小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

サタンさんのランク: 大作家823冠王 合計点: 2,586

サタンさんの返信一覧

元記事:AI(の力を少しだけ拝借した)小説について

こんばんは。

趣味で小説を書いている者です。

質問です。

プロットだけ考えて、あとは全部AIに書かせる作品、部分的にAIに補助してもらう作品等と、様々な形式でAIに頼って執筆して世に出す作家さんってチラホラ見かけると思います。

そういう、AIの力を借りた小説って、読み手としてどのような印象を受けますか?

また、作り手として、AIを自分の作品に取り入れたりしていますか?
どのぐらいの割合で頼っていますか?
痒いところに手が届かない部分だけ? それとも全任せ?

というのも、イラスト界隈で、有名な絵師さんが実はAIに描かせていたことで炎上してしまったっていう騒動がつい最近起きまして。
それを受けて、同じような問題が小説界隈でも起きてしまうのではないかなと心配になった次第でございます。

AIの創り出す文章力や表現力を拝借して、投稿サイトに投稿する際、「この作品、AIに考えて書いてもらいました〜」って紹介するとします。

そうして作品を公開して、評価されて高評価をいただくとき、「文章力凄いですねー」とか「迫力がありますねー」っていうコメントがあったとしたら、それはあくまでAIの力に対する評価コメントであって、書いた本人のための感想にならないんじゃないかなーと思います。

少なくとも、私はそのように感じて心の中がずっとモヤモヤしてしまう可能性が高いですね。

この先、いくらAIが進歩していったとしても、「うわー朝日が眩しいなー」とか「うわー夕陽が綺麗だなー」といった素の感情というか、人間の内側から出てきた言葉というのを、AIも同じように出せるとは思えません。

感情というか、感性というか。それが人間とAIの違いかなーと解釈しています。

私も趣味で小説を書いている社会人ですが、以上の理由から、どんなに時間がかかって地味な努力を重ねていくしかないとしても、AIに頼らず、自分の感性や表現力を信じて、言葉を紡いでいきたいなと考えました。

上記の回答(AI(の力を少しだけ拝借した)小説についての返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

私は読むより書くほうなので、正直なんとも思わないのが本音。
たとえ人間より素晴らしい作品を書くAIが出たとしても、書くのが好きだから書いてるわけで、ちまたで言われてるAIの創作問題は、読者視点でも製作者視点でも、どうでもええやんって派。

イラストについてはいずれAIが人間を超えるけど、現状は「そもそもイラストの知識がある人がプロンプトを書いてAI制御するから」見栄えの良い絵が生成できるって部分もあって、素人だと学習元の似たような絵しか量産できないし、イメージに対し効果的な構図を自動で生成することはできない。限定的には可能だし技術的にも可能ではあるから時間の問題だが。
ただ、これは「AIは凄いが、それを使う人次第」という部分が顕著になる。プロとアマの大きな違いである技術力の差がAIで埋まるだけなので、センスがものをいうようになるな、とは思う。
言い換えれば、AIの発展により大衆が望むものは誰でも出力できるようになるから、我々はようやく「自分がしたい事を出来るようになる」と思うかな。

>それはあくまでAIの力に対する評価コメントであって
そうだけど、それって「日本語上手いですねー」って言われてるのと大差ない話になるってだけじゃない?

漫画の新人賞でAI疑惑があって軽く炎上した作品があったけど、個人的にはなんで炎上してんのかよくわからんのよね。
イラストを描いてるわけじゃなく漫画を描いてるんだから、作画にAI生成があっても、そりゃ「デジタル作画はダメだ、Gペンで描かないと認めない!」って言ってるようなもんじゃん。
イラストではなく漫画自体の生成をしたとしたら、現状はネームを描いて、ネームを読み込んでその画像を下地にかなり試行錯誤してプロンプト組み立てんとイメージ通りのものは出力できんから、漫画自体はせいぜい ペン入れをAIに任せた という程度の話。

