小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

アダムさんの返信一覧。最新の投稿順1ページ目

元記事:主人公のパーティー、何人ぐらいが適切?の返信

こんにちは、カイトと申します。

パーティの人数というより、メンバーの役割のバリエーションについての質問かと思いましたが、あってますか?
小説で三人以上のパーティというと、昔の作品ですが「フォーチュンクエスト」 確か主要七人のパーティで、それぞれに職業や仲間内での役割が決まっていたはず。
大人数のパーティとなると、「必ずボケ」とか「誰に対してもツッコミ」というキャラ作りよりも、大人数の中で変化する関係性を描くのが面白いと思います。
たとえば、AはBに対しては強気だけどCには頭が上がらない。BはAのことが好きだから彼女の前ではヘラヘラしてるけど、他のメンバーの前ではちょっと横柄。Cはいつも泰然自若としている兄貴分だけど、幼馴染のDの前だけでは涙を見せられる、などなど。

小説以外では、戦隊モノや女児向け変身ヒーローものが参考になるのではないでしょうか。あれ、メンバーに強い個性がありますよね。
ゴレンジャーなら、熱血リーダー、クールな二枚目、力自慢の食いしん坊、切れ者紅一点、年下マスコット
セーラームーンなら、ドジっ子、勝気、インテリ、おかん、正統派、でしょうか。
旅をするなら、水戸黄門もいいかも。好々爺、武闘派(堅物)、武闘派(軟派)、お色気、うっかり食いしん坊。

ただ、視覚的にキャラクターの見分けがしやすい漫画や映像作品に比べ、小説はどうしても書き分けが大切になりますよね。多数のキャラが入り乱れる様子は、書き手にも読み手にも大なり小なり負担はあります。
ストーリーの都合も鑑みつつ、自分が制御できる人数を見極めて書くのも大事かと思います。
創作活動応援しています。

上記の回答(主人公のパーティー、何人ぐらいが適切?の返信の返信)

スレ主 アダム : 0 投稿日時:

返信ありがとうございます。関係性との組み合わせでボケ/ツッコミが変化するということに思い当たりませんでした。目から鱗です。

戦隊モノ等を参考にすることもとても勉強になりました。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公のパーティー、何人ぐらいが適切?

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元記事:主人公のパーティー、何人ぐらいが適切?の返信

リアル旅ちゃうなら、3人でええけど、リアル旅なら4人は人間が欲しい。
登山とかは基本4人編成で荷物を分担して持つからね。旅に持ち歩きたい物の重量が4人でギリギリくらいになるねん。荷物が約100㎏なら、1人25㎏で済む。

水筒かてペットボトルも無い時代設定なら水筒も必要になるし、行軍次第やけど、1人頭で毎日3Lは飲みたい。自販機なんてない。
 日程によるけど25㎏中、4~6㎏は水になる。武器の重量を仮定で3㎏、布類、テント類、行動食、火打石、ナイフ類、簡易食器や簡易調理器具、貨幣が金属なら、その重量もある。あとは純粋に丈夫なカバン本体の重量とかも足さなあかんよ。

基本のサバイバル要素が抜けてる。

上記の回答(主人公のパーティー、何人ぐらいが適切?の返信の返信)

スレ主 アダム : 0 投稿日時:

具体的な情報を教えてくださりありがとうございます。参考にさせていただきます。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公のパーティー、何人ぐらいが適切?

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元記事:横やり失礼します。読むせんさんの「サバイバル要素」の資料紹介と補足です。

 ドラコンです。横やり失礼します。
 
 読むせんさんがおっしゃった「サバイバル要素」についての資料の紹介と、補足を申し上げます。
 
 鉄道、自動車、蒸気船といった「近代交通機関」に頼らず(後半では鉄道を使っていますが)、無一文で喜捨を受けて、人家の少ない砂漠や荒野を旅することを知る格好の一冊があります。また、「実録スパイ」モノですから、スパイについて書くなら、一読の価値のある一冊でもあります。

『天路の旅人』(沢木耕太郎、新潮社)
 
