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ザッキさん 著作 | トップへ戻る | |
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厚く垂れ込めた暗雲が途切れると、辺りは煌々たる銀の光で満たされた。
夜空を照らす不吉な満月は、今宵が絶好のデート日和になることを予感させる。 僕の名前は夜魔吐死鬼(やまとしき)。 先月の仏滅日に知り合った生否腐司子(いくいなふじこ)さんと、デートの待ち合わせをしているところだ。 場所は、我々ゾンビの定番デートスポット、首狩町の「北墓場」である。すでに複数のゾンビカップルたちが、墓石の影で呪詛の言葉を囁き合っている。 まったくもって羨ましい光景だ。 ――ああ。腐司子さん、早く来ないかなぁ。 「ごめん、待った?」 凛としない低声が、およそ響かず辛うじて僕の耳に届く。 非常に緩慢な動作で、ズルズルと両脚を引きずるように近づいてくる死体姿は、まぎれもなく愛しの腐司子さんだった。 「いや。僕もさっき、地中から這い出したところだよ」 本当は五分ほど待たされたのだが、僕の腐りきった脳は歯牙にもかけなかった。 「今夜もキレイだね、腐司子さん。防腐化粧のノリが一段といいみたい」 「腐腐腐、ありがとう。Tゾーンが腐らないように、けっこう気を遣ってるの」 骨の浮き出した両手を、見事に削げ落ちた頬に添えて、腐司子さんは恥ずかしそうに身をよじった。 「ところで、その服装は……?」 僕は、腐司子さんの着衣を眺めながら低く問いかけた。 「冥土服よ。吐死鬼さんは、こういうの嫌い?」 腐司子さんは首を傾げ、黄色く濁った瞳で問い返してきた。 彼女の頭部を飾る擦り切れたカチューシャが、微風の中で無様に揺れている。すっかり薄汚れたエプロンは、元の色が判らないほど変色して、もはや見る影もない。 ヨレヨレのスカートと伝線したニーソの狭間――魅惑の絶対領域――には、露になった土気色の太モモが、愛らしい無数のウジ虫どもと相まって僕の目に眩しかった。ああ、ウジ虫になりたい! 「とても似合っているよ」 僕は嗄れた美声を意識しながら、正直な感想を述べた。 「ホント? 嬉しい!」 腐司子さんが、身体をグラリと揺らして喜ぶ。その拍子に二の腕の腐肉が剥がれ落ち、地面の上でビチャリと音を立てた。 僕は、彼女の大胆な腐り方に思わず目を奪われてしまった。呼吸もしていないのに、息苦しいほど胸が高鳴った。 彼女の新しい魅力を発見して、両目が眼窩から零れ落ちる思いだった。 「ねぇ。私たちも、早く生者を呪いましょう」 くぐもった恨みがましい声で、腐司子さんがグチャッと身を寄せてくる。僕の穴だけになった鼻腔に、彼女の蠱惑的な腐臭が流れ込んできた。 頭が朦朧とする。いや、最初から朦朧としていたような気もするが……。 とにかく僕は、迷わず腐司子さんを抱き寄せた。 肩まで伸び損ねた少ない髪の隙間から、彼女の細い項が覗いている。白骨が剥き出しになり、赤黒く裂けた血肉とのコントラストが絶妙だった。 今宵の彼女は、もはや地獄に堕ちるほど美しい。 僕は、興奮の沼気を吐き出した。気づいたときには、彼女を墓石の横に押し倒していた。 「ああっ、みんな死んでしまえばいいのに」 「死の苦しみに、のたうちまわればいいんだ」 僕たちは、互いの爛れた耳元で、呪詛の言葉を囁き合った。 僕はつい調子に乗って、彼女の腐れ落ちた胸に手を伸ばしていた。 「ちょっ……吐死鬼さん」 「のうのうと暮らす生者どもに死を」 ウジ虫どもの蠢く太モモに触れると、僕はそのままスカートの下に手を忍ばせる。 「あっ!」 腐司子さんが、低すぎる喘ぎ声をもらした。 生気の欠片もない彼女の痩けた顔に、そっと自分の顔を近づける。唇を失って久しい僕たちは、互いの前歯を押し当てる格好でキスをした。 いい雰囲気だ、と僕が思った瞬間、 ――ドゲチャッ! 腐司子さんの骨張ったビンタが、僕の頬骨の一部を粉砕する。まさに粉骨砕身!? 腐肉が派手に飛び散った。 「いい加減にして! 私たちは生者に恐怖と死を与える存在なのよ。吐死鬼さんの愛の形は間違ってる。生前の煩悩に引きずられるなんて……。私たちは腐ってもゾンビでしょ?」 それは違う。腐ってるからゾンビ、あるいはゾンビだから腐ったんだ。僕はそう思ったが、彼女の剣幕に圧されて何も言えなかった。 「吐死鬼さんは、もう少し『腐甲斐』のある人だと思ってた」 やがて、僕の身体を押し退けて立ち上がると、 「今夜はもう帰る。吐死鬼さんは少し反省してちょうだい」 腐司子さんは残念そうに言って、肩(の腐肉)を落としながらズルズルと帰っていった。 僕は、失意の中で土を掘り起こし、『腐貞寝』することにした。 了。 |
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●感想
