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三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写について (No: 1)

スレ主 ヨー 投稿日時:

視点移動についての疑問です。
現在三人称で小説を書いているのですが、視点移動がタブーという話を聞きました。
三人称というカメラが映している人間の心理描写を、カメラで映す人間を変えて何人もやっていいのか気になり、相談させていただきました。
説明が下手で申し訳ないのですが、具体的に言うと、男、女の2人が同じベッドにいるとします。男をA、女をBとしたときに下記の例文のような描写の仕方をしていいのか気になりました。

朝日が差し込むベッドの上でAはBの穏やかな寝顔を見つめていた。緊張から一睡もできなかったAはぐっすりと眠るBの幸せそうな顔に少しばかりの恨みとそれを大きく超える愛おしさを感じている。頬に軽く唇を触れさせ、優しく髪を撫でると、触れられたことに気が付いたのかBの目がうっすらと開いた。
「おはよう、B。よく寝れた?」
「おは……、っ!?」
一緒に寝ていたことをすっかり忘れていたのかBの目が大きく開く。ぽやぽやとした眠気が一気に吹き飛ぶのを感じたBは、羞恥心からベッドを飛び出し勢いよく平手を振りかざした。

この場合、Aの恨みと愛おしさという心理描写した後、会話文を挟んでBの眠気の吹き飛んだ感覚や羞恥心を描写するというように、カメラがAからBに移るのですがこのような視点の変わり方をしてもいいのでしょうか?

そもそも三人称でこのような心理描写をしていいのでしょうか、その人物しかわからない心理を描写してしまったら一人称になってしまうのでしょうか。

カテゴリー: 文章・描写

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三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写についての返信 (No: 2)

投稿者 あざらし : 2 No: 1の返信

投稿日時:

まず始めに、何故タブーが存在するのか。
小説に限らず、演劇でも映画でも漫画でもタブーが存在します。
これは『観衆や読者が物語を楽しむことを阻害する恐れがある』からです。観衆が存在してこそ成立する、だから物語に集中してもらうように邪魔になる雑音を排除しましょうという、当たり前っちゃ当たり前の話し。
言い方を変えれば(観衆からすれば)『タブーを犯した”おかげで”物語をより楽しめるならば、なにをやって頂いても結構です』ということです。
要するにタブーを軸に(楽しむことを阻害する)(より楽しめる)という相反することを埋めるには技術や計算が必要で、そこに問題がなければ工夫そのものは歓迎されます。
手塚治虫氏の漫画でもよく見かける基本的なコマ割から逸脱した工夫、あれは技術と計算が支えになっているということですね。

>そもそも三人称でこのような心理描写をしていいのでしょうか、その人物しかわからない心理を描写してしまったら一人称になってしまうのでしょうか。

ここまでのことを大前提、下敷きとして続けますが、おそらく人称に対する認識がごちゃごちゃになっています。
ちょっと整理から始める必要性を感じました。

【一人称】
基本的には主人公を指し、物語は主人公が(見た)(感じた)(思考)を通して描かれます。当然ながら(主人公が認識し得ないこと:例えば他人の思考や、主人公が存在しないシーンで起きた出来事)は書くことができません。これをすると「超能力かよ!」という脱力感、人によっては「読んでられない」という感想を産みます。
一人称をカメラの視点で例えるなら、no more 映画泥棒です。(頭部がカメラになった例のアレ)
本当に映像で一人称をやると【イリヤ・ナイシュラー監督:ハードコア(2015)】という映画のようになります。映画として個人的には特筆してお勧めするレベルにはありませんが、人称を理解しやすいと思いますので予告編のリンクを貼っておきます。http://y2u.be/UI1Ovh5JnOE
視点人物を変えるというのは、幽体離脱して他人に乗りうつるようなものですので、読者が混乱もしますし、読む気もなくすわけですね。
おわかり頂けたと思いますが、

>視点移動がタブーという話を聞きました。

代表的な『やらない方がよいタブー』は、この一人称です。
冒頭の繰り返しになりますが、それでもやっているケース、これはふたつに分けられます。
1)筆致が達者な著者が(最も物語が魅力的になるという)計算の元でやる
2)文章の下手な著者が自分が楽をしようとしてやる

