小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

吉田太郎さんの返信一覧。最新の投稿順1ページ目

元記事:はじめまして。相談いいですか。

昨年から、俺もライトノベル書いてみようと思いたって色々やってる者です
最初はアイデアとか全然浮かばなかったんですが、ふと思いついて主人公とヒロインは決まりました
舞台も大まか決まって、現代バトルファンタジーにしようとも
本題はここからなんですが、敵役が思いつかないです
俺もそれなり社会人やったんで嫌な奴には会ってきたし、エンタメ作品の悪役も結構見てきたと思います
でもこれ、という悪役が思い浮かばないです
皆さんどうやって考えついていますか?

※そうすっね、鬼滅の刃の鬼達とかやっぱ感じ入るもんあったです
鬼滅を例えにしたのも、ヒロインと敵を鬼にしようて思ったんで

上記の回答(はじめまして。相談いいですか。の返信)

スレ主 吉田太郎 : 1 投稿日時:

しっくりきました
言う通りラスボスはヒロインと同時に決まってて、最初と、それから2番目相当の敵で悩んでました
ちょっと鬼滅の刃意識しすぎて最初だから噛ませな感じなのか…?とかぽっと出の敵だと嫌らしい感じが既存の作品で見たことあんなぁーと悩んでたんですけど、ヒロインを結構強い鬼ともう決めてあったんで、全員それに見劣りしないくらいの強さはあって欲しいと決まりました

うちの地元の節分祭をモデルに書こうとしてたんすけど、特に悪者が出たりはしない(つか鬼自体が悪者)し嫌な奴の事って普段は頭から締め出しがちだから勉強になりました
伝えたいことの逆を考える(主人公とヒロインと戦わせる事で何か伝えたい事がある)ってのが、よく腑に落ちました
鬼退治ってそういうとこあるっすから
ありがとうございます

カテゴリー : キャラクター スレッド: はじめまして。相談いいですか。

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元記事:はじめまして。相談いいですか。の返信

 はじめまして。大野と申します。
 先に予防線を張って申し訳ないですが、俺は基本的に『やられ役』はともかく『悪役』は出てこないように物語を作るので、これから述べる意見は経験談ではなく、『自分ならどうするか』という話になるので、そのことをご了承ください。

 さて、『悪役』キャラの作り方アイデアですが、基本的には『主人公に対しての対比性/共通性』を軸に考えて固めていくといいと思います。

 なんでかというと、ラストシーンでの会話をやるときに、ラスボスと主人公の思想がほぼ同じだったらどうなるでしょうか?
 『なんでおめえら戦ってんの?』と読者が冷めてしまいませんか?
 
 逆に、『ラスボスの言ってることが全く全部めちゃくちゃで、ほぼ何もわからんけど倒します』という展開。これも、経過がどうあれ『相手を理解しようともせず無慈悲に敵を殺した』みたいで、ラストバトルとしては盛り上がりに欠けるし、ともすれば落胆するでしょう。

 つまり、ラスボスというのは『ほどほど理解できるけど致命的に主人公と対立する』要素があってこそラスボス足り得ると言えるでしょう。

 僕は鬼滅は読んでないのであんまよく知らんのですが、あの作品の鬼たちは生物的に『人間の天敵』と言わざるを得ない性質を持ってましたよね?
 そのうえで、『だから人間に迫害されても仕方ない』という点があり、ともすればその生い立ちについては同情する余地があるんだけど、しかし結果として本人たちの人格的な悪性が強いので倒さざるを得ない、という結論に主人公たちは至るわけです。
 つまり『鬼だから殺す』という状況に対しての主人公の反発・同情があったうえで(無いと禰豆子を庇わないわけですから)、『何で人を襲うのか/人を襲うのを我慢出来ないのか』という問いかけに対して我慢ならない答えを示す悪役だからこそ、主人公と対立しうるということです。

 このように主人公の納得できる要素と、納得できない要素を組み合わせて、『戦う理由』足りうるキャラ性を決めるといいと思います。
 あとはそこに肉付けすれば何とかなるんじゃないでしょうか。

上記の回答(はじめまして。相談いいですか。の返信の返信)

スレ主 吉田太郎 : 0 投稿日時:

そうっす
ヒロインとラスボスやその他達にはやっぱ戦う理由が決めてあって、だから戦います
合わない、相容れない理由があるんで、ざっくり言うと鬼なんで荒っぽく戦いになります
うまいこと言葉にならなかったのが形になりました
相容れないし、戦う理由(設定)がある
ありがとうございます

カテゴリー : キャラクター スレッド: はじめまして。相談いいですか。

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元記事:はじめまして。相談いいですか。の返信の返信

>伝えたいことの逆を考える(主人公とヒロインと戦わせる事で何か伝えたい事がある)
例えば鬼滅の刃の炭治郎の場合、最初の戦いは水柱との闘いでしたよね。これは主人公の覚悟を見せる闘いなので、勝ち負けはどうでもよく、そして主人公のこの先の道のりは険しいぞって暗示する意味もあるので、序盤の主人公では絶対に勝てない強敵である必要があり、かつ冷淡で現実的な性格の「柱の誰か」である必要があるわけです。
そして次の戦闘は、戦闘ってわけでもないけど「試練に打ち勝つこと」が伝えたいことで、岩を割って鬼退治の試験に挑み「鬼は凶悪で卑劣であるという現実を知る」ことが伝えたいことになります。岩割りの試練で出てきた犠牲になった魂は後半の鬼退治の試練の「どれほど卑劣か」という伏線になるわけですね。
さて、ここで鬼滅の刃の序盤の「戦闘で伝えたいこと」を並べてみると、実はこれだけである程度のストーリーの流れが出来てると思いませんか?
「主人公は妹を守る覚悟をする」「そのための試練に打ちかつ」「鬼の現実を知る」ついでに鬼の何たるかを実体験として知った上で「妹は耐えている」という問題提起を一つの結論として残してる。

ところで、日常ものとか恋愛ものとか学園ものとか、そういうジャンルがあるけど、これって「テーマが日常に関係するもの」とか「テーマを恋愛で表現しているもの」とか、そういう解釈ができる。
つまり戦闘ものってのは「戦闘でそれを表現してるもの」であって、戦ってりゃ戦闘ものってわけではない。
で、鬼滅の刃の「伝えたい事」の箇条書きを見てみると、確かに大事な要所は全て戦闘で表現されてるよね。

言い換えれば、主人公ないし物語の流れを箇条書きにしてみて物語が展開する要所の箇条書きは、それはそのまま「伝えたい事」になるってこと。
想定してる物語を箇条書きにして、そこから「主人公は妹を守りたいと理想を語ってるわけだから、現実的な思考を持ってて勝てないほど強い人物が適切」とかって敵役の回答を引き出せる。
だから、「かませ役」ってのは「主人公やヒロインなど味方側の登場人物の活躍をアピールする場面」くらいでしか、基本的には出てこない。
「妹が鬼になる」のなら、最初の敵は妹でいいんじゃない? あくまで例であって案ではないけど、そこで主人公が片腕を犠牲にしたとすると隻腕の剣士って個性が生まれるし「犠牲を払ってでも妹は守る」みたいな事が伝わるよね。ぶっちゃけ片腕なくなってもベルセルクのガッツじゃないけど義手とかつけときゃストーリー上差しさわりないし、都合のいいときだけ義手が壊れたとか義手だから反応が遅れたとか結構使えるアイテムになるしね。
とまあ、こう考えると、最初と二番目どころか、ストーリーの流れを箇条書きにすりゃ書かなきゃいけない戦闘は全部で何個ってこの時点で把握できるし、三番目も四番目も「じゃあこんな感じの敵が良さそうだな」ってイメージのシルエットくらいは割とできるかなと。

上記の回答(はじめまして。相談いいですか。の返信の返信の返信)

スレ主 吉田太郎 : 1 投稿日時:

なるほどです
ストーリーそのものが戦い始める直前までしか決まってなかったから伝えたいことひいては敵を決められなかった、って事みたいっす
バトルファンタジーにするんだと一足飛びに戦いに飛びついてました
ラスボスとのヒロインの関係、それを通じて主人公が何を感得するのかってのはぼんやりとですが決まってました
そこからヒロイン像も出来上がったので

んで、特に応募しようってんでもないんですがKADOKAWAの大賞要綱の字数✕行指定してこの一年つらつらと書き続けてました
したら、いわゆる文庫本一冊で話が一旦終わる事になるじゃないすか
で、そうなるとその一冊分にふさわしい話の流れと塩梅、起承転結、ひいては最初に戦う敵とはどんなか、って考えて思いつかなくなってたっす

