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約束された最強というものがあり、それと対峙したとする。
昨日までの雑魚が、今日には一騎当千の兵になる。成長の範疇から突き抜けた理不尽。それが奴、約束された最強だ。 死さえも奴を止めることはできず、世界そのものを味方につけて、奴は今日も殺戮に明け暮れる。鍛練のため、金のため、奴はこの瞬間も、私の同胞の命を散らしている。 死した同胞は奴の血肉となり、奴は確実に力を付けていく。奴自身がそれを止めない限り、恐ろしいまでの速度でその成長は続く。約束は果たされ、比肩する者のない絶対の存在――最強となるのも、ただただ時間の問題だ。 抗する術のない、絶対の脅威。天災の如きそれに、我々は立ち向かわなければならない。 どうすればいい……? 正義の使者、不死身の存在、選ばれし者、約束された最強…… 即ち、『勇者』。 勇者と戦い、生き残るために。 私たちは、どうすればいい……? 「……えらいことになった。今回、私が緊急会議を開いたのは他でもない……」 薄暗い洞窟の中を、蝋燭の揺れる火が照らす。その火を見つめながら、男は重々しく語りだす。 自然が作り上げた空間を利用したこの場所を、彼らは議場と呼んでいた。出入り口は二ヶ所。どちらも細く、大人数が通行するのには不便である。加えて、ここでの言葉が外に漏れることもない。身を、そして秘密を守る場所として、ここは最適だった。 彼らの手で作り持ち込んだ物は、四角い卓と座席、蝋燭だけだ。四つの席がある中で、男から向かって右手の席に座る女――男と同じく人ならざる女に、彼は言葉を続けた。 大きく息を吸って、静かに重く、それを吐き出す。 「えらいことになったのだ。李華よ、どえらいことに……」 「それはもういいですから本題に入ってください、カイ」 「む、そうか。ならば……」 言われて彼――シャ=カイは、一度咳払いをする。李華は、何故か溜息をついた。 「実は今朝、森に人間が入った」 「魔物が住み着くこの森に? どこの命知らずかしら?」 「……勇者だ」 「なっ!」 彼女の動揺の声が、議場に木霊した。その立場として、決して表に出してはならない動揺。それが議場にしつこく響く。 「知らないのも無理はない。奴はお前の管轄する領域とは真逆の、東から侵入した。黒御の領域だ。森の魔物を三十ほど斬り殺してから、去っていったよ」 「私の耳に入っていないはずは……!」 「パニックを避けるために、情報に蓋をした。とはいっても、人の口に立てた戸だ。明日には森中に知れ渡るだろうな」 彼らの住む森は、孤島ベ・ネッ=セの三分の二を覆うほどの広さがある。森の名もまた、島と同じくベ・ネッ=セの森といった。森は広く、それを四分割して統治するために四人の代表が選出されている。 北の領域をシャ=カイ。 西の領域を李華。 南の領域をスウ・ガク。 東の領域を黒御。 彼らはそれぞれの長老であり、四統と呼ばれる実力者だった。カイは、その彼らの筆頭を務めているが。 「正直、お手上げだな」 諦めを混じえて、つぶやく。 「勇者は神の加護を受けて、死んでも復活する。手持金の半額を差し引かれるだけでな。地獄の沙汰も金次第というが、沙汰どころか道理まで捻じ曲げる。ゾンビか、奴は」 金と神。対極にあるような存在が、勇者を通じて繋がっている。所得税を課して、命を救う神。この世はなかなかに腐っている。 「しかし、カイ。このような事態なのに、四統の二人が会議に欠席なのは?」 「ガクはまた姿が見えなくなっている。黒御には、勇者の動向の偵察と討伐を命じた。……というわけで、これを用意した」 言いながら、カイは自分が座る椅子の下から、一枚の板切れのような物を取り出す。 板は長方形で、立たせるためのスタンドが付いている。それを、李華の向かいの席――黒御の席に立てる。板には写真が収められていた。鍛え上げられた体を持つ男が、快活だがどこか馬鹿っぽい顔で笑う。その、白黒写真。 遺影だ。 「彼は我々のために戦い、わずかばかしの時間を稼ぐために尊い命をこれから散ら……」 「縁起が悪すぎますよ!」 「いや、しかしだな。勇者は不死身だ。敵に回して黒御に勝ち目はない。早いか遅いかの問題なら、早めに準備をしたい」 「早めって! 黒御は強いですよ! そんなに簡単には……」 「今現在で上回っていても、明日にはそれがひっくり返る。それが勇者だ。誰も、絶対に奴には勝てん」 「ですが!」 「なんだ、李華……」 なおも食い下がる李華に、カイは告げる。 