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脚本の面白さを知るには? (No: 1)

スレ主 アダム 投稿日時:

小説の書き方というより読み方の話になります。

周囲の友人はソーシャルゲームのストーリーにハマっているのですが、自分はそういったゲームのストーリーにいまいちハマることができません。
絵はパターンで決まっているし、地の文はないし、声は時間を食うしで、どうも自分がそうした(特にシリアスな部類の)ストーリーを「魂から」楽しんでいるような感じがしないのです。

自分はとある書籍(何とは言いませんが)を読み、漫画の読者はジャンルごとに異なる眼鏡を持っていること、訓練によってそれを克服できることを学びました。そしてその訓練によって、今まで苦手としてきた漫画をはじめて「魂から」楽しめた気がしたのです。

ソーシャルゲームのストーリーは、漫画や小説のように個人個人の意識が演出に反映されるということが、ほぼ無いように感じます。
自分が読んだ書籍は漫画をいわばテクストとして扱うものであり、漫画になんらかの演出が施され、視点となる人物が用意されていることをほぼ前提としているため、複雑なカメラワークや地の文での比喩などを使うことのできないソシャゲのストーリーを分析することには向かないように思えます。

そのような「ソシャゲのストーリー」(もしくは「戯曲」とでもいうべきモノ)は、読者が自らそれを脳内で演出する権限が強くなると見ることもできますが、それはどこまでいっても「公認されないごっこ遊び」であって、「自分は今椅子として提示されたもの(もしくは使い方の決まっていないモノ
)を勝手に自分で机として使っているのではないか?」という不安が拭えないのです。

何かこうした(演出のない)「脚本それ自体の面白さ」もっと言えば「脚本それ自体でキャラクターを好きになるということ」を(おそらくは読書の終わった後に熟慮することなく、自然と)体験できるように自分の眼鏡を変えることについて、何かヒントになるようなことは無いでしょうか?

カテゴリー: その他

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脚本の面白さを知るには?の返信 (No: 2)

投稿者 サタン : 1 No: 1の返信

投稿日時:

頭の中で回答が二転三転しちゃったからまとまりないかもしれんけど、
漫画も小説も映画もゲームも脚本は基本的には同じで、それを表現する手段が違うだけ。なのでスレ主さんは文章表現を読み取るのが好きという話で絵や映像あるいは音声付きの紙芝居が苦手っていうだけの気がする。
私はどれに対しても苦手もなにもなく物語があるなら全部好きだけど、それというのは、言ってしまえばどの媒体でも自分の中で「脚本」の形にしちゃってるから。
だから、「漫画だからこういう表現になってるけど、小説ならこういう表現になる」とか「映画なら別の展開のほうが良くなるが、小説だからこれがベスト」とかって考えをしたりする。
えっと、「脚本」が根底にあってそれを表現する道具が「文章」なり「絵」なり「映像」なり「ゲーム」なりで別れてるだけ。だから読者として受け取る「ガワ」の部分を意識せず本質だけ読み取ればいい。
スレ主さんは良くも悪くも「読者」なんだと思うよ。

ただ別に、そういった私の読み方が正しいとか優れてるってことじゃなくて、これはある意味メタ的な読み方になっちゃうから、「小説」でもなく「漫画」でもなく「映画」でも「ゲーム」でもなく、その中にある本質的な「物語」を読もうとしちゃうと、これはもう純粋に「読者」にはなれなくなる。

小馬鹿にするつもりはないんだけど良さそうな例えが思いついたんで言ってみるけども、
何も知らない子供に自由に絵を描かせると時々独創的な絵を描く天才少年がいたりする。けど、この子供に才能を見出したからと言って絵画教室に通わせると、途端に平凡な絵しか描けなくなる。
技術は向上するから上手くはなるんだけど、こなれてしまって独創的な才能がなくなってしまう。
独創的な個性って、その人の突出してる癖のような部分だったりするけど、技術や知識って誰でも同じ結果をもたらすような平均化だから、突出した癖を他者と同じ形に平均化してしまう。
そこから一皮むけると学んだ技術が独創性を伸ばすために使われて活きてくるんだけども、
そこまで行ったとしても、もう「何も知らずに名作を見たときの感想」は決して手に入らない。

いや、別に普通に読んで普通に楽しめてるけどね。でもそれは絶対に「創作活動をしてなかった場合の自分」と同じ感じ方ではないと思うよ。

だから、小説や漫画やゲームの中にある物語その脚本そのものの本質的な面白さを知るには、という問いには答えられると思うしスレ主さんが読んだ書籍とはまた別解になると思うけど、それを説明しその思考をスレ主さんが手に入れたら、今度はキャラクターを体感するような楽しみは失われるんじゃないかなと思う。
つまりは、いまスレ主さんが感じてる「不安」とやらは、そう感じるのが正しいんだと思うよ。
不安を感じつつ分析的なことをしながら読むか、物語の面白さのその仕組みはわからんけど素直に純粋に感情移入してキャラクターを体感し楽しんで読むか。
まあ私は仕組みを知るのも楽しいから不安はないけど、これはどっちかだと思うよ。自分の中でスイッチすることは、あるいは両取りするのは、たぶん無理じゃないかな。
慣れてくれば初見はなるべく頭空っぽにして楽むくらいはできると思うけど。

