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元記事:いっこうにストーリーが

つい最近活動を始めた創作ド初心者です。
ラブコメや現実世界線のSF物を書こうとしたものの、キャラが思い付くのまでは良いんですが、全く物語が編めません。
一体どうすればいいのか……。

上記の回答(主人公像は最後に考えてもいいかも)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 1 投稿日時:

 考えてみたものの、サタンさんのご意見の枠組み内になっていますし、ある場合にはこう、みたいな一例にもなってしまっています。応用性に欠けるなどの点を予めお詫びしつつ、個人的な経験での一場面でこうだった、という事例として見て頂けるよう、お願いします。

1.感動した作品による執筆意欲の罠

 好きな作品は、主人公に魅力を感じている場合が多いですね。いいなと思うものは、自分もやってみたいのが人情というものです。特に主人公が特異な能力を持っている場合に顕著です。そのこと自体は、いいことだと思います。

 しかし、主人公の能力に魅力を感じ、同じように特異な能力を持つ主人公までは考えたけど、そこから先が思いつかないってよくあります。剣の達人のフィクションを読んだり観たりして、槍の名手ならどうだろうと思いつく。槍の名手の設定は難しくはありません。物凄く簡潔に言えば「最強無敵の槍使い」ですから。

 じゃあ、その槍使いが活躍するにはどうしたら、どんなイベントがあれば、となってアイデアが出てこない。主人公に対抗できそうな剣使いが出てきて、えーっと、みたいになってしまう。話作りの自由度が大きすぎるんですね。なんでもいいがゆえに、方向性が定まらない。

2.主人公の能力・特性はイベントから引き出される

 一方、「どういう困難があるだろうか?」という発想も、お話作りにはあります。現実でも自分が困難に遭遇することは多々ありますね。高校や大学入試だと、「志望校に入学するには学力が足りない」とか。すると、「教科書や問題集がすらすら分かる頭があればよかったのに」とか「もっと前から準備しておけば」となります。(分かっちゃいるけど、ですけれどもorz)

 困難を先に発想すると、困難を克服できる能力や条件が発想しやすいわけです。どういう困難があるかを先に考え、その困難を解決できるキャラクターを次に考える。そういう発想順序だと、お話作りがやりやすくなってきます。

 自分が魅力を感じられる主人公を先に発想しても構いません。が、イメージした理想の主人公を全く変えずに、主人公が活躍できるイベント(≒物語)を発想しようとすると、発想自体が難しいこと以外に、なんとかアイデアをひねり出してもイベントに無理が出がちです。主人公を引き立てるためだけの演出臭さが出たりするんですね。

 ですので、最初の主人公案は仮のもの(叩き台)として、主人公が活躍できそうなイベント案をひねり出したら、イベントの見せ場、効果を最大になるようイベント主体で考え、イベントに応じて主人公(の能力、特性、弱点等々)も変えてしまうべきです。

3.悪役は能力が先、イベントが後

 一方、物語で事件を起こす悪役は事情が違ってきます。悪役は調和した平和を破る破壊者です。壊した後のことは考えなくていいキャラクターですね。波乱さえ起こせばいいので、能力から先に発想するほうが楽です。

 とてつもない腕力(と倫理観欠如)だけでもいろいろできます。しかし、物語を起動させるには、いろいろできるうちのたった一つを選べばいい。あれもできる、これもできるのに、なんでそれなの、なんてことはどうでもいい。野暮です。悪役は「こうしたいからこうする」のキャラです。

 つまり、こういう能力があれば、例えばこんな悪事ができるな、で物語をスタートさせることができます。悪役で説明しましたが、非常識なまでの無邪気でも似たようなことができます(ラブコメでよくある、例えば主人公に一目ぼれしてまとわりつく超絶美少女ヒロインとか、主人公が一目ぼれしたのが超横暴ヒロインとか、いろいろ)。

4.イベントが発生すれば主人公が必要とされる

 イベントが発生してくれれば、上記2になるわけで、イベントの解決方法(いわゆる「勝利条件」)も考えだすことができます。腕力頼りの悪党を止めるか倒すには、A.単純により強い腕力を持つ B.柔よく剛を制す C.正面からぶつからずに知略を用いる(孔明の罠)、などが容易に思いつけて来ます。そのどれかを、主人公が能力として持てばよい(もしくは、持とうと努力するのもドラマになる)。

