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自身の完璧主義に負けて小説を完成させられない (No: 1)

スレ主 geta 投稿日時:

はじめてここに書き込みます。

タイトルのとおり、自身の創作における完璧主義に悩んでいます。
1.原稿用紙数枚分の文章を書く
2.「何かが違うな」という気になる
3.読み返してしまい、自身の文体、書いている内容、描写、展開に嫌気がさす
4.その作品を書き進めることをやめる
ということを最近繰り返していて、作品を一向に完成させられません。

いろいろな創作指南のサイトをみていると、例えば「プロットを作ろう」「振り返らずに(一度も見直さずに)書いて、あとから直そう」というような解決法が出ていますが、
プロット……組んでいると、上と同じ状況になってほっぽりだしてしまう
振り返らずに執筆……どうしても気になって見直し、推敲をはじめる
というように、自身の気持ちが完璧主義に負けてしまうのです。

昔は物語の創作が楽しかったのに、この現象が続くせいで「どうせ完成できない」と思いこんでいるきらいがあり、楽しくありません。
きっと自分は「人に見せるのだからいい文章にしなければ」と考えているのだと思います(実際、今書いているこの文章も何度か書いている途中に推敲しています)。この呪縛をどうにか取っ払いたいです。

正直、とてもつらいです。なんとか解決するか、軽減するかしたいです。
どのような方法があるでしょうか。また、似たような状況になった方は、どうやって切り抜けたのでしょうか。
なにとぞご教示お願いします。

カテゴリー: やる気・動機・スランプ

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自身の完璧主義に負けて小説を完成させられないの返信 (No: 2)

投稿者 サタン : 2 No: 1の返信

投稿日時:

自分の中で正解を持ったらいいんでないかい?
例えば、私の中での正解は「言いたいことが表現できているかどうか」で、それが面白いか面白くないかは度外視してて、その表現こそを楽しんでいるので、読者の目はどーでもいいです。
人の目に触れるから良い文をとか、昔は思ってたけど今は一ミリも思ってない。けどまあ、自分の表現は想定してる読者層に適切かどうか、というのは意識している。

だから、私の中の正解は「言いたいことが表現できてるか」なので、書いてて「なんか違うな」と思ったとしても答えは明確で、つまり「言いたいことが表現できていないから何か違う」と思ってるわけで、「言いたいことはコレだから、じゃあアプローチを変えたほうが伝わりやすいかな」と修正できる。
要するに、「どうしたら良いのか」という回答をすぐ得られる。それは自分の中に「正解」があるから。

内容・展開・描写に関しても同じで、うーん……これは正しいことを言うわけではなく私はこう考えてるよってだけの話なんですが、
そもそも内容や展開や描写はメインテーマに依存してて、例えば「人生は素晴らしい!」ということを言いたい作品だとすると、このメインテーマ「人生は素晴らしい」を分解することで展開や内容や描写が決まってくる。
だから、そもそもプロットの段階でストーリーラインを作ってる段階で「何か違うな」とか「これ微妙だな」というのはわかるし、その時点で修正して、執筆段階ではそういう事を感じる要素はもう排除できてる。
執筆ってのは創作じゃなくて、作業。
だから、こういう考え方ではなく、例えば「学園祭のシーンを書きたいな」「体育祭のイベントはこうしよう」「キャラはこういう活躍をして…」とか、内容や展開が「書きたいこと」としてシーンで独立してて執筆しながらその場面や次の場面に繋がるシーンを書いてるタイプとは合わない考え方だと思う。
私の場合、それだと各場面にまとまりがないと思ってしまうので、物語全体で表現したいものが表現できないと考える。つまり私の中の「正解」ではない。

まあ、スレ主さんはべつに完璧主義ではないと思うよ。
完璧主義なら諦めないもの。最後まで書き上げるという行為をまず完璧にこなすはずで、その出来栄えが完璧ではないから完成した原稿をまるめて捨てる、というとこまでやってるなら完璧主義だなって思うけどさ。
諦めて止めてしまった時点で、それ完璧じゃないよね。

