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読後感を爽やかにするにはどうすればいいのか?短編を書く上で気を付けておくべきこととは何か? (No: 1)

スレ主 壱番合戦 仁 投稿日時:

こんにちは。
実はですね、前回質問した時にこんなにありがたいコメントを頂きました。

>普通に暮らせている皆が正しくて、発達障害を持っている僕が間違っている。
>それが僕の世界のルールです。

ってかいたら、とある方に。

これは、ね。心にジンっと来た。
不謹慎だと自分でも思うけど、でも事実です。
これを『文字として一切書かず、読者の心に届ける』
それができて、かつ読後感をさわやかにできれば飯を食えるよ。
それだけのテーマになりえます。
ラノベより一般、漫画でいえば少年誌ではなく青年誌で扱うテーマではありますが、向き不向きを超越するってのも新機軸としてアリです。

ってその方は書かれたんですね。

なので、「重たくてセンセーショナルな題材を、爽やかな後味にするにはどうすればいいんだろう?」
と思いました。
皆さんは重たいモチーフやテーマを扱う場合、何か気を付けている事はありますか?

それだけでなく、短編を数本完成できるくらいの力を付けた方が良いよ、とも書いていただきましたが、僕は短編を書いたことがないので、何か気を付けておいた方が良いことはありますか?
長編小説との違いなど教えて下されば幸いです。

カテゴリー: 文章・描写

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読後感を爽やかにするにはどうすればいいのか?短編を書く上で気を付けておくべきこととは何か?の返信 (No: 2)

投稿者 あざらし : 0 No: 1の返信

投稿日時:

なんと申しましょうか、あらら、という感じ。
ちょい残念です。
前回の書き込みで私が引用したカ所は、

>皆が正しくて僕が間違っている。
>それが僕の世界のルールです。

こうでしょ。
私がグッときたのは、この字面です。

>普通に暮らせている皆が正しくて、発達障害を持っている僕が間違っている。
>それが僕の世界のルールです。

こっちの字面では、まったくピクリともこない。
これじゃ婆のヌードです。

否定から産まれるモノってのは”ほぼない”ので、あまりこういう書き方はしないのだけれども、絶対にやっちゃダメなことをしそうな気配があるので、あえて。
いいかな。
『著者が発達障害であることを読者に伝える』これをやると、きみは自分の小説を殺すことになります。

発達障害の主人公、これは全くもって問題ない。
理由は『作品で勝負しているから』

ぶっちゃけ読者にとって『誰が書いているのか?』なんてのは、作品が面白かった結果として興味が出ること。
素人の、初めて読む小説で、著者についての情報なんて読む気を阻害するだけです。
率直に、隣家のオッサンの靴のウラの方がよっぽど興味深い。

著者の実体験を書きたいなら、それは小説じゃなくエッセイでやってください。

よく見て、考えて。
『皆が正しくて僕が間違っている』
これはね、多かれ少なかれ、誰しもがそういった感情を抱いた経験があるものです。
けど日常的には考えない。
それがこの字面で、心の底に沈殿していたオリ、自己への疑問がフッと立ち上がってくる。
で、『それが僕の世界のルールです。』
こう締めくくるわけだ。
つまり”僕”にとっては、それば生き方となっている。(あ、この僕というのも良いね。”ぼく”でも”ボク”でもない、ひらがな・カタカナ・漢字これで印象が変わるってのも小説の醍醐味です)

で、さ。
元々の字面だと、これは長編向き。文庫本一冊ぐらいにはなるはずです。
短編云々は私が書いた事じゃありませんし本来の趣旨から離れていきますが、ちょっとお借りします。
同じ元となるネタを使うとしても、これだって頭で産み出せば良いんです。

ちょっとやってみようか。
この境遇に置かれている”僕”は、色々とパターンがありますよね。
A)性同一性障害の少女
B)内戦で反政府軍に占領された地域で暮らさざるをえない、政府軍将官の息子であることを隠している少年
C)家族や友人が寄生虫に心を乗っ取られ、ひとり正気を保っている少年

ね。
ジャンルはバラバラですし、かなり直接的にやってますが、それでも『皆が正しくて僕が間違っている。それが僕の世界のルールです。』に、なりますよね。
ネタとして短編で栄えそうなのは、A)とC)
B)でやるなら思い切った刈り込み、という感じでしょうか。

短編の参考にされるなら、お勧めの筆頭は落語。
笑いに着目されがちですが、人情話、怪談といった演目もあります。なによりも時間にして20分~40分、これぐらいの時間で話を広げ、それを盛り上げ、結末を仕上げるという物語の運び方は、ちゃんと味わい、租借して知恵を働かせれば短編小説の勉強になるはずです。
有名な演目については付き合いによっては知らないと恥をかくレベルの一般常識でもありますので、少なくとも無駄な時間にはならないでしょう。

他にお勧めするなら、有名漫画家の短編集。
基本ルートとして(短編読み切り)→(連載)という道をたどる漫画家さんが多いので探すのもあまり苦労しないはずですし、短編集は基本的に売り上げが低いのでネームバリューのある方が出すケースが多いです。中には藤子不二雄両氏のように短編の名手と呼べるレベルの方もいらっしゃいます。
最近の作家さんですと、石黒正数氏が抜群にお上手です。

ちなみに聲の形。
あれも元々は新人賞への投稿作品、つまり短編です。
基本となるネタ次第で、短編でも長編(全7巻)でも2時間の映画にもできるって事実です。

いずれにせよ『長編でこそ力を発揮する』という方が少なからずいらっしゃいますし、これは小説でも漫画でも同じです。
短編の良いところは、なによりトライアンドエラーの回数を多く持てることにつきるのではないでしょうか。

とにかくね、書くべきです。
相談するより、まず書く、その上で直すべきところを考える。どうしても自分の手に余る事態が発生したら相談する。
これで良いと思います。
トライアンドエラーの回数を増やさない限り、上達はありません。
ちょっとでもね、前に進みましょう。

なるほど、使い回しが利くテーマだから飯が食えるんですね。 (No: 8)

