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正義のヒーローがいた。
マジなのだ。 セーラー服美少女犬耳戦士が。 大マジである。 その名もキューティー☆マルチーズ。 嘘じゃないって。 敵は世界征服を企む悪の組織『Z・O・N(ゼ・オ・ン)』。 だって分かりやすいじゃん。 舞台は現代より幾分治安が悪化した異世界の日本。 まぁイメージしやすいようにね。 “正義の味方”と“悪の組織”は戦っている。15年も。 長くね? と思うことなかれ。後で説明します。 でも。 だが。 しーかーしー。 ここには彼女の出番はない。 なぜなら彼女は主役だから。 世界と言う名の舞台の上で。 華麗に舞い踊る華方だから。 そして何より、これが ヒーローではない者達(アウト・ヒーロー)の物語なのだから。 第T章・裏方 世界が舞台であるならば、舞台は誰が作るのだろう。 どんなに華方が美しくても、 物語がどれほどに素敵でも、 未完全な舞台だと台無しだ。 ならば舞台を作る裏方こそ、 全てを作っているとは言えないか。 誰にも見られていない場所を築き、 誰にも成果を認められず、 誰に見向きもされることなく、 誰に褒められることもない。 それはいわゆる脇役であり、 どうしようもく裏方なのだ。 裏方の仕事は重要で、 そして普通に大変だ。 そんな中、脇役で裏方な彼もやはり大変だった。 たぶんどの世界でも、目立たない仕事が一番辛いのだ。 ☆☆☆ その日、都心最大の大手である『第一帝都銀行』は銀行強盗に遭っていた。 犯罪が凶悪化の一途を辿る近代、この手の目立つ犯罪をするのは、大金目当ての窃盗に慣れた頭の切れるヤツか、銃のような強力な火器を手に入れたために、自分の力量を見誤った頭のキレた馬鹿のどちらかである。 不幸なことにこの日やってきた銀行強盗は後者だった。 マシンガンやショットガンといった大型拳銃を抱えた数人の男達は、慣れない大型犯罪に手間取り、金を集め終わる前に銀行の外は警察に囲まれていた。 運がないのは居合わせた客達だ。人質にされた挙句、散々銃で脅されるはめになった。銃犯罪が増加したといっても、被害者になる確率は多くない。それでなくても銃口を向けられれば誰でも大きなストレスを感じるのも当然だろう。 犯人達の焦りもあって、状況は長く続かなかった。 最初に耐え切れなくなったのは、さもありなん。年端もいかない男の子だった。 当然、苛立った強盗達がそれを捨て置くわけもなく、 「コラ餓鬼ぃ! 泣くんじゃねえ! うるせえだろうが」 と、泣き声を上げ始めた男の子に、強盗の一人が拳銃を向けながら怒鳴る。 けれど男の子は泣き止まず、恐怖がさらに泣き声を上げた。 人質の大人達の中に事態を止めようとする者はいなかった。興奮状態の強盗の前に躍り出て一緒に撃たれてはたまらないと考えてのことだろう。男の子の保護者がその人質の中にいたのかどうかは分からないが、どちらにせよ男の子に向けられた銃口の前に立ちふさがる者はいなかった。 予測された不幸はすぐに訪れる。 焦りから軽くなっていた銃の引き金が――男の子に銃口を向けたままに――弾かれた。 命を奪う音はパンッとあまりに軽く、その結果たる惨状を思い浮かべて誰もが目を閉じた。 そして再び目を開いた時、そこには潰れたトマトのように崩れた頭をした……男の子がいなかった。 男の子は無傷だった。 その光景に誰もが息を飲む。 強盗も、職員も、客達も、一人の例外なく動きを止めていた。 全員の視線が一箇所に集まっている。 銃弾を放った男と、放たれた男の子の間。 そこに一人の影があった。 その人物が握り締めた手の中には一発の弾丸。 銀行にいた誰もが一目で理解した。 その姿はあまり有名で、見間違う者は一人もいない。 弾丸を空中で受け止めたのは、世界の平和を守る愛と正義のセーラー服犬耳美少女戦士キューティー☆マルチーズ ……ではなかった。 現れたのは黒衣の男。 ダイバースーツみたいなゴム質の服に、 表情を見せないフルフェイスヘルメット。 そして背中に背負う「Z」の文字。 悪の組織『Z・O・N(ゼ・オ・ン)』の、下級戦闘員だった。 戦闘員は銃を持った強盗達に一人で向き合い、 『ギィ――』 機械越しの合成音。 それは一般的に知られている『Z・O・N』の戦闘員の唯一の声で、当然一人としてそれを解する者はおらず、その異様さに誰もが黙る。 『ギィ…………ああ。これで聞えるな』 戦闘員はヘルメットの側面を操作し、ボイスチェンジャーらしきものを切ると、普通の声で喋りだした。戦闘員が喋るというのは意外な光景だったためか、これはこれですごく異様に思えた。 『チッ。同じセリフを言い直すのってめんどくせぇが …………しょうがねえか。オイ、テメエら』 戦闘員は言う。 自分に数も装備も多い強盗達を見ながら。 まるで自分が主人公であるかのように、高らかと。 『武器持って一般市民囲んでんじゃねえよ三下共が。 そいつは俺ら、“悪の組織”の役回りなんだからよっ!』 宣言し、そこから事態はあっという間だった。 『Z・O・N』の下級戦闘員は風のような速さで動き、銃を持った強盗達を次々と無力化していった。なんとか反撃を試みた者も即座に倒され、苦し紛れに人質へと放った弾丸は全て空中で叩き落された。 ワンサイドゲーム。 そうとしか思えない状況が起こり、すぐに収まる。 ほんの一分弱。強盗に入っていた男達が残らずのされていた。 そのあまりに圧倒的過ぎる力と、そしていつもは正義の味方にザコ扱いされている光景とのギャップのせいで、助けられた人質達ですら開いた口が塞がらなかった。 一人テキパキと強盗達を縛り上げ、裏口から立ち去ろうとする戦闘員を前にして、たった一人だけ声を上げられた者がいた。 その姿は戦闘員にも見覚えがある。 さきほど彼が凶弾から救った男の子だった。 「あ、……その、ありがっ」 お礼の言葉を言おうとしているのに、緊張で上手く話せていないようだった。 そんな小さな子供の頭を、戦闘員が大きな手が撫でる。 子供に対する優しさが見える仕草だが、ヘルメットのために表情は見えない。