小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

tourdionさんの返信一覧。最新の投稿順1ページ目

元記事:書きたい話があるんです。の返信

 左野冠です。こんにちは。
 私も似たようなところから小説を書き始めたので答えさせてください。

 私もあなたと同じように、最初はキャラクターを動かして、そのうちストーリーらしきものが出来上がって、それを書きたいと思って小説を書き始めた人間です。絵も書いてます。
 まあそのうちお話考えて小説にすること自体が趣味になっちゃいましたけど。

 そう思って書けないの、分かります。
 これを書いたら自分の中が空っぽになっちゃうんじゃないかとか、これを書いたらもう何も書くことなんか思いつかないんじゃないかとか、私も考えたものです。書いたら全部なくなっちゃう、終わっちゃうみたいな。

 まあでもきっと書きますよ。書きたい、書かなきゃならねえと思ったら書きますし書けます。

 私は、キャラの性格をちょろっと書くような短編(まあ拙いものでしたけれど)はちらほらかけていたのですが、
まあ長編を書く気にならなかった。
 でも、
「私が長編を書かないで事故やらなんやらで死んだら、私の作ったキャラクターは私の頭の中にあったまま誰にも知られる可能性もなく私の道連れになってしまう。かわいそうだなあ、いやだなあ」と思うようになってから、ちゃんと長編小説を書こうと思うようになりました。
 馬鹿みたいな話かもしれませんけど、今でもそれは私が小説を書く動機の一つです。

 書き終わったら、寂しいかもしれませんけれど、達成感ありますよ。ああ、ここに自分の頭の中の世界が詰まっているって考えると、なかなか感慨深くなります。まあ人から見たらそんな大層なもの作ってないかもしれないけれど。

 ただお話が存在するだけで、もしかしたら「あああんな話あったなあ」ってどこかの誰かに思い出してもらえるかもしれない、または「こんなのがあった」って見つけ出してもらえるかもしれない。

 楽しいですよ。有終の美っていう言葉がありますね。終わっちゃうのは寂しいですけれど、話をまとめることで、きれいになります。

 個人的経験から言うと、終わっちゃっても大丈夫です。終わったら確かに最初のうちは空っぽに感じるかもしれない。でもどうせものを考えるのが趣味なら、寝る前に考えちゃうなら、予想ですけど、また思いついちゃいますよ。
 それでまた、書きたくなっちゃうんですよ。私はね。
 あなたはどうなるかわかりません。が、少なくとも空っぽになってなんにも残らない、ってことはないと思います。
 おいでませこっちの世界。物書きは楽しいですよ。

上記の回答(書きたい話があるんです。の返信の返信)

スレ主 tourdion : 0 投稿日時:

左野冠さん
返事が遅くなってしまってすみません。回答ありがとうございました。すごく丁寧に書いてくださっていて、とても励まされました。やはり、自分の作品を誰かに知ってほしいなと気持ちを新たにすることができまして、やはり何があっても完成させようと気持ちを固めることができました。

やはり自分の作った話は、誰かに見てもらいたいものです。有終の美、いいですね。とっちらかった思考の中にしか居なかったのが、形になるのは見てみたいなあと。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 書きたい話があるんです。

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元記事:書きたい話があるんです。の返信

私は比較的気軽に始めたクチなんで、作品一つにそう大層な思い入れはありません。
私個人はそうですが、多くの人の創作での悩みを聞いてると、同じような方は多かったです。
やはり、特に処女作にすごい思い入れを持ってる人が多いと思う。
はじめての作品です、この作品を何年も構想してきました、創作に自己表現の全てをつぎ込んでいます、このキャラクターは自分の分身です、その展開は私の思いがこめられてるので変えたくありません、という感じ。
でも、私は気軽に始めたと書いたけど、それでも処女作にはそれなりに思い入れがあるし、長編だったんでやっぱり一年以上かかったし、少なくとも当時、そのとき考えうる自分の全てをつぎ込んだつもりでした。
なので、「思い入れ」に関しては人並み程度には理解できるつもりです。

