第4研究室 創作に関するQ&A 217P | トップへ戻る |
出城さんからの質問
 超常現象のリアリティを追求しない作品は低俗?
 
 以前、こちらの掲示板でうっぴーさん、嶋さんならびに皆さんをお騒がせした出城です。
 まず、そのことについて、お詫びをさせてください。

 以前は私の表現下手と短気が原因で、意見交換や議論が破綻してしまいました。
 結果、うっぴーさんにお手数をおかけしてしまいましたが、そのままでは、
 参加してくださった皆さんに失礼なだけになってしまうと考えました。
 その時のやりとりでは、私の考えが伝えきれなかったのでは、
 誤解を招いてしまったのではないかと思い、スレッドを立てさせて頂きます。
 主にリアリティについて、という主題でしたが、改めて私の考えを述べておきますと、

「現実を地面、空想の事象を空に例えると、物語るという行為は、空に続く階段を作ることである。
 しかし、階段を上るにも、重力(理論、感覚、感情などの現実の延長)が必要となる。

 重力の要素に何を採用するかは作者のセンスによる。
 また、ライトノベルの文芸として特異な点として、ゲーム、アニメ、マンガなどの表現法、
 世界観などの「お約束事」が小説という形式に持ち込まれていることが挙げられるが、
 思うに、このことが先ほどの例でいった階段に途切れをつくり、
 読者がときにそこを踏み外す(作品に冷める、ついていけなくなる)
 という欠点を作り出してはいないだろうか。
 
 フィクションのお約束事の代表に、超能力バトルがある。
 これは「作者のセンスによって空中に土俵を建設し、
 なぜその土俵が浮いていられるのかはとりあえずおいといて、そこでの相撲を見て楽しむ」
 という形式ならば、「ルールが整備されているなら、
 相撲をやったことがなくてもそれを観て楽しむことが出来る」ように、
 読者はリアリティや緊張感に満ちたバトルを楽しむことが出来る。
 (このタイプの作品の代表例として、『ジョジョの奇妙な冒険』を以前挙げた)。
 しかし、後年の多くの作品は、「土俵がなぜ浮かんでいるかは、とりあえず追求しない」
 という短所ばかりを受け継いでしまい、
 リアリティや緊張感を生むルールの制定に関して、未熟なものが多々あった。
 
 そのような傾向は、肉体、生命の現実感を無視しがちで、
 ストーリーやキャラクターに重みが無くなってしまう。これは(抽象化された別次元の)現実として、
 (私たちの)現実に対して語りかけるという物語の意義を
 ライトノベルが喪失している原因なのではないか。」

 といったところです。長いので要約すると、
 「物語では、作者は好きに世界の法則を変えられる。
 しかし、重力が存在しないなら、空を飛ぶことになんらカタルシスは見出せない。」
 その「重力」について、皆さんはどう捉え、考えていますか。意見をお聞かせください。
 長文申し訳ないです。


● 答え ●

あじととさんからの意見
 どうも、あじとと、と申します。
 稚拙な意見かとは思いますが、私の考えを。

 出城さんの主張を私なりに解釈すると、
 最近のライトノベルには現実性を無視したご都合作品が多い、ということでしょうか。
 もしくは、何らかの「お約束」な設定にも枷(出城さんの言葉を借りれば重力)をつけ、
 現実味を帯びさせるべきだ、ということでしょうか。
 最後の一文では枷(重力)あってのカタルシス、と結論づけていらっしゃいますね。

 参考になるかはわかりませんが、私の好きな作家であった筒井康隆は、
 「超虚構」というものを主張していたことがあります。

 つまり虚構であることを前提とした虚構です。
 虚構が現実の劣化版ではない、という立場から考えると枷、重力などといったものも、
 あくまで現実世界の産物にすぎない、と無視することも出来ます。