スレ主 壱番合戦 仁 : 0 No: 2の返信

投稿日時:

僕ったら、大勘違いしていました……。
てっきり前回の「白きエルフに花束を」の話に限ったことかと考えていたのですが、もっと普遍的なテーマだったんですね。
そこが分かっていない限り、多分この先次の作品を書く際に行き詰っていた可能性があったと思います。
ありがとうございます。
そうですね、やっとどこに感動されたのかおっしゃって下さったので相解りました。
これからはその辺を意識して行こうかと思います。

あとですね、いきなり短編を書いてみたらって助言を受けて、途方に暮れていたのです。
正直経験がない上に知識も長編執筆から引き継いだ知識以外、全くのゼロベースだったので、それこそ「手に余っていました」。

もちろんあざらしさんに限らず、皆さんに頼ってばかりいられないのも解っています。
しつこかったらすみません。

読後感を爽やかにするにはどうすればいいのか?短編を書く上で気を付けておくべきこととは何か?の返信 (No: 3)

投稿者 あまくさ : 0 No: 1の返信

投稿日時:

とある方は「これを『文字として一切書かず、読者の心に届ける』それができて、かつ読後感をさわやかにできれば飯を食えるよ」と仰っているわけですから。
そんなに簡単にアドバイスできるようなことではないし、ご自身で模索してつかみ取らなければ意味が無いのでは?

ですが、袖振り合うも多生の縁。せっかくなのでヒントくらいは考えてみます。
……と言っても、別に偉そうにヒントを与えるとかいうことではないですよ。私だって正解なんて分かりませんから、自分の今後のためのヒントということでもあります。

>重たくてセンセーショナルな題材を、爽やかな後味にするにはどうすればいいんだろう?

端的に言えば、「気持ちを切り替えて、前に進む」でしょうか。
人間なんて不完全な生き物。何をやっても上手くいかないことばかりです。しかし前進しなければ事態を好転させる可能性は閉ざされるので。
成長、ということをよく言いますが、物語のラストで読者に見せるのはそんな大袈裟なものではなく「変化の兆し」くらいで十分なんじゃないかと私は思います。その方がリアルだし、成長って少し暑っ苦しくもありますから兆しくらいの方が爽やかです。

>僕は短編を書いたことがないので、何か気を付けておいた方が良いことはありますか?
>長編小説との違いなど教えて下されば幸いです。

長編なら一から十まで書くところ、短編は最も重要と思われる一つのモチーフに焦点をしぼる……かな? それと起承転結というのは長編より短編に当てはめやすい気がしています。

大阪本町 糸屋の娘
姉は十六 妹が十四
諸国大名は 弓矢で殺す
糸屋の娘は 目で殺す

これは頼山陽が起承転結を弟子に理解させるために示した俗謡だそうですが、確かに3行目と4行目が見事です。短編はこの呼吸で。

追記 (No: 4)

投稿者 あまくさ : 0 No: 3の返信

投稿日時:

もう一度、『聲の形』に話をもどすと。
あの主人公の不幸は「居場所を失った」ということなんですね。物理的な居場所ではなく、人との繋がりという意味での居場所です。
そしてラストでは、主人公が居場所を取り戻すことができるかもしれないという希望を見せていました。そこに一筋の爽やかさがあるのだと感じます。

   *   *   *

皆が正しくて僕が間違っている。それが僕の世界のルールです。

これも居場所がないということです。だってそれが「僕の世界」なんだから逃れようがないんですね。

『聲の形』の主人公が居場所を失ったのは、小学校時代に皆(周囲の生徒や教師)が保身のため彼を裏切ったからです。
しかし、そんな皆だって自分の居場所を守るために必死なんですよ。
人間は誰だって自分の居場所を失うのは恐い。内心では怯えているんです。
それは「健常者」だって同じ。ただ「多数派」であるため居場所を確保しやすい立場にいるというだけなんです。しかし、いつかその有利な立場から転落する可能性があることを心のどこかでは感じていて、ひどく怯えているんです。
それが「皆の裏切り」の本質。いじめっ子が一瞬でいじめられっ子に転落することがあるメカニズムです。

   *   *   *

>皆さんは重たいモチーフやテーマを扱う場合、何か気を付けている事はありますか?

私の場合、やりたいことが基本エンタメですからね。
しかし、考えてみると単純なバトルものまで含めても、物語の根底には「居場所」の問題はあるような気もします。
正義の味方と悪って、つまるところ「居場所を守りたい者」と「居場所を壊したい者」なんですよね。

人間は社会的な生物です。

しかし蟻や蜂は本能で社会を作りますが、人間は本能の壊れた生物なので「知性」という不完全なもので代用して社会を作っています。だから上手くいかないことがたくさん出てくるし、あっちこっちで人は変なことばかり仕出かすんです。善意と善意の間に争いが生じることも有るし、悪が生まれもします。
そうして発生する波乱をいかに乗り切るか。そこを考えるのが物語というものなのかなと。

   *   *   *

竹牟礼さんが実体験を書きたいなら、私はそれもいいと思いますよ。もともと作者と主人公が一緒に成長したい、ASDに悩む人のための物語を書きたいと仰っていたのですから。エンタメを目指す書き手と方向が違うのは当然のことです。
そもそも日本の文学史には私小説という伝統もあって、かつてはそういう姿勢が一つの王道と考えられていたんですね。今は古臭い考え方として否定する人が多いかもしれませんが、竹牟礼さんがそれをやりたいなら他人がとやかく言うことではありません。

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追記の返答 (No: 9)

スレ主 壱番合戦 仁 : 0 No: 4の返信

投稿日時:

>>竹牟礼さんが実体験を書きたいなら、私はそれもいいと思いますよ。もともと作者と主人公が一緒に成長したい、ASDに悩む人のための物語を書きたいと仰っていたのですから。エンタメを目指す書き手と方向が違うのは当然のことです。

