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どうしたら半スランプから抜け出せるか (No: 1)
スレ主 藤村 投稿日時:
半スランプになってから早四年が経ちます。
そのあいだ、一文字も書かなかったわけではないので半スランプと定義するのですが、まったく書ける気がしません。
第一に、自分は学園バトルアクションばかり書いていて時代に取り残されたことがあります。
第二に、書きたいという気持ちもインプットも欠かしてないのですが、それでも筆が取れません。
長文失礼しました。お返事、待っています。
カテゴリー: やる気・動機・スランプ
この質問に返信する!どうしたら半スランプから抜け出せるかの返信 (No: 2)
投稿日時:
残念ですが、おそらくそれが須藤直己さんの実力なのかと。
プロ棋士である羽生善治さんが言うに、将棋の世界には「不調も3年続けば実力」という言葉があるようです。私はこの言葉は小説の世界にも通ずるものだと思います。
スランプとは「一時的に、調子が出ないこと」を指します。3年以上継続して書き上げられない(と私は受け取りました)となると、もはや「本当は書けるはずなのに書けない」のではなくて、「そもそも技術がなくて書けない」ことが疑われます。
そちらの可能性を念頭に置いて、技術本を読むなり、上達を目的としたコミュニティに参加するなりをして、自分の能力を高めていくこと、欠落している技術を埋めていくことを心がけてゆけば、なんらかの解決へと繋がっていくのではないかと私は思いました。
どうしたら半スランプから抜け出せるかの返信の返信 (No: 3)
投稿日時:
すみません、名前間違えました。
「須藤直己さん」→ 「河村さん」です。
申し訳ない。
どうしたら半スランプから抜け出せるかの返信 (No: 4)
投稿日時:
私は絵画でスランプをかなり経験しましたが、その解決策はアイデアが出るまで放っておく。数週間後には結局描けているというものですが、正直四年ともなると、そこが限界という事になるのではないかと……思います。(四年ほどあれば気分転換など手は尽くしているはずですから
人気回答!どうしたら半スランプから抜け出せるかの返信 (No: 5)
投稿日時:
ざくっと書きます。
>第一に、自分は学園バトルアクションばかり書いていて時代に取り残されたことがあります。
この状況が見えませんので言葉通りにとりますが『時代に取り残された』というのは、裏を返せば『時代を追いかけていた』ということです。
このやり方を否定はしませんが、コツがあります。
ひとつは最先端を突っ走り続けること。
誰かの後追いでは成立しません。
常に新しく魅力的な”なにか”を提供し続ける必要があります。
なぜなら受取手は、同じようなモノを見せられ続けると、いずれ必ず飽きるから。
要するに需要が下がってくるわけですが、ここで誰かの後追いは方向転換ができません。ブームの低下、下がってくる需要と一緒に落ちていく、気づくのが遅すぎる、というリスクを伴います。
最先端を走るというのは、常に新しいモノを短期間に続けて提供し続ける必要があります。需要の低下にいち早く気づくことができる、つまり方向転換が素早く出来るということですね。これを生かすのが分析するためのデータや、数字を追いかけるという作業。
コツというのはここ。
私は執筆はしませんので私の仕事に当てはめてますが、クライアントのことです。
おそらくは小説なら出版社・編集者の仕事になるはずです。(というか、最新でなかったり不正確なデータは「分析したよ」という事実そのものが判断ミスを煽りますので、個人で行うなら高リスクの覚悟が必要です。後ろ盾ナシではお勧めしません)
もうひとつのコツは、オリジナリティ。
執筆者、特にアマチュアの方にとっては現実的な方法になるはずです。
流行そのものの後追いをしていても、”ウリ”となるポイント、他作品との差別化がなされていれば、勝負所が変化します。
理想的には『なんとなく流行ってるジャンルだから読んでる』ではなく、『○○さんの小説でしか味わえない魅力があるから読んでいる』ですね。
言わずもがな、こっちは強いです。
方向転換に後れを取っても、修正できる時間的余裕が生まれます。
で、耳の痛い話をしますが『学園バトルアクション』に書けなくなった理由を求めるのをまずやめた方がよいです。
ブームの時期より圧倒的に少なくなりましたが、出版されていないわけじゃありませんよね。
近々でも【羊太郎著:ラストラウンド・アーサーズ】がありますし、続刊の発売日も決定されてます。
流行ってなくともブーム以降も出版はされ続けているという事実です。
