ライトノベル作法研究所
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  5. 草原の鷹公開日:2012/04/15

草原の鷹

あまくささん著作

 それは、この地方――アルジアナの民なら誰もが信じている言い伝えだ。
 人は死ぬと、その魂は鳥となって大空に飛び立つという。
 悩みも悲しみもない自由な空を飛翔して。その魂は一年に一度、翼をやすめるために帰って来るとも言う。
 だからこの地方の者たちは、遺体をとても大切にあつかうのだ。


(一)
 風が草原を吹き渡り。
 ジェシカの豊かな亜麻色の髪をなびかせる。
 若い女戦士は馬上から振りあおぎ、初秋の空を見上げた。彼女の瞳は、草原を広々とおおう空の色にも負けないほど、青かった。歳は二十を少し過ぎるほど。
「アウル・カイン……。私も、もうすぐ行くから。けして、あなたを一人にはしないから」
 ふと口をつく呟き。その声音はとても微かなものだったため、誰の耳にもとどかない。
 彼女に従う十数騎の男たちは、皆、髪が黒い。瞳も黒い。肌も逞しい赤銅色だ。
 先頭を行くジェシカだけが、異彩をはなっている。髪も、瞳も。肌も日焼けはしているけれど、陶磁のような滑らかさがあって、色も男たちより淡い。
 身に纏っている衣装は、男たちと変わらない。この地方独特の、軽い皮製の戦装束。一つだけ異なるのは、彼女だけが刺繍を施した純白のマントをはおっていることだ。
 若い女戦士に率いられた一行が川のほとりに開かれた麦畑にさしかかると、彼らに気がついた農民たちが、近寄ってきた。
 はじめはちらほらと、数人だった。
 やがて、声をかけあって続々と集まりはじめる。

――ジェシカ様。
――ジェシカ様。

 口々に呼びかけてくる。
 男も女も、刈り入れたばかりの麦穂を手にしている。
 それを高くかかげるようにして、馬上のジェシカに見せる。
 それはこの地方での、貴人に対する敬いのしぐさだ。
――あなたのおかげで今年も、こんなにも豊かな作物を畑に実らせることができました。
 そう称えて、感謝の心を示しているのだ。
 ジェシカは農民たちに微笑を向ける。
 農民たちも、髪と瞳が黒い。
 ジェシカだけが違う。あたかも逞しい野の草や花の中に、誇り高い一輪の白い花が咲いたように見える。
「ジェシカ様」
 人々をかき分けるようにして、若い百姓女が小走りに近づいてきた。その腕に、麦穂ではなく赤ん坊が抱かれている。
「もうすぐ一歳になる、息子です。アウル・カイン様や貴女のような強い若者に育つように、祝福の言葉をかけてやってください」
 ジェシカはにっこりとして、馬をおりた。
 赤ん坊を抱きとって、しばらく眼差しをそそぐ。
「元気そうな赤ちゃんね。なんていう名前なの?」
「はいッ。ファロスってつけたんですよ」
「そう。アウル・カインのお祖父様のお名前ね」
「でもねぇ。たかが百姓の倅に大それた名前だって、皆言うんですよ」
 女はちょっと、ふくれたような顔をした。
「あら、とってもいい名前よ。それに、お祖父様だって農民の中から身を起こして、アルジアナの王になられた方なんだから。そんなことを言う不埒者は、私の前につれてきなさい。とっちめてあげるから」
「ほうら、ごらん。ジェシカ様だってこう仰ってるよっ」
 女が腰に両手をあてて背後に顔を向けると、首をすくめたり頭の後をかいている者が何人かいた。
 女は嬉しそうに笑い、ジェシカに優しくあやされた赤ん坊も、満面に花が咲いたような笑顔をうかべる。
 ばつが悪そうにしている者たちも、笑っていた。
「ファロス。あなたに祖先の御霊(みたま)の祝福がありますように」
 ジェシカは、赤ん坊の頬にそっと口づけした。
 ふと彼女の心をかすめる、もう一つの幼い面影。
(……アルベル)
 東に残してきた息子、アルベル。亡き夫、アウル・カインとのあいだに授かった男の子の、無邪気な笑顔をジェシカは想った。
 この赤ん坊といくらも年は変わらない、アルベル……。
 
 一行は、村のはずれに天幕を張って休息をとった。
 その間にも村人たちは引きも切らずに訪れたが、天幕の入り口を守る戦士に止められ、さとされて名残惜しそうな顔つきで立ち去っていく。

――ジェシカ様を休ませなければならない。

 彼らの英雄アウル・カインが戦場で帝国軍に大敗を喫し、捕虜として連れ去られて以来。
 その妻ジェシカは、ほとんど眠る間もなく働き続けている。動揺する草原の民たちを取りまとめ、敵の襲撃に備えなければならなかった。それができるのは、アウル・カインの妻として信望のあついジェシカの他にいなかったのだ。
 各地の長たちを説得してまわり、民たちを励まし。戦支度をととのえ。彼女が身を削るように働き続けていたことを、みんな知っているのだった。
――若い女子(おなご)の身で、あれではとてももつまい。
 誰もが、そう思った。
 しかし無常な運命の神は、さらに辛い知らせをジェシカと草原の民たちにもたらしたのだった。
 アウル・カインの死。
 草原の民たちの大いなる希望だった勇者は、囚われ人としての姿を人前に晒すことを恥じて自ら命を絶ったという。
 夫の死を知らされた時。
 ひとり野に佇み、亜麻色の髪を風になぶらせながら空を見つめているジェシカの姿があった。
 その様子は何かしら人をぞっとさせるものがあり、言い伝えに聞く草原の魔女のようだったと、ある者は言う。
 しかし、彼女が悄然としていたのはほんの束の間だった。
 勇者の死に、もうダメだ、われわれは終わりだと嘆く男たちを、ジェシカは懸命に励ました。

――今こそアウル・カインは翼ある御霊(みたま)となって、大空から私たちを見守っているのよ。
――草原の民を守りぬいたアウル・カインの躰は、この草原に葬られなくてはならない。あの人の躰を、取り戻しにいきましょう。

 そしてジェシカは夫に近かったごく少数の戦士のみを率いて、王都ラマスークをめざして進みはじめたのだ。


   *   *   *

 アウル・カインは、祖父のファロス・シアカンに似ているとよく人に言われた。
 草原を愛し、草原の民を愛し、勇猛で気高かったアウル・カイン。ファロスもそんな人だったと伝えられている。
 アルジアナ王国は、ラナウの大河に恵まれて栄えた農業の国だ。しかし、遠い祖先は遥かな東から移住してきた騎馬の民だったと言う。
 今でも王国東部の草原地帯には、少なからぬ数の遊牧民がいる。長い歴史の中で彼らは、時には王国に従順、時には馬賊となって王都と村々を震え上がらせたこともある。彼らは、いつの時代にも狼のように屈強で誇り高かった。
 ファロス・シアカンはそんな草原の狼を率いて、王都ラマスークに攻め上った。そのころ王国は、腐敗に沈み衰退への道をたどっていたと言う。
 実力で王の座をつかみとったシアカンは、アルジアナの中興の祖と呼ばれた。

 しかし、そんなアルジアナの繁栄も長くは続かなかった。
 シアカン二世の治世。西方の海商国家から起こったローランド帝国が、巨大な津波のように押し寄せてきたのである。
 その力に抗することもならず、アルジアナはローランド人に支配されることになった。白い肌をもった異教徒の従属国になりさがってしまったのだ。
 もはや王都とは名ばかりのラマスーク。その宮殿の奥の玉座には、今はシアカン三世が座っている。しかし、彼が人々の前に姿をあらわすことはほとんどないらしい。
 その男は、華麗な玉座にぶるぶる震えながら今も座っていることだろう。でも彼は、ローランド総督ユリセス・フォルトの言いなりで何一つ出来はしないことを、誰もが知っているのだった。
 それがアウル・カインの従兄弟にあたる、今のアルジアナ王シアカン三世だ。
 ジェシカの夫アウル・カインはそんな従兄弟に背き、祖父にならって草原の戦士たちと運命を共にする道を選んだ人だった。
 アウル・カインこそ、ファロス・シアカンの再来と称えられたのに。
 西方の巨竜に抵抗する草原の民たちの、最大の希望だったのに。
 彼の遺体は今、王都の広場で無残な晒しものとなっているという。


   *   *   *

「ザーランのバティスト様、ただ今、ご到着でございます」
 叫ぶような報告に、仮眠をとっていたジェシカは身軽に掛け布をはらいのけた。
 マントをはおり、天幕を走り出る。
 白髪のがっしりした老人が、ジェシカの前に片膝をついた。背後には百に近い手勢が、ひざまづいている。
「お久しゅうございます、ジェシカ様。ご壮挙を聞きおよび、アウル・カイン様のご恩に報いたく、取るものも取りあえず馳せ参じました次第にございます」
 感極まった面持ちでジェシカも膝をつく。老人の瞳を見つめ、その手を握りしめた。
「よく来てくれました、バティスト殿。生きてもどれる見込みは少ないというのに、よく。霊峰サラマスの岩よりも堅い忠節の心根、夫にかわり感謝を申し上げます」
 静かな農村は、にわかに騒然としはじめた。
 北方の老雄の参陣をきっかけとしたかのように、亡きアウル・カインに心を寄せる者たちが、続々と集まりはじめたのだ。
「ここでは、村人の迷惑になる。陣を移そう」
 ジェシカが命じ、彼らは農村から少し離れた森のほとりに移動することになった。その間にも次々に新手が加わり、集結した戦士たちの数はついには千をこえただろうか。

 人と馬とがひしめきあい、周囲の空気は異様な活気に満ち溢れている。
 ジェシカが手綱をとり、ゆっくりと馬を進めると。
 あたりを埋め尽くしていた人馬が、二つに分かれて道を作り、女戦士を迎えた。
 ジェシカの片手が高々と天空に向かって持ち上げられ。さっと撓(しな)るように動いて、西方のある一点を真っ直ぐに指さす。
「ラマスークへ!」
 凛とした声音が、空気を切り裂く。
 一瞬あたりは水を打ったように静まり。
 つづいて、猛々しくも怒涛のような歓声がわきあがった。
 王都ラマスークをめざし、千をこえる騎馬兵が馬蹄を轟かせて進軍を開始する。
 先頭を行くジェシカは、ふと空を見上げた。
 一羽の鷹が、悠々と空をわたっていくのが視界に映った。女戦士の眼差しが、それをじっと見つめる。


 それは、この地方――アルジアナの民なら誰もが信じている言い伝えだ。
 人は死ぬと、その魂は鳥となって大空に飛び立つ。
 悩みも悲しみもない自由な空を飛翔して。その魂は一年に一度、翼をやすめるために帰って来るとも言う。
 もしその日、寄るべとなるべき躰が失われていたなら。魂は荒れ野に吹きすさぶ風の妖魔となって、民たちに災いをもたらすとも伝えられている……