5.とりあえずのまとめ

 以上のような次第ですので、物語発想のやりやすい手順の一例としましては、問題行動を起こしそうなキャラ→そのキャラが起こす具体的問題→問題解決策→主人公の能力・特性、という発想の流れがあるように思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: いっこうにストーリーが

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元記事:ラッキースケベについて

まず最初にこれは真面目な話であることを理解お願いします。

とりあえず、ちょっと聞きたいのですけど、ラッキースケベって必要なのでしょうか?
なぜそんなことを言うかというと、自分が書く作品の主人公はラッキースケベをするような主人公ではないのです。
もしラッキースケベが起ころうとしたら、それを回避しようとする主人公なのです。
例えると、魔法科高校の劣等生の主人公であるお兄様みたいな感じです。
で、ラッキースケベは必要でしょうか。
というより、ラッキースケベとはどの度合いを言うのでしょうか。
女の子に抱きつかれたりするのはラッキースケベに入るのでしょうか?
もし自分の作品の主人公がラッキースケベをするとしたら、ドアを開けたら女の子が着替えてるところに遭遇するとか、女の子に抱きつかれたりする程度です。
間違っても転んで女の子に突っ込むようなことはしません。
そんなことをする前に主人公の能力とかで回避してしまうからです。

長々となりましたけど、以上の点からラッキースケベは必要なのでしょうか?

上記の回答(ラッキースケベについての返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 2 投稿日時:

 作中のキャラ視点と、作者視点が混同されていないか、ちょっと心配になります。杞憂だとは思いつつも、その線で一応、書いてみようと思います。なお単純化のため、ラッキースケベとなる被害者(?)が女性である場合に限定してみます。

> 自分が書く作品の主人公はラッキースケベをするような主人公ではないのです。
> もしラッキースケベが起ころうとしたら、それを回避しようとする主人公なのです。

 ラッキースケベは、アクシデントです。作中のキャラ視点では不可抗力なものを指すのであって、ラッキースケベをするとか避けるとかいったものではありません。

 作中のキャラ視点で可能なのは、第一にはラッキースケベが起こった後の行動、言動です。直ちにラッキースケベ状況から離れ、かつ恥じ入りさえする描写があれば、ラッキースケベすら忌避する主人公のイメージになります。逆にわざと引き延ばしたり、後で思い返してニヤつくと逆の性格描写ですね。

 第二には、ラッキースケベに遭遇しそうな状況を避けるかどうかがあります。階段で上側にスカートの女性がいるときは階段を避けるか、少なくとも自分の足元しか見ないとか。ただ、ラッキースケベを周到に避ける描写をすると、かえってスケベ性を感じてしまうこともあり(「なんでそんなにラッキースケベ熟知してるのw」みたいな)、匙加減が必要だと思います。

 キャラ視点でまとめますと、ラッキースケベ自体を避けることも起こすことも原則的には不可能で、可能なのは事後の対処だけ。発生確率を避ける行動はかろうじて可能だが要注意、となります。

 一方、ラッキースケベが発生するか否かを決めるのは作者視点です。作中のキャラに制御不能なアクシデントの発生を決めているのは作品世界の神、すなわち作者だからです。作者が物語の進行や読者の興味を掻き立てるのに必要と思えばアクシデントを入れますし、逆に物語的に無意味、さらに邪魔となりそうなら、高確率で起きるはずのことも起こさせなかったりします。(それが不自然にならないように見せるのが作者の腕前)

 ですので、作品にラッキースケベが必要か否かという点ですが、物語の進行やキャラ描写に必要なら入れるべき、不要なら避けるべき、となります。

 ラッキースケベを忌避する主人公をお考えということから、単純に考えると、ラッキースケベは作者が制御して回避すべきでしょう。しかし、ラッキースケベですら避けるキャラだと示すには、ラッキースケベを発生させて、主人公の対応を描写するのが有効だったりします。勇者が勇者と認識されるには肩書だけでは説得力がなく、勇気を試されるイベントのクリアが必要、みたいなことですね。

 何がラッキースケベかという点については、作品での「スケベ」レベルの扱い次第となるように思います。具体的には「どの程度で羞恥心を感じるか」です。これは、同じキャラでも状況で変わったりしますので、同一作品内でも一定しません。

