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『先生――恋って、なんですか……?』
生前、キミは俺にそんなことを質問した。 あの時の俺はそんなことは知らなかったし、恋をただ貪っているだけだった。 ――質問したのはキミだったけど、俺はキミから答えをもらった。 ……キミの生き方は、焦がれる恋そのものだったと、俺は思う。 ■ 友人の峰(みね)という男が、足の骨を折った。これがまた面白い理由で足を折ったのだ。 恋した女に詰め寄って、フラレてもなお追いかけ、階段踏み外し足折って……。 俺は小さな花束を持って、その光景を想像しながら病室を目指していた。 病院にあまり縁のなかった俺は、その物珍しさに周りを見渡す。小さな子供からお年寄りまで、本当にいろんな世代が入院しているらしい。それを見ていると、いつ自分も世話になるやらという考えが頭に浮かぶ。峰がなかなか突然な逝き方をしただけに、ちょっと不安である。 エレベーターに乗り、峰が入院している五階へと向かう。 白い壁と白い床。汚れが無く舐められそうなほど清潔で、少しだけ居心地が悪い。魚と同じで、人間もそれなりに汚い場所じゃないと、息が詰まる。 酸素を求めて、俺は峰の部屋を探す。えーと、508号室……508……。 同じようなドアばかりの廊下で、俺はきょろきょろとあたりを見回し、発見した。 「お」 ついつい声が出て、さてどんな風に部屋に入ってやろうかと思案する。 ま、ひねりすぎるよりシンプルな方がいいか。 気持ち早足で、俺はドアを開けた。 「いよー峰! お前もとうとうバカのトップランカーだなあ!」 なんて、小馬鹿にしながら入ってやったのだが……。 中にいたのは、峰じゃなくて小さな女の子だった。 「……誰?」 小学校六年生くらいか。一人で本を読んでいたみたいだ。 髪がベットに落ちるほど長く、とても黒い。もしも水なら、さらさらと流れる雪解け水、と言ったところか。目も同じように黒いのだが、そこには子供特有の澄み切った輝きがない。 「あー……えっと……ここ、508号室じゃ……」 女の子は、本に視線を戻し、「ここは506……」と呟いた。体半分廊下に出て、部屋番を確認すると、確かに506の数字……どうやら間違えたようだ。 「ごめん、病室間違えたみたいだ」 ほんとごめん、と謝って病室から出ていこうとしたその時。無表情だった彼女の顔に、すこしだけ現れた寂しそうな表情が目についた。なんでそんな顔をするのだろう。いや、もちろんそれは寂しいからなのだろう。 まあ、なんていうか。俺は暇な身である。友人を茶化しにきたのも、暇だからだ。だったら、その暇な時間でこの子の寂しさを埋めてもいいかな、なんて思った。 後ろ手にドアを締め、ぽかんとする少女に向かって俺は言った。 「ま、何かの縁ってことで。ちょっとお見舞い……って、だめかな?」 少女は、小さな声で「……別に、いいですけど」と許してくれた。 ベット脇の丸イスを取り、それに座って彼女を見る。 「君、名前は?」 「……木崎、深子(きざきみこ)」 「じゃあ、深子ちゃんでいいかな」 こくりと頷く。その間、本から目を離さない。 「……なに読んでんの?」 黙って表紙を見せてくれた。 恋の病、というタイトルの恋愛小説だった。 「深子ちゃん……まだ小学生だろ? なんかマセてるなあ」 「マセてないです」 「マセてるって。俺が小学生のときなんて、そんなの読まなかったし」 というか、小説という存在を知っていたかどうか。 「……マセてない」 拗ねたようにそう繰り返す深子ちゃんに、俺はつい苦笑してしまう。なんとなく、大人びた子だなあと思っていただけに、そういう年相応の子供らしさはすごく意外だった。 「そういえば、お兄さん、名前は」 「ん? そういや、名乗ってないっけ。――俺は千堂樹(せんどういつき)っていうんだ」 「お兄さんは、歳いくつですか?」 やっぱりお兄さんのままなんだ。 名乗った意味ねー。 「歳は二十歳。大学生」 「……じゃあ、小学生の勉強くらい、楽勝ですよね」 「ん? 宿題はやってあげないよ」 「そうじゃないです」 少しだけ、彼女の表情がムッとした(ような気がした) 「私に、勉強を教えてくれませんか。大学生なら、小学生の勉強くらいは、楽勝ですよね」 「まあ、だいたい忘れてるだろうけど」 しかし、どうしたもんか。 確かに、峰も入院してるから、ここには結構来るだろうし、暇だし。教えてもいいかな、とは思うのだが。そういうのは親御さんから許可もらわなきゃダメなんではないだろうか。 そんな俺の思いを察したのか、深子ちゃんは呟くように「どうせお母さんたちは滅多に来ないから、気にしなくていいです」と言った。 まあ、そういうことなら寂しいだろうし、俺の暇な時間が役に立つならそれに越したことはないか、という理由で俺は了承した。 「ありがとうございます」 「いや、別にいいんだけどさ。今日会ったばっかなのに、逆にいいの? って感じだよ」 「いいんです。どうせ、ここの病室には、あまり人が来ないから」 来たら、それがチャンスだから。と、彼女は寂しそうに呟いた。それでも、俺はもう行かなければならない。そもそも、今日は峰の見舞いに来たのだ。 「ごめん、深子ちゃん。俺、そろそろ」 「あ、すいません。引き止めてしまって」 「いや、また明日来るからさ」 「はい。……ありがとうございます。急なお願いなのに」 「いいって。袖摺合うも多少の縁ってね」 そう言って、俺は病室から出て、508号室へと足を向けた。峰のことよりも、俺の意識は完全に深子ちゃんに向いていた。彼女の、枯れそうな花のような儚さが、なんだかひどく印象に残ったのだ。 ■ 翌日。 俺は早速、筆記用具とノートを持って、病院へと向かった。 白い廊下を抜けて、506号室の戸をノックする。 「……どうぞ」 と、小さな返事が聞こえたので、俺は戸を開けて中に入った。 「あ、先生……」 お兄さんから先生にランクアップしたようだった。悪い気はしないよな。 「やあ、深子ちゃん。一応、勉強教えにきたよ」 ベット脇にあった丸椅子に腰を落とし、ベットの上についたテーブルを見る。どうやら、もう自分で勉強していたようだ。 「へえ、……ちょっと見てもいいかな」 どうぞ、と許可をもらったので、俺は算数のノートを手に取って、ぱらぱらと斜め読み。 自分で努力していたようで、基本はばっちり押さえてある。教える人間がいなかったからか、応用問題は少し苦手なようだ。だが、俺の仕事は楽そうだという安心がある程度には、彼女の学力は高い。 「うん。深子ちゃん、一人でもサボらずにやってたんだ」 「……うん。それくらいしか、やることなかったし」 入院とは暇な物なのかもしれない。俺はしたことないのでわからないが、峰も普段読まないような、パズルの専門誌を読んでいたし。俺も入院すれば、勉強が好きになったりするのだろうか。そこまで考えたのだが、不謹慎だろうな、と自重。 「……でも、だったら勉強でいいの? 俺、別に遊びでも付き合うけど」 彼女は、髪を揺らさない程度にゆっくりと首を振る。 「いいんです。勉強も、楽しいし。学校にあまり行けないから、遅れを取り戻さないと」 「そっか」 俺は、普通に学校行ってたけど、学習は遅れてたなあ。遅れなんてまったく気にしなかった。 こういう、学習意欲が燃えてる子を見ると、自分も勉強しておけばよかったなあ、と惜しく思えるからなんか不思議だ。 「んじゃあ、勉強しようか。深子ちゃんは、基本は出来てるから、応用を集中的にやろう」 はい、とまるで生徒さながらに返事をしてくれる。 どうして人になにか教えると言うのは、気分がいいものなのだろうか。 「……じゃあ、このページの問題をやってみて。やり方は、一応教科書に書いてあるから」 そう指示すると、深子ちゃんは素直に問題へと取り掛かる。 子供がなにかを必死でやっているというのは、見ているだけで楽しいし、なんか微笑ましい。 昔の自分を思い出すから、だろうか。必死に勉強したのは、受験の時だけだったけど。 あまり真面目な学生とは言えなかったからなあ、俺。不良ってわけでもなかったけどね。 「……終わりました」 「え、嘘? もう終わったの」 深子ちゃんからノートを受け取り、それを見ると、確かに終わっていた。俺は筆箱から赤ペンを取り出し、採点していく。 丸、丸、丸で全部正解。 「……なんだ。俺がすることなんてないじゃん」 俺の先生気分は五分持たなかった。 なんだ、このマラソン大会で一緒に走ろうと約束したのに、置いていていかれたような寂しい気分は。 「……でも、先生がいるのといないのじゃ、やる気が違うから」 そうかなあ。 いてもいなくても、いっしょだと思うけど。 「ううん。そんなことないです。なんか、隣に人がいると、安心するし」 「え、そう?」 そう言われると嬉しいね。 「うん。……私、あんまりお見舞いに来てもらったことないから。