鬼滅に話戻すと、最初の義勇は「生殺与奪を相手に委ねるな」という叱咤、世界の無慈悲さと禰豆子を絶対に守るんだという悲壮な覚悟っすね
これ相当の俺にとっての設定ってのを考えてみようと思います
節分モデルで鬼を追い払う、つまり戦うぐらいのうっすら感で書いてきて主人公はこんなやつでこんなヒロインと出会って戦いが始まる、てとこで敵の姿が分からなくて手が止まってたんで
改めてそこまでのヒロインの言動を見返して、ちょっとヒロインのキャラづけが増えて相手の候補ひいては設定の考えなおしがいくつか湧いてきました

感覚を言葉にする?書き方を考えて書く?のを伝えるの上手っすね
俺、なんつうかもう姿や台詞が浮かんできてそれを書きとる、ついでに小説らしいそのキャラらしい言葉遣いを書く、って感じだったので

相談して良かったです

カテゴリー : キャラクター スレッド: はじめまして。相談いいですか。

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元記事:創作論?に疑問がある

先日はどうもありがとうございます
お陰様で1巻分の敵役は定まって、順次頭から書いてるところっす
今回は相談というか疑問ないし他の人の体験談が知りたい、多分創作論について、みたいなもんです
twitterでラノベ創作論を教えているという有名?アカウントを拝見したんですが、ちょっと疑問に思ったんで

俺は最初に思いついたアイデアが「色々と場数を踏んでから最後のシーンにたどり着く主人公(とヒロイン)」だったので、いざ一冊を書こうとするとその場面は1巻相当には入らない事になる
そのアイデアを皆さんはどう取り扱ってますか?
俺は、アイデア的に1巻目に入らないのはしゃーないと見切りをつけられたし、そのアイデアを意識しながら現時点から主人公、ヒロイン、敵キャラのキャラ造型を造る・見直す為の指針になるなと思って、なんというかラストシーンから巻き戻って書いてます

ですが、そのアカウントではなんか書くのには基本10万文字目安で執筆体力というものが要るってんで、頭から建設的にテーマ→アイデア→実際執筆ぐらいざっくりまとめてあって、特に実際執筆になって前の段が出来てないと書き直しになってしんどい、挫折になる、と

もちろんこれが正しい訳じゃないよとか実際はもっと細かく注釈ついてたんですが、
俺はケツから舞い戻って現在を書いてるんで、それでちょこちょこ合間のシーン、次の次の敵、また別のしかも先のシーン、それからまた遡って現在のシーン、って思いついて書いてます

この、頭から設計して書こうぜ、体力勝負だてのはそんななんつうかガイドになるもんなんすかね?
俺は40-42字16-22行◯◯ページに収まるようになればいい、アイデアとかスカスカだから見直し見直しやってまた全体整えて次の文、とやってるんで、既に道を外れちまってるんですけど
挫折するかも、って言うほど偉業難事に取り組んでる感もないす
だって既に書き始めてから1年以上経過してるし、この間ここで助言があって続きが書けるようになったし
誰かに相談する、てのも創作論では考慮しないんすか?

上記の回答(創作論?に疑問があるの返信)

スレ主 吉田太郎 : 0 投稿日時:

ここ自体、「小説 書き方 仲間 相談」で見つけたんで、普通の人はやってないけどやってる人はやってる小説を書くという事に対して、他人に頼る気満々だったんすけど

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 創作論?に疑問がある

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元記事:創作論?に疑問があるの返信

私は出版社に応募せず、ネットで発表しているので、長さはまったく気にしません。
ただしストーリー的に「全体で5章構成」というのは意識してます。

上記の回答(創作論?に疑問があるの返信の返信)

スレ主 吉田太郎 : 0 投稿日時:

俺も出版社に応募するかは分かんないすけど、ずっと単行本読んできたから「一冊ずつに纏めたい」って思いから応募要綱を割り出しました
話の結末が遠かった、てのもあります

それにネットで気の済むまでだと、この間相談した時点では一章すら書き上がらないまま詰まってましたし
それは恥いんでネットで徐々に公開は無理すね

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 創作論?に疑問がある

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元記事:人の心がわからなくても心を打つ作品は描けますか?