 例えば、現実でもある例としては、ビーチやプールでの水着。かなり大胆なビキニで闊歩してたりしますが、じゃあ街中で同じようにして歩けるかと言えば、恥ずかしくて無理でしょう(本人も周囲も)。

 フィクションでも、夏のラッキースケベの定番の一つ、プール・海水浴でヒロインのビキニの紐がほどけて、というのはトップレスですが、街中でヒロインにトップレスさせたら、以降のストーリーに重大な影響が出かねません(ヒロインが恥じ入り、人前に出られなくなる、とか)。スケベのレベルを決めるのは、ヒロイン個人の状態だけではなく、主人公の反応を含む、周囲の状況との兼ね合いであるわけですね。

 逆のケースもあります。例えば女性下着業界のフィクションを作るとします。下着をつけた女性はもちろん、下着を外した女性との遭遇といったラッキースケベを全く入れずに描写を続けたら、おそらく嘘くさいでしょう。「何回振っても、なぜか1の目だけは絶対に出ないサイコロ」みたいなもんで、イカサマ臭くなります(確率的には0ではない、つまりあり得ないとはいえないんだけど)。
(発生確率の高いラッキースケベだと、目を引く度合い=インパクトが下がるといったことがあるけど割愛。)

 もしかすると、一方通行さんは、「ラノベならラッキースケベは不可欠と言われている」みたいな話をお聞きになって、入れないとラノベではないのかと不安に思われたのでしょうか? もしそうなら、そんなことはないので気にされないほうがいいと思います。読者受けのためだけに入れるのは、物語の進行を妨げ、かえって作品をつまらなくしてしまいます。無理に避けるのも同様です。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: ラッキースケベについて

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元記事:ラッキースケベについての返信

 作中のキャラ視点と、作者視点が混同されていないか、ちょっと心配になります。杞憂だとは思いつつも、その線で一応、書いてみようと思います。なお単純化のため、ラッキースケベとなる被害者(?)が女性である場合に限定してみます。

> 自分が書く作品の主人公はラッキースケベをするような主人公ではないのです。
> もしラッキースケベが起ころうとしたら、それを回避しようとする主人公なのです。

 ラッキースケベは、アクシデントです。作中のキャラ視点では不可抗力なものを指すのであって、ラッキースケベをするとか避けるとかいったものではありません。

 作中のキャラ視点で可能なのは、第一にはラッキースケベが起こった後の行動、言動です。直ちにラッキースケベ状況から離れ、かつ恥じ入りさえする描写があれば、ラッキースケベすら忌避する主人公のイメージになります。逆にわざと引き延ばしたり、後で思い返してニヤつくと逆の性格描写ですね。

 第二には、ラッキースケベに遭遇しそうな状況を避けるかどうかがあります。階段で上側にスカートの女性がいるときは階段を避けるか、少なくとも自分の足元しか見ないとか。ただ、ラッキースケベを周到に避ける描写をすると、かえってスケベ性を感じてしまうこともあり(「なんでそんなにラッキースケベ熟知してるのw」みたいな)、匙加減が必要だと思います。

 キャラ視点でまとめますと、ラッキースケベ自体を避けることも起こすことも原則的には不可能で、可能なのは事後の対処だけ。発生確率を避ける行動はかろうじて可能だが要注意、となります。

 一方、ラッキースケベが発生するか否かを決めるのは作者視点です。作中のキャラに制御不能なアクシデントの発生を決めているのは作品世界の神、すなわち作者だからです。作者が物語の進行や読者の興味を掻き立てるのに必要と思えばアクシデントを入れますし、逆に物語的に無意味、さらに邪魔となりそうなら、高確率で起きるはずのことも起こさせなかったりします。(それが不自然にならないように見せるのが作者の腕前)

 ですので、作品にラッキースケベが必要か否かという点ですが、物語の進行やキャラ描写に必要なら入れるべき、不要なら避けるべき、となります。

 ラッキースケベを忌避する主人公をお考えということから、単純に考えると、ラッキースケベは作者が制御して回避すべきでしょう。しかし、ラッキースケベですら避けるキャラだと示すには、ラッキースケベを発生させて、主人公の対応を描写するのが有効だったりします。勇者が勇者と認識されるには肩書だけでは説得力がなく、勇気を試されるイベントのクリアが必要、みたいなことですね。

