小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

黒鐘 黒ぅさんの返信一覧。最新の投稿順18ページ目

元記事:冒頭のテンポと分かりにくさについての返信

 実際には、お考えの2パターンの冒頭を拝読しなければなりませんが、よくあるパターンで考えてみます(半ば以上、自省とお考えくださって、ハズレではありませんorz)。

 冒頭での読者はこんな状況ですよね。

A.作品知識が皆無
 当たり前ですが、まだ読んでないですから。

B.興味を持てるかどうか分からない、知らない
 知らないものに興味を持っているわけないですよね。さらにいえば、読者は面白がる以外の動機がなく、作品理解の努力もしたくない、いわば「無知で怠惰な幼児」です。そういう人を引き付けるわけですから、なかなかの難事です。

C.作中のキャラ(地の文の語り手を含む)とは初対面で赤の他人同然
 キャラも同様ですね。興味を持ってもらうにつれ、感情移入も生じて来ますが、読者が面白いかどうか危ぶんでいる冒頭では、作者が「こいつら(作中のキャラ)をどうやって読者に紹介しようか」と四苦八苦せねばなりません。

 冒頭に必要なものを考えると、以下のようなものがあると思います。

1.興味、目を引くツカミ(となるイベント、事件)があること
 大事件のようだけど先が読めないとか、目を引くイベントがあると、続きが知りたくなります。逆に、退屈な日常描写が延々と続いたり、物語の設定説明を連ねたりすると、読む気が失せます。
 やりがちな失敗は、面白くないとの感想に、「よく分かれば興味を持ってもらえるだろう」「よく知らないから興味を持たれないのでは」と思い、さらに設定やキャラ特徴を詳述してしまうことです。興味が湧けば知識欲も自然に起きますが、先に知識を詰め込まれるとお勉強としか思えなくなります。必ず、興味が先・知識が後、です。

2.読み進めた範囲で、分かりにくい点がないこと(分かりやすい、とは別)
 1に反せず、あくまでも読み進めた範囲では、です。冒頭からは単純に異世界ファンタジーということだけ分かれば、それでOK。作品が実は現代日本から転移・転生した主人公だとしても、そんなことは後で分かればいいのです。
 ずっと先までの設定とストーリーを既に作った作者心理としては、つい全編に対して役立つ情報とか、ずっと先のエピソード先取りなどをしがちですが、読者としてはそんなこと知ったこっちゃない、ということは要注意だと思います。読んだ範囲で一読して理解できて面白い、だけしかありません。

3.主人公が誰で、何をしようとする物語かが明らかになること(仮のものでも可)
 これも作者は書き始める前から熟知しているだけに要注意だと思います。つい省いてしまう。特に目を引くツカミを重視するあまり(この判断は正しい)、主人公の(当面の)目的を明らかにするのを後回しにしてしまう。
 しかし、主人公の目的を明らかにするのは、読者が「今、何のための読んでいるか」「何を知るために読んでいるか」というモチベになります。冒頭のイベントが目を引くものとすれば、主人公の目的は読者の気を引くもので、2つ揃って読書意欲となります。
 ただし、読み進めた範囲内で整合性があればよく、途中でひっくり返すのはOKです。ときにはラストでどんでん返し的に明らかにしてもいいかと思います。
(むしろ、効果的にひっくり返したほうがいいことも多いかも、特に長編では。)

 前置きが長くなりました。以上のことからご質問の二択を考えてみます。

> 「主人公が命を落とす直前から物語を進めるもの」と、(分かりやすいがテンポが悪く)

 これはほぼアウトだと思います。おそらくですが「分かりやすいが」と仰るのは、冒頭だけ読み進めた範囲での分かりやすさではなく、物語全体に対する理解が深まるの意味になっている恐れがあります(雰囲気を出せるとか、事前情報を出したほうが親切という、作者の思い込みによるもの)。
 もしそうならですが、暴論に聞こえるかもしれませんが「不要な冒頭です」と申し上げるしかありません。読者は先のことなんか、まだ興味を持ってないからです。
 生前のエピソードから入るのなら、そのエピソードが手に汗握るレベルの面白さを持っているときのみだと思います。

