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うっぴーさんの返信一覧。最新の投稿順14ページ目

元記事:ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?

小説家になろう」から、書籍化された異世界転生系のラノベでは、恋愛要素は不要であるという論があります。

なろう系ラノベは、読者の承認欲求を満たすのが目的であり、読者の自尊感情を害するような様子は、排除すべきであると言われています。

ラノベでは主人公イコール読者であり、読者は主人公になって物語を楽しみます。

このため、ヒロインは、処女で、主人公をヨイショするめのトロフィーガールの役割が果たせれば良い。
主人公を批判したり、他の男に気を惹かれたりしてはいけいない。
というのが、ラノベ恋愛不要論の肝です。

処女というのは、ゼロ年代のラノベから必要であった要素で、昔の男と比べられると自尊感情が傷つくからです。
実際の恋愛では、女性が他の男に気を惹かれることがありますが、こういった要素は邪魔で、切り捨てなければなりません。不要なリアリティです。

ラノベは、2004年に刊行されたゼロの使い魔のヒットにより、ラブコメブームが来て、ツンデレが流行ったのですが、今は、ツンデレではなく、最初からデレている。会った直後から、好感度マックスが主流になっています。

ツンをされると、読者の自尊心が傷つく。
もしかしたら、この娘、俺のことが好きなのかも?
と考えてドキドキするより、とにかく俺を肯定してくれ。
に変化しています。

例えば、大ヒットしたオーバーロードのヒロインたちは、みんな主人公を敬愛して、最初から絶対の忠誠を誓っています。

オーバーロードの例は極端ですが、ヒロインは、読者の承認欲求を満たすためのギミックであって、主人公がちょっと親切にしたり、活躍したら、大げさに感謝して、主人公のことが大好きになる感じです。

なろう系ラノベで、ゼロの使い魔のように、ラブコメがメインで書籍化された、ヒットした作品というのは寡聞にして知らないのですが、ありますでしょうか?

また、ラノベ恋愛不要論について、ご意見などありましたら、コメントいただけるとありがたいです!

上記の回答(ラノベ恋愛不要論。ツンデレヒロインは二番手に移行)

スレ主 うっぴー : 1 投稿日時:

ツンデレヒロインは終焉した訳ではなく、二番手になったとも言えます。
例えば、累計30万部の「異世界支配のスキルテイカー ~ゼロから始める奴隷ハーレム~ 」 2015/6/2刊行では、全肯定型ヒロインの次に合うヒロインとして、ツンデレ型ヒロインが現れます。

漫画化された「僕の部屋がダンジョンの休憩所になってしまった件 」2017/2/9刊行でも、同じです。

おそらく全肯定型ヒロインによって、承認欲求が満たされたあとに、ツンデレ型ヒロインに会うことによって、読者は、ツン要素があっても嫌にならずに受けれられるのだと思います。
すでに、メインヒロインから肯定されているから、OK!ということです。

ただ、ツンデレ型ヒロインがまったくいない、なろう系ラノベも多いので、ツンデレヒロインは、やはりメインストリームから落ちた、承認欲求を得る上で、リスクの高いキャラになったと言えると思います。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?

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元記事:ラノベ恋愛不要論。ツンデレヒロインは二番手に移行の返信

ツンデレヒロインに限って言えば、もうヤンデレが出始めた頃には下火になっていたと思う。
最盛期は「灼眼のシャナ」や「ゼロの使い魔」、まあ声優の釘宮さんが流行ってた時期じゃないかなと。
「とらドラ」の頃にはトドメを刺したというか調理し切ったというか。
それ以降は、わかりやすいツンデレキャラもいることはいるけど、多くのヒロインの中の一人という形が多かった。
というのも、この頃は「誰か一人のメインヒロイン」というこれまでの常識が崩れてきていて、メインヒロインはおらず「多くのサブヒロイン」という形が多かったんじゃないかなと思う。
当時のハーレムモノは大部分が、「「一応」この子がメイン」って感じじゃなかったかな。

そして、それ以前の作品はというと、ツンデレが流行する以前の作品では、ツンデレはいつも当て馬や二番手として定番だった気がします。
意地を張ってるがために恋が実らず、という流れが多かったんじゃないかなと。
正統派ヒロインがいればツンデレサブヒロインは必ずいたような。
要するに、ツンデレブームのときに正統派とツンデレの逆転現象が起こって、一時的にツンデレヒロインがメインを張ってただけで、現在ツンデレは元の立ち位置に戻っただけではないかなと。