(二)
 一羽の鷹が、空をわたる。
 王宮のバルコニーに立つユリセス・フォルトはしばらくそれを見つめていたが、ぞくっと肩をふるわせて、眼下の広場に視線を落とした。
 ここからは遠くて、はっきりは見えない。
 しかし、ユリセスはその光景をありありと目のあたりにしているように思えるのだ。
 怖ろしいものが、あの広場にはある。彼はそのことをよく知っていた。
(勇者アウル・カインの屍が、あそこで晒し者になっている)
 ユリセス自身が命じたことだった。
 ふと思う。
(死者の魂が鳥になるだって? あの鷹がアウル・カインだとでも言うのか)
 若い総督は風に乱れた栗色の髪を押さえながら、心のうちで吐き捨てた。
 この国には、人が死ぬと魂が鳥になって空に飛び立つという言い伝えがある。
(アルジアナの民は、それを信じて疑わないようだが)
 もう一度、空を見上げる。鷹はもういない。
「……セス様」
(バカバカしい迷信だ。人は人、鳥は鳥だろうに。そもそも)
「ユリセス様!」
 呼びかけられていることに、やっと気がついた。
 驚いてふりかえると、首をかしげてじっと見つめる青い瞳がそこにあった。
「なんだ、クラウか。おどかすな、いつからそこにいたんだ?」
「さっきから。ユリセス様が気がつかれなかっただけです。何をぶつぶつ仰っていたんですか?」
「私が? 何も喋ってなんかいないぞ」
「お口が動いていましたよ」
「……バカな。そんなことがあるものか」
 否定したものの、あまり自信はなかった。
 以前にも何度か同じことをクラウに言われた。考えごとをしているとき、無意識に口を動かしていることがあるらしい。
 クラウは十二の歳からユリセス・フォルトに仕えている。今は十九歳。ユリセスより五つ年下だった。七年間ユリセスのそば近くにいた忠実な従者クラウのこと。ユリセス自身が気づかないクセを他にもいくつも知っているのかもしれない。
 いつだったかこんなことも言われた。
――ご存知ですか? ユリセス様は心を許していらっしゃるときには、けっこう表情が豊かですよ。
 褒めているとも、からかっているともつかない口調だった。
――義母上(ははうえ)様は、神殿の彫刻のような冷たい美貌などとユリセス様のことをおっしゃっていましたが、私は百面相っぽいユリセス様の隠れファンです。
――隠れてないだろ?
 そんな会話ができるのはこのクラウだけだった。
 クラウとは、夜を徹して語り合ったこともあるから、お互いの気心がよくわかる。
 クラウは、優しげな物腰に似合わずけっこう負けん気が強い。この年下の従者に剣術の手ほどきをしてやったのはユリセスだったが、筋が良かったのか今ではユリセスより腕が立つかもしれない。
――ユリセス様は、私が命に代えてもお守りしますよ。
 などと得意げに言うところは片腹痛くないでもないが、立派に護衛も務まるから、たった一人の従者に抜擢してこのアルジアナに連れてきたのだった。
「なあ、クラウ」
「はい」
「料理長は、近ごろ腕が落ちたのか?」
「はい?」
「昨夜の鴨の料理な。あまり美味く感じなかったんだ」
「ああ、そういうことでしたか?」
 クラウは合点がいったように悪戯っぽく微笑した。
「死者の魂が鳥になるっていう、この国の言い伝えですね。あの鴨がアウル・カインに見えたんでしょう?」
「気色悪いことを言うな!」
 思わず声を荒げると、クラウは首をすくめて舌を出した。
 ユリセスは苦笑するほかなかった。
「あいつが鳥になるなら、鷹だろう。少なくとも鴨じゃないさ」
「鷹……ですか?」
 ユリセスは、口をつぐんだ。
(何をつまらんことを言ってるんだ、私は)
 そんな迷信は、まったく信じていないはずなのに。
 いや、信じはしないまでも、理解しようと努力したことは、以前はあった。
 二年前。アルジアナの総督として赴任してきたころのユリセスは、何とかこの国の民衆の中に溶けこもうと努力した。この国の風習を尊重したし、神話や言い伝えに熱心に耳をかたむけもした。
 ローランド帝国は、敗れた者をけして殺さない。
 ローランド帝国は、降伏する者を寛容の精神で受け入れる。
 ローランド帝国は、支配下の国々を苦しめることはない。むしろローランドの富と繁栄を分け与えてやるのだ。
 そのころのユリセスは、祖国の正義と理想を信じていた。
(若かったのだ)
 そう思わざるを得ない。
 いや、それからまだ二年しかたっていないのだから、今のユリセスも他人は十分に若いと言うだろう。
 しかし、そのわずか二年のうちに、ユリセスは自分の心がすっかり老人になってしまったように感じるのだ。
(私はこの国の民を理解しようと、ずっと努力してきたつもりだ。しかし、すべて無駄だった)
 今の彼には、そんな思いしか残ってはいない。
(どれほど優しく接しても、アルジアナ人は私に親しみの笑顔を見せることはなかった。どれほど理解しようと努めても、彼らが何を言っているのかよくわからなかった。どれほど誠実に耳を傾けても、彼らと心が通じ合うことはなかった)
 ユリセスは、空を見上げる。
 鷹は、いない。

 ユリセスはバルコニーを離れ、廊下に出た。クラウは無言でついてくる。
 部屋の入り口を守っていた衛兵に問いかけた。
「チェルボク将軍は、どこに?」
「作戦の間におられます」
 ユリセスは軽くうなづいた。
 作戦の間、と呼ばれる大部屋に二人は入っていった。
 部屋の中央に王都周辺の地形図が作りつけられ、数人の軍人がそれを取りまいている。ユリセスに気づくと、彼らはいっせいに居ずまいを正し、左の拳を胸にあてて拝礼した。
 ユリセスは、かるく手を上げて答礼した。
 皇族として生まれ育った彼は、他人に敬われることに慣れている。ずっと年上のいかめしい軍人たちに囲まれても、気圧されることはなかった。
「敵のその後の動きは?」
 ユリセスは言葉少なく質問した。よけいな会話はしない。ただ知りたいことを答えさせるだけでよかった。
 幕僚の一人が進み出て答える。
「ジェシカに率いられて、すでに農村地帯に入ったとの報告がありました。潜伏していた反逆者共が合流して、かなり数が膨れ上がっているようです」
「どれほどになった?」
「はっきりとは。千は超えている模様です」
「そうか」
 傍らの椅子に腰をおろし、頬づえをつく。
(この期におよんで、帝国に楯を突く者たちがまだ千名以上もいるのか)
 しかし彼らに対して憎しみの心は、わかなかった。
 むしろその勇敢さを褒めてやりたい気持ちさえあった。
(それでこそ、誇り高い草原の民たちだ)
 そう思うのだ。
 かつてのユリセスは、そんな彼らにほのかな憧れの念さえいだいたこともある。
 しかし、今の彼は群がるその勇者たちを、容赦なく殲滅しなければならない。
 決戦の時がせまっていた。
「このたびは、なかなかお見事でしたな、総督殿」
 ユリセスの想いを断ち切ったのは、物柔らかな、それでいてどこかトゲを含んだ声音だった。
 顔を上げると。
 地形図の傍らから黒い軍装に身をつつんだ痩身の男が、ゆっくりと進み出て来るのが目に入った。まるで、影が動いたようだ。
「見事? 何がだ、チェルボク将軍?」
 ユリセスは苛立たしげに、眉をよせる。
 この男があまり好きではなかった。
 将軍のこげ茶色の縮れ毛と、にやけた慇懃無礼な髭づら。そんな風貌からして癇にさわる。
 ユリセスは容姿や風采で人を判断したり、好悪の感情をもつことがないように心がけている。しかし、チェルボクだけはどうにも目障りだった。
 この男も、ローランドに征服された異民族の出身だ。ただし、故郷はこのアルジアナよりだいぶ南方にある小国だった。
 ローランドの男はあまり髭をたくわえない。口許から顎にかけての濃い髭は、将軍の故郷の男たちが好む風俗らしい。
 帝国の寛容さは、被支配民族の出でも才があれば登用する。そうした中でも、チェルボク将軍は出世頭として羨望されている。
 ただし、よく言えばだ。
(キレイごとを抜きにして言えば、この男、帝国の政治屋たちにずいぶん賄賂をおくっていると聞く)
 いかつい容貌に、何となく卑屈な物腰。それでいて、民族の誇りとばかりに見せつける暑苦しい髭づら。それらのすべてが、なんとも胡散臭く、鼻持ちならなかった。
「どうした。何が見事なのか、遠慮なく言ってみろ」
 ユリセスが問を重ねる。声に苛立ちがまざってしまうのを、おさえられなかった。
 チェルボクは、困ったように苦笑を浮かべた。
「アウル・カインの屍をエサにした総督殿の思惑が、予想以上に図にあたったようだと。そう申し上げております。草の根に隠れていた反逆者共が、燻(いぶ)し出されてきましたな。これで一気に根絶やしにできましょう」
「利いたふうなことを」
 顔をそむけて、吐き捨てる。
 チェルボクは、ユリセスの思惑を正確に言い当てていた。
 アルジアナの反乱軍は、つねに少数で奇襲攻撃をしかけてくる。敵がいつどこから襲ってくるかわからない。ユリセス配下の守備隊は、それに手を焼いて多くの犠牲を出してきた。
 だからユリセスは、敵の誰もが慕うアウル・カインの屍をエサにして、彼らをおびき出す作戦をたてたのだ。
 でも、ユリセスの心には切り裂かれるような痛みがあった。
(これが、作戦などというものか)
 卑怯な罠にすぎない。そう思わざるをえないのだ。
 敵は、罠と知りながらやってくる。アウル・カインの屍がいつまでも辱められることが、彼らに許せるはずはないのだ。
(そんな敵の心情を知りながら、私はあいつの躰を広場に晒した)
 そんな想いがあったから、チェルボクの平然とした物言いが我慢できないのだった。
「ユリセス様」
 囁くように呼びかけられて、はっとそちらを見た。
 青く澄んだ瞳が見つめていた。クラウが無言で小さくうなづく。
(クラウ……おまえ)
 迷わないで。そう励ましてくれているのだろうか?
 ユリセスは気を取り直し、椅子から立ち上がって地形図に歩みよった。
「敵の狙いは広場に晒されたアウル・カインの屍だ。それはわかっているが、この王都まで敵が侵入するのを許すわけにもいかぬ。勝負は野戦だ。これまでの動きから、ジェシカはどこに現われると見る?」
「それは……ここですな」
 チェルボクは、迷わず地形図上の一ヶ所を指さした。
「敵がそこに到達する日時は?」
「明日の未明」
 ユリセスは、異国の将軍をじっと見据える。
「確かか?」
「十中八九は」
(こやつ……)
 チェルボクの確信に満ちた口調に、苛立ちを感じた。
「なぜそういい切れる? 草原の軍の動きは予測がつかない。それに我々は苦しめられてきたんじゃないか」
「今回は敵の最終目的地が明確。そして多勢となったため、通過できる経路がかぎられる。そこから推測した答えです」
「……そうか」
 ユリセスは、他の幕僚たちの方に視線を向けた。
「出陣の支度をせよ。ただし、戦場に赴くのは常備軍五千。チェルボクが率いる援軍四万七千は残す。後詰にまわし、この王都ラマスークを守備してもらう」
 そう言ってからもう一度チェルボクに視線をもどし、念を押すように言う。
「異存はないな、将軍」
 チェルボクは微笑した。
「なんなりと、ご命令には従います。ところで、指揮官は?」
「私が行く」
「あなた自らが?」
 チェルボクが少し驚いたような顔をみせた。
 苦労知らずの若造に軍の指揮などできるのか? そう言いたげだった。
 そのとき。
「侮りあそばしますな、将軍殿」
 静かだがピンと張りつめたような声音が響いた。クラウだった。
 意外な一声に、みなの視線が総督の若い従者に集まる。クラウは注目されて怯んだのか、ちょっと顔を赤らめた。
 それでも声を励ますように、言う。
「ユリセス様は、アルジアナに赴くにあたり用兵の勉強を一年間習得されました。帝都で行われた軍事演習では優秀な成績をおさめられて、皇帝陛下からお褒めの言葉を賜っています」
「よせ。つまらぬことを言うなっ」
 ユリセスはいくらか溜飲がさがる思いだったが、たしなめた。
 クラウは首を縮めて、うつむく。
(しょうがないやつだ)
 ユリセスは苦笑し、その肩をかるくぽんと叩いた。それからチェルボクの方に視線を向けた。
「おまえの言いたいことはわかる。教科書通りの生兵法など、実戦に通用しないと思っているのだろう? それはそうかも知れないが、私にも覚悟がある。反逆者との戦いをここまでこじらせてしまったのは、私のこれまでの不手際だった。だから、責任をもって私が片をつける」
「わかりました」
 チェルボクが微笑する。
「ラマスークは我らがしっかりと守りますゆえ、後顧の憂いなく戦いに臨まれますように」


(三)
 ユリセスとクラウは、急いで宿舎にもどった。
 いつでも戦場に赴けるように、手はずは整えてはある。しかし、最後の準備としてやらなければならないことは多かったし、出陣が夜半と決まったから、その前に少しでも寝すんでおく必要もあった。
 宿所としている館に向かう途中、広場を通ることになる。
 かつて王国に勢いがあったころ、この広場は交易の商人や街の者たちで賑わっていたのかもしれない。しかし、今は閑散としている。
 力を失ったアルジアナ王の彫像が胸をはっているのが、悪い冗談のようだ。
 ユリセスは足をとめた。
 じっと見つめる。
 交差して地に打ちこまれた二本の太い杭に、括りつけられた屍。上半身は裸で、生を失った肌は醜く灰色がかっている。
 反乱軍の英雄アウル・カインだった。
 この男を生きて捕らえたという報告を聞いたとき、ユリセスはこれで長く苦しい戦いが終わりを告げるかもしれないと思った。
 捕虜とは言え、この勇者を丁重に処遇しよう。そう考えた。
 アウル・カインと腹を割って話をするのだ。
 アルジアナ人の言い分に耳を傾け、もう一度、思いを彼らに伝えてみたい。
 そんな希望が久しぶりに心によみがえったのだった。
 ところが。
 アウル・カインはそんな彼を出し抜くかのように、自ら命を絶ってしまったのだ。
(なぜだ)
 わからなかった。自分が人質として取引の材料にされるとでも思ったのだろうか?
 ユリセスは呆然とするほかなかった。