> 「主人公が命を落としてから、それまでの過程を会話などで表すもの」(テンポがいいがわかりにくい)

 こちらが無難だと思います。「わかりにくい」というのが、物語全体や世界観や各種設定など、特に異世界へ来た経緯であれば、読者が知っておく必要があるのか、最小限にまで情報を絞れているのかを再考すべきだと思います。

 あるいは、冒頭のイベントに混ぜて語る必要が生じているのか。語る必要があると思えても、作者が設定したことを語ってみたいというだけだったりします(自分が手を掛けたものは異様なくらい価値を感じてしまう現象:イケア効果)。

 読者が面白がるかどうかを第一基準にし、当面の物語進行に不要なら後回し、語らなくても物語が分かるなら削り、ときには、語らないと分からないことは設定やストーリー進行を変えてでも消す、くらいの覚悟も必要だと思います。さらに、絵的には良くても文章表現が難しい、くどくなるようなもの(キャラやモンスター造形、魔法の設定等々)は文章表現に向くように変えてしまう。

 端的に申し上げるなら、作者が考えたことを読者に伝えたがるのはエンタメ小説としては邪道で(読者に負担を強いるため)、読者が面白がるものだけをつまみ食いしてもらえる(楽して楽しめる)ように工夫すべき、となります。読んで面白い部分って、そんなにないはずです。
(↑考えたことを全部、正確に書けるかどうかは、学校の作文のみの採点基準の一部であったりするので、後々まで間違いやすい、と自省を込めてたりします。)

上記の回答(冒頭のテンポと分かりにくさについての返信の返信)

スレ主 黒鐘 黒ぅ : 0 投稿日時:

丁寧に解説して下さり、ありがとうございます。
ストーリーの構成や読者側の捕らえ方について、とてもよく理解する事ができました。
読者からの興味の引き方について改めて考え、面白い冒頭を意識して書いてみます。
返信ありがとうございました。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 冒頭のテンポと分かりにくさについて

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元記事:冒頭のテンポと分かりにくさについての返信

至極単純な話をすれば、物語というのは「お話」あってこそ。
話が始まらなければ何も面白くない。
「主人公が死後の世界で活躍する物語」であるなら、これは死んでから物語が始まるわけで、死ぬ前は「お話」が始まってない状態。
そんな生前の話を序盤に並べられても「いつになったら話が始まるのか?」という状態になってしまう。
テンポが悪いと感じたのはもっともで、これは言い換えれば、
「わかりやすいが面白くない序盤」と「わかりにくいが面白い序盤」のどっちがいいか?
という話になるでしょう。
ライトノベルは面白いが正義ですが、同時にわかりやすければいいとも思います。
しかし、ここで気をつけたほうがいいのは「わかりやすい」というのはあくまで作者の主観でしかない感覚だって事です。
話の流れや設定を全て知ってる作者だから、時系列順に死ぬ前からやったほうがわかりやすい、と考えてるだけ。
つまりこれ、「わかりやすい」んじゃなくて、「説明しやすい」というだけなんですね。
できれば友人か誰か、第三者に読んでもらって意見をもらったほうが良いでしょう。
「わからない事が興味をそそる」って事も大いにありますから。
……もっとも。
何かを説明するときには時系列順に1から説明したほうがわかりやすいのは当たり前なので、「生前から書いた」という方は確かにわかりやすいのだろうとは思います。

それで、どちらが良いか、ですが、
個人的には、さっさと話を始めるという意味で「死後(あるいは死の瞬間?)から始める」ほうが良いと思います。
……思いますが、内容次第でもあるので、これだけの情報ではどうにも第三者には判断しかねます。
ワルプルギスさんが例に挙げた幽遊白書の場合は、主人公が死んだ理由とか割りとどーでもいい事で「予定外の死者だから復活できるよ」という展開が通用すりゃ何でもいいため、死後から始まり回想でざっと生前の紹介をした感じでしょう。
この生前の紹介も、ヒロインがいたりライバル(?)がいたりと、その紹介を兼ねてるわけで、こういうのが無い場合は回想さえいらないでしょう。
逆に、生前のキャラクターや環境が死後の主人公ないし物語に深く関係してくるのであれば、1章まるまる使って生前を書いたほうが良いと判断できます。
「死後の世界で活躍」という以上は生前の事は話に関わってこないと考えると、むしろ生前については概要がわかるくらいで何も触れなくても問題ないんじゃないかって思う。