学校にも、友達っていないし」 「ああ、そっか……」 あまり学校に行けてないみたいだし、友達というか、人との触れ合いが欲しいのかもな。 「そういえば、深子ちゃんどういう病気なの?」 「えっと……。心臓の病気」 え、それって、結構思い病気ってことか? 心臓って、直接命に関わる部位だし、そこの病気って=死では。 「でも。そんなに重いわけじゃないんです。無理しなかったら、死ぬことはないし……」 「あ、そうなんだ。……よかった」 まだ出会ってからそんなに経ってないけど、それでも知り合いが死ぬかもしれない、なんて。気分のいい話じゃないし。俺の口からは安堵のため息が漏れた。 「……だから、私。外に出たりできなくて。いろいろ憧れてるんです」 そう言うと、窓の外に目をやった。こちらから顔は伺えないけれど、背中から漂ってくる雰囲気で、なんとなく外に行きたいんだろうな、というのはわかった。けれど、外に出たら死ぬかもしれない。だから外には出れない。 「……そっか」 そりゃあ、勉強だって宝物になるはずだ。 憧れの、外にいる子たちもやっているのだと。勉強したら、外に近づけるのかもしれない、なんて。 「それじゃあ、もうちょっとやろうか。……次は、国語かな」 「国語は、得意です。趣味が読書だから」 「あ、そっか。マセてるもんね、深子ちゃんは」 「……マセてないです」 思わず頭を撫でたくなる可愛さだ。苦笑しながら、俺は深子ちゃんから国語の教科書を借りて、読んでみた。 「うわ、懐かしい。ちぃちゃんの影送り」 これ、昔やったの覚えてるなあ。 影送りって遊びも、昔友達と外に出てやってたなあ。 青空の下、自分の影を動かずに十秒見つめて空を見上げると、影が空に映ってるっていう遊び。たったこれだけなのに、なぜかめちゃくちゃはしゃいだ。 あの頃は純粋だったんだろうなあ。 「……お? これ、知らないなあ」 『赤い実はじけた』という話だ。 あらすじは、主人公の女の子がおつかいに行くと、同じクラスメイトで、怖いと思っていた男の子が、実家の魚屋の手伝いをしながら、汗をかき白い歯をみせてがんばる姿を見た途端、急に胸の中でパチンと音がして、顔が真っ赤になる。その気持ちが彼女にはわからず、四苦八苦する。という話。 斜め読みした程度だが、これがなかなか面白い。揺れ動く乙女心の描写に、ものすごくドキドキさせられる。 「……それ、私も好きなんです」 「え、ああ。赤い実はじけた、が?」 頷く深子ちゃん。その顔は、遠い物語の世界に思いを馳せているようだ。 「綾子ちゃんが、哲夫って男の子に恋をするんですけど、それが羨ましくて」 「……羨ましい?」 なにが? 今の話で、なんか羨ましいところってあったかな。 「素敵な恋じゃないですか。……私、外にも出られないから、恋ってできなくて」 「恋、か」 この年で初恋を迎えていないわけじゃないが、そんなに恋っていいものじゃないよな。 惚れた弱みってホントのことで、相手に振り回されるし、めんどくさいにもほどがある。 ……まあ、それを夢見る乙女の前で口に出すほど、野暮ではない。 「だから恋愛小説読んでるんだ」 「マセてないですから」 「わかったって」 少しからかいすぎただろうか。反省。というか自重。 「あ、そうだ。恋といえば、こんな話が」 「……? どんな話ですか?」 「俺がここに来た理由って、友達の見舞いだったんだ。そいつが入院した理由ってのが、これまた傑作で。ある女性に告白したんだけど、あっさり振られ。諦めきれないからって追いかけて、それで階段から落ちて足を骨折したってわけ」 「へえ……ちょっと、かわいそうですね」 そう言いながらも、深子ちゃんはしっかり笑っている 確かに、かわいそうだけど。その状況(頭もだけど)。 「それで、その人。もう彼女のこと、嫌いになっちゃったんですか?」 「んーん。むしろ、足が治るころにはまた告白しに行くってさ」 「そうですか。……よかった」 「なにが?」 「――だって、それで嫌いになるのって、なんだか恋じゃないような気がして」 「告白すれば、恋なんじゃないの?」 「えーっと……」 珍しく、彼女はなにが言いたいのかわかっていない、というように首を傾げた。 「そんな簡単に終わるのって、本当の恋じゃない、って気がして。なんていうのか、私にもよくわからないけど……」 俺にもよくわからない。そもそも、彼女のように、恋について真剣に考えたことがなかった。 本当に、なんで持っている人間より、持ってない人間の方が物の価値について知っているんだろうか。 「赤い実がはじけるのって、どういう感じなんでしょうか」 この物語の解釈だと、赤い実がはじけると、その中の液で顔ば真っ赤になるって感じだけど。 まあ、赤い実って心臓で、恋のドキドキがはじけるほどになった……って感じなのかな。 「俺はそこまで情熱的な恋はしたことないなあ」 「恋にも、情熱的とか、情熱的じゃないとかあるんですか?」 「え、ああ、……実際俺にもわかんない、かな」 どうなんだ、俺にもわからん。 情けない話、二十年間生きてきて、本当の恋をしたことがないようだ。 「私、実際恋をしたことも、見たこともないんです。ずっと病院の中だし……」 「……端から見ても、よさなんてわかんないと思うけどね」 そう。他人事だと、滑稽に見えるのが実際の恋だ。(峰みたいなね) 滑稽に見えないのは、恋愛小説とかだけ。そんな現実を、彼女に突きつけるのは酷ってもんだろう。実際、俺には過去の自分の恋愛すら滑稽。 そんな俺が彼女に言えるのは、ただ一言。 「いつか、いい恋ができるといいね」 それだけの言葉に、彼女はほんのりと赤い頬で、笑顔を見せてくれた。 俺にできるのは、そのくらいだ。彼女の赤い実が、いつかはじける日を願うだけ。 ■ 結局、その日は面会時間ぎりぎりまで居てしまった。 勉強もそれなりに進んだし、俺はまた明日と言って、病室を出た。 考えるのは、勉強よりも恋のことで。俺には正直、それが一番難しい課題だった。 一人で悩むのは性に合わないし、俺は少しだけ、峰のとことへ寄っていくことにした。 ノックもなしに508号室を開けると、ベットに寝ていた峰が驚いた風にこっちを見ている。 「なんだよ千堂、こんな時間に」 金髪の頭に、耳につけたピアスと、適度に筋肉のついた今時のアホ大学生っぽい男。彼が峰。 「悪い。すぐ帰るけど、相談があってさ」 返事を待たずに、俺は丸椅子に座った。俺の不躾な態度に呆れているのか、ため息を吐きながら頭を掻いていた。 「相談ね。別にいいけど、どうせ暇だし」 新しい趣味が芽生えそうだよ、と苦笑する峰。本当に暇なんだな、病院て。 「お前さ、恋ってわかるか?」 「……あ? 恋? それは、告白して怪我した俺に対する、皮肉か?」 「ちげえよ。――俺、今ちょっとした事情で、ここの病院に入院してる女の子に勉強教えてるんだけど。その子が恋について、いろいろ聞いてくるんだよ。それに答えられなくてさ」 「お前経験少ねーからな」 へらへら笑ってやがる峰。足のギプスを思い切り叩いてやろうかと思ったが、それは相談してる身として本当に不躾だろうし、やめておく。命拾いしたな。 「でも、俺にも意味わかんねーな。なに、人を好きになれば恋なんじゃねーの」 「いや。俺もそんなもんだと思ってたんだけどさ。あの子の場合、その先を考えてるっぽいというか」 「先だあ?」 「――例えばさ、俺らってなんで生まれたの? とか、そういうレベルの話」 わけがわからん、な表情をする峰には、俺も同感だった。 「もうそこまで行くと、個人の世界なんじゃねーの。宗教だよ、宗教」 世界一胡散臭いものを口にするような声で、峰は宗教と口にした。 「だいたい、お前が恋のABCを教えてやる必要ねーんじゃねーのか。勉強教えてるだけなんだろ? 保険体育教えてください、なんて頼まれたのか?」 「いや、頼まれてないけど……」 「じゃあいいんだよ。そういう、子供の内の恋なんて、結局は時間が教えてくれるって。子供のとき、母親とか父親に『子供ってどうやって作るの?』なんて無邪気に聞いて、『大人になったらわかる』って言われたろ。そういうのは、時間の先生に任しときゃいいの」 「なんだよ、時間の先生って」 「お前が教える必要ねーってこと」 ……まあ、確かにそうだ。先生、なんて呼ばれてる所為で、教えなくちゃと思ってしまっていたが、本来そういうのは、子供の成長過程でわかるものだ。 「ありがとよ、峰。お前のバカはいいバカだな」 「だろ? 俺のバカは世界を救うんだよ」 こういう事をあっさりと言えるのが、こいつのイイとこだ。 ■ それから、三日ほど。俺は深子ちゃんの病室に通い続けた。 峰のアドバイスもあって、俺はもう何も気にせず、彼女にただ勉強を教えるだけにして。 教えなくても、いつか彼女は自力でわかるだろう。 「先生」 「ん?」 いつものように、勉強を見てあげていたら、突然彼女に呼ばれたので、俺はノートから顔を上げて、彼女の顔を見た。真剣な表情だ。 「先生は、毎日ここに来てくれてますけど、彼女とかっていないんですか?」 