肝心なところはここですね。
あまくささん、僅かばかり貴方様は勘違いをしておられるようです。
たしかに僕は「健常者の読者に媚びるつもりはない」と書きましたが、僕らに寄り添い、手を繋ぐ気のある読者にまで邪険にするつもりはさらさらないのです。
そういう方々も立場の違いからくる程度の違いは有れど、また違った苦しみを抱えています。
辛い『想い』を抱えていればいるほど、失くしたくても失くせないんですね。
じゃあ、その人たちはどんな人かって?
それはね、当人の家族や当人の友達、つまり僕ら1人1人のそばに寄り添う人たちですよ。
僕の書いたもので本人だけが救われたとしても、周囲にいい影響があるとは言ってもそれこそ独り善がりでしかない。
だからこそ「皆にとっての『残酷な僕の世界のルール』ごと見る人を癒したい」んです。
あくまでも理想ですけどね(照笑)

だからね、少なくともクラスに一人はいるであろう「かなり変わった子」の事を少しでも理解したい、って思ってくれる優しい中高生がいることを願って、ライトノベルっていう媒体を選んだんですね。
つまり、まだ「こっち側の世界」に関わったことのない子たちをビビらせたくないし、何よりどの読者にとってもワクワクできるような仕上がりじゃないと意味が無いんですよ。
だから単なる私小説では、意味が無いし、ある意味ではエンタメ小説としての側面も兼ね備えていなければならない。
わざと天咲心良著の「cocora」みたいな作風を避けて、フィクションにしたという経緯もあります。
(それに「cocora」は『被害者』になっちゃった自閉症の人の実話ですけど、「白きエルフに花束を」は『加害者』になっちゃった僕の体験が元ですからね)

一応その辺の話は大事なことなので、釘を刺すなんてもんじゃなく、杭を打ち込んでおきますね。
ではでは。

読後感を爽やかにするにはどうすればいいのか?短編を書く上で気を付けておくべきこととは何か?の返信 (No: 5)

投稿者 甘粕 : 1 No: 1の返信

投稿日時:

そこまで己との違い、著者自身のことについて書きたいならエッセイでいいのでは?
物語の中で、そこまで強調されるとちょっと方向性違うのではと思ってます

違いを書きたいのではありません。 (No: 10)

スレ主 壱番合戦 仁 : 0 No: 5の返信

投稿日時:

あまくささんへの返信にjjさんの疑問への答えがはっきりと書いてありますので、是非一度読んでください。
僕が書きたいのは「アンタラと僕らは違うんだ!!(言外に大っ嫌いって言っている)」じゃ・な・く・て。
ざっくり言うと「君たち、……大丈夫?ほら、これ読んで元気出しなよ」「皆もこうやって悲しんでいる人がいるんだから少しでいい、優しくしてあげて」って伝えて。
障害者やその周りでかかわる人々を慰めたいのですよ、少しでもいいから心の支えになりたくて小説で書いています。
ありゃりゃ、どうも僕の書いているものは、とかく誤解を生みやすいようだ。
まったく胸糞だね。(*´ω`)

違いを書きたいのではありません。の返信 (No: 11)

投稿者 甘粕 : 0 No: 10の返信

投稿日時:

だったら最初からそう書いておけば良かったのにと思いますよ。あんな書き方じゃ誤解を生んで当然かと。

私も当事者 貴方も当事者
お互い頑張りましょう。

優しい気持ちを持っていることは
充分伝わりましたよ

わざとそういう書き方をしました。少なくとも確実な境界線は引いておかなくてはいけないので。 (No: 14)

スレ主 壱番合戦 仁 : 0 No: 11の返信

投稿日時:

……あちゃ~。アイタタタって感じです。
あのね、どんなにお互いがお互いの事をおもいやったり、触れあったり優しくしたとしてもですね。
今の社会ではまだ、健常者も障害者もお互いを傷つけあわないで済むように、住む世界を分けなくちゃいけないんですね。
☆彡障害を持った人たちとの交流会☆彡
みたいな行政の催し物のパンフレットを見ているだけで虫唾が走りますもの。
つまりね、お互いを思いやることはできても、今のところお互いを分かりあうなんて簡単にはできやしないんだよ。勘違いしないでおくれよ、気安く触んな。

これが本音です。
後生ですから、本当にお願いしますから、知った風なニュアンスを漂わせないでください。

それにしても、・・・・・・・当事者同士、お互い頑張りましょうだと?
ふざけるな。ハンディキャップが元で起きたトラブルの当事者や障害者の日常に関わる当事者と、障害そのものの当事者を履き違えるんじゃねぇよ。
勘違いするなよ。健常なアンタラと違って僕らは片輪だって事、二度と忘れるな。

もしかして、jjさんも障碍者ですか? (No: 15)

スレ主 壱番合戦 仁 : 0 No: 14の返信

投稿日時:

だとしたらすみません。
さっき、jjさんがご自身の事を当事者だって書いたのに、ぼやけた感じで伝わっちゃって間違えてキレちゃいました。
気をつけてください。障害における当事者意識の概念は広義と狭義がありますから、今回の様に誤解を生む可能性があります。
勘違いをしていたのは僕の方でした。ごめんなさい。

ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

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もしかして、jjさんも障碍者ですか?の返信 (No: 17)

投稿者 甘粕 : 0 No: 15の返信

投稿日時:

そうですよ。何回も書いてます
思いっきり誤解されてたでしょう?