上記の回答(冒頭のテンポと分かりにくさについての返信の返信)

スレ主 黒鐘 黒ぅ : 0 投稿日時:

返信ありがとうございます。
細かく丁寧に説明して頂いたので、とても理解し易かったです。
特に、作者の目線から見た分かりやすさは、説明しやすいだけというのがとても納得できました。
機会があれば、友人に意見を求めてみます。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 冒頭のテンポと分かりにくさについて

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元記事:冒頭のテンポと分かりにくさについての返信

主人公が死んだところから始まる物語としては、なつかしの『幽遊白書』。今年新作アニメでしたっけ?
それはさておき、あくまで一般論として。

古人曰く、冒頭には死体を転がせ。
これはミステリの話ではあるわけですが、とにかく最初のほうで読者の興味を引いておくべきなのはどのジャンルでも共通のことです。
つまり、後者の「主人公が命を落としてから、それまでの過程を会話などで表す」方を私は推します。
web連載だと、読者側が「ちょっと読んで面白くなさそうだったら閉じる」をし易いのでなおさらですね。
分かりにくさは工夫で補っていきましょう。

最初に断ったように、あくまで一般論なので、
死ぬ前から始めて、別の要素で読者の気を惹くつくりにするのも良いと思います。

上記の回答(冒頭のテンポと分かりにくさについての返信の返信)

スレ主 黒鐘 黒ぅ : 0 投稿日時:

返信ありがとうございます。
確かに、web上では閉じられ易いということを考えれば、最初に死ぬほうが惹き付けやすいですね。
ありがとうございました。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 冒頭のテンポと分かりにくさについて

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元記事:いっこうにストーリーが

つい最近活動を始めた創作ド初心者です。
ラブコメや現実世界線のSF物を書こうとしたものの、キャラが思い付くのまでは良いんですが、全く物語が編めません。
一体どうすればいいのか……。

上記の回答(いっこうにストーリーがの返信)

投稿者 黒鐘 黒ぅ : 0 投稿日時:

はじめまして。黒鐘黒ぅと申します。
僕が使っているストーリー作成の方法について書かせていただこうと思います。
まず、ストーリーとは、一つの目的を達成する過程を表したものです。ですので、基本的にはこの「目標」から決めています。
この目標に関しては、最後までこの一つの目標を目指すのでも大丈夫ですし、一つ目標をクリアしたら次の目標へ、というのもまた大丈夫です。
この時、「世界を救う」などではテンプレすぎるので、オリジナリティのある目標にすればより良くなります。オリジナリティを出そうと捻りすぎた場合、よくわからないストーリーになってしまうのでご注意を。
続いて、登場人物がその目標を目指す動機を考えます。より強い動機であれば、面白いストーリーになるでしょう。
その動機を抱くきっかけとなる事件を冒頭に置くと、わかりやすくなります。
次に、その目標へ向かう途中でぶつかる壁、つまり敵や障害をつくります。
より困難な壁に設定すれば、物語としては盛り上がります。しかし最近は、そのような壁を嫌う読者がおられるので、障害のレベルは調節が必須と思われます。
そして、先ほど同様、敵キャラにも動機をつけましょう。ただ嫌がらせをしてくるだけではストーリーの意味が薄れてしまいます。
主人公と同等の動機にすると、ストーリー内でのぶつかり合いが激しくなり、盛り上がります。
このように、主人公達が目標へ向かう過程で、様々な困難を乗り越え、最終的に達成するというのが物語の基盤になります。
では、その目標や障害の決め方についてもお話を。
僕は基本的に、物語の舞台から決めます。
その舞台の中で、主人公達が達成すべき目標を見つけるので、世界観に合った目標にすれば大丈夫です。
障害に関しては、主人公達にとって邪魔ならそれは障害になります。
色々な「邪魔」を考えてみましょう。
ここで、決定した目標と障害をストーリーの基盤に当てはめれば、だいたいのルートは見えてきます。
ここに個性豊かなキャラを加えていき、オリジナリティのある作品に仕上げていきます。
以上が、僕の使っているストーリーの作成方法です。
あくまで一つの方法ですので、参考程度に。
長文失礼致しました。