聞きづらいことを、無邪気に聞いてくる子だな……。いや、子供なんてそんなもんか。 「いないよ。残念ながら」 「誰かと付き合ったことって、ありますか?」 「まあ、もう大学生だからね」 そういう経験もある。けど、本当に好きだったか、と聞かれたら、返答に迷う。可愛かったから、彼女が欲しかったから。そういう理由で付き合ってたのが大半だ。 「一番印象に残った彼女って、どんな人ですか?」 「そりゃ、やっぱ初めての彼女かな。うん」 初めてだらけで、いろいろ手探りだったのをよく覚えている。キスとか、いろいろ。 「デートなんてさ、最初はなにしていいかわからなかったんだよなあ。映画に誘って、そのあとお茶して。なんて定番だけどさ、その後どうしたらいいかわからなくて」 お別れにキスとかするのか、しないほうがいいのか。手は繋いだほうがいいのか、なんて。 今にして思えば、可愛らしいことで悩んでいたなあ。 そういういろいろが、当時は楽しかった。けれど、今はなんか、めんどくさい。 「彼女はお金もかかるしね」 維持費、ていうのは言葉が悪いかもしれないが、まさにその表現がぴったりだった。 バイト代の半分くらい、彼女に使っていた気がする。 まあ、今更その金返せ、なんて言うつもりはないけどね。授業料だと思えば。 「……それより、問題終わった?」 「あ、はい。これです」 深子ちゃんからノートを受け取り、問題に丸つけをしていく。それを、心配そうに見守る深子ちゃん。 「……うん。全部あってる。やっぱ勉強に関しては、俺ができることってないな」 「いやあ、先生の指導の賜物です」 指導、したっけ、俺。 これは軽い嫌味だわ。 「……じゃあ、そろそろ休憩にしようか」 もう一時間くらいぶっ続けだし、病気の深子ちゃんにはきついだろう。 「天気もいいし、外にでも行く? 中庭の散歩くらいなら、オーケーでしょ」 「え、いいんですか?」 それは今、俺が聞いているのだけれど。 「まあ、休憩の散歩だし。ちょっと中庭を一回りする程度だからさ」 「それなら、よろこんで」 そうと決まれば、早速行きたいのだが、どうもエスコートの仕方がわからない。 病人だし、手を引けばいいのだろうか。それとも、車椅子を持ってきたほうがいいのだろうか。腰を浮かした状態で硬直する俺を見て、深子ちゃんは首を傾げていた。 「……なにしてるんですか?」 「いや、ちょっと、紳士としての行動を迷っていて」 「……?」 「車椅子とか、持ってきたほうがいいかな。それとも、手を引くだけでいいのかな」 「あ」 嬉しそうに笑いながら、彼女はゆっくりと手を差し出した。 「手を、引いてください」 俺は、彼女の手をゆっくりと握って、俺の方へと引き寄せた。痩せた体は軽く、羽のようで、少しでも力を入れたら壊れるんじゃないかと思うほどだ。 そんな彼女を、ゆっくりと、高級なガラス製品のように扱って、ベットから降ろす。 意外にも深子ちゃんは小柄で、百五十ぎりぎりほどの身長だった。ベットに寝ていたときは、もう少しあるかと思っていたのだが。 「それじゃ、先生。お願いします」 「ん、わかった」 淑女の扱いなんてしたことがない俺は、少しだけ緊張していた。以前どこかの小説で読んだ、「男の価値は女性の扱いできまる」なんて一文を思い出す。以前の俺は納得できなかったが、実際に扱ってみると、わかる。どれだけ他人のことを考えられるか、ということなのだろう。 淑女のエスコートをする紳士を演じ、俺は深子ちゃんとともに中庭へ出た。 もう春なので、薄着でも十分。パジャマ姿の深子ちゃんとともに、俺は木漏れ日の差す道を歩く。 「外って、久しぶりです……」 木漏れ日を見上げ、眩しそうに目を細めながら、彼女は呟いた。 「え、自由に出ていいんじゃなかったの?」 「うん。中庭はそうなんですけど……。私、滅多に外でないから。出ても、することないし」 「そっか。……病院内に、友達っていないの?」 「なぜかわからないんですけど、同年代の子達に近づいちゃいけないって。……多分、病気の所為で」 「……伝染する病気なの?」 「違います。多分、同年代の子といたら、無理しちゃうから」 ソフトクリームを地面に落としてしまったような、そんな顔をしていた。 もう手に入らない物を、惜しそうに見ているような。 「……いつから、その病気なの」 「物心ついた時から。……生まれつき心臓が弱いみたいで」 「それは――」 辛かったね、そう言おうとして口を噤んだ。 俺みたいのが、口先だけでわかった気になっても、なんの励ましにもならない。 それよりも、一瞬でも彼女に病気の事を忘れさせるのが、俺がすべきことなんじゃないだろうか。 「う……っ」 深子ちゃんが左胸を押さえ、苦しそうに顔を歪める。 「どうした深子ちゃん?」 「……気にしないでください。よく、あるんです」 ……症状がわかったところで、俺にはなにもできない。なんだか、全身から力が抜けて行く様な気がした。 「あの、先生」 「ん?」 「これって、デート……、ですよね」 少しだけ考えて、俺はそっと呟いた。 「君には、まだ早いよ」 これが、今の俺に言えるすべてだ。 「マセすぎだよ、深子ちゃん」 そう言って、俺は彼女の頭を撫でた。さらさらと、水のような髪の手触りが気持ちいい。 「……マセてないです」 そうは言うが、彼女もまんざらでもなさそうだった。 「知りたいのはわかるんだけどさ、焦らなくてもいいじゃないか。そういうのは、時間に任せとけば」 峰のセリフをパクってみた。さすがに、時間の先生という件は、センスないから無視する。 「でも、私、病気だし。……先生だって、いつまで来てくれるか、わからないし。……知れるときに、知っておきたいんです」 そっか、とだけ言って、俺は自分の心臓を意識してみた。 自分の心臓は、意識していない時にも時を刻んでくれるが、いつ刻んでくれなくなるかわからない。そう考えるだけでも、人生について考えさせられる。彼女はいったい、どこに目を向けているのだろうか。 「君と話してると、勉強になるよ」 「……こっちが教えてもらってるんですよね?」 うん、まあ、そうなんだけどさ。 人に寄って時間は違う、っていうのを思い知ったって感じ。 アインシュタインは詩人だよな。 そんなことを考えていると、俺のケータイが無機質な着信音を歌う。 「ちょっとごめん」 そう言って、繋いでいた手を話し、ズボンに入っていたケータイを取り出し、耳に当てた。 「はい、千堂」 「よー、千堂。デートは楽しいか?」 電話の主は峰だった。 「峰? ……お前な、どっから見てんだ?」 「上だ、上」 峰の指示に従い、上を見ると、そこには確かに、窓から顔を出した峰が手を降っていた。 「このペド野郎。小学生といちゃいちゃして楽しいか?」 からかっているのはわかるが、ロリコンと言われるのは普通にムカつく。男の沽券に関わるから。 「うるせえ。足の骨をもっかい折ってやろうか」 「その前にナースコール押してやっからな」 ものすごい高低差で火花を散らす俺たち。 それを不安げに見ている深子ちゃんの手前、俺から引き下がった。 「で? お前、恋のことは教えないんじゃなかったのか?」 「教えてねえだろ。これは、勉強頑張ったご褒美だ」 「あらやだ、ご褒美だなんてエロい」 「折ってない方の足を折ってやろうか……」 このバカは、世界を滅ぼしてしまうかもしれない。 その前に、俺がこのバカを滅ぼすべきだ。 「まあ冗談はともかく、端から見ると、それデートに見えるぜ? 大人びてるしな、その子」 「バカいってんなよこのバカ。そんな気はさらさらねえ」 「だからさあ。端から見るのと、自分の主観はちげーってことでしょうが」 だからって、小学生とデートって……。それ、本当に男の沽券に関わるじゃねえか。 社会的にも個人的にも。 「つーか、もう切るぞ。あんまり待たせるのも不味いだろ」 「そうだな。デート中やっちゃいけないことのひと――」 峰の言葉を最後まで待たずに、電話を切った。ガチャ切りは気持ちがいい。 「あの人、誰ですか? あの人が電話の相手ですよね?」 上の階から見える金髪を指差し、深子ちゃんははじめて猿をみたような不思議な表情をする。 「あいつは、俺の友人の峰。猿だから、むやみに餌をあげないように」 「え、は、はあ……」 人を猿呼ばわりしたことがないのだろう。深子ちゃんは目に見えて困惑している。 「あれはほっといて、行こうか。続き」 手を差し出し、デート……じゃなかった。ご褒美の続きと洒落こんだ。 ■ 深子ちゃんを病室に送り、俺はゆっくりと病院の廊下を歩いていた。 走るのは厳禁だし、なんだかゆっくり帰りたい気分。 「すいません」 そう、後ろから呼び止められたので、振り向くと、そこには白衣を着た、七三の男がいた。 胸に提げられたネームプレートには、遠藤の文字。 「あなた、木崎深子ちゃんと歩いてましたよね?」 「え、あ、はい」 まさか呼び止められるとは思っていなかったので、すこしどもってしまった。 