小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:テーマに飲まれていると感じさせないための技術の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信

推敲しない、も、改稿しない、もともに言っていない事を今回でっち上げられた。

しかも、やっぱりしようかな、と書いたのは別の短編の事。それすら頭から消えているじゃないか。嘘と言わなくてどうする。

それから私は介護資格があるし。働いた事も当然ある。今回の話は看護師と言うよりは介護よりの話だった。だから言った。

上記の回答(テーマに飲まれていると感じさせないための技術の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 神原 : 30 人気回答! 投稿日時:

本当に誰かを堕とす事だけ長けているのな、金木犀さん。

荒れるのが嫌。だけれど他人の場所は荒らしまくる。

金木犀さんのせいで5人の人間がここから去った。

批評を受ける度量もない。すぐに反論してくる。考えもしない。

愛だの優しさだの言ってる割にはそれが備わっていない。

なれ合い。の意味を調べるも自分のレスがそれに当てはまっているかどうか考えない。

嘘をついてでも相手を蹴落とす。

時には争ってもいいといいつつ、これ以上、言いがかりはレスをしないと言い放つ。争う気0。つまり自分が争うべきと言うときだけ争う。他の人が争うべきと言うのは無視。自分本位。

あれだけ荒れた時には自分を押し付けてきたくせにね。

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: テーマに飲まれていると感じさせないための技術

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元記事:アイデアはあるが小説が書けない/繋ぎの場面が書けない

タイトルにも書いた通り、(自分の中では)良いアイデアが沢山浮かびます。ですがそれをうまく文章に出来ません。妄想、というか頭の中では情景やストーリーが映像のように思い浮かべられるのですが、いざ書こうとなると筆が進まなかったり、書けても一行くらいだったりします。
また、重要な転換点や戦闘シーン、盛り上がるような場面は書きやすいのですが、それらを繋ぐ日常のような部分が全く書けません。繋ぎの平坦な部分がないと物語は成り立たないのに、盛り上がりの部分だけしか書けません。
これらは小説の才能がないということなんでしょうか。回答いただけるとありがたいです。

上記の回答(アイデアはあるが小説が書けない/繋ぎの場面が書けないの返信)

投稿者 田中一郎 : 27 人気回答! 投稿日時:

むしろそれは才能はあるけれど、経験が足りてない状態に思えます。
小説は読みますか? 映画は? ドラマは? マンガは?
そういった「物語」に充分触れていないので、物語とはどういうものか、というのがわからない状態ではないでしょうか?
もしそうであるならば、作り手になる前に、まずは受け手として経験を積むのが良いのではないかと思います。

カテゴリー : その他 スレッド: アイデアはあるが小説が書けない/繋ぎの場面が書けない

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元記事:小説の文章に緩急をつける、というのはどうすれば良いでしょうか

 三文山而と申します。二月にオーバーラップ文庫大賞に送った作品で初めて一次選考を突破して喜び、二次選考で落選して少しダメージを負いました。それなりに時間をかけてまとめ上げた作品ですし、せっかく評価シートで批評もいただいたのでどうせだから今後のための練習も兼ねてリライトを行いラ研の長編投稿室に上げたいと考えています。

 批評された大体のポイントについては台詞や展開をこう変えよう、前半をもっと盛り上げよう、キャラの動機が弱いというのは少し考え直してみよう、と修正方法が思い浮かんだのですが、一つ悩ましい改善点が出てきました。
 構成について二次選考で二人の選評者様から
「ずっと同じテンポで続くので緩急がなく、全体的に盛り上がりも少なかったです。なにを見せたいのかを考えてそこに繋がるストーリーを構成しましょう。」
「導入の時代設定、キャラクター登場、アクション展開までは良かったのですが……その後も同じような書き口になってしまっています。緩急をつけて、ストーリーを展開するようにしましょう。」
という批評をいただいたのですが、場面変化で周囲の状況が変わっているところにさらに緩急をつけるというのがどのようにすれば良いのか上手くイメージができずにいます。一つの小説作品なら文体は一つじゃないのか? とすら思ってしまいました。

