セリフ対地の文が1:1=ほぼ動画の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信
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>こういう認識で合ってますか?
私の言が正解ってわけじゃないけど、たぶん私の理解は伝わってると思います。
ようは、読者が「スムーズに文章を追える」ようにすべきで、そのためにはアクションで流れを作るのがラノベ的エンタメには良いだろう、という感じ。
アクション、つまり行動があるとその行動を追えばいいとわかりやすいですから。
逆にアクションを作らずに文章を続ければスローに思えるし、アクションを挟む頻度をコントロールすることで、あくまで読書感の速度はコントロールできるだろう。という考え。
なので、一文を短く改行多めにすることはアクションを挟む頻度を短くできるし、長ければ長くなる。だから、前レスで書いたように短く改行多めにすることでそういう効果はあると思う。
けど、文章を短く改行多めにしてもアクションが無ければ意味がないし、逆に文章が長くても文章の中で複数のアクションを取ってたり長すぎず適度にアクションを起こしてれば読書感にスローは感じない。と思う。
でも、これはあくまで「わかりやすいように」の最たるものとして「アクション」を挙げてるまでで、
つまり「敵が出る」なら読者は「敵を倒す」を追えばいいと言わなくてもわかるわけで、一番わかりやすいわけで、
前レスでも一応書いたけど、この「アクション」の本質は「読者の興味」を指しています。
その場面で興味ある事柄があればアクションでなくても流れは作れる。
例えば主人公の技量は明らかに敵より劣っているのに敵を圧倒した、みたいなシーンなら「その種明かし」に読者の興味は向かうわけで、その説明をするためにいちいち登場人物が行動を挟んできたら逆に鬱陶しいでしょ。その説明において読者の興味は「種明かし」にあるわけだから。
それで言うと、「人質」を挟んできたのはいいね。
白状すると私は単純に「剣を構えて敵に切りかかる」「いなされるが敵の脚に傷を与えられた」「速度を奪えたので、二の太刀で敵を切り捨てる」とか、戦闘のみで考えてた。
でも人質を入れることで「敵を倒す」ための障害として人質が役立つから、そっちのほうが面白い。
私の戦闘のみの例だとスピード感を出すには長く書けないから、スピード感を出す代わりに味気ないシーンになりかねない。
人質を挟むことで読者の興味は「敵を倒す」から「人質を助ける」に変化するから、そういう障害を絡めるのは良いと思う。
けど、そしたら以降の文章は「人質」に興味が向いてしまうわけだから、それに関係するアクションが望ましいと思う。
すると「敵からの侮辱」は人質を絡めたセリフになるだろうし、自身の名誉は関係ないんじゃないかなと。「不敵に笑う」はそれを油断と取って主人公が行動開始する起点=主人公のアクションになって、「敵を倒した」でまとまる感じか。
ただ、私も常にこんなこと考えて執筆してはいないです。「ここはスピード感を出したいな」とか「ここは印象付けたいからスローな展開にしたいな」とかという場面で文章を再構成するときに考えたりして、主に推敲でやってます。
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スレ主 リトル 投稿日時: : 0
追記です
あの例がちぐはぐになったわけって、アクションが前のアクションを上回っていないからだと思います。だから流れを作るには、「人質の安全」<「自身の名誉」という主人公が望ましくて、人質の命を助けるのは自身の名誉を守るため、という事前の根回しが必要だと思います。
カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: セリフ対地の文が1:1=ほぼ動画