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元記事:風諒と呂玄の関係性の返信

聞く耳持たないかもしれないけど、こちらサイドに勝手に興味があるので一応書いておきます。

言葉がわからないと。
いや、気に入るかどうかは別として言うだけなら簡単。そういうのって昔はぶっちゃけ「男の友情」とか言ったんだよね。あなたの琴線には触れないだろうし、私の琴線にだって触れないし、今時ガチホモよりよっぱど恥ずかしい言葉になっちゃっているけどね。昭和では普通に言われ、平成ですたれて事実上の死後になってしまった言葉ですが、すたれた理由は通俗的な美談にまみれすぎたからです。
平成令和なら何だろう。「相棒」くらいかなあ。

しかし桂香さんが「ガチホモ」という言葉で何かを伝えようとしたように、昔「男の友情」とか言っていた人も言いたいことはあったのだと思いますよ。他に言葉が見つからなかっただけ。

一つの分かりやすい言葉でラベルを貼る行為は便利ではありますが、何かを伝えたいと強く思う人にとっては物足りなく感じられるものです。
だから、「じゃあ、小説でも書いてみようか」ということになるんです。どんな言葉もしっくりこないから、それならじっくり行動を描いて表現してみようかと。人物の行動を読者に見せて「こういうの、どう思う?」と。
それが小説を書く動機のすべてではないでしょうが、大きな一つではあります。

それをやればいいと思うんだけど。

あなたが考える男同士の関係は「何なのか?」なんて迷う必要はなくて。あなたが理想とする男だったら、こういう時どんな行動をとるだろうと考えながら書けばいいのでは?

それともう一つ、前々から興味があったのですが。
男同士の理想の関係みたいなことに妙に魅かれる女性がいるようなんだけど、それってどうしてなんだろう。
いやね、その関係って女同士、または男女関係では成立しないのでしょうか? 男同士にこだわる理由は何なのか、よければ聞いてみたいです。

ちなみに私は男ですが、そういう関係を書くなら女同士か男女関係で書いてみたいと思う方です。男同士はホモだから気持ち悪いという意味ではなく、普通に理想的とイメージされる男同士の関係の話ですよ。

「男にしかわからない」みたいなことを言いたがる男は今でもいるので、そういうのとは一線を画したいという逆のプライドがあるのかもしれません。

上記の回答(風諒と呂玄の関係性の返信の返信)

スレ主 桂香 : 0 投稿日時:

 たぶん、男の友情という言葉自体少々琴線にふれている部分があると思うのです。
 男同士の理想の関係に惹かれる女性(例えば腐女子)の一般論だと
 https://howcollect.jp/article/4856 のような感じです。全員ではないと思うけど。
 たまにそれが突き抜けすぎて「私、兄貴♂についていきます‼」みたいに目が輝いている人がいるんだけど、たぶん素質か前々か任侠・武侠の世界に理解を飛び越えて掛け値なしでドはまりしたか、よほど女のじめっとした関係が嫌いかだと思うんですよ。BL一般にも言えることですが、一種の退行に近い感じです。
 古代ギリシャやローマに男色のすばらしさの記録が残っています。生命の本能に直接ふれあう野蛮なことはしていないぜ‼ 本当に魂の奥底から「自由」であることの象徴だ!想像の翼をひろげりゃいーだろ? みたいなのが主論かと。
 一応大学で自由の歴史を習ってんだけど当然男色にはふれない。制限がないと泳げない皮肉の間を縫っている行為だとも思う。
 でも中世も驚くほど高度な個人主義の時代だったあの国だからこそできたんだろうな、と思ってた。
 毎日取引先に頭下げてるオッサンが、日朝に「ぷぃきゅあーがんばれー!」というのを続けているのに似ているのではないでしょうか。
 魔神英雄伝とか三国演義とか男塾とかが好きな身としては、こういったシーンで胸をすくうような感覚や痛み、苦しみ、悩みを疑似的に共有し、そのスカっとした感覚をも共有し、(女でいえば共感か?)いつしか義情のあつさを主体とした感覚ができあがっていく感じ。

 前提として、少女漫画にそのメゾットをうまく置き換えた作家さんもいると思いますし何人か思い当たります。だけど原形のままとなると本当に皆無に近いと思う。(知らないだけかもしれませんが)。少年漫画も少女漫画もそれぞれ佳作傑作があるのもわかってる。
 何名か少年誌や青年誌で頑張っているけど、フェミやBL,リアルおままごと系の癖が滲む人が多く、(あるいはカテエラレベルでモロに)別雑誌で読んだ方がいいんじゃね? と思う作品ばかり。私もそうだけどリアルを求めすぎてリアル=綺麗ごとじゃない陰惨なドロドロと思いこむ節がある。
 確かに家庭内戦争は地味だけど手探りで本人らしいリアルを培えるよ? けど小コミやレディコミでやれ‼ みたいな一部の立場(嫁とか前彼をもったカノジョとか)の共感以外からすれば破綻した話でもある。その感覚を無意識に嫌っている部分もある。
 私も勉強がてら読んでいたけど、本質的な意味では筋がとおらず理不尽だった。共感と自己憐憫がベースだから、理屈とか二の次だった。
 たぶん、理屈人間(私の場合論理で受け取り主観でしゃべるけど)が理屈を基本安心して忘れられる分野の候補地のイメージだったのでしょう。こんなことで腐りたくないわ! と思っている人が安心してバカになれる場所が欲しいと願った先だと思う。
 自分も今感覚でしゃべっているので、あまくささんに伝わったかわからないんですけども。
       