 とりあえず視点主となるキャラクターがクール系のツッコミ役で一歩引いた受け身の立ち位置にいるのは敵に対する反感などで積極的に介入していく性格に変えるとしても、中心となる事件は日を跨げない性質のものなのでキャラ、というか文章のテンションがある程度連続してしまいます。
 他にはどういった工夫をすれば小説の書き口・語り口に緩急をつけられるか、ご助言をいただきたく思います。

上記の回答(小説の文章に緩急をつける、というのはどうすれば良いでしょうかの返信)

投稿者 ドラ猫 : 25 人気回答! 投稿日時:

>>「ずっと同じテンポで続くので緩急がなく、全体的に盛り上がりも少なかったです。なにを見せたいのかを考えてそこに繋がるストーリーを構成しましょう。」
>>緩急をつけて、ストーリーを展開するようにしましょう。」
という批評を見るに、文体ではなくストーリーについて触れているのだと思います。
恐らくはストーリーに起伏がない、ということかと。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 小説の文章に緩急をつける、というのはどうすれば良いでしょうか

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元記事:小説の場面転換のタイミングとは?

苑子と申します。

小説には必ず「場面転換」があると思うのですが、どのタイミングで転換したら違和感を感じずに読めるでしょうか?
いつもそこで悩んでしまい、手が止まってしまいます。

上記の回答(はじめまして。の返信)

投稿者 サタン : 24 人気回答! 投稿日時:

気持ちは理解できますが、特に気にする必要はありません。
そのシーンで書くべきことを書き終えたら、そのシーンはそれで終わりです。

例えば良くあるのが「ここで場面を切り替えたら不自然だから、シーンの繋がりが自然になるようにする」というものです。
具体的には「夕食のシーン」が書きたい内容で、それを書いたあと翌日まで書くことがないからと、特に書くこともないのに「風呂に入り、くつろいで、就寝までちゃんと書く」という感じ。書き慣れてない人にすごいよくある。
これは、ハッキリと言ってしまうと「書きたいこと」を書いたあとの場面は全て蛇足でしかなく、物語のテンポを悪くするだけで、読者にはグダグダ感を与えるだけです。

ところで人間には先入観というのがあります。
なんとなくで行動してると先入観に大きくとらわれ、誤解を常識として認識してしまったりする。
例えば、鏡というのは左右が逆に映るモノ、という認識がありますが、これは「天と地(つまり上下)が逆転することはありえない」「右手を挙げると鏡は左側の手(実際には右手)を挙げる」という人間的な先入観から来る誤解で「左右が逆に映る」と認識しています。
実際は前と後(光の進行が鏡に反射して逆転するので)が逆になってる、というのが鏡です。

なんでそんな話をしたのかと言うと、人間には「時間の流れ」という先入観が強くあり、意識しない限りこれに逆らおうとすることが難しいと感じるからです。
つまり、「場面の流れをよくしよう」と思うと、人間は「時間経過」を考えちゃうんですよね。
でも、「物語」は「時間が進めば物語が展開する」というモノじゃないので、時間を進めるだけではグダグダするだけなんです。
なので、この問題を根本から解決したい場合は「物語」というものの理解を深めなければ解決しないでしょう。
その作品で「何を書いたら物語が進むか」というのを理解していれば、それを書いたらシーンは終わりで、さっさと場面を次に転換してしまったほうがスームズだし、テンポもいいし、無駄にページを消費してしまうこともない。

例えば学校のシーンで書くことを終えて、翌日の放課後まで書くことがないとしたら、
「その日は素直に帰って、明日に備えて早めに就寝した。次の日は特に何が起こるわけでもなく、放課後、僕は約束の場所へと向かう。」
と、さっさと翌日の「書くこと」のシーンまで飛ばしちゃえばいいんです。
実際に書いていて違和感を覚えるのは、つまり「物語の進行」というのを基準に考えず、人間的常識から「時間経過」を基準に考えてしまってるためでしょう。
書くことを書き終えたら、その時点で次のシーンへ場面転換してしまって何も問題ありません。
これは視点の切り替えなんかも同じです。
タイミングの問題ではなく、「何を書いたか」という問題で、あとは構成の問題でもありますが、自分が書いてるものを把握することが重要です。
苑子さんがいま感じてる場面転換の違和感は、読者はほとんど感じていません。
むしろ、逆に「自然な流れを」と思って書いた中身のないシーンに違和感を覚えることが多いでしょう。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 小説の場面転換のタイミングとは?