 何がラッキースケベかという点については、作品での「スケベ」レベルの扱い次第となるように思います。具体的には「どの程度で羞恥心を感じるか」です。これは、同じキャラでも状況で変わったりしますので、同一作品内でも一定しません。

 例えば、現実でもある例としては、ビーチやプールでの水着。かなり大胆なビキニで闊歩してたりしますが、じゃあ街中で同じようにして歩けるかと言えば、恥ずかしくて無理でしょう(本人も周囲も)。

 フィクションでも、夏のラッキースケベの定番の一つ、プール・海水浴でヒロインのビキニの紐がほどけて、というのはトップレスですが、街中でヒロインにトップレスさせたら、以降のストーリーに重大な影響が出かねません(ヒロインが恥じ入り、人前に出られなくなる、とか)。スケベのレベルを決めるのは、ヒロイン個人の状態だけではなく、主人公の反応を含む、周囲の状況との兼ね合いであるわけですね。

 逆のケースもあります。例えば女性下着業界のフィクションを作るとします。下着をつけた女性はもちろん、下着を外した女性との遭遇といったラッキースケベを全く入れずに描写を続けたら、おそらく嘘くさいでしょう。「何回振っても、なぜか1の目だけは絶対に出ないサイコロ」みたいなもんで、イカサマ臭くなります(確率的には0ではない、つまりあり得ないとはいえないんだけど)。
(発生確率の高いラッキースケベだと、目を引く度合い=インパクトが下がるといったことがあるけど割愛。)

 もしかすると、一方通行さんは、「ラノベならラッキースケベは不可欠と言われている」みたいな話をお聞きになって、入れないとラノベではないのかと不安に思われたのでしょうか? もしそうなら、そんなことはないので気にされないほうがいいと思います。読者受けのためだけに入れるのは、物語の進行を妨げ、かえって作品をつまらなくしてしまいます。無理に避けるのも同様です。

上記の回答(ラッキースケベについての返信の返信)

スレ主 一方通行 : 0 投稿日時:

返信ありがとうございます。
とても参考になり、ラッキースケベにはそんな奥深いものがあるとは分かりませんでした。
ちなみに自分の作品は三人称視点で書いてます。

また何かあった時は、できればよろしくお願いします。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: ラッキースケベについて

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元記事:ラッキースケベについて

まず最初にこれは真面目な話であることを理解お願いします。

とりあえず、ちょっと聞きたいのですけど、ラッキースケベって必要なのでしょうか?
なぜそんなことを言うかというと、自分が書く作品の主人公はラッキースケベをするような主人公ではないのです。
もしラッキースケベが起ころうとしたら、それを回避しようとする主人公なのです。
例えると、魔法科高校の劣等生の主人公であるお兄様みたいな感じです。
で、ラッキースケベは必要でしょうか。
というより、ラッキースケベとはどの度合いを言うのでしょうか。
女の子に抱きつかれたりするのはラッキースケベに入るのでしょうか?
もし自分の作品の主人公がラッキースケベをするとしたら、ドアを開けたら女の子が着替えてるところに遭遇するとか、女の子に抱きつかれたりする程度です。
間違っても転んで女の子に突っ込むようなことはしません。
そんなことをする前に主人公の能力とかで回避してしまうからです。

長々となりましたけど、以上の点からラッキースケベは必要なのでしょうか?

上記の回答(ラッキースケベについての返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

ラッキースケベは、ブルース・クリーンさんの言うように基本的に気にする必要はありません。
ところが特にラブコメなんかではほぼ必須と言っていいほどラッキースケベな展開が用意されてたりします。
お色気が出しやすい漫画などではラッキースケベを主力の一つと考えてる作品も少なくないでしょう。
これは何故かというと、単純に「そういう表現だから」というだけの理由です。

つまり、「ラッキースケベ」で表現できるものを考えてみて下さい。
まず、トイレや脱衣所に鍵をかけわすれて女の子と主人公が出くわすみたいな展開は、恥ずかしがって怒る女の子と誤解を解こうと慌てる主人公とでコメディを表現できますよね。
次に、スケベというのはようはお色気。性を書いてるものですが、ラッキースケベした相手がどうでもいい相手なら冷静に対処すればいい話で、そこで恥ずかしがる・慌てるってのは、これって恋愛感情の延長線上にある表現なんですよ。
すなわち「ラッキースケベ」ってのは、「ラブコメ」の「ラブ」と「コメ」を同時に表現できる秀逸な展開だ、ということです。
そのうえ、キャラクターが恥ずかしがったり慌てたりするような感情が強く現れる場面ってのはキャラクターの素を書けるので、キャラを出しやすいんですよ。
だからラブコメではほぼ必須と言えるくらいよく見かけるわけですね。
ただこれは使いやすいので便利に多用されている、というだけで「必須と言えるくらい」とは書いたけど、別に必須ってわけではありません。