ツンデレ、というのは「キャラクターの個性だ」と誤解されやすく、いまやその誤解が正しいという認識だと思います。
でも、ツンデレってのは「ツンツンデレデレ」の略語で、意味は「ツンツンしてた女の子がデレデレになる」というものでしょう。
つまりこれ、キャラクターの個性を言ってる言葉じゃなくて、キャラクターの変化を指してる言葉なんですよね。
個性と言えるのは「ツンツンしている」という部分だけで、ちゃんと言葉にすれば「キツい性格の女の子」という部分だけ。
「ツンデレ」はキャラクターの変化を意味しているので、そのキャラクターが変化する過程というのは、これすなわち「物語」です。
ということは、「ツンデレ」というのはそれだけで物語が作りやすいんですよね。
「ツンツンしてる理由」とか「ツンがデレになる過程」とか、それだけで話になる。
題材として非常に扱いやすい。

そして同時に、ツンデレブームのときに流行っていた物語構成は、いわゆる「巻き込まれ型」です。
強引な女の子がやってきて主人公をトラブルの方向へ巻き込んでいく。という一種のドラえもん型とも言えますか。
言わずもがな、ツンデレの「ツン」という個性や強引な態度は「巻き込まれ型」の物語と非常に相性が良かった。
「ツン」が「デレ」になる過程でラノベ向きの恋愛を表現できるし、ラノベとの相性も良かった。
灼眼のシャナやゼロの使い魔のヒットによって、この組み合わせが爆発的に広まって流行となったのではと思う。

とすれば。
そもそも「巻き込まれ型」が下火になれば「ツンデレ」も下火になるのは当たり前で、しかし「ツンデレ」は上記したように、そもそも「物語」としての相性が良いので、メインは張れなくなったけど、元のサブヒロインの位置に戻った。という現状なのでは。
また、「ツンデレ」を「キャラクターの個性だ」と考えていると出す機会が無いので、こう言っちゃなんですが、なろう系では見る機会は減るでしょう。
アマチュアを馬鹿にしてるわけではなく、もはや「ツンデレは個性だ」という認識が当たり前の世代が多いと思うので。
なので、強いて言うなら「アンタのためじゃないんだからね!」的な典型的な記号としてのツンデレというのは、これは「キャラクター(の個性)」なので、確かにメインストリームから落ちた、と言えると思います。

一方で、プロが書く文庫では「ツンデレ」ではなく「性格のきつい女性」が出ることは当然ある。
その女性に恋愛要素があれば、当たり前だけど「ツンデレ」として登場することになる。
そしてこのポジションは、メインではなく当て馬や二番手としての位置が扱いやすいので、そのように展開する。
なので、「ツンデレ」それ自体に需要や役目がないわけではないし、そもそも「恋愛不要論」にも通じるけど、「ラブコメ」それ自体が下火なので、ツン「デレ」という言葉自体に恋愛要素を含む以上見かける機会が少ないだけではないでしょうか。
メインでは下火だけど、物語のちょっとしたアクセントや味付けで恋愛要素を出す場合、今でもツンデレは強力な武器だと思います。
全肯定型のヒロインを出す場合、ツンデレは別に主人公を好きにならなくてもいいわけだし。
悪役幹部の女副官とかツンデレポジションだと思うw

上記の回答(ラノベ恋愛不要論。ツンデレヒロインは二番手に移行の返信の返信)

スレ主 うっぴー : 1 投稿日時:

サタンさん、どうも返信ありがとうございます!
なるほど、ツンデレというものがそもそもイレギュラーな存在であり、現在は元の状態に戻っただけ、ということですね。

確かに、ラノベはかなり流行に左右されるところがあり、「灼眼のシャナ」や「ゼロの使い魔」のようなヒット作が生まれると、それに影響を受けたフォロワーがたくさん出ます。
また、2000年代前半には、超ヒット作の「涼宮ハルヒの憂鬱」もありましたね。ハルヒもツンデレヒロインです。

ツンデレヒロインとは、これらの作品群が生んだ一時的な流行だったと考えると、腑に落ちるところがあります。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?