率直にプロ作品でも大多数は2)で、ストーリー構成の上手な著者が工夫の元に希にやるぐらい。ぶっちゃけ下手くそな著者ほどやりたがります。(結構上手にやってるのはラノベですと【丸戸史明:冴えない彼女の育てかた】でしょうか。セリフのみで構成するという本編とハッキリした区別で、より楽しむため、に徹しています)

一般小説を中心に読んでいる人にラノベを勧めて『読みにくい、好きになれない』という時、感想と共に理由を聞くと『一人称の(無駄な)視点移動』が結構な頻度であがります。ファンになったかも知れない読者を態々切り捨ててるような感じがします。

身近なことで例えると、料理の隠し味みたいなものですね。
料理の上手な人だったり、レシピという計算があっての工夫が1)。
下手な人が思いつきでやるとマズイ料理ができるという2)になります。

計算ずくで読者をより楽しませるために達者な筆致をもって書いていただけるならOK。著者がラクをしたり工夫を放棄してやるなら、「もうちょっと読者のことを考えて」ということです。
幽体離脱させたくなければ、はじめから三人称で書く、カメラの距離感を調節してより視点人物に踏み込めば良いだけで、そもそも一人称を選択する意味がありません。
読者へのサービス放棄です。(「おまけ」「奉仕」ではなく、役務に伴う責任や義務の意味です)

【二人称】
短編で変則的に使われることがありますが、これを使う=人称を熟知しているということで、特殊なケースでしょうから飛ばします。
興味がありましたら【藤野可織著:爪と目】【テッド チャン著:あなたの人生の物語 】をどうぞ。どちらも変則二人称、物語として後者は名作レベルです。

【三人称】
ご質問を読む限り基本的な部分に不安はお持ちでないように見受けられますので、種類を書きます。

【誰の心理にも踏み込まない三人称】
読んで字のごとく。あまり見かけませんが独特な雰囲気が出ます。
【主人公の心理以外には踏み込まない三人称】
上記とシーンごとに使い分けたりもされます。たとえばファンタジーでも戦記物で、主人公の心理・認知したものは書く。一方で敵陣営や村人などは一切心理・認知に踏み込まず、俯瞰したカメラで見えた行動やセリフを通して描くという具合。
【自由自在に、主人公は無論、各登場人物の心理・認識したものを書く三人称】
ほぼココが本題ですね。
読んで字のごとくなんですが、自由自在とは決して無闇矢鱈ではありません。

これ、たぶん漫画で例えるのが解りやすいと思います。
漫画は、というより小説以外の物語は多くの場合ほとんどが『三人称』で描かれていますよね。一人称にしろ二人称にしろ実験映像的な代物に限られてきます。
当然ながら(主人公不在のシーン)三人称を基本にしていますので、これを描くことも普通にされます。
手元の漫画で結構ですのでページをめくってシーンが変わる部分に注目してみて下さい。
やり方はいくつかありますが、
1)遠景を利用する
2)小物のアップを利用する
3)コマの枠、サイズを利用する
他にもありますが、多くはこういう工夫がされているはずです。
例えば、建物の全景1) 携帯電話2) 時系列なら枠外をベタ塗り3)
著者の作風によって変わるものですが、こういった感じの約束事がありますよね。

漫画の場合、心情は吹き出しの形状で変えることができます。
そういった便利な約束事があり、絵を利用して直接的に読者に訴えることができる漫画でも、読者に対して『シーンが変更されました』という読みやすくする工夫はあるわけです。
漫画を例にしましたが、これは映画のような映像作品でも同じ、1)や2)を利用してシーンを変えます。

では小説で『シーンが変更されました』こういう工夫はどうされているのか。
著者の作風によっても異なりますが、『章を変える』『段落を開ける』このふたつが最も多いかと思います。著者によっては、これはラノベが多いですが☆や◇といった記号を使う場合もありますよね。
読者が『変更されたのだな』と認識できれば、ここからは異なる人物に視点を変えても大丈夫です。

>Aの恨みと愛おしさという心理描写した後、会話文を挟んで ~中略~ このような視点の変わり方をしてもいいのでしょうか?