 少なくとも、☝のような関係を求めるとなると、百合だと完璧カテエラなんですよね。女の子同士のほわほわした関係が好きなことが前提だし、凌辱同人誌作るやつはその陰惨さにたえきれないピュアな女の子の素材がほしいだけだし。公式がするにしても、「ダンベル何キロ持てる?」ぐらいで手が止まると思う。かわいい女の子が見たいから!
 黙れドンみたいなので思い出すんですけど、本人基準であまりいい言葉を選んで使うと、いろんな意味で弱く見えるなぁって。「えへへ、●●ちゃんだいすき♬」みたいなコミュ方法をとるのが基本の百合だと丁寧に積み重ねることがとても大切なので、自分の今回書きたいものからは外れるかな、って思いました。

 男女だと無意識に付き合い、結婚、妊娠、彼との子を育むみたいな意識が本能的に頭の中に入っている。で、上記の関係を遂行すると相当なひずみが生じるリスクが高い。
 そりゃSM夫婦とかもいるかもだけど、それとはかなり違うと思う。
 大体的にショタやロリ使うか? といっても個人的にトップレベルで筆を振るいたくない行為であります。
 クソみそやオネエタレントなどによってエンタメ上の市民権はかなり大きくなっているのではないでしょうか。
 私個人の細かい事情はこれ以上話せませんが、求めているのは美談というか、「女の言う言葉に出す系の心のつながり」がクソ嫌いだからです。よくあるBLだと距離感的にそれをまま男の入れ物に転移するのが嫌だからです。
 百合とかは夢に逃げてもヨシヨシしてくれるから安心してバカになれるってのもあるんだけど、二次元の某ガチ百合覇王の言動に胸をうたれ、惹かれた部分もあります。きっと作る側もあると信じてるんだろうなー みたいな。勝手だけど。
 美談として形にはのこらないし、無意味かもしれない。けど、口当たりよろしい数々の美談が生まれる以前の栄誉なしの何かをゴリゴリ押して書き続けたいってのが自分の気持ちです。

男ならでは、女ならではの同性の高尚(と主張)さはそれなりに頭に入っているつもりです。それ自体に優劣はない(別枠)というと胡散臭いけど、それぞれに適応して楽しむってのが二次でこの界隈のたのしさかなぁっと思ってます。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 少しはマシな文になったかすごく気になる

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元記事:風諒と呂玄の関係性の返信の返信

 たぶん、男の友情という言葉自体少々琴線にふれている部分があると思うのです。
 男同士の理想の関係に惹かれる女性(例えば腐女子)の一般論だと
 https://howcollect.jp/article/4856 のような感じです。全員ではないと思うけど。
 たまにそれが突き抜けすぎて「私、兄貴♂についていきます‼」みたいに目が輝いている人がいるんだけど、たぶん素質か前々か任侠・武侠の世界に理解を飛び越えて掛け値なしでドはまりしたか、よほど女のじめっとした関係が嫌いかだと思うんですよ。BL一般にも言えることですが、一種の退行に近い感じです。
 古代ギリシャやローマに男色のすばらしさの記録が残っています。生命の本能に直接ふれあう野蛮なことはしていないぜ‼ 本当に魂の奥底から「自由」であることの象徴だ!想像の翼をひろげりゃいーだろ? みたいなのが主論かと。
 一応大学で自由の歴史を習ってんだけど当然男色にはふれない。制限がないと泳げない皮肉の間を縫っている行為だとも思う。
 でも中世も驚くほど高度な個人主義の時代だったあの国だからこそできたんだろうな、と思ってた。
 毎日取引先に頭下げてるオッサンが、日朝に「ぷぃきゅあーがんばれー!」というのを続けているのに似ているのではないでしょうか。
 魔神英雄伝とか三国演義とか男塾とかが好きな身としては、こういったシーンで胸をすくうような感覚や痛み、苦しみ、悩みを疑似的に共有し、そのスカっとした感覚をも共有し、(女でいえば共感か?)いつしか義情のあつさを主体とした感覚ができあがっていく感じ。

