![]() |
夜凪さん 著作 | トップへ戻る | |
|
![]() |
七不思議の一つ『死垂れ柳』が校庭の片隅に佇んでいる。
この木の元では、『幽霊』と『風』はしばし混同される。見ることも触れることもかなわず、時折涼しさを運んではただただ漂うばかり。 その『死垂れ柳』がざわざわと揺れる。風の無い凪いだ夜、独りでにすすり泣く。 浴衣姿の少女が、そのざわめく枝葉を見上げていた。 齢十五ほどの、どことなくあどけなさが残る彼女は、柳を見上げたままその袂に歩み寄る。白く小さな手には、風車が握りしめられていた。 柳は揺れども、風車は回ることを知らず。少女の長い髪も、歩みに合わせ揺れるだけだった。 ――風もないのにあの木が揺れれば、その根元には幽霊がいる。 『死垂れ柳』の噂を思い浮かべながら、彼女は歩みを止めた。風車をぎゅっと握りしめる。 それは今からちょうど一年前の花火祭りの日、彼女の恋人が買った物だった。ねだり、もらい受け、今でも大切にしている物だ。 そして、二人が最後に交わした物だった。 その日のうちに、彼と彼女を車のライトが引き裂き、二人の間を死が分かつこととなった。 風はなくとも木の葉はざわめく。彼は来てくれるだろうか? 少女は過ぎ去りし別れの時を思い返していた。 「来年もまた柳の下で花火を見よう」 信じる方が疑わしい『七不思議』にかけられた、どちらからともなく交わされた別れ際の約束。優しい嘘と知りながらもそれを守るため、少女は一人、待ちぼうけている。 しかし誰が来ることもなく、花火が一筋、夜空を逆さに切り裂いた。 七色の花火が枯れ果てた後も、少女は柳の傍にいた。 風はなくとも木はざわめき、静寂にはほど遠い時間が過ぎる。 不意に、足音が混じった。 少女が振り返る。人影が歩み寄る。 遠くから射す光を背に受け、人影は彼女の思い人を模る。 少女の顔にまぶしい笑顔が浮かんだ。 「きてくれ――」 「なぁ、いるのか?」 少女の言葉を遮るように低い声が響く。 笑みを浮かべたまま凍り付く少女。向かい合う少年はざわめきたつ柳を見上げ、呟く。 「遅れたけどさ、約束通り来たぞ」 そう言いながら、乾いた血がこびり付いた風車を足下に突き立てた。 死垂れ柳の元において、風と幽霊はしばし混同される。見ることも触れることもかなわず、時折寂しさを運んではただただ漂うばかり。 ざわめく木の葉は素知らぬ顔で揺れるだけ。柳に風と言わんばかりに。 |
![]() |
![]() |
●感想
一言コメント ・最近来たばかりですが、こんな人いたなんてすごいです。 ・最近の掌編の間は物足りない。実力者カムバック! ・1000字の中でミステリアスな雰囲気と、意外な結末。上手いですね。 ・ミステリアス。 ・非常に高い完成度。読み深くもありました。 |
![]() |
![]() |
![]() |