カテゴリー : ストーリー スレッド: いっこうにストーリーが

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元記事:集中力とモチベーションの低下

今、学園魔法ファンタジー物のラノベを書いてますけど、集中力とモチベーションが続きません。
締め切りもあり、書くことはもう脳内にあるのになかなか続きません。
音楽を聞きながら、アニメを聞きながら、いろいろと試行錯誤してますけど、続きません。
何も聞かないでやろうとしましたけど、それはダメでした。
書けるときはありますけど、最近は書き続けられません。
書かなくてはいけないのに、どうしたらいいですかね?

上記の回答(集中力とモチベーションの低下の返信)

投稿者 黒鐘 黒ぅ : 1 投稿日時:

はじめまして。黒鐘黒ぅと申します。
実績を残していない素人ではございますが、自分なりの意見を書かせていただきます。
僕が集中力を高める上で行うことは主に二つです。
一つは、自分の好きなジャンルの作品に触れること。
自分が心ひかれ、かつ関わったことのない作品に触れることで、「自分もこのような作品を作りたい」といったやる気が沸いてきます。その気持ちのまま書き始めることで、結構すらすらと進められます。
ただ僕の場合、この方法でやる気を掻き立てると、つい自分の作品がその作品に似てしまうのです。気をつければ大丈夫な話ではありますが、念のためご注意を。
二つ目は、明らかに設定の甘い作品に触れること。
こちらの方法に関しては、僕自身もこちらのサイトで学ばせていただいたことです。
設定の甘い作品に触れることで、「自分ならここをこうする」など、改善点が見つかってきます。
おそらく文章が好きな方であれば、「修正したい」と思われるのではないかと。
そして、個人差はございますが、その「修正したい」という思いが活動の気力となるのです。
前者と違い、こちらは参考にした作品に似るようなことはないかと思われます。
どちらも意外と新鮮な気持ちで製作に取り組めますよ。
あくまで僕が活用している方法ですが、参考になれば何よりです。
長文失礼致しました。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 集中力とモチベーションの低下

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元記事:物語の考察のさせ方について

こんにちは㎜というものです。
面白い作品は読者に考察させる内容が含まれていることが多いですよね。
読者にはただ一つの答えではなく、様々な答えを考えさせ、議論させるものが私個人的には面白い作品であると考えています。
そこで、考察について4つの質問があります。
①作品によって異なると思いますが、どういった内容が読者にとって考察し甲斐のあるものになるのでしょうか?
②どういった点(例えば、登場人物の言動、舞台の背景等)に考察させる要因を入れたらいいのでしょうか?
③読者に考察させるので、作者側であらかじめ答えを用意しておいたほうがいいのでしょうか?ただ、私としては答えを用意して作品を書き、考察させるとなると、その答えに導かせる作品になってしまい、読者の考察の答えが1つだけになりそうで不安です。
④そもそも、今の読者に考察させるような作品を好むひとはいるのでしょうか?
みなさん回答お願いします。

上記の回答(物語の考察のさせ方についての返信)

投稿者 にわとり : 0

 謎本って知ってますか? 90年代くらいに流行ったんですけど、有名作品の矛盾や整合性のない点を捏ね回して「実はこんな裏設定があったのだ!」という考察(という名の妄想)を書いたものです。『磯野家の謎』が有名ですけど、ドラえもんとかメジャータイトルの漫画や特撮はかなり標的にされてたと思う。
 もう少し時代が下ってから似た方法論でヒットしたのが空想科学読本。あれも公式設定の科学的にいい加減な部分から話を広げて、「このアクションを実現するためには主人公にはこれだけの超人的な腕力があるはずだ!」などと描写から推測できる裏設定(?)を紹介していく本です。続編が出てかなり長寿シリーズになっていたはず。

