小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

セロさんの返信一覧。最新の投稿順2ページ目

元記事:キャラクターポイントを一言で表すにはの返信

小説技術の本ではありませんが、下記の書籍は参考になるかと思います。

仕掛学―人を動かすアイデアのつくり方/松村 真宏
表現の技術―グッとくる映像にはルールがある/高崎 卓馬

モノの形質や形状が人間の認知に与える影響や方向性についてかかれています。

より詳しくはアフォーダンス理論を勉強するとよいかと思います。

上記の回答(キャラクターポイントを一言で表すにはの返信の返信)

スレ主 セロ : 0 投稿日時:

ありがとうございます。さっそく探してみます。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: キャラクターポイントを一言で表すには

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現在までに合計6件の投稿があります。 5件づつ表示中。現在全2ページ中の2ページ目。

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こんばんはです。 いつもお世話になっております。 主人公は、競輪選手になるために真面目に練習してるのですが新入部員は、競輪選手に... 続きを読む >>

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元記事:女キャラクターの体型

女キャラクターの体型について決めかねています。体型としてはストレート/ウェーブ/ナチュラルがあるかと思いますが、髪や目の形や色でキャラクターの性格にイメージがあるように、またクレッチマーが体型によって人を分類したように、キャラクターの体型及びそれに似合う衣服などにもイメージがあるのでしょうか。

上記の回答(女キャラクターの体型の返信)

投稿者 ヘキサ : 0

……骨格診断のストレート/ウェーブ/ナチュラルという用語を知っているのでしたら、フツーに似合う衣服も本やファッション雑誌で紹介されていると思うんですが。

私は日本文芸社「骨格診断とパーソナルカラー診断で見つける似合う服の法則」である程度把握しましたが、主にリアルで服を選ぶのに参考にしているだけで、小説に応用はあんまりしていませんね。気にしすぎると服選ぶのに苦労しますよ(苦笑)

……あ、でも色彩検定のほうはそこそこ活用してます。「そんな目に悪い色の組み合わせやらんわ!!」とかいうのがありますので。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 女キャラクターの体型

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投稿日時:

元記事:現在「看護師」 昔「看護婦」 使うとき

大正時代や昭和初期の作品を書く場合でも、現代人が差別用語に認定し変化させた「看護師」を使わなければならないのか、時代考証を考えて「看護婦」でもいいのかが以前から気になっています。
読者が「看護婦は差別用語です」とつっこんできたら、創作上の全体像や雰囲気で不都合が生まれると思った次第です。
例えば「ナイチンゲールは夜の帳が降りる不安のなかにも人々の心に寄り添い続けた看護婦でした」と「ナイチンゲールは過酷な戦場下でも献身的に人々の看病を続けた看護師であった」では雰囲気や伝わり方が違います。付属の言葉選びは名詞の雰囲気に合うものを即興でつけただけですが。
看護師は私の感覚的に堅い感じでより行政的な感じで、極めて現代風な映像しか浮かびません。最新鋭の機器に囲まれた清潔な病院とか。このように人によっては言葉の持つ映像がついてまわるのではないかと思うんです。どちらしにろ名称に関係はなく立派な職業に変わりはないものですが。
あとは「

江戸時代まで来るとさすがに今現在はいないけど、「武将」は(差別用語関係ないし、当てはまる役職でいえば大地主あたりでしょうけど)使ってますよね。
さすがに明治・大正の男性作家作品に多くみられるものですが、「妾(「わたし」と読むらしい)=女性が自身をへりくだって言うもの」は現代ではどう読んだって、ご主人が本妻以外に屋敷に愛人として抱え込んでた「めかけ」につながるから使わないとしても。「わらわ=あるていど高貴な雰囲気もあるような感だが、成人女性が自身をまだ子供のように言うもの」は使えると思いますけど。

上記の回答(現在「看護師」 昔「看護婦」 使うときの返信)

投稿者 あまくさ : 1

小説を書いていると、そういう言葉の選択にはしばしば悩まされますね。
そこには似て非なる二つの問題が複合しています。一つは「考証」の問題、もう一つは「情緒」の問題です。
また、作品の地の文が一人称か三人称かにも係わってきます。一人称の場合はより厄介なので後述するとして、以下は三人称の場合で考えてみます。

大正~昭和初期を舞台とした三人称であれば、地の文では「看護師」。セリフの中では「看護婦」。安全策を重視するなら、これが無難です。
時代を考えればセリフの中にまで「看護師」と書いてしまうと時代考証として違和感が強すぎます。昨今問題視される用語の中でも「看護婦」は身体や精神の障害を指す言葉ではないので、セリフとして使うくらいはセーフでしょう。
一方で三人称の地の文はあくまで客観的叙述になりますから、大正時代を舞台とする小説で現代用語を使っても問題ないのです。それがダメだと言い出すと、すべての用語や言い回しを当時のものにしなければいけないことになってしまい、それをやったら現代人にはかなり読みにくい文章になってしまいまうでしょう。

以上が「考証」の問題になります。
しかし「情緒」の問題となると話が違ってくるんですね。

>看護師は私の感覚的に堅い感じでより行政的な感じで、極めて現代風な映像しか浮かびません。最新鋭の機器に囲まれた清潔な病院とか。このように人によっては言葉の持つ映像がついてまわるのではないかと思うんです。

