元記事:恋愛
『コメディ、ギャグ』
主人公の女生徒が恋愛した方が良いか、友達の恋愛を見て、笑いを取る書き方が良いのか悩んでます。主人公が恋愛しちゃうと書きにくくなりまして。アドバイスお願いします。
上記の回答(恋愛の返信)
スレ主 ポコポコ : 0 投稿日時:
お返事ありがとうございます。
主人公は、恋愛なしにします、友達の恋愛を使うことにします。
『コメディ、ギャグ』
主人公の女生徒が恋愛した方が良いか、友達の恋愛を見て、笑いを取る書き方が良いのか悩んでます。主人公が恋愛しちゃうと書きにくくなりまして。アドバイスお願いします。
スレ主 ポコポコ : 0 投稿日時:
お返事ありがとうございます。
主人公は、恋愛なしにします、友達の恋愛を使うことにします。
初の返信です。
内面の成長を大雑把に言い換えれば「今まで出来なかったことが出来るようになった」でしょうか。
主人公の未熟な点が試合中の肝心な勝負所で響いてしまった、ということならば主人公はそれを克服するために努力するでしょう。
「幼少期のトラウマで、相手を剣で切ることに躊躇いを覚える」という例で話を進めましょう。その弱点を克服するために主人公は努力します。
努力といっても、ただひたすらに修行するシーンを書いたって読者は面白くありません。(というか、その描写は小説に不向きです)。
そこで内面の葛藤を書き出します。
主人公は弱点を克服するために何回か敵と対峙しますが、そのどれもが失敗。どうして剣を振れないのだろうと悩んでいるところで事件が発生します。
主人公の大切な人が敵に攫われてしまいました。助けることが出来るのは自分一人。しかし、助けるためにはどうしても剣を振る必要があります。
「剣を振るのが怖い、でも助け出さなければいけない。いや、大切な〇〇の為なら、こんなことで悩んでいる場合じゃない。くそっ、もうどうにでもなりやがれ!」:イメージ
主人公は自分を叱責して敵陣に突っ込みます。無我夢中の主人公は剣を振ることに恐れを覚えず、怒涛の連撃で敵を倒し、見事に大切な人を助け出します。
この事件以降に剣を振れるようになり、剣の腕は上達、「自分の剣は大切な人を"守る"ためにある」という自我なんかが芽生えちゃったりします。
紛れもなく成長していますね。
ここまでダラダラと解説してきましたが、要は「抑圧→解放」です。
まとめが下手なので、ここら辺にしておきます。お目汚し失礼しました。
スレ主 ポコポコ : 0 投稿日時:
スポーツ物ですが、分かりやすく教えていただきありがとうございました。
部員の中での真剣勝負のときに上手く使って書いてみます。
精神面での成長の場合、「何かに気づく」「考え方が変わる」ということになると思います。
その結果として、「今でできなかったことができるようになる」のです。
気づきというのは、例えば「周りの仲間が弱いので、一人で何でも解決しようとする一匹狼キャラ」の場合は、「背中を預けられる仲間がいる」というのが気づきです。
欠点克服に至るまでに、以下の四つのイベントがあれば大体形になるのではと思います。
・欠点を明確にするイベント
・それが欠点だと気づくのに必要なイベント
・欠点を補うあるいは失くすためのイベント
・欠点を乗り越えたので、前はできなかったことができるイベント
最低この四つさえあれば、大体形になると思います。
先ほどの一匹狼に当てはめると、
・欠点を明確にするイベント
単身敵に挑み続け、それを指摘・避難される。
・それが欠点だと気づくのに必要なイベント
一人では勝てない敵が現れる。
・欠点を補うあるいは失くすためのイベント
一人で勝つために強くなろうとする、あるいは一人で敵に挑み続けるも敗北。