 囚われの敵将が自害したという報告は、ユリセスを打ちのめした。半日ほどはクラウさえも部屋に入れず、ぼんやりと時をついやした。
 ユリセスをもう一度奮い立たせたのは、皮肉なことにある焦燥感だった。迷っている時間はなかったのだ。
 アウル・カインの死は、ユリセスに一つの決断をせまったのである。
(これ以上、反乱軍との戦いを長引かせてはならない)
 泥沼のように続くアルジアナ人との長期戦に、帝国は業をにやし、すでにチェルボク将軍率いる四万七千の大軍を送り込んできた。
 帝国政府はアルジアナを力づくで押さえつけようとしている。彼らは、理想主義的な統治をつらぬこうとするユリセスに強い不信感をいだいている。占領地には容赦なく圧制をしけと、何度となく要求してきた。
 しかし帝国の政治家たちも、皇族であるユリセスに頭ごなしには命令できないのだ。
 世間知らずのお坊ちゃん総督にも困ったものだ。そう思われていることは知っている。政治家たちとチェルボク将軍の思惑は、わかっている。
 反乱鎮圧の失敗を理由に、ユリセスを解任してしまうつもりなのだ。
(そんなことをさせるものか)
 意地もあった。
 しかし、それだけではない。自分が総督の地位に止まることが、アルジアナの民を守ることにつながる。そう信じているのだった。

 風に吹き晒されるアウル・カインの屍を、ユリセスは見すえた。自らの弱い心をふりすて、運命に挑む。そんな気持ちだった。
 見つめるうち、しだいに全身に鳥肌が立つのを感じた。
 アウル・カインの躰は、腐敗を遅らせるために薬品で処置をほどこしてある。そのためか肌の色艶は不自然で、ところどころ青黒く変色している。
 少し口が開き、やけに白い歯がむき出されて、ユリセスを嘲笑っているように見えた。
 乾いた風にふかれ、ほつれた髪がゆれる。
 ぞっとするような姿だった。
 これが、言い伝えに聞く風の妖魔か、とさえ思う。
「ご自分を責めないでください、ユリセス様」
 ふいに投げかけられた声音。
 はっとして振り向くと、クラウの青い瞳があった。
 それは悲しげに、しかし強い光をたたえてじっとそそがれていた。
 ユリセスは、全身を強くわしづかみにしていたものが、和らいでいくように感じた。
(クラウ……おまえには、隠し事はできないんだな)
 ふと空を見上げる。
 鷹は、いない。

 宿舎では、めずらしく言い争いになった。
 クラウがどうしても戦場に同行すると言ってきかないのだ。
「おまえは私の身のまわりの世話をさせるために連れてきたんだ。兵士としてじゃない」
 何とか説き伏せようとしたが、クラウは頑として従おうとしなかった。
「兵士じゃなくたって、剣の腕だってユリセス様より私の方がよほど上です。いざとなったら、ユリセス様をお守りするのは私です。そのためなら命なんかいりません。ずっとそう思いながらお仕えしてきました」
 クラウの言葉は、うれしい。
 しかし、明日の戦いはかつてないほど厳しいものになると思われた。敵も死に物狂いだからだ。
 戦場に向かえば、命を落とすことになるかもしれない。
 ユリセスはひそかに覚悟していたから、なおさらクラウを連れて行く気にはなれなかった。
 しかし、クラウには隠し事はできない。
 ユリセスが死を予感していることを敏感に感じとり、だからこそ行動を共にしたいと強く願い出ているようだった。
 結局、ユリセスはクラウの同行を認めた。一抹の不安をいだきながら。


(四)
 小高い丘から見下ろす、広い平原。
 その決戦の予定地に、ユリセス・フォルトの総督軍五千は夜のうちに布陣を終えた。
 やがて東の空が明るみ始めるころ、朝もやの中に草原の戦士たちは姿をあらわした。
 もやが晴れ、敵の全貌がしだいに見えてくるにつれ、ローランド兵たちの間からざわめきが起こった。
 恐るべき光景を、目の当たりにしたからだ。
 反乱軍の数は、二千を超え、三千を超え。
 六千をこえるように見える。
 数の上では明らかにローランドの軍勢を上まわっているのだった。
(アウル・カインと……ジェシカという女の人望が、これほどまでとは)
 ユリセスは体に冷や汗が流れるのを感じた。
(やはり、直属軍だけで応戦するという決断は無謀だったか?)
 振り返ると、クラウも青ざめた顔で平原を見つめていた。
 ごくりと唾を飲み込み、
「怖いか?」
 と声をかけた。平静をよそおったつもりだったが、その実、ふるえが声音にあらわれないようにするのに必死だった。
「陽が高くなるころには、自分はこの世にいないのかもしれないなって……今はじめて実感しました」
 クラウの答えだった。
 まわりを見まわす。
 少し控えて立ち並ぶ数名は、歴戦の戦士たちだ。さすがに彼らの表情にゆるぎは見えない。
 しかし。
(この者たちとて、人間だ。死の予感を目前にして怖れがないはずはない。私が震えていてどうする?)
 強くかぶりを振り、迷いを心から追い払う。
 さっと立ち上がった。
(勝つことだけを考えよう)
 誰にも気取られないように一つ深呼吸して。口許に微笑の形をつくった。それが自己暗示になって、少しだけ気持ちが落ち着いた。
 表情を引き締め、主だった者をすみやかに集合させるように命じる。

「これが最後の戦いになるだろう」
 ユリセスは、部隊長たちを前にしてそう語り始めた。
「知っての通り、帝国は四万七千もの援軍を我々に押し付けてきた。反乱軍との戦いに手こずっている我々を不甲斐ないと見てのことであろう。しかし私は、君たちがこれまで誠実に務めを果たしてきたことを知っている。そして、君たちも私も、長く苦しい戦いを重ねることによって強くなった」
 それからユリセスは、懸命に声音を励まして一人一人の名前を順に呼びかけていった。
 呼ばれた者は、直立不動になって小気味よい返答の声を返す。
 最後に。
 ユリセスはクラウの方に向きなおり、まっすぐに見つめた。
「クラウ・ランディスっ」
「は、はい!」
 まだ十代のクラウは、ユリセスより素直だ。ぎこちなく体を硬くして、喚くように返答した。
「これまでよく仕えてくれたな。これからも私の支えになって欲しい」
「はい!」
 涙を抑えることさえ忘れて、クラウは叫ぶ。
 ユリセスが、眼下の平原に視線を移す。
「敵は多いが、しょせん烏合の衆だ。君たちなら勝てる。ぞんぶんに力を発揮して、帝国軍人としての責務を全うすることを望む!」
 それぞれの者が、それぞれの持ち場に散っていき。
 さほど時をうつさず、熾烈な戦いが始まった。


(五)
 しだいに陽が高くなる。
 眼下の平原では、一進一退の戦いがつづき、敵味方とも徐々に数を減らしていった。
 ユリセスは、丘の上の陣営からじっと見下ろす。
 戦況は混沌としていたが、敵方の数ヶ所が少しずつ崩れはじめているように見えた。
(今、押せば勝てるのではないか?)
 そう思った。直感だった。
 これから投入するとしたら、ユリセスを護衛する五百名しか残っていない。
(これを使おう)
 そう、決意した。
 そして。
(味方の士気を高めるためには、どうする?)
 方法は一つしかないように思われた。
「クラウ」
 みじかく呼びかけた。
「私も行くぞ」
「ユリセス様が?」
「ほかにいないだろう?」
 自然に微笑を浮かべることができたのが、不思議だった。気持ちが昂ぶり、頭脳がなかば麻痺したような感覚だった。
「ついてくるか?」
 ふだんの彼なら、こんなことは尋ねないだろう。
 しかし、若い従者の身の危険を気遣う心はもう薄れている。
「もちろんですとも!」
 青い瞳を爛々と光らせて叫び返したクラウも、いつもとは様子がちがう。
 戦場の狂気が、二人を呑み込みはじめていた。

 馬を駆って戦場に現われたユリセスの姿を見て、味方が勢いづくのがはっきりとわかった。
 平原のあちらこちらで乱戦は続いている。
 ユリセスは剣を片手に、ゆっくりと馬を進める。しかし自ら武器を交えて敵兵と戦う必要はなかった。彼は激戦地に向かって馬を乗り入れる。
 敵味方の入り乱れる只中に馬を止め、部下たちの戦いぶりをじっと見据えた。

 陽はすでに、中天にあった。
 しだいに帝国軍の優勢となりながら、戦闘はなおも続いている。
(勝てる)
 馬上のユリセスは思った。
 このまま攻め続ければ、勝てる。少し興奮しながら、そう思った。
 ただ、まだ戦況は容易ではないのも確かだった。
(あと一押しする何かがあれば)
 そう思ったとき、頬を矢がかすめた。
「危のうございます、ユリセス様!」
 クラウが馬を寄せて、叫んだ。
「軍旗を、控えさせましょう!」
 クラウが言うのは、一人の兵士に持たせているフォルト家の旗印のことだ。それを隠せとクラウは言うのだ。ユリセスの身分がわかり、敵の標的になってしまうからだ。
「そのようなことができるか!」
 ユリセスは叫び返した。
 軍旗と共に彼が激戦地にいることが、味方に勇気をあたえているのだ。
「しかし、矢が」
「私にあたるものか!」
 言い放ったユリセスは、本気でそう思っていた。異様な高揚感に支配されていた。
 クラウは頬を上気させ、まぶしげに主人を見た。

 激戦が続くさなかであっても。
 広い盆地の平原が、人馬で埋めつくされているわけではない。あちこちに人が固まって、剣や槍を交えている状態だった。その間には、無人の空間もある。
 ユリセスの周辺で繰り広げられていた戦闘は、しだいにその中心が移動していった。
 そのため、今ユリセスたちを取りまく風景は、閑散としたものになった。
 戦いの様子も、少し離れた地点からでは小競り合いのように見える。
 だからユリセスは、冷静に戦況を見わたすことができた。
 ふと。
 ユリセスは、ある一つの方向に視線を向けた。
 そこに、十騎ばかりの敵の一団が現われていた。しかし、ユリセスのいる位置からは遠い。
 はっきりとは見えなかったが、一団の中心にいる戦士の真っ白なマントが目を引いたのだ。
 美しく見えた。
 戦場の中を悠々と接近してくる彼らを、ユリセスは見つめる。
 帝国軍の兵士たちが、白い戦士とそれを護衛するように取りまく一団にじりじりと接近している。
 小さな戦いが生じたが、まだお互いを警戒しあって双方の動きは緩慢だった。
 ややあって。
 白い戦士が、敵味方の入り乱れる中からふいに飛び出した。
 まるで無人の草原を駆け抜けるように、ユリセスの方に向かって戦士は一直線に馬を走らせてくる。
 その疾走もまた、美しかった。
 ユリセスは魅せられたように、接近してくる白い戦士を見つめた。
 少し離れたところで、戦士は馬を止める。
 息を呑んだ。
 波打つ亜麻色の豊かな髪。それを色鮮やかな布で簡素にまとめている。
 若い女が、突き刺すような視線をユリセスに注いでいるのだった。
 この時、彼らの周囲には敵も味方もほとんどいなかった。白い戦士が総督に迫ったことを誰かが気づいたとしても、かなり離れた地点で牽制しあっているため、近づくことができないのだ。
 ユリセスと女戦士。その二人が対峙する真空地帯のような空間が、戦場のただなかに出現している。
 時おり流れ矢がかすめるのにも、二人は意に介さない。
 ふいに。
「はあっ!」
 女が一声叫んだ。
 上体を馬上に少し伏せ、ユリセスに向かって突き進んできた。手にした半月刀が光る。
 目前に迫った女の顔。肌の色は淡く、瞳は青い。ユリセスと同じ民族の血。
 馬と馬とが接近した刹那。
 ユリセスは長剣を掲げて、女戦士の一撃を受けとめる。
 二頭の馬は、駆け違い、ふたたび距離をおいて止まった。
 ユリセスが振り返る。
 二十歩ばかり離れた地点に、女戦士も馬を止めて彼を見ていた。
 美しくも氷のような表情。
 ところが。
 彼女の視線が動き、その表情に驚きと戸惑いの色が走ったのだ。