それでも撫でられた子供が恐怖を感じていないのは、口には出さない優しい気持ちが伝わってきているからだった。 戦闘員は少し恥ずかしそうに男の子に言う。 『“悪”に礼なんてすんじゃねえよ、ガキ』 その一言だけを残して、戦闘員は去っていった。 拍手の一つも起こりはしない。 悪の組織の戦闘員が人々を救ったなど、話しても誰も信じないだろう。 それなのに彼は戦った。 誰に褒められるでもなく、 認められるでもない戦いを。 男の子の見るその後ろ姿が、自分達の宿敵と酷似していることも知らないままに。 ※ 「黒川さん! また勝手にスーツ使ったんですかっ」 自分を怒る声に、黒川剣一は耳をふさいだ。 それでも聞こえてくるのは相手の声の高さ故だ。二十歳過ぎの成人女性でこの声音というのは何かと反則だろうと黒川は考える。 黒川はTシャツとジーパンというラフな服装で、薄着だからこそ分かる引き締まった体をしているが、その隣を歩く女性は逆にかなり小さい。年齢は24と黒川より5つも下のはずなのに、彼女の外見はどう見ても中学生くらいにしか見えない。カラフルな柄のワンピースという服装や、オカッパの髪型のせいで外見年齢はさらに若く見えている。 彼女は名前を日比野アキという。 アキは黒川にとっては職場の後輩であり、同時に上司でもある女性だった。 「すんませんでした。司令部新部長殿!」 「もう! からかわないでください!」 冗談で軍隊風の挨拶をする黒川に、アキは子供のように怒る。やはり見かけに中身は追随するものらしい。 ここまでの会話からも分かっただろうが、二人は悪の組織『Z・O・N』に所属している。同じ組織であっても部署は違って、黒川は最前線で戦う“実動部”。アキは計画立案から実行、後始末を行う様々な部署を統率する“司令部”だ。 黒川は中学校卒業時から『Z・O・N』にいる。アキは2年前からだが、目を見張るスピード出世から今では組織全体を動かす立場だった。それでも黒川は堅苦しいものを気にしないので、上司だというのに接し方自体は以前と変わっていない。 怒り終え、アキはため息を吐きながらぼやく。 「はぁ。瞬間脱着機能なんて作るんじゃなかったです」 「そう言うなって。かなり便利なんだぜ」 言いながら黒川は自分の腰巻いたベルトを触る。 ベルトは一見少し分厚い皮ベルトにしか見えないが、接続部のスイッチを押せば一瞬で強化スーツを着ることができる。『Z・O・N』の戦闘員が街のど真ん中でワラワラと湧いて出るという現象には、こんなタネがあった訳だ。 このベルトはまだアキが組織に入ったばかりで“開発部”に所属していた時に作った物だった。身体能力の向上と防弾性も、彼女によって大幅にアップされている。 「もういいです。さあ行きますよ。実地調査」 「実地ねえ。上の人も大変だな。でもそれって俺が行く意味あるのか?」 「あっ、あるに決まってますじゃないですかっ。もちろんいざという時のボディーガードとかおみやげ買った時の荷物持ちとかそんなんですっ!」 そんなんか、と何故か顔を真っ赤にしているアキをしり目に呟く。 アキもまだ言いたいことはあったが、なんだかウヤムヤになってしまった。 今日、二人は次の作戦に向けての現地調査で都心にやってきていた。その途中で黒川がお金を下ろすために銀行に入ったところで先程の銀行強盗だ。スーツを使ったことを怒られはしたが、あそこで自分が動いていなかったらもっと時間がかかっていたのではないだろうか、と黒川は考える。反論しないのは、自分がアキより頭が悪い事を自覚しているからだ。中卒の黒川に対し、アキはなんと東京大学卒業である。これはもはや比べるのもおこがましい。 黒川はもう十年以上も組織にいる。 悪の組織というのは、けっこう昔からあったらしい。 まともに知っているかぎりでは、15年前には『Z・O・N』の前身となる組織はあったようだが、その組織は1年でキューティー☆マルチーズに壊滅させられている。 黒川が入団した当時は、既にキューティー☆マルチーズの反則的強さが目立っていて、組織はいつも勝ち目の薄い戦闘を繰り返していた。そのためにやたらと怪我の多い悪の組織に入ろうなどと考える者は減り、ついには道端でのスカウト活動を始めるほどになっていたほどだ。 その中でも組織と黒川の出会いは異質だった。 彼が高校に行かなかったのは、中学時代「あたしには使命があるの!」と言って辞めていったクラスメイトがカッコ良かったからという単純な理由だったが、中学卒業と同時に就職と叫んでみたものの就ける仕事はなく、うだうだやっていた黒川は、夜の公園で十人ばかりの不良に囲まれたことがあった。世の中が上手く行かないことに不満をかかえる奴はどこにでもいて、その日の黒川はその中での被害者の立場だったのだ。 そこを助けてくれたのが《怪人》豆腐男だった。 あの時、豆腐男の言った言葉は、今でもしっかりと覚えている。 「お前ら、一人を大勢で囲んでんじゃねえよ。そいつは俺たち“悪の組織”の役回りなんだぜ」 夜闇の中で、一人だけ曇り一つない白さだった豆腐男の立ち姿は、黒川の中で今でも輝いている。 ただセリフを言うだけならまだしも、変身した豆腐男は子供の拳で崩れてしまうヤワなボディでありながら、たった一人で大勢の不良をのしてしまったのだ。その姿に黒川は感動し、豆腐男に弟子入りする形で『Z・O・N』に入団していた。 あれから10年余。 豆腐男もずいぶん前に倒されてしまったが、 それでも師匠である男を目指し、黒川剣一は戦っている。 今日のような任務外の行動を取ったのも、そのためだった。“実動部”は低学歴はもとより前科者だってたくさんいるような部署なので、あまり規律にはうるさくなく、今回のような勝手もさほど何かを言われることはないだろう。 今はのほほんと私服で街を歩く二人だが、普段はそんな勝手ができないほどにかなり忙しい。 『Z・O・N』の主な活動は週に一度、特殊な改造を施した《怪人》を先頭に行われる。 しかしその活動のために事前の準備がたくさん必要なので、団員達は作戦区域の下調べ、情報の操作、作戦の下地作りと何かと大変なのだ。