私は自分でもかなり人の心の機微がわからない方だと思ってるんですが、そういう人間でもラストオブアスや寄生獣みたいな人の心を打つと評判の大作って作れるんでしょうか?
それともそんな大それたことは考えずに、もっと下劣というかスナック感覚で楽しめる作品を作ることを考えたほうがいいんでしょうか?
それと「ハートフルなことで評判の作品を描いたのに血も涙もない発言をした」みたいな作品と人間性が真逆な作家がいたら教えてほしいです。
そういう人の話を聞けば「自分でも心を打つ作品が描けるんじゃないか?」と自信を持てるので。
とりあえず私の知っている限りでは、和月伸宏さんが主人公が弱きを助け強きをくじき弱肉強食を否定すると評判のるろうに剣心を描いておきながら、児童ポルノを所持(弱者が虐げられている現状を許容)していましたが。

上記の回答(人の心がわからなくても心を打つ作品は描けますか?の返信)

投稿者 手塚満 : 2

スレ主さんは創作者(志望)として、非常に危うい傾向がある恐れがあります。それは、

「欠点を1つでも見つけたら、それが全体の性質だと思って否定的になる」

というものです。スレ主さんとしては、他山の石、そうならないための戒め、みたいに思っておられるかもしれませんが、思考を含めて繰り返し行ったことは否応なく学習し、強化してしまいます。

結果、欠点が見えたら駄目出しする癖が自分にも向けられ、何も作り出せなくなります。例えば、何が面白いかを思う前に、つまらない点が気になってしまうようになると、書いては消しで作品完成にたどり着けません。つまらない点が1つもない作品など、あり得ないからです。

あるいは、書き上げはしたものの、ネガティブな感想に拘ってしまう。その感想に反論するか、貶されないようにちょこっと書き直すとかしてしまう。そういう振り回され方していては、もう自分の創作作品ではありません。

そうなる前に、いい面を真っ先に見る癖をつけたほうがいいでしょう。例えば、面白い点が1つでもあれば、作品足りえます。1人でも「面白かった」と感動しくれたら、たとえ9人が「つまらない」と評しても、作品としては成功です。

そうするためには、繰り返しですが、欠点を真っ先に気にする傾向を下げていかないとマズい。癖が身に着いて習い性になってしまうと、1点で全体を否定する思考が無意識に行われ、癖自体を意識することすらできなくなりますから。

人の心が分からないでは、というお悩みはおそらく表層的なことに過ぎません。おそらくは上述の傾向で創作に行き詰り、合理化として出てきた偽の悩みである可能性が高い。そういうものに拘泥するのは、むしろ害が大きいでしょう。

1.リアルでは臭いものに蓋をすべきでない

常識として善行を心がけるとして、悪行を隠せばいいというもんではないですよね。仰るように、実在児童の児童ポルノはマズい。被害を受けている児童あって成り立ってますから。かつ、児童ポルノ所有は購入したということであり、次の被害を出すための資金源ともなってしまいます。

例えば、「子どもは無条件に守られるべきだ」と言いつつ、児童ポルノを次々と購入していたら、何やってるか分かんないですよね。言行一致させろ、と非難されて当たり前となります。自ら強制わいせつなんかしたら、さらにアウトに決まってます。

少なくとも「表現と行動は一致させろ」となります。それがリアルでの基準でしょう。児童ポルノ所持や強制わいせつを非難するのは現実的に正しい。創作以前の問題です。

2.フィクションは臭いものに蓋をすべきである

フィクションだとどうか。実録的とか伝記とかは別として、ほとんどは想像のみからひねり出されたキャラとドラマです。フィクションの主人公は作者とは別人格、とはよく言われることです。作者が想像してみた人物だけど、作者じゃない。当たり前ですよね。例えば、フィクションの主人公はしばしば、作者にできないことをする。

例えば、異能持ってる作者はいません。しかし異能持ちのキャラはフィクションに目白押しです。超能力で壁をぶち破ったり、他人の心を読んだり、魔法の呪文唱えて炎を出せる作者が、そういう主人公を描いているわけがない。「美味しんぼ」の作者は、自分では「究極のメニュー」を調理できない(できるんなら、料亭やレストランやってるはず)。