 第二次大戦末期、日本軍密偵として、チベットへ潜入した西川一三(かずみ)氏の手記『秘境西域八年の潜行』の解説書兼旅人西川一三の評伝です。
 
 西川氏が亡くなったのが、2008年と比較的近年です。著者沢木氏は、西川氏と1年に渡って対話を重ねています。そして、西川氏没後は、西川氏夫人やご令嬢とも親交があります。相当丹念な取材のもと、執筆されています。

 西川氏は、「モンゴル人チベット仏教僧の巡礼者」に変装し、チベットへ潜入します。チベットのラサに到達した時点で、「日本敗戦」の噂を耳にし、インドへ出て「日本敗戦」を確認して、「日本軍の密偵」から「本物の巡礼僧」となり、インド、チベット方面を放浪する話です。

 この本から知ることができるのは、以下の通りです。

 ・旅のパーティー構成。西川氏は案外単独行動をしていない。特にチベット潜入までの間は、キャラバン(隊商)を組織したり、混ぜてもらったりしていた。人家の少ない(へたすると数カ月単位で人家を見ない)、荒野や砂漠での単独行は「自殺行為」。
 ・旅の装備品。
 ・旅での宿、食、移動。
 ・いかにして身分を隠すか。
 ・旅先で信頼を得る方法。
 ・僧侶として「喜捨」を受ける方法。また、人々は、なぜ「喜捨」をするのか。 
 ・インドでは鉄道を利用している。「近代交通機関」の前と後との「旅の違い」。

 旅のパーティーの人数ですが、宿屋や休憩の茶屋があり、通行量の多い整備された街道を行くのであれば、ヒロインとの二人旅でも問題ないと存じます。

 一方で、現在でも登山をするとなると、「4人以上」というのが、推奨される人数になります。4人居れば、誰かが動けなくなった場合でも、「単独行動者」が出ません(怪我人に1人が付き添い、2人が救助要請に向かう)。

 ただ、創作のことですので、メインは、「主人公とヒロイン」の2人で、あとは主人公が雇った荷物持ちや案内人の「モブキャラ」というのも、一案です。

上記の回答(横やり失礼します。読むせんさんの「サバイバル要素」の資料紹介と補足です。の返信)

スレ主 アダム : 0 投稿日時:

資料を教えてくださりありがとうございます。旅に必要な人数の一部をモブキャラにするのも一つの選択肢ですね。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公のパーティー、何人ぐらいが適切?

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元記事:主人公のパーティー、何人ぐらいが適切?の返信

ボケのタイプを増やせばいいのかなと思います。
頭の悪さからくるボケ、天然のボケ、本人は至って真面目なのにズレてるボケ等色々なタイプがあるので使い分けてみるとか。

上記の回答(主人公のパーティー、何人ぐらいが適切?の返信の返信)

スレ主 アダム : 0 投稿日時:

ありがとうございます。ボケにバリエーションを持たせるのもいいですね。
登場人物同士の関係性との組み合わせも考えながらキャラを決めようと思います。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公のパーティー、何人ぐらいが適切?

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元記事:脚本の面白さを知るには?の返信

頭の中で回答が二転三転しちゃったからまとまりないかもしれんけど、
漫画も小説も映画もゲームも脚本は基本的には同じで、それを表現する手段が違うだけ。なのでスレ主さんは文章表現を読み取るのが好きという話で絵や映像あるいは音声付きの紙芝居が苦手っていうだけの気がする。
私はどれに対しても苦手もなにもなく物語があるなら全部好きだけど、それというのは、言ってしまえばどの媒体でも自分の中で「脚本」の形にしちゃってるから。
だから、「漫画だからこういう表現になってるけど、小説ならこういう表現になる」とか「映画なら別の展開のほうが良くなるが、小説だからこれがベスト」とかって考えをしたりする。
えっと、「脚本」が根底にあってそれを表現する道具が「文章」なり「絵」なり「映像」なり「ゲーム」なりで別れてるだけ。だから読者として受け取る「ガワ」の部分を意識せず本質だけ読み取ればいい。
スレ主さんは良くも悪くも「読者」なんだと思うよ。

ただ別に、そういった私の読み方が正しいとか優れてるってことじゃなくて、これはある意味メタ的な読み方になっちゃうから、「小説」でもなく「漫画」でもなく「映画」でも「ゲーム」でもなく、その中にある本質的な「物語」を読もうとしちゃうと、これはもう純粋に「読者」にはなれなくなる。