週に一回しか目立った活動をしないのは別に放送上の都合などでは決してないのである。 それにしても、と思う。 キューティー☆マルチーズは強い。 戦い続けて十年になるというのに、未だに勝利を収めたことがない。外見こそ少女でしかないが、その腕力たるやクジラを一本釣りするほどで、脚力は一蹴りで十階建てのビルをも飛び越える。その上、ビームとか衝撃波じみたものをバシバシ放ってくるのだから、もはや《怪人》なんかよりもよっぽど化け物だ。 それだけの力がありながら、こちらに死者を出さないのだから、その正義の味方ぶりには敵ながら感心させられる。 思い返せばキューティー☆マルチーズは黒川がこの仕事を始める数年前から戦っている。この十余年がそうだったのだから、きっと15年前からあの外見のままなのだろう。組織の《怪人》も変身するといつも同じ姿になるので、たぶん似たような原理なのかもしれない。 「痛て」 「どうしました? 黒川さん」 「あ、いや……」 言いつつ擦ったのは、先週の作戦の時に打ち付けた頭だった。大型ビルを占拠する作戦で、黒川は人質を一所にまとめて(ヘタに抵抗して怪我しないように)見張っていたのだが、彼が守っていた扉ごとキューティー☆マルチーズにぶっとばされたのだ。彼女の事を考えていたために、怪我が痛みを思い出したようである。 難儀なことだ、と黒川は思う。 これだけいろいろ裏方作業もやってるのに、敵に勝てる日は遠いようだ。 それでも―――― 黒川はさっき男の子にしたように、隣を歩く同僚の、子供のような頭を撫でる。 「わっ? な、なにするんですか黒川さぁんっ」 「別に。なんでもねぇよ」 黒川は笑って応えた。 自分達がしていることが、裏方作業であると知りながらも。 自分があの最強の主役の前での脇役でしかないと知りながらも。 決して表に出ない、評価もされない役回りであると知りながらも。 ずいぶん昔に、これがカッコイイ生き方だと教わったから。 そんな単純な理由だけで。 黒川剣一は次の戦いに向けての闘志を新たにする。 そんな彼は、たぶん裏側の戦士(アウト・ヒーロー)なのだろう。 第U章・脚本家 世界は回る。 くるくる回る。 主役一人を中心に、 脇役を周りに散りばめながら。 ならば、 世界を回すのは誰だろう。 正義と悪のダンスの中で、 音楽を流しているのは誰なのだろう。 どれだけ魅力的な華方が踊ろうと、 どれだけ素敵な舞台がそろおうと、 そこに秩序がなければ美しさはない。 物語がなければ、回る世界にリズムはない。 とある世界で、彼女は脚本家だった。 彼女の意思が世界を回し。 彼女の意志が舞台を動かす。 もしも不安があるとすれば、自分が脇役よりも舞台に出ない、 そんな影の影たるところ、ぐらいだろうか。 ☆☆☆ 『お前ら、ガキなんざ誘拐してんじゃねえよ。 そいつは俺ら、“悪の組織”の役回りなんだからよ』 …… …… …… 「………………………うぁ、おはよぉございまいまふ」 そんな感じで、 日比野アキ、起床。 「へぁ?」 低血圧であるアキは朝が弱い。それが激務の後ならなおさらだ。自分が仕事用のデスクの上で寝ていたということにさえなかなか頭が回らない。 アキは実年齢より十歳は若く見られる外見をしており、体の大きさと比例して体力も少ない。だから遅くまで続いた仕事の終了と睡眠の開始が連続してしまったりすることもしばしばなのだ。 現在、日比野アキは多忙だ。 彼女は悪の組織『Z・O・N(ゼ・オ・ン)』“司令部”の部長をしている。 組織はその仕事によって幾つかの部署に分かれているが、それら全体を統括、指揮するのが彼女の所属する“司令部”である。全体の動向や、それこそ社会や世界の動き諸々を常に気にし続けなければいけないため、ただでさえ仕事が多い。入って2年でここまで出世してきたのも、彼女にそれをこなせるだけの能力があった、その一点が大きかった。 だんだんと覚醒する意識の中、自分が何か厚手の布を背中に被っていることに気がついた。 誰かがかけてくれたのかと考え、すぐに首を振る。 これは組織の幹部が着るマントだ。 真っ黒の大きなマントは見るからに悪の組織っぽいが、アキが着るとハロウィンの衣装のようにしか見えていない。アキも本当は着たくはなかったのだが、仕事なのだと割り切って、せめて本部の中でだけはマントを着用している。 なんだか間抜けなんだよね、とアキは素直に思う。 「でも、ここにやってきた時から間抜けっぽかったし……しょうがないよね」 なんだか老成したこと言いつつ、アキは椅子に深く座り直す。 そんなことを思ってしまったのは、先ほど見た夢が原因だった。 あれはまだアキが普通の東大卒業生だった頃の、それも『Z・O・N』と初めて関わった時の夢だった。 2年前、夜の公園でアキは誘拐されかけた。 犯人はその頃問題になっていた、中学生くらいの少女ばかりを狙う誘拐グループで、外見中学生のアキは見事にターゲットとされたのだ。たぶん、間違えられたのだろう。そこを助けてくれたのが『Z・O・N』の下級戦闘員、というか仕事帰りの黒川剣一だった。助ける方も中学生だと間違えていたらしいけど。 そんな先日の大手銀行で行われた物のようなヒーロー劇の後、アキは自ら組織の本部を調べ上げ、内定が決まっていた大型企業も蹴って『Z・O・N』に入団していた。“開発部”“作戦部”“司令部”ととんとん拍子に出世し、気づけば今の地位に就いていた。自分が追いかけてきた男性をいつの間にか追い抜いていたことには、気づいてからショックを受けたりしたが(その上向こうはアキのことを覚えていなかった)。 アキは無言で目前のデスクを眺める。 社長室にでも置いてそうな、重厚な造りをしている。黒塗りな所などいかにもな感じだが、机上には山のように詰まれた書類に幾つかのモニタ、数台のノートパソコンと隙間ゼロの状態になっている。開発部に作らせた孫の手ロボット(用途、遠くの書類をつかんで持ってくる)がここまで重宝されるとは思ってもみなかった。 つまり、これが上役の大変所である。 