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本当に書きたいモノはいつ書くべきか?の返信

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本当に書きたいモノはいつ書くべきか?(元記事)

相談はタイトル通りです。
以前、作品の批評をお願いした作品は「本当に書きたいモノの為の習作」的な意味もありました。ネタも「本当に書きたいモノ」を考えてる時に思いついたものです。最初から書き上げる自信がなく逃げというか、とりあえず一冊分を練習の意味も込めて書いてみよう、と言うものでした。
 改めて作品を書いていこうとした最中、じゃあ「本当に書きたいモノ」はいつ書けばいいのか? と思い至ったしだいです。今も書ける自信がありません。 
 しかし、思い出のままにせずに未熟なままアウトプットしても面白いとは言ってもらえないでしょう。思入れがありますから、低評価にさらされば、おそらくすっごい「本当に書きたかったモノ」に囚われてしまうような気がします。だらか逃げたと表現しました。いずれ通道なのでしょうが。
 思入れがない作品ならどんどん、実験的な要素を取り言えれて、失敗したとしても糧として消費できます。それなら、「本当に書きたいモノ」の要素を分解してそれぞれ書いてけばいいのか? となりますとそれで満足しちゃうような……。書きたいモノをかけてるし、数もこなせる。上達する上で理もあります。
 その書きたいモノの現在の構想までの構成単位そのものをバラバラにすることにも抵抗があるよな気もします。
 あらためて、「本当に書きたいモノ」はいつ書けばいいでしょうか?

本当に書きたいモノはいつ書くべきか?の返信

投稿者 【本人から削除依頼】 投稿日時: : 2

 結論から申せば、書きたいものは、今、書けばよいです。むしろ、書きたいものしか書くべきではありません。

 前のご質問で、私としても当初の回答を軌道修正して、モチベを保てるように書いて行けばよいとしたことも理由の一つになります。

 それより、おそらくは大事な理由もあります。揚げ足取りに見えるかもしれませんが、ご質問文から少し引用してみます。

>  思入れがない作品ならどんどん、実験的な要素を取り言えれて、失敗したとしても糧として消費できます。

 この前段で、面白くないなどの低評価を受けると気にしてしまう旨、仰っていますね。その点を考慮すると、上記は低評価を受けても平気とも取れます。

 そのことはいい面もあります。作者として冷静、客観的に感想や評価を見ることができるということです。

 反面、他人からの批評を真面目に、深く考えないリスクもあります。面白くないとか下手だとか言われても、聞き流せてしまう。だって、書きたいものではない≒大事な作品ではないから。そういう言い訳が働いてしまいます。下手すると、執筆が単なる作業に堕してしまいかねません(その後、「自分は何をしているんだろう?」などと)。

 書きたいものを書いた場合だとどうか。高評価を受けたら舞い上がるほど嬉しいし、ここは良かった、あそこで感動したという感想を熱心に読みますよね。一方、あの流れは不自然、ここは変、ラストでがっかり、といった低評価はぐっさりと胸に刺さって痛い。だから、どうしてそういう感想が出たんだろうと気になり、考える。

 一読して分かる文章や情報提示の仕方などの技術的な面は、今の段階だと、書けば書くほど上達します。勘ですが、長編10作くらいまでは、書いているだけで自然と伸びるようです(文章技術指南本を否定するつもりはなく、最初から援用してよい。慣れるか習うかは人それぞれ)。

 ただ、感想というリターンをどうするかですね。個々の感想にあまりに囚われてもいけません。感想は十人十色です。感想者が申し合わせて見方を整えてくれるわけではない。同じ感想者でも、そのときの気分で作品から受ける印象が変わったりもする。

 感想はそれぞれが一読者のしかもある時点特有のものと承知した上で、しかしせっかく読んで感じたことを言ってくれたのだから、今後に活かしたいものです。

 たとえ、低評価の感想を読んだ直後は悔しかったり、失望したりしたとしても、ですね。なぜなら、感想が得るものが大きかった証拠でもあるわけですから。ですから、作者として胸に刺さりやすい感想を得るようにすべきでしょう。

 高評価はモチベにつなげ、低評価はバネにする。今のご質問で申せば、書きたいものを書くべき、ということになります。

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 その他の理由として、「特異性の原則」があります。練習であっても、継続的にやれば、練習したことが最も上手になるという経験則です。書きたいものを書くための練習なら、書きたいものを書くのが最も効率のいい練習になります。加えて先に申し上げた守破離の守もあります。習熟過程での混乱と非効率化を避けるなら、ジャンルや作風を書きたいもの一つに絞るべきです。

 しかし、書きたいものではないけど、試しに書いてみるってあります。作者としての実験的作品ですね。これは書きたいものが行き詰ったとき、打開策を求めたり、作風の幅を広げる手がかりになります。

 ですが、あくまでも行き詰るほどやり込んだ場合に有効です。真剣に行き詰ってみないと、「試しに書いてみる」効用は理解しにくく、身に着きにくいと思います。

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