じゃあスレ主さんはどういう状態かっていうと、自分の中で許せるハードルが高く設定されていて、自分が実現可能なレベルにハードルを落とせない、という状態。
言っちゃ悪いけど、無意味にプライドが高いだけ。
自分を含めた読者に、完成品を貶されるのが我慢ならないんじゃないかな。
だから、「自分の正解を決める」というのが解決になると思うよ。
正解があれば目指すものが明確になるから乗り越えやすいし、自然とハードルを下げられる。
誰かに何か言われたところで、たぶん腹は立つだろうけど、それでも「正解はコレだからいいんだよ、それを理解できないコイツがバカなだけだ」と思えるので、腹は立ってもそれを消化しやすい。

ちなみに創作は自己表現なので、「表現できてるか」というのは私の正解だと書いたけど汎用的な「正解」だと思います。
そこで個性的な正解に至らないとこが自分は雑魚なんだなぁと思うけど、再三「これは私の正解だ」と書いてるのはスレ主さんの個性を考えてのことで、思い至らないのであればとりあえず汎用的な「表現できてるか」をお勧めします。
書くことに慣れてきたら「表現とはどういう表現か」と個性を詰めてもいいわけだし。
作品や作者の個性次第では「表現は表現でもポップな表現が正解」と考えればそういう作者の個性としてテイストが出来るわけだし、最初は「表現できてるか」で考えるのが汎用的で初心的な「正解」じゃないかな。

それと、創作において「正しいハードルの設定」というのは、実は簡単で、料理で例えると「カレーはカレーの味がする」というのが正しいハードル。
決して「自分のカレーと名店の三つ星カレーを比較して自分のが劣る」とか、名店のカレーをハードルにしてはいけない。
繰り返し「カレーはカレーの味がする」というのが正しいハードル。
私の場合は、「この作品は『人生は素晴らしい』と言いたい作品だから、それが表現できてれば正しくハードルを超えられている」と判断する。
他人の作品を評価するときも同じように「作者が表現したいもの」はちゃんと表現できてるかってのが評価基準になってる。
もちろんこれは「正解」の話であって作者によって違うこともあるから、あくまで私にとって正しい評価基準ってだけなのだけど。

そんなわけで「正解」を持って正しいハードルを設定したらいいと思うよ。

自身の完璧主義に負けて小説を完成させられないの返信 (No: 3)

投稿者 t : 0 No: 1の返信

投稿日時:

こんにちは
「今日は良い文章書けたなぁ~~」そして気持ちよくなったまま本屋に行って、売ってる本の冒頭1ページ立ち読みして、意気消沈するとかそんなこともありました。
今にして思えば、書けない状況も含めてそれが現在の実力だと受け止めるしかないんですけど、なかなかね……。

プロットは書いてると文章の精度も上がるのでいいですね。
サイズが小さくなっただけの本編なので見直し、推敲をはじめたくなる気持ちもよく分かります。
完璧主義って言い方よりかは、ようは自分はどこが分からないから書けなくなるのか、気持ちが進まないのか、自分自身の小説の実力を知るところから。

ソシャゲにしたって、今度でるポケモンの新作だって、セーブ&ロードしたところからゲームを始めるしかないじゃないですか、何カ月放置してても代わりに誰かがやってくれることはないですし。
だから小説もまずは現状の戦力を把握するところからはじめてみて、自分の得意なこと(何時間でも楽しんでやれる作業を見つける)、弱点や苦手としているものを知るところから、そういったところを私は見直し始めましたね。
自分の得意なこと(何時間でも楽しんでやれる作業を見つける)が分かれば、極端な話そこを土台にして何百、何千時間と費やしつつ他に必要な要素をその都度育てていけばいいので。
その頃からスケッチブックとペンを持って週に2~3回カフェ通いが始まりました。
きついなー苦手や苦しい。
と思う作業でも環境を変えることで案外楽に続けることができるものです。