当然ながらラブコメ要素のないラノベも世の中には多いですし、ラブコメ展開を好まない作家さんは使用したがらないでしょう。それで何も問題ありません。
お悩みの内容では「ラッキースケベに移行しにくい」というキャラクターのようなので、この場合はラッキースケベを利用しても上記したような効果は得られないでしょう。
そうなると、簡単に考えれば御作には不要ではないかなと思います。

ここからは私見というかただの妄想だけど、
作品の中には、そういうラッキースケベにしにくい設定であえてラッキースケベな展開にして、ラッキースケベ展開に対する批判を書くというアンチテーゼもあったりします。
近年は個性的なキャラクターが多いので、こういう斜に構えた展開を多々見ますね。
例えば、「この素晴らしき世界」はパッと見でハーレム系ラブコメファンタジーかなと思えるけど、主人公がそうでもない上ヒロインたちが個性的なので、ひとつ屋根の下で暮らして一緒に風呂入ったりもするけどラッキースケベな展開にはさほど発展しない。はいはいそうですねと簡単に流しちゃう。
そういった、やりにくいならやりにくいなりに「逆方面に利用する」というアプローチも良いと思います。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: ラッキースケベについて

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元記事:ラッキースケベについての返信

ラッキースケベは、ブルース・クリーンさんの言うように基本的に気にする必要はありません。
ところが特にラブコメなんかではほぼ必須と言っていいほどラッキースケベな展開が用意されてたりします。
お色気が出しやすい漫画などではラッキースケベを主力の一つと考えてる作品も少なくないでしょう。
これは何故かというと、単純に「そういう表現だから」というだけの理由です。

つまり、「ラッキースケベ」で表現できるものを考えてみて下さい。
まず、トイレや脱衣所に鍵をかけわすれて女の子と主人公が出くわすみたいな展開は、恥ずかしがって怒る女の子と誤解を解こうと慌てる主人公とでコメディを表現できますよね。
次に、スケベというのはようはお色気。性を書いてるものですが、ラッキースケベした相手がどうでもいい相手なら冷静に対処すればいい話で、そこで恥ずかしがる・慌てるってのは、これって恋愛感情の延長線上にある表現なんですよ。
すなわち「ラッキースケベ」ってのは、「ラブコメ」の「ラブ」と「コメ」を同時に表現できる秀逸な展開だ、ということです。
そのうえ、キャラクターが恥ずかしがったり慌てたりするような感情が強く現れる場面ってのはキャラクターの素を書けるので、キャラを出しやすいんですよ。
だからラブコメではほぼ必須と言えるくらいよく見かけるわけですね。
ただこれは使いやすいので便利に多用されている、というだけで「必須と言えるくらい」とは書いたけど、別に必須ってわけではありません。

当然ながらラブコメ要素のないラノベも世の中には多いですし、ラブコメ展開を好まない作家さんは使用したがらないでしょう。それで何も問題ありません。
お悩みの内容では「ラッキースケベに移行しにくい」というキャラクターのようなので、この場合はラッキースケベを利用しても上記したような効果は得られないでしょう。
そうなると、簡単に考えれば御作には不要ではないかなと思います。

ここからは私見というかただの妄想だけど、
作品の中には、そういうラッキースケベにしにくい設定であえてラッキースケベな展開にして、ラッキースケベ展開に対する批判を書くというアンチテーゼもあったりします。
近年は個性的なキャラクターが多いので、こういう斜に構えた展開を多々見ますね。
例えば、「この素晴らしき世界」はパッと見でハーレム系ラブコメファンタジーかなと思えるけど、主人公がそうでもない上ヒロインたちが個性的なので、ひとつ屋根の下で暮らして一緒に風呂入ったりもするけどラッキースケベな展開にはさほど発展しない。はいはいそうですねと簡単に流しちゃう。
そういった、やりにくいならやりにくいなりに「逆方面に利用する」というアプローチも良いと思います。

上記の回答(ラッキースケベについての返信の返信)

スレ主 一方通行 : 0 投稿日時:

サタンさん、返信ありがとうございます。
とても参考になりました。
特に、逆に利用するという点はとても参考になりました。
それを利用できれば利用していきたいと思います。
またこういうことがあったら、ご教授お願いいたします。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: ラッキースケベについて

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元記事:悪人主人公って難しい?