まだ一つ前の作戦部にいた時は、次に起こす活動やそれにおける周辺地域への影響、総生産に関わる干渉度などを調べ、部隊を動かすだけでよかったのだが、司令部に変わったとたん仕事の量は数倍に跳ね上がった。給料もまた跳ね上がりはしたが、それでもこの仕事量は労働基準法とか無視してるんじゃないの? でも非合法の組織だからいいのかな? などと思ったり思わなかったりだ。 アキは一人ごちる。 「てゆーか、いろいろおかしいのよねぇ。この組織って」 何より自分のような新参者が早々出世できるところがおかしい、とアキは思う。いくら能力があるからといっても、普通はもっと組織内の軋轢(あつれき)なんか邪魔をして出る杭は打たれるものなのだ。いやまあ、自分で言うのも難なのだけど。 「そういえば、つい最近もそんな話をしたような……」 いまだ寝起きのぼんやり頭で、アキは記憶をさかのぼる。 どうやら今回はオール回想話で終わりそうだ。 ※ 「てゆーか、いろいろおかしいのよねぇ。この組織って」 時は戻って数ヶ月前。 場所は『Z・O・N』本部作戦部室。 未だ日比野アキが、司令部ではなく作戦部だった頃の話である。 アキは作戦部が決まって着用する旧ドイツ軍風の軍服姿で、会議用の大机にそのまま腰を下ろしていた。それでも外見が子供なのでミリタリー風のコスプレをしている少女にしか見えない。 そこでアキは同じ部屋にいる同僚と話している。 「そう思わない? 要くん」 「ふうん。なんでさ?」 要と呼ばれたのは線の細い体つきをした青年だ。 髪が長く、一見女性のようにも見える青年で、全体的に見れば、捉え所のない、特徴のない所が特徴のような外見をしている。 彼は名前を十条要という。“作戦部”ではなく、最前線で戦う“実動部”に所属している。十条はアキとの同期であり、立場は変わっても付き合い自体は変わっていない仲だった。今日は十条は実動部からの届け物を持ってきた所だった。 とにかくアキはぼやく。 「だっておかしいよ。私、もう作戦部に入って一年が経つんだよ……」 「へえ、いいことじゃないか」 普通に相槌を打つ十条に、アキは首を振って応える。 「違うって。問題はさ、……なんで私はクビになってないのか、ってことなのよ」 強く言うアキに、十条は首を傾げ、訊き返す。 「どういうことだい? アキちゃんはちゃんと仕事してるじゃないか。同期の僕から見てるからよく分かるけど、君ってけっこう有能だよ?」 「あたりまえでしょ。私の最終学歴を忘れたの?」 「うぐぅ……さすがは東大。態度がデカイね」 「それにこの組織って、学歴問わないから頭悪い人か変な方向に頭の線切れてる人しかいないのよね。私が特別優秀なんじゃなくて他にいないってだけなのよ。きっと」 聞き様によれば謙遜にも取れるような態度だったが、アキとしては単に事実を言っているだけだった。本音としては、もっと優秀なのがいれば私の仕事が少なくなるのに、といったところである。 とにかくね、とアキは話を戻す。 「私はもう50余りの作戦を指揮してきた。要君、その中でキューティー☆マルチーズが出てきたのはどれくらいだと思う?」 ここで出てきた名前に、十条はピクリと反応する。 キューティー☆マルチーズといえば、“悪の組織”である『Z・O・N』に常に単身で立ち向かう犬耳セーラー服美少女戦士であり、“正義の味方”だ。最前線で戦う実動部に所属している十条は、その名前はもはや体で覚えている。 少しだけ考え、十条は質問に答えた。 「……そうだね。決まって週に一回。というよりどこで嗅ぎつけてくるのか、うちの活動する場所に必ず現れるね」 十条の答えが満足だったのか、アキは小さく頷く。 「正解。で、正義の味方が出てくれば悪の組織とぶつかるわよね?」 「うん」 単調な相槌の十条に、アキはさらに尋ねる。 「じゃあ、うちの組織がキューティー☆マルチーズを返り討ちにしたことは?」 「…………ないね。昔のことはよく知らないけど、僕達が入ってからは一度もない」 今度ばかりは十条の返事も遅れた。 そこは主に戦っている実動部だ。最前線で戦い、負けている身としてはその事実はかなり悔しいのだろう。 しかしここでハッキリすることがある。 作戦の度に邪魔が入っているのだ。そして必ず負けている。つまり全部失敗していることになるのだ。それなのに作戦立案から撤退後の事後処理までを任されている責任者がなんのお咎めも受けない、こんなことがあるのだろうか。アキの言っているのは、つまりそういうことだった。 「でもね。そこは分からないでもないよ」 十条は反論する。 「だって負けてるって言っても作戦目標はちゃんと果たしてるじゃないか。単純に力と力の勝負では負けても、戦略的には僕達は勝っているんだ。その点だけを見ればアキちゃんの作戦の目標達成率はほとんど百パーセントじゃないか」 まっすぐに言う十条に、けれどアキは首を振る。 「それでも負けは負け。失敗は失敗なの。だからおかしいのよこの組織は。こんな駄目指揮官なんてさっさと替えればいいのにそれをしない。なんで?」 「なんでって…………」 それだけじゃないの、とアキは続ける。 「キューティー☆マルチーズは確かに強い。でも強いといっても所詮は一人。これってどういうことか分かる?」 アキはぐいっと身を乗り出しながら訊いた。 だんだんと強く、深みの増してきた彼女の雰囲気に、十条は唾を呑む。 「つまりね。キューティー☆マルチーズは、不敗ではあっても無敵ではない。 倒そうと思えば倒せる敵なの」 「で、でも……」 反論しようとする十条は、しかし上手く言葉がつむげない。 アキはそんな十条を圧倒するように続ける。さらに熱の増してきた声で。 「単純に力で負けているなら、他の、有利な部分で勝ちを狙えばいい。 例えば数。作戦に一体しか投入しない《怪人》。これを一つの作戦に数十人組み込めば、力と力の勝負でも勝てる。 例えば持続力。向こうは一人でこちらは組織なのだから、複数の場所で同時多発的に行動を起こせば、最強といえども力に陰りは出るはずよ。 例えば報道。こちらの組織力で世論を操作し、世間の風潮の中で“正義の味方”という理想を剥ぎ取ればいい。