(なんだ?)
 ユリセスは、女のまなざしをたどって背後を振り返った。
 そして、彼は見たのだ。
 クラウの馬が棒立ちになるのを。
 叫ぼうとしたが、声が出なかった。
 クラウの体が地に落ちる。
 ユリセスは無我夢中で、馬から飛び降りた。
 そしてクラウのかたわらに走りよった。
 クラウは草叢にうずくまり、動かない。そのまわりを馬が、途方に暮れたように歩きまわっている。
 ユリセスはぎょっとした。
 クラウの肩を、矢が貫いているのを目にしたからだ。
 クラウの体に手をかけると、ほっそりとした体の柔らかさが手のひらに伝わってきた。必死に呼びかけると。クラウは少し顔をあげてユリセスを見た。しかし声は出せないようだった。
「クラウっ。しっかりしろ」
 両手でクラウを苦しめている矢をつかんで、へし折った。肩から引き抜いたとき、クラウは悲鳴に近い呻き声をあげて気を失った。
「クラウっ!」
 混乱した感情の中で、ユリセスは懸命に思考をまとめ、判断しようとした。
 胸を引き裂かれるような、激しい感情の渦の中で。
 矢傷は重いが、おそらくすぐにクラウの命を奪うようなものではない。しかし、出血がひどかった。
 ユリセスは自らの上衣を引き裂いて、傷口をしばった。それが、見る見る真っ赤に染まっていく。
(はやく手当てしなければ、危ない)
 しかし、今この乱戦の中を抜け出す方法はない。
(クラウの血がとまらない)
 悲痛な思いの中で顔を上げると。
 女戦士の馬が、すぐ近くに迫っていた。

 白マントの女戦士が二人を見下ろす。その表情は、逆光のために見えない。
 女戦士の背後に、反乱兵たちが数騎、接近してくるのが見えた。
 ユリセスはきっと表情を引き締め。
 長剣をつかみ直して、迫る敵からクラウを庇おうとした。

 その時。

 ユリセスたちを取りまいていた敵が、にわかに狼狽し始めたのだ。
 背後に馬蹄の轟き。
「総督様をお守りしろ!」
 少し離れた地点で小競り合いをしていた味方が、駆けつけたらしい。
 しかし、敵を驚かせているのは、彼らではないようだった。女戦士たちはユリセスの背後の、もっとずっと遠い所を見ている。
 ユリセスは振り返り、目を疑った。
 戦場を取りまく丘の峰という峰に、帝国の軍旗が翻っていた。
 途方もない数だった。
 それは反乱軍だけではなく、ユリセス率いるローランド人たちをも、無言で威圧するかのように見えるのだった。
 広大な盆地の数ヶ所で続いていた戦いの叫びと喧騒が、しだいに静まっていく。
 敵も味方も、呆然とその光景をただ見つめ、あたりを静寂が支配した。
 やがて。
 歌声が聞こえ始めたのである。
 それは軍旗の翻る峰々から、わきあがった。始めはばらばらだったが、やがて天地に響き渡るような大合唱となっていった。
 ローランドの国歌。神と帝国の繁栄を称える歌だった。


(六)
「……これまでのようね」
 落ち着いた静かな声音を、ユリセスは聞いた。
 それは、女戦士が仲間に投げかけた言葉だった。
「これ以上戦っても無駄だわ。何とか斬りぬけて、一人でも多く故郷に帰りなさい。犬死してはいけない」
「ジェシカ様は?」
 はやる馬を沈めながら、そう問いかけた者がいる。
「私の帰るところは、夫のもとしかない」
「しかし……どうなさるおつもりなのですか?」
 女は答えず、しばらく馬の首をなでていた。
 やがて、すっと馬をおりた。
「セキトバを連れて帰って」
 屈強の戦士に向かって、手綱を差し出す。戦士はとまどっていた。
「しかし……」
「ゆるして。私の最後のわがままを」
 女戦士――ジェシカの言葉には、静かだけれど有無を言わせない強さが込められているようだった。
 草原の戦士たちはなおも何か言いつのろうとしたが、やがて諦めたらしい。
 ジェシカの乗馬を引いて、彼らが立ち去って行くのを、ユリセスは呆然と見守った。
「ユリセス様、お怪我はありませぬか?」
 帝国の兵士たちが駆け寄って来る。
 ユリセスははっとして、草叢に倒れているクラウを振り返った。地に膝をつき、必死に見守った。
 クラウは自らの衣服とユリセスの施した仮の包帯を血に染めて、苦しげに息をしている。
「私のことはよい! クラウを。一刻も早く手当てしてやってくれ」
 若者が担架に乗せられて行くのを見とどけて、ユリセスはようやく安堵の息をついた。
 突然の、戦闘の終結。そのおかげでクラウは何とか一命を取り留めることができそうだった。
 ユリセスはようやく冷静さを取り戻し、まわりを取りまく配下の兵士たちにいくつかの命令を与えた。
 草原の戦士たちは退却をはじめており、態勢を立て直した帝国軍が追撃している。
 女戦士はその様子をじっと見つめていた。
 ユリセスは、彼女の方に向きなおる。
「きみが、ジェシカか?」
 女も振り向いた。
「まず、自分から名のるのが礼儀では」
 それが返答だった。
「失礼した。ローランドのユリセス・フォルトだ」
「私はアウル・カインの妻、ジェシカ」
 女は名のり、また無言になる。
「殊勝だな。投降するということか?」
「……そう思ってもらってもよい」
 女戦士の意外なほどあっさりとしたふるまいを見るうち、ユリセスは胸の奥にまた微かな希望の灯がよみがえるのを感じた。
 彼は慎重に言葉を選びながら、ジェシカに語りかけた。
「君には、我々と同じ民族の血が流れていると聞く。もし君が我々に協力するなら、君は処罰を免れることができるぞ」
 ジェシカは、ふっと蔑むような笑みを浮かべた。
「処罰だって? 好きにするがよかろうさ。私はおまえたちに協力するつもりなどない」
「できることなら、まず私の話に耳を傾けてはくれまいか? 協力するかしないかは、それから考えてもらっても良いのだ」
 ユリセスは、懸命に説得しようとした。


   *   *   *

 ジェシカ。
 彼女は、ローランド人の守備隊長の娘だったと聞いている。しかし、六年前に行方不明になった。そのころアルジアナに起こった最初の反乱に巻き込まれたのだ。
 当時はまだ少数だった守備隊は、反乱軍の攻撃を受けて全滅し、隊長も戦死した。その娘ジェシカが行方知れずになったことは、そのころは大して問題にもされなかったと言う。
 ジェシカという名が有名になったのは、それから数年後のことだった。
 ふたたび人々の前に姿を現した彼女は、反乱軍の英雄アウル・カインの妻となっていたのだ。
 ユリセスがこの地に赴任した時、すでに彼女はアウル・カインとも並ぶ勇猛な草原の指導者として名をはせていた。
 ジェシカという女性について、赴任した当時、ユリセスはさまざまな噂を聞かされた。
 その中のいずれが真実なのか、いや、そもそも真実というものが含まれているのかどうかさえ、ユリセスにはわからなかった。
 それほど、ジェシカをめぐって語られていた話は、混乱していたのだ。
 守備隊を全滅させた張本人がジェシカだと言う者もいた。彼女が反乱軍に内通し手引きしたのだと言うのだ。
 一方で、彼女は蛮族に拉致された被害者であり、さんざん陵辱されたあげく心ならずもアウル・カインの情婦にされたのだと言いはる者もいた。
 真相は藪の中だった。
 しかし、そんな中でユリセスはひとつだけ確かと思える情報をつかんでいた。
 それは反乱軍から信頼をよせられる数人の指導者の中で、ひとりジェシカだけが帝国軍にはむかうことの無謀さを仲間に説き、戦いを終わらせることを懸命に主張していたというのである。
 その情報には信憑性があると、ユリセスには思えた。反乱軍の中で、彼女だけが帝国の途方もない巨大さを肌で知っているはずだからだ。
 アルジアナ人たちは、ローランド帝国の力がどれほどのものか知らない。帝国はその気になれば数十万の軍勢をこの地に差し向けることもできる。所詮、勝てる相手ではないのだ。しかし、アルジアナ人の誰一人としてそのことがわかっていない。
 ローランドの帝都で幼い日をすごしたジェシカだけが、ローランドの巨大さを知っていた。だから戦いが無謀であることも理解していたのだろう。

 だからこそ、今、ユリセスは一縷の希望をいだいた。
 ジェシカはこの地に平和をもたらすために、ユリセスに協力するかもしれない。
 そんな儚い期待にすがりつこうとしたのだった。
 しかし。
 ユリセスの思いは、女戦士のぞっとするほど冷やかな眼差しに、あとかたもなく打ち砕かれた。
「私の望みは、一つだけだ。夫の躰を返してほしい」
 静かだけれど、けして揺るがぬ口調だった。
「……だが、きみの夫は」
「もちろん、知っている」
 一瞬、ジェシカの瞳に激しい感情が閃いた。ユリセスは思わず視線をそらす。
「ラマスークに潜入している何人もの仲間から、今の夫の姿は詳しく聞いている。夫の屍が無残な辱めを受けていることも。それを命じたのがローランドの総督ユリセス・フォルトであることも」
 広場に晒したアウル・カインの姿が、ユリセスの脳裏によみがえった。
(やはり、この女と和解などできるはずもない)
 そう思い知るほかなかった。


(七)
 ジェシカの武装を解かせた上、二頭立ての戦車に乗せた。
 とにかくラマスークへ彼女を連行する。彼女をどのように処遇するかは、王宮に戻ってからあらためて決めよう。そう考えた。
 疲れていたのだ。戦いを終えた安心感からか、疲労が全身にまとわりついている。
 ジェシカはひややかな横顔を彼に向けて、無表情で空を見つめていた。
 街の入り口では、チェルボク将軍が少数の兵士を従えて彼らを出迎えていた。
「なぜ、命令に従わなかった?」
 苛立ちを隠せずつい厳しい声音を叩きつけてしまったユリセスに、将軍は穏やかな微笑を投げかけてきた。
「何のご命令のことでしょうか、総督殿」
「軍を動かした理由を聞いている。おまえには、ラマスークの守備にあたるよう命じなかったか?」
「確かに、そう承りました」
 チェルボクは平然と答える。
「されば。あの丘陵は、このラマスークにとって重要な最終防衛線です。あそこを超えられたら、市街への侵入を防ぐことは困難ですからな」
 あまりの白々しさに口をつぐんでしまったユリセスを見つめ、チェルボクはにやっと白い歯を見せた。
「しかし、ご命令ゆえ兵士らに戦わせるわけにはまいりませんでした。やらせることもないゆえ、歌でも唄っておれと命じたまでです」
「……それが、おまえの腹か」
 チェルボクの軍は確かに戦闘には参加しなかった。しかし、あの場にいた者の目には、チェルボクの援軍によってユリセスがかろうじて勝利を拾ったと見えただろう。帝国政府にも、そう伝えられるに違いない。
 将軍の狡猾さが腹立たしかったが、ユリセスは咎めることを諦めた。
 それよりも気になっていることがあったのだ。
「クラウは、どうした?」
 焦る心をつとめて気取られまいとしながら、ユリセスは将軍に問いかけた。
 チェルボクは、一瞬けげんそうな表情を見せた。それから、ああとうなずき、
「あなたの従者ですな。あの者のことなら心配にはおよびません。今、手厚く治療させているところです」
「命は助かるんだな?」
 思わず語気が強くなったのか、チェルボクは驚いたようだった。
「私は医者ではありませんからな。しかし、大事ないでしょう。命にかかわるほどの重体ではないようです」
「……そうか」
 ようやく胸の暗雲が晴れるように、安堵の気持ちが広がる。
 そんなユリセスを見やりながら、チェルボクは何かためらっている様子だった。
 やがて慎重な口調で言った。
「ところで、総督殿……あの者は」
「あの者とはクラウのことか? あいつがどうかしたのか?」
 チェルボクはしばらく無言でユリセスを見つめ、やがて白い歯を見せてにやりと笑った。
「いや……あの者を手当てした医師が、こっそり耳打ちしてくれたことがあるのですよ」
(そうか、しまったな)
 ユリセスは内心の動揺を悟られまいと、表情を硬くした。将軍の思わせぶりな言葉が、何を仄めかしているのかわかったからだ。
 そんなユリセスに将軍は探るような眼差しを向けた。そして言った。
「ご心配なく。医師たちには口外しないように申しつけておきましたから。私も眼をつむりましょう……ただ、もったいないですな」
「もったいない?」
「あの傷は、一生残りますよ」
 ユリセスは言葉を見つけることができず、無言で顔をそむけた。