 前提として、少女漫画にそのメゾットをうまく置き換えた作家さんもいると思いますし何人か思い当たります。だけど原形のままとなると本当に皆無に近いと思う。(知らないだけかもしれませんが)。少年漫画も少女漫画もそれぞれ佳作傑作があるのもわかってる。
 何名か少年誌や青年誌で頑張っているけど、フェミやBL,リアルおままごと系の癖が滲む人が多く、(あるいはカテエラレベルでモロに)別雑誌で読んだ方がいいんじゃね? と思う作品ばかり。私もそうだけどリアルを求めすぎてリアル=綺麗ごとじゃない陰惨なドロドロと思いこむ節がある。
 確かに家庭内戦争は地味だけど手探りで本人らしいリアルを培えるよ? けど小コミやレディコミでやれ‼ みたいな一部の立場(嫁とか前彼をもったカノジョとか)の共感以外からすれば破綻した話でもある。その感覚を無意識に嫌っている部分もある。
 私も勉強がてら読んでいたけど、本質的な意味では筋がとおらず理不尽だった。共感と自己憐憫がベースだから、理屈とか二の次だった。
 たぶん、理屈人間(私の場合論理で受け取り主観でしゃべるけど)が理屈を基本安心して忘れられる分野の候補地のイメージだったのでしょう。こんなことで腐りたくないわ! と思っている人が安心してバカになれる場所が欲しいと願った先だと思う。
 自分も今感覚でしゃべっているので、あまくささんに伝わったかわからないんですけども。
       
 少なくとも、☝のような関係を求めるとなると、百合だと完璧カテエラなんですよね。女の子同士のほわほわした関係が好きなことが前提だし、凌辱同人誌作るやつはその陰惨さにたえきれないピュアな女の子の素材がほしいだけだし。公式がするにしても、「ダンベル何キロ持てる?」ぐらいで手が止まると思う。かわいい女の子が見たいから!
 黙れドンみたいなので思い出すんですけど、本人基準であまりいい言葉を選んで使うと、いろんな意味で弱く見えるなぁって。「えへへ、●●ちゃんだいすき♬」みたいなコミュ方法をとるのが基本の百合だと丁寧に積み重ねることがとても大切なので、自分の今回書きたいものからは外れるかな、って思いました。

 男女だと無意識に付き合い、結婚、妊娠、彼との子を育むみたいな意識が本能的に頭の中に入っている。で、上記の関係を遂行すると相当なひずみが生じるリスクが高い。
 そりゃSM夫婦とかもいるかもだけど、それとはかなり違うと思う。
 大体的にショタやロリ使うか? といっても個人的にトップレベルで筆を振るいたくない行為であります。
 クソみそやオネエタレントなどによってエンタメ上の市民権はかなり大きくなっているのではないでしょうか。
 私個人の細かい事情はこれ以上話せませんが、求めているのは美談というか、「女の言う言葉に出す系の心のつながり」がクソ嫌いだからです。よくあるBLだと距離感的にそれをまま男の入れ物に転移するのが嫌だからです。
 百合とかは夢に逃げてもヨシヨシしてくれるから安心してバカになれるってのもあるんだけど、二次元の某ガチ百合覇王の言動に胸をうたれ、惹かれた部分もあります。きっと作る側もあると信じてるんだろうなー みたいな。勝手だけど。
 美談として形にはのこらないし、無意味かもしれない。けど、口当たりよろしい数々の美談が生まれる以前の栄誉なしの何かをゴリゴリ押して書き続けたいってのが自分の気持ちです。

男ならでは、女ならではの同性の高尚(と主張)さはそれなりに頭に入っているつもりです。それ自体に優劣はない(別枠)というと胡散臭いけど、それぞれに適応して楽しむってのが二次でこの界隈のたのしさかなぁっと思ってます。

上記の回答(補足:さかしさのイメージ)

スレ主 桂香 : 0 投稿日時:

なんというの? 女向けで特に攻撃的な内容のものって、「こんなバカどもの中でもたえず気を張る賢い私」みたいな一種の賢(さか)しら雅な部分があるって感じ。
 厨二なら笑って許せるけど今後あまり変わらない関係性の中上記の行動は成長性が見いだせないから退廃的で嫌いなのだろう、と思う。特に安定性を求める女としては、ね。
 かわりばえのしないストーリーの中で、おなじような行動を積み重ねるような未来しかない。だから異世界(夢のある世界)に行きたい。
 なろう論じゃないつもりです。
向上心のない奴はバカ。臆病な自尊心と尊大な羞恥心。
以上の二つの言葉がグッサ―———リ私の身に返ってきているからだと思うんですよね。難しい言葉を使いたがるあたりに。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 少しはマシな文になったかすごく気になる