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元記事:ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?の返信

なろう発の恋愛要素込みだと「君の脾臓が食べたい」ですね。
あとは「本好きの下克上」、女性向けだと普通に恋愛要素はあります。

ラノベに恋愛要素はほぼ必須です。
件のオーバーロードもリザードマンや王国編では(主人公ではありませんが)恋愛要素があります。
魔法科高校の劣等生も、サブキャラ同士でくっつくことは何度かあります。

またトロフィーガールであろうと、それもまた恋愛要素です。
本当の恋愛じゃない! と言われるかも知れませんが。

売上上位で恋愛要素がサブキャラも含めてほぼ皆無なのは、幼女戦記くらいです。
それ以外は巻数が進むにつれて、何らかの恋愛要素が入ってきます。

オーバーロードも恋愛要素は、主軸ではありません。
何を軸とするかの問題なので要・不要というのも少しおかしい気がします。

デビュー済みの私からすれば、恋愛要素はシリーズを進めていくとほぼ必須になると認識しています。
書けないよりは書けた方が明らかに良いからです。
サブキャラを掘り下げるのに使いますので。

上記の回答(ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?の返信の返信)

スレ主 うっぴー : 0 投稿日時:

書籍化作家さん、どうも返信ありがとうございます!

>デビュー済みの私からすれば、恋愛要素はシリーズを進めていくとほぼ必須になると認識しています。
>書けないよりは書けた方が明らかに良いからです。

確かに不要とまで言い切るのは、極論でした。
昔から、恋愛は物語を作る上で必須の要素であると言われていますし、その通りだと思います。

ただ、主人公が恋愛をしている物語は確実に減った印象があります。
オーバーロードの主人公は恋愛をしていません。アルベドから一方的にストーカーをされているだけで、これはルイズと相思相愛の関係を育んでいたゼロの使い魔とは、だいぶ違う感じがします。

最近流行の異世界奴隷ハーレムも、女の子を奴隷という従属関係に置いて接しているので、恋愛とは言い難い面があります。
オーバーロードも絶対支配者と配下という関係なので、これも対等な男女関係とは言えません。
パートナーとは、本来、同等な存在であるはずです。

この点から考えるに、読者の嗜好としては、恋愛ではなく、あくまで自分を承認してくれるヒロインが欲しいのだと思えます。

サブキャラ同士が恋愛する場合は、主人公が関わらないので、失恋に終わっても主人公イコール読者の自尊心は傷つきません。

オーバーロードは、サブキャラが自分よりはるかに強大な存在に立ち向かっていき、そこで敗北を経験して、精神的、能力的に成長する場面が多いです。
この構造は、漫画ワンパンマンでも同じで、なろう系の特徴の一つかと思えます。

これも主人公が同じことをやると、読者の自尊心が傷つくので、サブキャラにやらせて物語を形成しているのだと考えられます。

ラノベ新人賞の下読みさんが繰り返し言っていたのですが、物語には成長要素が不可欠であるそうです。
失恋や敗北は、これまでの自分を壊し、成長するための切っ掛けかと思います。

しかし、なろう系のチート主人公は最初から完成された無敵の存在であらねばならず、また失敗や挫折は、読者の自尊心を傷つけることになるリスキーな行為なので、サブキャラを通して成長物語を作っているのだと考えられます。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?

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元記事:ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?の返信の返信の返信

返信ありがとうございます、うっぴーさん。

その上で申し上げれば、まだ遠い!
オーバーロードをそこまで分析できているのなら、なぜなろう系が売れるのか、その源流がわかるはずです。

答えを率直に申し上げると、なろう系の原型は時代劇なんです。
水戸黄門がぴったりなろう系に当てはまる作品で、いわゆるなろう系は時代劇のシナリオ論をファンタジーに置き換えたものがほとんどです。

水戸黄門一行は印籠は言うに及ばず、殺陣でも手傷を負うことはありません。
絶対正義の体現者でもあり、仲間内の絆は非常に強固です。
そこが問題や変化の対象になることはほとんどないのです。

しかし、ドラマがある。それは否定できないでしょう?

そう、肝はサブキャラなんです。一話限りでも、ご老公一行に何一つ比肩しなくてもいいのです。
水戸黄門のような物語構造は、日本人であればある程度普遍的に受けてしまう。
だから、売れざるを得ないんです。

要・不要論はえてして知識がないと不毛な論議になりがちです。
恐らくうっぴーさんは、ワナビ代表としてラノベ恋愛不要論を押したいのでしょう。
しかし、実際のプロデビュー済みのなろう作者は、そういう論議にあまり頓着しません。

オーバーロードは異世界ファンタジーで、しかも主人公は人間じゃなくなってるんです。
現代日本の価値観を持ち出して槍玉にあげても、何の意味がありません。

異世界奴隷ハーレムも同様です。異世界で特別な力がある主人公だからこそ、許されるんです。
水戸黄門の印籠の効力が、江戸時代以外では無意味なように。

商業小説なら売れることが正義です。シリーズ累計ではゼロの使い魔をオーバーロードが超えています。
なろう系とひとくくりにするのではなく、彼らの知性と創作力を深く探ってください。
公募が取り落としてきたものが見えるはずです。

上記の回答(なろう系の原型は時代劇!オーバーロードは水戸黄門!)