要するに、イラストでも漫画でも小説でも、あくまで作者の作業の一部を代行させるというのが現状であって、騒ぐようなものではない。
そもそも日本の作家は全部ひとりでやりたがるけど、ゲーム製作でいえば最初から分業の世界なので、その一部を人間がやるかAIがやるかの違いがあるだけ。
一人でやってたものを分割して一部をAIに任せるってのは、別に炎上するようなものではないと思うかな。

>また、作り手として、AIを自分の作品に取り入れたりしていますか?
漫画製作の例とは逆で、プロトタイプをAIに作ってもらって、それを自分がイチから書き直して清書するみたいなことはたまにする。
でも、そもそもプロトタイプ自体作品全体になると掌編レベルでも指示が面倒臭いから、プロット製作とストーリーラインで相談にのってもらう程度に落ち着いてるかな。
あとは、ワンシーンの状況を説明して演出の意図を伝えて、効果的だろうシーン設計をいくつか出してもらって参考にするとか。
私の場合は書くのが面白くて書いてるので、執筆自体をAIに任せることはAIがどんだけ発展してもあり得ないかな。
それやるなら、自分には無理だなと感じた漫画や映像のほうでやる。
絵はイラスト描くのは好きだけど漫画描くのは苦痛に感じるんで、そのうちやりたいなとは思ってるし。
小説でのAI利用は、プロットの壁打ちがもっぱらかな。

ただ、
>素の感情というか、人間の内側から出てきた言葉というのを、AIも同じように出せるとは思えません。
これもおそらく時間の問題でできるようになる。AIが感情を得ることはないが、感情があるかのように振る舞うことは可能なので。むしろ創作つまりフィクションである分AIのほうが有利になるくらいを私は想定してる。
が、AIは結局のとこAI設計者やクラウドの場合運営の方針があって表現が規制されるので、技術の問題ではなくAI任せだとだいぶ都合な現実になるだろうなとは思う。

AIの創作利用については、基本的には「便利な道具が増えた」って考えるのがいいと思う。
個人的に問題視しているのはXのファクトチェックみたいなやつだね。
小説投稿サイトが隠れて「AIによる感想投稿」をはじめたら読者を疑わなきゃならなくなるし、読者が作品の整合性をAIで荒探ししてガタガタ言い始めるんじゃないかって感じる。

Youtube動画でAIに関して「何でもAIで答えに行き着いてしまって、考えない人間が増える危険性がある」ってあったんだけど、自分はむしろAIが来てから考える時間が以前の倍から3倍には増えた。
考えるための道具であって、答えを出すための道具として使ってないからで、別にどらが正しいとは思わないけど、使い方の問題じゃないかなーって思う。
イラストだって、仕上げレイヤーで全体を調整たりして印象がガラッと変わったりするし、アナログ派からすりゃ「ちゃんと絵筆で描けよ」って言ってるようなもんで、AIの利用はその延長。誰でも出来るから自分にもできるって誤解が生まれてるんじゃないかなって思う。
ただ、前述したように才能の差が顕著になって技術の差がなくなるから、プロより評価の高い素人ってのも可能性としてはあり得る話にはなってくるよね。
私はそれを良い時代だと感じるが。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: AI(の力を少しだけ拝借した)小説について

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元記事:【雑談】勇者ロボがファンタジー異世界に転生する際の、舞台設定と整合性について

創作小説プロットについて、ファンタジー世界(いわゆるナーロッパ)の通例や設定の落とし込み方について知恵を貸してください。

【相談の概要】
「制作中止になり、この世に出ることなく資料が処分された子供向けロボットアニメ『疾走変形ストレンガー』の主役ロボのストレンガーが、RPG的な異世界に召喚される物語」を考えています。
設定を詰めるにあたり、以下の2点に悩んでいます。