小馬鹿にするつもりはないんだけど良さそうな例えが思いついたんで言ってみるけども、
何も知らない子供に自由に絵を描かせると時々独創的な絵を描く天才少年がいたりする。けど、この子供に才能を見出したからと言って絵画教室に通わせると、途端に平凡な絵しか描けなくなる。
技術は向上するから上手くはなるんだけど、こなれてしまって独創的な才能がなくなってしまう。
独創的な個性って、その人の突出してる癖のような部分だったりするけど、技術や知識って誰でも同じ結果をもたらすような平均化だから、突出した癖を他者と同じ形に平均化してしまう。
そこから一皮むけると学んだ技術が独創性を伸ばすために使われて活きてくるんだけども、
そこまで行ったとしても、もう「何も知らずに名作を見たときの感想」は決して手に入らない。

いや、別に普通に読んで普通に楽しめてるけどね。でもそれは絶対に「創作活動をしてなかった場合の自分」と同じ感じ方ではないと思うよ。

だから、小説や漫画やゲームの中にある物語その脚本そのものの本質的な面白さを知るには、という問いには答えられると思うしスレ主さんが読んだ書籍とはまた別解になると思うけど、それを説明しその思考をスレ主さんが手に入れたら、今度はキャラクターを体感するような楽しみは失われるんじゃないかなと思う。
つまりは、いまスレ主さんが感じてる「不安」とやらは、そう感じるのが正しいんだと思うよ。
不安を感じつつ分析的なことをしながら読むか、物語の面白さのその仕組みはわからんけど素直に純粋に感情移入してキャラクターを体感し楽しんで読むか。
まあ私は仕組みを知るのも楽しいから不安はないけど、これはどっちかだと思うよ。自分の中でスイッチすることは、あるいは両取りするのは、たぶん無理じゃないかな。
慣れてくれば初見はなるべく頭空っぽにして楽むくらいはできると思うけど。

上記の回答(脚本の面白さを知るには?の返信の返信)

スレ主 アダム : 1 投稿日時:

返信ありがとうございます。つまり、答えはあるけれども、それを知ってしまうと(小説や漫画のような)「演出+脚本」を楽しむためのある種の感性が失われてしまう、ということでしょうか?

であれば、自分はもう少し今の状況に慣れてから改めて答えを出したいと思うので、今その答えを聞くのはやめておこうと思います。

カテゴリー : その他 スレッド: 脚本の面白さを知るには?

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元記事:酷評、批評に関する相談と質問

自分は酷評が嫌いです。(豆腐メンタルなので)
カテゴリーがわからないのでその他にしておきました
理由はモチベを下がるからです。
他人の作品への酷評を見ても傷付きます。
でも批評は欲しいんですよね。
ただ、感想欄には酷評しか来ないのではないのかと思ってしまっています。
そのためにはやはりちゃんとした評論が出来る方に頼むしかないのでしょうか。
ついでに質問があります。

1 本当に酷評は必要だと思いますか?
2 酷評はもらって嬉しいですか?

それと、出来れば評論に関する持論も聴かせてもらいたいですm(_ _)m

駄文で申し訳ございません それとこの質問に対する酷評は禁止します。(傷付くので)

上記の回答(酷評、批評に関する相談と質問の返信)

投稿者 暇人 : 0

私のやり方としてはその旨をはっきりと伝えるのが有効です。「私は批評がとても苦手なタイプです。なので批評はやめてください。褒める部分があった場合にのみ感想を残してください。それ以外の感想はお控えください」と作者コメントの部分にはっきりと書き込むのです。もしそれで批評が来たら読者が日本語を読めない人間なので完全無視で構いません。でも私はそれで本当に批評が減ったので効果はありました。ただし、感想の数は激減しました。
それを踏まえた上で質問の答えです。

>1 本当に酷評は必要だと思いますか?

どうしてうまくいかないのか分からない。どこが『悪い』のか知りたい。こういった悩みがある場合は必要です。無ければ必要ありません。

>2 酷評はもらって嬉しいですか?