それを気にしたふうでもなく、遠藤さんはメガネを上げた。 「すこし、お話があります」 「……はあ、なんですか?」 「……ここじゃ不味いので、ちょっと」 そう言って、遠藤先生は俺に背中を向けて、歩き出した。ついてこい、ということらしい。 急ぐ用事もないし、俺は黙って着いて行く。 やってきたのは、心臓外科の診察室。今は患者もおらず、遠藤先生と俺の二人だけ。 先生がデスクの椅子に座ると、俺も先生の前にあった丸椅子に腰を落とした。 「あなたは、木崎深子さんと、どういう関係なんですか」 問いただすだけ、というような雰囲気でそう聞かれたので、俺は正直に「部屋を間違えたのが縁で、勉強を教えてます」と言っておく。 「そうですか。……木崎深子さんの病気、なんだか知っていますか?」 「いえ……心臓の病気ってことくらいしか」 「……厳密には、少し違います」 言いづらそうに、先生は眉間を押さえ、そのまま口を開く。 「詳しくは言えないのですが、彼女の心臓や血管は、常人と比べてかなり弱いんです」 「……それって、どういう?」 「まあ、歩く分には問題ないですが……。通常時より心臓の鼓動が早まるというのが、彼女にとってはとても辛いんです」 「……それ聞いて、俺にどうしろって」 「木崎深子さんとの付き合いを、考えてくださいということです」 「なんでですか? 俺、勉強教えてるだけで、無理なんかさせてないですよ」 「他人が見る目と、自分が見る目は違うということですよ。先生?」 嫌味ったらしく先生と呼ばれ、俺は黙るしかなかった。 つーか、またそれかよ。ちょっと勉強教えて、庭を散歩したぐれーで、なんでこんなに怒られなきゃならねえんだか。 「先生!」 俺が口を開こうとした瞬間、扉を開けて、看護師の女性が血相変えて入ってきた。 「深子ちゃんが、発作を……!」 その言葉を聞いた瞬間、俺は頭が事実を感じるよりも先に立ち上がり、看護師の横をすり抜け部屋から飛び出していた。 全身の血液が回り、筋肉の悲鳴も無視して506号室へと向かった。 「深子ちゃん!」 戸を開け、病室の中に飛び込むと、ベットの上で苦しそうに人工呼吸器をつけている深子ちゃんと、看護師がいた。俺はすぐ、深子ちゃんに駆け寄ったが、彼女の表情は苦しそうで、目を開けてくれない。 「君は?」 看護師が、俺の顔を怪訝そうに見ている。……なんて説明すればいいのだろうか、俺は、深子ちゃんの―― 「――先生です。勉強を教えてて」 なにを言っているのかわからない、というような表情をしたが、看護師は納得してくれたらしく。それ以上は何も言わなかった。 深子ちゃんの首筋や、手首にはところどころ赤い斑点がある。内出血のような、赤い斑点。 「毛細血管が破裂したんだ。これ自体は問題ないけど……多分、あちこちの血管が破裂してる」 「それって……、大丈夫なんですか!? 深子ちゃんは、死なないですよね!?」 「……すみません。私には、ドクターの判断を待つしか……」 無力。 そんなレッテルを貼られたような気がした。全身から力が抜けて行くのがわかった。 ふらふらと外に出て、部屋の前に立ち尽くすしかない。 そうしていると、遠藤先生が走ってきて、俺を一瞥してから病室の中に入っていく。 こうなったのは、俺の所為だと言わんばかりに。 それは、違うんじゃないのか。こうなったのは、病気の所為だろ? 「なんなんだよ……っ」 なぜだかいたたまれない気分になって、俺は逃げるようにその場から走り去った。 今度は階段を使って、上へと逃げる。 ずっとあがっていくと、屋上に出た。夕焼けに照らされ、オレンジ色に染まったそこは、やけに物寂しい。俺は、屋上の柵に歩み寄ると、ずっと遠くの景色をなんとなく見つめた。 下では深子ちゃんが辛い目にあっているのに、なにも出来ないし。 なにが先生だよ。勉強だって、そんなに役に立ってなかったし。 つーか、赤の他人の俺がここにいる意味ってあんのかな……。 「……探したよ」 俺の横に立ったのは、遠藤先生だった。 「先生……深子ちゃんは?」 「一応、今は無事だ。――けど、いつまた発作が起こるか、わからない」 今の内に、話してがあるならしておいた方がいい。 そう言って、先生は中に入っていった。 俺も、なんとなく数分ほど間を置いてから、下に降りて深子ちゃんの病室へと向かった。 「あ……先生」 人工呼吸器越しに聞こえる、こもった声。 「驚かせた、かな……?」 なんて答えればいいか、迷ってしまった。 でも、俺はまだ先生としてのプライドで、「少しだけ」と強がった。 「……深子ちゃんは、もしかして、自分の命が短いのを感じてたのか?」 彼女は答えない。力無く笑っているだけ。 「……これで、よかったんんだよ。先生」 「……なにが? なにがよかったんだよ深子ちゃん」 こんな風に、自分の肌に赤い斑点までできて。苦しんで、それでなにがよかったんだよ……。 「私、自分のことが、少しだけわかったから……。自分は、女の子なんだって、わかったから」 「それって、どういう――?」 彼女の言ってることの意味がわからないでいると、彼女はそっと人工呼吸器を外した。 「え」 「先生……。恋って、なんですか……?」 息苦しそうに、目に涙を溜めて言う彼女を見て、俺の耳元でパチン、という音が聞こえた。 次は、考えるより感じるように。 頭ではなく体に任せ、俺はそっと、彼女の唇に唇で触れた。 小鳥が餌を口移しで分けるような、酸素を口から贈るようなキス。いやらしい気持ちなんて一辺も混じらない。ただただ頭を真っ白にしたキス。 十秒にも満たないそのキスは、俺に人生一番の充実感をくれた。それは彼女も同じらしく、にこりと笑って、ぽつりと一言。 「赤い実、はじけた……から」 俺は、彼女の手から人工呼吸器を取って、静かに口に被せてあげた。 そして、彼女の手を握り、髪を撫でる。 「うっ……!」 すると、彼女は苦しそうに胸を押さえ、足をじたばたさせる。 「深子ちゃん!?」 俺は彼女の手をさらに強く握り、ナースコールを連打する。 「深子ちゃん! 深子ちゃん!!」 呼び声に反応するように、彼女の手の力が強まる。 うめき声を出す彼女を、必死に落ち着かせようと、ずっと呼びかける。 「だいじょ……ぶ。心配、しないで」 「っ!」 「私、今、しあわせ、だから……」 なんで、彼女の言葉が、こんなにも重いんだろうか。胸の中で、降り積もるんだろうか。 彼女のどこが、幸せだというんだ。こんなに辛い思いをして、なにが……! 気づけば、俺の瞳から涙が流れていた。ぽろぽろと、水滴になって、俺と深子ちゃんの繋がれた手に落ちる。 「あったかいなあ……」 俺の涙のこと、だろうか。深子ちゃんのやすらいだ声が聞こえる。 「先生!」 遠藤先生が、病室内に入ってきた。 そして、俺の肩を引いて、俺と深子ちゃんを引き剥がす。 剥がされた手は、悲しげに宙を漂い、俺は遠藤先生の後ろまで押されてしまう。 遠藤先生と、看護師の人が深子ちゃんへの処置をしている中、俺と深子ちゃんは、ただじっと見つめ合っている。病気になんか負けないように、俺の心をただただ込めて。 「は……っ、うう……」 痛みに耐えるようにして、彼女は背中を反った。体に広がる赤い斑点が、増えている気がした。 「くそ……。血管の損傷が激しいな……」 看護師達が出入りする病室に、俺がいるのも邪魔だろうし、俺はそっと、病室を出る。最後に、深子ちゃんの顔を、心に刻んで、病室の前で、俺は小さく丸まっていた。 ■ 頭が揺れる。それと同時に、俺は目を覚ました。 「……ん」 いつの間にか寝ていたようだ。ゆっくり顔を上げると、そこには遠藤先生がいた。 「……遠藤先生」 あ、とすべてを思い出し、俺は勢いよく立ち上がり、遠藤先生に詰め寄った。 「先生! 深子ちゃんは!?」 ……先生の顔が、すべてを物語っていた。 暗い顔で、ゆっくりと首を振る先生を見て、俺の中でなにかが崩れた。 「……そ、んな」 先生を突き飛ばし、俺は病室に飛び込む。 目に飛び込んできたのは、顔に白い布を被せられた深子ちゃんだった。 「み、こちゃん……?」 ゆっくりと歩み寄って、その布を退ける。そこには、安らかな顔をした、深子ちゃんの顔があった。それだけなら生きているときと大差ないのだが、赤い斑点がある頬を触ってみて、実感した。 体温が、なかった。 「……そんな」 ひどいじゃないか。 彼女はなんの為に生きてきたんだ。 友達も作れず、学校にも行けず、ただ遠くから見ているだけしかできなかったのに。 それでも神様は、彼女がこんな風に死んでもいいと、判断したのか。 「ふざけんな……」 深子ちゃんの顔を見て、俺はそう呟いていた。 可愛い顔に斑点を作って、そうして死んで行くだなんて。 「先生」 後ろから遠藤先生の声が聞こえた。 「俺、深子ちゃんを、無理させて……殺したのかな」 遠藤先生が俺の隣に立った。 「……確かに、キミに原因の一部があったかもしれない。けれど、彼女は自分の死を受け入れていたんだと、私は思う」 「なんで、そんなことが」 「もう医者になって長い……。