処女作を完成させることに躊躇いを感じるのもわかります。
ちょうど半分を超えたあたりで、漠然とした不安や疑問が生まれてきたりします。
……ちなみに序盤を終えたあたりでも一度似たような思いがあったりしました。
でも、この不安は、処女作の思い入れとはあんま関係なかったことにあとで気付かされました。
というのも、処女作、つまり作品を作り慣れてないから、物語をどう作っていいのか自分でわかってないんですよね。
でも、「序盤の終わり」と「物語全体の半分くらい」のタイミングって、物語的にすっごく重要なポイントで、今後の展開の方向性を示す場面なんで、漠然と「これでいいのかな?」という不安が湧いてくるんですよ。
序盤の終わりや物語全体の半分というのは、これまで書いてきた(作ってきた)内容が物語として形になり始めるタイミング、完成図が見えてくるタイミングなので、それまで「こんな感じ」とイメージしてきた曖昧なものが具体的な形として見えてくる頃なわけですね。
物語を理解してない初心者の頃なんで、そうやって完成図がイメージできるようになると、今度は漠然とした不安が「自分はいま何書いてるんだろう?」という混乱とか「このまま完成させちゃっていいんかな?」という妙な考えになって、襲ってくる。
ようするに。
「これまでの苦労が全部台無しになってしまうかもしれない」という考えが生まれてくるタイミング、それが序盤の終わりや物語の中間地点なわけですね。
なので案外、処女作で長編ではなく短編や掌編から入った人はあんまこういう気持ちはわかんないんじゃないかな。
短編ならその「台無しになるかもという不安」は大したことないですから。
ダメならまた作りゃいいと切り替えられる規模ですし。
後戻り出来ない規模だから、振り返ることも進むこともできなくなるわけだしさ。
そんで、そういう不安に答えを出そうとすると、「自分の思いがつまった作品だから」とか「全力が込められたものだから」って答えになるんだと思う。
少なくとも私の場合は、後からそうだと気がついた。

だって、そんな二度と筆が持てなくなるような完成度で満足できる作品ができるわけないもの。
自分の全てをつぎ込んだ処女作が完成してそれなりの出来で満足しても、すぐに似たようなテーマでまた書き出すよ。

でも、世の中には確かに「処女作を書いた以降、まったく書けなくなった」という作家もいます。
有名所では「風と共に去りぬ」のマーガレット・ミッチェルですね。
処女作で名作を作り上げたんで、そっから何も書けなくなった。
でも彼女の場合は調べてみると、さもありなん、という事がわかります。
「風と共に去りぬ」の主人公スカーレット・オハラは、これ作者なんですよ。物語の展開は大部分が作者の体験談で、初恋や結婚離婚その他もろもろ、作者が体験したエピソードのリメイクなんですよね。
ただ舞台を南北戦争時代にしただけで、基本的に「風と共に去りぬ」は作者の自伝です。
そりゃ、自分の人生をそのまま切り貼りして作品にしたんだから、続刊・新刊は書けなくて当たり前ですよね。
ただ切り貼りしただけでなく、本当に作者は「風と共に去りぬ」の中に自分の半生の全てを打ち込んだんだから、これを書き終えたら書くことがなくなるのは当たり前です。
まったく新しい話を書くんであれば、作者は「別の人生を体験」しなきゃ書けないものね。
自伝と創作は違うし、自分の体験を元に創作するならあくまで「モデルにした」に留めないとダメ。
マーガレット・ミッチェルも、最初は「自分をモデルにした」に留めてたと思うんだけど、書いた量が大長編だったんで、次第にそのモデルの域を飛び越えちゃったんだろうなと思う。
まあ、マーガレット・ミッチェルは世に出した作品で「風と共に去りぬ」が処女作だった、というだけで、10代の頃から本は好きだったようだし、社会人になっても確か記者やってたんだっけな、文字を書く職について趣味で掌編を書いてたりしてたんで、この場で言う「初めて書いた作品」という意味での処女作とは意味が違うけどね。