①スーパーカー型ロボの不整地への対応について:
スーパーカーから変形するロボ(10m級)が、未舗装の多いファンタジー世界の不整地を走ることに違和感がある。

②異世界の文明レベルについて:
いわゆる「ナーロッパ」に合わせるべきか、それとも自動車が発明された、19世紀末欧州風に寄せるべきか。

【作品の基本設定】
主役ロボ:
『疾走変形ストレンガー』(劇中アニメ設定)のストレンガー。
マントをつけた騎士のようなデザインで、武器は剣。
変形元のモチーフは、バブル崩壊で市販されなかった実在のスーパーカー。
https://web.motormagazine.co.jp/_ct/17625328

世界観(転生先):
『ドリムメント(夢の欠片)』というファンタジー世界。巨大な(10m)トロルなどの怪物が存在する。

バディ: 召喚先で出会う少年、ソーヤ(元の世界のアニメ主人公に似た存在)。

敵: 魔王「フースイ・ガイ」の軍団。

【相談したいポイント】
① 不整地での運用について
スーパーカーを、中世ファンタジー風の道でどう活躍させるのが自然でしょうか?
「富山県八尾町のような石畳舗装を出す」「ロボの足回りが、転生を管理する者のパワーでオンロードに対応させられる」などのアイデアがあれば伺いたいです。

② 文明レベルの設定について
私はファンタジー作品のうち、「ドラゴンクエスト5」、「ファイナルファンタジー5」、「レジェンズ〜甦る龍王伝説」の知識はありますが、近年のいわゆる「ナーロッパ」の通例に詳しくありません。
スーパーカーを出すなら、
ガソリン車が発明されたばかりの、19世紀末の欧州程度の技術レベルにした方が、物語として馴染みやすいでしょうか?

上記の回答(【雑談】勇者ロボがファンタジー異世界に転生する際の、舞台設定と整合性についての返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

>① 不整地での運用について
むしろ、それを不利な要素として演出できないか考えるべき。
スーパーカーに関して無知なのでGeminiに助けてもらいながら回答するけども、

>>車高が低すぎる(最低地上高の不足): 多くのモデルは地面から車体までの隙間が10cm程度しかありません。少しの凹凸や石ころでも、高価なカーボン製のアンダーパネルやバンパーを激しく擦ってしまいます。
>>タイヤの性質: 舗装路で最高のグリップを発揮する「ハイグリップタイヤ」を履いています。溝が浅いため、砂利道や泥道では滑りやすく、跳ね上げた小石で車体に傷がつく(飛び石)リスクも非常に高いです。
>>冷却性能への影響: 地面に近い位置に空気を取り込むダクトがあるため、砂埃や泥がラジエーターに詰まり、オーバーヒートの原因になることがあります。

このあたりが原因のようだから、走れないことはないがゆっくり慎重に走らないとダメのようだね。
でも、それで傷がついたとか石が跳ねるとか、バディが現地の少年ってことはスーパーカーが自我を持ってる感じなのか得体の知れないスーパーカーを理解して乗りこなす現地人の話なのかがわからないが、スーパーカーについて語れる存在がいると仮定して、想定されてない地面を走ることでキャラクターの衝突を作れるので、そこが一つの面白味になるから、まったく問題ないどころかむしろ適切なのでは?
その世界の常識として舗装された道路を用意するかどうかではなく、逆に、そのスーパーカーが本領を発揮できる限定された場所を考え、クライマックスに利用すべき。
Geminaiによると、塩湖のような場所の乾湖とか、大理石の上などなら問題ないと回答があったので、空間魔法とかで大聖堂の中が広くなったりとか、氷の上だと摩擦が問題なだけなのでタイヤを工夫して分厚い氷の上で走ったりとか。
そういう、活躍する場所のみで十分な性能を発揮すればいいだけで、それ以外はむしろポンコツのほうがキャラクター同士の衝突が作れて、それがまたクライマックスの活躍をより良くするかなと思います。