これは「考証」というよりも、どちらかと言うと「情緒」の問題です。あえて語弊をおそれずに言えば、「看護師と書くと雰囲気がこわれ、作者の表現したいイメージにそぐわないからイヤだ」ということかと。
と言っても、けして情緒を軽んじているわけではありません。小説は論文でもビジネス文書でもありませんから、言葉の選び方によって伝える情感が大切なのは論を俟ちません。
ただ前述したように、すべての用語と言いまわしをその時代に即したものにしてしまうのは現実的ではありません。なので小説は、多かれ少なかれ現代的な文章をベースにして、そこに時代にあった言葉を適当に散りばめるなどのアレンジを施して書かれているものなのです。
「看護師」ではイメージが伝わらないというお気持ちは分かりますが、一つ一つの用語にこだわらない文脈全体やエピソード、人物描写によっても情感は表現できます。そういうテクニックにも目を向けることをお勧めします。

さて、後述すると書いた一人称の場合です。
一人称の地の文はその時代の誰かが語っているという設定になりますから、「看護師」という当時使われていなかった用語を入れるのは少し厳しいですね。
なので三人称のセリフと同じ考え方で「看護婦」くらいは許容範囲(身体的・精神的な障害を示す用語と比べたら)と割り切って使っておいてもいいんじゃないでしょうか。
もし心配なら、あざらしさんが提案されているように冒頭にでもその旨の但書を入れておけばいいのではないかと思います。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 現在「看護師」 昔「看護婦」 使うとき

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元記事:設定、プロットがありきたりになってしまうことに関して

初めましてこんにちは。
はじめてこちらの掲示板を利用させていただきます。
さて今回の相談なのですが、プロの方の作品と自分の作品を比べるとどうも「ひねり」が全体的に足りないように感じます。キャラクターにも、ストーリーにも、会話にもひねりが足りてないと思います。つまり、読んでいても読者の想像上であり、吸引力がないというか、「次が読みたい」と思わせる力が弱いと思うのです。
そこで、このひねりというか独自の発想力をつける方法を教えていただけないでしょうか?
また、独自のトレーニングをしている方などが居たら、教えてください。

上記の回答(設定、プロットがありきたりになってしまうことに関しての返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 0

 ご質問が要は「面白いアイデアを出す方法は何か?」みたいなことで、そう言われても「そんなことに具体的な方法論があるんなら、こっちが聞きたい」ような気がしてしまい、なかなか手が出せませんでした。

「ひねり」というのが、興味を持たせるとお考えで、その線ではtさんからサタンさんのご解説で、素材を使い切る(勝手に意訳すれば、素材が内包するひねりも自然と含まれて来る)、黒鐘さんからは自分の作品のオリジナリティ(他の作品にないものを作れば、他の作品と比べてひねりがある)ということから、一応の方向性を見出されたようですね。

 辞書で「ひねり」(ひねる)を調べるといくつか語義があり、その一つが「深く考える」。素材を使い切るためには、素材について考え抜かないとできませんよね。あるいは「普通と違う物にする」という意味もあって、オリジナリティの一面を言い当てているような気がします。

 ともかく、一段落したようですから、ちょっと小手先の話を少し。雲鈍さんは「ひねり」に「次を読みたい」と思わせる力を求めてお出でですね。次を読みたくなる要素の一つとして、疑問を解消したいというものがあります。

 読んでいて生じる「これ(←ここ、割と大事)、なんだろう?」ですね。ただ、あれもこれも分からないようでは、かえって「これ、なんだろう?」は生じません。疑問は理解の中の欠けたピースですから。全体が疑問だらけなのは、意味不明であって、興味を失わせるだけです。

 ですので、八割がた分かって、残り二割が分からないようにすることが必要です。そうできれば、せっかく八割分かったんですから、二割を知りたくなります(好奇心だけでなかう、経済学でいうサンクコストがいい形で作動している)。

 ちょっと、シーン例を考えてみます。

「主人公が水のない荒野をさまよい、ようやく井戸を見つけた。時刻は夜で、井戸をのぞき込んでも中がよく見えない。そこで主人公は傍らにあった小石を拾って井戸に落としてみる。
 しかし期待した、ポチャンという水音は返ってこない。小石が硬い底に落ちたカランという音もしない。小石が落下し続けて速度を増したらしく、ヒューという風切り音が聞こえたが、やがてそれも遠ざかって聞こえなくなった。」

 こうすると、自然と井戸がどうなっているか、知りたくなってきます。

(実は上記は星新一氏のショートショートをちょっと改変。原作だと、底なしの穴らしいと思われて、国中の面倒な廃棄物がその穴に捨てられるようになり、廃棄物問題が解決したと喜んでいたら、数年して、最初に穴に投げ込んだ石が空から落ちて来た、で終わる作品です(その後、大量の廃棄物が空から落ちてくると暗示)。)

 ただし、このまま井戸の底を放置してはいけません。とりあえず、井戸の底がどうなっているかは次のシーン(あるいは節、章)で一応の解決をしておきます(例えば、なぜか石が跳ね返って来た→後述する新たな疑問の伏線でもある)。

 ひとまず読者は、井戸の底について何らかの納得をする。しかし、その一応の解決の中に、あらたな疑問(これもやはり全体の二割程度)を生じさせる段取りにします(例えば、井戸から「痛えな、こん畜生!」という声がした→誰だ?)。

 もちろん、続きを読ませたくなる要素はいろいろあるわけですが、個人的には最も使いやすいのが「疑問を少し残す」なもので、これ一つだけ取り上げて説明申し上げてみました。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 設定、プロットがありきたりになってしまうことに関して

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