もしハリポタくらい売れる小説がいつでも書ける状態なら誰だって喜んで書くわけだから、お金がっぽりだしたぶん書いてると気持ちいいし。
でもそうじゃないってことは自分のなかでここが出来てないとか、もっとこうしたいとか何かあるわけですよ。
その本人にしか分からないモヤモヤをよく分からない嫌な気分といった「なんとなく」で終わらせずに、逆説的に何がクリアできたら気持ちよく小説ができるのか考えて、今はストーリーだなと思えばストーリーの勉強をするし、文体だなと思えばプロの文章を手で書いて息づかいを覚えるとか。

でも、そういったやり方は人それぞれ違うので。その人がこれまでの人生をどう歩んできたのか(例:高卒で働いた、例:事業で成功したとか様々……)などで、感性は大きく変わってきます。だから言葉では伝えのが難しくて経験した人にしか分からない、実際にやっている、その人自身の感覚が道標になってきます。
結果がでなくてもどんどん上達しているし、書くのが楽しくなっていく感覚を頼りにその方向に行くような、そういったワクワクの方向の流れを作っていければいいですね。

あせらず、なまけず、くさらず。
とりあえずカフェや喫茶店でリラックスしながらノートPCタブレット何でもいいので、書きたくなったら書く、書きたくなかったら2時間くらいぼーっとして帰るを2~3回くらいやってみると新しい発見があるかもしれませんし、できる範囲でいいんじゃないですか。
何かの参考になれば幸いです。

自身の完璧主義に負けて小説を完成させられないの返信 (No: 4)

投稿者 あまくさ : 1 No: 1の返信

投稿日時:

>1.原稿用紙数枚分の文章を書く
>2.「何かが違うな」という気になる
>3.読み返してしまい、自身の文体、書いている内容、描写、展開に嫌気がさす
>4.その作品を書き進めることをやめる
ということを最近繰り返していて、作品を一向に完成させられません。

そういうことを繰り返していた時期が私にもあります。
そりゃもう、びっくりするくらい同じです。

で、私の場合、どう乗り切ったかですが。はっきり言って数年かかりましたね。(別の仕事をしていたので小説だけに専念できたわけではない、ということもありますが)

もう少し前の段階から説明すると、

1)恐いもの知らずで長編でも短編でも書き飛ばしていた時期。

2)上手い人(新人賞を受賞したり上位まで進む人)の作品を読み、自分とのレベルの違いに気がつき始める。

3)自分の作品が幼稚に思えて仕方なくなる。

4)プロットやテクニックを意識し、本を読んで勉強したりするようになる。

ここまで来て、仰るような状態になりました(笑

その後どうなったかと言うと。

しばらく冒頭だけ書いて捨てるの山を作った後、ある時きっかけがあって久しぶりに長編を1本最後まで書き上げたんですね。

1の恐いもの知らずで闇雲に書いていたようなものではなく、テクニックを意識した上で、「こんなんじゃダメだ」と思いつつ、完成さてもものにならないと予想しつつ、とにかく無理やりクライマックスも書いて、決着をつけてみたんです。

そうしたら、書き上げたときに、

◎はじめて小説を完成させるというのがどういうことか分かった。

そう実感したんです。
この感覚は今でもよく覚えています。

ですから、このような症状の解決策は、

>「プロットを作ろう」「振り返らずに(一度も見直さずに)書いて、あとから直そう」

個人的な経験からも、これを強く支持します。

プロットについては、最初からあまり精緻なものを作ろうとしない方が良いかもしれません。最初はざっくりと起承転結を意識するくらいでいいです。

と言うのは、慣れないうちにあまりプロットに力を入れると、それだけで力尽きてしまうのと、プロットが完成した段階で何となく満足してしまい、本編を執筆するモチベーションが消えてしまうことがあるからです。
プロットも慣れれば要領よくさっと立てられるようになりますが、はじめのうちは起承転結を意識するくらいでもいいかと。逆に言うと、起承転結だけは絶対に守ります。