覚悟を決めた顔は、いくつも見てきた」 ……いつか、見ない日が来るといいのだけど。 遠藤先生は、そう言って病室を出て行った。 でも俺は、出て行く事ができなかった。ここを出て行けば、深子ちゃんと二度と会えない様な気がして。 「……深子ちゃん。キミは、自分が死ぬことを、知っていたのか?」 だったら、なんで。それを俺に打ち明けてくれなかったんだ。 俺はキミの先生じゃなかったのか? そんなに俺は、頼りないのか? 「……なんとか言ってくれよ。深子ちゃん」 それが無理だと、もうわかっているけれど。願わずにはいられなかった。 深子ちゃんの顔を見ていると、外に出た時の笑顔を思い出してしまう。はにかむような、少しだけ俯いた笑顔。 そんな短い思い出に浸っていると、病室のドアがノックされた。返事も待たず、ドアが開いた。 「……よう。千堂」 それは峰だった。遠慮がちに病室に入ってきて、遠藤先生と同じように俺の隣に立った。 「俺は、この子を二回しか見た事ねーけど。……それでも、人が死ぬってのは、悲しいもんだな」 峰はそう言って、目を閉じ手を合わせた。 「なんか、そこだけぽっかり真空になったみたいな息苦しさがあるっていうか……。その人と近ければ近いだけ、苦しいっていうか。……いろんなもんを知らないで死んで行くっていうのは、不幸だよな」 「……何が言いてえんだよ。峰」 少しだけ、俺はイライラしていた。気が立っていた。峰の言葉が気に障る。 「ああ、やっぱダメだ。俺バカだからさ。気遣いながら言いたいこと言うとか、器用な真似できねえ」 そう言うと、峰は穿いていたスウェットのポケットから、一枚の可愛らしい封筒を取り出す。 淡いピンクで、うさぎの描かれたそれを、俺に差し出す。 「……なんだよ、これ」 「ついこないだ――お前らがデートしてた日。その夕方に、この子が持ってきたんだよ。もし、自分に何かあったら、渡してくれって」 俺は、峰から手紙を受け取って、封筒を開いて中の手紙を取り出した。 親愛なる先生へ。 これを峰さんが渡してくれている、ということは、わたしは発作を起こしたか……死んでいるのかもしれません。実は、あの日、先生と会ってから、発作がひどくなってきていたんです。……恋の病なのかもしれません。 でも、これは先生のせいじゃありません。わたしの赤い実が、はじけたからなんです。 一目ぼれでした。本当にあるなんて思いませんでした。 そのきせきがもったいなくて、思わず引き止めてしまって、すいません。 わたしの勝手な想いで、先生につらい思いをさせてないといいです。 先生。……いや、いつきさん。 最後に、むちゃなお願いを一つだけ。 私のことを、ほんの少しでいいから、覚えていてください。 そしたら、深子は、先生といっしょに生きていける気がするから。 ……では、先生。またいつか、会いましょう。 その時は、先生といっしょに、この間よりも楽しいデートがしたいです。 木崎深子より。 丸く可愛らしい字で書かれたそれに、俺の涙が零れた。 「……深子ちゃん。やっぱり、俺の所為で」 呟いたら、峰が俺の頭を叩いた。 「痛っ……?」 「バカか、お前。んなこと、手紙に書いてあんのか?」 「……だって、俺と会った所為で、深子ちゃんは」 「それがバカだっての。お前は、恋を知らない人生が幸せだと思うのかよ?」 答えられずにいると、峰は続けて言った。 「俺は嫌だね。人生は、生きてるだけじゃ始まらないだろが。誰かを愛して、心を満たしてこその人生だろ。……深子ちゃんは悔いなんか、ねえと思うぜ。お前がしっかり、恋を教えたんだから」 「……峰」 涙をぬぐい、俺はしっかりと峰の目を見た。 「泣くなよ――って、そりゃ無理か。泣けばいいけどさ、泣き終わったら、きちんとしろよ。深子ちゃんに心配させんなよ、先生」 「……ちっ」 俺は思わず、舌打ちしてしまった。 峰に慰められるなんて、不覚。 「なあ峰」 「あん?」 「お前のバカは、人を救うな」 「だろ? 俺のバカは、世界を救うんだって」 少し悔しいけど、俺は峰に小さな声で、「ありがとう」と言った。 それが聞こえていたかはわからないが、峰は少し笑ってから振り返り、ドアの取っ手を掴む。 「俺は行くけどさ、お前は?」 「……もう少し、ここにいるよ。深子ちゃんにお別れ言ってから……」 「そっか」 峰は頷いて、病室から出て行った。 俺はもう一度、深子ちゃんの安らかな顔を見た。 「深子ちゃん。……俺、キミからいろんなことを教わったよ」 人を愛することの楽しさや、辛さ。 大事な人を失う悲しさも。 「やっぱりキミは、マセてるなぁ……」 俺以上に、大人だったんだね。 「……じゃあね。深子ちゃん」 深子ちゃんの髪を撫でて、精一杯微笑んだ。 涙を我慢した所為か、少しだけ目が痛かったけど。それでも精一杯微笑んだ。 そして俺は、病室を後にするため、深子ちゃんに背を向けて、病室のドアを開いた。 その時、俺の耳元で聞こえた声を、一生忘れない。 『私はマセてないです。樹さん――』 |
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作者コメント
※この作品は、王道冬将軍に投稿した作品の書き直しです。 どうも、へっぽこ物書き楓です。 なんだか企画があるごとに書き直ししてますねえ。 恋は人生。自分を燃やしながら、相手を思う。 時としてそれは、本当に身を焦がしてしまう。 そんな想いをこれにぶつけてみました。 いろいろ直しましたよー。後半はほとんど変わってますし。タイトルのスペルミスも直しましたし。 で、あまり関係ない話ですが。 私はDSのトモダチコレクションに、自分の小説のキャラを入れているのですが(友達がいないわけではないです)。それで深子ちゃんと千堂くんが結婚したのは、なんだか個人的にほろりときました。 本編で結ばれなかった分、ゲーム内では幸せになってほしいです。 年齢がまずい、と思われるかもですが。私としてはこの年齢がベストかな、と思っています。 肉体関係として、ではなく、心が結ばれるのに歳は関係ないと思うのですよ。 だってほら、恋って体を好きになってするわけじゃ、ないですものね? この作品の感想をお寄せください。 |
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藍雨えおさんの意見
はじめまして藍雨えおと申します。 拝読いたしましたので、感想を書かせて頂きます。 まずは辛辣に申し上げますと、 キスをした瞬間に醒めました。 正確には、千堂くんからキスしたことに違和感がありました。 話の流れや、文体、醸し出される雰囲気からはおおよそ想像もつかないような展開だったので、 「えっなんでキスしちゃったの?」 と驚いたのです。 私としましては、深子ちゃんがキスしてほしいということを仄めかしたあと、千堂くんの赤い実がはじけて、キスをすればよかったのかなぁと。 いやでも難しいですね。重要な場面ではありますしね…… と、言っておりますが、私としましてはとっても好きな雰囲気のお話です。 ぽかぽかしていて、春の陽気に包まれているような暖かいお話だと感じました。 ストーリーを考えると少々ありきたりな部分も見えて、読者によってはつまらないと、もう少し捻ろうよという意見も出てくるかと思いますが、このお話はストーリーを魅せるのではなく、飽くまでも物語を通して伝えたいことがあるのだ! と、いう気がいたしましたので、私の意見としてはほど良いお話であったかと。 改善点を挙げるとするならば、登場人物についてもう少し掘り下げた方がいいかもしれません。千堂くんが少々薄味なのが勿体ないですね。人畜無害な良い奴っていう感じで。 恋に関する考え方が酷いとか、マイナスイメージが先行しすぎているとか。 それらが緩和し、改善されていく話も並行して織り込むなどすれば、より良くなるかもしれません。 とあるひとつの例ですが…… そんな風につらつらと書いておりますが、 素敵なお話を読ませて頂きました、ありがとうございます。 それでは、私の感想が楓さまのお力になれることを小さく願いながら、 本日はこの辺で失礼いたしますね。 楓さんの返信(作者レス) はじめまして藍雨えおさん へっぽこ物書き楓です。 キスシーンについては、楓の中にあるそういうのは男から、的な偏見があるからでした。 それに、一応は小学生だし、マズいかなぁ(それ言ったらキスすること自体か)。 とはいえ、今考えたら、深子ちゃんはおませな子だし、ありだったかもしれません。 作中の時間が春だからでしょうか……。 ストーリーのベタさは、まあ企画用作品だから仕方ないにして。 個人的に、物語はシンプルな方が好きです。 ストーリーで考えを伝えるというのは私のモットーなので、 そこを感じ取っていただけたのは嬉しいです。 千堂くんのイメージソースは、普通の大学生ということだけで、 そっちの方が等身大というか読者に近づくかなと思ったのですが……。