 戦闘後の処置について、将軍はいくつか手短にユリセスに伺いを立ててきた。
 ユリセスはそれに、なかば上の空で返答した。
 しかし、話がジェシカの処遇におよんだとき、二人の意見は衝突した。
 ユリセスは勇敢に戦った敵将の名誉だけは尊重したいと思っていた。
 しかしチェルボクは、彼女を厳しく捕虜として扱うよう主張したのだった。
「街に入る前に、あの女の躰を検(あらた)めなければなりません」
 チェルボクの言葉に、ユリセスは眉をひそめた。異国の将軍のやんわりとした微笑が、癇にさわる。
「無用だろう。彼女が武器を持っていないことは確かめてある」
「いや、不十分でしょう。あの女を裸にして調べましたか?」
「言葉を慎め、将軍っ」
 かっとなって、叱責する口調になった。あからさまな物言いが不快だった。
 チェルボクは首をすくめた。
「言葉など謹んでも同じことです。我々はやるべきことをやらなければならない。投降? ばかな。あの女は敢えて我々の懐に飛び込んできたのですよ。何を企んでいるかわからないと見るべきです」
 返す言葉がなかった。
 街のはずれに天幕が張られるのを、ユリセスは見守った。
 ふとジェシカに視線をうつす。彼女はただ無言で佇んでいた。その面差しにどんな感情も見て取ることはできなかった。
 風がジェシカの亜麻色の髪をなぶる。彼女は少し顔を上げていた。空を見つめているようだ。
 ユリセスも彼女のまなざしをたどり、紺碧の空に視線を向けた。
 しかし、そこに鷹はいない。

 ややあって。チェルボクが命じたのか、二人の女が天幕のかたわらに姿をあらわした。
 一人は老女だった。もう一人は大柄な、いかつい顔をした若い女だ。
「あの者たちは?」
「守備隊にゆかりの女たちです。住まいがここから近かったので、急ぎ呼び寄せました」
 チェルボクが答える。
 老女は一年前、戦で息子を喪っているということだった。若い方は老女の娘で、戦死した兵士の妹だという。
「あの二人に、ジェシカの躰を検めさせるのか?」
 チェルボクはにやりと笑い、うなずいた。
「一年前の戦ということは、反乱軍との戦いだな? ならば、あの二人、ジェシカを憎んでいるのではないか?」
「かもしれませんな」
「なぜ、そのようなことを」
 詰め寄るユリセスに、チェルボクは平然とうそぶく。
「相手は手負いの獣のような女です。万一暴れはじめたら、並みの女ではとうてい押さえつけることができません。あの娘は男勝りの力自慢で知られているから、この仕事に選んだのです。それとも総督殿は、男の兵士たちにジェシカの肌を晒すことを望まれますか?」
 そう言われると、将軍の判断に従うほかなかった。
 三人の女性が天幕に入り、再び姿をあらわすまでの時間がユリセスには妙に長く感じられた。
 天幕から出てきたジェシカは、陽の光をあびて眩しそうに目を細めた。大柄な女に背中を押され、少しよろめきながらユリセスの前に立った。
 白い肌着と、膝下までゆったり覆って足首の露わになった短いサルール。そんな姿で後ろ手に縛められた彼女を、彼はまともに見ることができなかった。
 痛ましさだけが理由ではない。
 女戦士のほつれた髪、鎖骨のくぼみに光る汗。それを目にしたとき、若いユリセスの躰に疼く、ある感覚があった。それを恥じたのだ。

 囚われの身となった女戦士とともに、一行が広場にさしかかったとき。
 ジェシカが足を止めた。
 ある一点をじっと見つめている。
 彼女が何を見ているかは、誰の目にも明らかだった。
 彼女の視線の先には、アウル・カインの屍があった。
 ジェシカがユリセスの方に顔を向けた。
「もう一度聞く。夫の躰を返してはもらえないだろうか?」
 ユリセスが無言でいると、女戦士ははじめて哀願するような色を瞳にたたえて、言いつのったのだ。
「夫の躰は、草原の民たちにとって大切なものなんだ。だから、あなたにお願いする。代わりに、この身は煮ようが焼こうが好きにしてよいから」
「……遺体を大切に葬らねば、鳥となった魂が妖魔に化身して祟りをなすという、この国の言い伝えか? しかし、君の言うことは矛盾していないか? 君の躰ならどうにでもしてよいというのは」
「私の躰にはローランドの血が流れている。この身が祟るとしたら、おまえたちにだろうさ」
 ジェシカの瞳に憎しみと嘲りの光がきざしたように見えた。しかし、それも束の間。彼女の表情は誰にも心を見せない氷の無表情にもどった。
「では……どうあっても、夫の躰を返さないと?」
「当然だ」
 ユリセスの心は、少しばかり嗜虐的になっている。アウル・カインの屍の利用価値は終わっていたが、つい意固地に拒絶してしまった。
「そうか。おまえたちの心底はわかった」
 そう言うが早いか、やにわに亜麻色の髪をなびかせてジェシカが激しく身をひるがえした。雌豹のような動きに、みな意表をつかれた。
 しかし、アウル・カインのもとに駆け寄ろうとしたジェシカの行動は、数人の兵士たちによって無情に阻まれ、果たすことはできなかった。

 ジェシカの振る舞いは、いっさいの望みを絶たれたにもかかわらず、ただ足掻いているのみのようにしか見えなかった。ユリセスは顔をそむけた。
 そして、ぎょっとした。
 さきほどジェシカの躰を検めた老女を、視界がとらえたのだ。老女は奇妙な視線を、じっとユリセスに投げかけていた。
「オキルかい?」
 老女の声音はかすれ、ふるえていた。
「オキルだね? 私のだいじなオキル。やっと帰ってきたんだね?」
 彼女は覚束なげな足どりで、ユリセスの肩と二の腕に枯れ木のような手をかける。
 ユリセスがぞくりとしながら老女をふりほどこうと片手をあげると、彼女はその手のひらを両手でにぎりしめた。
 細い骸骨のような指が思いがけない強さで手のひらに食い込むのを感じ、ユリセスはかすかな恐怖をおぼえた。
「無礼な! 総督様から離れろ!」
 一人の兵士が、乱暴にユリセスの体から老女を引き剥がした。
 老女はなおもユリセスの顔にじっと粘りつくような視線をそそいでいた。やがて、その顔に何かに気づいたような表情がうかぶ。
 老女はわななきながら、言葉をしぼりだした。
「オキルじゃない。おまえは悪魔だ。私からだいじなオキルを奪った悪魔だ!」
「思い違いをするな!」
 兵士が怒鳴る。
「おまえの息子を殺したのは、総督様じゃない。あの女だ」
 ジェシカの方を指差す。
 しかし、老女はなおも言いつのる。
「いいや、おまえだよ、ユリセス・フォルト! おまえが災いを撒き散らしているんだよ!」
 ユリセスは後ずさり、からみつく老女の非難を振り払おうと両手をかざす。
 その時。
 吹きわたる強い風が、砂埃をまきあげた。思わず両手で顔をおおう。
 しばらくして目をあけると。
 一羽の鷹が、ゆっくりとゆっくりと舞い降りてくる。
 鷹は左から右へすうっと滑空し、旋回した。羽ばたきながら、広場のアルジアナ王の彫像にとまって、翼をたたんだ。
 鷹は、じっとユリセスを見つめる。
――ユリセス・フォルト。
 聞き覚えのある声。アウル・カインの声音だった。
――貴様がこの王国にもたらそうとしている、禍々しき未来を見るがよい。
 ユリセスは、呆然と立ちつくす。
 あたりの風景が、変質していた。王都ラマスークの、王宮と、広場と、街並み。
 しかし、チェルボクもジェシカもいない。
 無数の屍が、横たわっていた。
 火の手が、街のそこかしこからあがっている。
 どこからか、切り裂くような悲鳴が聞こえた。なかば衣服を剥がれた若い娘が、兵士たちに追いまわされている。血にまみれた赤ん坊に乳をやろうとしている女もいる。
 そしてユリセスは、見た。
 横たわる死体の腹を食い破るようにして、一羽の鳥が姿をあらわすのを。鳥は身をふるわせ、翼をひろげ、ゆっくりと飛び立つ。
 街をおおう無数の屍から、一羽、また一羽と、鳥が飛び立っていく。
 百羽。千羽。鳥たちは建物のあいだを飛びかい、吹きすさぶ風にはばたき、空をおおう。
 ユリセスは、呆然と立ちつくした。

「――総督殿」
 呼びかけられて、我にかえった。
 そこは、つねと変わらぬ王宮前の広場だった。
(白昼夢を見ていたのか)
「お加減が悪いのではありませんか? ずいぶん顔色がよろしくないようですが」
 話しかけているのは、チェルボクだった。
「少し疲れているだけだ」
 つぶやきのように弱々しい声音になった。
「あなたは立派に責務をはたされました」
 チェルボクの、あいかわらずの猫なで声。
「少し休養をとられてはいかがでしょうか?」
 ユリセスは皮肉をこめた苦笑を無理につくり、将軍をにらんだ。
「私が休養をとれば、喜ぶ者が大勢いるだろうさ」
 チェルボクは首をすくめて、それには答えなかった。
 見ると、老女が兵士たちに取り押さえられているところだった。
「息子を亡くしてから少し気がふれているのです」
 チェルボクが弁解するように言う。
 ユリセスは力なく命令した。
「あの女も戦の犠牲者なのだろう? ゆるしてやれ」