主人公の持つ善性や正義、敵役・悪役が持つ悪徳、暴虐等々も同じです。作者が持っているものではない。あくまでも想像してみただけのもの。伝記的なフィクションでも、例えば釈迦を主人公に据えた話ってあるわけです。作者が仏教的な悟りを開いている可能性は極めて低い(というより、あり得ないと考えるべき)。ですが、描けるわけです。悟ることはできなくても、悟った人を想像することはできるから。

(悟りを開いた)ブッダを描くにはどうしたらいいか。臭いものに蓋をするわけです。幸い、大悟後のブッダについて伝承はいろいろある。それをネタとして、後は「悪事をしないブッダ」にしておけばいいわけです。作者が「もし自分がそのシチュにあったら、こうするかも」と試行錯誤で多数想像して話作りはするわけですが、作者の悪徳から出てくるドラマや、いやな感じがする話の流れとかは捨てるわけです。

その結果、理想的な面だけが残ります。聖者キャラなら完璧なくらい理想的にするでしょう。悩みながらも善性に向かうキャラならそれなりに間違い、過ちも混ぜておく(そして悩んだり、反省したり)。

それを描く創作者が善人でないとできない、なんてことはありません。現実を見ればよく分かる。詐欺師はたいてい、うさん臭くない。それどころか、立派で信用に足る人物に見えた、と被害者はよく言います。欲望まみれの悪徳尽くの内面を隠して、善人を演じるのが詐欺師であるわけです。

それが実害にならない事例は役者さんですね。善人に見える、あるいは悪人に見える演技はするけど、本人の性格や信念に基づくわけじゃない。役者本人の内面を表現しているわけじゃない。演技面の技術的なことに過ぎません。

フィクションの作者も同様です。作者とは全く関係ない、実在すらしていないキャラを想像で動かす技術の巧拙があるに過ぎません。正義のヒーローを描くとして、作者本人の正義が本物かどうかは関係ない。正義っぽいものを、それらしく描く技術があるか否かしか問題にはなりません。

3.人の心の機微は分からない

他人を過大評価すると、作者と描かれたキャラを区別できなくなる傾向が出そうです。その前段階として、スレ主さんは「自分以外の大多数(の創作志望者)は他人の心の機微が分かる、読める」と思ってないでしょうか。

そんなことが分かる人はいません。よく「私はエスパーじゃない」と言ったりするのが、それです。例えば、「なんで私が怒ってるか、分かる?」という傲慢な台詞があります。実はそういった本人からして、分かるはずと思ってない。少なくとも確信してない。無理難題と薄々感じるからこそ、相手を苦しめるために言いたくなるわけです。

それでも、他人の気持ち、思考を推測しているということは、よくあることです(推測だからよく外れもしますが)。それって何やってるかと言えば、シミュレーションです。「こういうシチュでは、相手はどう思うか」を、「こういうシチュでは、自分はどう思うか」で推測する。相手との付き合いが長いほど、データの蓄積が多くなり、精度は上がるかもしれません。しかし、依然として「自分はどう思うか」でしかない。

その傍証として、プレゼントを選ぶ傾向の調査事例があります。プレゼントはもちろん、贈る相手を喜ばせるためのものですし、贈る側も相手が喜ぶのは何かを考えています。しかし、しばしば贈ったもの自体については、喜ばれない(贈ってくれた気持ちは喜ぶけれど)。

なぜそうなっているかの調査事例では、「実際には相手の好みではなく、自分の好みで贈答品を選んでいる」ということが明らかにされました。例えば「この柄のハンカチーフを相手は好きなはずだ」と思っても、実際には自分が好きな柄であったりするわけです。

人の心の機微ともなると、もっと難しいわけです。ブッダみたいな、悟り開いて、人間の苦しみの根本まで分かっちゃったような人ならともかく、たいていの人には人の心の機微なんてわかりません。他人なら人の心の機微が分かるんだろう、と思うなら、ありもしないものをやっかんでいます。

4.それでも人の心は分かる

それでも人の心が分かる可能性がない、とは申しません。間違うことはあっても、分かると言えば分かる。なぜなら、他人の心をシミュレートで推測するのが可能なのは、自分に心があるから。

もし、仮にですが、心を持ってない人がいるとしたら、その人は「他人の心が分からない」と言って、間違いとはされないでしょう。しかし、心があるなら、分からないという言い訳は通りません。心の有無の検証は簡単です。何かを面白いと思うなら、心は確実にあります。何かを許せないと思うなら、やはり心はあります。面白いとか許せないと思う他人を推測することも可能となってきます。

くどいようですが、他人の心、気持ち、思考等々を直接読み取ってはいない点が大事です。シミュレーション技術であるわけです。
(字数制限により続く)

カテゴリー : その他 スレッド: 人の心がわからなくても心を打つ作品は描けますか?