貴方と同じで障害持ってる当事者ですよ。
間違えてキレちゃいましたじゃ済まない場面もあるでしょう

文章の書き方も含めて、
ネットではイントネーションが
伝わりませんから

今後は気をつけるようにしてください。

ここは小説の場ですから、障害などに関する返信はこれで終わりにしますね。

わざとそういう書き方をしました。少なくとも確実な境界線は引いておかなくてはいけないので。の返信 (No: 16)

投稿者 甘粕 : 1 No: 14の返信

投稿日時:

あのね、こういう書き方がいけないんだぞ、そういうとこだぞ、突っ込まれるのは。

私も障害抱えた当事者です。
仲良しこよしではないわけで、虫唾がはしる気持ちもまたよく分かります

知った風ではなく、知っていますからね

またどんな人も分かり合える事はありません
これはどの人も一緒

インターネットなんかは特に

障害云々はこの場じゃ関係ないのでやり取りを終わりますが。

とりあえず作品書いてください。

伝えたいこと (No: 6)

投稿者 あまくさ : 1 No: 1の返信

投稿日時:

所詮、ネット上のこと。竹牟礼さんがまだここに居るかどうかも不明です。
ただ、どうしても伝えたいことがあり、しかしながら小説なんて書いているくせに適切な言葉が見つかりません。

戦う君の唄を、戦わないやつらが笑うだろう。

歌の文句です。こんなフレーズを持ち出すのは美化し過ぎだと顰蹙する方がいるだろうことは承知。
しかし竹牟礼さんの激昂は唾棄すべき自己憐憫だけではないような気がします。未熟なヨチヨチ歩きながら、戦っていることを感じます。

その答えを僕は知っています。心して読んでください。 (No: 12)

スレ主 壱番合戦 仁 : 0 No: 6の返信

投稿日時:

あまくささんが伝えたい事、それを人は「贖罪しようとしている」と呼ぶのかもしれません。

この小説はね、ハンディキャップが元で十字架を引きずって生き続ける羽目になった、贖罪者の詩(うた)でもありますから。
最近それがやっとわかりました。
余談ですが、現代を生きる侍シンイチに促されて、ヒロインのアイルと最終的に別れるかどうかを決断するシーンがあります。要は主人公のレイヤに罪を償う覚悟があるのかどうかが、ここで試されるわけです。そこで「アンズとデイゴの花を君へ」ルートか「黒き悪夢に撃砕を」ルートに分岐します。

だからね。「自己憐憫に浸ってんじゃねぇよ。ボク可哀想でしょ★、ってか?馬鹿じゃねぇの」と言われると「自分の弱さに甘えてきた自分が許せないから、こうして字にして訴えている僕に、大した十字架も茨の冠でさえかぶっていないテメェに言われたかねぇよ」って言いたくなるわけ。
だからあの時、ここは絶対に譲れないな、って思ったから激怒したの。

僕があまくささんを好いているのはそういう所。
察しがよくて、心に刺さる的確な伝え方が小説でなくても素でできちゃうんだもん。
なんて天稟でしょうね。
うらやましいですよ。

その答えを僕は知っています。心して読んでください。の返信 (No: 13)

投稿者 甘粕 : 0 No: 12の返信

投稿日時:

成る程。

その信念もよく分かりましたし
苦労も当事者だから共感出来る

物語の道筋がしっかり出来ているなら
後は書くだけですね(というかしっかりルートまで決めているんですから、もう書き上げるだけじゃないですか、頑張ってください、貴方の想いの為に)

答えを知っているのなら
そのまま進んで下さい。

では、ここまでにしておきます。

読後感を爽やかにするにはどうすればいいのか?短編を書く上で気を付けておくべきこととは何か?の返信 (No: 7)

投稿者 t : 1 No: 1の返信

投稿日時:

こんばんは

>皆さんは重たいモチーフやテーマを扱う場合、何か気を付けている事はありますか?
→重たいもの基本的は……徹底排除します。……書かないので分かりません。

>短編を書いたことがないので、何か気を付けておいた方が良いことはありますか?
→いつ見ても短編はカオスな場所だなと思うだけで、私からは何もありません。役に立たない回答ですみません。

こんなこと言ったら怒られるかもしれないのですが。
ネットで短編を10作品くらい読んで参考にしながら、なんかそれっぽい短編を書けばいいのでは。

そして作者コメントに、
「重たくてセンセーショナルな題材を、爽やかな後味にするにはどうすればいいんだろう? と考えながらこの作品を書きました。もしよろしければ、皆さんの意見をお聞かせください」
などと投稿すれば、たくさんの返信があると思いますよ。

でもあなたとしては、短編の書き方を教えてくださいと相談したはずなのに
短編を書けばいいんじゃないの、って回答者に言われる意味が分からない。

だからそのやり方を――、短編の書き方を聞いているのに誰も教えてくれない。
こいら何言ってんだって普通はなりますね。

――――

あなたの質問はどれも優秀すぎる。
小説の本質をついているので、なかなか答えたくないんですよ。
私からすると、
>そうやって血反吐吐くような思いして、自分なりにリハビリして何年も苦労を重ねて手に入れた、プロになれるかもしれない切符です。

例えば今回の質問には、短編小説と長編小説の違いとあるのですが。
私もネットで、プロが短編小説と長編小説の違いについて書いている記事をいくつか読んだことがありますが、肝心なところが書いてありません。
私もあなたと同じです。
センスとか才能とかそんなのどうでもいいから。
で、あなたたちプロはどう書いたの? 
そこは文才によってうまくはぐらかされている。

だから掲示板で、小説について教えてよと書いても、
いや、小説書いてない人間になんで教えないといけないの? 
自分で靴底に穴があくまで歩き回ってさがせば? 
と思われてしまい逆に嫌われるだけ……。
だから賢い人はこう聞くんです。

私は《聲の形》を見て思うところがあったので、「重たくてセンセーショナルな題材を、爽やかな後味にするにはどうすればいいんだろう?」と考えながら、この作品を仕上げました。もしよろしければ忌憚なき意見をお願いします、と。
あなたが頑張っていると、
他人から見て判断できるもの(新しいプロット、ちょっとしたストーリー、短編など)を用意する必要がありました。

――――

これは多くの人が勘違いしていることですが。
実力を遥かに超えた答えを知ると、すぐに小説が書けなくなってしまい……後でものすごく苦労します。
まだ小説を書いてもいないのに、何でもかんでも知識として詰め込もうとする人がいます。
私もそうだったので分かりますが。
後で地獄を味わいます(笑
だからこういう状態になると、普通の人は小説を辞めていきます。
(みんな良い奴だったな……)

それに人様に教えるにしても。
自分の答えが間違っているか正しいのか、作品で勝負して聞く以外の方法を知らないので、分かりません。
もしあなたに間違ったことを教えてしまったせいで。
例えば3年間結果のでない小説を、あなたが書き続けることになったとしたら。
私だったらそのようなやり方を教えるのも教わるのも嫌です。