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元記事:すいません、ガチホモ書きたいです!の返信

そんな貴方に、前から後ろに押してみる。

小説、創作するにあたってよく言われるのが「好きなものを書けば良い」だけれど、これは意外と難しい。
なぜなら、「それのどこがどういうふうに好きなの?」と問うと、具体的に語れるほどではない事が多いためです。
いやいや。好きなのは事実。
でも、「好き」ってのは「感情」で、感覚でしかないので、「好き」という感覚があるだけで人間は十分満足なんです。
それ以上に突き詰めてどれがどのようにと追求していくのは嗜好が偏ったオタクの中でもあまり多くない。
……だから、「好きなものを書けば良い」というのは至言なんだけど、実はけっこう難しい。多くの人は「感情」しか持ってないから。
それを文章にするには大いに頭を悩ませることとなる。

一方。
「嫌いなもの」は違います。
スレ主さんの書き込み内容を見ても、「こういうのじゃない」「こういうのはマジいらない」と、実に具体的に列挙していっている。「好き」の内容より多い文章量です。
さらに掘り下げれば割とどこまでも「嫌い」を語れるんじゃないでしょうか。
「嫌い」なものには「理由をつけたがる」ので、原因があるから嫌いだと解明しないと人間は満足できないところがあります。
そのため、「好き」よりも「嫌い」のほうがずっと詳しく書ける。
実際、「~~というのが書きたいわけじゃない」と書きたくないモノの具体例を出してる割には「こういうのが書きたい」という書きたいものの具体例は一切ない。

「嫌いなものを書く」というのは抵抗こそあると思いますが、アンチテーゼを主目的として作品を書くことは割とよくあることで、創作として間違っているわけではありません。
有名所ではメアリ・スーで知ってる人も多いスタートレックの二次創作作品ですね。嫌いなものをこれでもかと盛り込んで「こういうのはどうかと思う」と警鐘を鳴らした作品です。
そこまでいかなくとも、例えば王道BLを書いて、でも作者的にこういうのイラっとくるからラストは悲恋にしてしまうとか。
基本的に「読者」は「好きで読んでる」し、多くの作者もまた「好きで書いてる」ので、「好ましい展開」しかイメージがないんですよ。あくまで基本的に。
そこに「嫌いで書いてる作者の発想」は実に斬新で、上の例の場合は「そこで悲恋になるなんて」とショッキングな展開が印象に残り、個性的で独創的な作品に仕上がったりする。

人間のメンタル的にも、確か「好き」より「嫌い」のほうがエネルギーが強いという話を聞いたことがある。聞いたことがある程度だけど、確かになと思っています。
なので、もし、「嫌い」を書く気持ちが少しでもあれば、
「こういうの避けたい」「こういうのマジいらね」という想いを形にしてみると良いと思います。
世の腐女子に一石を投じてやるくらいの気持ちで「嫌い」を書けば、割と面白いと思いますよ。

「世の腐女子に~」とか「王道・テンプレが~」って感覚の人は多いと思うけど、こういう人はやっぱ自分の「好き」で書くので、好みが合わないと読まれない。読まれなければ主張も伝わらない。
でも「嫌い」で書くと、内容はパッと見で「王道BL」などなので大多数の好みに合う形なので読む人はそれなりに多い。ところがその小説の主張は「嫌い」なので、読者は作者の主張を理解する。
これは「なろう系が嫌い」な人のアマチュア作家にも言えるけど、まあ持論でしかないけど、こういうのは「好き」で書いちゃダメ。「嫌い」で書かなきゃ。

かなり話がズレましたが、どうも返信内容を読むと「その嫌いなの書いたらいいんじゃない?」と思ってしまうので、「嫌い」つまり「アンチテーゼ」を書くっていう、背中を押すどころか明後日の方向に身体を突き飛ばしてみました。

……もう既にだいぶ長い返信だけど、なんで私がそう思ったかを言ってないんですが、うーん。
個人メッセージのほうで会話した内容も関係してしまうので、かなり多くを伏せて伝えますが、そもそもキミ、ネトゥリャとジャンシェはBLではないし男色とは言えない、そういうのじゃない、と熱弁してたでしょ。
恋愛感情ではないし、肉体を求めているものでもない、って。そういう二次創作をされたら嫌だとまで言ってたし、そういう方針を取ることになった事情というかプライベートに関わることだから伏せなきゃならん話題だけど、私も納得して一年半ほど相談に乗ってたと思う。
ほんでいきなり「ガチホモ書きたい!」はねえわ、というのが本心。
少なくとも「呂」と「風」と書いてあるのはネトゥリャとジャンシェのことだと思うけど、これらキャラクターを使ってガチホモ書くのは止めたほうが良い。初心から大きくブレてる。軌道修正したほうが良い。
そのうえで「ガチホモ書きたい」のなら、それはまったく別のキャラクターを作ってやるべきでしょう。

ほんで、もー、正直、スレ主さんとは随分やりとりしたんで、ある程度わかってます。
会話の流れをぶった切ってまったく関係ない「いま私はこうしたい!」という発言をする場合、だいたい思いつきで言ってます。
それなりに想いは前からあったのかもしれないけど、唐突に書きたいと思ったのは最近のことじゃないかな。それは長続きしない。
つまり、その「好き」は長続きしないので、「嫌い」を書けば良い、という助言です。

上記の回答(嫌いを書く?)