脚本の面白さを知るには?の返信の返信 (No: 4)

スレ主 アダム : 1 No: 2の返信

投稿日時:

返信ありがとうございます。つまり、答えはあるけれども、それを知ってしまうと(小説や漫画のような)「演出+脚本」を楽しむためのある種の感性が失われてしまう、ということでしょうか?

であれば、自分はもう少し今の状況に慣れてから改めて答えを出したいと思うので、今その答えを聞くのはやめておこうと思います。

脚本の面白さを知るには?の返信 (No: 3)

投稿者 読むせん : 1 No: 1の返信

投稿日時:

あー‥‥ホンマに相性はあると思う、あらゆる意味で。

ワタシはわりと乱読のつもりで、なんならBLだって読むねんけどノベルゲーと称されるテキストを小出しにされる形式の文章やと、どんな作品でも途中で投げてしもて読み切れたためしが無い。好きなジャンルでも未だに駄目。

ソーシャルゲームも同様でテキスト小出しにされる形式の時点で無理。
 全部一気に表示しろや、いちいちタルい読み上げ要らんねん、顔グラ要らねー!BGMがしゃらくさい!!スチルだけでええねん!って集中力を散らされて、作品自体に集中できなくなります。
ーーーーーーーーー
あとは「何を楽しむのか?」もあるかも?
上記の気質から、ワタシはアニメーションも正直好きじゃ無い。

 いちおう最後までちゃんと見た作品だと2019年の「エガオノダイカ」くらいだと思う。
「エガオノダイカ」ワタシには、悪い所は多々あるけど、わりと面白い作品だと思ったし、印象に残ってんねんけど一般的には「クソアニメ」、「迷作」、「駄作」なのよね。レビュアーの動画とかもこき下ろしまくりよ。

ただ批判するレビュアーの見ていた「エガオノダイカ」とワタシの見ていた「エガオノダイカ」は、別作品?ってレベルで着眼点が違う。

そんなもんやと思う。

あと一話目の冒頭五分がどうも改訂されたっぽいのも難。あの冒頭見て、これヤベーな!って分かったし。

脚本の面白さを知るには?の返信 (No: 5)

スレ主 アダム : 0 No: 1の返信

投稿日時:

今思いついたのですが、読者の中に「蓄積されたテンプレ的な展開」のようなものがあって、その展開を連想させる/その展開の有無について問題提起するようなものが脚本に盛り込まれているのであれば、それはギャップ萌え的な、いわゆる「読者の本能に基づいた脚本の作り方」であって、努力というより才能の問題だと思うので、もし友人がソシャゲのストーリーを楽しんでいる理由が「それ」だとするなら、この件に関しては考えてもしょうがないという可能性が出てきました。

「それ」では無かったとしてもサタン 様の言うこともあるので、これ以上は考えないことにします。

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自分はとある書籍(何とは言いませんが)を読み、漫画の読者はジャンルごとに異なる眼鏡を持っていること、訓練によってそれを克服できることを学びました。そしてその訓練によって、今まで苦手としてきた漫画をはじめて「魂から」楽しめた気がしたのです。

ソーシャルゲームのストーリーは、漫画や小説のように個人個人の意識が演出に反映されるということが、ほぼ無いように感じます。
自分が読んだ書籍は漫画をいわばテクストとして扱うものであり、漫画になんらかの演出が施され、視点となる人物が用意されていることをほぼ前提としているため、複雑なカメラワークや地の文での比喩などを使うことのできないソシャゲのストーリーを分析することには向かないように思えます。

そのような「ソシャゲのストーリー」(もしくは「戯曲」とでもいうべきモノ)は、読者が自らそれを脳内で演出する権限が強くなると見ることもできますが、それはどこまでいっても「公認されないごっこ遊び」であって、「自分は今椅子として提示されたもの(もしくは使い方の決まっていないモノ
)を勝手に自分で机として使っているのではないか?」という不安が拭えないのです。

何かこうした(演出のない)「脚本それ自体の面白さ」もっと言えば「脚本それ自体でキャラクターを好きになるということ」を(おそらくは読書の終わった後に熟慮することなく、自然と)体験できるように自分の眼鏡を変えることについて、何かヒントになるようなことは無いでしょうか?

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