もっと賢い人は、賢い読者を知っています。
新人賞の評価シートや、下読みさんや、編集者さんや、プロがぽろっと語った真実を見逃さずに拾うようにしておくんです。

自分でやるのが8割、人に教えてもらえるのはどう頑張っても2割です。

現環境の読者は読むことなんか求めてない。
だからそのうち、自分がどこまで譲ることができるかの問題が起きる。
小説が書けるってだけですごいことなんです。

――――

>どうすればいいんでしょうね、いや、どうしたらよかったんですかね。

あなたの人生がどれほど大変だったか私には想像もつきませんが。
感情や経験は所有するものではありません。
体験し終わったら手放します。
夜寝る前に自分に言い聞かせます、昨日のわたしと今日のわたしは別人だ。
あらゆる苦労や困難は昨日で終わって、明日から新しい自分が始まる、おやすみなさい。
慣れてくるとこの感覚をいつでも引き出せるようになります。

私が23日に、映画「ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生」を見た感想としては。
この映画前編かよ、2部作って書いとけよ! 
ちくしょう騙されたぜ! アイマックスで見る必要なかった。
落ち着け落ち着け。
感情や経験は手放すんだ。スーハー、スーハー。

――――

そして成長したいなら、観察するという視点を心に作りましょう。
現代人はすぐ結果がでないと、自分はダメなんだと思い込んでしまいますが。
種から木に成長するまで時間がかかります。
雑草を取ったり、害虫を駆除したり、水やりの世話も大変です。
すべては変化の途中です。
十字架を背負って生きる必要はありません。
今日の苦労は今日だけで十分です。感情や経験は手放します。

〇〇をすると△△になることを知らなかったから、あの悲しい経験は起きてしまった、じゃあ次からは回避してみよう。と考えてみては。

何かの参考になれば幸いです。

読後感を爽やかにするにはどうすればいいのか?短編を書く上で気を付けておくべきこととは何か?の返信 (No: 19)

投稿者 手塚満 : 1 No: 1の返信

投稿日時:

個人的にお悩みの内容自体にはなんとも回答のしようがありません。小説をどう書くかという点ですと、同好の者としまして、少しは申し上げられるかもしれません。

お書きの小説では、まず文章として読めない旨の指摘がありましたよね。私もそう感じます。

しかし、回答者1人からではありますが、竹牟礼さんの文章成功例があったわけですね。文章で気持ちがよく伝わった。どこでぐっと来たかもピンポイントで言ってもらえるものだった。

ここで感動した、と言ってもらえた2文の前後も見てみますと、感動した部分以外でしっかり準備されているのが分かります。それだけでなく、フォローもある。

以下、あえて一人称主人公のフィクションと考えてみて、どういう効果が生じているか、私見ながら説明してみます。

> うらやましいです。(9字)

まず、簡潔に相手(読者)に対する己が心情の吐露ですね。言葉を削って言いたいことだけに絞っているため、ある種のインパクトが生じます。同時に、簡潔すぎるので「どういうこと?」という疑問も生じ、続きを読みたくなります。

> 自分が自分のままでいられる場所にいられるなんて素晴らしいことですね。(34字)

少し文字数を増やして、心情吐露を続けている。読んでいて、なるほど、という納得が生じ始めます。

> 僕の住む世界は、「あんたの得意なことはあんたが勝手に探せばいいんじゃないの?その件にしては関知しないし、私たちが支援するのは、【普通の健常者】並みでなくても良いからまっとうに働けるように、あんたを普通にすることだけ。それ以外は手伝わない」というスタンスの家族や支援機関に囲まれた矮小な世界です。(170字)

急に長くなりました。正直なところ、目が滑りそうです。自分の住む世界をよく理解した風な、駄目出しする風な、嫌な感じもあります。急に長くなったことも災いして、なんとなく反発を感じ始めてしまいます。

> それに僕は余りにも多くの罪を背負い過ぎた。(21字)

が、急に字数が減り、しかも責める方向が主人公自身に向かい始めた。短いからよく分かりますし、再び「おや?」と疑問に思い、また続きを読みたくなります。引き寄せたり、押しのけたり、うまく読者を揺らしています。

> 家庭内の不仲が原因で精神的に追い詰められて、両親の財布から札束をパクったまま家出して一日ホームレス生活したり、キャンプ中にはしゃいで箸を振り回して間違って他人の目を突いちゃったり。大声で説教されたことで聴覚過敏が限界に達し、家で大暴れして精神病院に入院したり。数え上げれば枚挙に暇がありません。(149字)

そしてまた長くなる。これも目が滑りそうですし、大変そうだなという気はするものの、一生懸命読みたい内容でもない。飽きて来て、続きもこんな調子ならと思うと、読むのをやめたくなってくる。

> 悪気はほとんどなかったとはいえ、僕はその罪を今償っています。(30字)

ところが、また字数が減る。ここさえ読めば一人称主人公がどう思っているか分かるし、前段が経験例であることも分かります。前段はしっかり読まなくても大丈夫だった、と安心して読み進められるわけですね。
こんなの読んでいて大丈夫かな、と思ったら安心させる。これも、読者をうまく揺らしています。

> また道徳的な罪を犯せば、どのみちホームレスかムショ行きです。(30字)

突如としてショッキングな未来予測を、字数少なく簡潔に提示しています。読んでいて「そうなったら大変だ」と、すっと分かる、感じることができるわけですね。

> だから今のままの自分を愛して許すなんて甘ったれた事、だあれも許しちゃくれないし、望んでなんかいないんですよ。(54字)

ちょっと長くなり、しかも愚痴。あんまり読みたいものではない。ただ、「だあれも」と口語的な点が印象的で、読者を引き留める要素はあります。

> いつだってそう。(8字)

そして、出だしとほぼ同字数の最短の8字で断言。体言止めであることが断言性を強めてもいます。愚痴りたい状況が常態化していることが伝わります。
ここまでで、読んでいて嫌な感じがするものがあるわけですが、嫌な感じがするからこそ、この一文が活きています。「読んで感じた嫌な感じが、いつもあるんだ」と感じられるわけです。