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投稿日時:

元記事:ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。

横光利一『頭並びに腹』
https://www.aozora.gr.jp/cards/000168/files/2158_23275.html
突然止まった急行列車に右往左往する群衆と、最初から最後まで平然としている小僧の対照が笑えます。
つまり、感情抜きに出来事だけ羅列しても、その配置の仕方で読者の反応はコントロールできるということです。
大事なのはむしろ、変化のほうです。(変化が起こらないことも含めて。)

さらに、読者の感情・作者の感情・登場人物の感情は区別したほうが書きやすいのではないかと思います。
登場人物の感情は、あくまでも「出来事」。
読者の感情はそれによって動かす「対象」。
そう思えば、作品をより客観的に書くことができるのではないでしょうか。

上記の回答(ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。の返信)

投稿者 かにさん : 0

ああ、キャラクターの感情をオブジェクトとして捉える視点は確かに面白いですね。
そうすると「キャラクターに感情を代入する関数」として感情変化イベントやアクションを捉えられるようになりますね。抽象関数を構想すれば一般化できますし、確かに発想としてアリですね。
んー、でもやはり価値を提供する(読者に刺激を創造する)ところまでいくには、それを含めた、もっと大きな関数や構造を考えないといけないんでしょうね。ただその部品にはなると思います。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。

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投稿日時:

元記事:『空気』の作り方。

 お世話になっております。大野です。
 先ごろ、以前応募したGA文庫大賞の選評が返ってきました。
 その中で少し、『自力での解決が難しそうだな』と思えることが有ったので相談させてもらいたいです。

 よくある異世界転移ものに対するメタギャグみたいなところを狙った作品だったのですが、

 曰く、『すべてのキャラが『緩い』言動をするために、主人公たちの「お気軽さ」みたいなものが、今ひとつ目立たなくなってしまっている。』
 曰く、『ちょっと勢いだけで書かれてしまったように感じる箇所も多く、決めるときは決める、という感じでもう少し緩急をつけたほうが面白くなるのではないかと思えた。』
 曰く、『緩急というか文章的な、シーン的なタメが描けると、作品に深みが出て良いのでないかと思います。』

 とのことで、自分でも前々から気になってはいたのですが『シリアスな場面・会話』と『コミカルな場面・会話』の作り分けが上手くできてないなァ、ということを痛感しました。
 プロットそのものをギャグに全振りする、と言うやりようもあるのですが、個人的には『逃げ』に思えてしまい、相談するに至りました。

 聞きたいこととしては大きく二つ。
 ①地の文でシリアスシーン、ギャグシーンを演出するときにわかりやすく切り替えに使える技法・構成の仕方。(一人称・三人称どちらでも構いません)

 ②緊迫した場面で使っちゃダメなセリフ回し、シリアスorギャグに振る時にわかりやすい語彙。

 まぁ、『わかりやすい』と言っている時点で安易な手段に頼ろうとしてる気もするのですが。以上二点、ご教授願えれば嬉しいです。

上記の回答(『空気』の作り方。の返信)

投稿者 サタン : 2

選評のほうは全体的に緩急について指摘されてると思うのだけど、空気の作り方でいいんだろうか、と思ってしまった。
それと、
> プロットそのものをギャグに全振りする、と言うやりようもあるのですが、個人的には『逃げ』に思えてしまい
長所を伸ばすことは逃げではないと思うよ。
苦手に挑戦ないし挑戦から逃げると考えるのであれば、挑戦することこそ自分の土俵でやるべきで、すなわち長所を活かしたほうが良いと思う。