そうすれば通報などといった方面で向こうは動きづらくなる。 ほら、考えればこちらの勝てる手段なんていくらでもあるの。 そ、れ、な、の、にっ」 バンッ! と机が叩かれた。 十条は相槌すら打てていない。 完全に目の前の同僚に呑まれていた。 場を支配していたアキは言う。 「降りないのよ。許可が」 そうなのだ。 アキは作戦部に入って以来、キューティー☆マルチーズに必勝できる作戦を幾つも考案しているというのに、その決行の許可が一度として下りたことはない。 彼女は“正義の味方”に敗北するのが分かっている作戦しか立てたことがないのだ。 作戦部の彼女がやると決めれば、その決定は唯一の上の部署である“司令部”か、それ以上、つまり“組織のボス”にしか止められないというのに、いつもそれは却下されている。 「おかしなところはまだあるわ」 アキの口からせき止めていたものが流れ出るように次々と言葉があふれてくる。 十条は無言で聞き入っている。 「《怪人》の改造技術、あれにはまだ発展の余地がある。それなのにバリエーションを増やすばかりで一向に今以上を目指そうとしていない。十数年の敗北の歴史があるのよ。それを活かさないなんてあるはずがないでしょう。 それにさっきも言ったけど世論の問題よ。確かにキューティー☆マルチーズは分かりやすいくらいに正義の味方だけど、十数年も一切歳をとらない美少女なんておかしいでしょう。ていうか気持ち悪いわ。誰かが疑問に思ってもいいはずよ。なのにそんなことを言う人はどこにもいない。 それにこの組織の目標よ。世界征服ってこんな破壊活動ばっかりやっててできるはずがない。民衆に嫌われてる非合法な組織が上に立つなんて無理だし、いずれ倒される。今やっていることが無駄だとは言わないけど、本当にやるべきことなんていくらでもあるはずなの。 なのに、やらない。これは絶対におかしい」 「……………………」 アキの言葉が区切られ、部屋にまた嫌な沈黙が訪れた。 十条は自分達がこんな会話をしたのは初めてだと思っている。 いや、組織の中でこんなことを言う者は今までに一人としていなかった。 だが、彼女の言っていることは正論だ。 どこまでも筋が通っている。 だから、十条は、訊いた。 「それで、アキちゃんはこのことをどう捉えているの?」 問われ、アキはためらわずに答える。 「組織にはキューティー☆マルチーズに勝つ気がない」 はっきりと。 これ以上もないくらいにはっきりとアキは言い切った。 「私なりに考えた結論があるんだけど、聞きたい?」 なにか誘惑でもするような問いかけに、十条は頷く。 アキは今度はゆっくりと、少しでもじらすかのように言った。 他言無用と釘を刺すことすらなく。 解答を、告げる。 「組織のボスとキューティー☆マルチーズがグルになっている……とか」 「……そ、そんな」 「そんな馬鹿なことって思うでしょう? でも違う。もしそうだとしたらいろんなことに辻褄が合うもの。 向こうが組織の戦闘員を一人も殺さないのも。絶対に組織の《怪人》が適わないのも。事件の現場に必ず現れるのも。世論が彼女を疑わないのも。そしてわざわざ“悪の組織”と名乗って“正義の味方”を称している相手と戦うのも。全てに納得のいく説明がつく。なぜなら全部が全部仕組まれた茶番劇なのだから。 この場合は『Z・O・N』の存在理由っていうのは単にヒーローごっこのためのヤラレ役でしかないことになるわね」 アキの述べる補足材料はどれもが決定的なものばかりだった。 しかしそのどれもが『Z・O・N』の存在意義を根底から揺るがしてしまうものばかりだった。 普段ならばアキも言わなかっただろう。 けれど話すうちに感情が高ぶってしまい、近くにいたのが偶然近しい友人一人だけだったという状況から、つい本音が漏れてしまったのだ。 もしも、これが組織の中枢に関わるような人間に聞かれでもしたら大変なことになるだろう。アキの身に危険が及ぶ可能性さえある。それほどまでに先ほどの仮説は危ないものだった。 十条の額に、生ぬるい汗が一筋、流れた。 ただただ静かで重い空気が二人の間を支配していた。 そこからはどちらも言葉はなく、 アキの回想は、そんなところで幕を閉じることになる。 彼女が“作戦部”から“司令部”に配置換えされたのは、この会話をした数日後のこと。 仕事量がさらに増え、アキには組織の内情の事など考える暇などなくなることになる。 配置が換わったことにより、アキが作戦を考案する必要はなくなった。けれど相変わらず組織は勝てもしない作戦ばかりを立てている。 しかしアキがその事を組織に主張することはない。 あの時、十条には語らなかったが、アキとしては本当はそれでいいのだ。 もっとウダウダ戦い合っていてくれた方が、組織の活動は長続きする。 ゴールは遠い方が、走っていられる時間は長いのだ。 それは彼女にとっては嬉しいことだ。 なぜならアキがこの組織にいるのは、一人の下級戦闘員と一緒にいたいがためなのだから。 自分のピンチを助けてくれた、彼女だけのヒーローと。 そんなヒーローを自分の手で動かす。これはなかなか気分のいい物だったりするのは、彼女の中では組織への仮説以上にトップシークレットである。 だから今日も彼女は組織を動かす。 脇役以上に表舞台には立たないけれど、 裏方以上に見えることない役柄だけど、 彼女は自分にとってのヒーローや、正義のヒーローの動きを考えながら、全ての流れを素敵に操っている。 とりあえず今の最重要課題は、 上手く仕事を片付けて、とある下級戦闘員との時間を作ること。 そんな感じで、彼女は頭を動かしている。 英雄達の外側(アウト・ヒーロー)で、彼女は今日も物語を紡ぐ。 第V章・観客 舞台で踊る人がいて。 舞台を作る人がいて。 舞台を動かす人がいて。 いろんな人が役目を果たし、 世界と言う名の舞台は回る。 人生という物語は紡がれる。 けれど、 そこには足りないものがないだろうか。 “それ”はどんな舞台にもいるもので、 “それ”がいるから舞台がある。 そんな中心でもなく外縁でもなく回転でもない“それ”とは何か。 