ご質問の例文をもとにしますが、読めなくはありませんが、小説を読み慣れた人は引っかかりを感じるはずです。

>ぽやぽやとした眠気が一気に吹き飛ぶのを感じたBは

ここですね。
これ別にBに感じさせる必要はありません。
『眠気が一気に吹き飛んだように』
一部を変えただけなので通して読むとリーダビリティに欠けますが、これだけで視点人物であるAから見たBの様子、Aによる認知に収まりますよね。
充分に推敲でカバーできる範囲だと思いますよ。

ではでは執筆頑張って下さい。
応援いたします。

三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写についての返信の返信 (No: 6)

スレ主 ヨー : 0 No: 2の返信

投稿日時:

人称ごとの違いなど詳しくありがとうございます!確かにAの認知だけで描写できますね、自分で読んでみてもなんか違和感があるのにAの心理描写だけでは臨場感といいますか、お互いがどのように思っているのか描写したくなってしまうんですよね...。頑張れば推敲だけでカバーできるようなところが自分の原稿を見返せば沢山あるように思えてきました!
悪の教典、映画は見たんですけど小説は見たことなかったですね買ってみます!ありがとうございました!

三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写についての返信 (No: 3)

投稿者 あざらし : 0 No: 1の返信

投稿日時:

書こうと思ってたお勧め書籍が抜けてました。
【貴志祐介著:悪の教典】
ジャンル的に好みがありそうですが、あえて。
上下巻の二冊ですが、三人称の使い分けが流石にお見事。ベテランの味です。
背表紙程度のネタバレですが、特に下巻の殺戮シーン。主人公はもちろん被害者にも視点が移動します。
視点移動時のサインとして時刻を利用しているのですが、移動してからの距離感の調整が物語に見事にはまっています。
人称でのお勧めですので当然小説で読んでいただきたいのですが、物語としても小説がお勧めです。小説を10とすると映画はオマケして6ぐらい。是非とも小説でどうぞ。

三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写についての返信 (No: 4)

投稿者 黒鐘 黒ぅ : 1 No: 1の返信

投稿日時:

三人称は基本的に何でも書けるのが強みですからね。
いくら視点移動してもそれ自体は問題ありませんし、例に出して頂いた文も不自然には感じませんでしたよ。
ただし重要なのはその文の前後がどうなっているかです。
まぁ、例として出して頂いただけなので、前後も何もないと思いますが、その例が「小説全体の一部」だと仮定して考えます。

三人称視点では「主人公主体」だとか、「色んなキャラ視点」だとか、「誰にもつかない」だとか、まぁ色々ある訳ですが、例ではおそらく「色んなキャラ視点」だと思います。
特に主体となるキャラは決めず、色んなキャラの心情を書き出すことのできる手法です。
それ自体は一つの方法なので、何一つ問題ない訳ですが。
ただこれが、「最初はAが主体だったのに、いつのまにかBが主体になってる」だとか、「Aが主体だったはずなのに、なんか色んなキャラの心情書き出しまくってる」というようなことになってはマズいのです。
どういうことかというと、視点が映ってるのではなく、「ブレてる」のですよ。書き方が根本から変わっちゃってるんです。
三人称視点における視点移動のタブーは、単発的に視点移動することではなく、長期的に視点が変更されてしまうことです。
だから、例自体は問題ないけれど、「その前後の視点移動が同じようなやり方でされているか」ということが重要になってきます。
例のような場合を書きたいなら、その前後をちゃんと同じように「色んなキャラ視点」で統一すれば大丈夫です。

視点が変わってしまう原因の多くは、例のようなキャラが複数出てくるシーンです。
今までAを主体で書いてきたのに、Bが出てきて、そいつの心情を書いたせいで、Bが主体の文に変わってしまっていた。というようなことはありがちです。
最初に書き方を決めて、それをぶらさないようにしましょう。

ちなみに、その視点の長期的な変更、つまり「A主体からB主体に変える」みたいな事は、シーンごとにやってしまえば大丈夫です。
小説って全部一括して繋がってる訳じゃないですよね。どこかでシーンが移ったりしてます。
そのシーンごとになら、主体となるキャラ、なんなら三人称視点から一人称視点へ変えてやっても全く問題ないです。
このシーンではAの一人称で、また別のシーンではB主体の三人称で、その次のシーンでは誰にもつかない三人称で………って事。
SAOでは主人公のキリトはほとんど一人称視点で書かれてますが、キリトが出てこないシーンはだいたい三人称です。
書き方っていうのは、小説全体の中でも「ひとまとまり」ごとに統一すればOKです。
ただ、変えすぎると、書いてる側も読んでる側も疲れます。1~3パターンがちょうどいいでしょう。カゲプロみたいな群像劇なら、1巻に7人分くらい視点がありますけどね。