スレ主 うっぴー : 6 人気回答! 投稿日時:

とある書籍化作家さん、どうも返信ありがとうございます!

>答えを率直に申し上げると、なろう系の原型は時代劇なんです。
>水戸黄門がぴったりなろう系に当てはまる作品で、いわゆるなろう系は時代劇のシナリオ論をファンタジーに置き換えたものがほとんどです。

この発想はなかったので、驚きました。
時代劇は現代に合わなくなったので、廃れたと思っていたのですが、日本人の嗜好は実は変わっておらず、時代劇の構造をファンタジー世界に置き換えただけという説には衝撃を受けました。

>異世界奴隷ハーレムも同様です。異世界で特別な力がある主人公だからこそ、許されるんです。
>水戸黄門の印籠の効力が、江戸時代以外では無意味なように

なるほど、天下の副将軍という立場は、確かに江戸時代という異世界でしか通用しないものですね。
オーバーロードのモモンガさんは、実は水戸黄門であるわけですか。
水戸黄門的に他者を従える快感、決して敗れることも傷つくこともない絶対者の快感を日本人は本能的に求めているということですね。
そして、現代日本の価値観から、水戸黄門を批判しても意味がない。

実は、異世界奴隷ハーレムのパイオニアと思われる「異世界支配のスキルテイカー ~ゼロから始める奴隷ハーレム~ 」(2015/6/2)を最近、読み直しています。30万部以上売れたヒット作です。

この作品では、ヒロインが「私はご主人様の奴隷にしていただいて幸せです!」と、衝撃的な発言をします。
女性を物扱いしているようで、ちょっとこれには拒否反応を覚えたのですが、水戸黄門に平伏していると考えれば、腑に落ちる点があります。

水戸黄門では、お色気担当のお銀の入浴シーンが必ず入ります。
水戸黄門がお銀に命令して、色仕掛けで悪人から情報を引き出しているわけです。そして、お銀は水戸黄門を敬愛しているので、喜んでその命令に従いです。これはオーバーロードの主従関係と同じかと思います。

正義のためということで巧妙に隠されていますが、日本人男性は実は自分に仕えてくれる女性を求めているのだと考えれば、これが受けたのも理解できます。

つまり、対等な男女関係というのは欧米的な発想で、そもそも多くの日本人男性は、自分に仕えてくれる女性を欲しがっており、この点は実は江戸時代から変わっていないのではないかと。
オーバーロードや異世界奴隷ハーレムは、水戸黄門が上手に隠蔽した女性に対しての願望を、オブラートに包まずにストレートに表現したから受けたのかなと、思いました。

なろう系と、従来のラノベの最大の違いの一つは、対象読者年齢かと思います。
ゼロの使い魔は、中高生が読むので、現代日本に通じる健全な恋愛観に基づく必要がありますが、オーバーロードは20代以上の大人を対象にしているので、そのような配慮をする必要がなく、読者の願望をストレートに表現できたのでは?と考えています。

成人男性が求める恋愛とは、一言で言えばキャバクラだと思います。
自分に仕え、チヤホヤして承認してくれる女性に囲まれるのが願望であって、対等な男女関係など望んでいないのではないかと思います。
恋愛不要というよりも、昭和的結婚観回帰と言った方が、本質に近いかも知れないと思いました。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?

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元記事:キラー・コンテンツ

他の方とのやり取りを拝見しているうちに、何だか私もラノベに恋愛は不要なのかもしれないと思えてきました。洗脳されたかな(笑

そもそも、恋愛が好きなのは多分に女性ですよね。ラノベに限らず男性向けエンタメのターゲットが求めているのは、恋愛ではなくトロフィーガールなのかもしれません。007のボンド・ガール。あの感じね。

他の方への返信で、
>パートナーとは、本来、同等な存在であるはずです。
と仰っていました。
個人的にはまったく同感ですが、これってややリベラルな考え方なんですね。個人の自立に価値をおく欧米的な理想論。日本人の伝統的な心性にはそぐわないところがあるのかも。
……というか、そんな難しい言い方をしなくても、要するに「異性との対等の関係」というのがしんどいのでしょう。

「さすがです、お兄様!」……ですか。
確かに破壊力がありますね(笑
しかし、男性としては野郎に言われるよりも、従順な美少女に言われる方がなお心をくすぐられると思われるわけで。
よって、承認欲求の充足は一つの側面に過ぎず、「異性」という要素も大きく関わっているように思えます。ただ、それは恋愛ではない、と。
なんだろう?
メスを支配しようとするオスの本能。遺伝子を保存しようとする動物的本能……かな?

