補完計画』だの『セカンドインパクト』だの『第一使徒アダム』だの『秘密結社ゼーレ』だの、そのバックグランドには、様々な人間の思惑や謎が複雑に絡み合った形で散りばめられており、敵の名前も天使から付けられていたり、ロンギヌスの槍など、キリスト教とも関連がありそうな用語が飛びだしたりしました。
 しかもTVアニメ版は、これらの謎をすべて解明せずに、壮大な続きがありそうな形で終了してしまったのです。

 盛り上がっていたファンたちは、謎を解明したくて、多くの人を巻き込んで論陣を張り、新聞や一般言論誌、思想誌、テレビ番組等、ふだんはオタクコンテンツとは縁のないメディアでも取り上げられ、関連書籍が多数発売されるなど、社会現象となり、日陰者だったオタクコンテンツを一躍『文化の領域』にまで押し上げました。
 碇ゲンドウが目指す『人類補完計画』について、理路整然と説明できる人は、余程のマニアでもなかなかいないでしょう。情報が断片的な上、内容が複雑で、理解し難いのです。このため、いつまでもエヴァンゲリオンで遊び続けることができます。

 大ヒットした漫画『進撃の巨人』(2010年3月17日1巻刊行)は、人間を食べる巨人と戦う兵団の活躍を描くという、一見して単純なものです。主人公が巨人と戦う動機も、母親を目の前で殺されたため、というわかりやすいものです。使い古された題材と言えるでしょう。
 しかし、巨人の正体は人間だった。人類を巨人から守ってきた壁は巨人が変身したものだった。信頼できる仲間が実は巨人の力を持った敵だったなど、中身は奥深く、謎が謎を呼ぶ展開、先が全く見えないストーリーが話題になりました。今までの謎が解かれたと思ったら、さらに大きな謎がやってくる。しかも、謎解きの伏線は、すでに作中に散りばめられており、巧妙に伏線を張っているので、謎解きのために、何度も既読の巻を読み直してしまうことになります。
 単純な筋立てなのに、なかなか全容が理解できないような工夫がされているのです。

 他人に関心を持ってもらおうとしたら、入り口の敷居はうんと下げて、中身は複雑で奥深く、いつまでも遊んでいられるようにするのが良い、ということですね。

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