スレ主 桂香 : 0 投稿日時:

だからこそその嫌いを拷問時(鬱血や流血、刺跡、クル系)のトラウマシーンに誤解でぶつけて……というつもりなんです!
傍観系ヒロインにありがちな同性愛への暖かさ……より気持ち悪さをキャラとしてモロに出す系。おもねりが気持ち悪くて吐くぐらい嫌。そこがヒロインを交えたハイライトかと。(ヒロイン編) 

ならではの感情を、二通りの掘り下げ方で魅せたいです。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 少しはマシな文になったかすごく気になる

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元記事:すいません、ガチホモ書きたいです!の返信

そんな貴方に、前から後ろに押してみる。

小説、創作するにあたってよく言われるのが「好きなものを書けば良い」だけれど、これは意外と難しい。
なぜなら、「それのどこがどういうふうに好きなの?」と問うと、具体的に語れるほどではない事が多いためです。
いやいや。好きなのは事実。
でも、「好き」ってのは「感情」で、感覚でしかないので、「好き」という感覚があるだけで人間は十分満足なんです。
それ以上に突き詰めてどれがどのようにと追求していくのは嗜好が偏ったオタクの中でもあまり多くない。
……だから、「好きなものを書けば良い」というのは至言なんだけど、実はけっこう難しい。多くの人は「感情」しか持ってないから。
それを文章にするには大いに頭を悩ませることとなる。

一方。
「嫌いなもの」は違います。
スレ主さんの書き込み内容を見ても、「こういうのじゃない」「こういうのはマジいらない」と、実に具体的に列挙していっている。「好き」の内容より多い文章量です。
さらに掘り下げれば割とどこまでも「嫌い」を語れるんじゃないでしょうか。
「嫌い」なものには「理由をつけたがる」ので、原因があるから嫌いだと解明しないと人間は満足できないところがあります。
そのため、「好き」よりも「嫌い」のほうがずっと詳しく書ける。
実際、「~~というのが書きたいわけじゃない」と書きたくないモノの具体例を出してる割には「こういうのが書きたい」という書きたいものの具体例は一切ない。

「嫌いなものを書く」というのは抵抗こそあると思いますが、アンチテーゼを主目的として作品を書くことは割とよくあることで、創作として間違っているわけではありません。
有名所ではメアリ・スーで知ってる人も多いスタートレックの二次創作作品ですね。嫌いなものをこれでもかと盛り込んで「こういうのはどうかと思う」と警鐘を鳴らした作品です。
そこまでいかなくとも、例えば王道BLを書いて、でも作者的にこういうのイラっとくるからラストは悲恋にしてしまうとか。
基本的に「読者」は「好きで読んでる」し、多くの作者もまた「好きで書いてる」ので、「好ましい展開」しかイメージがないんですよ。あくまで基本的に。
そこに「嫌いで書いてる作者の発想」は実に斬新で、上の例の場合は「そこで悲恋になるなんて」とショッキングな展開が印象に残り、個性的で独創的な作品に仕上がったりする。

人間のメンタル的にも、確か「好き」より「嫌い」のほうがエネルギーが強いという話を聞いたことがある。聞いたことがある程度だけど、確かになと思っています。
なので、もし、「嫌い」を書く気持ちが少しでもあれば、
「こういうの避けたい」「こういうのマジいらね」という想いを形にしてみると良いと思います。
世の腐女子に一石を投じてやるくらいの気持ちで「嫌い」を書けば、割と面白いと思いますよ。

「世の腐女子に~」とか「王道・テンプレが~」って感覚の人は多いと思うけど、こういう人はやっぱ自分の「好き」で書くので、好みが合わないと読まれない。読まれなければ主張も伝わらない。
でも「嫌い」で書くと、内容はパッと見で「王道BL」などなので大多数の好みに合う形なので読む人はそれなりに多い。ところがその小説の主張は「嫌い」なので、読者は作者の主張を理解する。
これは「なろう系が嫌い」な人のアマチュア作家にも言えるけど、まあ持論でしかないけど、こういうのは「好き」で書いちゃダメ。「嫌い」で書かなきゃ。

かなり話がズレましたが、どうも返信内容を読むと「その嫌いなの書いたらいいんじゃない?」と思ってしまうので、「嫌い」つまり「アンチテーゼ」を書くっていう、背中を押すどころか明後日の方向に身体を突き飛ばしてみました。