こんばんは。
ちょっと思ったのですが、主人公の方が悪いことするお話って難易度高かったりするのでしょうか?
私自身、悪女が大好きでいつか悪女主人公のお話を書いてみたいです。ただ、個人的にあまり初心者の作品で主人公が悪というモノを知らないので、難しいんだろうなと思っています。
そういう作品って、主人公に苦しめられる方が嫌な奴に書かれる場合が多かったりバッドエンドが当たり前だったりするのでそこの調整が大変そうだなと感じます。

上記の回答(悪人主人公って難しい?の返信)

投稿者 たぶんギリで牡蠣 : 1

 難易度は別に高くないでしょう。かといって低くも無いですが。

■世間における難易度を考える
 悪を倒す正義というのはまだ幅広くウケていることは事実。当たりやすいので統計的に主人公=正義も多いのはたしか。そう言った意味では難易度は高めになる。
 しかし勧善懲悪の多かった昔に比べれば、多様性社会となった今ではどんな物語でもウケる可能性が広がっているし、それはもっと広がっていくと思われる。
 と考えれば別に高難易度というほど高くもない。

■制作に関する難易度を考える。
 凄まじく大雑把に本を善悪で二分するなら、善の本が多くなる。つまり、悪行を書こうとした場合に、参考にできる本が少ないことを示す。まぁ難易度は難しい方に傾く。
 が、またも多様性社会において、悪側の本も無数に存在しているから、参考に困るほど本が少ないわけでもない。つまり、難易度は別に難しすぎるということも無い。
 ぶっちゃけ、参考文献なくても「ああやりたい!」「こうやっておわらせたい!」って強く想像できるなら、この辺りはまーったく気にしなくても良い。

※ぶっちゃけ、どんな物語だろうが、現行にあるストーリーを参考にする必要はなく、面白ければどんな終わり方をしてもいい。バッドエンドが当たり前?そんな当たり前は存在しない。と、考えた方がいい。
 物語にはその物語にふさわしいエンディングが存在する。物語云々無視して、悪行だからバッドエンド。みたいな考え方してると、設定練ってる最中につじつま合わせにしかならなくてつまらなくなる。と牡蠣は思う。

 以上の事から、難易度は別に高くないでしょう。かといって低くも無いですが。と思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 悪人主人公って難しい?

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投稿日時:

元記事:魔法の設定について

 現代日本で失われた鉄道風景を中華風ファンタジー世界で再現しようとしている、ドラコンです。拙作の構想で、地下牢を出したく別スレッドで質問しましたが、話が別の方向に行きそうなので、新たにスレッドを立てさせていただきます。

 魔法の設定について、2点ほど質問します。

 1、魔法の歴史について

 科学技術なら、時代が下るにつれて発展する(性能が上がる)イメージです。ですが、魔法の場合には、古い時代のほうが優れているイメージがあります。『ドラクエ5』のルーラは、失われた古代呪文で、研究者が復活させています。

 拙作の構想では、主人公の時代より、2、300年前の時代の幽霊が登場する予定です。主人公にとっての「現代」と「2、300年前」とで、魔法の水準が同じで構わないのでしょうか。

 主人公の時代に存在する、鏡を使った「テレビ電話」や「暗視カメラ」に当たる魔法道具が、「2、300年前」に存在してもいいものでしょうか。というより、むしろこれらの魔法道具が「2、300年前」に存在していないとならないのでしょうか。

『ドラクエ』をやっていると、『7』や『10』の主人公が何百年、何千年単位で過去の世界へ行くことがあります。そのわりに、「過去の世界」の衣食住の水準は主人公にとっての「現代」とあまり変わらないですね。むしろ『7』では、からくり(ロボット)の技術は過去のほうが上でしたし。

