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バトルのリアリティと見た目の良さを両立するにはどうしたらいいでしょうか? (No: 1)

スレ主 壱番合戦 仁 投稿日時:

こんにちは。
竹牟礼と申します。
アニメを見ていていつも思うのですが、 どこのアニメはなぜ「戦闘にリアリティを追求しないんだろう?……、なんか違う」 と違和感を禁じ得ませんでした。
その違和感をヒントに 自分の作品に落とし込んでみたのですが、戦闘について想像以上に執筆は困難を極めました。
僕が現在書いている小説に、重力魔法を使える古流空手家の少年が登場しているのですが、 リアリティを追求しすぎた結果、 見栄えが悪くなってしまったのです。
本来空手というのはちゃんと描写すればそのままでもカッコ良いものだと思うのです。
想像してみてください。
迫り来る人型魔物たちの攻撃を次々に夫婦手(めおとーでぃ)、つまり 引手を使わず両手でスパパァーン!!と捌きまくり、『崩し』を使って薙ぎ倒す姿を。
あらましを語るのは簡単ですが 描写するのは難しいです 。
これもひとえに僕の空手の経験不足による
ボキャブラリー不足 が原因だと思うのですが、どうすれば補えると思いますか?
またアニメを見て「この戦闘シーンはいくらなんでも荒唐無稽すぎるだろ……」と 思った方は 是非ともご意見をお聞かせください。
何卒よろしくお願いします。

カテゴリー: ストーリー

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バトルのリアリティと見た目の良さを両立するにはどうしたらいいでしょうか?の返信 (No: 2)

投稿者 サタン : 2 No: 1の返信

投稿日時:

まずは、「リアリティ」を誤解している、ということ。
これをそのまま直訳して「現実的」と考えると、どんな物語も地味になります。
今回は戦闘が主旨ですが、恋愛やミステリあたりを「現実的」に考えてみて下さい。
特に人間関係などは興味をひかれるような個性的なキャラクターは現実的ではありませんし、「普通の男女」が「普通に恋愛」する「普通の話」これが一番「現実的」と言える形になるでしょう。

いやいや、「こういう個性的な人物もいるかもしれないだろ?」と考えたりするでしょう。
あるいは、「彼はすごく貧乏だから、こういうお金の執着する個性的なキャラクターなんだ」など説明があったりもするでしょう。
そういう「かもしれない」を「ありうる」に決定付ける「説得力」が、創作の上で「リアリティ」と呼ばれているものです。

言い換えると、「有り得ない」ものを「有り得る」と思わせる「説得力」が「リアリティ」です。
考えても見て下さい。
「有り得ないもの」を「現実的」に書けば、そりゃ「有り得ない」に決まってるでしょ? 現実に無いんだから。
難しいのは当たり前です。おそらく不可能に近いほど難しいでしょう。
一方で、「有り得ない」ものに「有り得ると思わせる説得力」があれば、「あるかもしれない」と思うでしょ? 胡散臭い超能力番組なんかも、タネがあると思っていても「もしかして」って思う気持ちの少しはあるでしょ?

だから「リアリティの追求」というこの言葉の解釈が、そもそも間違っていると思います。
「戦闘にリアリティを追求しないのは何故だろう」という疑問があるようですが、たしかに「現実的」という意味で言えば「リアリティ」はないでしょう。
しかし「説得力」という意味で言えば、「だからこういう形になってるんだよ」と答えられます。
つまり、「拳の風圧で敵を吹っ飛ばす」という有り得ない描写はあるけど、そのおかげで「この男は人間とは思えないほど強いんだ」ということに説得力が生まれる。
そして同時に「拳圧で敵を吹っ飛ばすくらいだから、眼力だけで敵を圧倒させるのも頷ける」と「ありえない出来事」に説得力を持たせて行ける。
基本的に、少年向けの物語の戦闘はこうした事の積み重ねで、竹牟礼さんが言う所の「リアリティのない戦闘」が繰り広げられてるわけです。

一方で、「現実的な戦闘」を題材にした漫画は、実は少なくなくありません。
古代ローマを舞台にした「セスタス」とか、現代社会のストリートファイトを題材にした「ホーリーランド」とか。
でも、それらは比較的読者の年齢層が高く設定されています。
「現実的な戦闘」にテーマを置くと、書ける内容が「人間関係」に向かうことが多いためですね。
何故かと言うと、最初に書いたけども、「現実的な戦闘」ってどんだけカッコよくても、言ってしまえば「普通の戦闘」なんですよ。現代日本人の予想の範疇を越えない想定の範囲内の展開しか用意できない。だって現実的なんだもの。当たり前ですよね。
すると、どこで盛り上げるかと考えりゃ、対する相手との人間関係などになり、他者の苦悩を理解し共感できる年齢層が対象となるわけです。
「現実的な戦闘シーンの追求」をするなら、それを盛り上げるためのドラマが必要です。
少年漫画の場合は、盛り上げる要素としての戦闘があります(だから現実的な戦闘ではないわけですね。あくまで盛り上げる道具なので、説得力があればいい)。しかし「現実的な戦闘」を主旨とした場合、こうした少年漫画と同じ手順は使えないので、人間関係など「戦闘中に盛り上がるなにがしかの要素」が必要になってくる、というわけです。