 筒井氏はこれをSFの説明として掲げていましたが、
 ライトノベルにも転用できるものと考えています。
 SFもライトノベルも、基本的には「絵空事」であり、
 経験主義(現実を重視した)日本独特の私小説とはまったく対極にあるわけです。
 私個人としては、ライトノベルに必要なのは現実感よりも、
 むしろその物語世界における整合性であると思っています。
 たとえどんなに奇妙な設定であっても、その世界において整合性があれば、
 どのような虚構も許される(出城さんのいう階段は途切れない)と考えます。
 
 私の知っている数少ないライトノベルの中でも「撲殺天使〜」や
 「涼宮ハルヒシリーズ」を見る限り、前者には肉体、生命の現実味は完全に欠落していますし、
 後者では「お約束」の記号化、文章化こそが作品を面白くしているように思えるのです。
 (あくまで、一意見ですが)

 また、既存のライトノベル作品を見る限り、出城さんの言う重力的なものは、
 たいていの場合物語の重要な要素になっていると思います。
 何の障壁も枷もない主人公や登場人物には、一部例外(主人公が最強など)を除けば、
 読者が感情移入をしにくいわけで、作品としての面白みに欠けます。
 私はことにライトノベルに関しては不見識ですので

>リアリティや緊張感を生むルールの制定に関して、未熟なもの
 
 の具体例を挙げてくださるとわかりやすいのですが、どうでしょう。
 ライトノベルではありませんが、私は「リアル鬼ごっこ」を思い出しました。

 最後に。やはりこういった主張は作品という形にしてこそ生きるというものでしょう。
 
 だからこそ文学の世界には前衛小説というものが存在するわけです。
 難しい注文かとは思いますが、頑張ってください。
 それでは。


インテリ侍さんからの意見
 リアリティ? なんだいソレ。新種のチュパカブラかなんかですかい?

 世間には疎いんで、未知の生物のことはわかりませんがね、
 リアリティとやらを重要視する作家もいれば、
 それはさておき娯楽として作品を楽しんでもらうことを重要視する作家もいるんじゃないですかい?

 それがどちらが正しいかなんて、
 チュパカブラを見たことも食べたこともないあっしには、分かりかねますがね。

 しかし勘違いしちゃ〜いけねえや。
 「リアリティがないから、おもしろくない」なんてツマラナイ考えを賛美するヤツは、
 視野が狭いっちゃあ、ありゃしねえぜ。
 ドラゴンボールに「リアリティ」なんてあったかい? 
 そんな登場人物は先月全巻を読み終えたあっしは見かけなかったですぜ。

 それでもリアリティなんて未知の怪物がいなくても、
 ドラゴンボールはあっしのハートを滾らせたぜい。
 おもしろかったぜ、ドラゴンボール。

 
 つーか、少年期のゴハンが調子のらなければ、
 ゴクウはセルの自爆で死ぬことはなかったんじゃないですかい。
 そうおもうと、やりきれねえな。やりきれねえよ。泣かせてくれるじゃねえか。
 それでもドラゴンボールに未知の宇宙生命体リアリティが登場しなかったから、
 「つまらない」と思うヤツだっているワケだ。
 
 それならソイツはリアリティがある作品を読めばいいだけの話なんだ。
 それだけのことじゃないんですかい?


 ここでどちらが正しいのか、こんな掲示板で
 「〜の意義をライトノベルが喪失している原因なのではないか」
 なんて投じてるヤツは、ちゃんちゃら可笑しくていけねえや!
 
 この世はよお。いろんなジャンルが確立してよお。娯楽の選択肢がぎょーさん増えたんだ。
 そこにはちゃんと出城さんの好きな「リアリティ」が登場する作品もあんのさ。
 もちろん存在しねえ作品だってあらぁな。
 どいつもこいつも好きな選択肢選べばいいじゃねえか。
 同じ人間なんていねえ。だからたくさんのジャンルが溢れる浮世じゃねえのかい。
 楽しみ方はそいつ次第なわけよ。

 だからなおめえさん方、「純文学はライトノベルに劣るのか」とか「リアリティがないとダメだ」とかよ、
 ぜーんぶ意味もねえことなんだよ。

 好きなものが用意されていて、好きなものを選ぶ権利が与えられているんじゃねえか。
 じゃあよお、好きなもの選んで、それを楽しんでいればいいじゃねえのかい? 