難しい。 それでは藍雨えおさん、読んでいただいてありがとうございました。 tanisiさんの意見 はじめまして、tanisiといいます。 あまりこういう恋愛物は好きではないのですが、不覚にも感動しました。笑 とりあえず、悪いとこから言わせていただきますと、この手の話を読みなれた人からは、 王道だと思われてしまうかもしれませんね。 もちろん、主人公が死因になってしまっていたりするところには、 オリジナリティのようなものを感じますが…。 よかったところを言わせていただきますと、要所要所で話を面白くする峰のキャラがいいです。 ルイージばりの名脇役ではないかと…。 哲学的なこともちらほら書かれていて、話を深くしていました。 教科書のお話の件も見事な複線でした。さらに、文章がとても読みやすかったです。 以下、表現でいいなと思ったとこです。 > なんで持っている人間より、持ってない人間の方が物の価値について知っているんだろうか。 よかったです。なるほどなあと思いました。 > このバカは、世界を滅ぼしてしまうかもしれない。その前に、俺がこのバカを滅ぼすべきだ。 単純に面白かったです。 良い作品をありがとうございました、次回作も楽しみにしています。 楓さんの返信(作者レス) 感動していただけたようで何よりです。 主人公が死因になっている点については、 テーマが恋の病になっているので不可抗力だったんですよねえ……。 ケガの巧妙ですね。 峰は個人的にも気に入ってるキャラです。 明るいバカ、負けないバカ、作者の代弁をするバカとして登場させたのですが、 彼には終始振り回された気がします。 実は楓は、赤い実の話は読んだこともなかったですし、 そもそもこれを書くまで存在すら知りませんでした。 なんか小学生の教科書に載ってる恋愛小説ないかな、 と調べていたらヒットしたので、いただいてみました。 持っている人間より――はよく言われることですが、大事なことですよね。 このバカは――の件は、そのちょっと前に、峰が言った 「俺のバカは世界を救う」の対比として言わせてみました。 誤字……。推敲してもあるもんですね。 すいません。 では、tanisiさん。読んでいただいてありがとうございました。 くるくるさんの意見 はじめまして、くるくると申します。拝読しました。 まず一読して思ったことは、キャラ造形が非常に優れている、ということです。 特に、ヒロインは秀逸だったと思います。 これよりおとなしいと、ラストの締めの一文が生きてこない。 逆にこれよりやんちゃだと、手紙の切なさを表現できない。 素晴らしく絶妙だと思います。 それに、峰くんもいいですね。 「俺のバカは、世界を救うんだって」は名台詞だと思います。 しばらくの間、ことあるごとに思い出すかもしれません。 気になった点ですが……。 これといったものは特にないんですが、 やはりもっとストーリーに独特の起伏、予想できない展開が欲しかったです。 病院で知り合った女の子と恋仲になるものの、その子は病気で死んでしまう、というのは正直、 様々なメディアで見慣れた展開ではあります。 あとは雑感でも。 >「だろ? 俺のバカは世界を救うんだよ」 うーん、やっぱ名台詞。 >「俺は嫌だね。人生は、生きてるだけじゃ始まらないだろが。誰かを愛して、心を満たしてこその人生だろ。……深子ちゃんは悔いなんか、ねえと思うぜ。お前がしっかり、恋を教えたんだから」 こういう言葉って、下手に使ったらクサくなると思うんですが、御作はなかなかに決まっていました。 いやあ、純粋に尊敬です。 それでは、駄文失礼しました。 楓さんの返信(作者レス) 深子ちゃんはとにかく、普通のこの元気を病気という水で薄めるように心がけました。 ただ元気がないのではなく、あるけど病気で出せないという雰囲気が出せていたら幸い。 峰はとにかくお気に入り。 いつも軽くて薄いバカが、神経になったり。なんか人間臭さを感じました(自分で作っといてなんですが)。 死を悲しむ友人を元気づけようと頑張ってみたり、でも断念して言いたいこと言ったり。 彼は自由奔放にしてたら、なぜか自然と周りを幸せにするタイプなのかなぁ、と思います。 ストーリーの点に関しては、企画のお題が王道だったので、サナトリウムの王道を突き進んでみたつもりが、ベターになってしまったような気はします。 では、またどこかで。 いちおさんの意見 初めまして。いちおと申します。 拝読させて頂きましたので、拙いですが感想を残させていただきます。取捨選択をお願い致します。 ●タイトル 物語のテーマととても寄り添っている、読み終えてから改めてタイトルを見ると感慨を覚えるタイトルのように思います。 シンプルで綺麗なタイトルなので、一見して純文学っぽいイメージを勝手に想起させられました。 ●文章 ・問題を感じることなく読み進められました。 描写や説明もうるさく感じることはなく、適度と感じられ、読みやすかったです。 ●登場人物 ・主人公:ごく普通の等身大の青年と言うところでしょうか。と言って印象が薄いこともないのは、主人公の心情や行動に親しみを覚えることが出来たからだと思います。今作のテーマである恋愛に対する考え方など、年相応の男の子という印象でした。 ・深子:彼女も年相応の人物として描かれていますね。それも、少し大人びた小学生の女の子という雰囲気がよく出ていると思います。恋に恋する女の子らしさや、それだけではない思慮深さ、そしてどこか儚さを感じました。主人公の一人称で物語が描かれているにも関わらず、彼女が主人公に憧れる気持ちに切ない気持ちにすらなりました。 手紙は切なかった。作者コメントに書かれているように、二人の年齢は私も実に適切だと思います。 ・峰:物語を引き締める役割、ですかね。二人だけでは間延びしかねないようにも思いますが、部分部分で彼が出てくることで、読み手に小さな刺激となっているのかなーとか愚考致します。 ●物語・設定・構成 ・冒頭が既に悲しい; 物語をぎゅっと集約したような詩的な冒頭ですね。切ない気持ちを味わわせてくれそうな期待を煽られましたw ・主人公と深子ちゃんが親しくなっていく導入部分ですが、『主人公の興味を惹くようなものが落ちていて拾ってあげたついでに会話が始まる』とか何らかの理由付けがあると、より良かったように思います。もっと自然な流れを作ることが出来る力量をお持ちの作者様かとみえますので、言ってみましたw >「ま、何かの縁ってことで。ちょっとお見舞い……って、だめかな?」 このセリフが少し力技のようにも思えてしまいましたので……。 物語の軸は王道……って、王道企画に沿って作られた物語なのですね。納得w 残念ながら企画投稿作品の方は目を通していませんが、企画参加お疲れ様でした。 ●その他:スルー推奨の戯言です。 >俺は、普通に学校行ってたけど、学習は遅れてたなあ。 残念w >「うわ、懐かしい。ちぃちゃんの影送り」 うわ、懐かしい。 >彼女の赤い実が、いつかはじける日を願うだけ。 詩的で綺麗な一文ですね。 でも読み終えてから再び見ると、切ない文章です。 展開や結末がある程度読めてしまいますが、それをカバーしているのは登場人物かなと思います。登場人物に、それぞれ好感を抱くことが出来たので。 飽きを感じずに読ませて頂きました。 それでは、読ませて頂いてありがとうございました。 楓さんの返信(作者レス) タイトルは、どうしてもこれしか思いつかなかったので……。 せめてカタカナにすればよかった。 文章はできるだけ、景色を半透明にしようと心がけました。うすらぼんやりの印象にしたかったというか。そうした方が、ストーリーの切なさに味が出るかなあ、と思ったもので。 誤字の多さはちょっと問題だ……推敲はしっかりやっているはずなのに。 登場人物は、できるだけ普通にこだわりました。 主人公は少しおとなしめで、今時でいう草食男子というか。友達に合コンに誘われて行ったり、カワイイ子に目を奪われたり、そんな風にして日々だらだらと過ごして行くような。 深子ちゃんは儚く、恋に憧れる、昔のおとぎ話にありそうな姫をイメージして書きました。令嬢というか、恋してみたいというか。彼女もある意味今時っ子。恋愛至上主義というか。 峰は、主人公とは対照的に、うじうじ考えるより動いてみる。友人を気遣うこともするが、結局は言いたいことを言ってしまう。けれど結果的に、それが背中を押している。楓の中の、THE友人というキャラですね。 冒頭は、楓の書き方として、冒頭には伏線(と言っていいのか)を敷くテンプレに従い、主人公の独白から。 導入部分の不自然さ、言われてから気づきました。……どうも人から言われて気づくことが多いのは、反省。 王道作品だったので、できるだけ登場人物にこだわった小説ですので、嬉しい感想です。 読んでいただき、ありがとうございました。 墨入 遼平さんの意見 感想書き終わったと思ったら何をとち狂ったのかブラウザバックを押してしまいました。 