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元記事:設定被りは、どこまでが仕方ないのでしょうかの返信

結論から言えば、どこまでもソックリだろうと問題ありません。
しかしこれはあくまで「設定は」の話です。
「その設定でどんな話を作るのか」という部分では、例え設定が180度違っていても「パクリ」と言われてしまいます。

例えば、
「過去の英霊を召喚して、その頂点である全能の存在になる戦いに身を投じる話」
という物語と、
「過去の英霊を召喚して、願いを叶える全能のアイテムをめぐる戦いに身を投じる話」
という物語があるとすると、
これは「設定」では非常に似てると言わざるを得ませんよね。
さて、前者は漫画「シャーマンキング」の要約で、後者はゲーム「Fate/stay night」の要約です。
今の若い人はシャーマンキングを知らないかもしれないけど、一時期ジャンプの看板を背負ってただろう作品です。
この両者を立て続けに見たとして、しかし両者を「似てる、パクリだ」という人は少ないでしょう。

一方で、
「未来から来たロボットが不思議な道具を出して主人公を助ける話」
という物語と、
「主人公が過去の文献から不思議な道具を作り出し、問題を起こす話」
という物語では、
あくまで「設定」というレベルの話では180度違うものです。
さて。前者は「主人公を助ける話」かどうかは疑問だけど、ご存知「ドラえもん」の要約です。
後者は、これも最近の若い人は知らないかもしれないけど、「キテレツ大百科」というアニメの要約です。
設定レベルではまったく違う両作品ですが、見てみりゃわかりますが、非常によく似ています。
キテレツ大百科は、ぶっちゃけ道具を出さないドラえもんがお調子者になってのび太が不思議道具を作れるくらいに天才になっただけ、というレベルでほぼやってる事は同じ。
でも、「設定」ではまったく違うし、それどころか真逆だと言えるほどぜんぜん違うものです。
まあ、作者が同じ藤子F不二雄なので似てるのはしょうがないんですが。
しかし、では「なぜ似てるのか?」と考えてみましょう。

これは端的に、「やってることが同じ」だから似てるんです。
結局のとこ「不思議道具を出す過程」が違うだけで、「不思議道具を中心にコレにまつわるトラブルを描く」という作品の本質が同じものだから似てるように思えるわけです。
「過程」や「前提」における「設定が似ている」なんてのは、物語を語る上でこれっぽっちも問題にはなりません。
一方で「やってる内容が似てる」というのは、例え設定がまったく違ったとしても、「似てる」と言われてしまいます。
故に、初心者に多いのは「似てるから設定を変えよう」と必死に既存作と違う設定を作ろうとする事ですが、これは結局「やりたいことが既存作と同じ」なので、いくら設定をいじってもどっか似てるように思えるし、読者にもすぐ指摘されてしまったりします。

「ドラえもん」や「キテレツ大百科」の「不思議道具を中心にコレにまつわるトラブルを書く」というテーマは、実は両作品だけでなく非常に広くよく使われています。
例えば「ToLOVEる」なんかの日常系(エブリデイ・マジック)ボーイミーツガールなどはほとんどコレですね。
道具が「宇宙技術」か「魔法道具」か「未来技術」か「古代の神秘道具」かと、まあアレコレ「設定」が違うだけで結局やってることは同じです。
それで言えば「ToLOVEる」と「ドラえもん」は似てるハズなんですが、この両作品を並べて「パクリだ」という人はいません。
言うまでもないだろうけど、これは「ドラえもん」には無い「ラブコメ」という要素を追加して新しくしたのが「ToLOVEる」なので、ここで大きな差別化がされているため「同じ」には見えない違う作品に仕上がっています。