(八)
 思いがけなく演じられた苦い幕間劇に、多くの者がなかば呆れながら気をとられていた時。
 遠巻きに見ている民衆の中から一人の男が進み出たことに、はじめは誰も気づかなかった。
 その男がまっすぐにジェシカに近づいてきた時にも、兵士たちは怪訝な眼差しを向けたものの、まだあまり注意をはらう者はいなかった。平凡な身なりをした、いかにも冴えない様子の若者だったからだ。
 ところが若者の行動は、誰もが予想もしなかった大胆なものだった。
 隠しもっていた短刀で、ジェシカの縛めを断ち切ってしまったのだ。
「貴様、何をしているか?!」
 ここに至って、兵士たちは殺気立った。そのうちの一人が剣を抜く。
 ジェシカが、素早く動いた。
 縛めから自由になった彼女がまずとった行動は、剣を振りかぶって襲いかかる兵士から若者を庇うことだった。若者の体を全身で抱くようにして、兵士の刃から引き離そうとしたのだ。
 しかし剣の一閃を避けるのは無理と見るや。
 ジェシカは若者の手から短刀をもぎとって身を翻し、襲撃者の脇腹にそれを突き立てたのだ。
 兵士の体が地に倒れた時、剣はジェシカの手に奪われていた。
 女戦士は狼狽しているローランド兵たちの中に飛びこみ、何人かを斬り伏せた。しかし、つぎの瞬間、血刀を携えて振り返ったジェシカの表情が凍りついた。
 別の数人の兵士に取り囲まれた若者が、その身にいくつもの刃を受けるのを見たからだ。
「すまない。志は受け取った!」
 ジェシカは叫び、殺到するローランド兵たちに向かって腰を沈めて身構えた。
 兵士たちが、思わず後ずさる。
 彼らが目の当たりにしているのは、すでに死を決意した俊敏な獣。それが容易な敵ではないことは誰の目にも明らかだった。
 ジェシカが、激しく身を翻した。
 剣を片手に、アウル・カインの屍に向かって走り出した。
 しかし、今やさっきより多くの兵士が集まりだしていた。彼らは人間の壁となって、彼女の行く手を阻む。女戦士はそこに、ためらうことなく一直線に飛び込んだのだ。
 乱戦になった。
 兵士たちは雌豹のような若い女を仕留めることができず、ジェシカも夫の許に近づくことができない。何人もの兵士が深手を負い、ジェシカも多くの傷を受けて身にまとう白い肌着が血に染まっていく。
「もう、やめろ!」
 ユリセスが、たまらず叫んだ。
「戦いは終わりだ。みな、下がれ!」
 しかし、兵士たちの耳にはとどかない。
 ユリセスは彼らに走り寄り、兵士の一人の肩を後からつかんで争いの場から引き離した。
「そ、総督様」
「下がれと命じているのが、わからぬか!」
 強引に割って入ると、ようやく兵士たちは剣をおさめてジェシカから離れた。
 ユリセスは、ふりかえる。
 ジェシカとユリセスは、互いの呼吸が聞こえるほどの間近にいた。
「総督様、その女は危険です!」
「大丈夫だ!」
 ジェシカの手にした剣は、だらりと地に垂れ下がっていた。
 彼女は全身を血にまみれさせて、それでも気丈に立ち続けている。
「ユリセス」
 苦しそうに肩で息をしながらも、しっかりした声音で彼女は静かに語りかけてきた。
「あの戦場で、おまえの傍らにいた若者は、自らおまえの楯になって矢を受けていた。あいつの他にもおまえを守ろうとする多くの者を見た。だから、おまえが思ったより人から慕われていることはわかった。しかし……私もおまえも、罪深い者だな」
 思いがけない気持ちで、ユリセスは女戦士を見た。
 彼女はあいかわらず無表情だったが。ようやく、人間から人間への言葉を、彼女から聞かされた気がした。
 広場は静寂につつまれている。
「……あの若者は、どうなった?」
 女戦士が静かに問う。
「手当てを受けているところだ」
「命は?」
「死なせやしないさっ」
 我にもあらず、気色ばんだ口調になった。
 ジェシカが、驚いた表情を見せる。
 ややあって。
「そうか。あの若者は……」
 言いかけて、言葉を途切らせる。
 かわりにジェシカは微笑を浮かべた。はじめて見せた、やわらかな笑みだった。
「大事にしてやれよ」
 そう言うとジェシカはすっと背筋をのばし、アウル・カインの屍の方に体を向けた。
 人々が固唾を呑む中、ジェシカは歩きはじめた。
 いく度か足がもつれて倒れそうになると、兵士たちの中には彼女が敵であることを忘れてあっと声をもらす者もいた。
 ジェシカはアウル・カインの前まで歩を進め、死顔をじっと見つめた。
 その眼差しに、どのような想いがこめられているのか。それを読み取ることは誰にもできなかった。
 右手に剣を握ったまま、ジェシカは左手をそっと夫の頬にあて。冷たくなった唇に、自らの唇を重ねた。
 そして。女戦士は夫の躰を縛める縄を、手にした剣で断ち切りはじめる。その行動を止めようとする者は、もはやいない。
 ジェシカは剣を地に突き立てた。
 どこにまだ、そんな力が残っていたのだろう。夫の屍を、片方の肩に背負い上げたのだ。
 彼女は再び剣を手にとる。それを口にくわえて、ゆっくりと歩きはじめる。
 ユリセスは、魅せられたようにその姿をじっと見つめた。一挙手一投足を食い入るように見つめた。
 しかし、その時。
「狙え!」
 ジェシカの動きに心を奪われていたユリセスを、傍らから発せられた鋭い声が我にかえらせた。
 チェルボク将軍の声だった。
 いつの間に呼び寄せたのか、弩(いしゆみ)の一隊が進み出るのをユリセスは見た。
 ぎょっとした。
――将軍は、ジェシカを射殺そうとしている。
 そのことを悟って、慄然とした。
「やめろ。撃つな!」
 ユリセスの叫びに、チェルボクは意外そうな顔をして振り向いた。
「ほう。なぜですか?」
「何も殺す必要はないだろう。あの手負いの体で、死体など背負って脱出できるものか」
「総督殿は、本当にそうお思いですか?」
 チェルボクの表情は、思いがけず生真面目だった。
「あの女の意志はかたい。そう簡単に心が折れたりはしませんよ。広場を抜ければ、先ほどの者のように味方する民衆も現われるかもしれません。みすみす行かせるわけにはいかない」
「だが、殺さずとも、取り押さえればよいではないか?」
 ユリセスは、すがるような声になっていた。
 チェルボクが首をふる。
「彼女は剣を捨てていない。阻む者があれば、命が尽きるまで戦う覚悟だ。それがわからないのですか?」
「しかし……何か方法はないのか? 彼女を殺さずにすむ方法が」
 チェルボクは、困惑したような表情になった。
「総督殿は、なぜそこまであの女の命を救おうとなさるのですか?」
「私は、彼女と話がしてみたいのだ」
「愚かな」
 異国の軍人の声は、ごく小さかったが、ユリセスにははっきりと聞きとれた。
「なんだと?」
 ユリセスはカッとなって、思わずチェルボクの胸倉をつかんだ。
「無礼な口をきくなっ。そもそも、彼女を生かすも殺すも命令するのは私だ。越権行為は重罪だぞ」
 しかし、チェルボクの表情にひるむ様子は微塵も見当たらなかった。
 彼は、ユリセスの手を払いのけたのだ。
「……あなたは、まだわからないのか? ならば、言おう」
 チェルボクの口許に、いつもの人を食ったような笑みはなかった。彼は淡々と話し始める。
「あなたがこの地の総督にならなければ、これほど無駄な血は流されずにすんだのだ。あなたはこの地に赴任した当初、占領民を甘やかしすぎた。だから反逆者どもが増長した。その結果はどうだ? 戦いが泥沼のように続き、多くの流さなくてもよい血が流れたのだ」
「それが、私が引き起こしたことだと言うのか?」
「あなたが引き起こしたことなのです。ご自分でも、うすうす気づいていらっしゃるのではありませんか?」
 チェルボクの言葉は手きびしかった。追い討ちをかけるように、さらに続いた。
「反逆者を抑えることができなかったため、あなたの立場は危うくなった。すると今度は、一転して苛烈、無残なやり方で鎮圧にのぞまれた。おかげでこの地の民衆に、帝国に対する抜きさしがたい恨みを残した。私に言わせれば、慈しむのも厳しくのぞむのも、あなたの行為はその場その場の思いつきでやっているにすぎない」
 ユリセスは、呆然と立ちつくす。言い返すことができなかった。膝ががくがくと震えた。
 チェルボクは、押し殺した声音で最後にこう言った。
「われわれがやっていることは、子供の遊びではない。それをわかっていただきたいのです」
 ユリセスは、うつむいた。
 二人がそんな会話をかわしている間にも。
 ジェシカは、時に膝を崩しそうになりながら、しだいに彼らから離れていく。
「撃て!」
 チェルボクが命じ、無数の矢が彼女の躰をつらぬいた。
 ジェシカはくずおれるように片膝をついた。夫の躰をそっと地に横たえ、その胸に手を置いて束の間、見下ろす。そのまま折り重なるように倒れ、動かなくなった。

 ユリセスは、言葉もなく立ちつくした。
 女戦士の亜麻色の髪を、風がなぶっている。草原のかなたから吹いてくる、かわいた風だ。
「チェルボク」
 ユリセスは、かすれた声音をやっと絞りだすことができた。
「一つくらいは、私の命令を聞いてはくれないか?」
「どのようなことでしょうか、総督殿?」
「あの二人の躰を、草原の民たちに返してやりたい」
「……承知しました。仰せの通りにいたしましょう」
「戦場で死んだ者たちの遺体も……」
「もとより。あの盆地は農村に近い。屍を放置しては、伝染病の蔓延につながりかねませんからな。引き取り手のある遺体は送り届け、残る者はしかるべく対処します」
 ユリセスは、かるく手をふって話を打ち切った。各地の戦場を渡り歩いてきたチェルボクにまかせておけば、まちがいはないだろう。
「死者の魂が、鳥となって空に飛び立つ、か」
 チェルボクが、空を見上げながら呟くように言った。
「今日は、さぞや多くの鳥が空に飛び立ったことでしょうな」


   *   *   *

 ユリセスは一人広場を後にして、クラウが手当てを受けている病室に向かった。
「ユリセス様! 不甲斐ない姿をお見せして、もうしわけ……」
 あわてて寝台から上体を起こそうとしたクラウだったが、肩の傷に激痛が走ったらしく声をつまらせた。しばらく息もできない様子だった。
「無理するなっ。おとなしく寝ていろ」
 ユリセスは気づかったが、内心ホッとしている。
(この調子なら、命にさわりはないだろう)
「安心しろ。戦はひとまずは我々の勝利だ」
「……そうですか。よかった」
 ユリセスは寝台のかたわらに腰をおろす。ジェシカのことや、広場で起こったできごとを話すのは後でもいいだろう。そう思った。
「クラウ。おまえに礼を言わなければな」
「なんのことですか?」
「おまえが体で庇ってくれなければ、私は今ごろ生きていなかったかもしれないんだな」
「そんなこと……」
 みじかい沈黙の時が流れた。

――ユリセス様は、私が命に代えてもお守りしますよ。

 そんな得意げな言葉がよみがえる。
(おまえは、約束を守ってくれたことになるな)
「……だけど」
 クラウは顔色をうかがうように、上目遣いでユリセスを見た。
「女だって、ばれちゃいましたよ」
「しょうがないだろ」
 頭をなぜてやると、彼女はぽっと頬を染めた。
 ローランド帝国は各地で戦を起こし、多くの悲劇を作り出した。
 クラウディア・ランディスも戦で両親を失い、浮浪児となって街のならずものの仲間にまじっていた少女だった。そんな境遇から、彼女はユリセスに拾われたのだった。
「これから、どうなるんですか?」
 不安そうに尋ねてくる。
「私はたぶん、近いうちに総督の任を降ろされるだろうな」
「そんなっ。ユリセス様は立派に務めを果たされているのに」
 クラウは自分のことよりも、話がユリセスの立場におよぶと妙にムキになる。
「だが、私のわがままのために多くの血を流してしまった」
「わがままだなんて。誰かがそんなこと言ったんですか?」
 ユリセスは苦い笑みをうかべた。
(チェルボクにも、ジェシカにも、そう言われたよ)

――私もおまえも、罪深い者だな。

 ジェシカの言葉が心によみがえる。
 さまざまな想いが心をよぎったその時。
「ユリセス様」
 声をかけられて、振り返った。
 はっとするほど澄んだ青い瞳が向けられていた。
「あなたを嫌う者も、憎む者も、バカにする者もいることは知ってます。でも、あなたの力になりたいと心から想っている者だって大勢いますよ。ユリセス様は、いつだって一生懸命じゃないですか。それじゃ、ダメなんですか? ご自分を責めないで。あなたが弱気になって立ち止まってしまったら、死んでいった者たちはどうなってしまうんですか? それこそ犬死ですよ。そんなこと、私が許しません」
「クラウ……」
 クラウディアは、寝台のかたわらに置かれていた剣を手にとった。
「しっかりして、ユリセスっ。私は味方だから。これからだって、ずっと私が……」
 うつむいて、言葉を途切らせた。
 ケイレンしている。肩の大怪我をすっかり忘れていたらしい。
「おい、大丈夫か?」
 ユリセスは彼女の背中にそっと手をそえて、躰を横たえさせてやった。
 こわばるように柄を握りしめる指を、一本一本開かせる。剣を取り上げる。
「おまえには、二度とこんなものは持たせないさ」
 青く澄んだ瞳が、問いかけるようにユリセスを見上げる。
「これからは、私がおまえを守る。一生な」
 
 すっかり安心したように寝息をたてるクラウディアを、ユリセスはしばらく見つめていた。
(前に進むしかないのか)
 ユリセスは、ジェシカのことを想った。草原の彼方から、ためらうことなく真っ直ぐに夫の許にたどりついた女戦士のことを。
(この娘のためにも……もう一度、一からやりなおしてみるか)
 立ち上がり、窓辺に歩みよる。
 じっと見上げる空の一点に、二羽の鷹が飛んで行くのが見える。

 この国では。人は死ぬと、その魂は鳥となって大空に飛び立つという。

 鷹たちは、その飛翔の軌跡を何度も交わらせながら飛び去っていく。
 ユリセスは、はっとした。
 紺碧の大空の彼方に、楽しげに、仲睦ましげに走り去っていくジェシカとアウル・カインの姿を、一瞬垣間見たような気がしたのだ。
 


     *     *     *

 そこは、王都ラマスークから、はるか西方の草原。
 広い放牧地の片隅で、無心に遊ぶ幼子がいる。
「アルベル様――」
 幼子を探しに来た牧童が、驚いて足を止める。二羽の鷹が、幼子のかたわらに降り立っていたのだ。
 あわてて追い払おうとした牧童だったが、やがて目をみはり動きをとめた。
 鷹はまるで慈しむように幼子を見守り、幼子も嬉しそうに笑っていたからだ。
 牧童は、鷹たちがいずことも知れず飛び去って行くまで、その不思議な光景に心打たれてじっと見守っていたという。

                                                   (了)

作者コメント

 本作は2年前に投稿した同名作品を改稿したものですが、エピソードの追加とキャラなどの見直しで、3倍強くらいの長さになりました。自分なりに問題点と思える部分を検討し、前作の時に頂いた感想などを参考にして練り直してみました。
 特に留意した点は、女戦士の行動の目的が前作の書き方では不可解だったと思えるので、その部分に明確な筋を通すことを目指しました。
 ご感想を頂けると、嬉しく思います。


《修正履歴》 *今回の投稿後に加えた修正箇所

(2012.04.18 6:03)
 緋那様からご指摘のあった以下の用語上のミスを、修正させて頂きました。
(八)冒頭
 思いがけない悲喜こもごもの幕間劇に → 思いがけなく演じられた苦い幕間劇に

(2012.04.20 18:12)
 空大様からご指摘のあった(かいな)を削除。
(一)
 その腕(かいな)に、麦穂ではなく赤ん坊が抱かれている。
  ↓
 その腕に、麦穂ではなく赤ん坊が抱かれている。

(2010.04.25)
 誤字修正
(七)
「いいや、おもえだよ、ユリセス・フォルト!
 ↓
「いいや、おまえだよ、ユリセス・フォルト!

 ……こ、こんな誤字が!

(2010.04.28)
 こんてさんが、あちらの作品の感想レスでひっそりと誤字報告してくれたので、ひっそりと直しますw 有難うございました。
(一)
 赤ん坊を抱きとって、しばらく眼差しををそそぐ。
  ↓
 赤ん坊を抱きとって、しばらく眼差しをそそぐ。

 ……こ、こんな誤字も!