 拙作では、「2、300年前」には鉄道は存在しないので、幽霊が畜力(馬やラクダ)で数箇月掛かった距離を鉄道で数日で移動し、驚くような場面は考えてあります。

 2、魔法の制限

 魔法の設定は後述しますが、魔法が使い放題だと、便利過ぎますよね。どう制限を掛けるかを迷っています。『ドラクエ』のように「MP」との数値があれば楽なのですが。それに『映画ドラえもん』だと、ひみつ道具を「忘れた」「壊れた」で使えないことも多いですね。ひみつ道具が使い放題だと、冒険になりませんからね。

 以下、資料です。

 ●拙作の構想(出だし)
 主人公の皇后、張銀鈴(ちょうぎんれい)(14歳)は、牢番の訓練のための囚人役を決める賭けすごろくで負け、3日間地下牢に入ることとなった。その地下牢で、2、300年前に獄した皇后の幽霊(幽閉の理由は側室の讒言)に出会い、とりつかれる。

 ●魔法の設定
 ・魔法の使用はお札など道具が必要。
 ・攻撃用の魔法よりも、生活系の魔法。主に家電を魔法に置き換える感じ。
 ・感覚は、『ドラえもん』のひみつ道具に近い。
 ・効果の高い魔法道具は、値段が高いか、使用者の体力・気力の消耗が激しい。若しくはその両方。
 ・現時点考えている魔法道具は具体的には以下の通り。
 鏡を使った「テレビ電話」「暗視カメラ」。「テレビ電話」は使っていると曇るから、電話局に持ち込んで有料の磨き直しが必要(電話料金に相当)。
 空飛ぶはがき。
 容器そのものが呪符の「保温弁当箱」「魔法瓶」。
 マッチに当たる「お札」か「棒」。
 お札を張って使う「冷蔵庫」(プリペイド式携帯電話のように、電気代に当たるお札を買って箱に貼り付けると、有効期間中は中が冷たくなる)。
 呪符になっている扇子なら、空中に浮かべてあおがせたり、大きくして武器として使ったりできる(重さは普通の扇子、強度は鋼)。

 ●関連スレッド
 「幽霊が生者にとりつく理由は?」
 https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/counsel/novels/thread/881

 「地下牢(地下空間)の居住性は?」
 https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/counsel/novels/thread/923

 拙作の世界観については、下記のプロローグをご覧ください。

 『(改稿版「駅編」) 寿国演義 お転婆皇后と、天空聖地と、雲表列車』
 https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/prologue/novels/thread/47

 『寿国演義 庶民出お転婆皇后と、天空聖地と、雲表列車 (再投稿)』
 https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/prologue/novels/thread/38

上記の回答(魔法の設定についての返信)

投稿者 ヘキサ : 1

まず、一番最初にお詫びさせてください。
私はずっと「ドラゴン」さんだと思い込んでいたんですが「ドラコン」さんだったんですね……伏してお詫び申し上げますorz

さて、本題ですが、技術の衰退なんて最たるものは古代ローマ→中性暗黒時代です。
ちなみにローマ帝国を支えていたのは奴隷の労働力、それをよしとしないキリスト教の倫理観がそれに待ったをかけたわけです。

なので、ロードス島戦記やソードワールド等、一般的な中世ファンタジーの世界の古代王国のモデルはたいていローマ帝国です。奴隷の労働力を魔法の力に置き換えたりしている。で、この二つの舞台のフォーセリア世界はその奴隷の反乱によって滅び、そして古代語魔法の使い手自体が忌み嫌われている。そのため、リプレイのパーティのリーダーは原則戦士系が担当するのが推奨されています。そうしないと多くの人々にとっての支持を得られないからです。

……すみません結構脱線しました。で、これが中華風世界観になるとどうなるか、というところですね。
中国の世界観は仙人>>>>神、神は世界の運行を司る公務員、そのお役所仕事が杜撰すぎて問題になることもしょっちゅう。
対して仙人は義務感などから解き放たれ、不老長寿を求めたりとかで至ってシンプルな我欲でもって自由に遊び暮らす存在。そのため術も覚えたものは使いたい放題でゲーム的なバランスを考慮するのは至難の業、存在自体がチートみたいなもの。それを見事なバランスでもってゲーム化したのが央華封神なわけですが。

アイテムの重要性とそのチート具合などを考えると、確かにドラえもんのひみつ道具に近いというのは的を得ている感じはします。
で、主人公が最大国家の王朝の一員なわけですから、最高レベルのものを所持していて何らおかしいことはないわけですよね。