それは観客だ。 舞台を楽しむ観客。 舞台を期待する観客。 観客がいなければ、舞台にはそこにある意味がない。 だから彼は客席に座っている。 最善席で静かに舞台を楽しみながら。 おそらく彼ほど世界を愉しんでいる者は、いないだろう。 ☆☆☆ “彼”には特定の名前がない。 それはただの名無しというわけではない。 “彼”を指し示す名称が特定できないほどに多すぎるのだ。 例えば日本帝国代26代目総理大臣。 例えば世界的な大企業『Lカンパニー』会長。 例えば“悪の組織”『Z・O・N(ゼ・オ・ン)』総督。 そして、『Z・O・N』“実動部”下級戦闘員、十条要というのもの“彼”の顔のうちの一つでしかない。 その他にも“彼”は多くの名前を持ち、顔を持っている。有名な物もあれば無名な物もあり、歴史に刻まれたものもあれば、もはや本人ですら覚えていないものもある。時代によって、土地によって“彼”は自分を変えてきた。変えるのは名前だけではない。今は線の細い体に長い髪の青年の姿をしているが、数年前まではまた違った姿をしていた。 それでも、今の彼は主に“十条要”であるので、ここでは“彼”のことは“十条”と呼ぶこととしよう。 結論から言えば、 十条要は“世界の支配者”である。 比喩でも隠喩でもなく、まさしくそのままの意味で、彼は世界を支配している。 支配、といって世界を牛耳る巨大な機構の頂点に立っているというわけではない。 彼が支配しているのは“流れ”である。 この世界には様々な意味での“力”がある。引力、重力、浮力、斥力、そして生命の力、集団の力、それこそ具体的抽象的様々な形で“力”は世界中に存在している。 そして“力”には流れがある。 高所から低所へ。狭所から広所へ。原点から分岐点へ。 その全ての“見えざる力の流れ”を読み取り、操作することこそが“世界の支配”となる。 そうは言っても十条は自分の私利私欲のために世界を好きにするのではなく、むしろ安定するように管理している。“流れの操作”は十条個人ではなく、才能ある者に部分部分を任せ、それらを彼が統括、指示しているのだが、もしも彼らへの連絡を十条が一ヶ月も断ったとしたら、このあまりに複雑怪奇となってしまった世界はすぐに空中分解を起こすだろう。 十条がこんなことを始めたのには大した理由などなかった。 ただ出来るからやっている、それだけのことでしかなかったのだ。 しかしこれも十条のあまりに大きすぎる経験からでしか出来ない技だった。 十条が今にいたるキッカケは、ずいぶん昔のことになる。 彼はある特殊な体質をしていた。 突然変異。彼は自分の体に起こった異常をそう捉えている。 化学者に調べさせ、自分でも調べてみたが詳しい理由は分からなかった。分かるのは彼の体が細胞レベルから人間ではなくなっていたという事実だけ。それによって具体的に彼の体がどう違うかというと、 彼は死ななくなった。 一言でいえば不老不死。 どれだけの時間を経ても老いる事なく、重いケガを負っても即座に回復する。未知のウイルスや細菌兵器でさえ彼の体を蝕むことは出来ず、たとえ体を千の破片の千切られようとも気づくと元に戻っている。 今では自分がどれくらいの時を生きているのか思い出すことも出来ない。少なくても二百歳は越えていることだろうが、人間の脳はある程度以上の期間の記憶を保存できないので、昔の事をよく覚えてはいられない。それどころか十条は自分が本当にこの国で生まれたのかさえも知らないのだ。 しかしどれだけ知識を忘れようとも、経験は常にたまっていく。 数百年生き、蓄積してきた経験、それが彼に“世界の支配”である事を可能にしていた。 さて、ここまでくれば「それっておかしいんじゃないの?」とお思いの方も多いことだろう。 『Z・O・N』の総督である十条要は世界の支配者で。 『Z・O・N』は世界征服を企む悪の組織だ。 つまり、目標は既に達成されているのである。 ならば『Z・O・N』の真の存在理由とはなんなのか。 その答えは彼のもう一つの顔にある。 世界の支配者、十条要。 またの名を『K☆M大好きさん』さん。 創設15年になるキューティー☆マルチーズ・ファン・倶楽部所属。 会員ナンバーは……………… 『00001番』 ※ 「キューティー☆ビィィッッ――――――ム!」 技名とともに放たれた怪光線に、一帯に展開していた下級戦闘員達がまとめて吹っ飛んだ。悲鳴は『ギィ――』で統一されているので、なんだか間の抜けた光景に見える。 しかしこれを食らっている方は冗談ではない。 いくら強化スーツを着ているとはいえ、自動車で跳ね飛ばされるくらいの衝撃で、10メートル近く飛ぶのだ。これを受けてまだ立ち上がれた戦闘員は、三十人近くいたうちでも二人だけだった。 なんとか着地した二人は互いの姿を確認する。 一人はこの道一筋十余年のベテラン下級戦闘員、黒川剣一だ。 一番ケガが多く、そのために退職していくことの多い“実動部”であるに関わらず、未だ前線で戦い続けるタフな男だ。 そしてもう一人はまだ二年目であるに関わらず筋の良さから最前線を任されている若手下級戦闘員、十条要だった。 十条はヘルメット内蔵の通信機で黒川と連絡を取る。 『黒川さん、まだいけますか?』 『あったりまえだっての。俺の最終学歴を忘れたか?』 『それアキちゃんの決め台詞ですよ……ってアンタは中卒でしょうが』 『言うなよ経歴査証。で、当然お前はまだ大丈夫なんだろうな?』 『当然ですよ』 十条の声に不安はない。 しかし状況はかなり悪い。 相対するのは金糸のごとき長髪に犬耳つけた改造セーラー服姿の美少女戦士、最強の宿敵、キューティー☆マルチーズだ。 場所は開けた海岸で、頼みの綱の《怪人》もやられてしまった。仲間は二人のみで増援の予定もない。普通ならば撤退するだろう。やられた仲間の回収は別の部署が行う手はずになっている。 だが二人は退かない。 黒川は単純に負けず嫌いなために。 そして十条は、一時でも長くキューティー☆マルチーズと接していたいがために。 そう。 十条要はキューティー☆マルチーズが好きだ。 