消えてしまって書くの二回目です……何やってんだ私は。 初めまして、墨入です。『Sickness of love』を読ませて頂いたので感想を、 あ、黒髪の入院少女って電撃文庫の『半分の月がのぼる空』を思い出しました。とってもいい作品です。 まず、面白かったです。とっても。恋したことが死因になるなんて悲しすぎます。 その悲しさが良かったです。 樹先生は良い人です。そして普通の人です。いい意味で。感情移入しやすくて主人公らしかったと。 深子ちゃんは可愛かったです。いいヒロインでした。 「私、今、しあわせ、だから……」 死に際ではベタな言葉かもだけど、感動しました。(泣) 峰は足折った理由でこいつダメだと思っていたのですが、 「じゃあいいんだよ。そういう、子供の内の恋なんて、結局は時間が教えてくれるって〜 とか 「俺は嫌だね。人生は、生きてるだけじゃ始まらないだろが。誰かを愛して、心を満たしてこその人生だろ。……深子ちゃんは悔いなんか、ねえと思うぜ。お前がしっかり、恋を教えたんだから」 とかで私の中の好感度が逆転しましたよ。……こいつ実は天才なんじゃないか? 「俺は嫌だね〜」のセリフが最高です。 ……う〜ん。欠点が見当たらない。一人称の文章もとても読みやすかったですし。 結末がまったく変わってしまうけど深子ちゃんの生きている結末も見てみたいなぁとか。 40点と言いたいところですが短編の間は新参者なので、厳しめに30点という評価にさせて頂きます。 楽しかったです。ありがとうございましたー。 楓さんの返信(作者レス) 私もよくやります、ブラウザバック……。そういう時は、メモ帳に書いてコピペするのが一番! 半月はあらすじ程度なら知ってるものの、読んだことは残念ながらないです。 恋が死因になる、というのは、恋の病というの実際にやってみたかったので。 樹や深子は、派手さがない分人間性が垣間見えたんじゃないかなあ、と勝手に推察しています。ラノベのキャラって、どこか強調されていることが多いのですが、できるだけそれをしないようにしました。お兄ちゃんとかそういう萌えは排除して、感情移入だけを目的に書いて――。どうやら成功したようで、なによりです。 峰は私の伝えたいことを口にしてくれるキャラだったので、ちょっと優秀すぎたきらいもありますが、結構なお気に入り。いつかどこかでリボーンさせたいです。 深子ちゃんは主人公の心のなかで生きているんですよ。 と、思っていただけたら幸い。主人公は恋する度に、彼女のことを思い出すのかもしれません。 瀬海緒つなぐさんの意見 初めまして、瀬海緒つなぐと申します。 読ませていただいたので、感想を。 正直、泣きそうになりました。 読み終えてから冒頭を読み返すと、さらにぐっときます。 それとこんな純粋なヒロインを描けるなんて、羨ましいです。主人公も感情移入しやすいし、魅力的だし。 赤い実はじけた、というのも実に巧みな使い方で、見習いたいところです。 とはいえ、褒めてばかりではあれなので、以下残念な点を。 誤字は他の方が指摘してるのでいいとして……。 個人的には、深子ちゃんが峰くんに手紙を託すシーンがほしかったです。 千堂くん視点なので無理なのは承知ですが、なんというか、この二人の会話が見てみたかったです。 マセた少女と世界を救うバカ、すごく気になります(笑) あと、もう少し丁寧に、一つ一つのシーンを描いていったらいいのではないかと思いました。 今のままでも悪くはないのですが、若干、展開が急な気がしたので。 キスのくだりなんかは特に、もっと前後に気を遣って書けるんじゃないかな、と思います。 千堂くんの心情描写を増やす、などして。 そうしたらきっと、不自然さもなくなることでしょう。 改善の余地が見えるので20点です。 偉そうなことばかり言って、申し訳ありません。 失礼いたしました。 楓さんの返信(作者レス) 泣いてもらってかまいませんよ!w なんどでも読める、という作品を書くのが目標なので、嬉しいです。 ヒロインは純粋というか、必死さが念頭にありました。自分の人生はそこまで長くないことを予見して、したいことをしよう、という必死さ。その必死さの副産物として、純粋になったんじゃないかと思います。主人公も、できるだけ現代っ子にしました。がっつかない感じ。 赤い実はいつか読みたい……使っといて読んでないというのは、なんか失礼だし……。 深子ちゃんと峰の会話シーン……。自分にも想像できませんなあ……。 多分、要件を済ませてすぐ帰るはずの深子ちゃんを峰が引き止め、いろんな話をして仲良くなったのかなあ、とまでは。 キスのくだり、気になってきたなあ……。あのシーンは個人的に、まだよかったのかなあ、と首を傾げる点なだけに。 もし同じようなジャンルを書くときには、もうちょっとよく考えようと思います。 読んでくださって、ありがとうございました。 中行くんさんの意見 面白かったです。病院で勉強を教えるというシチュエーションはなんとなく惹かれますね。 ヒロインも可愛く描かれていて、正直感動しました。 赤い実の下りも物語を引き立たせ、素晴らしかったです。 ただ、良かっただけに、細かいことが気になったのも確かです。いや、それはかなり現実的に書かれていたためではあるのですが。本当に細かいことではありますが、一応上げておきます。 >「そういえば、深子ちゃんどういう病気なの?」 ちょっとデリカシーが無いと思いました。 >「ちげえよ。――俺、今ちょっとした事情で、ここの病院に入院してる女の子に勉強教えてるんだけど。その子が恋について、いろいろ聞いるんだよ。それに答えられなてさ」 >「お前経験少ねーからな」 普通はもっと食いつくとおもいます。 >「このペド野郎。小学生といちゃいちゃして楽しいか?」 >「まあ冗談はともかく、端から見ると、それデートに見えるぜ? 大人びてるしな、その子」 小学生と言い当てているのに、大人びて見えるというのに違和感がありました。 一度「中学生くらい?」と、主人公に聞いて、主人公が訂正し、 大人びていると驚くなどあっても良かったかもしれません。 >問いただすだけ、というような雰囲気でそう聞かれたので、俺は正直に「部屋を間違えたのが縁で、勉強を教えてます」と言っておく。 >「そうですか。……木崎深子さんの病気、なんだか知っていますか?」 病院もこの程度の関係で話すとは…… などと気になるところはありましたが、やっぱり面白かったです。素敵なお話ありがとうございました! 楓さんの返信(作者レス) どうも中行くんさん。お久しぶりです。 病院で勉強を教えるというのは、最初この小説が院内学級をテーマに書いたからだったのですが、まあいろいろあって、勉強を教えるという設定のみが残りました。 深子ちゃんの病気を訊いて、ちょっと傷ついたような空白があってもよかったかなあ……。 峰が細かいことを訊かないのは、まあ馬鹿だから……もしくはからかうことに集中していたからかなあと。 大人びてる、というのは雰囲気なんです。すいません……描写不足で。 病院が病気を教えるのは、小説だし、フィクションだし! と開き直ったからです。ここだけはどうやっても直せる気がしなかった……。 読んでくださってありがとうございました! エフェドリンさんの意見 こんにちはエフェドリンです。 恋の病に罹らない健康優良児が感想の方に。 ・少々味気ない王道恋愛?物語。読後の感想はこんな感じでした。 王道祭りに投稿なされたという作品の改稿作ですので、良い意味で王道らしいキャラや設定や展開だったと思います。ストーリーも王道的シンプル故に先が読みやすいものでしたが、訴えてくるテーマがあったので流し読みさせず、ちゃんとしっかり読ませられました。皆さん仰られた『赤い実』も、いい色をだしていたかと。癖という癖がなさすぎるようにも思えますが、それはそれで王道作品の良い見本になる出来なのかなと思います。 ・ただなんというか、思ったよりも王道らしい盛り上がりが薄かったように自分は感じました。感情のボルテージが十分高まる前に急転降下な展開に移ってしまったような。具体的に言えば、発作が起こるのが早すぎたように思えてしまって。 個人的には遠藤先生から深子ちゃんの病状を聞いた後に、もう一度彼女と会ってほしかったです。病状を聞いて深子とどう接しようか迷う樹の心や言動を読みたかったりしましたので。そこで最後のデートだとか言って、深子と一緒にまた中庭に出て恋について何か会話したところで発作が起きたりすれば、個人的には満足だったかなと。ただやりすぎると中だるみしそうで難しいですが。 この流れも自分は王道かなと思いますが……どうなんでしょうかorz ・この辺細かい事なんですが、樹と峰が悪びれもなく病院敷地内で携帯電話を使っていて心証悪かったです。樹は中庭だからまだしも、峰は窓際とはいえ院内でしたので。