>①地の文でシリアスシーン、ギャグシーンを演出するときにわかりやすく切り替えに使える技法・構成の仕方。
選評の1個目に絡んでくる事だけど、「そういうキャラ」を設定するのが良いと思う。
例えば古いラノベで「魔術士オーフェン」というファンタジーがあるのだけど、本編はかなりシリアスで設定だけ見るとドロドロなとこがあったりする。けど、そんな本編に出てくる「コミカルなキャラ」がいて、それがまあいい塩梅に主人公をギャグに寄らせるんだよね。
だから、シリアスなキャラが登場せずギャグなキャラだけで構成された外伝は、まあ本編も割と笑えるとこあるんだけど、本編以上にギャグ満載だった。
この「魔術士オーフェン」から学べるのは、「キャラに合わせる」って事じゃないかなと思う。
ギャグはギャグキャラにしかさせない。そうすれば、「そのキャラ」が登場すればギャグだとわかるし、シリアスなシーンでも「そのキャラ」ならギャグが許される。
すなわち、選評にもあるけど「すべてのキャラが緩い言動をする」というのが問題で、そしてそこが改善されれば、あとは「登場させるキャラを選択する」ことでギャグシーンとシリアスシーンの切り替えの演出になるし、キャラクターによってメリハリがつくので緩急を作ることもできるようになると思う。

>②緊迫した場面で使っちゃダメなセリフ回し、シリアスorギャグに振る時にわかりやすい語彙。
これは難しいようで簡単で、簡単なようで難しいと思う。
というのも、「シリアスな場面でもふざけちゃうキャラ」という設定の場合どうしますか、って話になっちゃうと思うんだよね。
「この場面はシリアスなんだから、こんなギャグ的なセリフまわしはダメだろ」って言うのは簡単なんだけど、じゃあ「そういうキャラはどうすんの?」って話。
場に合わせたTPOをわきまえたセリフまわしをすりゃいいんだけど、そんな常識的な問答は面白くないし、それこそ「ギャグキャラなのに普通の回答」じゃあ、大喜利で普通の回答しかしない芸人みたいなものでしょう。変な回答してスベったほうがマシ。
極論、ダメなセリフ回しというのはないと思います。シリアスなシーンでも笑いを狙いに行くのは「そういうキャラ」なら別に何も問題ないと思う。

ただ、ここでも選評の一個目(と①への回答)が絡んでくるのだけど、
「そういうキャラ」がギャグをするのは問題ないのだけど、そのギャグに対して「シリアスキャラがのっかる」のはどう考えてもNGだと思う。
でも、別に侮るわけではないけど、慣れない人はほんとすごいよくやると思う。
ギャグキャラなど主要メンバーが「場の空気」を笑い方向に持ってく言動をしたりするわけだけど、そのノリに「ギャグキャラではない他のキャラ」まで巻き込んじゃうんだよね。
まあ自分にも苦い覚えがあるのだけど、作者としては「ギャグのセリフ」に対する受け答えとして書いてるだけだから、なんの不自然さもなく、かえって上手く返せたとか思ってるんだけど、そもそも「ギャグのセリフ」に「シリアスキャラがまともに受け答えちゃダメ」だよね。
「魔王の横にある紐は、引っ張ると床が開いて無能な部下を奈落の底へ……といいうヤツだな!」
「いや。そのようなものではない。これはカーテンの開閉の紐だ」
とか、アホに関わったら相手までアホに見られちゃう。
じゃあコレどう返すべき? 魔王は相手の言葉を無視して話を続ける、というのがベストアンサーだと思うけど、毎度毎度そういう反応を続けるわけにもいかないでしょう。

なので、難しそうで簡単で、簡単だけど難しい。と思う。
ギャグキャラ自体、シリアスシーンでギャグのNGは基本ないと思うし、ギャグに振ったりする事自体はギャグキャラの性格次第だけどギャグキャラに任せりゃいいと思う。
けど、問題はその反応をどう書くか、だと思う。これが意外と難しくて、簡単にのっかると面白い受け答えになるかもしれんけど、「ボケ(ギャグキャラ)」と「ツッコミ(相手キャラ)」にしかならんので、総合して「相手キャラ」のキャラクター性を殺してるに等しい。
残忍なキャラが、ギャグキャラの主人公に追い詰められて笑いの問答をしてたらおかしいじゃん?
でもそうすっと、「相手の返答」に困るために「ギャグキャラの言動」も割と制御しなきゃならない。
シリアスの中でのギャグってのは、このように難しいようで簡単で、簡単なようで難しい。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 『空気』の作り方。

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