「黒御に代わって、お前が行きたいのか? だいぶ遠くに逝くぞ?」 「…………」 それを聞いて李華は、しばらくの間黙りこむ。目も閉じる。 彼女の前には、二つの道があった。仲間のため自らを犠牲にするか、仲間を売ってしばしの時間を得るか。前者の選択は死を意味したが、高潔な精神だけは死後も生き続ける。後者を選べば、生きながらにして鬼畜に落ち、誇りを殺すことになる。 黙考は数秒ほどか。 李華が目を開く。決断を下した。 「黒御の犠牲の上で、私たちだけで平和を掴み取りましょう」 すらすらと、鬼畜な台詞を吐く。 「ですが、黒御を捨て駒にした後、勇者を追い払う方法などあるのですか?」 「ない。勇者は殺戮の権化みたいな存在だからな。実戦を積んで強くなるのは理解できるが、奴の場合、基礎的な能力まで強化される。しかも、攻撃力や防御力ならまだしも、かっこよさやかしこさまで上昇するらしい」 「死神ですね。正義の味方の姿ではありません」 「ああ、他人の命を吸っているかのようだ」 「そういえば、魔物を殺すことで金まで稼げるそうです。いったいどうなっているのか……」 「どうやら、魔物特有の臓器が、人間社会の中で通貨として流通しているらしい。私もよく知らんのだがな。しかし、人間の代表格があの勇者なのだから、あながち有り得ない話ではない」 「……まるで私たちは、勇者を強くするためだけの存在のようですね」 「そうなってしまうな。経験値を稼いで勇者は強くなる。金を稼いでも、勇者はそれで装備をかためる。やはり奴は強くなる。金で揃う武器や消耗品くらい、どこぞの国が用意してやればいいものを。人間め、そこまで我らが憎いか……」 長々と話してみて―― 気が滅入り、口を動かすのさえ億劫になる。魔物として生まれた身を呪い、深く溜息をついた。 議場の空気が、洞窟の奥深くというだけでは説明がつかないほど、どんよりと濁ったものに変わる。湿って重く、吐き気を誘う不快な空気。 この空気を、絶望というのかもしれない。 静かな絶望に耐えきれなくなったのか、李華が口を開く。 「ですが、勇者はそもそもどうしてこんな僻地に? 魔王を倒すのが奴の目的のはずです。なら、大陸に行くべきでしょう」 「心当たりがないこともないが、それは大昔の話でな。私も詳しく知らない……」 「なら、ぼくから説明しましょう」 割り込む声が、議場に響く。 声の主が誰か、考えるまでもない。 この議場に入れる魔物は四統のみだった。カイと李華はここにいる。黒御に至っては事実上の故人だ。残ったのは―― 「ガク、か。遅かったな」 「探し物をしていてね。大目に見て欲しい」 南の統率者、スウ・ガク。外見は人間の少年そのものだが、人の一生を上回る時を生きた長老の一人。その深い知識には、最長老であるカイをもってしても及ばない部分がある。 遅れてきた彼は、今日に限って身の丈ほどもある大剣を背負っている。武装して来た、というわけでもなさそうだが。 「探し物? ……なるほど、仕事が早いな」 カイは、得心して頷く。 だが李華は、彼らのやり取りを理解していないようだった。 「どういうことです?」 「これが、勇者の目的だってことさ」 言って、ガクが背負った剣を卓上に置く。剣はやはり長く、贅沢な装飾がほどこされていた。とても実戦に耐えうるような品には見えない。剣の正体を知らなければ、ただの飾り物だった。 「ぼくは森の中に点在する遺跡について、以前から研究をしていてね。おかげで、これの在り処に大体の見当がついていた。藪蛇を恐れて近づかないようにしていたんだけど、事態が事態なんで、急いで取って来ましたよ。この神剣を」 「神剣?」 聞き慣れない言葉だったのだろう。李華がそう繰り返す。 カイが、彼女の疑問に答えた。 「伝説の武具の一つ、最強の剣――神剣・ゼミだ。遠い昔、この地に存在したとされる最高神レ・ドペン・センセーが作り、ベ・ネッ=セ神殿に封印した神具。眉唾物だと思っていたのだが」 「ぼくの管轄する南の領域には、多くの遺跡が集中していてね。そこにある古代神殿から出土したんだ。勇者の目的は、この神剣・ゼミで間違いないよ。……そこで、ぼくに考えがある」 「言ってみろ」 藪蛇などと言っていたが、ガクが神剣の存在を隠していたのは、己の切り札として取っておいたためだろう。神剣についてガクは、カイの知らない情報を多く握っていると考えていい。スウ・ガクとは、そういう男だ。 曲者は、めったに語らない自らの考えとやらを語る。 「勇者に面と向かってこの剣を渡しても、納得してはくれないだろう。かといって、そこらに転がしておいても、勇者はやっぱり怪しむ。