そんなわけで、スレッドのタイトル
「バトルのリアリティと見た目の良さを両立するにはどうしたらいいでしょうか?」
を、「現実的な戦闘の見た目をよくするには?」という意味で答えると、「戦闘」とは別のところに「盛り上がる要素」を用意する必要がある。という答えになります。
また同時に「リアリティ」を「説得力」という意味で答えると、逆に「現実的な」という概念は捨てた方が良い、と答えられます。
有り得ない戦闘シーンでも説得力があって読者が納得できれば、それはその世界では「現実的なシーン」なんですから。

小説で格闘シーンを書くなら餓狼伝が参考になります。 (No: 3)

投稿者 うっぴー : 1 No: 1の返信

投稿日時:

夢枕獏の小説『餓狼伝』は、格闘小説の金字塔と呼ばれ、バトルのリアリティと見た目の良さが見事に両立されています。
人気格闘漫画の『グラップラー刃牙』の作者・板垣恵介さんによって漫画化もされています。
リアリティのある格闘描写を書きたいのであれば『餓狼伝』が参考になるでしょう。確認したところ、Kindleで270円で売られていました。

また、サタンさんもおっしゃっていますが、格闘描写の緊迫感を追求すると、行き着く先は人間心理や人間関係になると思います。
餓狼伝は異種格闘技戦を描いています。自らの流派こそ最強と自負する空手とプロレスの2つの組織が対立し、絶対に負けられないという状況で戦うことによって、バトルに緊迫感を与えています。

バトルのリアリティと見た目の良さを両立するにはどうしたらいいでしょうか?の返信 (No: 4)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 0 No: 1の返信

投稿日時:

 以下、いわゆる「個人研究」です。一般に言われていることと相違があるとは思いますが、「自分なこんな風な考えです」で回答しているもので、予めお詫びしてご了解をお願いします。

1.フィクションにおける嘘

 フィクションについては、リアルとリアリティは(英語の)原義とは異なる意味で用いられることが多いようです。原義だと形容詞リアルの名詞がリアリティですので、本来は意味が大きく異なるはずはない。

 だけど、フィクションについては対立的な概念となっています。不正確になるのは承知で、短く、単純化してみます。以下のような違いがあります。

 リアル:現実
 リアリティ:迫真

 リアルは現実にあるものをそのまま描けばいい。問題はリアリティです。迫真、すなわち「真に迫る」。真=現実と考えてよく、ではなぜ現実に迫る必要があるのか。嘘だからです。嘘を本当にあるかのように思わせることがリアリティとなります。

 嘘については格言的なものをいろいろ目にします。

> 「大きな嘘はついてもいいが、小さな嘘はつくな」が脚本の鉄則。(三宅直子)

> 「驚き」を作り出すときは、「信じられないけれども可能である」ことがらよりも、「ありそうでありながら実際には不可能である」ことがらのほうを選ぶべきである。(アリストテレス)

> 出来すぎだとか嘘だとかそんなバカな話があるわけないだろうと言われるところを、いや、あるんだよ、と見せる手立てが「リアリズム」なんだよ。(笠原和夫)
(この「リアリズム」は、リアリティ(迫真)を成立させる手法、の意味だと思う。)

> 小説は事実ばかりで書くのではなく、嘘を混ぜたほうが、より真実に近いのではないか、と考えます。事実と真実は別のものです。真実の中には半分嘘が混じっているのです。(車谷長吉)

 フィクションでは、信じ難い大嘘をついてしまえ(しかし、つじつま合わせの嘘は見破られるからダメ)、その大嘘をもっともらしく見せろ、だって嘘を交えないと真実と感じられないから。といった感じです。なんと申しますか、フィクションでは大嘘で騙すのが正義、みたいな感じですね。

2.竹牟礼さんが抱いておいでの違和感

 とはいえ、アニメなどでリアリティを感じないことが多くなられたわけですね。私ですと、今時点で放映中のだと「牙狼〈GARO〉 -VANISHING LINE-」は、バトルに凝って作った回限定ですが、大いに満足できる戦闘描写があります。でも、あの戦闘は実際にはあり得ないことも分かります。そう承知していながら、面白がれます(実写の牙狼シリーズも同様)。