まぁ、細かい書き方みたいなのをいっぱい書きましたが、視点なんて結局は感覚です。慣れてくれば、あまり考えなくてもまとまった文が書けるようになります。
描写が上手い人(有川浩先生とか)は、三人称視点の中に一人称ぶっ込んでもいい文を書けます。むしろそれが読みやすいくらい。
書き方も一応あるんですけど、慣れてくれば自分のやり方にしていって大丈夫ですよ。

三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写についての返信の返信 (No: 7)

スレ主 ヨー : 0 No: 4の返信

投稿日時:

丁寧にありがとうございます!
そうなんですよね、自分が書いている小説だと二人しか登場しないのでぐっちゃぐちゃになることはないのですが、基本主人公を主体とした三人称で書いているのについもう一人の心理描写をしたくなってしまって。
確かにシーンを挟んでもう一人の心理描写に完全に切り替えてそのまま進めた時はあんまり違和感はないのに、会話文挟んで変えたらなんか変だなってなることが多かったです。ブレてるってことだったんですね、ありがとうございました!

三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写についての返信 (No: 5)

投稿者 手塚満 : 0 No: 1の返信

投稿日時:

人称と基本的な注意点については、あざらしさんが優れた解説を充分になさっていますので、その点については便乗させていただくとしまして。

例にお出しの文章を一文ごとに、番号を振って見てみます。

01> 朝日が差し込むベッドの上でAはBの穏やかな寝顔を見つめていた。
「Aは~する/した」の形ですと、カメラ視点はまだどこか分かりませんから、とりあえずAから見ていると想像したくなります。
ただ、「Aは」ですから、一人称と思うことはなく、三人称のA視点となります。

02> 緊張から一睡もできなかったAはぐっすりと眠るBの幸せそうな顔に少しばかりの恨みとそれを大きく超える愛おしさを感じている。
昨夜からのAの様子が詳細に語られており、ぐっすり眠るBはAが寝ていたかどうか判断できないですから、やはりAから見ていると想像します。

03> 頬に軽く唇を触れさせ、優しく髪を撫でると、触れられたことに気が付いたのかBの目がうっすらと開いた。
主語がありませんが、01~02により既にA視点でイメージしています。
文前段の動作はAと分かります(Bが起きた描写はまだない)。曖昧になる点は「触れさせ」です。
Bの唇にAの頬を触れさせたとも読めますし、その逆とも読めます。読者次第になる表現です。
後段のBの判断が「気が付いた『のか』」とぼかされている、つまり推測と読めるようになっているため、やはりA視点で矛盾がありません。
Aの思考は02にもある通り、明確に述べられていて、推測や観察を通していませんから、Bの思考をぼかしてあるのは、A視点としてとても自然です。

04> 「おはよう、B。よく寝れた?」
「B」と呼びかけていることから、Aの台詞と分かります(A、B以外が描写にないので、BでないならAとなる)。

05> 「おは……、っ!?」
応答と分かりますので、Bの台詞と無理なくイメージできます。

06> 一緒に寝ていたことをすっかり忘れていたのかBの目が大きく開く。
ここも「のか」のお陰で、03同様、A視点で無理なく読めます。

07> ぽやぽやとした眠気が一気に吹き飛ぶのを感じたBは、羞恥心からベッドを飛び出し勢いよく平手を振りかざした。
ここでカメラ視点が変わるわけですね。一応、分かります。主語が文頭ではなく、ちょっと遅めですが「Bは」となっていますから、読んでいてB視点に切り替えることはできます。
ただ、読者的に楽とはいえないですね。作者は絵をイメージしてから文章に起こすわけですから、全く迷わないはずです。
でも、読者は書かれてある言葉から絵をイメージせねばなりません。01~06でようやくA視点で言葉からイメージを想起できると思ったら、いきなり切り替えられてしまうわけです。
例文ですから極めて人工的にカメラ視点切り替えを入れてあるのは承知ですが、