私もそう経験豊かではありませんが、処女作で完全燃焼して新作がまったく書けなくなった、という例はありそうでいてマーガレット・ミッチェルみたいな自伝以外の例を知りません。
あとはまあ、だいたい脱稿した後の達成感をひとしきり味わったあとは、みなポツポツと書き始めます。
なので、おそらく今感じてる不安の正体は「自分が全力で打ち込んでるものだから終わったら無気力になりそう」とかそういうんじゃなく、単純に物語の完成図が見えてきて終わりが見えてきてることに対する不安、それまでの努力が台無しになるんじゃないかという不安である可能性が高いと思う。
これまで考えてきた10年の構想が「この展開で正しいのか? 間違ってないか?」と思ったら、そりゃ二の足を踏むでしょう。
正直、その考えをスッパリ切り捨てるしかないです。でもその考えを捨てるのはおそらく難しいから、そのまま形にするしかないと思う。
でも、そもそも「同じテーマの同じ作品を二つ以上作っちゃダメ」なんて決まりはどこにもありません。
今書いてる作品を書き上げたとして、おそらく100%満足することはないんで、またゼロから設定変えて書き直したりすりゃいい話です。
初心者ほど、私もそうだったけど、何故か「一発で完成品を作らなきゃダメだ」と考えてるフシがあるんですよね。
今構想してるのはあくまでプロットですよね? 執筆してるわけじゃないですよね。
なら、そのプロットは、パターンを変えて10個くらい作りましょう。
絵描きだって、何枚もラフを書いて構図を試行錯誤するもんでしょ? 文字も同じよ。何度もプロット作って試行錯誤するもんよ。
「書きたい話」のプロットを、10個作ってみましょう。そう考えると、一個目のプロットの半分程度で不安や悩みなんか生まれませんし変な考えは吹き飛びますよ。

上記の回答(書きたい話があるんです。の返信の返信)

スレ主 tourdion : 0 投稿日時:

サタンさん
返事が遅くなってしまってすみません。回答ありがとうございました。
おっしゃる通りで、「今考えている展開は正しいのか?」という疑問が多分に含まれているように思います。それどころかそもそも面白さって何?って考えに至ることもあります(しかも、採用している展開の半分以上がキャラが勝手に動いたものや偶然の思いつきだったり、酷いときは夢産だったりしまして)
でも、いくつもプロットがあってもいいと思いました。これまで不採用にしてきた展開なども、別の形で存在してもいいかなと。
自分は音楽家が最晩年に作った曲が好きになることが多いのですが、そういう曲に惹かれるのって人生の経験とエネルギーの全部を詰め込んだからなのかなって思ってまして。だからなのか、自分の創作が自分の完成であるべしと考えていたのかもしれません。

それにしても、ミッチェルの例はたいへん参考になりました。うまく言えないのですが、とてもしっくりきたと言いますか、なんと言いますか。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 書きたい話があるんです。

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元記事:書きたい話があるんです。の返信

小説にかぎらず、物事を完成させるのが恐いというのは一般的な心理らしいですよ。

人間は「変化」を恐れる生き物です。変化した先に何か危険が潜んでいるのではないかと無意識に感じてしまう、動物的な防衛本能に起因する心理のようです。
なので、完成を恐れる心理から逃れるコツは、完成を「ゴール」ではなく「通過点」と考えることです。ところが処女作の場合は経験がないため、完成した先の状態をイメージしにくいんですね。

これを回避する方法は。
構想されている作品の一部を無理やりでもいいから切り取って、適当な長さに纏めて新人賞に応募することです。または、このサイト(ラ研)では定期的に競作企画というのをやっているので、こういうのに挑戦してみてもいいです。とにかく枚数制限と締め切りのある何かに取り組んでみるんです。
公募にしても、落選必至の不完全なできでもいいと割り切ってしまってください。とにかく1作完成させるという経験をすることが、きわめてきわめて大きいんです。

上記の回答(書きたい話があるんです。の返信の返信)

スレ主 tourdion : 0 投稿日時:

あまくささん
回答ありがとうございました。返事が遅くなってしまってすみません。

通過点ですね。もしかしたら、完結させても、ある場面を膨らませてリメイクする(ギリシアの劇が神話を膨らませてオリジナリティを詰め込んだように)など、やりかたはたくさんあるのかもしれないなって思いました。
それと、まずは予定している第一話のプロットを少しいじって、短編的な物にしてどこかに投稿してみようかなと思います。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 書きたい話があるんです。

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元記事:書きたい話があるんです。の返信

とりあえずは一文字でも打ってみたら変わるのでは。処女作で終わってしまったらそれまで。続いたらいいなあ程度でいいので、書くことから始めてみてはいかがでしょう

上記の回答(書きたい話があるんです。の返信の返信)