> 皆が正しくて僕が間違っている。(15字)

少し長くなるもたかが15字で、対比(皆 vs 僕)がうまく使われていて、すっと入ってきます。

> それが僕の世界のルールです。(14字)

なるほどそう主人公は思うのか、という読者理解に14字で追撃、主人公視点での「皆と僕の世界」を浮かび上がらせています。

> どうすればいいんでしょうね、いや、どうしたらよかったんですかね。(32字)

そうしておいて、主人公の意思決定の話に持っていく。しかし、主人公には分からない。ここも対比が使われていて、これからどうするか、と考えてから、いや問題は過去にあったかもしれない、としているわけです。読者も考えが揺れて、主人公とシンクロが生じやすくなります。

極めの2文について、段取りとフォローがこうなっているわけです。だからその2文で感動できる。テンポ、緩急、文意の方向等がなかなか見事じゃないですか。

しかし、竹牟礼さんは、引用したようでいて改変してしまい、せっかくの読者から失望されてしまいましたね。

あくまでも私が受けた印象ですが、受けた個所を強調しようと、文を長くしたことが大きく災いしたように思います。要は、ここが良かった、と言われたら、そこを声を大にして言ってしまった。

竹牟礼さんの小説にも同じことが言えるかもしれません。文章が分かりにくい点は置いておきます(上記のように分かりやすく書けるんですから、同じようにやればいい)。

受ける、受けたいと思う箇所のみに注力し、くどくなって読みたくないものになってしまう。段取りやフォローということに手間暇かけない。自分が感動したことのみを、くどくど言い立てる。

そうではないんです。竹牟礼さんが感動した内容ではなく、感動に至る経過を書かないといけないのです。でないと、作者が感動したという感想に感動させるという、ほぼ不可能な試みになってしまいます(大勢が大好きでよく知っている有名人なら、あるいは誰もが知る大事件などなら、それでもいいけど)。

自作小説の主人公が、作者の自己投影でも構いません。しかし、作者が自己投影し、感情移入している気持ちのままで主人公を描くのは避けるべきです。少なくとも序盤はダメです。

序盤では、どうして自己投影できたか、感情移入できたかを書くべきです。そうしてもらえると、読者としても主人公に感情移入できるかどうかの判断ができます。感情移入できそうなら、読み進めることもできます。

間違っても、「この主人公は凄いぜ、どうだ!」といった感じで、心情や活躍を読者に叩きつけてはいけません。そういうのは、読者を鞭打つに等しいといっていいくらいです。痛いだけですから、読者は逃げます。

長編と短編の違いについてお尋ねでしたので、私見ですが少し。

掌編;アイデアを語り、スパッと落とす。キャラは情景の一部でしかない。
短編:イベントを通じて、最後に主人公のキャラを立てる。
長編:キャラを立てて、ストーリーでキャラの活躍を描く。

短編の続きが長編みたいになりそうですが、そうではありません。短編では、ラストの続きを書いたら、せっかく立てた主人公のキャラが台無しになるくらい、ラストで目いっぱいにするのがいいと思います。

言い換えれば、話の矛盾とか主人公キャラの難点とかを、物語の後に隠してしまうということになります。「完」と書いたら、後は野となれ山となれ、ですね。

凄く納得しました! (No: 20)

スレ主 壱番合戦 仁 : 0 No: 19の返信

投稿日時:

う~ん、なるほど、謎が解けた気分です。
要するに箇条書きにすると。
・自分が書きたいことに無理な力を入れすぎていて、くどすぎるので要改善。
小説は作者に読まれるためのものではなく、読者に読まれるためのもの。
・自分しか感動出来ないものを、他の人にも感動できるように調整するのは止めた方が良い。
・お化け屋敷の主よろしく小説という名のお化け屋敷をどう上手く作って、お客さんを喜ばせるかを考えた方が良い。
こういうことですね。
長編と短編の違いがよくわかりました。
まさか、掌編の説明までして下さるとは思いませんでした。
ヤフーの知恵袋でいえばまさしくベストアンサーです!
ありがとうございます。
あと、僕が書いた小説をご覧になってくださった、ということですが、例えばどの辺が痛々しい、もしくは読みにくいでしょうか?
改善点を指摘して下されば幸いです。
引用して下さって結構ですので教えて頂けませんか?

凄く納得しました!の返信 (No: 21)

投稿者 手塚満 : 0 No: 20の返信

投稿日時:

追加のご質問に誠実に回答しようと書いてはみたものの、著しくきついものになりました。

ボロカスにこき下ろす内容でも読める、受け止められるとお思いになれない場合、以下は読まないようにしてください。

―――――(注意)以下、非常に辛らつです――――――

「白きエルフに花束を」でよろしいでしょうか。この作品はもう前から批評、感想をこちらで貰ってお出でのはずで、アドバイスもずいぶんたくさんあったはずです。私は読もうとはしたものの、途中で挫折しました。無駄、冗長、分かりにくい等々があり、少なくとも楽しみのためには読めるものではありませんでしたから。

「楽しむため」というのは、読者の大事なポイントですから、きっちり押さえておいてください。つまらなかったら読まないし、感想も言わないのです。自分の場合ですと、読み始めて、30秒~3分くらいで判断します。ただ、小説を改善したいということでしたので、かなり読みはしたんですが。しかし、読んだところまででは作品の狙いなどが見当がつかなかった記憶があります。文章的にもよく分からなかったせいか、内容もほとんど覚えておりません。

しかし、ご要望がありましたので、改めて拝読しました。申し訳ないのですが、「白の章(壱)」で挫折しました(正確には、「白の章(弐)」出だしまで読んで、この後も同じ調子だろうと判断した)。とだけ言っても、どうしてなのかは伝わらないですよね。「白の章(壱)」から、少し説明してみます。

まず出だし。

> 「オラァ、レイヤァ‼汝ゃー真っ昼間までー寝んとーんぐわーしーがぁ?(オラァ、レイヤァ‼てめえ真っ昼間までねているつもりかぁ?)そーそー起きれェ‼(さっさと起きろォ‼)」

激しい台詞で始めるのは、「なんだろう?」と思わせる効果を出しやすい。だけど、意味が分かりません。カッコ内を読むと分かりますが、何も知らない読者がどう読むか、想像されたでしょうか?