上記の回答(キラー・コンテンツの返信)

スレ主 うっぴー : 0 投稿日時:

あまくささん、返信ありがとうございます!

>要するに「異性との対等の関係」というのがしんどいのでしょう。

私もこれが本質かと思いました。
日本人男性にはそもそも欧米的な恋愛というものが合わないのではないかと。
恋愛というのは明治維新から入ってきた概念で、恋愛結婚が主流になったのは戦後です。

ずっとお見合い結婚、家制度の中で女性は従属的な立場にあったので、日本人男性は、従属的な立場にある女性が欲しいのだと思います。
最近(2018年6月)、ニュースでセクハラで身を持ち崩す政治家、官僚、人気アイドルの話題が多いですが、おそらく、この価値観が根強く残っており、これがグローバルスタンダードな男女観との間で齟齬をきたしているのでしょう。

物語のおもしろさの本質とは、読者の願望の充足です。
叶えられない願望を物語の中で満たすから、おもしろいと感じます。
現代日本の男性は、男女平等という考え方が辛く、どう女性と接してよいかわからないので、物語の中で異世界奴隷ハーレムを作って、抑圧した願望を満たしているのかなと、思いました。

異世界奴隷ハーレムのパイオニアである「異世界支配のスキルテイカー ~ゼロから始める奴隷ハーレム~」の著者、柑橘ゆすらさんは、今年の4月に「異世界エルフの奴隷ちゃん」という小説と漫画を同時に刊行しています。

この作品では、さらに一歩進んで、奴隷になったエルフ少女は、「さすがはご主人さまです!!」を決めゼリフにしています。略して『さすごしゅ』です。
奴隷としてご主人様に仕えることを喜び、「さすがはご主人さまです!!」と叫び、主人公はちょっと鬱陶しそうにしています。オーバーロードのモモンガさんと、アルベドの関係と同じですね。

このようにすることで、読者は、奴隷として女性を支配するという罪悪感を消しながら、承認欲求を満たすという見事な構造になっています。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?

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元記事:社会派小説のネタ募集!ネタ探ししているそこの君!僕とディスカッションしよう!(あざらしさんが勧めてくださったレオンが発端のスレです)

 以前の僕の質問を見返すと、社会派小説の観点に立って話しているな、という自覚を覚えました。
 それならば、
 【現代文明における成人の儀の話】と、
 【核家族社会の黒歴史】や
 【理性や思考だけを育てる『頭脳教育』の是非】、
 あるいは、【家族形態の多様性について】や、
 【人間関係のオリジナライズ(固有種化)を促せる社会の実現】などの話題は、僕にとって至上命題であると思い立ちました。

 どうも、壱番合戦 仁です。ただいま、あざらしさんが勧めてくださった映画に感化されて、過集中状態です。
 これから、一つ一つ丁寧に解説していきますね。各議題に分けて投稿しますよ!これから僕の持論に対して、皆様の意見を募りたいと存じます。レッツ、ディスカッション!

 壱、【現代文明における成人の儀】

 以前、『人類文化史上において、書き手が紡ぐ物語が視聴者や読者にとって、奇しくも成人の儀の代わりとして機能している』という記述を、ある学術書にて見かけたことがあります。

 個人的には、今もなお、小説を始めとしたとした物語が、僕たち人類の心を育み続けている、とは思います。
 とはいえ、その機能は完全とは言えないでしょう。現状の社会を顧みても、ニートのオタクたちに《行きて帰りし物語》の系譜に属する本を読ませても、おそらく成長はしないでしょう。人によるとは思いますが、効果は非常に薄いと言わざるを得ません。なぜならば、《自分事としては捉えていない》からです。

 当たり前のことですが、多くの場合において、小説にせよ映画にせよ、『この本を購入したあなたは劇中の人物が起こした他人事を覗き見る立場に置かれます』、という不文律のもとに読者は存在します。
 これでは、成長することはおろか、娯楽作品の域を出ません。(エンタメ小説家のための場なのに、申し訳ない)