森の探索を止めない。力で奪い取る物だと考えているはずだからね。そこでだ……」 ガクが、カイの前に神剣・ゼミを滑らせるようにして差し出す。 神剣は美しく、神々しい輝きを洞窟の薄暗さの中で放っていた。だが、それが運ぶのは恐怖の予感だった。 「勇者は、ボスを倒して財宝を手に入れるんだ。どうかな? そうあるべきだと思うけど?」 「……森のボスというのは?」 「四統筆頭のあなたしかいないじゃないですか。死後のことは心配しないでください。筆頭の座は、あなたに代わってぼくが立派に務めます」 にこやかに、少年の顔でガクが宣言する。 「貴様、それが目的か!」 「なに言ってるんですか。ぼくはただ、勇者を追い払いたいだけですよ。さあ! 勇者が疑問の余地も持たないほど、なるたけ奮闘した後、壮絶に討ち死にするのです!」 「ガクの作戦しかありませんよ、カイ! 森を救うため、さあ、死ぬのです!」 「李華、貴様もか! ええい、死んでたまるか!」 卓に両手を叩きつけて、カイは立ち上がる。 「かかって来い、この腹黒どもがぁ!」 神剣が勢い余ったカイの手に当たり、わずかに動いた。動いて、神剣・ゼミが遺影を倒す。黒御の遺影を、天井を向かせるようにして。 「……」 三人の怒鳴り声が止まる。動きも、なにもかも、止まる。 時間が止まる。 三人の目を、遺影の一点に釘付けにして。 「……死ぬのは、一人で十分だな」 ぽつりと、カイが声を漏らす。 止まった時間が動き出す。心の内側を染み出すように、各々が喋りだす。 「ぼくは少々不満だけど、彼なら簡単に乗ってくれそうですね」 「私は言うことないですよ。せっかくの遺影が無駄にならずにすみそうですし」 「どうせ、黒御は我々の中では死んだ身だしな。二度死のうが、あまり変わらんだろう」 こうして。 三人による会議は終了した。 後日、神剣を手にして黒御は勇者に挑んだ。森の最強力だと三人におだてられてその気になった黒御は、激戦を繰り広げることに成功した。結果として勇者の剣の前に倒れたことも含めて、上出来といえた。 戦いをせいし、神剣を手にした勇者は、満足して島を出た。 約束された最強――『勇者』と戦い、生き残るために。 私たちは、それに唯一対抗し得る『英雄』を生み出した。 生贄という名の英雄を。 |
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●感想
ルーシーさんの感想 どうもはじめまして、ルーシーと申します。 さっそく感想のほうを。 面白かったです。 すらすら読めましたし、話の展開、オチ共にかなりの完成度だと思います。 文章に関しても特に突っ込む部分はありませんでした。 ただ登場人物の名前や地名などの、固有名詞がさすがにちょっとw 違ってたらとても申し訳ないんですが……これってもしかして、神剣ゼミをやりたくて周りをそれにあわせましたか? まぁ作者様もネーミングには特に突っ込んで欲しくないみたいなので、この質問に関してはスルーして下さってもかまいません。 ゼロから見たランスロットのように(分からなければ無視してください)悪役視点から見た場合、もの凄い力を持った正義の味方というのは、往々にしてうざったいものですよね。 ありがちな話ではありますが、それをこの様に完成度の高い物語にしたのは、作者様の力量の高さだと思います。 次回作も楽しみにさせていただきます、頑張ってください。 クロさんの感想 どうも最近PCの調子が悪いクロです、こんにちわ。 読ませていただいた感想を。 最初キャラの名前を見たとき、何やこのけったいな固有名詞は! と思いましたが、 後半で意味を理解しました。物語りも面白かったし、 個人的にはネーミングの点でも少し笑いました。 少し気になった点を挙げるとしたら、……がちょっと多かったかな? ぐらいです。 次回作もPCが生きていれば是非拝見させてもらおうと思います。 それではこれからも頑張ってください。 むめいさんの感想 初めまして。むめいです。早速ながら感想を述べさせて頂きます。 魔物視点で勇者を見る、という作品は結構在りますが、 少なくとも私が閲覧させて頂いた小説の中では相当面白い方の作品だと思います。 短直に纏められてテンポが良い文章と、キャラの掛け合いのセンスが秀逸です。 ただ、キャラクターの厚みと言うか、キャラ立ちが少し薄かったかな、と。 勿論短編小説なのでそこまでしっかりキャラが立てようとするのは無理臭いですし、 キャラ毎の役割が在ったワケでは無いので余り必要性は無いかも知れませんが、 もう少し各キャラが端的且つ魅力的に描かれていると一層面白かった様に思われます。 