プロットが曖昧なまま何となく本編を書き出してしまうと、冒頭だけで捨てる段階は卒業しても、中盤あたりで執筆の意欲が折れてくるし、そこまでの流れをどう発展させればよいかも分からないので、つい起承転結の転を飛ばして無理やり結末をつけてお茶を濁したりしがちなんですね。
そこを我慢して、下手でもいいから終盤は何とか盛り上げて結末につなげるということを初めてやったとき、小説の書き方がやっと分かったと実感したんです。

ハチミツはあらゆるアレルギーに効く!!! (No: 5)

投稿者 せがらき : 2 No: 1の返信

投稿日時:

クリ(自主規制)は道徳人である必要はないが、別次元の道徳が無いと何も海出ることはない。

とある作品のテーマに「この世界には、ただ“産まれる”というルールがあるだけ…」という痛いサーガがあった。

“造る”という意識がある内は未熟。
成長に喜びがあるなら、それは“蜜”と体面することになる。

“蜜”はエロいーー

人的未熟が足を引っ張って、それを満たすには様々な経験がいるがクリ(自主規制)なら“苦痛”を伴っても“不出来な”作品を“根性”で海出汁続けるのが最も“楽”なやり方…

好きで『わたぬき』やってんだよっ!!!?

お前『わたぬき』好きだろっ!!!
それはお前が自分の作品を愛せないのと、同じ理由の恥ずれ!!!

その“Mk-2”な作品が自分を越えたセンスで人様に受け入れられて、はじめてクリ(自主規制)は風呂に入れる。

自分の作品の何が面白いか分からないが、食う為に回転しているみたいなサッカーはエゴイストのストライカー!!

サッカー見る奴は大帝尻好き!!

自身の完璧主義に負けて小説を完成させられないの返信 (No: 6)

投稿者 スイ : 0 No: 1の返信

投稿日時:

 カナリお辛そうですけどね~……。   (>_<) 

 読者が求めているのは、主人公に対する共感であって、作者の思った「カンペキな小説」ではないんですよ! 

 だから、本文を書くのもプロットなどなども、すべてはタダひたすらに読者のため、なんですね。
 もしも仮に、そうではないのだとしたならば、なんのための「小説」なのだろうか、という。

 そもそもカンペキっていうのは、別にいえば、「不完全」なんですね。

 だから、創作者の書くべきは、共感されるような文、それも理屈などスっとばすほどの、いきなり胸にくる叙述なんだろう、と。

 だから、もう「カンペキ!」は、やめてしまいましょう……? 
   (*^_^*) 

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タイトル:自身の完璧主義に負けて小説を完成させられない 投稿者: geta

はじめてここに書き込みます。

タイトルのとおり、自身の創作における完璧主義に悩んでいます。
1.原稿用紙数枚分の文章を書く
2.「何かが違うな」という気になる
3.読み返してしまい、自身の文体、書いている内容、描写、展開に嫌気がさす
4.その作品を書き進めることをやめる
ということを最近繰り返していて、作品を一向に完成させられません。

いろいろな創作指南のサイトをみていると、例えば「プロットを作ろう」「振り返らずに(一度も見直さずに)書いて、あとから直そう」というような解決法が出ていますが、
プロット……組んでいると、上と同じ状況になってほっぽりだしてしまう
振り返らずに執筆……どうしても気になって見直し、推敲をはじめる
というように、自身の気持ちが完璧主義に負けてしまうのです。

昔は物語の創作が楽しかったのに、この現象が続くせいで「どうせ完成できない」と思いこんでいるきらいがあり、楽しくありません。
きっと自分は「人に見せるのだからいい文章にしなければ」と考えているのだと思います(実際、今書いているこの文章も何度か書いている途中に推敲しています)。この呪縛をどうにか取っ払いたいです。

正直、とてもつらいです。なんとか解決するか、軽減するかしたいです。
どのような方法があるでしょうか。また、似たような状況になった方は、どうやって切り抜けたのでしょうか。
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