戦闘員なんて危ない仕事をやっているのも、一番近くで彼女を見ていたいからという理由からだった。 そもそも『Z・O・N』はそのために存在している組織なのだ。 先日、あまりに真実に近づきすぎたためにあえて出世させた女幹部がいたが、彼女の仮説は本当にいいところまで行っていた。ほとんど着眼点だけ見れば正解だった。今も彼女には世界の管理の一端を任せているが、あれほどの能力あればいずれは『Z・O・N』という組織全体を任せる日も来るかもしれない。 彼女の考えた通り、組織にはキューティー☆マルチーズに勝つ気がない。 《怪人》の改造は決して相手を越えない程度にしか行わないのは、彼がそう指示しているからで、キューティー☆マルチーズが必ず現場に現れるのは彼が情報をリークしているからで、世論が彼女を疑わないのは、彼が世に出ている“情報の流れ”を全てそうなるように制御しているからだ。 『Z・O・N』が組織として誕生したのは十五年前になる。 最初は、それこそ罪のない人々を殺していた。そこは人口も千人程度の小さな港町で、兵器のテストと、新しい保安部隊のお披露目のためのヤラレ役として、『Z・O・N』は設立された。分かりやすい“悪の組織”という体裁をとっていたのも、元よりたった一ヶ月余りで潰されるための組織だったからこそなのだ。 そこに現れたのが、彼女だった。 正義のために戦う勇者。 強きを挫き弱きを助く英雄。 どんな大勢の敵にも背を向けず、 どんな凶悪な《怪人》にも立ち向かう。 そして一度として見返りを求めることもない。 そんなヒーローが、現れたのだ。 当時は何度もその背後関係を調査させたが、どこかの組織に所属していたり、どこかから報酬を受け取っているような節は一つとして見つからなかった。あらゆる“流れ”を支配する十条にも見つけられないのだから、それはつまりどこにも存在しないということになる。 つまり、本当の正義の味方なのだ。 悪の組織のように何かしらの裏もない、正真正銘の正義。 あの頃はまだ両者のパワーバランスも曖昧で、彼女もひどく傷つく時はあった。それでもそこに弱者の涙がある限り、決して退くことなく戦い続けていた。 だから彼は憧れた。 そのあまりの無垢で純粋な正義に。 その清らかな誇り高さに、弱者のために力を振るう姿に。 世界の管理などという味気のないことばかりしている自分との違いに。 “悪の組織”のボスが、“正義の味方”の少女に、心の底から感動したのだ。 あの時から“正義の味方”と“悪の組織”の、不器用で派手で、そして今へと続くダンスは始まっていた。 だから―――― 『行きますよ黒川さん!』 十条は叫ぶとともに走り出す。 砂浜を走り、舞い散る砂が背中を彩る。 距離はおよそ30メートル、スーツの出す脚力ならば5秒とかからない。 『うおおお!』 先に仕掛けたのは黒川だった。 やはり体格から来る運動力の違いだろう。それでも一瞬違いだが、黒川の右拳はまっすぐキューティー☆マルチーズの顔面を狙っている。 ほとんど同時に見えるタイミングで、十条も前蹴りを放つ。最初の拳を受けるにしてもかわすにしても当たる位置だ。 しかしキューティー☆マルチーズは黒川の拳を受けもかわしもしなかった。 突き出された腕の手首をつかみ、自分の方へと引き寄せる。 彼女の得意技、柔道と合気の動き。 動きの方向を操られた黒川の体が前に傾ぎ、そこに十条の蹴りが突き刺さった。 『ごはっ!』 体の空気を一気に吐き出し、崩れ落ちる黒川。 だが十条にはそれを気にかけている余裕はない。 自分の蹴りが当たったと感じた頃にはキューティー☆マルチーズの掌底は目前に迫っていた。 ギリギリで首を傾ける。 それ以上の回避は不可能だった。 砲弾のような速度で手が過ぎ去る。ヘルメットの正面部分が掌底に弾かれた。直撃ではないというのに、衝撃で十条の体は真横に飛ぶ。 ああ、これだ、と十条は思う。 飛びながらも空中で体勢を戻し、着地とともに再び走りだす。 目の前にいるのは憧れの女性だ。 十条は拳を突き出す。 それをキューティー☆マルチーズは軽やかにかわす。 これなのだ。 こうするために。彼女が中心で舞い踊る舞台を最前列で見るために、“悪の組織”はできたのだ。そして“悪の組織”と“正義の味方”の構図を守るために、世界の秩序は作られている。 だから、ここは世界の中心だ。 舞台は最高潮に達している。 脚本家が考え、 裏方が準備し、 華方が舞い、 そして観客たる自分が観賞している。 これなのだ。 拳を出し、隙の出来た十条の体の下、もはや見下ろすことも出来ない位置でキューティー☆マルチーズは膝をためる。 そして拳を固め、上へと、放つ。 「キューティー☆アッパーカットっ!!」 突き上げる拳が十条の顎に放たれた。 十条の体が空に舞う。 クライマックスを飾るように、高く派手に彼は舞い散る。 やられながらも、十条要は幸せだった。 なぜなら自分は観客だから。 英雄譚の終わり(アウト・ヒーロー)を、こうして最前列で見ているのだから。 こうして世界は回る。 踊り、歌い、喜びながら、 幸いのダンスを舞い続ける。 なぜならそれが彼らの人生だから。 アウト・ヒーローに、本当の終わり(アウト)などないのだから。 第?章・舞台裏 おや? 終わりの後に続きがあった。 何か書き残しでもあっただろうか。 全ての登場人物を語り終え、 全ての真実を語り終え、 全ての舞台を終えたというのに、 それでもまだ語る事を出来ていないのか。 そうだった。 彼女の事を忘れていた。 この世界が舞台であるのなら、 舞台裏だってあるはずだろう。 気づけば今日も舞台は終わり、 彼女は化粧を落としている。 華方女優の舞台裏。主役の裏側。他言無用でお願いします。 ☆☆☆ 犬飼丸美は戦う女の子だ。美少女戦士なのだ。 彼女は戦う。 敵はもちろん悪の組織だ。 正義を背負い、悪を討つ。 強きを挫き、弱きを助く。 金糸のごとき髪をなびかせ、 装飾過多な犬耳セーラー姿で、今日も行く。 キューティー☆マルチーズに変身し、巨大な悪を打ち砕くのだ! ※ 今日もキューティー☆マルチーズとして、犬飼丸美は戦った。 