『そんな中、仲間に助けられたり、仲間が以前は倒せなかった強敵を倒せるようになったりしており、仲間がもう弱くないことに気づく。同時に信頼関係も結んでいく。』
頼れる仲間がおり、皆と一緒なら勝てるかもしれないことに気づく。
『』部分は、上記の強敵が現れる前にある程度進めてしまってもいいかと思います。
・欠点を乗り越えたので、前はできなかったことができるイベント
「欠点を補うあるいは失くすためのイベント」の強敵に対し、全員で協力して勝利する。
とまぁ、ざっとこんな形になるのでしょうか。
「欠点」と「それを克服した結果どうなるか、克服するために必要な材料は何か」が見えてくれば、自ずと道筋は見えてくるんじゃないかなぁと思います。
ちなみに余談ですが、戦隊や子供向けヒーロー番組はこの辺結構わかりやすくて、
「問題提示→その問題に沿った怪人→怪人を倒せない→なんやかんやで冒頭の問題解決→怪人倒す」
という流れを30分でやります。(個人的に戦隊で一番すごいと思った部分)
全編を通して成長させる場合もあり、その場合は一年もあるので非常にわかりやすく成長しています。
対象年齢が低いせいか、結構この辺の成長は顕著なイメージがあります。
また、子供向けでなくても、ヒーローものは結構成長が分かりやすい印象があります。参考になるかもしれません。
また、青春ものやアイドルもの等も、「精神面の欠点」を明確化して変化させることが多い印象があります。
スレ主 ポコポコ : 0 投稿日時:
詳しく書いて頂きありがとうございます。
凄く勉強になりました!
成長、絆など全く無くだらだらと掻いていて、読み返してるうちに気付きました。
でも、成長などを表現するにはどうしたら良いのか解らない状態でした。
とても参考になりました。
また、行き詰まったとき宜しくお願いします。
>内面の強さが成長したことを文字で表すのが難しくて
つまり、「何を書けば成長なのか」を明確にしておけば良いという事です。
すなわち「成長の定義」を考えておくとやりやすいかと思います。
例えば「内面」なので王道で言うと「勇気」でしょうか。
成長を「勇気を持つ事」と定義すれば、勇気を持って立ち向かう姿があれば成長したと言えます。
すると、序盤中盤では「勇気がない姿」を書く必要があります。
「勇気のない少年が勇気を持って立ち向かう」という話になるので、その過程「勇気を持つに至った物語」がそのまま「成長」を書いていると言えるわけです。
また別の方法では、何かしらの象徴を用意するのもやりやすいです。
例えばライバルとありますが、ライバルというのはだいたいが主人公の映し身であることが多いです。
主人公が敵側の存在だったらこんな感じとか、主人公の理想像はこんな感じとか。
要するに、「ライバルを打倒する」ことで「それを乗り越える」という描写になってるわけですね。
打倒せずとも、ライバルに「主人公の理想像」という象徴を用意することで、ライバルとぶつかり合う展開そのものが「それを乗り越えようとする」という成長の描写になるわけです。
つまり、こう言っちゃなんだけど、何の考えもなしにライバルを出しても、その激突で何を書いてるのか自覚してないから成長が書けてないわけです。
これは「成長」だけでなく「内面」に関わる事なら何にでも応用できます。
例えば「葛藤」は、ライバルを「戦いの象徴」として主人公を「戦いを止める象徴」として書けば、二人がぶつかり戦うことは「戦うか、戦わないかの葛藤を表現している」と言えるわけです。まあ二人は戦ってるけども。
つまり。
>試合での勝ち負け、ライバルの出現、後輩ができる
成長はその内容で描写していくもので、そのためにはそれぞれ「試合」が何を意味しているのか、ライバルは何なのか、後輩はどういう意味なのか、そういうのを考えなきゃいけない。