ずっと全く誰からも感想を頂けなかった場合にのみ、批評でもいいから感想が欲しい!と思った時はありました。

このやり方は誰からも感想を貰えなくなった経験があります。でも本気で面白ければそれだけ攻めた作者コメントでも感想が付きます。

「批評でもいいので感想ください」だと感想は結構集まりました。ですがやはり批評も多く凹んでしまいます。でもその分褒めてくれる人も多かったです。

ご自分のメンタルと目的に合わせてご活用ください。

カテゴリー : その他 スレッド: 酷評、批評に関する相談と質問

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投稿日時:

元記事:部活モノにおける練習風景の描写について

自分は現在新人賞向けの部活モノ作品(演劇部)を執筆中なのですが、練習風景の描写にどの程度割くべきか悩んでいまして……

誰もが知っているような野球やサッカーなどの場合は例えばキャッチボールやパス練習などは特に解説も不要で、それと平行して練習以外の何かに焦点を当てながら書くことができます。逆にマイナースポーツの場合殆どの人が知らないわけですから、読者に伝わりやすいよう意識して解説しつつ物語を進めるだけで様になりますよね。

演劇部はというと決してマイナーな部活ではなく、大体どこの学校にも存在するものと思いますが、未経験者でも実際の練習風景はある程度(発声練習や滑舌練習など)想像できる一方、舞台用語であったり照明や音響機材等知らないことも多いと思います。

そこで演劇でなくとも構いませんので、実際に部活モノを執筆した方で練習風景の描写をどうしたのかという具体例(読者の反応による成功失敗は問いません)を教えて頂きたいのと、貴方がもし演劇モノを読むとしたらどんな情報をどの程度知りたいのかを回答して頂けると助かります。

上記の回答(部活モノにおける練習風景の描写についての返信)

投稿者 通りすがり : 0

練習風景だと何の練習をしているのか全く分からずにやらされているやつが好きかな。映画ベスト・キッドの「ワックスかける、ワックスとる」ですね。よくあるパターンです。

小説は絵も音もないので芸術分野の表現て難しいですよね。素晴らしい音楽とか演技力とか文章で書かれてもフーン…て感じですし、読者の想像力に委ねると幼稚園のお遊戯会から劇団四季くらいの差が生まれちゃうし。
なのでミスター味っ子でいう「味王」、のだめでいう「シュトレーゼマン」みたいなキャラを作って、どこがどう凄いのかを適切に評価してもらって読者を作者の意図する方向へ誘導するといいかなと思います。こちらもまぁ定番ですよね。
ただその為には評価してくれるキャラがどれだけすごい人物なのか、この人に評価されるという事はどういう事なのかを作り上げる為に学校外の世界まで手を伸ばさないといけなくなるので大変になりそうですが……。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 部活モノにおける練習風景の描写について

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投稿日時:

元記事:キャラクターに関して 復讐物、ざまぁ物における主人公の性格設定

こんにちは、silicaです。私は、興味があるのと、とりあえず練習兼ねて作ってみよう、ということで色々な類型の作品を作ってみようとしています。

そうした中で、私の中で、どうにも書けないタイプの話が、「ざまぁ」物などと呼ばれる代物です。それで、自分の中で分析したところ、私の作る主人公は概ね、そういう作品において必要とされる、ざまぁされる人物、主人公を貶める人物を無視してしまいます。無視していない時は、主人公にとって面倒くさい扱いなので、サクッと逃げるなり適当に吹っ飛ばしたりしてしまいます。そのために、それらの基本となる逆転劇の様相を全く呈さなくなります。

と、そこまで考えたところで、こういうタイプの話の主人公がどんな性格をしていたか分からなくなってしまったのもあって、タイトルとなっています。
つまり、ざまぁ物や、それに限らず復讐物の主人公とは、どのような性格・人物設定が為されているのでしょうか? また、皆さまはどのような設定をしていますか?
どうぞよろしくお願いします。

上記の回答(キャラクターに関して 復讐物、ざまぁ物における主人公の性格設定の返信)

投稿者 手塚満 : 4 人気回答!