……もう既にだいぶ長い返信だけど、なんで私がそう思ったかを言ってないんですが、うーん。
個人メッセージのほうで会話した内容も関係してしまうので、かなり多くを伏せて伝えますが、そもそもキミ、ネトゥリャとジャンシェはBLではないし男色とは言えない、そういうのじゃない、と熱弁してたでしょ。
恋愛感情ではないし、肉体を求めているものでもない、って。そういう二次創作をされたら嫌だとまで言ってたし、そういう方針を取ることになった事情というかプライベートに関わることだから伏せなきゃならん話題だけど、私も納得して一年半ほど相談に乗ってたと思う。
ほんでいきなり「ガチホモ書きたい!」はねえわ、というのが本心。
少なくとも「呂」と「風」と書いてあるのはネトゥリャとジャンシェのことだと思うけど、これらキャラクターを使ってガチホモ書くのは止めたほうが良い。初心から大きくブレてる。軌道修正したほうが良い。
そのうえで「ガチホモ書きたい」のなら、それはまったく別のキャラクターを作ってやるべきでしょう。

ほんで、もー、正直、スレ主さんとは随分やりとりしたんで、ある程度わかってます。
会話の流れをぶった切ってまったく関係ない「いま私はこうしたい!」という発言をする場合、だいたい思いつきで言ってます。
それなりに想いは前からあったのかもしれないけど、唐突に書きたいと思ったのは最近のことじゃないかな。それは長続きしない。
つまり、その「好き」は長続きしないので、「嫌い」を書けば良い、という助言です。

上記の回答(自分の距離感)

スレ主 桂香 : 0 投稿日時:

あー、わかった。
あまくささんへの返信打ってる間、というかサタンさんに送っている間にに本当に書きたい距離がなんとなくつかめた。
確かにあれはガチホモじゃなかったかも。
困惑させてすいません💦 
「最初からホモォ前提でつくるぜ」という伝わり方の認識がこちらに欠けておかしなことになってたんですよ。
ところどころ滲む裏設定的なレベルで、本編には匂わす程度にしようと思ってた。少し頭に入れるって程度だけどメインレベルで全力で解決したかったです。
 でも、火のないところから煙は立たない。なくても火事起こす人はいる。
 だから自分自身の軸をしっかりするしか対応策がないけど、「匂わす」ってのに難しさを感じる。
 普通なら、顔を赤らめさせたり腕を組んだりと心情的に親しみを感じる表現を(読者サービスがてら)打ち込むのだろう。
 けど、ひたすらガン掘りを心情抜きで(書くスペースあるなら)書きたいという気持ちに関しては、勢いが消えたというか形はそのままなんだけど、もう見つけられただけで幸せというか、書かなくても安心して奥に片づけられるって感じです(*'▽')。如何なる心情表現をも挟まない無用の用こそスバラシイ。
 ごめんなさい。(性格上、阿(おもね)ってるわきゃないと言っとくけど)本当にありがとう。

 
 

カテゴリー : ストーリー スレッド: 少しはマシな文になったかすごく気になる

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元記事:風諒と呂玄の関係性の返信の返信

 たぶん、男の友情という言葉自体少々琴線にふれている部分があると思うのです。
 男同士の理想の関係に惹かれる女性(例えば腐女子)の一般論だと
 https://howcollect.jp/article/4856 のような感じです。全員ではないと思うけど。
 たまにそれが突き抜けすぎて「私、兄貴♂についていきます‼」みたいに目が輝いている人がいるんだけど、たぶん素質か前々か任侠・武侠の世界に理解を飛び越えて掛け値なしでドはまりしたか、よほど女のじめっとした関係が嫌いかだと思うんですよ。BL一般にも言えることですが、一種の退行に近い感じです。
 古代ギリシャやローマに男色のすばらしさの記録が残っています。生命の本能に直接ふれあう野蛮なことはしていないぜ‼ 本当に魂の奥底から「自由」であることの象徴だ!想像の翼をひろげりゃいーだろ? みたいなのが主論かと。
 一応大学で自由の歴史を習ってんだけど当然男色にはふれない。制限がないと泳げない皮肉の間を縫っている行為だとも思う。
 でも中世も驚くほど高度な個人主義の時代だったあの国だからこそできたんだろうな、と思ってた。
 毎日取引先に頭下げてるオッサンが、日朝に「ぷぃきゅあーがんばれー!」というのを続けているのに似ているのではないでしょうか。
 魔神英雄伝とか三国演義とか男塾とかが好きな身としては、こういったシーンで胸をすくうような感覚や痛み、苦しみ、悩みを疑似的に共有し、そのスカっとした感覚をも共有し、(女でいえば共感か?)いつしか義情のあつさを主体とした感覚ができあがっていく感じ。