>② 文明レベルの設定について
こちらも上と同様で、悩んでて解決しなきゃなと思ってる部分こそが面白味のタネです。
例えばスーパーカーではなく人で考えてみてくださいな。
「中世ヨーロッパがモデルのファンタジー世界に召喚される人物だから、現代人じゃなく産業革命時代の混沌としてる時代の西洋人のほうが馴染むんじゃないか?」
と言ってるようなもの。
まあそれも悪くないかと思うが、そもそも 場違いなモノ であるから面白いのに、馴染ませてどうするの。
もとから「ある程度の文明がある世界観」を書きたいのなら問題ないし、クラシックカーに対しスーパーカーは形状も設計理念もまるで違うので、車という同種がいるからこそ目立つ違和感ってのを主旨に展開できるでしょう。
でも、最初からそこに目を付けての19世紀頃の世界観というのではなく、あくまでスーパーカーが馴染むための舞台設定というのなら中世で問題ないと思う。

ただ、個人的には19世紀頃のほうが面白くなりそうとは思う。
上記したようにスーパーカーの違和感の方向性を決められるし、それに興味を持つ現地人も置けて専門用語というかマニアックな会話が出来るし、今度は発展した文明において怪物が現れるという事に舞台とのギャップを作れて、産業革命頃のロンドンで怪物と変形ロボが霧の中で戦うってのは絵としても面白いと思います。
強いて言うならサクラ大戦から美少女要素を抜かした感じをイメージする。
あくまでイメージとしては、こっちのほうが好み。スチームパンクの世界観にサイバーパンクのキャラが入り込んだみたい。そこにファンタジーの怪物が出てくるわけだから、面白そうって思う。
けど、それそれの要素の特徴と差別化が面倒臭そうで、自分で書くとなったらちょっと避ける。
要素が3つあるので、2つに絞りたい。つまり初期案の中世モデルにしてスチームパンク要素を排除するのが楽だなって回答。
中世のほうが世界観に馴染まないので、その衝突が物語になると思う。

違和感あるなと思うなら、その違和感を指摘できるキャラを置いて衝突を作り、口論や勘違いから問題に発展して解決するとか、利用することを考えるほうがいいかなって思う。
変にまとまりがあるよう設定で固めちゃうと、かえってそっから話が出てこないってことになる可能性は結構あるかなと。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 【雑談】勇者ロボがファンタジー異世界に転生する際の、舞台設定と整合性について

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元記事:複数いる場合の女の子の書き込み方法

質問です。

作品内に、美少女といった女性キャラクターを複数(5、6人〜ぐらい。ハーレムとまではいかない)登場させるとなった場合、キャラクターの書き込みってどのように行っておりますか?

それなりに詳しく描写しておりますか?
それとも、身長+パッと見の外見+αで特筆すべき特徴だけで済ませていますか?

女の子を複数人程度登場させるってなった場合、主人公が一人一人と会った際に外見描写をいちいち細かく描くのは、書く側としても読者としてもストレスだと思うので、身長+パッと見の外見+特筆すべき特徴だけで済ませるようにした方が良いのかなと私は考えておりますね。

あくまで私見ですが、小説はイラストを挟まないため、10人の読者がいたら、10通りのイメージが出来てしまいます。

つまり、どんなに上手く言葉を紡いだとしても、 イメージして欲しいキャラクターの外見を、100%完璧に読者にイメージしてもらうことが不可能だからだと思います。

皆様はどうお考えでしょうか?
もし、皆さんが実施していらっしゃる工夫や方法などありましたら、教えて頂けますと幸いです。

よろしくお願いします。

上記の回答(複数いる場合の女の子の書き込み方法の返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

女性でも男性でも複数でも単体でも、キャラクター描写自体はそれほど差はないです。
あるとしたら、グループやコンビといったまとまりとして書くか個人として書くかっていうアプローチの違い、例えば直接外見を書くのではなく関係性からイメージしてもらうとか、視点主の心象でイメージしてもらうとか、そういうテクニックの違いがあるだけかな。

