ライトノベル作法研究所
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  4. 自虐ネタのコツは安心感公開日:2014/06/30

自虐ネタのコツは安心感

 笑いの王道に、自分の失敗談を話すというのがあります。
 笑いとは『優越感』というアクセルと、『安心感』というブレーキ解除装置がセットになった時、生まれることを、こちらの記事で解説しています。

 失敗談は、「こんな失敗をやらかすなんてバカだな」という聞き手の優越感を誘います。また、これを深刻にならずに、「この前、こんな失敗しちゃんだよ」などと楽しそうに話すことによって、『笑っても大丈夫』という安心感を与えます。
 この安心感というのが、結構、重要です。人間は、失敗談や他人の欠点などに対して優越感を感じても、これを笑いとして表に出すのは悪いことだという道徳心、自制心を持っています。

 笑っても大丈夫、と安心できる環境を用意してあげないと、人は笑わないのです。

 ライトノベルには、キャラクターが自分のトホホなエピソードや失敗談を披露する系統のギャグがあります。
 ヒット作を分析すると、読者の優越感を刺激するだけでなく、安心感もセットで与えていることがわかります。 

 俺と材木座は最初の体育の時間、余った者同士で組まされて以来、ずっとペアだ。正直、この中二病ど真ん中男をどこかにトレードに出したいのだが、成立しないので諦めている。一方で俺がFA宣言することも考えたが、残念ながら俺クラスともなると契約金の桁が違うのでうまくいかない。違いますか違いますね俺もあいつも友達がいないだけでした。
引用・やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。1巻 著者・渡航 2011年3月刊行

 累計発行部数100万部以上のヒット作、渡航の『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』 1巻(2011年3月刊行)からの引用です。
 主人公の比企谷八幡(ひきがやはちまん)は、友達がおらず、女の子にもモテず、性格がひねくれてる高校二年生です。
 

 彼の笑いは、友達がいないこと、非リア充であることをウィットに富んだ語り口調で披露することです。
 これを作中で何度も何度も繰り返します。

「どうしたん? オトモダチとケンカ? 見捨てられちゃった?」
「馬鹿言え。今までケンカなんてしたことねぇよ。そもそもケンカできるほど深く関わった友達いねーっつーの」
引用・やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。1巻 著者・渡航 2011年3月刊行

 安心感を与える要素として、友達がいない痛いエピソードを、肯定的にいささか誇らしげに語っていることが挙げられます。
 また、比企谷はリア充が大嫌いな非リア充を気取っていますが、所属する奉仕部のメンバーとは何でもあけすけに語り合えるほど仲が良く(本人の主観では違う)、妹にも慕われているため、客観的に見て、人間関係に恵まれた立場にいます。
 実際にスクールカースト上位グループに所属していた由比ヶ浜結衣は、比企谷や雪ノ下といった奉仕部のメンバーに魅力を感じて、奉仕部にやってきます。比企谷はクラス内では最低の扱いでも、彼を受け入れてくれる居場所や仲間がいるわけです。

 このため、比企谷八幡が悲惨で痛いエピソードを披露しても、それほど読者は深刻には受け取らず、安心して笑うことができます。

 累計発行部数140万部越えのヒット作、和ヶ原聡司の『はたらく魔王さま!』 (2011年2月10日刊行)は、異世界で世界征服一歩手前まで行っ魔王サタンが勇者エミリアとの決戦に敗れ、異世界へと通じるゲートを通って逃亡し、日本の東京にやってきが、魔力を失って普通の人間となってしまい、フリーターになって働くという設定で、人気を博しました。

「俺は肉好きだから野菜とか別にいいんだけどな」
「栄養バランスが偏ります。せめて魚など焼ければよいのですが、魔王城のコンロに魚グリルはありませんし、何よりあの換気扇のちからでは、煙や臭いを外に排出しきれません」
引用・はたらく魔王さま! 2巻 著者・和ケ原 聡司 2011年6月刊行

 こちらはホルモン焼肉屋で、魔王と魔王城の家計をあずかる悪魔大元帥アルシエルが会話をしているシーンです。彼らの拠点である魔王城は、六畳一間風呂無しのボロアパートで、コンロに魚グリルもなく、換気扇も脆弱であることを披露して笑いを取っています。

 異世界を恐怖のドン底にた叩き落とした魔王とその右腕が、日本で極貧生活に落ちぶれるという状況が、読者の優越感を刺激ます。
 実際の金持ちや社長が落ちぶれたりすると、経済的な失敗談という、読者にとっていつ自分の身に降りかかって来るかもしれない悲惨で深刻な話になってしまいますが、魔王というファンタジーでお馴染みの存在が落ちぶれると、彼の元の生活に現実感が無いため、悲惨さが消えて、可笑しさが際立ちます。

「ふふん、お前がぼさっと日々を過ごしている間に、俺は人間として一つ大きく成長したんだぜ」
 何が人間だ。思わず突っ込みそうになるのをグッと堪える恵美。
「聞いて驚け恵美! 明後日の日曜日から俺は、マグロナルド幡ヶ谷駅前店の午後時間帯店長代理になるのだ!」
引用・はたらく魔王さま! 2巻 著者・和ケ原 聡司 2011年6月刊行

 こちらは魔王サタンが、自分を追ってきた勇者エミリア(現在はテレアポ契約社員)に語ったセリフです。
 魔王は落ちぶれているのですが、その状況を悲観することなく、ファーストフード店の店員として出世することに生きがいを見出しています。
 また、かつての部下であったアルシエル、ルシフェルといった魔王城で共同生活する家族とも仲が良く、バイト先のファーストフード店でも頼られる存在であるため、彼には『居場所』があります。

 このため、魔王の落ちぶれエピソードがそれほど深刻な話にはならず『安心して笑える』状況を作っています。
 魔王がもし、居場所もなく金もなく、ただ刺客から狙われるだけの本当に悲惨な状況に落とされていたら、彼の凋落に優越感を感じるかも知れませんが、安心して笑えません。むしろシリアスな話になります。

 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の比企谷八幡と『はたらく魔王さま!』の魔王サタンに共通している点は

 以上のの3点です。

 単に主人公の残念なエピーソードで読者の優越感を刺激しているだけでなく、安心して笑える環境も作っているのです。

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