 そしたら、自分とは違う選択肢を選んだヤツもいるわけでい。
 そこでソイツに「リアリティがないものは未熟なんだよ」なんてバカらしいことを言いなさんな。
 あいても娯楽を楽しんでいる。
 それなら、リアリティを選んだ皆さん方も、それを楽しんでいればいい。
 違う道を歩いている人に野次を飛ばすなんざ、程度が知れてるってもんよ。

 そこらへん、評論家なんてやからは無粋でいけねえなあ。
 評論することを楽しんで、作品の楽しみかたを忘れていやがる。
 それに自己陶酔のきらいもありやがる。
 それで道をはずれたチュパカブラなんぞに野次を飛ばすもんだから、これまたツマラン人種さね。

 ん? ところでチュパカブラってのは結局なんなんだい?

 と、そろそろ深夜再放送の連続時代劇ドラマ「続・三匹が斬られる!」が始まるな。
 主人公の万石、あれが男の生き様だあねえ。それではこれにて。長文失礼しやした。


jogtyさんからの意見
>(抽象化された別次元の)現実として、(私たちの)現実に対して語りかけるという物語の意義
 
 という考えに固執しすぎではないでしょうか。

 物語に求めるものは人それぞれです。
 これだけが意義だと定義されるのに抵抗感を覚える人もいると思いますよ。

 一例として、私にとって書籍には、電車に乗っている時間を潰すためのものという定義もあります。
 わずかな時間の暇つぶしになればよく、そこに重みを求めない、
 それもまた消費者としての読者の一形態です。
 電車の網棚や駅のゴミ箱に捨てられる雑誌や文庫本の数が、
 この見方もまた少数派ではないと裏付けていると思います。
 
 彼らにとって大切なのは、物語の意義や重さがどうこうというより、
 暇つぶしの時間が快適になる程度に面白いこと、つまらなければそれでいいのです。
 逆に言えば、暇つぶしの時間を苦痛に変えかねない、重みのある作品は敬遠されかねません。
 いっそのこと官能小説のような作品のほうがよほど重要であったりもします。
 実際、キオスクでの官能小説の売上は低くないそうですし、事実数も並んでます。

 つまり「カタルシスをどう見出すかは読者次第。重力がそれになることもあれば、
 重力がないことにカタルシスを見出すこともある」というのが私の意見です。


 余談ですが、失礼ながら、出城さんは
 創作という行為を重く受け止めすぎているきらいがあると思います。
 
 もちろん、創作をどう思おうがそれは人の勝手ですし、その人の信念でもありますので、
 どうこういうのは余計なお世話ではありますが、
 人によっては創作なんてただの自己満足に過ぎないとか、
 そもそも創作なんてくだらない、と思っている人もいます。
 そして、それもまたその人たちの信念です。納得しろとは言いませんが、
 それもまた創作のひとつの見方だと認めるぐらいの寛容さを持ってみては?


匿名希望さんからの意見
 どうも、匿名希望です。
 
 リアリティとリアルは別物だ、というのが私の意見ですね。

 否定したい訳ではないですが、例として挙げられている『ジョジョの奇妙な冒険』についてですが、
 あれも突っ込み出せばきりがないですよ。
 あれのルールだって、物語を成立させるために設定してあるだけであり、
 突っ込み出せば、土俵なんて簡単に崩せますし沈みます。
 あの作品だって作者が浮かしたいから浮いているに他ならないんですよ。
 つまり、そこまで突っ込まないことが貴方の否定しているお約束事ですよ。
 
