キャラクターの心理描写関係の質問の返信
元記事を読む
キャラクターの心理描写関係の質問(元記事)
どうもこんにちは。自制するとか言った次の日にはまた書き込みしていますが長い付き合いの知り合いの方から「早まりすぎだ」という指摘を受けたので、書き込みさせて頂きます。
ちなみに今後は「応対すればトラブルになる可能性濃厚」と判断した書き込みには返信しないことにします。
まあそれをしたらしたで「不誠実な奴」と思う人もいるでしょうけど……
今回現在執筆中の長編のキャラクターの心理描写関係で相談したいことがあります。
(ちなみにノベル道場に掲載した作品です)
そのキャラクターは第2部以後から登場するキャラクターなのですが、自分で考察して心理描写関係に矛盾が出そうだなと思ってしまいました。(厳密には第1部最終話で登場しているのですが、現状ではチョイ役です)
そのキャラクターは妖精の王という設定で、愛情が最も大事なものだと思っている大地の妖精という設定です。
物語の役割としては主人公達の味方という立ち位置で、侵略者の戦艦への破壊工作へ協力するという重要な役割のキャラクターになります。
侵略者は友達の妖精の島に攻撃を加えるつもりで、それを友達が先に察知したから破壊工作に協力してくれと出向いたのが話の流れです。(それに同行するのが主人公です)
協力の際は戦艦を破壊するための爆弾や油などの調達をするのですが、その手口が愛が大切なものだと信じている割には過激なのでは、という気がしてしまいました。
過激にならないように以下の理由付けを考えたのですが、どれも何かしら矛盾が生じかねないような気がするのですよね。括弧の中が懸念点です。
1友達の助けだから破壊工作に協力した(友達のためにならいくらでも冷酷になれるということの証明になってしまう)
2自然を荒らす者は誰であろうと許さない、という信念で協力した(自然を荒らすものが嫌いということは、愛情を大事にしている割に人嫌いなのでは?)
3友達の島の生き物達を守るため、心を鬼にした(同じく人嫌い説浮上案件。人間以外には愛情を向けてるだけマシ?)
皆様はどれが違和感が少ないと思いますか?
キャラクターの心理描写関係の質問の返信
投稿者 あまくさ 投稿日時: : 0
1・2・3のどれもありだと思います。違和感はありません。
1 誰かを助けることは多くの場合、誰かを助けない、または誰かを傷つけることにもつながります。そこで選択する勇気がなく、躊躇して結果的に両方を犠牲にすることが本当の優しさでしょうか?
2 自然を大切にすること=人間嫌いですか? 自然を荒らす者を憎むこと=人間を憎むことですか?
その理屈、どこかおかしくないでしょうか?
愛を大切にし、同時に自然を荒らす行為を憎んだとしても、なんら矛盾はないと思います。
3 愛と憎しみは表裏一体です。
愛する者を苦しめる存在。そういう存在を憎むことは、むしろ自然です。強く愛するということは、強い感情をもっているということ。だから強く愛する者は、強く憎む者なのではないでしょうか?
愛は大切だと信じるならすべてを愛さなければならないという「博愛主義」。そんなのは私には偽善としか思えません。
愛は温かく豊かな感情ですが、感情は論理に束縛されません。愛は本来身勝手なものであって、倫理とは無縁のものです。
カテゴリー : キャラクター スレッド: キャラクターの心理描写関係の質問