では、「エブリデイ・マジック」と「ラブコメ」を含む作品はどれも同じか? と言うと、これも違います。
例えば「ToLOVEる」「うる星やつら」「ああ女神さま」と、完結済みで古いのばっかで申し訳ないんですが、これらはラブコメとしての主旨が違うので「似て」はいるけど「別物」という認識をされるでしょう。
「ToLOVEる」はラッキースケベな主人公があちこちで問題を起こしてしまう話で、そのキーに不思議道具が関わってくる内容です。
「うる星やつら」はヒロインが主人公に振り向いてもらうため(つなぎとめるため)にあれこれ問題を起こす内容。
「ああ女神さま」は基本は日常系の延長で、そこに不思議道具を混ぜてる作品。

で。
こうした内容の「主旨」になるものですが、これが似てると既存作と大きく似てしまうことになる。
そして、自身の作品を見て「こういう主旨の話」と自身で明確にできない場合、設定や物語から「似てる作品を探してしまう」という事があります。
赤山さんが「月姫」や「Dies」や「科学ADVシリーズ」を挙げたようにね。
不死や即死能力が出てくる物語はけっこうありますけど、なんで月姫をピンポイントで挙げたんでしょうか?
ちなみに「ブギーポップは笑わない」という作品では何作目かに「相手を必ず倒せる線のようなものが見える素人剣術家」というキャラが出てきます(月姫より前の作品だと思う)。
最近では「MIBURO」というアダルトゲームで主人公が「相手を殺せる点のようなものが見える」という設定でした。
作者本人が「似てるものを探してしまう」ために、「作者の中で似てるということになる」だけでしょう。

自身で「こういう主旨の物語」と明確にできていれば、そもそも既存作と同じ設定だろうと「似てる」とは思いません。
よって、「設定」それ自体はどこまでも被ってても問題ありません。
物語と設定は別です。

上記の回答(設定被りは、どこまでが仕方ないのでしょうかの返信の返信)

スレ主 赤山曹灰長 : 24 人気回答! 投稿日時:

回答ありがとうございます!

貴重な意見、感謝です。確かに、設定を箇条書きで挙げると色々と似通ってしまいますね。
設定ではなく、物語で既存作品に差をつけられているか、今一度見直してみます。
あと、月姫やDies辺りを例に挙げたのは、恐らく、自分が影響を受けた作品であるからです。もし、自分がパクリをしてしまったのだとしたら、ここら辺だと思ったので……。

カテゴリー : 著作権・オリジナリティ スレッド: 設定被りは、どこまでが仕方ないのでしょうか

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元記事:表現力について

 初めまして.最近小説を書き始めました(初心者です).
ジャンルは異世界で,主人公である女の子が二つの世界を行き来する物語です.
 個人的に書いてて苦戦しているのは世界観を表現する書き方です.
特に異世界(ファンタジー)は空想の世界なので自分がイメージしている世界観(例えば建物だったり,キャラクターだったり...)どう表現するべきなのか困っています.なので質問は:

-世界観やシーンを表現する場合,気をつけるべき点やどうすれば表現出来るのか?

-参考に出来るサイト,小説等ありましたら是非おすすめを教えて下さい.

-表現力をもっと養える?練習方法等ありますか?