 理屈と膏薬はどこにでもくっつくんです。考察好きな読者が本気を出せば、何にでも屁理屈をこじつけることができる。考察ってそれ自体に遊戯性があるんですよね。パズルを解くみたいな快楽が。
 と同時に創造的でもある。考察には個々の読者の個性が出るものです。そういう意味ではある種の二次創作と考えることもできる。作品の公式設定を裏読みし、キャラの関係性や事実関係を自分なりの仮説を元に読み替え、自分だけの物語をつむぐ行為。これも考察の一つの側面。
 学術的にちゃんとしたものはともかく、巷で言われるようなレベルの考察って読者側の「語りたい欲求の発露」である場合がほとんどだから、もし考察が盛り上がりやすい作品というものがあるとするならそれは「個々の読者が内心感じていることをなんでも好きに投影できる、鏡みたいな作品」なんじゃないですかね。それプラス、個々の読者に"自分の考察を語る場"が存在していること。これは作品そのものというより環境要因になっちゃうけど。
 わかりやすくいうと話題作だったら「俺この作品を読んでこんなことを思ったんだけどさ~」という語りは割と受け入れられやすい。でも無名の作品だったら普通はみんな聞いてくれない。話を聞いてくれる相手がいなかったらわざわざ考察しても寂しいだけですね。べつに全日本的なヒットじゃなくても良いんだけれど、どこかに話を聞いてくれるような"盛り上がってる界隈"が存在しないとちょっと厳しい。
 小説、というか物語でこれを最高レベルで実現しているのは、おそらく聖書に登場するヨハネの黙示録ですね。終末の予感や恐れって、どんな時代のどの世代にも一定の共感があると思うんですよね。そういう"読者の中にはじめからある感情"に上手く働きかけている。それに加えて圧倒的な知名度と権威性。ヨハネの黙示録が何で、どんな事が書いてあるのかについては非キリスト教徒であっても割とみんな何となく知っていて、ちゃんと話が通じる。
 媒体は小説じゃないけれど、言葉の解釈で界隈が盛り上がってそれが人気の駆動力になった例として連想するのが、10年くらい前のボカロ界隈。米津玄師とかじんってそういうのが上手かったよね。ノリの良い音楽で人を惹きつける→謎めいた歌詞とMV→掲示板とか動画のコメントで"考察"が盛り上がる、みたいな。わからなくてもコンテンツとして超絶面白いのは大前提で、そのうえでさらに暗号を置いてくからこれが読めたらもっと楽しいよ、みたいな提示のしかたがいいのかなと思う。まあこんなこと、狙ってできるだけの技量を持った人ってそうそういないと思うけど。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 物語の考察のさせ方について

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投稿日時:

元記事:哲学書は小説の参考文献になりますか?

初めまして。ゆりと申します。
類似権や翻案権、剽窃など、ネットでできる限り調べてはみたのですが、自分ひとりではどうも判断ができず、こちらでみなさまのお力をお借りできたらと思い、質問させて頂く次第です。
私が執筆している小説の主人公は、無神論者です。無神論者のイメージを掴みたく、「神は死んでいる」で有名なニーチェ論の書籍をいくつか読みました。ニーチェについて、私の解釈では、「神はもとから存在していない。神は人間が作り出した存在である。神がいないと言うことはすなわち、人間は死後、天国に行くことも、地獄に行くこともない。死後は虚無である。」と言うことでした。私は、主人公に上記の思想を持たせたいのですが、著作権で保護されるものの中に「思想」があります。ニーチェの哲学思想を持つ主人公を書くことは、ニーチェの思想に対する著作権を侵害してしまうのでしょうか。
また、ニーチェ論の書籍をいくつか読みましたが、それぞれの著者の解釈の仕方により、例え「ニーチェ論」と言う同じテーマを扱っていたとしても、論文の内容に微妙な差異が出るのではないかと思っています。私は特に内容のわかりやすい方の書籍に偏って読んだので、その方の著作を参考に小説を執筆した際、ニーチェ論の中でも特にその著者の論ずる「ニーチェの思想」の著作を侵害しているのではないかと心配でなりません。
ものを書く以上、誰かが懸命に紡いだ言葉を奪う行為は絶対にしたくありません。みなさまのご意見をお聞かせ下さい。宜しくお願い申し上げます。
ゆり

上記の回答(哲学書は小説の参考文献になりますか?の返信)

投稿者 手塚満 : 1

補足も拝読しまして、少し整理してみます。

A. ニーチェの思想:アイデアであるので著作権適用外。
B. ニーチェの著作:著作物であるので著作権適用ながら死後50年規定で適用外。
C. ニーチェの翻訳本:翻訳者の著作権が存在する。
D. ニーチェの解説本:解説者の著作権が存在する。

ニーチェの著作を翻訳で読まれたのなら、Cが相当します。文言をそのまま借用すると、翻訳者に対する著作権違反になる可能性があります。ニーチェの思想を研究、解釈した書籍(D)からの借用も同様です。
(もしニーチェの原著を自分で翻訳したのなら問題なしですが、たぶんそうではないのでは?)