で、考えれば、今度は、例えば「試合」は「主人公の力量」を示しているのなら、誰に勝って誰に負けるのかすぐに判断できますよね。
例えば「ライバル」が「主人公の理想像」であるなら、ライバルに勝利してしまったら理想を乗り越えたってことになるから、そうそう勝っちゃマズイですよね。
こういう、象徴や定義の扱い方がそのまま「成長をどう書くか」という事になります。
>文字で表すのが難しくて
文字ではなくて、物語で表現してみましょう。
スレ主 ポコポコ : 0 投稿日時:
ライバルに勝つ、負けるで、何が成長するか決めてから書くことにします。
皆さんのアドバイスを見ていて、あしたのジョーが、浮かんできました。
力石に負けて、ライバルが死にと色々湧いてきました。
また、行き詰まったら宜しくお願いします。
二人称は対話形式なので、たぶん間違えてると思う。
おそらくライバルに視点を合わせた口語体の一人称なのでは。
理想で言えば、あまり視点は動かさないほうが良いでしょう。
デスノートのライトとエルで例えれば、「相手が何を考えてるのかわからない」から面白いので、相手の意図を書くために視点を移したりしたいだろうけど、可能な限り主人公の視点でそれらを書いたほうが良いです。
というのも。
デスノートの主人公は、「エルはこう考えているだろう」とか「バカだなデューク、それこそエルの思うつぼだろ(と解説を始める)」とか、あくまで「ライトの推測」という形で相手の思惑を語っています。
漫画なのでエル視点にもなるけど、この場合も同じ。「キラはおそらくこういう思想を持っている」とか、推測を語っていることが多い。
「こういう意図があるから、これからこういう行動を取るぞ」と計画など行動について「思ってること」を直接書くことはほとんどなかったと思う。
これは、こう書くことで「相手の思惑を看破する頭のいいキャラクター」という描写ができるので、視点を移さず主人公の視点から「予想・予測」を書くことでライバルの思惑を伝えてくほうが良いためですね。
しかし、「止めたほうがいいか」という話になると、別に良いのではないかなと思います。
書いたことと矛盾してるようだけど、「相手の予想を書けばいいだけ」と、言うのは簡単だけど、実際物語に落とし込むのは難しいと感じるだろうし、作者の感性で創意工夫して、その結果視点移動させようってことになったなら、それはそれで良いと思う。
スレ主 ポコポコ : 0 投稿日時:
凄く分かりやすく教えていただきありがとうございます。
主人公視線で書いていきます。
カテゴリー : キャラクター スレッド: ライバルとの戦いで
この書き込みに返信する >>現在までに合計63件の投稿があります。 5件づつ表示中。現在全13ページ中の2ページ目。
主人公の正当性、正当化について私が今考えている物語と合わせてご質問したいです。
主人公は性同一性障害気味の男の娘。彼は男の子であるせいで差別や偏見、性的外傷を受け性格が歪んでしまっています。そのうちに「好意を持ってもらえる」女性という生き物に対して嫉妬するようになり、次第に恨みになっていきます。
この物語の序盤から中盤にかけて段階的に感情の変化を重ねますが、結果的に問題は解決しません。そして、ついに耐えきれなくなった主人公は、物語の終盤で人々の前に「加害者」として現れます。
この一連のプロットの中で、どうにかして主人公を正当化できる内容を入れたいです。
言うなれば進撃の巨人のエレン・イェーガーのような、理由付けをして正当化をしたいです。といっても読者に「主人公が100%正しい」と思わせるのではなく、あくまで共感してもらう程度でいいです。
どのようにすれば、正当化して共感を誘えるでしょうか?
投稿者 サタン : 3 人気回答!