まだ二話しか投稿していないんですが,私が今書いている小説はこちら:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054914338136

(感想や直すべき点等ありましたら,是非書いて頂きたいです)

上記の回答(表現力についての返信)

投稿者 あまくさ : 0

世界観は一気に読者に伝えようとせず、ストーリーを追いながら少しずつ盛り込んでいく方がいいと思います。特に小説の場合はアニメや漫画のように絵で表現することが出来ないので、情景などを一瞬でイメージさせるのは無理なんですね。だから、ポイントを押さえることが必要です。
あと手順ね。

まず。
ファンタジーだとしたら、西洋風なのか、和風なのか、中華風なのか、現代日本をベースにどこかが歪んだダーク・ファンタジーなのか。そういった基本的なカラーだけは最初から明確に打ち出しておきたいですよね?
こういうのも直接的に書くより、主人公の行動を軸にして日常的なちょっとした小道具で自然にイメージしてもらうのがいいです。
例えば飲み物を呑むにも、湯呑と書けば日本風、グラスと書けば西洋風。建物なら赤レンガの壁と書けば西洋風。これだけで分かります。
ドラコンさんの言われている食べ物も有力だと思います。食文化とか大袈裟に考えなくていいです。ピクルスとか書くだけでかなり雰囲気が伝わります。
あと名前。ルートヴィッヒなら西洋、陳舜臣なら中国。
こういうのを説明はしないで、作品冒頭の3行以内くらいに必ず一つは入れるのがコツかと。3行で大雑把なイメージを伝え、書籍だったら2~3ページくらいでイメージを具体化していきます。これも可能なら説明は極力排し、小道具や会話などで表現するように心がけるといいです。

まあ、あまり描写だけだとそれはそれでふわふわしてしまうこともあるので、要所要所でちょっとだけ説明文を入れるとイメージが定着します。ただし、これも長い説明文にはしないで、なるべく1行程度で端的に。あくまで描写が本体で、説明は補足と考えてください。

ファンタジーの世界観は単なる舞台だけではなく、ストーリーの終盤に明かされる大きな秘密が隠されている場合もあります。そういうものはプロット全体を通じて、段階的に明かしていくのがセオリーでしょう。
難しいようですが、そういう目標があれば序盤の描写のいくつかは伏線になるので、むしろどういうポイントを押さえればいいかという方針が立てやすいです。

   *   *   *

描写というのは闇雲にやるものではなく、最初にストーリーをしっかり考え、自分が何をやりたいのかを明確につかんでいれば、一つ一つの場面で何を書けばいいかは自ずと見えてくるものなんですね。
「上手く書く」のではなく、「必要なことを書く」。これが基本かと。
ただ慣れないうちは、このシーンでこういうこと伝えたいと何となく思っても、なかなか文章が思いつかないだろうと思います。
そこはこうすれば万全という便利なコツがあるわけではなく、ひたすら練習して身につけるしかありません。練習というのは小説を読みまくり、小説を書きまくるということです。

一応、私が個人的に意識している描写の要領みたいなのを、ちょっとだけ書くと。

例えばですね。

暑い季節に樹木に覆われた丘の小道を歩いて、ふもとの村に向かっているとします。

◎ふと足をとめ、木漏れ日を見上げて額の汗をぬぐった。

と書けば、それまで歩いていたことも、樹木の多い風景も、暑い季節なのも自然に分かりますよね?

◎梢の切れ間に青い空がみえる。ふたたび曲がりくねった小道に歩を進めた。

◎やがて木々に閉ざされた行く手の視界が急にひらけ、眼下になだらかな野と民家の赤い屋根が点々と見わたせた。

◎村の彼方には、青くかすんだ山並みがつづいている。~は両手を大きくひろげ、一つ深呼吸した。そういえば、こんなふうに肺一杯に空気を吸い込む感覚は、ずいぶん久しぶりのような気がする。

てな感じかな。まあ、お恥ずかしいですが。
気を付けていることは、

1)描写といっても凝った比喩などは使わない。

2)主人公の行動を通して書く。

3)情景描写、体感描写、心理描写を組み合わせる。

例文として書いてみた文章はラノベとしてまだ少し硬いかもしれませんが、ファンタジーの場合は多少の余韻はほしいので、このくらいの感じに書くのが好みです。ただし、一つ一つの単語は平凡なものばかりのはずです。

また読者は主人公に寄り添うというか、主人公の目で情景を見て、主人公の感じたことを疑似体験するように書けば、実感しやすいと思うんですね。なので、ストーリーはできるだけ主人公の行動を軸に進めるようにします。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 表現力について

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投稿日時:

元記事:ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?