どれだけ作者が細かく書いたとしても、キャラクターの外見を完璧に読者へと伝えるのは無理だろうというのは同感で、読者それぞれのキャラクター像が出来るのはその通りだろうと思います。
シンボリックな道具を使うとかある程度のテクニックはありますが、伝えられるのはせいぜいシルエットくらいなものだろうと思う。

まあつまり、そもそも小説の描写において外見ってのはそれほど重要じゃないってことで、書くべきことはそこじゃなく、あくまでキャラの「イメージ」を書くってことなので、外見や出で立ちのそのままをスケッチするように文章で明記していくことには作品としては意味をなしていない。

これは作者のイメージしてもらいたいものを読者に伝えるのは無理だっていう悲観ではなく、そもそもやりたい事と道具の違いの話で、外見を完璧に伝えたいならイラストを描くべきで、小説を書くならイメージを操らないと意味が無いってことです。
イラストだって、どれだけ完璧に仕上げてもキャラの内面を完璧に表現することなんて無理です。初見の閲覧者に100%伝えられるものではない。あくまで 目元の感じが憂鬱そう とか 背景の状況と表情の落差から腹黒そう とか 視線誘導で物語性をなんとなく表現する とかそういうイメージを伝えることが精一杯。
小説の外見描写もおなじ。
キャラクターの内面や、視点主の心象や関係性などから、外見の「そのキャラクターらしさ」を表現して「っぽいキャラ」をイメージしてもらうのが精一杯。
ただ、イラストも小説も、その「精一杯」が道具としての強味なので、小説に外見は意味が無いという極端な言葉ではあるが、そういう答えになると思う。

なので、スレ主さんの質問を要約すると キャラクターの容姿の表現はどうしているか? ってなると思いますが、
ぶっちゃけ、極端に言えば書かないこともあります。
物語において、そのキャラが登場する場面において、そのキャラの立ち位置がわかれば何も問題ないので、むしろ外見を書いてしまうことで そのキャラらしさ が物語上表現できてないって結果にもなりうるので、登場するだけなら登場場面は簡素に、活躍するなら活躍場面(印象付けたい場面)で キャラの容姿がわかるくらい言葉を選んで書く って感じのことをしてます。
活躍とかもなく初対面で印象を付けたい場合は、例えば、重要なキャラの場合は外見よりも視点主が相手を見て受けた印象の衝撃を中心に書き、そこに相手の身体の特徴的な要素を使うなど。
ということは前提として視点主が印象に衝撃を受ける必要があるので、その構築が必要になったり――ってなると、これはキャラ描写の容姿についての話なんだけど物語構成にも関係してきちゃうわけで。

まあ、個人的にはこうした 登場時の紹介で書くことはしない を基本としていて、ただ、事件の黒幕とか物語的に初登場よりも印象が先に読者に伝わってる場合など、印象と実物のギャップや印象の強化などで容姿を描写の道具として使う、つまりそれなりに書き込む場合もあります。
ようは、状況によって結構変わるし、テクニックとしても応用して場合によって形が変わるかな、と思う。

つまるところ、「どうやってイメージを定着させるか?」という問題で、作者がキャラの容姿を事細かに書いたところで100%無理なのは、そのイメージが紹介文だけでは定着しないから。下手すりゃ次のページで全部忘れてる。
なので、定着しやすい「活躍場面でこそ特徴を出す」とか「視点主の主観で衝撃を作る」とか、そういう小技を使ってるって感じです。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 複数いる場合の女の子の書き込み方法

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元記事:三人称の地の文での話

年の瀬も迫り何かとご多用のことと存じま(略

少し気になったので質問させていただきます。

三人称の地の文で『ちなみに』や『ところで』など気にせず使いますか?
読んでいる小説に出てきた時に気になりますか?