(2010.04.30)
 こんてさんのご指摘により、以下の誤字を修正。
(二)
 ユリセスは軽くうなづくいた。
  ↓
 ユリセスは軽くうなづいた。

(三)
 泥沼のように続くアウジアナ人との長期戦に、
  ↓
 泥沼のように続くアルジアナ人との長期戦に、

(四)
 まだ十代のクラウは、ユリウスより素直だ。
  ↓
 まだ十代のクラウは、ユリセスより素直だ。

(七)
 ユリアスはかすかな恐怖をおぼえた。
  ↓
 ユリセスはかすかな恐怖をおぼえた。


(2012.04.23)
 GW企画、参加したかったのですが、今回は間に合わないようです。諦めて、去年から書きかけていた女吸血鬼を主人公にした長編を仕上げようかと思います(すぐ気が変わるヤツなので、別のモノに取りかかるかもしれませんが)。
 企画は感想とかで少しでもお手伝いできたらと思います。

2012年04月15日(日)00時17分 公開

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感想

0さんの意見 +30点2012年04月16日

 あまくささん、こんにちは。0と申します。
 最後まで一気に読ませていただきました。文章がとにかく素晴らしいですね。格調高く、しかも読みやすい文章で、70枚という長さを感じさせませんでした。キャラもみんな魅力的で素晴らしい。チェルボクが単なる悪役で終わらないところとか、よく考えてキャラを作っているな、と思わせます。改稿前がどんなだったのかは分かりませんが、ジェシカの行動の目的も芯の通ったもので、十分説得力のある内容になっていると思います。
 難点を上げるとすれば、全体の構成がややいびつであることでしょうか。冒頭、ジェシカが登場して彼女が主人公なのかと思いきや、その後はもっぱらユリセス視点で物語が進んでいくので、ちょっと面食らってしまいました。主人公が誰なのかということはなるべく早い段階で読者に知らせたほうがいいので、ユリセスが主人公ならば、最初は彼の視点で物語を始めたほうがよかったかもしれません。あるいは、ジェシカ視点とユリセス視点を交互に出して、ダブル主人公にするという手もあったでしょう。個人的にはジェシカの魅力をより打ち出すためにも、ジェシカ視点のシーンをもっと混ぜてほしかったところです。
 あくまで個人的な感想なので、参考にならないところは切り捨ててください。全体として大変レベルの高い、骨太なファンタジーだったと思います。苦々しいエンディングなのに、読後感が悪くないってところが特にスゴい。これは相当に能力がないと出来ないことだと思いますので、私も見習いたいところです。これからも頑張ってください。

鍵入さんの意見 +30点2012年04月17日

「お前には家族がいるか?」「いるが?」「そうか、すまんな」(ザシュっ)
 みたいなシーンが印象的だったのですが、なくなっているようですね。鍵入です。拝読しましたので感想を。

 長さ三倍だけあってボリュームが全く違いますね。改稿後の本作のほうが断然に好みです。改稿前だと最初っからジェシカが捕まってた気がするので、そりゃあ伝わらないことも出てくるよなあとか。

 個人的にすごく嬉しかったのがユリセスの扱い。改稿前は現実を見てない理想主義野郎でしたが、それでもユリセスの考える理想を否定してしまうのは嫌だったんですよね。私甘ちゃんですので。本作でも理想主義はそのままですが、自分のやり方のダメなところをそこはかとなく自覚しつつ、でも目をそむけてしまう若さがあって。ヘタレ具合がいい感じに主人公でした。
 さらに改稿前は、ラストですが、もう苦いだけだったじゃないですか。なんのカタルシスもない苦さ。本作では、苦さはあるけれど、それを噛みしめて次へむかう前向きさがありました。あと、クラウの存在。否定されるだけだったユリセスの理想を肯定してくれる人物がいてくれたことで、かなり安心して読むことができました。清涼剤ですね。あるいは砂漠の水。主人公を慕ってくれる女の子がいるだけでどうしてここまで物語の印象が変わるのでしょうか。

 上に書いたシーンなんかもそうですが、ユリセス視点だと理不尽でしかありませんでしたよねえ、ジェシカ。その意味で、冒頭にジェシカの視点を持ってきたのは正解だと思います。外側からいくら書いてもあまり伝わるものがありませんしね。信仰とか。
 というわけでジェシカの行動の理由はかなり明確になっていたと思います。冒頭の設定説明だけは、ちょっと入りづらかったかもしれません。

 読んでいて気になったのが、白昼夢のところ。ここだけちょっとファンタジーが入っちゃってるし、伝え方が露骨じゃないかな、と。でも物語の中で一回くらいこういうシーンを入れたほうがアクセントになるのかな、とも。実際に鷹が言ってるわけじゃなくて、ユリセスが心のうちでは気づいてるものが、鷹(カイン)を見たことで映像として現れたのかなと思うのですが。ああそうか。どうやら私は「鷹がユリセスに言っている」ということに違和感をおぼえているようです。鷹を見つけたユリセスの脳裏に幻視が浮かぶ、とかだったら違和感もなかったのかな。
 そういえば、このシーンも改稿前にありましたっけ?

>寝すんでおく
:休んでおく、寝ておく の間違い?

 それでは失礼しました。

緋那さんの意見 +40点2012年04月17日

作者様、先日は私の拙作を読んでくださり、ありがとうございました。
お返しというのもなんですが、拝読させていただきましたので、感想をば。

夫の屍を取り返さんとラスマークへの出陣を叫ぶジェシカの、気高さ、と言うのでしょうか?とても、惹かれました。ジェシカだけでなく、芯がしっかりしていないへたれなユリセスや、そんな彼を支えるクラウ、正論でユリセスを引きずりおろそうとするチェルボクなど、登場人物がそれぞれ個性的で、大変楽しく読ませていただきました。

そんな中で、いくつか気になった点を挙げさせていただきます。

まず、ジェシカはまだ幼い息子がいるにもかかわらず、自分の命をあきらめてしまった点です。夫のことを大切に思い、夫の屍を取り返そうとするのはわかるのですが、その忘れ形見である息子を残して、生きることを放棄するのはいかがなものかと思います。
「私の帰るところは、夫のもとしかない」
という発言がどうもしっくりきませんでした。

次に、広場での老女の豹変です。別に、それまでは普通だったのに、突然オキルだの、悪魔だの言いだしたことがとても不自然であると感じました。

さらにその場面の後、それを思いがけない悲喜こもごもの幕間劇とあらわしてますが、見たところ、悲の方はともかく、喜はなかったように思いました。それはただ私の読解力不足なのかもしれませんので、もしそうでしたら申し訳ありません。

以上は、あくまで個人的な感想ですので、不要なところは切り捨ててください。また、感想が不十分だったかもしれませんが、ご容赦ください。
では失礼いたします。

真田まことさんの意見 +30点2012年04月18日

こんにちわ、真田まことです。
読ませていただきました。
正直、長めで面白いものを読むと興奮してしまい、感想・批評らしいものを書けなくなってしまうので、参考にならないと思いますが……失礼して。

ファンタジー(これは歴史系ファンタジーでしょうか)を読むのは久しぶりで、最初「読めるかなぁ」と非常に身構えておりました。
しかし、そんな不安があったのは一章までで、二章目からはそんな不安など忘れて一気に最後まで読んでしまいました。

ほんと、描写が素晴らしいです。
頭の中で映像が綺麗に浮かび上がるものですから、すごく臨場感がありました。
特に、戦の部分、とてもよかったです。
難しいシーンの筈なのに、壮大さを保ったまま書き切ってしまうあまくさんの力量に拍手。
また、キャラクターの信念、葛藤、魅力的でした。
私はユリセス、好きです。志と迷いを合わせもつ持つ、もっとも感情移入しやすいキャラでした。彼のもやっと感がすごくよく解る。

正直、この作品で面白いと感じ始めたのは、彼が登場してからでした。
最初、私が身構えていたせいもあると思うのですが、第一章の話を頭に入れるのが大変な部分がありました。(私の頭が悪いだけかもしれませんね)
ただ、本編を読み終えた後に読み返してみると、初見の時よりもずっと面白かったです。多分、倍くらいに。
ただ、それは構成上仕方のない部分なのだと思います。
ジェシカ(枠)⇒ユリセス(本編)⇒ジェシカ&アウル(枠)という形はある意味でまとめやすい枠組みですね。
問題があるとすれば、頭のジェシカの部分が長く、そして初見で読んでいくには少し高尚だったように思うのです。名前、国、情勢があらかた詰まっており、敷居が高いのかも。
でも読み返すと、その冒頭も壮大な世界観にマッチしていてすごく心地よいのですよね……難しい所です。
ドラマ部分でもう少し出せば読みやすかったかもしれません。

ともあれ、私がこの物語ですごく感動したのはその壮大さと、ドラマの濃厚さです。
改稿前のものは読んでいないのですが……これが3分の1に長さで書かれた?と思うと信じられません。
この物語は3つ以上のドラマで出来てると思いました。(厳密には2つ?幅を広げると4つかそれ以上?)
それが折り重なり、編み込まれて立派なものになっているのですから、素晴らしいです。逆立ちしても真似出来そうにないです、羨ましい。

そしてその軸が今回の主人公のユリセスなのですよね。主人公に関して、ほとんど文句はありません。時折見える憂いと熱さもとても素敵でした。
他の部分で気になるとすれば、ジェシカ、クラウの存在でしょうか。
物語に綺麗に編み込まれているし、一体になっている部分においてはお見事という感じなのですが、少し、ほそいかなぁと思いました。
ネガティブに言うならちょっと物足りない、ポジティブに言うなら、もっと読みたい!という欲が出る感じです。
ジェシカについては、彼女をあまりピックアップするとどうしてもその存在が大きくなりすぎるので、難しいと思いますが、クラウについてもう少しあればなぁ……という欲望が生まれてしまいます(もしかすれば、私だけの欲望かもしれませんが)
と、言うのもクラウの存在が男か女か、登場してからずっと気になっていた、ということもあります。なので、ちょっとソワソワしてしまったり。でもそれくらい匂わせないと、中性的な外観の想像は出来ませんし、良かったのですが。

この物語、実は女性がとても魅力的ですよね。鮮烈で、強く美しく、綺麗です。
だからこそこの位の遠巻きの方が良いのかなぁと思うところもあれば、もう少し見たいという欲も掻き立てられるのだと思いました。
……でもそれで物語が崩れてしまっては意味がないし、仕方のないことかもしれませんが。ううーん、自分の欲を語ってしまった気分です。すいません。(だから、スピンオフ作品が生まれるわけですもんね……)

どこにスポット当てても、十分主人公になりえる人物達の、その一つの話だとすれば、やはりこの物語は素晴らしいと思います。
もしシリーズとかであれば読んでしまうだろうなぁと感じました。チェルボク将軍のでも読んでしまいそう。彼は悪役ポジですが、すごく良い。決して善人ではないのに、こう、確かな魅力を感じました。

ただ、そこで気になるとすればやはり冒頭、一章目でしょうか。
少しだけ躓いてしまいそうになってしまいました。
私だけかもしれませんが、ジェシカが崇拝される様子が冒頭にあったのは良かったと思います。物語の雰囲気を読み取れますし、ジェシカの存在は際立ちます。
でも、やはり国や歴史、文化、情勢を一気に飲み込むのが大変でした。そこで少し辛い部分もあったり。
そこさえクリアすればあとはなんのその、面白いばかりなのですが。

あと、細かい部分ですが、私も白昼夢の部分は少し気になりました。
恐らく老婆の言葉を切っ掛けに、ユリセス自身の責念の気持ちが見せたものだろうというのは解ったのですが、……うーん、なんと言えば良いのでしょう。
演出としては、すごく良いんです、特に、鷹が降りてくるあたりが秀逸。
でもそこから一気にけっこう派手な白昼夢に入って行くので、「おおうっ?その場所でそこまで見ちゃう?」という戸惑いを感じたという感じです。
しかし、白昼夢後半部分も実にすばらしいので、もしかしたら、段階として二回夢を見てもいいかも、そんな風に思いました。
でも本当に、もっと良くなるんじゃないかという程度の細かい部分です。

全体に、無駄なパーツがありません。
それどころか不足とは違う、読み手の欲が出てくるというのは、凄いですね。

久しぶりの高揚感で胸がドキドキ。ああ、そうだ、ファンタジーって面白かったんだ……と思い出させてもらった気分でした。
もともとはファンタジー畑の人間だったのに、知らぬ間にファンタジーから離れていて、苦手意識を持っていたのが嘘のよう。
歴史ファンタジーものを他にも読んでみたいという気持ちになりました。
感謝のしたいくらいです。