どうも。質問は初めてです。よろしくお願いいたします。

本題ですが、ラノベの一般読者層の知性について質問です。

会社でなんとなくぼーっとしていたとき、ふと「ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいなのではないか?」という仮説が思い浮かびました。これについて、色々調べたところ、以下のようなことが分かりました。

――――――――――――

■テレビの想定視聴者層はどれくらいか?

(少し昔の話題になりますが)とある芸能人が「CMは偏差値40の人にも理解できるものじゃなきゃダメ。この会社にいる時点で普通ではないと自覚しろ。世間にはおそるべき量のおそるべきバカがいる。そしてそれが日本の『普通の人』だ」という発言をしました。

また、演劇人の壤晴彦氏は、Twitterで同じような発言をしています。
「もう随分昔、当時の売れっ子脚本家とプロデューサー同席の時「日本のTVドラマは小3の語彙力で書けと言われます」俺「ホント?」P「ウン」俺「小4じゃダメなの?」P「視聴者から『難しい』ってクレームが来るんだよ」

さらに、KeyHoleTVの開発者である苫米地英人氏は自著の中で「そもそも現代のテレビ番組が、どういう層を対象にしているかというと、小学生高学年レベルの知力を対象レベルとしている。つまり、小学校高学年の頭脳が見てちゃんと理解できるレベル以上のものは、テレビには存在しないのだ。報道だろうが連ドラだろうが、同じである。すべて小学生向けのものだと思って間違いない。」と語っています。

小学3~4年生レベルの知性というと、国語が「ごんぎつね」、算数が「割り算」「小数」「角度」、理科が「磁石のしくみ」くらいとなります。いやいやさすがに馬鹿にし過ぎではないかと疑ったのですが、その手の人と付き合いのある友人に確認してみたところ、「まさにそう。彼らの知識はほんとそれくらい」と強く頷いていました。

これらを鑑みるに「テレビは小学生高学年レベルが理解できるように作られている」というのは信ぴょう性が高い(と私は思っています)。

■偏差値40の人は何に興味があるのか?

下記サイトにて、「偏差値40の人は何に興味があるのか」を解説していました。

はあちゅう氏の電通の先輩が言う「偏差値40の人向けPR」を解説。
https://www.kyohei-suzuki.com/entry/hensachi40-pr

(以下引用)
『偏差値40程度の人達は「時間が潰せること」と「快楽を得られるもの」に興味が振れていると言えます。電車やバスの待ち時間、退屈な授業中の暇潰しはスマホでソシャゲー。でも、ゲームだけだと飽きるので、楽しいことがしたいと思って恋愛を求めたり、バイクに乗ったり、ギャンブルにはまったりする。恋愛は本能、その他は「周りがやってるから」という理由で選び、ハマって行きます。彼らは多くのこと、本質的なことは考えず、本能や親しい人の勧めに従って行動するのがパターンです。物事をよく考えてから判断して行動する傾向のある、偏差値の高い人々とは逆のベクトルを向いています。』

そのうえで、偏差値40の人に受け入れられるコンテンツの特性として以下の要素を挙げていました。
・五感に訴え、本能を刺激するもの
・強く共感させるもの
・親しみを持たせるもの

――――――――――――

上記を踏まえたうえで、ライトノベルの一般読者層は、上記のような特徴を持つ人々と考えてもよいと思いますでしょうか? それとも、これ以上の知性を想定すべきでしょうか? もし、後者を支持するならば、どれくらいの知性を想定すべきだと思うでしょうか?

ご意見よろしくお願いいたします。

上記の回答(ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?の返信)

投稿者 甘粕 : 1

テレビとラノベ、そもそも媒体が違う。それを偏差値に結びつけて考えるのは極論かもしれない。
知性、偏差値、に伴う分かりやすさが大事な部分もあるけど、本はどちらかというと想像力の方が重要でしょう。(頭の中で映像を展開出来るような、そんな分かりやすさ)

カテゴリー : その他 スレッド: ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?