主人公を弱者にする。
例えば小学校の頃に男子に興味を持ってしまい「ホモ」と言われイジメられるとか。性に関わる事だけでなく、バイト先とか部活とか自治会の手伝いでとか多方面において主人公はどんくさくて嫌な思いをするとか。その主人公の近くに可愛くて世渡り上手な女の子がいて、主人公に「優しく」してくれる。もちろんこれ「好意と嫉妬」に関わる皮肉表現ね。
『Raw』って映画で、これはカニバリズムがテーマのホラーなんだけど、この映画のインタビューで監督が苦労した点として「観客が主人公に共感する行程を作り上げることだった」と答えてる。
もう少し内容を書くと、ベジタリアンの女の子がパーティーで生肉を食べることを強要され、次第に人の肉を食らうことに目覚めていく。って内容。
この映画で監督が行った共感の手段は、まず「食べられる人(被害者)」を暴力的な男とか嫌な人にしたり女嫌いな人を出したりして、状況として観客が主人公の味方になるようにした。
御作の場合、性同一性障害の男の娘の女性に対する嫉妬や恨みを書くわけですから、この時点で「共感」はしにくいです。
なので、映画Rawのように、ダイレクトな共感演出ではなく「読者に、主人公の味方になってもらう」という手段が適切ではないかなと思います。
そのための方法として、主人公を弱者にする。嫌な人物を近くに置く。というのがわかりやすいのではないかなと思います。
カテゴリー : ストーリー スレッド: 主人公の正当化について
この書き込みに返信する >>投稿日時:
はじめまして、雨降りと申します。
私は今現在SF要素(未来や過去、並行世界など)を混ぜ込んだラブコメを書いているのですが、物語の終わり方に悩んでいます。
マルチエンディングというべきなのかは判りませんが、ヒロイン1〜3までの誰か1人と付き合い、共に物語の命題や困難を乗り越えて終幕! という、いわゆる美少女ゲームのエンディングのような形で締めたいのですが、やはりこのような「物語の終わり方が複数ある」タイプの小説は受けないのでしょうか?
投稿者 手塚満 : 2
マルチエンディングって、ゲームではごく普通にありますよね。だけど小説(映画、アニメ、ドラマ等々)では少ない。とはいえ、マルチエンディングに似たものとしては、過去への時間移動があります。失敗したら過去に戻ってやり直す、成功するまで粘り続ける、みたいなものです。
ただ、失敗したら、なんですよね。「よーし、上手くいった! じゃあ別のほうもやっとくか」みたいな小説は、どうも心当たりがない。女神転生シリーズですと、原点となったOVAは筋書きも結末も1つだけ。ゲーム化されて、スーファミになると明確に「Law、Chaos、Neutral」のイベントから結果までが用意されるようになった。イベントや結末は、主人公=プレイヤーの選択によって変わります。全3ルートをクリアして、どれが自分的に納得いくかを試すプレイヤーが多かったようです。
ゲームではよくあるのに、ラノベ等ではマルチエンディングの手法で当たったものがないのはなぜか。おそらく、ゲームだとプレイヤーが物語作りに参加していることがあるように思います。自分の思考錯誤の結果だから、結末に価値が感じられる。他の可能性も自分で試せるとなると、やってみたくなったりもする。
しかし、小説(、アニメ、ドラマ、映画等)は作者が全て決めます。読者はただひたすらに作者の選択を見せられるだけ。ゲームを横で眺めていて、プレイヤーより楽しめるかというと、そうはいきません。異なる方法で何度もクリアしたとしても、見ていて飽きる一方です。だって自分で遊んでないから(例外として超上級プレイヤーのテクを観戦とかあるけど割愛)。
小説とて同じです。ましてや、あり得る成り行き、起こり得る結末全部見せて上げます、といわれたらワクワク感の正反対になりかねません。その代り、小説では読者が思いもつかない展開、意外過ぎる主人公の選択などを出すことができます。読者だったら絶対に選択しないようなことでも、作者が導いていけるわけですね。
しかし大事な選択はジレンマが生じるものですよね。ジレンマが生じないとしたら盛り上がらない。AとBの2択でAを選んだら、Bだったらどうだったか気になるくらいがいい。じゃあ、Bの場合も見せたら、読者はより満足するのか。難しいと思います。