ウィキペディアなどではニーチェに限らず、各種媒体の原著、翻訳、解説を引用してますね。あれらは引用の要件(引用が副で本文が主、必要最低限の転載、引用元の明示)を満たしています。

小説ですと、普通はそうはできません。例外があるとすれば「神は死んだ」みたいな短い文言でしょうか。通常の文脈でも発生するようなものまで著作権で守られたりしないわけですね(言論・表現の自由を侵害しかねない等の具体的な問題もある)。

しかし、ニーチェについて語るなら、ニーチェについて知らないといけません。50年規定は置いておくとして、著作物(や講演等々)から知るしかないわけですが、著作権を気にするならニーチェについて語れなくなってしまいます。

しかし、ニーチェの研究・解説本では著者独自の説はもちろん、ニーチェの思想の概略説明などにも引用元の記載はないはずです。ご質問文でスレ主さんは、以下のように仰っています。

> 「神はもとから存在していない。神は人間が作り出した存在である。神がいないと言うことはすなわち、人間は死後、天国に行くことも、地獄に行くこともない。死後は虚無である。」

これはスレ主さんなりにニーチェの思想の一面を簡潔にまとめたものであるわけですよね。学んで理解したことを、自分の言葉で語った。上記一文をキーワードにしてネット検索しても、同じ文はもちろん、ちょっと文言だけ変えたような文章も見つかりません。

そういうものは著作権侵害ではありません。むしろ、上記一文はスレ主さんの思想を表現したものであり、著作物として保護されるべきものです。スレ主さんが学び、思索して得た、独自の見解ですから。

誰かや何かに学んでも、己が頭脳をきちんと介した表現なら、表現した人のものであるわけです。盗用が問題視されるケースをよく見てみると分かると思います。内容ではなく表現自体をそのまま使っているから盗用、著作権侵害と言われるわけです。少し誇張すれば「お前(盗用者)は自分で考えずにコピペしたな! ちょっと単語置き換えたって分かるぞ!」ということです。

簡潔にまとめますと、

・著作物からそのまま書き写すとアウト(単語置き換えくらいでも不可)。
・著作物から学んだ後、何も見ずに自分の言葉で語ればセーフ。

ということです。ニーチェについて語る人はネットだけでも膨大ながら、著作権侵害を言い立てる人が事実上皆無なことからも、お分かりになると思います。

カテゴリー : 著作権・オリジナリティ スレッド: 哲学書は小説の参考文献になりますか?

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投稿日時:

元記事:初めての長編は、あまり長くしないほうが良いでしょうか?

いつもお世話になっております。
現在長編小説に初挑戦している、やとうと申します。

プロット構想中の長編について、
思ったよりも話が長くなってしまいそうで、構成に悩んでおります。
皆様にご指導いただければと思い、こちらにお邪魔しました。

小説のテーマは
ヴィクトリア朝風な舞台で「サムライ×小公子×猫」です。

大まかな話の流れは、

諸事情で祖国にいられなくなったサムライが、新天地の異国において特殊な家業の貴族の少年の護衛となる。
立場の弱いヘタレ小公子が立派な跡継ぎとなるまで、スパルタ教育を施しながら命を懸けて守り続ける。

というような内容です。

主人公のサムライは、
頼りない少年を特殊な家業の跡継ぎとすることで、名門貴族の家とコネクションをつくり、
主人公の実家の戦略を優位に進めたい、という目的で行動するつもりです。