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元記事:陸上部の練習について

今書いてる小説、主人公が陸上部所属で、
陸上がテーマではありませんが練習風景が出てきます。
私は陸上部に所属したことがないのでよく分かりません。

設定→公立高校、実力は中堅程度

知りたいこと
◯夏休み中は週何日、1日何時間くらい練習するか
◯普段の練習メニュー
◯男子部と女子部がある場合、どのようにグラウンドを融通しているか
◯そもそも夏休みの時点で3年生は練習に参加しているのか

上記の回答(陸上部の練習についての返信)

投稿者 にわとり : 2

>夏休み中は週何日、1日何時間くらい練習するか

 顧問がどのくらい力を入れているのかによるのでは。あと陸上だと特別な道具があまり必要ないから、部員にやる気があれば顧問のいないところで勝手に自主練習できないこともないだろうし、同程度の実力でも部の雰囲気によって差が大きいのではないかという気がする。

>普段の練習メニュー

 自分自身が陸上部じゃなかったこともあるし、これはちょっと想像もつかない。よく学校の敷地のまわりを走っている運動部員がいたような記憶はうっすらあるけど、あれが陸上部だったのかどうか思い出せない……。もしかしたらテニス部とか他の運動部が体力づくりで走ってただけかも。
 ただ、大会で成績残すのが最終的な目標なわけだから、すくなくとも大会のルールに則ったタイム測定とかはいつもやってるんじゃないの? たとえば400m走に出場するなら、本番と同じ要領で400m走ってみてタイムを測って記録をつけるとか。『テーマではありませんが練習風景が出てきます』という程度なら、グラウンドに白線を引いて本番と同じ距離のコースを用意して順番に走り、記録係の後輩がストップウォッチでタイムを測定するとか、そのくらいの描写があれば十分すぎるくらいだと思う。

>男子部と女子部がある場合、どのようにグラウンドを融通しているか

 陸上はサッカーとかバスケとは違って一人づつ走るわけだから、むしろ合同で練習しても問題ないのでは?
 もし男女で分けるとするなら、グラウンド使用権を誰が出しているのかによるのではないかと思う。生徒同士の話し合いで決まっているのであれば、双方の部員の力関係によって決まるだろうし、顧問が決めているならば顧問同士の力関係(先輩後輩関係とか)によって決まってくることもあるかもしれない。あるいは、基本的には平等に使うべきグラウンドではあっても、大会の成績が良いほうの部活がより自由にグラウンドを使えるという雰囲気が現場レベルではできていてもおかしくはない。。このあたりは学校によってもいろいろだろうし、設定次第でどうとでもなりそう。

>そもそも夏休みの時点で3年生は練習に参加しているのか

 だいたい運動部は夏休み前後に大会があって、それが3年生にとっては引退試合になるパターンが多いので、夏休みはちょうど変わり目くらいじゃないだろうか。陸上部ということはインターハイ? インターハイと夏休みってどっちが先だっけ。
 さらに季節がすぎて秋くらいになると、部活にくる3年生イコール部室をたまり場にしている面倒なOB/OGになってくるイメージ。

 小説的には、かりに一般的じゃない練習風景でも「そういう学校だってあるかもしれないし、物語の舞台になっている学校ではこういう風になっているんだ」と言い切ることが重要だと思います。創作において作者は神なので、設定に明らかな矛盾がある場合はともかく、"自分の出身校はそうじゃなかったけれど、そういう学校もあるかもしれないな"と思わせられる程度に書けていれば、厳密には嘘だったとしてもとりあえず物語としては何とかなります。
 ルポルタージュのような正確さを求めるのであれば、各種学校や行政のウェブサイトにあたって性格な情報を集めてみてもいいかもしれませんが、陸上部が主題というわけでもないエンタメ小説のためにそこまでするのは割に合わないし、雰囲気でそれっぽく見せかけることのほうが正しい知識より書き手として必要な能力なんじゃないかという気がします。

カテゴリー : その他 スレッド: 陸上部の練習について

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