 少々脱線します。
 『新世界より』著/貴志祐介の漫画版のエンディングの様な手法をとることはできます。今までHEで語られた物語の主人公が、「どうせコイツ架空の人物だろ……。ケッ、ツマンネ」と高をくくっていた邪かつ健全なる感覚を持った読者たちに、「千年後のあなたへ」と告げて微笑みます。その言葉の裏に、物語そのものの重みを全部込めて読者に贈るのです。その発想力と鮮やかな手並みに僕は感嘆しました。一瞬、彼女が神の向こうの世界から話しかけてくれたのだ、と泣きそうになりました。
 でも、すぐに夢は覚めます。僕は、その本を一度閉じて、表紙を見返しました。
 なんてことはありません。【表紙に映し出された彼らは、最も本人たちにとって栄光ある姿のまま時を止め、命を得ることはありません】。
 僕は、強い悲しみを覚えました。嗚呼、物語に恋することのなんと虚しいこととか!
 だからこそ、誤解を恐れずに申し上げれば、娯楽の観点から言っても、《自分のためだけに作られた世界に行って、自分を主人公として生を謳歌し、峻厳なる試練を乗り越えて、その世界を去る》という体験を、生身で実感できる媒体を作ることができれば、物語はもっと面白くなる可能性を秘めています。
 この日本に限らず、皆誰もが『自らに精神的成長をもたらすかりそめの世界』を求めていると、愚考します。
 『事実は小説よりも奇なり』ということわざの裏には、「ある一面においては、現実は小説よりも奇妙さに優れている」=「小説並みの出来事は起きうるのだ(だから現実を悲観することはない。きっと楽しいはず)」→「でも、ぶっちゃけいうと、今年の年末休暇は俺tueee系のラノベ世界でバカンスしてェわぁ……ムナシィ」という願望が見え隠れしていると思います。(うがった解釈であることは自覚しています)

 では、これらの課題を現代技術で賄うとすれば、何があげられるか。
 今現在、可能性があるとすれば、古今東西の魔術の科学的実証や霊体の分析計測を通して『本物の異界』を探求するか。(その応用で世界創造の技術が開発されればめっけもん)
 もしくはフルダイブ技術、もしくはその代わりとなるVR技術を開発するか。
 いずれにしても、実現性自体は否定できませんが、将来の話とするしか冷静な見方がありません。

 僕だって、ここではないどこかを旅して成長したいし(異世界行きたい!)、一定の筋書きに沿ってスムーズかつドラマチックに凱旋したらかっこいいのに、と妄想しますよ。
 誰でも一度は物語を夢見ることはあると思います。
 前述のうちに『行きて帰りし物語』は、成人の儀の代わりだ、と申し上げました。
 この際です。出来るかどうかは別として、こう考えてはいかがでしょうか?
 「代わりなんて使わずに、本当に成人の儀をしちゃえ!ついでに社会制度もそれに合わせて変えた方がいいよな」と。

 皆さんなら、今の現代社会に成人の儀(または試練)は必要だと思いますか?
 もし必要なら、どんな試練を受けたいですか?また、自身の要望を別にした場合、社会全体から見てどんな成人の儀が必要だと思いますか?

 補足解説。

 我々人類は、「人間」というよくわからないものを演じてきました。
 ですが、「我々は、何という名前の生き物だったのでしょう?」

 思わず、「人間」と答えてしまった、そこのあなた。そう、それこそが社会にゆがみをもたらす元凶だと僕は考察しています。
 我々は、自然環境に適合するために道具や文化の発明を通して、「人の世」という、自然の摂理から引き離された隔離世界を作りました。そうしているうちに、自分が生き物、あるいは動物であることを誰もが忘れてしまいました。
 生物図鑑に自らを「ヒト」と記しつつも、サルに分類される自らを「万物の霊長の類」としてしまったり、絵図に書いたヒトに下着を履かせたりすることが、人が自分を動物だと思っている何よりの証拠です。

 断言しましょう。動物よりも偉いとされた「人間」は、『ヒト』という生物の在り方に立ち返って、あらゆる生命と対等になるべきです。その方がよほど健全だし、少なくとも僕はそういう立場をとります。
 僕は人間の尊性を過信してはいけないと思います。

 皆さんも、人生を生きていて一回は、自分の本能を抑えつけたことがあったかと思います。あなたが男性で、異性を目の前にしたことがあるなら、なおさら、覚えがあるでしょう。
 「そうした欲求を持つことは健全」とされているにもかかわらず、社会正義や世論、および小説を含むメディアは本能に関する事柄に対して強い嫌悪を表現します。
 いかにも食欲や性欲、自己承認欲求丸出しのキャラクターは、敵役の性格について語るとき、もはやテンプレートにすらなっています。