 ご質問からしますと、沖縄空手に魅力を感じてお出でのようですね。夫婦手という技(各種技法の複合技にして精髄でもある?)について、仰る内容からどういうアクションかは分からないものの、魅力を感じておられることは伝わってきます。
(余談ですが、よく分からない複合技といえば、以前に「八極拳に伝わるとされる『猛虎硬爬山』ってどんな技?」と思って調べようとしたら、いくつも違う説明があって、結局分からなかったことも。)

 荒唐無稽(大嘘)が真に迫って感じられない理由は、非常に現実的な動きでの格闘技をよくご存じで、良いと感じており、大好きであるから、ではないでしょうか。ですので、格闘戦について、リアルなものが観たいと感じているのかもしれませんね。リアリティ(迫真)の対極のリアル(現実)ですから、アニメなどのリアリティに魅力を感じない、違和感があるのも無理からぬことかもしれません。参考にもならないでしょう。

 しかし、フィクションを作るにあたっては沖縄空手そのものでは相対的に見栄えがしない(他のフィクションでは派手だし、格ゲーでも同様)。そこで、異能をプラスしようとされたのでしょうか。対する敵もリアリティのバランスを取って魔物(人型であるのは格闘戦を成立させるのに必要)。

 ご自身がバトルでお求めなのは、「大嘘からのリアリティ(迫真)ではなく、リアル(現実)がベースである」ことを、きちんと認識するところが出発点になるような気がします。そこに加味する異能と魔物敵については、リアリティを適用するという段取りになりそうです。

 リアルから発想した作品では、かなり古く、中国拳法コミックですが「拳児」(原作:松田隆智、作画:藤原芳秀)があります。全て現実の格闘技法に基づいており、あり得ない技や体術は出て来ません。ボクシングの「はじめの一歩」(森川ジョージ)もリアルベースらしいのですが、未読でよく分かりません。格闘描写がリアルでも、人気が取れる作品はあるわけですね。

 なお、同じボクシングでもさらに古典な名作「あしたのジョー」(原作:梶原一騎、原作、作画:ちばてつや)だと、現実にはあり得ない必殺技が多用され、「リングにかけろ」(車田正美)だともう、人類の戦いじゃない(だからいい、でもある)。夢を見るなら大嘘がやりやすい、ということ以外に、「子供がうっかり真似できない」というメリットもありそうな気がします。すみません、脱線しました。

3.アニメ、コミック、文章で描写できることの違い

・アニメ(実写も同様):アクションをそのものずばりの動きで見せる。
・コミック:アクションの極め部分を止めて見せ、読者がその前後を補完する。
・文章:アクションを説明し、読者が脳内で映像イメージ化する。

 こうなってしまうのは、「絵」の情報量の多さに比べ、文章は圧倒的に情報量が少ないからですね。単語は記号でしかありません。だもんで、言葉から記憶をたどってイメージ化するしかない。かつ、必然的に読者側に知識がないとわけが分からない描写になってしまう。「夫婦手」と書かれても、(夫婦+手、という単語分解からの連想は利かないため)知らなかったら何のイメージも想起できない。

 などと書いていて思い出したのが、「とある魔術の」アニメです。一部の批評では「バトルが舌戦主体、アクション少なめ」でした。確かにそういう面があったかも、と思います。おそらく、原作が文章作品だからなんでしょうね。相手に勝てる理由を説明→その通りになる(順序が逆のこともある)、という流れなわけで、論理と心情を表すのが得意の文章ならではのことだったんだと思います。しかし、絵にしたら、絵が原作で動きの激しい、例えばドラゴンボール等の迫力は出しにくかった。

 まず間違いなく、文章で絵的な見栄えを際立たせようとしても、結局はアニメ、コミックに太刀打ちできないと思います。下手すると、読者視点からは「絵が描けないから、仕方なく文章でやっている」になりかねません。絵的なことは譲歩し、読むのが楽なようにアクションはシンプルに、その代り、戦う/勝つ仕組みと気持ちを織り込んだ描写にする、みたいな方針が必要になると思います。

 しかし、やはり決め技はきちっと描きたい。シンプルな、例えば「正拳中段突き」では物足りない。見栄えする必殺技が欲しい(現実にある、夫婦手でもいい)。特にラストの決着などですね。その場合は、いろいろ方法があると思いますが、例えば「必殺技を習得する過程を描く」があると思います。修行シーンですね。

 技を会得していく描写ですから、自然と技の説明になります。コミックですが、上述の「拳児」でも、そのことがうまく用いられていたように思います(中国拳法を紹介する意図もある作品だからではあるけど)。

 敵に負ける→こういう技があれば勝てるかも→その技はこういうもの→こう修行する、となるわけです。必殺技が強力であることも、自然と描けますね。非常に苦労して習得する描写が入るわけですから。

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本来空手というのはちゃんと描写すればそのままでもカッコ良いものだと思うのです。
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