三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写についての返信
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三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写について(元記事)
視点移動についての疑問です。
現在三人称で小説を書いているのですが、視点移動がタブーという話を聞きました。
三人称というカメラが映している人間の心理描写を、カメラで映す人間を変えて何人もやっていいのか気になり、相談させていただきました。
説明が下手で申し訳ないのですが、具体的に言うと、男、女の2人が同じベッドにいるとします。男をA、女をBとしたときに下記の例文のような描写の仕方をしていいのか気になりました。
朝日が差し込むベッドの上でAはBの穏やかな寝顔を見つめていた。緊張から一睡もできなかったAはぐっすりと眠るBの幸せそうな顔に少しばかりの恨みとそれを大きく超える愛おしさを感じている。頬に軽く唇を触れさせ、優しく髪を撫でると、触れられたことに気が付いたのかBの目がうっすらと開いた。
「おはよう、B。よく寝れた?」
「おは……、っ!?」
一緒に寝ていたことをすっかり忘れていたのかBの目が大きく開く。ぽやぽやとした眠気が一気に吹き飛ぶのを感じたBは、羞恥心からベッドを飛び出し勢いよく平手を振りかざした。
この場合、Aの恨みと愛おしさという心理描写した後、会話文を挟んでBの眠気の吹き飛んだ感覚や羞恥心を描写するというように、カメラがAからBに移るのですがこのような視点の変わり方をしてもいいのでしょうか?
そもそも三人称でこのような心理描写をしていいのでしょうか、その人物しかわからない心理を描写してしまったら一人称になってしまうのでしょうか。
三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写についての返信
投稿者 あまくさ 投稿日時: : 0
>そもそも三人称でこのような心理描写をしていいのでしょうか、
先にこちらについて説明します。
三人称でキャラクターの心理を描写することはまったく問題ありません。一人称と三人称の違いは、描写が主観的か客観的かということだけなんです。
Aが花を見て美しいと感じたとしますね。
花は美しい。これはあくまでAの主観的印象にすぎません。しかし、花を美しいと感じたAの心理の動きは客観的な事実なんです。だから、三人称での描写が可能です。
>Aはぐっすりと眠るBの幸せそうな顔に少しばかりの恨みとそれを大きく超える愛おしさを感じている。
この例文では、Bが本当に幸せなのかどうかは判りませんが、寝顔がAの目には幸せそうに見えたことと、Aが少しばかりの恨みとそれを大きく超える愛おしさを感じていることは客観的な事実です。それを淡々と叙述しているのであって、三人称のごく普通の書き方です。
この点をふまえて、次に視点移動について考えてみます。
三人称の視点にはキャラクターの目を通すものと、そうではない空中を浮遊しているようなものの二種類があります。カメラに喩えられるのは後者です。
例文は、
>朝日が差し込むベッドの上でAはBの穏やかな寝顔を見つめていた。
と書かれています。AはBの寝顔を見つめていたと明記され、続いてAの内心が語られています。ということは、これはAの目線でBの様子を描いているということであり、前者(人物視点型の三人称)になっているんですね。
こういう書き方をすると、読者は自然にAの目線から物語を眺めるようになります。それが急に、
>ぽやぽやとした眠気が一気に吹き飛ぶのを感じたBは、羞恥心からベッドを飛び出し
とB視点にワープしてしまうと、読者に強い違和感を与えます。
違和感が有ろうと無かろうと小説はどう書いても自由なのですが、読者が物語に没頭する妨げになってしまいますから得策ではありません。
◎Bは眠気が一気に吹き飛んだ様子で、恥ずかしそうにベッドを飛び出し勢いよく平手を振りかざした。
こう書いても内容は同じですから、どうせなら視点は一致させた方がいいでしょう。
小説にかぎらず、物事には、
「やっちゃいけないって決まりもないけどね……でも、それはやっちゃダメよ」
みたいなことって有るものですよ。
カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写について