つまり「水戸黄門タイプ」勝って当たり前の展開。それでいいんじゃないかという気がしています。
苦戦するということは王朝末期。あまり面白い状態になるとは思えません。
で、まさに水戸黄門が越後のちりめん問屋の隠居を装っているように、身分を隠した状態での地方の人々との触れ合いを楽しむ。そちらに話の重点を置いたほうがいいのではないか、という気がしました。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 魔法の設定について

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投稿日時:

元記事:パクりだらけのオリジナル小説

はじめまして、渚といいます。掲示板に書き込むのは初めてなので、変な部分があったらごめんなさい。カテゴリー違うかもしれません、ごめんなさい。
私はオリジナル小説を書きたいのですが、とあるゲーム(以下、作品A)の設定やストーリーが好きすぎて、どうしても強く影響されてしまいます。

最初は、オリジナルキャラクターを主人公にした作品Aの二次創作でした。
ただし、作品Aの公式キャラ達は登場しない。別視点とかではなく、一種の成り代わりみたいなものでした(主人公達のポジションをオリキャラ達が乗っ取っている)。
オリキャラで、作品Aの世界観やストーリーをもっと楽しみたいと思っていた気がします。
ですが、公式キャラ達は登場せずオリキャラだらけ、公式の世界観を借りてるだけで中身は完全なオリキャラ劇場。設定も独自解釈やオリジナル設定が多く、「一次でやれ」状態だと気付きました。
設定を読み返して、作品Aのファンが見て楽しめるようなものではないと思い、オリジナル部分が強かったのもあって、二次創作から一次創作に切り替えることにしました。
何より、既存作品の世界観を自分の物みたいに扱うのは嫌だと思ったんです。だから、オリジナルでやれれば一番良いと思ったのですが…。

ですが今度は、作品Aの要素が強すぎるパクり小説が生まれました。
主人公達やキャラクターはオリジナルなのですが、世界観設定とかは、細かい部分の違いはあれど、名前を変えただけでほぼ作品Aといった状態です。
ストーリーは全く同じというわけではないのですが、全体的な流れや雰囲気はほぼ作品Aみたいな感じになってしまいます。
色々設定を考えているのですが、やはり作品Aの設定やストーリーを書きたいと思ってしまい、結果パクりになってしまいます。

二次創作だとオリジナル要素が強すぎて一次でやれ状態になり、一次創作だとパクり小説になってしまいます…。

そのオリジナル要素も、他の作品B作品Cからパクってる感じで、パクりの集まりになってしまっています…。
一応そのまま持ってきてるわけではなく、世界観()に合うよう設定は少し弄ってありますが、知ってる人からすればパクりです。

オリジナル小説()でパクりだらけになるのなら、もう諦めて『二次創作(成り代わり(?)、オリジナル設定あり、作品BCから設定借りてます)』にすべきか、開き直って『オリジナル小説(作品Aのほぼパクりで作品BCから設定借りてます)』にすべきか…。
パクるといっても、なんとなくパクるのではなく、ちゃんと設定の本質とかを理解した上で、必要だなと思ってパクってしまいます。どのみち悪い行為ですが…。

今の目標は、脱・作品Aで、かつ作品Aで書きたかったネタをオリジナル小説として書く、です。

面倒な感じですが、ずっと悩み、考え続けています。楽したいからパクるとかではないんです、書きたい設定を書こうとすると結果的にパクることになってしまうんです…。
影響されすぎな自分に嫌気がします。

悪いことだとはわかっています。どなたか、意見を貰えないでしょうか…?

上記の回答(パクりだらけのオリジナル小説の返信)

投稿者 読むせん : 2

どこがパクっている状態ですか?

①世界感
②特殊能力などのギミック設定
③キャラクター
④言葉やセリフ
⑤人間関係

こういったものを原作と二次作、一次作と比較してみては?
個人的には②をどうにかすると完全に別物にできますので、おススメ。

なろうで腐敗している「悪役令嬢ざまぁ系」とかは②だけを変えてやれば同ジャンルの別作品になるの。

シナリオは・・・・バッドエンドじゃなけりゃだいたい似てくる。あんまり気にしないでいい。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: パクりだらけのオリジナル小説

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ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

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