世界観を作るのが好きなら設定を物語にすればいいじゃない。
大長編なみの大きなバックグラウンドがある、その中の一つ二つの設定を掌編にするわけだから、話は大きくなりようがないと思うよ。
それで簡単な物語(完成品ではなくプロットやあらすじの段階)も出来ないんだって話なら、それは完璧主義とか飽き性とか関係なく、そもそも物語の作り方を理解できてないだけだと思う。
自分もそうだったし、そういう人は割と多いと思う。「完璧主義で飽き性なんです」ってこのセットはココでもちょくちょく見かけるから。
過去の自分の思考を再現してみると、
こんな雰囲気の話いいな → こういう設定で、ヒロインはこうで… → この設定は、じゃあ過去こんなことあった設定で → あ、面白い設定思いついた! → あれ、辻褄合わせるためにこっちの設定変えないと…
で、設定ばっか膨らむし、想定してる話が壮大すぎて長編じゃないと収まらないし、一向に本編は一文字も書いてないし。書いても序盤で止まっちゃうし。
講座本には、設定はかっちり作る必要はない遊びを持たせた方がいい的なことが書いてあって、でも設定に矛盾があったりすると気になってしょうがないし。
結局、設定で行き詰って書いても起承転結の起だけで力尽きて、別に思いついた新しいネタやゲームやSNSが気になってきてしまう。
ああ、自分は完璧主義のくせに飽き性で、だから全然完成させられないんだ。
って自己嫌悪に陥る。
しばらく創作しない時期があって、また書きたいネタを思いついて……
こんな感じの思考のループだったな。
問題があってその解決法がわかるなら、解決させないまま次の問題に行くわけないっしょ?
次の問題に目移りしちゃうのは、いま直面してる問題の解決法がわからなくて糸口も見えないからじゃない?
物語が作れないのは、完璧主義だからでも飽き性だからでもなく、物語の作り方がわからないから。
このタイプの、まああくまで自分の体験談からだけど、この場合の「完璧主義」ってのは、その正体は「実力以上のものをやろうとしてる」ってことだと思うかな。
才能とか向いてる向いてないとかって話じゃなく、実行するだけの力がない状態なんだからできるわけない。
でも小説は基本的に文字を書けりゃ小説を書けるから、そういうところに気が付きにくい。
設定を作ってるとき物語を面白くしようとしてるでしょ? 執筆するとき面白いと思えないと筆が乗らないでしょ?
「初心者が作る話なんだから面白くなくて当然だ」なんて言われても、それを受け止められないっしょ。
だからたぶん勧められてもやらないと思うし、過去の自分ならやってないと思うけど、「できることをやる」のがいい。実力以上のものに挑戦するには少しでも実力が必要。実力がつくほど挑戦できる実力以上のレベルも上がってく。
私にはスレ主さんの現在の実力を測る術がないから具体的にどうすべきというのは言えないけど、万人に、おそらく誰でもできるだろう事は、アンパンマンとかドラえもんとか幼児向け・子供向けタイトルの話を作ることかな。
二次創作じゃなくて、テレビ放映されてるようなのを一話作ってみるってことね。
アンパンマンもドラえもんもパターンが決まってるでしょ。それに乗っかるだけだから、「それっぽいアイディア」さえあればなぞるだけで作れるし、誰でも作れる難しくない物語だと思う。
それが出来たなら、「アイディア」と「なぞる手本となるストーリーライン」があれば書けるってことがわかる。
アイディアは、浮かばないって書いてあるけど、最初に書いたとおり設定は思いついてるんだから、設定を話の核にすりゃいいんだし、そしたらアイディアは山ほどある状態でしょ。
設定から物語にする手段も解説ほしいならするけども既に長文になってるし、解説したら同じくらいの長文になるから今回は割愛するけども、
アイディアさえあれば簡単なネタは出来る。そっからストーリーラインを起こす作業は自分で考えるしかないけど、「できることをやる」と考えられるなら、ここは既存作から真似たほうがいい。真似ることで学びになって、そうやって実力が上がれば書きたいものが書けるようになってくる。