07'> ぽやぽやとした眠気が一気に吹き飛んだかのように目を見開いたBは、顔をさっと赤らめてベッドを飛び出し勢いよく平手を振りかざした。

といった感じのほうがスムーズでしょう。

このシーンでは、AとBの位置関係がせいぜいベッド周りまでで、互いに見えているから、たとえあれこれ書き加えても、AとB視点の入れ替えが問題になる描写はそれほど出ないように思います。
しかし、例えばベッドを飛び出したBが物陰に隠れたら、ちょっと難しくなります。AはBの様子が見えず、Bも同様なのに、視点を入れ替えてAもBも動作を詳細に記述したら、ちょっとイメージするのが難しくなることも出てきます。
A(または)から見えているものだけに限定すれば、ややこしさはやわらぎます。

「視点移動は避けろ」というコツは、そういう状況を分かりやすく書けるためのものです。書けることは制限されますが、書きやすくなるわけです。

AとBをどちらも平等に能動的に描きたい場合、例えば俯瞰的な視点もあり得ます。ちょっと即席で変更、追加してみます(練れてなくてすみません)。

朝日が差し込むベッドの上でAとBは寝ている。AはBの穏やかな寝顔を見つめていた。
緊張から一睡もできなかったらしいAは、すやすやと寝息をたてるBの幸せそうな顔に少しばかり恨めしく、しかしそれを上回る愛おしさに満ちた表情を見せていた。
Bの頬に軽く唇を触れ、優しく髪を撫でると、触れられたことに気が付いたのか、彼女の目がうっすらと開いた。
「おはよう、B。よく寝れた?」
「おは……っ!」
一緒に寝ていたことをすっかり忘れていたのか、Bの目が大きく開く。ぽやぽやとした眠気が一気に吹き飛んだらしく、羞恥心から顔を真っ赤にしてベッドを飛び出す。Aに向けて勢いよく平手を振りかざしたと思うと、慌ててベッドの下に潜り込んだ。
ベッドの下で目を覆ったBが叫んだ。
「これって、どういうこと!?」
Aはベッドの上でおろおろしたが、ベッドをぽんぽんと叩いて答えた。
「いや、ほら、昨夜一緒に飲んでて、その後――」

こんな感じですと、AとB両方を見えている視点の第三のキャラクター:地の文の語り手を登場させることができます。視点を地の文の語り手に固定して移動させていない点、視点移動を避けていると言えるかもしれません。

どうするかは作品の狙いで選ぶしかありません。三人称でどのキャラも平等に描くなら、行動は明確になりますが、心中を描写するのに制限が出ます(でないと、キャラに視点が発生して、読んでて視点移動に戸惑う)。

どれかのキャラの心中を明確に描きたいなら、そのキャラの視点での三人称になります。見えるものも、原則として視点キャラのから見えるものに限定すべきです(そのキャラの表情などは可)。他のキャラは見かけ上の変化で心中を暗示するしかありません。

もっと強く制限すると、一人称になります。読者としては安心して描写を読んでイメージすることができます。描写が読者自身の行動と同じようなものになるからです(自分が主人公と思って、見たり聞いたりを追体験できる)。読者が他人の心中を見た目でしか分からないのと同じく、主人公も他人の心中を推測以外で描いてはなりません。

最もやってはならないのは、「(一動作ごとに)ベストアングルを作者がイメージして、カメラ視点を移動させながら描く」ことです(思考も同様)。コミックを1コマずつ文章だけで説明するような描写となり、どこから見ているか知らされない読者にはイメージ不能になります。仮にカメラ視点を明示したとすると、煩雑になって読みたくないものになってしまいます。
超上級者なら可能かもしれませんが、視点で疑問を持つレベルですと、迷わず避けるべきでしょう。

三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写についての返信の返信 (No: 8)

スレ主 ヨー : 0 No: 5の返信

投稿日時:

丁寧にありがとうございます!
自分で書いているときはイメージを浮かべてそれから書き出すので仰る通り違和感は全くないんですよね。ただ次の日に続きを書こうと読み直すと何だか昨日には感じなかった違和感が出て来るんですよね。しばらく読んでいると、自分がイメージして書いた事ですから違和感が無くなるので気のせいだと思っていました。そういうことだったんですね!
俯瞰的な書き方、なるほど!これだと誰の主体でもない三人称になりますね。技量が足りず描写不足になってしまって最初はこの書き方でしたが諦めました...。
コツなどもわかりやすくありがとうございました!