Mickさんの意見 ほにゃにゃちわー。Mickです。 未熟者ながら感想などを。 ツボにはまったらしく、良い感じに笑いが止まりませんでした。 ところどころの描写がゾンビらしくて良いと思います。 考えるのが楽しかったろうと勝手ながら察しました。 やっぱり脳みそ空っぽににして楽しめる作品っていいですねぇ。 それでは。 アーさんさんの意見 どうもはじめまして、アーさんと申す者です。 早速感想に移ります。 タイトルで自分の苦手なホラーと分かっているのに気がついたら読んでました。 ていうか、読んだらホラーじゃなかったし。 違和感なく笑いながら読ませて頂きました。 ふふふが腐腐腐だとか、とても良い発想ですね。 エッツさんの意見 はじめまして、未熟者な私ですが、感想を。 とても面白かったです。終始ニヤニヤが止まりませんでした。 まずその発想が秀逸で、ザッキさんセンスには感心させられました。 ゾンビならではのやりとりがシャレの効いた表現でテンポ良く飛び込んでくるので、 読んでいて気持ちよかったです。 気分転換の息抜きにこんな作品を書けるってすごいなぁとうらやましい限りです。 オチの腐貞寝もグッドでした笑 ホロロさんの意見 どーも、ホロロと申します。 ツボにはまり終始にんまりしっぱなしでした。 表現がいちいち笑いを誘い、そのうえ文章も上手いなーと関心しながら読ませていただきました。 普通の人間であればおそらく平凡というかお決まりな感じになるんでしょうけど、 それがゾンビカップルであればこんなにも面白可笑しくなるんですね。 >「のうのうと暮らす生者どもに死を」 そこでその台詞!? とツッコミ所満載で、シュールな雰囲気もまた最高でした。 〜編ってことは、違うパターンもあるんですかね? 御爺さんの意見 ザッキさんの作品を読むのは久しぶりな気がします。 さて、とても面白かったです。 主人公が愛しの(元)人に(きっと)恋焦がれている様子が出ておりましたし、 美しい(であろう)ヒロインの描写も(ゾンビ界ではきっと)綺麗に表現されておりました。 ゾンビと人間との差が非常に面白く、普通に書けば何の事は無い表現もゾンビ界ならこうなるのか、 と始終笑いながら読ませていただきました。 >まさに粉骨砕身!? ↑の表現に感涙しました。本当にその通りです。痛がらない主人公もまさにギャグ界の鑑。 でも記号が半角なので全角の方が良いのかも? ツッコミの要らない所が冒頭の2行だけで、指摘するような所も特に見当たらず、 最後まで笑わせていただきました。 死んでいるクセに活き活きとしているゾンビも良かったですし、 恐いと書いて美しいと読むギャップのある描写も見事だったと思います。 Ririn★さんの意見 こ、これは新感覚ライトノベルですね。 正直、気持ち悪い描写ばかりが並んでいるのですが、 読んでいくと自分の中の価値観が逆転して、楽しい雰囲気として受け止めていくのを感じました。 不思議な体験をしたと思います。 死後の世界にもデートのお作法みたいなものがあるのだと思うと、 そこは非常に面白い世界が広がっているのだと思います。 この作品はうまくそれを表現できているのではないでしょうか。 特に受けたのは「いや。僕もさっき、地中から這い出したところだよ」という台詞でした。 ここで一気に作品の世界に引き込まれたと思います。 短い感想ではありますが、この辺で。 うまい作品を書いたザッキさんに呪いの言葉を残して、ゾンビは去っていくことにします。それではー。 エフェドリンさんの意見 こんにちはエフェドリンです。 腐った目をしているなと、たまに言われる人間です。ザオラル! ザオラル! そんなことは置いといて、感想やら。 ・もう色々と言わなくてもいいでしょう。 その設定にやられましたorz まったくもう、目の付け所が(いい意味で)気持ち悪いんだから☆ 頭腐ってるんじゃないの?(いい意味で) とまあ設定の一人勝ちというわけでもなく、その巧みな描写も作品の魅力になっていました。 ほんとにもう、どうしてこんな描写が出来るのよ。気持ち悪い(いい意味で) 読んだ感じでは文法上のミスやおかしな描写とかもありませんでしたし。 マイナスをする理由がありませんでした。 ほんとにもう、気持ち悪いんだから☆(悪い意味で)(悪いのっ!?) 団子さんの意見 作品を拝見させていただきましたが、シュールです。 最初から最後まで無茶苦茶でした(いい意味で)個人的にそこまでつぼったわけではないのですが、 「不甲斐ない」や「不貞寝」などの結びつけがかなり上手で感心してしまいました。 そうか、ゾンビたちの間でそれは間違った愛の形なのかと夜の自室で一人笑ってました。 ええ、団子はキモイです。でも僕をキモクしたのはこの作品なので僕は悪くないのです。 特に指摘する箇所はありませんでしたね。 アツコさんの意見 こんばんは。 以前、初投稿作品を批評して頂いたアツコです。先日は有難う御座いました。 拝読いたしましたので感想と言うか批評と言うか、本題に入ります。 高得点を叩き出されたのも頷けるハイクオリティですね。 具体的な個所は、他の方々が挙げてらっしゃるので割愛しますが、描写の生々しさが強烈に頭に残っています。言葉遊びやユーモアのセンスも抜群で、もっと精進せねばと思わされました。 ただ、一ヶ所だけその生々しさが吹き飛んで現実に引き戻された箇所がありましたので、無礼を承知で意見させて頂きます。 >すっかり薄汚れたエプロンは、元の色が判らないほど変色して、もはや見る影もない。 生ける者サイドの感性がここでひょっこり出てきて、あれ、と思いました。 気にならない人は気にならないですし、寧ろ気にする方が神経質過ぎるのだと思うのですが……。 裏を返せば、枝葉末節な箇所しか突く場所がないという事でして、それはやはり限りなく満点に近い作品であるからこそだと思います。 素晴らしい。 |
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