スレ主 tourdion : 0 投稿日時:

甘粕義政さん
回答ありがとうございます。返事が遅くなってしまってすみません。

そうですね、まずは書いてみようと思います。あまくささんへの返事とも内容が重複してしまうのですが、まずは予定している第一話分のプロットをリライトして短編として作ってみようかなと思います。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 書きたい話があるんです。

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元記事:書きたい話があるんです。の返信

自分の全てを出し尽くす結果に対する不安って、小説だけではないですね。本当に出し尽くせるのか、ということは置いておきます(その点については、既に優れた回答もありますから)。

例えば、作曲でも同じようなことを親しく聞いたことがあります。ある方(極めて優秀な方です)が今まで学んだこと、優れた曲をいくつもなんども聞いて感じたこと等々、自分にあるすべてを投入して曲を作るつもりだから、その後はもう曲は作れなくなりそうだ、とのことでした(加えて年齢的になこともあったけれど、まだ引退するような歳ではなかった)。

自分は己が半人前であることもわきまえず、「いや、音符一つ一つが選択の結果でしょう。選ばなかった音符だったらどうなっていたかと考えたら、終わらないんじゃないですか」と申し上げてみました。その方はそれに対して特に何も仰いませんでしたが、その後もときどき話をするようになりました。

小説の完成前には、完成後のイメージがブレているという問題があります。まず、イメージできる完成結果は、しばしば可能性の塊になっています。主人公含む各キャラは、常に何かから選択して行うという、意思決定を行っています。ですので、「もし選ばなかった選択肢を選んでいたらどうなったか」という疑問が残されます。しかも多数です。

ちょっとお金で例えてみます。自由に使ってもいい一万円を持っているとします。いくら自由だからといって、何に使おうか考えますよね。美味しい食事もあるでしょうし、映画を何本も観てもいいし、映像ソフト買うとか、普段は手を出さない高額の書籍等々、組み合わせも含めて、一万円の使途は数多とあります。

何にしようか考えているときにはワクワクします。だけど、実際に使うときには、たった一通りでしか使えません。一万円のステーキと一万円の映像ソフト両方というわけにはいかない。一万円を使う前のワクワクは「1万円×選択肢の数」です。使うときには一万円の価値のもの一つしか手に入りません。物凄く落差があります。

全力を出したらもう何も残らないんじゃないかという不安は、おそらくは使う前の一万円の評価です。まだ作品が(最終の)形になっていないので、可能性の塊全部を見て、やりつくしてしまうと感じているのはないでしょうか。

実際に形にできるのは、非常に具体的な一例にすぎません。「主人公がこのときこうしていたら」という、書かなかった選択肢は膨大に生じます。物凄く上手く書けても、膨大な可能性の中に一つに過ぎない。可能性の一つを実現したら、他の可能性がどうしても思い浮かんでします。書いたらお終いどころか、終われないのが業であるのが小説ですし、創作一般はたいていそうでしょう。

もちろんそうらならない可能性は考えられますね。サタンさんがいい例を挙げていらっしゃいます。「風と共に去りぬ」ですね。実質的に自伝なのでは、別作品が書けないのも道理です。作品完結以降の自分の経験が溜まらないといけないんですから。

では、同様のことがTourdionさんにも起こるか、と考えると、どうもそうなりそうにありません。なぜなら、書こうとしている小説のキャラクターは想像で作り上げ、活躍も想像してできてきたものですよね。ご自身の経験も加味されているでしょうけど、大半が想像の為せる業のはずです。だったら、ネタは尽きません。

しかし、ネタ切れで書けないってよく聞きますね。やっぱり、全力を尽くしたらネタ切れになるのか。知ってることも、考えられることも使っちゃうわけですから、不安にはなります。しかし、想像の産物なんです。知ってることは生きていれば増えるし、勉強すればさらに急速に増えます。知ってることが増えたら、考えられることも増えます。

それでも、勉強しているようだし考えてもいるらしい人(本人もそう思っている)がネタ切れと言うこともあります。荒木飛呂彦さんによればですが、興味が尽きるとネタも尽きるんだそうです。ネタが尽きたんじゃなくて、興味が尽きるわけですね。

その場合、書けなくても問題はないでしょう。もう興味がないんなら、やりたいと思ってないわけです。仕事だったら解決策を考えないといけませんが、趣味でやっているのなら問題ないでしょう。他の面白いことをやればいいだけなんですから。