 前提として、少女漫画にそのメゾットをうまく置き換えた作家さんもいると思いますし何人か思い当たります。だけど原形のままとなると本当に皆無に近いと思う。(知らないだけかもしれませんが)。少年漫画も少女漫画もそれぞれ佳作傑作があるのもわかってる。
 何名か少年誌や青年誌で頑張っているけど、フェミやBL,リアルおままごと系の癖が滲む人が多く、(あるいはカテエラレベルでモロに)別雑誌で読んだ方がいいんじゃね? と思う作品ばかり。私もそうだけどリアルを求めすぎてリアル=綺麗ごとじゃない陰惨なドロドロと思いこむ節がある。
 確かに家庭内戦争は地味だけど手探りで本人らしいリアルを培えるよ? けど小コミやレディコミでやれ‼ みたいな一部の立場(嫁とか前彼をもったカノジョとか)の共感以外からすれば破綻した話でもある。その感覚を無意識に嫌っている部分もある。
 私も勉強がてら読んでいたけど、本質的な意味では筋がとおらず理不尽だった。共感と自己憐憫がベースだから、理屈とか二の次だった。
 たぶん、理屈人間(私の場合論理で受け取り主観でしゃべるけど)が理屈を基本安心して忘れられる分野の候補地のイメージだったのでしょう。こんなことで腐りたくないわ! と思っている人が安心してバカになれる場所が欲しいと願った先だと思う。
 自分も今感覚でしゃべっているので、あまくささんに伝わったかわからないんですけども。
       
 少なくとも、☝のような関係を求めるとなると、百合だと完璧カテエラなんですよね。女の子同士のほわほわした関係が好きなことが前提だし、凌辱同人誌作るやつはその陰惨さにたえきれないピュアな女の子の素材がほしいだけだし。公式がするにしても、「ダンベル何キロ持てる?」ぐらいで手が止まると思う。かわいい女の子が見たいから!
 黙れドンみたいなので思い出すんですけど、本人基準であまりいい言葉を選んで使うと、いろんな意味で弱く見えるなぁって。「えへへ、●●ちゃんだいすき♬」みたいなコミュ方法をとるのが基本の百合だと丁寧に積み重ねることがとても大切なので、自分の今回書きたいものからは外れるかな、って思いました。

 男女だと無意識に付き合い、結婚、妊娠、彼との子を育むみたいな意識が本能的に頭の中に入っている。で、上記の関係を遂行すると相当なひずみが生じるリスクが高い。
 そりゃSM夫婦とかもいるかもだけど、それとはかなり違うと思う。
 大体的にショタやロリ使うか? といっても個人的にトップレベルで筆を振るいたくない行為であります。
 クソみそやオネエタレントなどによってエンタメ上の市民権はかなり大きくなっているのではないでしょうか。
 私個人の細かい事情はこれ以上話せませんが、求めているのは美談というか、「女の言う言葉に出す系の心のつながり」がクソ嫌いだからです。よくあるBLだと距離感的にそれをまま男の入れ物に転移するのが嫌だからです。
 百合とかは夢に逃げてもヨシヨシしてくれるから安心してバカになれるってのもあるんだけど、二次元の某ガチ百合覇王の言動に胸をうたれ、惹かれた部分もあります。きっと作る側もあると信じてるんだろうなー みたいな。勝手だけど。
 美談として形にはのこらないし、無意味かもしれない。けど、口当たりよろしい数々の美談が生まれる以前の栄誉なしの何かをゴリゴリ押して書き続けたいってのが自分の気持ちです。

男ならでは、女ならではの同性の高尚(と主張)さはそれなりに頭に入っているつもりです。それ自体に優劣はない(別枠)というと胡散臭いけど、それぞれに適応して楽しむってのが二次でこの界隈のたのしさかなぁっと思ってます。

上記の回答(風諒と呂玄の関係性の返信の返信の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

男と女の関係を書けばすべてラブコメになるわけではないし、女と女の関係を書けばすべて百合になるわけでもないでしょう。
前に男と女のあいだに友情は成立するかという議論があって、成立し得ないという意見が多かったんですね。しかし私は「そうかなあ」と思ってしまいます。
男と女、女と女で、人間と人間の関係を書くことは本質としてできないと思いますか?

カテゴリー : ストーリー スレッド: 少しはマシな文になったかすごく気になる

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※新しめのゲームの展開ネタバレ?が少しあります。気をつけてください。

小説でも映画でもゲームでも他人のフィクションを見ます。するとそこに書かれていないことの方に注意がいってしまいます。ビリギャル(映画のみ)だと(妹かわいそうじゃない? 姉のために自分のための保険を解約されたり、勉強するからって自分が見ていたチャンネルを姉に勝手に返られて教育テレビ?時事放送的なものに変えられたり)
 ラスアス2(ゲーム)では、エリーかわいそうとか言われているけれど、一緒に暮らしていた村(街?)の人たちの方がかわいそうだよと。エリーを追って(トミー、新キャラ二人)外に出かけていくから、馬の世話とか感染者の巡回とか、人手不足になるし、馬ももっていかれて、物資不足にもなっているのに、みんなエリーに優しい。絶対集団は疲弊しているはずなのに、その側面からの不平不満は一切書かれない。だれも文句をいわない。やれやれ、行くなって言っても行くんでしょ。じゃないと思います。マリア。追放した方が良いレベルですよ。

 で、書き手の自分。そうはならないように、主人公周辺の考えられる全ての存在を挙げてみると、どうしても書き切れない。そのバランスをどうやって保ったらいいんだろう? という感じです。