 ですが、ここで一度考えてください。
 「欲求を持つこと自体は健全と認めるのに、何で「お花を摘みに行っていいですか?」とわざわざ遠回しに聞いてから野糞するがごとく、人に隠れてこそこそさっさと済ませなきゃいけないの?」と。

 ヒトは、たくさんの必要不可欠で根源的な欲求をその遺伝子に刻んでいます。
 
 「気持ちいい」と感じることは罪なのでしょうか?
 本来、快感と幸福は不可分一体であったはずです。

 僕は、多くの「極端に【人間】になりすぎて、病気をこじらせた人たち」に出会ってきましたが、「禁欲しすぎたから壊れた」という方々は結構いらっしゃいました。
 キメたことがある人もいたし、イッている人もいたし、ミエテいる人もいました。
 あくまでも僕の主観ですが、彼らは非常に「人間」でした。少なくとも「ヒトらしさ」は見受けられませんでした。

 これを踏まえて考えても、おかしいですよね。
 僕らは、ご飯をたくさんおいしく食べている友達を前にして「獣みたい」と罵った、というたとえ話を聴かされても、「言い過ぎだ」とは思っても、「間違っている」とはなかなか言い出せません。

 セフレを何人も持っているけど、誰にも迷惑はかけていない。そんな幸福なチャラ男を前にして、「お前はケダモノか」とかいっても、それほど違和感はありません。
 でもよくよく考えてみたら、それはとても恐ろしいことだと思います。

 皆さんはどう思いますか?

上記の回答(社会派小説のネタ募集!ネタ探ししているそこの君!僕とディスカッションしよう!(あざらしさんが勧めてくださったレオンが発端のスレです)の返信)

投稿者 鬼の王の墓標 : 2

元々は書きこむつもりはなかったのですが、作者レスだけのスレッドが埋没するのはまずいと思い、来ました。
ただ私が話すのは今回も内容に関することではありません。やはりあなたの姿勢への話です。

先に言っておきますが私は最近あなたの態度に対して、正直嫌気がさして来ています。
というのも私は過去に一度、あなたを見限ったことがあるのですよ。
あの醜い大論戦を見た時は、このサイトも結局『人の業には抗えないもの』なんだなと思いました。
当時私は多くの方からのアドバイスを取り入れ、ここに出入りするのが楽しみになっていました。
ここは他の掲示板サイトと比べたらマナーが良くて良識のある利用者様が多く、お互いをリスペクトしあっている空気が好きでした。

しかしそんな純粋な気持ちで楽しめたのもあなたが掲示板を荒らし始めた頃までです。
そこから後はあなたと同様にマナーの欠けた発信をする利用者が増えました。今私は10人以上他の利用者をブロックしています。
つまりあなたが私の好きな空気を破壊する原因を作ったのです。

でも私はあなたへの憎悪を抱きながらも掲示板の方は静観していました。
安易に怒りの言葉を向ければ荒れる火種を生むだけだからです。
だからあなたが一度ここを去ると決意した時は安心しました。ようやく心を入れ替える気になったんだなって。
しかしあなたが再び戻ってきた時からの今日までの物言いを見ると、あなたからは少しも反省の色が感じられない。
回答者としてのあなたのアドバイスはやけに偉そうだし、スレ主としても軽率な発言が目立つ。
この間の二次創作に関する姿勢についても『御作が遊びで作られたものじゃないとは知らなかった』とやけに大げさに愕然して謝罪していましたが、私に言わせれば人の作品を勝手に『遊びで書いたもの』と決めつけている時点で(そしてそう思っていたことを公共の場で公言している時点で)謝る気がないんだなこの人って思いました。
もし自分の中では誠実に謝ったつもりなら、これからは謝罪文の中に相手を不快にさせるものがないかにも気を配って下さい。
もしあなたが同じ態度のままで他の利用者に接するなら、その内管理人様に通報しますよ。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 社会派小説のネタ募集!ネタ探ししているそこの君!僕とディスカッションしよう!(あざらしさんが勧めてくださったレオンが発端のスレです)

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投稿日時:

元記事:読後感を爽やかにするにはどうすればいいのか?短編を書く上で気を付けておくべきこととは何か?

こんにちは。
実はですね、前回質問した時にこんなにありがたいコメントを頂きました。

>普通に暮らせている皆が正しくて、発達障害を持っている僕が間違っている。
>それが僕の世界のルールです。

ってかいたら、とある方に。

これは、ね。心にジンっと来た。
不謹慎だと自分でも思うけど、でも事実です。
これを『文字として一切書かず、読者の心に届ける』
それができて、かつ読後感をさわやかにできれば飯を食えるよ。
それだけのテーマになりえます。
ラノベより一般、漫画でいえば少年誌ではなく青年誌で扱うテーマではありますが、向き不向きを超越するってのも新機軸としてアリです。

ってその方は書かれたんですね。

なので、「重たくてセンセーショナルな題材を、爽やかな後味にするにはどうすればいいんだろう?」
と思いました。
皆さんは重たいモチーフやテーマを扱う場合、何か気を付けている事はありますか?