結局、全力を傾けて書き上げてみても、問題になるようなことは起こりそうにありません。書き上げてみたらもっとできると思うか、もう充分やれたと満足するか、どちらかなんですから。

上記の回答(書きたい話があるんです。の返信の返信)

スレ主 tourdion : 0 投稿日時:

手塚満さん
回答ありがとうございました。返事が遅くなってしまってすみません。
興味が尽きるかもしれませんけれど、なくしたくはないですね(笑)
というか、今少々行き詰まっている部分があるのですが、興味の問題な気がしてきました。

それはさておき、実際に執筆した際に当たりそうなのがセリフ選択かなと予想してます。このキャラはこんなこと言わなそうだなとか、もっとこういうこと言いそうだなとか。

そういうのを突き詰めていったならばもっとたくさん書けそうな気がします。
極論、一作品をいつまでも遂行し続けるという手もあるような。作品としての完成はあるかもしれませんが、創作としての完成はないのかもしれませんね。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 書きたい話があるんです。

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元記事:キャッチフレーズの作り方と、「僕の異世界冒険記」二部作のテーマとは?

どもども~!皆さんお久しぶりでございます。壱番合戦仁です!

今回は、タイトル通り、ズバリ!「自分の作品のキャッチフレーズってどうやって作るの?」という疑問と、僕の作品のテーマって何だろう?」という疑問をを皆さんにお聞きさせて頂こうと思います!

まず、話の前提として、「物語のテーマと前提」について話さなければなりません。

①テーマについて。
僕は「あなたの作品を一つの単語で言うと?」という質問に対しての答えがテーマだと考えています。
例として挙げるなら「責任」「友情」「青春」「愛情」等です。
散々考え抜いた挙句、僕の作品のテーマって「差別」なんじゃないかって思ったのですが、皆様はどうお考えでしょうか?

②「前提」とキャッチフレーズについて。
「前提」というのは作品の中で問い続けられ、文字通り作品の前提となる一種の問いです。
単純な例で説明すると「悪は正義に勝ってしまうのか?」「永遠の愛は存在するのか?」などです。
小説、殊に文学や映画ではその側面が強く、程度の多少は有れどラノベでも例外ではありません。
小説とは、この「前提」をキャラクターと言う形而上の役者を通して議論させあい、結論に至るまでの過程を文章に起こして物語った本と言えるでしょう。
では、僕の小説の「前提」とは何なのか?
そこがまず問題です。

以下自著のURLを貼ります。
https://ncode.syosetu.com/n2843em/

さらっとでも読み流してくれれば幸いです。
どうしても、ジャンプできない場合はなろうのホームページで「白きエルフに花束を」と打ってください。

皆さんのお返事をお待ちしております。

上記の回答(キャッチフレーズの作り方と、「僕の異世界冒険記」二部作のテーマとは?の返信)

投稿者 三文山而 : 0

まずキャッチフレーズの作り方ですが、「1.自分の作品をざっと眺める。 2.人を笑わせたり度肝を抜いたり、目にした人の印象に残るような作品の要素を良い感じに短くまとめる」でしょうか。例えば「要塞国家ニッポン」とか「身長190センチの肉食系メイド長」とか内容に興味を持ってもらえそうな言葉を本文中から見つけられればと。

テーマについてですが私は作者が自作品のテーマを他人に確認する意味は無いと思っています。作者や出版社が「この作品のテーマはこれだ!」と言って読者に画一的な読み方を強制することはできませんし逆に読者が編集部や作者に「このシリーズのテーマはこれだ!」と強要することもできません。
小説のテーマとは「作者と読者で認識が一致しないし読者の間でもバラバラに受け取られるし作者自身が自作品のテーマをはっきり意識していなくても全く問題ないというぐらいあやふやなもの」というのが私の考えでございます。

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: キャッチフレーズの作り方と、「僕の異世界冒険記」二部作のテーマとは?