一緒にいるうちに情が移って、主人公の考えが変化して
実家>少年 → 実家=少年 → 少年>実家 となっていく方向で考えています。

猫は、各登場人物の心情表現や、場の空気を替える役割をしたり、
独りぼっちの少年を支える仲間として出すことを想定しています。

そこで悩んでいるが、ストーリーの長さです。
現在の予定はだいたいこのようなものです。
①サムライと少年が出会い、衝突しながら一緒に事件を解決して正式に護衛となるが、不仲。
②様々な事件を通してサムライの過去や、少年との本当の関係などを明らかにする中で仲良くなる。
③実家と少年、二択に迫られたサムライが、スパルタ教育の末成長した少年を新たに主に選ぶ。

①~③をやや長めの短編5~6話で一つの章として、三章の構成にしたいです。
しかし、ライトノベルでいうと単行本2~3冊分ぐらいの内容になりそうな予感がしてきています。

前置きが長くなりましたが、皆様にご相談したいのは、
初心者の長編チャレンジは、
「内容をカットして1冊分にまとめて短くすべきか、3冊分ぐらいになりそうでも予定通り進めるか」です。

私の経験は、以前に短編をこちらでご指導いただきながら、一月ほどの時間で書いたことしかありません。
そのため、初心者がいきなり長すぎる長編というのは無謀では、と不安も大きいです。

長編に挑む前にもう少し短編で経験をつむべきか、また長編に向けての心構えなどなど、
皆様の執筆の経験やお考えを教えていただければ幸いです。

上記の回答(初めての長編は、あまり長くしないほうが良いでしょうか?の返信)

投稿者 ヘキサ : 1

私のできる範囲での判断ですが……

まず「キャラクターのメンタル」特に大事な主人公のメンタルに関してですが、前回のやとうさんのものはしっかり描けていました。ここがブレている人は長い執筆中にここの主人公の人間性そのものに疑問を抱いて物語が破綻し、作品を続けられないレベルにまでなってしまうことがあったりします。そこにおいては大丈夫だと思います。

次、エピソード毎の文字数検討についてですが、ぶっちゃけ私もアドバイスできるほどコントロールできるわけではありませんが、いちおう「web掲載を考えた時に一話ごと(2000字~5000字ごと)に山なりオチなりがあるようにする」というのを意識して書いたりしています。そのため、ややつまらないと感じがちなところはばっさりカット・短縮したりしています。前回のやとうさんは、特に序盤の描写過多が問題点に上がっていたため、「壮大な物語を描こう」と思うよりもこの「一定文字数ごとの山場を意識する」ことに目を向けて、話を構成して長くなったらなったでなるがままに放置してもいいと思います。ただし「内容が薄いのを無理矢理描写で長くする」のはおすすめできません。そこは内容に合わせて短くいきましょう。

で、ストーリーを聞いた限りですが、ぶっちゃけヴィクトリア朝の雰囲気を伝える小道具大道具のネタが続く限り、という気がしています。
少女漫画ですが由貴香織里の「伯爵カインシリーズ」およびその最終章に相当する「ゴッド・チャイルド」などは、基本的に小話を繋ぐタイプのミステリーですが、いかにも女性受けしやすい料理や装飾品等の小道具がこれでもかとつぎ込まれていて「よくネタが尽きないな……」と感心したことがあります。

ですがいちおう初期ほど短めの話だったり、最終章に入る前も連載が中断していたためキャラ紹介を兼ねてキャラ毎にスポットを当てた短い話を入れるなど、読者にとっても親切な配慮がなされています。また中断している間別作品を書いていたのですが「やっぱり長い話にはハッピーエンドが期待されるものだと改めて思い知らされた」とのコメントとともに、当初バッドエンド予定であったこの作品も一応ハッピーエンドともとれる内容として締めくくられています。

……というような「おさえるべきポイント」をおさえていれば多少長くなっても大丈夫という気がしますが。「サムライと小公子の心境の変化」→「サムライの選択の時」に先ほど言った「ヴィクトリア朝ネタを詰め込みたい欲」で間が空いてしまうとどーだかなー、と思ってしまいます。例えばですがこの流れができてしまった後に先に終幕を迎えてしまって、以後番外編として時代ネタを楽しんでもらう趣旨の各事件を取り扱う、というのはどうでしょう?

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 初めての長編は、あまり長くしないほうが良いでしょうか?

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