 他の作品だって、大抵はしっかり枷や縛りがある。
 例え主人公が最強であろうが無敵であろうが、神に等しい力を持っていたとしても、ね。
 それがなければ、主人公は何でも出来る訳ですから、物語にもならないです。
 つまり、ほぼ必ずと言っていいほど、作者が作品内で決めたルールというのは存在するんですよ。
 作者が伝え切れていない、あるいは、読者が受け切れていない、のどちらも多いですけどね。
 貴方の言う重力についての考えですが、重力だけがルールではなく、
 重力のない世界には、重力のない世界内のルールがあり、空を飛ぶ以外の面白さがある、ですね。
 では、失礼しました。


半月さんからの意見
 初めまして。今更な感もありますが興味深い題なので書き込みをば。
 土俵の喩えにも対応するかもしれませんが、物差しで0地点を現実=リアルだとすると、
 小説は取り敢えずフェイクであるとしてしまいましょう。数字は適当に100。
 その0〜100間を埋めるのがリアリティである、と個人的に解釈しております。
 大抵の場合、嘘は大きいほどに面白い。同時にリアリティを持たせにくい。
 しかしそれを見事にアウフヘーベンした時こそ、素晴らしい傑作が出来上がるのではないでしょうか。

 もちろん他の方々が言うように、エンターテイメントに於いては、
 必ずしもリアリティが最重要視される訳ではありませんし、
 リアリティが無くとも名作は沢山ありましょう。

 しかしながら、リアリティ無しにそれらを読者諸氏の興味を外さずに面白く見せるためには、
 非常に高度なセンス、才能、ドラマ的な勢い等が必要になってくると思われます。


 ジョジョに近い作風で小説を挙げるならば、
 やはり山田風太郎『甲賀忍法帖』辺りが典型でしょうか。
 これは忍法という理由付けのみで(まぁ多少解説はありますが)アホみたいな技が飛び交います。
 むろんリアリティに関しては無きに等しい(その辺りドラゴンボールにも通じるかもしれません)
 ですが、これがエンターテイメントとして非常に優れているのは、
 各能力者が絶妙に絡まるパワーバランスと組み合わせ、
 そして次々と忍者達が戦っては散っていく物語的勢いと爽快感だと思います。
 またドクロちゃんは一巻だけ読んだのですが、
 スラップスティックなギャグにもやはりセンスが重要で、
 一歩間違えれば箸にも棒にも掛からない話にしかなりません。
(問題作、と称されるのもその辺りかと)

 つまるところ、自分のセンスに余程の自信が無いならば、
 創作の過程ではリアリティに関して一考してしかるべきではないか、と思うのです。


 それをせずにセンスのある名作を単純に倣ってしまい、嘘の部分だけが突出してしまった結果、
 読者の支持を受けられ無かった作品というのは確かに存在するとは思います。
 どれくらいかは分かりませんが。

 トピ主さんはこんな感じの事を言いたかったのかなぁ、と思いましたので書かせて頂きました。
 まぁ結局のところ何を楽しむのかは人それぞれなんですけれども。

萌え・美少女・美形・BLについて
その他・創作上の悩み
世界観・リアリティ・設定についての悩み
タイトル・ネーミングについての悩み
やる気・動機・スランプについての悩み
作家デビュー・作家生活・新人賞・出版業界
上達のためのトレーニング・練習法について
読者の心理・傾向について
使うと危険なネタ?
恋愛・ラブコメについての悩み
ライトノベルについて
文章・描写についての悩み
人称・視点についての悩み
推敲・見直しについての悩み
コラム(創作に役立つ資料)
批評・感想についての悩み
ネットでの作品発表の悩み
ストーリーについての悩み
冒頭・書き出しの悩み
プロットについての悩み
キャラクターについての悩み
主人公についての悩み
セリフについての悩み
オリジナリティ・著作権・感性
テーマについての悩み
二次創作についての悩み

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