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投稿日時:

元記事:情景描写、表現について

人物の気持ち、周囲の状況等を説明するとき
「~の様な」と、「様」を多用してしまう癖があります
書いてる途中でそれに気付いて他の表現方法を探すのですが他に思い浮かびません

「人のはらわたの内側の様な」
「肌の表面に氷を押し当てられている様な」
「そのどれでもある様な、どれでも無い様な」
「最初からそうであったかの様」

これが全て13行の中に入ってしまっています
「様」を減らすにはどうしたら良いのでしょうか
宜しくおねがいします

上記の回答(情景描写、表現についての返信)

投稿者 手塚満 : 1

まず最初に申し上げておくべきなのは、比喩(直喩)の「~のような」は、多用しても構わないものだということです。

誰もがよく知るものまで「~のような」とは書いておられないんじゃないでしょうか。例えば「猫」と書くに、わざわざ「~のような」で形容したりしないはずです。

読者が多分見たことがなさそうと思うから、似たもので例えるため「~のような」が出てくるのでしたら、問題ありません。作者オリジナルの空想上の生き物とか、キャラの感覚とか、「~のような/ように/ようだ/etc」を使わないと表現が難しいものはたくさんあります。「よう」を使って分かりやすくなるなら、迷わず使うべきです。

と、原則論はここまでにしまして、お示しの表現例について考えてみます。

1> 「人のはらわたの内側の様な」

「はらわた」は漢字は「腸」で、おおむね大腸を指しますが、他の内臓も含めることもあります。仮に大腸だと解釈するとして、その内側ですから大腸の中ということになります。

字義通りに解釈すると、読んでも分からない表現でしょう。仮に論理的には分かったとしても、イメージは湧きにくい。

もしかすると、人間の内部のような、という意味で書いたのでしょうか。つまり「人のはらわたのような」でいいところを、はらわたを内側と言い換え、付け足してしまったとか。

もしそうなら、余計な「内側」が邪魔をしています。言い換えれば、「馬から落馬」みたいな重複表現です。

2> 「肌の表面に氷を押し当てられている様な」

これも「肌の表面」という表現が疑問です。肌は人間の表面にあるものです。その表面となると、さらに細かく識別しているようなニュアンスとなります。

でも、これって「肌に氷を押し当てられているような」か「体の表面に氷を(略)」ではないんでしょうか。もしそうなら、これも重複しています。

3> 「そのどれでもある様な、どれでも無い様な」

これは比喩ではなく、断定を避けて、曖昧な感じを表しています。「よう」以外に、「らしい」「みたい」等もありますから、適宜、言い換えるといいと思います。

「そのどれでもあるらしいし、どれでもないらしいし」
「そのどれでもあるみたいだし、どれでもないみたいだし」

4> 「最初からそうであったかの様」

これも断定を避ける「よう」です。上記表現だと「「風(ふう)」等でも言い換えることもできます(「みたい」等も使える)。

「最初からそうであったかの風(に)」

以上、見てみましたが、1~2は重複表現でおかしくなっている可能性が高く、もしそうなら「様(よう)」で誤魔化していると思われます。このパターンの対策は、「様(よう)」はひとまず置いといて、「様(よう)」以外の表現がおかしくないか点検することが有効と思われます。

3~4は、おそらく問題ありません。が、気になるようでしたら言い換えを用いればいいと思われます。つまり、もし問題があるとすれば、語彙だということですね。読書量に応じて増えていくものですし、少しでも疑問に感じたら辞書を引くようにすれば、上達は速くなります。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 情景描写、表現について

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元記事:温度差

こんばんはです。
いつもお世話になっております。
主人公は、競輪選手になるために真面目に練習してるのですが新入部員は、競輪選手になるつもりもなく楽しく部活ができれば良い考えをしています。
プロになりたい人と楽しくやれればいい人の温度差を縮める話が書きたいのですがどうやって縮めるか浮かんできません。
大きく振りかぶってのアニメを見て目標をみんなで話し合って決めてるとこや、ハイキューの月島がほかと温度差があるのはわかりますがこれとは、違うなって感じました。読んだら良い本などアドバイスもらえると助かります。よろしくお願いします。

上記の回答(温度差の返信)

投稿者 田中田中 : 0

温度差ですか……。
スラムダンクの赤木が2年生の時にやらかした失態でしょうか?
湘北という高校で全国に行きたいのは赤木と木暮だけ。
それは周囲の凡人は嫌になり辞めて行ってしまいます。
新しい部員を勧誘するとかしかなさそうな気がします。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 温度差

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