魔物達の雰囲気とフッ飛んだネーミングは、個人的に好きな部類です。 「神剣・ゼミ」と「レ・ドペン・センセー」辺りが面白過ぎて堪りませんでした。 以上です。頑張って下さい。 リンチェさんの感想 こんばんは、リンチェです。 さて、この作品ですが、着眼点も構成も、そしてストーリー展開もなかなか面白く、楽しんで読むことができました。 特に、3人が黒御を捨て駒にするに至る過程がうまくできていたと思います。 ですが、やはりネーミングがちょっといただけません。 冒頭の文章が結構抽象的であったこととも相まって、前半部を読んでいた時には、登場人物がそのまんま教科を擬人化したものだと誤解してしまいました。それゆえ、名前に特に意味がないと知った時には肩透かしを食ったような感じがしました。 空言さんの感想 どうも、空言です。 この作品は着眼点が非常によかったです。 RPGの敵からみた視点から考えると、『勇者』という存在はやはりこう見えてしまうのでしょう。その部分をうまく引き出せててよかったと思います。 ただ、どことなく話が薄っぺらく感じてしまいました。オチもちょっと微妙でしたし、もう少し工夫を加えればいいと思います。 例えば、勇者を討伐に向かった黒御が、実は自分が捨て駒だったことに倒される寸前に気が付いて?そのことを勇者に伝える。そしてそれをきいた勇者が黒御と共に復讐にきてしまった。 「しまった…勇者に仲間は付き物であった!まさか、それが黒御であったとは…」あくせくする森の長達―悪い事はやっぱり出来ないなぁ― なんて教訓が付いたりするとおもしろいかもしれません。あくまで無知な僕の意見ですので、参考にならないとは思いますが(笑 次回作も頑張ってください。 耳達者さんの感想 トトさん初めまして、耳達者でございます。以後お見知りおきを。『勇者襲来』読ませていただきました。感想でも書かせていただきます。 なんだ、この中学校を思い出させる名前達はw いや、このネーミングセンスはすごい。レ・ドペン・センセーとベ・ネッ=セなんてもう逆に拍手を送りたくなりますね。トトさんは大目にみてと仰っていますが、この名前がこの作品に一味つけているので、私は良いと思いますよ。 発想はGOODです。勇者ではなく、化物視点ですか。面白かったです。文章も特に指摘する所は無く、すらすら読めました。 ですがこの作品、作戦会議だけ開いて終わってしまっていますよね? 私としてはもう少し続きを書いて欲しかった。このままでも十分読めるのですが、勇者襲来なんだから勇者を出しても欲しかったなと。勇者の凶悪っぷり、見てみたかったです。 少し不完全燃焼気味な作品。もう少し手を加えればもっと良くなると思います。 薄い感想で申し訳ありません。次回作も期待しています。 不如帰(ホトトギス)さんの感想 こんにちは、不如帰(ホトトギス)とう者です。 読ませていただきました。 とても面白かったです。 よく纏まっていて、文章自体のテンポも良く、あっといまに読み切ってしまいました。 キャラたちの会話も良かったです。 素敵に鬼畜でした(笑)。 名前も、しばらく忘れそうにありません。 特に神剣は、物凄いインパクトでした。 これからもがんばってください。 次回作も楽しみにしています。 銀さんの感想 トトさま初めまして、銀という者です。 読ませていただきましたので、感想を書かせていただきます。 面白く読めました。 こういう黒〜いコメディ(でいいんですかね?)、ネーミングのぶっ飛び具合は大好きです。ただ、元ネタから苦情が来なければいいのですが(汗)。 文章のテンポもよく、スラスラと読めました。 ただ、キャラの立ち方が少し弱いかな、と感じました。まあ原稿用紙11枚分と短いので仕方のないことですけれど。 拙い感想ではありますが、以上です。 次回作を楽しみにさせていただきます。 一言コメント ・真理としか言いようがない、とてもいいネタでしたが、 多分魔王を倒した後にエクストラダンジョン的に再探索→全滅 ・勇者の名は 島 次郎 ですか? おもしろかったです。 ・登場人物や剣の名前がツボに容赦なくはまっていきました。 ・いつもと違う目線で、斬新でとても良いと思いました^^ ・登場人物と世界観がとてもよかったです。 ・RPGの新たな一面、新たな面白さが味わえました。 |
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