もしかしたら携帯電話OKエリアからかけていたのかもしれませんが、判断付きませんでしたorz 樹の方で罪悪感を感じさせるか、携帯電話を使っても問題がない旨などを説明してほしかったです。 細かい事ついでにもう一つ。冒頭の『恋をただ貪っているだけだった』という表現は、改めて読み返してみるとあまり適切でないような気がしました。恋を貪っていたと言うと、とっかえひっかえ女と付き合っていた男であると想像しましたので。作中の描写では、樹は普通な女性遍歴(少なめ?)だったようですし。 ・文章がすっきりしていて読みやすい分、ちょっとの誤字脱字がやけに気になったりしました。文章を書き込んでいればちょっとの誤字脱字などはそこまで気にならなくなりますが、逆に少々読みにくくなるでしょうし。うーん、難しい。 【点数とか】 ・王道的なお話は楽しめましたが、盛り上がりの物足りなさを感じました。お話自体がシンプルかつ王道ストレートなので、その辺り結構気にかかったりします。やっぱりシンプル王道ものは難しいorz そんな感じで、今回はこの点数をつけさせて頂きました。 下手な意見ですが、今後の参考になれば幸いです。 楓さんの返信(作者レス) ども、エフェドリンさん。 へっぽこ物書き楓です。花粉症気味で体調不良……。 王道というのは難しいもので、設定や流れは王道でも、それ以外になにかないと、どうもダメになってしまうんですよねえ……。意識してやるのは難しいです。ハイ。 泣かせに行く話というのが初めてなもんで、どうやって読み手の感情をコントロールすべきかわからなかったというか。どういう展開にくるのか、手探りでした。というかまだ探してます。 貪っていた云々は、大事なものだと考えず、ただしていた、という意味の言葉だったのですが、後から聞くと確かに遊びっぱなイメージがありますね。 王道は向いてないのか、経験不足なのか、どちらにしてもこれから精進していきたいです。 では、読んでくださってありがとうございました! 大空ゆとりさんの意見 感想返しに参りました、ゆとりです。 拝読致しました。王道企画が正直よく分からないので、そちらに沿っての感想ではないのはご容赦頂きたいと思います。 また、物語をしっかり書ける方とお見受けしたので、少し突っ込んだ話など。 さて、冒頭拝読してニシーン目ですぐに、難病モノの構成を思い浮かべました。 セカチューやラノベの半分の月がのぼるのように病気の少女と恋愛して不幸が起こる話かなと想像致しました。 御作は話として一本筋の通った、誰にでも分かりやすいテーマであったと思います。 また、恋をすると病気が悪化する設定も良かったと思います。 難病モノの雰囲気を感じるのに良い作品だと思います。 ただ、難病ものの泣けるところは、死にそうなヒロインが末期になって、主人公が必死で悩んで助けようとしたり、熱くなって何かしてあげるところではないでしょうか? セカチューのCMで流れていた「助けて下さい!」って叫びがやはり象徴的だったかと。 御作は難病モノでも恋愛に入る前の導入部に大半を割いていて、序盤がだるい印象を受けました。 何か一つでも目新しい何かがあれば良かったのですが、特に何もなく地味なシーンが続いていて、山場までのモチベーションがちょっと。 ええと、最後に小話を。読み流して頂いて結構です(笑) 実は私、一昔前に難病モノのプロット作って没にしました。 当時はタイタニックから始まり、テレビドラマ、韓国ドラマ、携帯小説を巻き込んだ空前の悲恋ブームでして、難病モノは過去の流行の芯を捉えていました。 その中で設定や物語に今までと何かが違うと言える要素が足りなかったから、没にしたのです。 読者もきっと、今までと同じものを読んでいても、何か新しい出会いや驚きを求めてるはずですから。 さて、王道企画を知らない私なので、信憑性は薄いお話をさせて頂きました。 色々とよく分からない話をして申し訳ありません、では失礼致します。 楓さんの返信(作者レス) どうも病弱モノを書くと、半月を思い出したという意見をよく聞きます。 サナトリウム文学をイメージしたつもりだったのですが……。 身に起こるいろいろな不幸がなかったのは、そんな考えがなかったからです。 あまり病弱モノは職種が動かないんで……。 それで書こうっていうのは、ちょっと甘かったと痛感。 だるさや素っ気なさだけ純文風というのはいただけない。 読んでくださって、ありがとうございます。 Ririn★さんの意見 冬祭りでも読ませていただきましたのですが、この作品の結末は非常に良いバージョンになっていると思います。 冬祭りの時に問題だと思いました「恋の病」も本人に言わせることで良い効果が出たと思いました。 二度目なので正直言えば前半の方は退屈ではありましたが、最後の部分の改稿が非常に感動的で、そして、気持ちが痛いほど伝わってきました。 電車の中で読んでいたのですが涙目になっていて、ちょっと変な人だったかもしれません。 冬祭りで指摘することは全部指摘したので、この作品ではそれをぬかすと指摘するところはありません。 また改稿が非常にうまくいった例を見て、私も過去の作品を改稿してみたくなりました。 私の場合は改稿するとだいたい最初のバージョンよりも面白くなくなるのがほとんどなので、この辺は非常に見習いたいと思う次第です。 短い感想ではありますが、この辺で。 楓さんの新しい作品もお待ちしております。 文学少年 十級(温井コタツさんの意見 どもー、完全に沈静化したところでやって来ました、文学少年 十級、温井コタツです。 もしゃもしゃと紙を食みながら早速感想でもー。 【食べ物に例えてみたりー。】 「Sickness of love」はチーズと蜂蜜の英国マフィン、といったところでした。ラブコメの甘さと悲しいしょっぱさのバランスが絶妙でした。文章もやわらかくて、噛みやすい一人称が良かったです。しかし、誤字脱字があってちょっと外観が崩れていたかもです。 【荒筋ー。】 起・千堂、峰の見舞いに。病室を間違え、深子ちゃんと出会う。勉強を教えることに。 承・休憩がてら中庭で散歩。医師からの忠告。 転・深子発作。 結・深子死去。 流れとしては王道でしたが(と、いうか王道冬将軍だから当たり前ですね)じわっと目頭に来る良作品でした。 【登場人物ー。】 ・千堂樹 …主人公。峰とは友達。深子に勉強を教えることになる。よくある平々凡々な無個性型主人公。女性経験はいくつかあるらしい。 ・木崎深子 …典型的病弱ヒロイン。小学六年生。大人びた雰囲気がある。心臓が弱い。恋とは何か、疑問を抱いている。主人公曰く、「マセてる」らしいが、本人は否定している(個人的にこのやり取りが一番ツボでした)。 ・峰 …典型的悪友。主人公の同級生(だったかなんだったか)。女に告白して断られてそれ追っかけたら転んで骨折った、と色々災難なヒト。恋愛経験(?)豊富で、主人公のアドバイス役的な位置付け。 ・医師 …終盤にだけ出てくるヒト。結構長いこと医者をやってるらしい。 【文章とか技巧面などー。】 非常に読みやすい一人称でしたが、もうちょっと書きこめたかなぁ、と。もっと会話中のキャラたちの動作や表情の変化を詳しく書いたら、心情描写も深まるかもです。 また、誤字脱字や、改行後の一マス空けができていないところが序盤によく散見しましたので、推敲することをお勧めします。 【世界観設定みたいなー。】 特筆すべき物は無し。 【オチの解釈とかー。】 深子は死んでしまったが、主人公は愛や、大事なヒトを失った時の悲しみを知った。 (間違ってたらスミマセン!) こんな感じでー。最後に、 やっぱ大事なヒトが死んだら悲しいよなぁ とか考えてみたり。 っていうか、あともうちょいで高得点じゃないですか。 ということで高得点になーれ♪ 四十点+十点 それではノシ 楓さんの返信(作者レス) どうも、温井さんでよろしいですか? へっぽこ物書き楓です。 めちゃくちゃ高得点ありがとうございます。本当にそんなにいいのかしら……。 英国マフィンとはまた、おしゃれな食べ物ですねえ。 あ、ちなみに誤字脱字は発見したもののみ直させていただきました。 王道企画なだけあって、プロットに目立った見所はありません。どこで他の作品と差別化を図ろうかな、ということで、赤い実などの小ワザで勝負した作品でした。 登場人物については、あまりラノベ的なキャラ造形はしないよう心がけました。実際いるかも、と思わせるぎりぎりを探求してみたのですが、それが成功したかどうか……個人的に、峰もそうなのですが、主人公千堂くんのキャラ造形は結構気に入っています。大人というか子供というか、そういう微妙なラインが意外と……。 確かに他の人物描写がおざなりでした。千堂くんで手一杯だったんですよね……。 まあ深子ちゃんを大分引きずるでしょうが、千堂くんはこれから愛に生きていくのだと思います。 では、また。 |
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