乱雑に、参考にならないただの感想のようなものを
書き散らかしてしまい申し訳ございません。
非常に楽しませていただきました。

ありがございます。
今後の執筆、応援しております。

空大さんの意見 +30点2012年04月20日

 はじめまして。空大と申します。
 私は改変前を読んでいないので、今作だけの率直な感想を書かせていただきます。
 非常になめらかな文章で、情景が自然に浮かび引き込まれました。
 みなさん指摘してらっしゃる冒頭のシーンですが、内容自体は詩的で美しく感じれました。
 宗教観と民族観もうまくマッチしていて申し分ないと思います。
 そしてなによりジェシカがいいですね。こういう豹を彷彿とさせる知的で気高い女性キャラクターは大好物です。
 気になった点をいくつか。

 チェルボクは悪役なのでしょうか?醜い容姿と賄賂の噂だけ、あとは優秀な司令官としか思えない描写ばかりで、彼のことを嫌いになれませんでした。むしろ私が部下ならばチェルボクについていきたいです。

 ユリウスはただのへタレではすまされないと思います。チェルボクが個人的に嫌いという理由だけで、多くの兵士を死に追いやっています。それどころか、戦況が不利と見て助けに来たチェルボクに対して逆切れまでする始末。とても主人公とは思えません。

 「その腕(かいな)に」 こういった表現は控えたほうがいいと思います。私は先を読むのが嫌になるほどイラっとしました。

 あとは、こういった作品では仕方ないと思いますが、どうしてもグインサーガを思い出してしまいます。もうすこし一歩踏み込んだオリジナリティーを演出できればいいのかなと思いました。

 以上です。偉そうに申し訳ありません。

机とイスさんの意見 +30点2012年04月22日

こんにちは
机とイスです。

作品拝読させて頂きましたので
感想を残させて下さい。

前作と比べてどうだったか。これはとても上手く修正されているなと思いました。特にラストの救いのある表現(クラウディアという希望)は、前作に比べて遥かに読後感が良くなっているように思いました。
ユリセス君は、根っこの部分ではダメダメなキャラなのでしょうが、読者的にわりと憎めないキャラに仕上がっていたので、彼が気持ち的に救われたラストは、とても好感が持てました。

文章的なこと。状況描写、テーマ性は加筆されておりますが、前回とあまり変わらない印象でした。ちなみに上達していないとか、冗長だとかそういった意味ではなくて、前作と同じように楽しめたという意味です。あしからず。

気になったこと。特にこれと言ってありませんでした。すみませんorz。
ただ、個人的にもう少し読んでみたかったかなという要望的なことは幾つかありました。

・戦シーンについて
現状だと少しあっさりしているような気がしました。出来ればあまくさ様お得意の動きの描写をもっと入れてもらった方が、より臨場感があって楽しめたかなと個人的には思いました。声や音、武器や道具、怒号や歓声、砂煙や汗、生々しい匂いや四季の風景等々。もっと読んでみたかったかなあと。いや、本作のテーマが国盗りものではないことは百も承知しておりますので、作者様の気持ち的に可能であればの話ですorz。

・チェルボクについて
彼の一人称を読んで見たかったです。最後の彼の言葉を読んで、彼が何を考え、国をどう思い、主人に何を期待しているのか。そんなことを中盤あたりで読んでみたかったかなあと。ただ、それを必要以上に書いてしまうと最後の彼の言葉は半減してしまうかもしれませんし、物語的にカオスに陥る可能性も十分にありますが、あまくさ様なら上手くやってくれそうですw。

・クラウディア君について
ミスリードを否定するみたいですごく気が引けるのですが、別になくても良かったんじゃあ……とか思ったり思わなかったり。最初からクラウディア君の正体が分かっていたほうが素直に楽しめたかなあとか。現状だとクラウディア君に対するユリセスの少し異常ともいえる態度に、先が気になるというよりも、ちょっとシニカルな気持ちになりました。なんだコイツら? みたいな。
自分の歪んだ嗜好としましては、読者に対してクラウディア君の正体は隠さず、彼の描写を初めからしっかりとして頂き、魅力をたっぷりと味わいたかったかなあと。もしこのままミスリードでいくのでしたら、彼らの仲良くなる昔語りを入れた方がしっくりくるかなあとか漠然と思ってみたり。超個人的な意見で本当にごめんなさいorz。


主人公の独白や鷹の描写は、どこか感傷的な雰囲気があって、とても切なくって良かったです。面白かったです。
拙い感想ではありますが、この辺で失礼させて頂きます。

Ririn★さんの意見 +30点2012年04月22日

 こんにちは。Ririn★です。

 読ませていただきましたので感想を入れさせていただきます。

(一)の冒頭と末尾に似た文章がありますが、冒頭はアルジアナの民の言い伝えの単なる説明になっておりますが、末尾は伏線になっていると思いました。
 一読したときはアウル・カインの死の理由が謎ではあったのですが、再度読んだとき、囚われの地で死ぬことによって彼は妖魔となりて呪うつもりだったのかもしれないなと思いました。
 それ以降の「鷹は、いない」という文章に関しても、最初はユリセスが再度カインと話したいから言い伝えが真実だったらいいと考えているからだと思っていましたが、どうもそうではなく、カインは「鳥(鷹)」じゃなく妖魔になったという意味にも捕らえました。
 たぶん、この辺は思い違いかもしれませんが。


> 「しかし、矢が」
> 「私にあたるものか!」
 の下りは非常に格好いいと思いました。
 「気迫」の表現方法として力強く直接心に響きます。


 改稿前の話も読んだはずですが、もはやイメージでしか残っておらず比較した感想は書けないです。しかし、この改稿後の作品は非常に面白く読めました。
 色々な人間関係が複雑に絡み合って理想の通り物事が進まない様子がしっかりと伝わってきて、やるせない感情と、でもその中で自分の役割や生き方を貫こうとする信念のある人々の描写が好感触でした。


 マケドニアとかアレクサンダーとかそういうイメージが思い浮かび、草原の騎馬民族の女性という点でヒストリエなど思い浮かびました。
 イメージ的には同じような時代背景・世界観なのかなと。
 土着の風習などを出すと一気に世界観がリアルに見えてくるので、この辺は参考にしたいと思いました。


 簡単な感想ではありますが、この辺で!
 次回作も楽しみにお待ちしております。

こんてさんの意見 +30点2012年04月30日

こんにちわ。こんてです。遅ればせながら拝読したので感想を。

面白かったです。今まで見たあまくささまの作品群の中では模写するかと思えるぐらいには良かったと思います。

【文章】
三万字くらいしかなかったんで折角だから全部写そうかなと思ってたんですが、(六)の途中で力尽きました。完成度自体は高かったです。

全部模写出来なかった理由なんですけど、個人的にはアルジアナの言い伝えとか、台詞と文章にやや重複が多かったかなと。ダメじゃないんですけど、一回で済むところが二回繰り返されているというか、もっと短くできるんではと結構感じました。「もう『例の言い伝えか……』とかでいいじゃん……固有名詞つけてーな」と写している最中に何回か思ってしまいました。

>アウル・カインは、祖父のファロス・シアカンに似ているとよく人に言われた。

これ以降の説明文はちょっとつかみづらかったです。まあわたしの理解度のせいなんですけど。紀伝体に編年体が紛れてきた感じで、歴史が苦手なわたしとしては辛いです。アッサリしすぎてて、もうちょい人物中心に解説して欲しかったような気がします。あとはどうでもいいかもですが、霊峰サラマスとか一回しか出てこないんかーと思ってました。何となくカッコいいから覚えました。

【どうしてもツッコミ入れたい点】
ユリセス・フォルトがうじうじ悩んでいて、その後クラウ登場のシーンから以降ずっと「ユリセスはヘタレ萌えか……クラウとの仲はこれは狙っているのか? 確信犯なのか? あーん?」とわたしは読んで(写して)いる最中に思っていたのですが。最後の方で、「えーーー!! それはないだろう! なんかそれ逆に反感買うんじゃね!?」みたいに思いました。本筋から外れた意見で申し訳ないんですけど。でも言っておきたい。すいません。

【お気に入りのキャラ】
チェルボク将軍が良かったです。変に語りとかが多くないのが格好良いです。ユリセスのへたれっぷりに拍車をかける良いヒゲでした。最後殴っても良かったのに(越権行為

【物語】
面白かったです。いや遅れて申し訳ないんですけど、特に言うことないです。色々考えたんですけど、変に叩くような所もないので単なる読了報告にします。すいません(;´Д`)

強いて一番良かった点を挙げるなら、今までの作品と違ってキャラ萌え出来る点がとても大きかったです。ユリセスもクラウもチェルもわたしは好きです。ジェシカは……うーん。嫌いじゃないんですけど、最初からアウルの所に向かってある意味予定調和の収束というのが、覚悟しすぎというか。もうちょい生きる方向で前向きになれと言いたい。

> チェルボクが命じ、無数の矢が彼女の躰をつらぬいた。

この後、最後になんか独り言みたいに喋って欲しかったなあ。ジェシカの超見せ場の筈なのに、アッサリ終わってしまった。そこがちょっと不満。

という感じです。なんか凄くレベル低い感想で申し訳ないんですけど~。
それだけ良かったってことじゃないでしょうか!(キリッ

以上です。失礼致します。

[追記 2012/04/30 20:02]
女の子にしたことです。ネタバレ嫌なので明言しませんでした。簡単に言うと読み手によっては「┌(┌ ^o^)┐ホモォ…」という感情を抱かせる書き方でしたので、今回の話だとあとでひっくり返してもプラスにならない要素だと感じました。ではでは。

sakayaさんの意見 +20点2012年04月30日

 こんにちは、sakayaと申します。
 拝読させていただきましたので感想を書かせていただきます。


 高得点だなあ70枚もあるなあ読もうかなあ。
 そんな悩んでる暇あったら読んでしまえ。
 ――という感じで読了に至ったのですが、まさかの高得点作品基準一歩手前で、僕の感想が王冠マークを出現させるのかあ……と、少なからずプレッシャーを感じていますが面白かったので感想書かせていただきます。出でよ、王冠!
(前ふり長くてすいません)

 ひとつの物語として非常に完成度の高いものだったと思います。
 ストーリー展開などの技術を身につけていない僕では、どこが良かったのかどこが悪かったのかとは申せませんが、作者様の文章力やキャラも相俟って素晴らしい作品に成り立っているなあと感じました。

 文章力が非常に高く、70枚もありましたがすらすら読むことが出来ましたし、キャラの容姿や風景や舞台背景もよく伝わってきました。是非見習いたい部分でございます。ただ、戦闘シーンがやや客観的かなあと。いやまあ、実際ユリセス視点なので客観視なのでしょうが、読み手に手に汗握らせるような臨場感ドバドバ溢れた戦闘を書いて欲しかったというのは僕のわがままですww

 冒頭に「言い伝え」が書かれていたため、ハイファンタジーなのかなあと思っていたのですが、その設定自体は「ジェシカたちの動機」「ユリセスの不安」「オチのスパイス」にだけしか用いられておらず、物語自体は戦争物でちょっと残念に思いました。しかしまあ、冒頭を読んだ時点で「あ、これはもっとすごい設定がある!」と自らハードルを上げてしまっただけなのですがww

 キャラクターに関していくつか。
 ジェシカさん格好いいのだけれど、自分の血がローランドだから自分は別にいい――みたいなこと仰っていたのが腑に落ちません。いや、彼女の行動自体あまり賛同できないなあと。
 もし夫の死体を草原に返して自分が王都で命を落としたら、また草原の民が立ち上がって不毛な戦いは延々続くのでは? と思ってしまいました。見当違いなことを申していたらすみません!
 次、クラウ。実は女だった――っ! は要らなかったのでは個人的に思っております。というのも、クラウの登場時に容姿が細かく記されていなかったのとその名前から、僕は女性だと認識して読み進めていたからです。(クレイモアっていう漫画に出てきそうな精悍な女性)
 しかし後半になって、クラウが女性であるのを隠していた設定を知り「え?」となってしまいました。どうせやるのであれば登場時に「男っぽい描写」をして、読者にクラウは男だと思い込ませた方がよろしかったと思います。
 最後にチェルボク。もっと皮肉っぽいことを言わせてあげたかったです。いや、彼がいい人なのは重々承知なのですが、小説内ということでオチまではとことん嫌らしい人間で描いて欲しかったというのは僕のわがままですww


 余談というか、質問というか……。
>>クラウとは、夜を徹して語り合ったこともあるから、お互いの気心がよくわかる。
 これは、自由に解釈してよろしいでしょうか?←


 完成度の高い作品を楽しませていただきました。
 これからも頑張ってください!
 あ、あと王冠おめでとうございます!