こんな感じになるんです。

> 「オラァ、レイヤァ‼汝ゃー真っ昼間までー寝んとーんぐわーしーがぁ?
(なんとなく昼間、寝ている、くらいしか分からない。)
 ↓
> (オラァ、レイヤァ‼てめえ真っ昼間までねているつもりかぁ?)
(カッコに気が付けばですが、翻訳されているらしいと思うが、確信はなく不安)
 ↓
> そーそー起きれェ‼
(また分からない。カッコはどこかと目が泳ぐ)
 ↓
> (さっさと起きろォ‼)」
(起こしているらしいと思うが、台詞が分断された感じで、カギカッコ全体で何を言っているか把握するのが難しく、読み直す必要が生じたりする)

台詞回しについては、指摘があったんじゃなかったでしょうか。なぜ、最初に読み解くのが難しい台詞を入れたままなんでしょうか。この後は、父親の台詞でも分かるように書いているものが多いですよね。
何らかの方言そのままのほうが雰囲気やリアリティが出るとお考えなら間違いです。分からないものに雰囲気は感じられませんし、読むのに苦労する文章にリアリティは生じません。

続いて見てみます。

> 朝一番だというのに、父親に重い一撃を腹に叩き込まれた。
> 『剛柔流空手・足刀蹴り』

たぶん、『 』内は技の説明代わりでしょうか。剛柔流空手使いと説明するため? でも、この出だしで必要でしょうか? 剛柔流と分かると、何らかの効果が出ますか? おそらく出ないですよ。「ああ、空手の流派ね」くらいです。どうでもいい。
大事なのは、いきなりの暴力ではないんですか? 突発で劇的な出来事をなぜくどくど説明するんでしょう? 読者に何を伝えたんでしょうか。

> 「ぐふぶぇっっ」

ようやく反応です。遅いですよ。重い一撃と説明する前に、この悲鳴ではないでしょうか。

> 嗚呼、また止めどない暴力と、不条理に満ち満ちた一日が始まってしまった。

この語りが読者には分かりません。語り手(この時点では一人称か三人称か不明、後述します)は「嗚呼」と言い、何らかの感慨を込めている。

いきなり感慨込められたって、分かりません。読者はまだ、作中のどのキャラとも赤の他人、見ず知らずの状態です。キャラ周囲の状況(場所、時代等々)だって分かってない。

現実世界で見ず知らずの人がいきなり殴られている、蹴られているのを見たらびっくりします。ですが、その直後に被害者が「嗚呼、また止めどないい暴力と」と言い出したとしても、何が起きているか分からないでしょう? 暴力が一度ならずであることくらいは分かる。ですが、どの程度なのか、不条理に満ちたってどういうことか、分かりはしません。

作品に戻りまして、だけど作者には分かっている。キャラを作り、どういう状況か設定しているから、いきなり感慨込めたって分かる。しかし読者にはまだそういう情報は伝わっていない。何も知らないことについて、いきなり感想聞かされているわけです。そういう感想が出たのはなぜなんだ、をまず語らないといけません。

> 起きないと更に暴力を振るわれそうなので、布団を蹴り飛ばし、飛び起きる。

ここで分からなくなります。最初の「足刀蹴り」です。普通、横蹴りを想像しますよね。だけど、主人公は寝ている。どうやって蹴り入れたんだと。実は最初の段階でも(父親が起こそうとしたらしいので)奇妙に感じるんですが、ここではっきり疑問になります。

横たわっている人間に横蹴り。何をどうしたんだ、と。そもそも寝ている状況だって分からない。布団か、ベッドか。ベッドなら高さがあるから、横向きに寝ていれば蹴れるかも。そんなことを考えないとシーンが成り立たないわけです。しかも、「ぐふぶぇっっ」と呻くほどの一撃だったはず。なぜ飛び起きられるんでしょうか。鍛錬しているなら、とっさに行動できるかもしれない。そういうことも想像しないと、何がどうなっているか分からなくなります。

あれかこれかと迷うようなことを読者にさせてはいけません。読者に演出を任せすぎてはいけない。全部、作者の仕事です。

>「ったく、こうでもしねえと起きねえんだもんな?くぬふらーが!(この馬鹿が!)

また、カッコ付きでないと分からない台詞を入れている。それだけではないです。ここまで読んで分からなくなる点がまだあります。

主人公は本当に寝てたんでしょうか? 起こしに来た父親の台詞、動作を細かく説明できてますよね。眠っていたとしたら、そんなことできるわけがない。起きていて、しっかり聞き、はっきり見ていないと、一人称だとしたら描写はできない。普通、何が起きたか分からない、となるはずです。

だとすると三人称か、と思うわけです。だけど、この後の《2》に入ると、地の文で「僕」と言っている。となると、《1》も一人称のつもりで書いたわけですよね。《2》で一人称と気が付くと、分からなくなります。シーンイメージも想像しなおしになります。

作者は分かっているから自分の文章読んでも分かるし、自分が分かるから読者も分かると思いがちです。でも違うんです。読者には分からない。物凄く平易に書いてもらわないと、分からないんです。どのくらい平易にすればいいかですが、おおむね「十歳の子に読み聞かせても分かるくらい」が必要です。読むんじゃなくて、聞いて分かる程度ということですね。

> さっさと飯食って学校に行け!」

なぜか台詞途中で改行があります。他の部分と比べても長いわけではなく、読みにくいわけでもない。かえって、改行を入れたためにどこまでが台詞か、直感的には掴みにくくなっています。可読性を下げてしまっている、ということです。