上記の回答(三人称の地の文での話の返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

三人称といえどキャラクターの誰かに視点を合わせているので、その焦点の深度とでもいうか、それ次第では 意図的に 使うこともある。
けど、あくまで自分の感性においての基本ルールとしては三人称で語り部を印象付けるようなワードは使わない。

意図的に使うというのは、まあわかりやすく言えば三人称だけど一行だけ視点主の一人称視点を描いちゃう場合とかですね。
三人称でも誰の視点ってのをハッキリさせておけば結構違和感ないので、そもそもこの手法を乱用しているのが私の芸風って感じ。
とはいえ補足文になるようなワード自体をあまり使わないので、「ちなみに」や「ところで」はそれほど頻度は高くない。いま使った「とはいえ」も同じですね。
例えば、かなり強引なテクニックだけど三人称の地の文で 主人公は〇〇と感じた って主人公が主語になる文章を置く。その次の行で まあ、とはいえ✕✕だから仕方ないがと密かにため息をついた って一人称ないし心の声を置く。
こうすると とはいえ の語り部の印象が主人公に向くので、主人公の視点ってことがわかりやすくなる。
これで演出的に主人公以外に注目させちゃうと視点が混乱するもとになるから、かなりギリギリのテクニックだとは思うんだけども。

そんなわけで、基本は使わない。けどその理由は「語り部が気になるから」なので、それを逆手に取るないし利用できる状況では割と使うこともある。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 三人称の地の文での話

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元記事:使用人の一人称で書くときの、雇い主への敬語について

同じ質問をなさった方が過去にいらしたら申し訳ありません。

お屋敷の使用人視点で短編を書こうとしております。お仕えするお屋敷のご家族についての話になります。
使用人なので、「奥様」「旦那様」「ぼっちゃま」など、呼ぶ相手は敬称でよいとして、その方々の動作や仕草を説明するときも敬語にすべきでしょうか?

「旦那様が奥様のお髪を直そうとなさった」
「ぼっちゃまがお部屋に入っていらした」

などです。このまま読むのはなかなかうっとうしいなぁと思ったのですが、使用人視点なので、普通の文にしてしまうと、雇い主への敬意がないうえに、無礼な使用人というキャラクター付けをしてしまいかねないのか?など
悩んでおります。
よいお知恵をお授けください。

上記の回答(使用人の一人称で書くときの、雇い主への敬語についての返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

一人称といえど、地の文が視点主の心の声だけで構成されてるというわけではないので、使い分けかなあ。
とはいえ心の声だけで書くってコンセプトも間違いではないから、確かに常に敬語だと鬱陶しいけど、だからこそ心の声だけっていう印象が強くなって没入感がある作品もあると思う。
たぶん作品コンセプトにもよるし、作風や作品の雰囲気にもよるし、やってみなきゃわからない類の悩みだと思うから、短編規模ならいっそ冒険してみるつもりで悩むより書いたほうがいいと思う。
短編は個性が見えたほうがいいから、半端にやるよりがっつり敬語に振ってみたらいいんじゃないかな。

試すなら敬語に振るのをお薦めしてみるけど、一応、個人的には使い分ける派で鬱陶しい一人称は読むのも苦手なタイプっス。
使い分けは、例えば外国人の外国人っぽさを表現するために地の文の一部を外国語にするなど工夫があると思う。そういう工夫の話だから、ルール的なものはないし自分で試行錯誤するしかない。つまりどちらにせよ書くしかない。
例えば、「奥様」とか「旦那様」とかが主語になる文章は敬語で書く、他は敬語にしないとか、そういうのを自分で決めて自分ルールでやる。
なのでそこを決めかねているのなら、いっそ敬語に全振りしたほうが経験になるのでは。っていう助言です。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 使用人の一人称で書くときの、雇い主への敬語について

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