三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写についての返信 (No: 9)

投稿者 あまくさ : 0 No: 1の返信

投稿日時:

>そもそも三人称でこのような心理描写をしていいのでしょうか、

先にこちらについて説明します。
三人称でキャラクターの心理を描写することはまったく問題ありません。一人称と三人称の違いは、描写が主観的か客観的かということだけなんです。

Aが花を見て美しいと感じたとしますね。
花は美しい。これはあくまでAの主観的印象にすぎません。しかし、花を美しいと感じたAの心理の動きは客観的な事実なんです。だから、三人称での描写が可能です。

>Aはぐっすりと眠るBの幸せそうな顔に少しばかりの恨みとそれを大きく超える愛おしさを感じている。

この例文では、Bが本当に幸せなのかどうかは判りませんが、寝顔がAの目には幸せそうに見えたことと、Aが少しばかりの恨みとそれを大きく超える愛おしさを感じていることは客観的な事実です。それを淡々と叙述しているのであって、三人称のごく普通の書き方です。

この点をふまえて、次に視点移動について考えてみます。

三人称の視点にはキャラクターの目を通すものと、そうではない空中を浮遊しているようなものの二種類があります。カメラに喩えられるのは後者です。

例文は、

>朝日が差し込むベッドの上でAはBの穏やかな寝顔を見つめていた。

と書かれています。AはBの寝顔を見つめていたと明記され、続いてAの内心が語られています。ということは、これはAの目線でBの様子を描いているということであり、前者(人物視点型の三人称)になっているんですね。
こういう書き方をすると、読者は自然にAの目線から物語を眺めるようになります。それが急に、

>ぽやぽやとした眠気が一気に吹き飛ぶのを感じたBは、羞恥心からベッドを飛び出し

とB視点にワープしてしまうと、読者に強い違和感を与えます。
違和感が有ろうと無かろうと小説はどう書いても自由なのですが、読者が物語に没頭する妨げになってしまいますから得策ではありません。

◎Bは眠気が一気に吹き飛んだ様子で、恥ずかしそうにベッドを飛び出し勢いよく平手を振りかざした。

こう書いても内容は同じですから、どうせなら視点は一致させた方がいいでしょう。

小説にかぎらず、物事には、
「やっちゃいけないって決まりもないけどね……でも、それはやっちゃダメよ」
みたいなことって有るものですよ。

三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写についての返信の返信 (No: 10)

スレ主 ヨー : 0 No: 9の返信

投稿日時:

そうですよね、内容が同じなら確かに視点が統一されていた方が読みやすいんですよね。ここのあたりはもう自分の技量不足ですね......、やっぱり自分の原稿を読み返すと同じ内容で視点変更せずかけるところが何点かありますので頑張って読みやすく没頭してもらえるような作品作り目指して頑張ります!ありがとうございました!

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現在三人称で小説を書いているのですが、視点移動がタブーという話を聞きました。
三人称というカメラが映している人間の心理描写を、カメラで映す人間を変えて何人もやっていいのか気になり、相談させていただきました。
説明が下手で申し訳ないのですが、具体的に言うと、男、女の2人が同じベッドにいるとします。男をA、女をBとしたときに下記の例文のような描写の仕方をしていいのか気になりました。

朝日が差し込むベッドの上でAはBの穏やかな寝顔を見つめていた。緊張から一睡もできなかったAはぐっすりと眠るBの幸せそうな顔に少しばかりの恨みとそれを大きく超える愛おしさを感じている。頬に軽く唇を触れさせ、優しく髪を撫でると、触れられたことに気が付いたのかBの目がうっすらと開いた。
「おはよう、B。よく寝れた?」
「おは……、っ!?」
一緒に寝ていたことをすっかり忘れていたのかBの目が大きく開く。ぽやぽやとした眠気が一気に吹き飛ぶのを感じたBは、羞恥心からベッドを飛び出し勢いよく平手を振りかざした。

この場合、Aの恨みと愛おしさという心理描写した後、会話文を挟んでBの眠気の吹き飛んだ感覚や羞恥心を描写するというように、カメラがAからBに移るのですがこのような視点の変わり方をしてもいいのでしょうか?

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