ざまぁ系って、カタルシスを得るパターンの1つですよね。下げてから上げる。半人前の成長物語ですと、最初は無能な主人公をストレートに成長させて勝利条件を満たすようにする。単調に上げて行く。

半人前主人公と違い、ざまぁ系主人公は最初から潜在能力の高さが、少なくとも読者/視聴者/観客に明かされることが多い気がします。だけど主人公は我が道を行かず、低評価してくる連中に固執するわけですね(あるいは読者に固執させる運びにする)。

1.主人公の不遇で読者の共感を得る

つまり、主人公の能力に比べて周囲の扱いが悪いことがよく見える演出を最初からする。これは冒頭から不公平感が出ます。似たパターンは不遇な善人の物語ですね。最後は神とか神の思し召しなどで救われる。シンデレラですと、みすぼらしいけど実は美しいという主人公設定があり、継母や意地悪姉さんがそこを隠しても、魔法使いとガラスの靴で王子に見いだされてハッピーエンド。そうなったシンデレラは継母たちを一顧だにしません。

2.主人公は敵の立場と入れ替わりたい

ざまぁ系ですと、文字通り、虐げていたりバカにしていた連中を主人公が「ざまぁみろ」見返すことが勝利条件となります。屈辱を与えた連中が主人公に負けたと思ったことが、読者にあからさまである必要があります。主人公が味わった悔しさを、虐げた連中が倍悔しがるさまを主人公が間近で見ることで解消する。だから復讐的な話も多くなるわけですね。

3.主人公は他人の評価に依存している

となると、どんな主人公なのかは、部分的ながら見えてきます。主人公が納得するためには、虐げた連中が悔しがるのが必要。ということは、主人公の納得する要因は主人公の外にあります。つまり、主人公は他人の評価を気にしている。特に虐げた連中の評価ですね。

虐げた連中は最初、主人公を低評価する。そこが主人公の不満の核心です。だから、虐げた連中が高評価して初めて、主人公は満たされる。これは半人前主人公の成長物語でも発生します。が、ざまぁ系で必要なのは立場の逆転です。例えば、厳しいが親身な剣の師匠の稽古に主人公は耐え、ようやく免許皆伝と言われ、これからは独り立ちしてより強くなることを決意、ではいけません。

4.主人公は敵のポジションになることで敵からの承認が欲しい

虐げてくる奴らが悔しがることで実質的に褒められたい、という承認欲求が大事です。例えば、えこひいきしてロクに剣を握らせてもくれない師匠のもと、主人公は隠れた素質を開花させ、木の枝一本で師匠にえこひいきされていた師範代を打ちのめし、それを見て恐れる様子の師匠から「ぜ、せひ師範代に」と乞われ、しかし「師よ、もうあなたに興味はない」と言い捨て、道場の看板叩き割って出ていく(面目丸潰れの師匠は没落)、みたいな段取りになります。

これは独立独歩の主人公ではできません。師匠から不遇に扱われたら他所に行くからです。自立心が強い主人公なら、自分の最大の評価者は自分自身です。他人からの低評価なんぞは参考程度にしか思わず、自己評価と欲求の通りに振舞います。他人に依存する主人公だからこそ、「見返してやる」が勝利条件となり、カタルシスも発生するわけです。それも、主人公自らが見返したい他人を評価する側に回ることによって納得するわけです。

5.まとめ:ざまぁ主人公は他者への依存から脱却する

まとめますと、ざまぁ系の主人公の基本的性質は以下の感じ。

・依存心があり、他人の評価で自分の価値や存在意義を感じたり知ったりする。
 →特に不当な評価に敏感で名誉挽回にのめりこみやすい。
・だからこそ、他人を評価することに憧れる。
 →自分が他人の値打ちを決める存在になりたい。
  →そうなると自己評価で納得できるようにもなる。
・それも他人を見下すことによって得られる快感≒勝利条件が最も大きい。
 →自分の優位性を確認できる
  →これも自己評価で納得できるようになる要因。

こう書くと、とても嫌な主人公に見えるかもしれませんが、そうではありません。虐げてた連中を見返した後、たいてい主人公は気持ちから連中を切り捨て、自信を得て独立独歩となります。最後にドカンと大成長(した結果)を見せるわけです。本当のカタルシスは、そこにあるのかもしれません。

カテゴリー : キャラクター スレッド: キャラクターに関して 復讐物、ざまぁ物における主人公の性格設定

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