人間は迷いがでると理由を求めたくなるものですが、スランプとは切り離された方が良いかと存じます。
>第二に、書きたいという気持ちもインプットも欠かしてないのですが、それでも筆が取れません。
スランプというのはクリエイターにつきものです。
ひとつ脱出法を。
個人的には『これ以外はない』と断言できる方法なんですが、それが他の人に当てはまるかどうかは解りません。
人によって比率は異なるとは思いますが『感性で創作している、それを支えているのが技術』これが日常、普通の状態です。
調子がよい、次から次へとアイデアがわいてくる、ぶっ倒れる直前まで頭さえまくっている。
こういう時は、ほぼ感性が原動力です。
技術の方は意識外で、勝手に脳みそが極小のリソースでやってくれます。
で、スランプというのは感性が低下する、つまりメンタルに原因があるわけです。(フィジカル的なこと、肉体が原因、単純には風邪ひいたなんてのは置いときます)
スランプのときは前述の比率を極端に技術にふる。
感性が弱っているなら、技術を使うしか方法がないわけです。
身につけた知識や技術がありますよね。
それを使って、主にアイデアに知識を総動員させて補完し、物語は理詰めでやってください。(私の仕事に当てはめてますが、この相関関係で大丈夫なはずです)(ぶっちゃけ知識や技術は、こういった時に使うためのものです。快調なときに活躍の場はあんまりありません)
こうやって無理矢理でも納期に間に合わせる、クライアントに不出来を察知させない、それに死にものぐるいになるとスランプから立ち直る、というのが私の脱出法です。
有り体に言えば、手を動かすのを最優先にする、ってだけですが。
技術については、少々は忘れてても大丈夫でしょう。
書籍、つまり文字として表記することが可能ですから、資料には事欠かないはずです。
どうしてもアイデアにつまるなら過去作のリメイクでも結構ですし、それでもダメなときは『個人的な練習で発表もしない』という条件付きならば、著作権にすら気を配る必要もありません。
昔話でも古典落語でも膨大な作品数がありますし、それらはページ数になおしても短いものですから、現代劇にし、登場人物をラノベ風に変換するだけでも短期間に多くのトライアンドエラーが可能なはずです。
そうやって手を動かし、無理矢理ひっぱたいて眠っている感性をたたき起こして下さい。
いずれにせよ『書けない理由』はたまた『書かない理由』これらを探したって解決にはなりません。
ぶっちゃけ飯を食えてるならいいじゃないですか。
スランプはなかったこと。
ゼロから始めたってよいと思いますよ。
4年というのは、そういう方法も考える期間だと思います。
あまりご自分を追い詰めないであげてください。
もっと気を楽に。深呼吸して。
その分、手を動かし、数多くのトライアンドエラーを。
どうしたら半スランプから抜け出せるかの返信 (No: 6)
投稿日時:
それは、ライトノベル作法という状況でどうにかなる話ではないと思います
率直に言いますが、小説やライトノベルに関しては、いつまでも具体性を欠き続ける
事が多いです
この世界には多くの原理原則があるのに、小説は文章表現に終始するからです
何かのより具体的な誤りではないかと思われるものさえ、常に文章表現によって
言い表されるとなると、世界の中に存在する人間の機能としての思考、動作、心身を
害して当然です
自ら偏狭へと突き進み、その中で通じるものしか選ばなくなるからです
私の専門はそういうものへの対症療法と研究で、ここへは縁と趣味でしか来ていませ
んが、ここでのおおよその趣旨がどうであれ、できうる限りを表現へと集約させる
こと、その技術技法を募ることがどれだけ確からしいのか、逆にお尋ねしたいです
執筆行為よりも先立って、その主体である心身が健康であること
それが一番大切であり、思考と感情を持ちながら、思いつく限りだけで機械的な整然
さを求めるかのように区分することは、危険だと考えます
ヒトは決して機械ではないからです
少なくとも私は、そのように心得ています
スランプではなくただ健康を損なっており、また世界の知識が不足しておりインプットという言葉では済まなかった、だからアウトプットに疑念を覚えた、ただそういう
ことではないのですか?
それにはあなたの外に何かを定義しようと試みるのではなく、あなた自身の受診や
休養、そしてこの世界における学習や勉強と、その習得の出番が先立つべきだと考え
ます
それを文章だけで書いたり示唆するのは、ネット上では困難です
表現を選んでしまっては、やはり偏ってしまいます
また創作行為関連のみへ誘導することを選ぶと、何度だろうとその時々の他の要因に
よって、起こり得てしまうことではないかと考えます