悪の組織『Z・O・N(ゼ・オ・ン)』の《怪人》を一蹴して、救出した四十人からなる園児達全員と握手&写真&サインをこなし(むしろ後の方が大変だった)、さきほどやっと彼女の秘密基地(正確には実家)へと帰還したところだ。 なんの落ち度もない、見事なヒーローぶりだった。 こっそり家にはいる技術は、たぶんサンタクロースにも引けはとらないだろう。彼女の長い“正義の見方”暦で身についたテクであった。 しかしどんなに慣れたといっても偶然は別物で、帰ったと同時に扉がノックされたのには驚かされた。既に変身は解いているとはいえ、挙動不審ではいけないと急いでベッドの上に横になる。 父が単身赴任中で子供は丸美が一人なので、扉を叩く人といえば母しかいない。 気分が落ち着くと同時、すぅっと自然と丸美の眉根が寄った。 「丸美ちゃん、起きてる?」 弱々しい、腫れ物に触るような声が扉越しに聞えてきた。 その声に苛立ちつつも、丸美は壁をドンドンと叩く。返事をすることさえ面倒だと見える行動だ。いつものことで悪いとも思わない。 扉を開け、入ってきたのは年齢以上に疲れた印象の女性だった。 今日はいつもより妙にビクビクしているように見える。 丸美の母は、手にお盆を持って、腕からはビニール袋を下げていた。 「はい。丸美ちゃんの好きなチャーハンよ」 「ん」 ありがとうも、いただきますもなく、それだけ言って丸美は母からお盆を受け取った。そして腕のビニール袋を見る。母もその視線に気づいたようで、袋を恐る恐るベッドの上に置いた。 「ちゃんと買ってきましたよ。ジャ●プとマ●ジン。言われたとおり買う場所を選んできたから折り目一つないから」 「ん」 丸美の返事はやはりそれだけだった。彼女の目だけは言語外に「早く出て行け」と言っている。そんな態度からはとても彼女が裏で“正義の味方”をやっているようには思えない。 いつもなら丸美の視線に応えて母が出て行く場面だったが、今日はそうならなかった。座ってチャーハンに手を伸ばす丸美を前に、母は気まずそうにたたずんでいる。それでもなんとか、本当にいっぱいいっぱいな感じで話を始め、 「あっ、あのね丸美ちゃん」 「ねえ!」 被いかぶせるような丸美の声に、すぐに遮られた。 丸美の一声でかわいそうなくらいに萎縮してしまっている母に、彼女は偉そうな態度で言う。 「最近はエネルギー資源とかが危ないんだよ。みんながリサイクルにいそしまなきゃ地球はあっというまに死の星になっちゃうんだから。ビニール袋なんてもっての他なのに。ちゃんと買い物袋持参しゃなきゃ。テレビくらい見ようよ。もう、これだからお母さんは……」 「ごめんね。ごめんね丸美ちゃん。ごめんね……」 あまりに哀れで、その格好が逆に丸美をイラつかせるのだが、それでも今日は母も退かなかった。よほどの決意を胸に秘めてやってきたのだろう。顔に汗をかきながらも、座る娘に相対する。 「あ、あのね。……そろそろ…………と思うの」 「は? 何? ボソボソ言われても聞えないんだけど」 怒鳴られ、さらにオドオドした態度を強める母だったが、まだ退こうとはしなかった。 今にも泣きそうな目になりながらも、話すのをやめない。 「あのね。丸美ちゃん。そろそろ、働くか、それとも結婚相手を探すとか……すべきだと思うの。このままじゃいけないわ。こんな、何年も何年も部屋にこもりっぱなしで……学校だって中学中退で、お勉強だってしてないのに……だってあなた」 丸美の母は言う。 これ以上もないほど、ハッキリと。 「あなたもう28なんだから」 その言葉は丸美を見えないハンマーで殴りつけた。 正義の味方暦の長い――――もう15年もやっている―――― 中学校中退の――――ヒーロー活動のために学校休みまくっていた―――― 28歳で仕事も結婚もしない――――ニートでヒキコモリの―――― 裏では最強のヒーローで――――表では最弱の駄目人間である―――― 犬飼丸美=キューティー☆マルチーズは、 ぶち切れた。 「うるさいうるさいうるさぁぁっい! お母さんアタシのことなんにも分かってない! 分かってない分かってない分かってない! アタシはそんなこと悩まなくていいの! 正義の味方なのっ! 変身してれば永遠の18歳なの! だから学校も何も関係ない関係ない関係ない! 忙しいんだから出てって! 出てってよ! アタシの部屋から出てって!」 癇癪を起こした丸美を止める術は母にはなく、数分後、散らかりつくした部屋に丸美は一人で立っていた。 立ち尽くし、丸美は思う。 本当に、ヒーローに悩みは多い。 それが実在するヒーローなら、なおさらだ。 長いこと美少女戦士をやっているというのに、悩み事は増えるばかりだ。 いや、憂鬱こそがヒーローの条件だと言える。 他の事に悩むのが嫌で現実逃避に戦っている訳ではないのだ! きっとそうだ。絶対無欠に間違いないっ! だから彼女は戦う。 キューティー☆マルチーズこそが、理想の姿だから。 彼女が戦うのも、あまりに正義に純粋なのも、彼女が守りたいのがその理想そのものだから。現実の自分とは違う、尊く美しい正義のカリスマ。それを守るためには、自分が傷を追うことさえも厭わない。他の物はなんでも捨てる。それは『犬飼丸美』という個人さえも。 そんな自己中心的な理由で、犬飼丸美は戦っている。 正義の味方キューティー☆マルチーズとなって、 舞台の上で舞い踊る。 それでも、本当の彼女の意思はどこまで行ってもそこにはなくて、 だから―― たくさんの人が作る舞台の上、 主役脇役が回り回る世界の中で、 一人、丸美だけが蚊帳の外の英雄(アウト・ヒーロー)、なのだった。 |
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●感想
一言コメント ・視点が変わってなかなか面白いですね。 ・設定と台詞の軽快さが読んでいて気持ちいい。どのキャラもいい味を出しているだけに、キャラの性格がわかるエピソードがもうちょっと欲しかった。 |
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