> 急いで階段を駆け下りる途中で、妹とお母さんが神に祈っているのをちらりと見かけたが、見なかった事にしよう。

ここで「見なかった事にしよう」の通りなら、まだ大丈夫だったかもしれません。もっとも、それでもキャラ紹介は避けたほうがいいでしょう。のっけから何人も新キャラが出てくると、読んでいて大変なんです。
これも作者は分かっているが、読者には分からない、あるいは負担になります。

> うちの妹は、十二の齢にしてキリスト教の敬虔な信徒なのだ。

妹の紹介を始めてしまっています。このシーンに必要ないですよね? 「十二の齢にして」というもったいぶった言い方もしており、せっかく考えたキャラだから早く出してみたいんでしょうか? 情報を詰め込まれては読むのに苦労します。

> おまけに聖書の【創世記】の始めから【ヨハネの黙示録】の終わりまでだけでなく、アポクリファまでも既に全て暗記していて、その敬虔深さと知識量が認められて、牧師の資格を持っている。

聖書に詳しいと印象付けようとしていますが、そのことをこのシーンで使ってませんよね。これも、設定したことだから書いておきたい、でしかありません。次に聖書が出てくるのは、いつでしょうか。当面は見当たらないようです。

当面は活躍もしない妹を、聖書で強調している点、読者に叩きつけていると同時に、無駄に読ませてしまってもいます。竹牟礼さんはそういう癖がおありのようです。考えたことは書いてしまう。

ここまで、たった445字です。原稿用紙換算で1枚ちょっと超えた程度。なのに、問題点がこれだけあります。しかも、問題点を全部洗い出せたとは思いません。

キリがありませんので、《2》まで飛ばしまして、特に《1》と同様、目につく無駄についてだけ少し。三角形の中心に『要石の祠』の描写です。その問題を出したのが誰で、どういう人で、問題はこういう小問に別れてて、解き方の手順まで書いてある。

これが思わず「おお、そういうやり方があるのか」と驚くような、パズル的な面白さがあるならいいです。でも違いますよね。三角形の中心というだけ。そこに『要石の祠』があるというだけ。『要石の祠』は大事なものらしいですが、読者はまだそんなこと知りません。興味の持ちようがないのです。これも設定作った作者との差異です。『要石の祠』が何かを知っている作者しかワクワクできないのです。
(続きます)

凄く納得しました!の返信 (No: 22)

投稿者 手塚満 : 1 No: 20の返信

投稿日時:

続きですが、この返信もボロカスにこき下ろす内容でも読める、受け止められるとお思いになれない場合、以下は読まないようにしてください。

―――――(注意)以下、非常に辛らつです――――――

一番大きな問題点は「思いついたことを書いてしまう」癖だろうと思います。自分が思いついたことを書くのは面白いものです。自分がイメージしたこと、考えたことが文章になるわけですからね。自分には良く分かるし。自分が工夫したことだから充実感などもある。

だけど、読者と共有できるものではないですよね。作者の内面や努力なんですから。読者に提示するのは小説本体だけです。

読者は、「すらすら読めて分かり、苦も無くイメージできて、しかも面白いもの」しか求めていません。勉強するつもりで読むのではないですから、当然です。読者は作品を改善したいとも思わないし、作者の力量を上げようとも思わない。ただただ、「面白いものが欲しい」としか思ってないんです。

だから、作者が考えたことを知ってもらおうとしてはダメです。読者が知りたくなること、読者が意外に思うことを与えてください。面白いこと思いついても、人に話してみると面白がられない経験はあるはずです。思いついたことの99%くらいは他人は面白がってくれない。ですから小説を書くときも、考えたことのうち、最高の1%しか書いてはいけないのです。

しかし、いきなり最高の1%なんて書き出せませんよね。だから推敲するんです。主に削りに削る作業になります。自分の書いたものだから惜しむ気持ちが起こりますが、「神に遭うては神を斬り、仏に遭うては仏を斬り」(捨てるのが惜しいものほど、捨てなければならない)でやらないと、他人が読んでくれるものにはなりません。

そうまでしても、つまらないと言われることは多いと思います。ですが、「どこがつまらないのか?」と尋ねてはいけません。何かがつまらなくしているなら、「惜しいなあ」とか「せめて、ここはこうしてくれたら」と言ってくれます。

「つまらない」って、たいていは「面白いところがなかった」です。なのに、「どこがつまらない?」と聞かれたら困ります。喩えてみると、白紙を見せられて「ここには何が書いてない?」と聞かれるようなものです。

「つまらない」とだけ言われたら、面白いところがなかったと覚悟してください。ただ、感想は読者ごとですから、過剰に心配する必要はありませんが(感想を気にし過ぎると、方向性を失って迷走するリスクがある)。

私自身、以上のことが全部、充分にできているとは到底言えませんが、読者(これは日本語が読めれば充分)として感じ、書くのができる人の話も加味して、こうしたほうがいいという意見をまとめてみました。

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タイトル:読後感を爽やかにするにはどうすればいいのか?短編を書く上で気を付けておくべきこととは何か? 投稿者: 壱番合戦 仁

こんにちは。
実はですね、前回質問した時にこんなにありがたいコメントを頂きました。

>普通に暮らせている皆が正しくて、発達障害を持っている僕が間違っている。
>それが僕の世界のルールです。

ってかいたら、とある方に。

これは、ね。心にジンっと来た。
不謹慎だと自分でも思うけど、でも事実です。
これを『文字として一切書かず、読者の心に届ける』
それができて、かつ読後感をさわやかにできれば飯を食えるよ。
それだけのテーマになりえます。
ラノベより一般、漫画でいえば少年誌ではなく青年誌で扱うテーマではありますが、向き不向きを超越するってのも新機軸としてアリです。

ってその方は書かれたんですね。

なので、「重たくてセンセーショナルな題材を、爽やかな後味にするにはどうすればいいんだろう?」
と思いました。
皆さんは重たいモチーフやテーマを扱う場合、何か気を付けている事はありますか?

それだけでなく、短編を数本完成できるくらいの力を付けた方が良いよ、とも書いていただきましたが、僕は短編を書いたことがないので、何か気を付けておいた方が良いことはありますか?
長編小説との違いなど教えて下されば幸いです。

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