それだけでなく、短編を数本完成できるくらいの力を付けた方が良いよ、とも書いていただきましたが、僕は短編を書いたことがないので、何か気を付けておいた方が良いことはありますか?
長編小説との違いなど教えて下されば幸いです。

上記の回答(伝えたいこと)

投稿者 あまくさ : 1

所詮、ネット上のこと。竹牟礼さんがまだここに居るかどうかも不明です。
ただ、どうしても伝えたいことがあり、しかしながら小説なんて書いているくせに適切な言葉が見つかりません。

戦う君の唄を、戦わないやつらが笑うだろう。

歌の文句です。こんなフレーズを持ち出すのは美化し過ぎだと顰蹙する方がいるだろうことは承知。
しかし竹牟礼さんの激昂は唾棄すべき自己憐憫だけではないような気がします。未熟なヨチヨチ歩きながら、戦っていることを感じます。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 読後感を爽やかにするにはどうすればいいのか?短編を書く上で気を付けておくべきこととは何か?

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投稿日時:

元記事:オリ主強過ぎですかね?

 オリ主強過ぎですかね? ネットの片隅の自サイトでひっそり一次創作と二次創作を嗜んでいる者なのですが、二次創作オリ主が復讐鬼で人の血肉を喰らえば喰らうほどに新しい変身能力を開花させる設定なのですよ。
 物語が始まった時点での変身態は
武具と兵科
ドラゴンボール
ドラゴンボールGT
ドラゴンボール超
ワンピース
ナルト
ボルト
ブリーチ
バーンザウィッチ
ハンターハンター
ジョジョの奇妙な冒険
岸辺露伴は動かない
トリコ
僕のヒーローアカデミア
ブラッククローバー
鬼滅の刃
呪術廻戦
チェンソーマン
青の祓魔師
ワンパンマン
犬夜叉
半妖の夜叉姫
マギ
マギシンドバッドの冒険
フェアリーテイル
七つの大罪
黙示録の四騎士
刃牙
鋼の錬金術師
ベルセルク
ヘルシング
進撃の巨人
東京喰種
アカメが斬る!
フェイト
空の境界
メルティブラッド
月姫
ゴッドイーター
英雄伝説
仮面ライダー
グランブルーファンタジー
テイルズオブ
東方プロジェクト
刀使ノ巫女
ドラゴンクエスト
ファイナルファンタジー
ファイアーエムブレム
ギルティギア
ブレイブルー
ペルソナ
アンダーナイトインヴァース
RWBY
アルカナハート
閃乱カグラ
アカツキ電光戦記
魔法少女まどか☆マギカ
魔法少女リリカルなのは
モンスターハンター
 武具と兵科がオリ主本来の姿で古代〜現代の武具と兵科の具現化異能者です。パーティメンバーは1〜4人。オリキャラ。西暦2030年だが剣、槍、斧、弓矢、鉄砲などが時代遅れになっていない世界線(アサルトライフルや戦車や戦闘機とかもあります)
 一応、異能エネルギーを纏えば不死身のサイタマやアーカードの肉体を削ったり、アルティメットクウガの超自然発火能力を防いだり、クロックアップやハイパークロックアップを見切ることができる設定なのですが主人公の変身キャラクター原作はアニメ化された漫画とラノベを中心にまだまだ増えていきます。
 二次創作の質問なのでNGでしたら以後は控えます。OKでしたら何かアドバイスやコメントください。でも誹謗中傷は勘弁。

上記の回答(オリ主強過ぎですかね?の返信)

投稿者 イキスギィ!イクイ : 0

これは持論なんですけど、ワンパンマンの世界ではサイタマが最強だし呪術の世界では五条が最強なんですよ。
「サイタマと五条戦ったらどっちが勝つ?」みたいな質問前ネットで見て、one(村田)が書いたら五条の領域展開サイタマが突破して勝つし、芥見が書いたら呪術使えないサイタマは絶対勝てない。
だからあなたが書いたらあなたのオリ主が最強だと思うし、それでいいと思います!👍

カテゴリー : キャラクター スレッド: オリ主強過ぎですかね?

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