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『君が死ぬ』病。

 学校帰りにポストを確認すると、オレ宛に差出人不明の封筒が届いていた。
 正確には、裏面に送り主の署名が有るには有った。が、『エバーランドのピーターさん』じゃ匿名希望と大差ないだろう。もちろん妖精さんにも心当たりはない。
 せめて消印でネバーランドならぬ『エバーランド』とやらの正確な住所を確認しよう。そう思ったものの、困ったことに郵便番号どころか切手さえも見当たらなかった。
 履歴書でも入っていそうな真っ白い封筒からは、目に見えない真っ黒な悪意が感じられた。これはよくある『不幸の手紙』の亜種で、中には『三人以上に同じものを贈らないと死ぬ』などという意味が遠まわしに書かれているのだろうか。
 開けようかどうか少しだけ迷いながら部屋に持ち込んだ末、まぁ見るだけならタダだろう、それにどうせ暇だし、と封筒に手を掛けた。
 中には、内折にされた便箋が二枚、少し窮屈そうに閉じ込められていた。背中にはそれぞれ1・2と数字が記されている。
 こんな風に順番振られていたら、あえて逆から読みたくなるよな。意地悪な思いを浮かべながらも、普通に一枚目を手に取り、眺める。
 封筒と同じ色の便箋は、よく見ると手垢で僅かに黒ずんでいる。折り目の部分は特にひどく、また、微妙にずれた山折り線が幾重にも刻まれている。
 呪われるのはイヤだけど、書き写すのも面倒なのでこのまま転送します。そんな誰かの言い訳が聞こえた気がした。
 やっぱり伝染系の怖い手紙なんだろうか、などと思いながら便箋を開く。

――このままでは、君が死んでしまいます。

 マイナス20点。ニホンゴがおかしい気がする。
 悪い意味で期待を裏切らない書き出しだ。たった一行で、まだ読み終えてもいないのに後悔した。
 気を取り直して続きを読む。

――君は今、病にかかっています。風邪に似た初期症状が既に出ているはずです。主な症状は、

 くしゃみの変わりにあくびが出た。
 そうか、至って健康なはずの俺だけど、そのうち原因不明の病で死ぬのか。典型的な不幸の手紙だな。そう思いながら、気を取り直さず続きに目を通す。
 話は、意外な方向に進み出した。

――症状は、(世界、人生に対する)倦怠感、頭痛、吐き気、(夢、願望に対する)消化不良、また、(伝えたいことがあっても)声が出にくくなったりします。ただし、熱は下がる一方です。

 へぇ。なるほど。
 確かに風邪に似ているし、症状にも自覚有りだ。三行目以降は異論なし。
 普通の『不幸の手紙』とは明らかに違う。というよりも、これが本当に不幸の手紙かどうか、よくわからなくなってきた。もちろん、差出人不明で切手も行方不明の手紙が真っ当なものだとは思えないけれど、ただの悪戯でもないような気がしてきた。
 続きを読んでみよう。

――このままでは、君が死んでしまいます。そうならないよう、処方箋をもう一枚の手紙に記しておきました。用量、用法は気にせず、何度も、何度もお使いください。また、途中で体調、気分、機嫌が悪くなろうとけっして使用を止めないでください。

 どんな薬だ。なんの捻りもなく突っ込んでしまいそうになったところで、文が終わっていた。
 それにしても、処方箋が入っているとはどういう事なんだろう。わざわざどこかへ薬を買いに行かされるのか、それとも自分で作れ、という事なんだろうか?
 まぁいい。もう一枚を読めば分かるだろう。縒れた一枚目を折りたたみ、二枚目を手に取る。
 余計な皺の無いきれいな紙だった。開いてみると、三つ折の線以外に汚れが無い。
 どこかでコピーしてきたのだろう。所々擦れたつたない筆跡が、貧弱な語彙を纏い、単純な思いを綴っている。

――有名人になりたい

 たった一言、それだけだった。
 この文字、この言葉には見覚えがある。たしか小学校の真ん中くらいに文集に書いたモノだったはずだ。
 紙を持つ手が微かに震える。
 感動、じゃない。単純に面白可笑しい滑稽さのせいだ。
 なぁピーターさん。アンタの言いたいことも判るよ。キラキラした子ども心を取り戻して、前向きに生きましょう……そんなところだろう? それで、アンタの国『エバーランド』なら、主人公サンの人生がここから変わるんだよな。
 論外、大論外だ。リアリティに欠ける。エバーランドの外は、現実はそう簡単じゃないんだよ。
 かさかさと音を立てる紙切れを見つめながら、笑いを押さえ込むのに必死だった。
 破ってやろう。手紙に両手を添えながら、ふと思った。愉快な気分にさせてくれたお礼として、せめて丁寧に、丁重に、余すことなく八つ裂きにしてやるよ、と。
 手紙を掲げる。嫌でも文字が目に入り、また溜息を誘う。
 だけど、どうしてだろう。

――何度もお使いください。

 そんな言葉が蘇った。

――何度も、何度もお使いください。

 その言葉がよぎる度、眼前に掲げた稚拙な文字を何度も読み返した。
 やはり、何も変わらない。幼稚で中身のない文じゃ、俺の心は揺るがない。
 だけど同時に、一つの疑問が浮かぶ。
 コレが物語なら、主人公たちはすぐに、夢をつかもうと変わるだろう。なのに、どうして俺は変われないでいるんだ?
 かつて打ち立てた幼い夢を何度も眺めながら、何度も、何度も思いを巡らせる。
 結論は、出なかった。どうして変われないでいたか、判りそうにも無かった。
 変わりに、目に焼きついてしまった言葉がある。

――有名人になりたい。

 馬鹿らしいことだとは思う。だけど、ピーターさんとやらの言葉に乗せられてみるのもいいと思い始めていた。
 変われないで居ることが疎ましく思えてきた。それならばまだ、滑稽なお話の主人公で居たほうがマシだった。
 これを期に本気で変わってみるのも面白いかな? そんなことを思いながら、傷んだ方の手紙をとり、折りたたむ。
 多分この心変わりは、ピーターさんの思惑とは違う作用だったんだろう。だけど紛れもなく、この処方箋の、ワクチンの効用だ。
 うっすらと1の字が記された紙を手に取り、適当に友人の顔を思い浮かべる。似たような『君が死んでしまう』病にかかっていそうな人物など、いくらでも心当たりがある。
 そんな恐ろしい病が大流行している世の中だ。たまには処方箋が、ワクチンが感染したって悪くは無いよな。そう思いながら卒業文集が眠る押入れに手をかけた。


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●感想
一言コメント
 ・余韻が残って。
 ・実力者カムバック〜!
 ・この話の余韻が好きです、こういうあっさりした余韻は好みでした。
 ・発想が好きです。こういうのを書きたいと思ってたので、羨ましい。
 ・すごい感動しました。掌編でここまで書けるとは…… 最後に題名をもってくるあたりもあたりもすばらしい。
 ・とてもいい話ですね。
 ・読んだ後のなんとも言えない感覚が病み付きになりそうですw
 ・うほっ イイ読後感。
 ・いい発想、いい文章、いい読後感。自分もこの病気の感染者かも。夜凪さんの作品は素敵です。
 ・かなり面白かったです。タイトルも不思議と興味が湧き読ませていただきました。
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