Bが惜しいと思うからこそ、Aが映えるという現象があるのです。サンクコストの一種かもしれません。ゲームだとプレイヤーに能動性がありますから、Bも試せたほうがいい。ですが、小説の読者は受動的にならざるを得ない。単純には小説が不利なようですが、メリットにもなります。惜しむ気持ちについては満足させず、それにより実際に主人公が選択した行為に魅力を持たせることが可能だからです。
時間遡行してのリセットがマルチエンディングと似ていると申しました。が、重要な違いがあります。主人公が過去に戻ってやり直すのは、たいてい失敗したときです。やり直して、また失敗だったなんてストーリー、よくあります。何度やり直してもどうしても失敗になる。
これは主人公を追い詰める手法になっています。ハッピーエンドをたくさん用意して、ハッピーの足し算というものではない。その逆ですよね。どうやっても失敗になることを主人公が確認し、感情移入している読者も主人公と一緒に絶望する。要は盛り下げです。そこで一筋の光明を主人公が見出す、ないしは主人公が考え方を変えたりして、テンション上げれば、落差の大きい山場を作れるわけです。
マルチエンディングの小説が少ないのは、単に誰も試していないということではないです。マルチの結末を用意しにくいわけ、用意しないほうがいい理由があるわけです。そういう要因を考慮しても、なおも全結末が見せたほうが盛り上がるようにできるなら、マルチエンディングを試みたらいいと思います。書き上げてみて、確かに1ルートのみより良いと確信できたら、公募なり発表なりしたらいいでしょう。しかし、なんとなくやってみたいというレベルでしたら、避けるべきだと思います。
カテゴリー : ストーリー スレッド: 物語の終わり方と受けるか否かについて
この書き込みに返信する >>投稿日時:
お久しぶりです。
今回相談、もとい知恵をお借りしたいことは「WEBで書籍化することと、公募で受賞することは、まったく違うことなのか」ということです。
修行のため某小説投稿サイトに登録して作品を執筆していたのですが、どうにも公募で作品を書くのとは勝手が違うようで……。
(なんでも経験だと思って、いろいろ勉強して試してはみたのですが……)
ストレスフリーな異世界系は、どうにも「良さ」が理解できない感性を自分は持ってしまっているようで、そのサイトの読者の趣向に合わせたものを書こうとしても微妙にズレが生じてしまいます。
技法はシナリオ構築論なんかは先人からアドバイスを受けて、実際に使ってみて、自分の身についたのですが、どうにもWEB小説投稿サイトでは書籍化できる領域まで達せないような気がします。
ただここで逃げてしまっては、どうせ公募でも上手くいかない(WEBでウケないものは、公募でも受賞できない)のでは?とも思ってしまいます。
素直に公募作の執筆に戻るべきだとは思っているのですが……。
投稿者 ごたんだ : 0
『真面目一辺倒、シリアスだけをやっていいのは死片暗いである…!』
プロとは何か?
それは『プロの世界で通用する“型”を持つ』ことである!!
攻略不能の必殺技一つ、それも自分だけが使える!…これはプロにとっては理想郷の一つである。
これは主人公の属性に成り易い。
(例:リンクシーカー、夜明けの指輪)
この理論で行くとロボット分野という唯一尖った武器を捨て、昔小さな巨人と言われた殺生丸高校が全国優勝したから、進学先を変えるボレー中学生みたいなものである。
しかも、レギュラーが取れないから遣りたくも無いポジションに変更しようと言う体たらく…
実績も自芯も無い以上、柔軟性こそ最大の武器にしようと言う戦略は分からなくも無いが…プライドがあるなら“武器”を手放すな!
武士とは、もちろん武芸十八番極めているものだが“魂”の置き場は常に忍にあるものだ…。
話しは少し戻るが、武芸十八番を収めるものとは、“流行に乗れるもの”である!
刀一本じゃ濁流に長されるだけだが、二刀三刀と持つと川を俯瞰して見れるようになるのだ。
つまり『波を切って進めるもの』は“コミカルなギャグも、シリアスな悲しい話し”も必修済みだと言うこと…!
話しが兵站=ギャグを入れろ!
作品を作るのに大事なのは、知力も体力も運もあって困らないが、大事なのは波、つまみ“ノリ”だ!!!!!
カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: WEB小説でウケるのと、ライトノベル新人賞で受賞するのは、まったく別のこと?
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