 新人賞に応募したいので具体的には言えないんですけど、地獄みたいな国から楽園みたいな国にやってきた主人公がやさしい世界を体験するっていうものなんですけど。その「やさしい世界のやさしい体験」が書くときりがないです。でも、書かないと読み手にこの世界のここ(社会制度、身分、階級、生活の質とか?)はどうなっているの?(自分がプレイヤーとか読み手になったときと同じように)書かれていない人は存在していないのかと思われないかなと心配になります。
(ラスアス2でいうと、復讐のために村の馬と人手を使うことをためらわないエリーとエリー擁護派(言っても聞かないからもう持っていって派)以外、復讐とかやめてくれない?迷惑なんだけど派も村に存在しているはずなんです。なのにその側面の意見が「一切書かれていない」ことにプレイヤーの自分は不満に思った)

一応本当に楽園の国なのでそこにいる人たちはみんな幸せっていう設定なのですが、どういう書き方をすればそれが伝わるか、自分が考える以上に世界って複雑だし全部の要素?を書いたと思っても絶対取りこぼしはあるだろうから、その取りこぼしを見つけた人に、そこを書いてないから、あなたの考える楽園は○○がいない世界なのねとか言われるの嫌です。はい!いません。って答えられるものはそれでいいですが、いるはず(ラスアス2前述みたいに「エリーむかつく派」)なのにその側面が書かれていないって指摘されたら、やってしまったってなります。

存在していない設定、ならありだけれど、文脈的に存在しているはずなのにそこからの意見は一切ない書かれていないっていうのは欠陥だと思っています。

(考え得る限り書いて、その後で指摘されたなら次直せば良いというのが、落としどころなんですかね?)
 

上記の回答(読み手になると書かれていないことが気になるから書き手として全部書こうとすると際限なさ過ぎて困っていますの返信)

投稿者 たぶんギリで牡蠣 : 0

「貴方のすべては、世界のすべてではない」

 人間の思考には方向性がある。しかし、すべての向きを全て知ることは、すなわち全世界の人口と会話をする必要がある。はたして、それが現実的な事だろうか?
これは小説的な話ではなく、一般的な話だ。
しかし、想像のキャラクターが常識の範疇を超えていないのであれば、これにも当てはまる。そうなれば全方向の考え方ができてしまうなど言うことは違和感でしかない。
 さらに言えば、作者は全方向の思考を書ききれるのか?そんな情報量を持っているのか?ありとあらゆる思考のパターンをそもそも思いつけるのか?という疑問が浮かぶ。書き手であるあなたは一人だが、思考の違う読者はほぼ無限と言って差し支えない。
 指摘されて修正した内容が指摘されることなどざらである。方向性とは全員が似た方向を持っているのではなく、真逆の人間も存在する。

 さて 話を少し変えて、"見えないものへの興味"に移る。
これは、人間心理の一つであり、無意識的に想像を湧き起らせるカギの様なものである。
 例えば、何かしらの統計を取ったとき、60%と40%の円グラフができたとして、60%の内容のみ伝えられた時、人間は逆の40%が何か知りたくなるものである。
すべてを見せず、隠すこととで読み手が"これはなんだろう?"と想像するきっかけになるのである。
 この心理を利用すると、読者の思考をある程度同じ向きへと変えることができる。
わからないものへと意図的に注視させることは、余計な情報を詠み手に考えさせる余地を消すということにもつながる。物語に集中してもらえるのだ。
同時に、隠された40%は伏線として利用でき、いざという時の切り札として出せば、疑問→解決という手順は読み手にそう快感を与えることもある。
 %は0-100でなければどれでも成立するが、%の値によって読者の期待や裏切り方も変わってくるものである。
全て書いてしまえば、読者はふーん、という感想しか持たないのである。

さて、これらの事から言えることは
「貴方のすべては、世界のすべてではない/しかし、わからないからこそ面白い」
ということである。

※上記の心理学的とか常識的というのは、私が適当に考えた事である。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 読み手になると書かれていないことが気になるから書き手として全部書こうとすると際限なさ過ぎて困っています

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元記事:小説を書かない人

知人が小説を書きません。小説を書かずに人の小説にケチを付けたりネット上のアマチュアが集まる小さな掲示板でYahoo知恵袋みたいなことをして間違った知識で人の足を引っ張っています。こういう人をどう思いますか

上記の回答(小説を書かない人の返信)

投稿者 GPeT : 2

私はこのような人々に対して、態度を厳しく非難すべきだと考えます。なぜなら、小説を書かない人が単に批判するだけでなく、自分自身が正しいと信じる間違った知識で他の人の成長を妨げることは、社会や人間関係に対する負の影響を与えます。健全なコミュニケーションを築くためには、批判や議論は適切な文脈と方法で行われる必要があると言えます。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 小説を書かない人

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