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アニメの時間帯の矛盾について (No: 1)
スレ主 ストライナー 投稿日時:
フェアリーテイル・七つの大罪・ゾン100・マギ・ワンピース・ガンダムシリーズ・戦隊大失格など、深夜以上の過剰なお色気シーンや残酷シーンが朝や夕方で放送させて、子どもに見せていいような描写を流してどうなのかなのと、ラディアンのような鬱要素の強い漫画をNHKが夕方でアニメ化するのがとても疑問に思いますが、どう思いますか。
カテゴリー: その他
この質問に返信する!アニメの時間帯の矛盾についての返信 (No: 2)
投稿日時:
90年代アニメを見てきたオッサンからすれば、挙げられたタイトルは全然、少なくとも特別取り上げるほどお色気も残酷描写も鬱要素もない作品だと思うかな。
昔は普通に女性キャラが上半身裸でおっぱい丸出しなお色気シーンとか例としてタイトル挙げるのが難しいほど普通に夕方に放送してたし、NTRとかも割とあったし、「無限のリヴァイアス」ってアニメだと活躍したキャラの彼女が襲われて男性恐怖症になるって展開もあって、これも夕方放送だったな。リヴァイアスは2000年頃か。
「今そこにいる僕」ってアニメもヒロイン的な子が敵に監禁されて長い間性奴隷になってたって展開があって結構救われない話だったな。あれは夕方だけどBSだったっけか。
エヴァ放送後からの2000年代前半はエログロ鬱が夕方放送なんて珍しくなかった。
いろいろ規制された上で昨今のお色気や残酷描写があるから、例えば今だとTV版エヴァは夕方じゃ放送できないんじゃないかなと。
何度か再放送したと思うけど、深夜だった。
そのうえで放送されてるのが昨今のアニメだから、別に規制のラインは超えてない適切な描写じゃないかなと思うな。
その規制があるおかげで、逆に夕方じゃアウトな「お色気に振り切ろう」とか「残酷描写はねっとりやろう」とか「鬱なテーマでアニメ作ろう」とか話題性を狙った深夜アニメが活発になったところもあるから、規制自体はある程度は創作界にとって刺激にはなるんだろうと思うけど、
アメリカのアニメみたいに、子供が見るんだから銃が出たらダメとかタバコ吸ってるキャラはキャンディに修正するとか、そこまでの規制は、文化の違いもあるから他国にとやかく言わんけど日本では止してほしいな。
映画だと今敏の「パーフェクトブルー」とかが気持ち悪くなるような演出と描写だったけど、話題性を狙ったエロやグロは映像的派手さで表現しがちだから、対して今敏みたいな深く抉ってくるようなの作れる人は、こういう規制があるとなかなか現れないよね。
深夜以上の過激さっていうか、「深夜だから出来る話題性」ってノリが、そこまで話題にならなくなってきた昨今だから、深夜帯のアニメが落ち着いてきてるだけじゃないかな。
昔の深夜アニメだと、「Lain」とかで女子中学生が自慰行為をしてたりとか、自慰行為で言えば最近も無職転生でやって賛否の物議があったっけ。残酷描写だと「ひぐらしのなく頃に」とか当時話題だったけど、グロさで言えばもっとグロいのあるよね。
さすがに深夜でないと難しい演出だけども、それ以上が夕方で放送されてるってことはないんじゃないかな。
規制は倫理機構とかあるけど基本的にはあくまで自主規制だから、明確なラインってのは局部を出したらダメとか男性器は立ってたらダメとか法や条例で引っかかるようなものになって、解釈次第になる描写や演出だと、そのラインは制作会社の倫理観というか感性に寄ってしまう。
つまり、それを見る視聴者も同じ話で、スレ主さんはその倫理観が高いという話ではないかな。
私の感性では、現在のアニメの倫理観は適切ないしちょっと行き過ぎてる部分もあると思うくらい。
アニメの時間帯の矛盾についての返信 (No: 3)
投稿日時:
「子供」が何歳くらいなのか分かりませんが、小学生以下なら何の番組を観せる観せないは基本的に親の裁量です。すぐ放送してる局や制作会社の問題にしがちですが…。
自分の子供には教育上よくないと判断したら観せない。で解決する問題かなと思います。
アニメの時間帯の矛盾についての返信 (No: 4)
投稿日時:
逆に聞きたいんだけど、なんでそれが問題なのですか?
恐らく、『子供の教育に悪い』的な話だと思うのですが、僕から言いたいことは大きく二点。
まず、根本的にはテレビの視聴は視聴者側に選択権があるという事。車内広告や本屋のPOPであれば話は別でしょうが、テレビに関しては『見たくなけりゃ見なければいい』と思います。
なお、話は逸れますが補足として言えば『明らかに番組が想定している視聴者と噛み合わないCMが流れている』場合に関しては例外もあるとは思います。
しかし、番組そのものについて言えば『見ない』選択肢が取れる訳です。
そして『表現の自由』ではなく、『視聴の自由』の問題として時間帯に対して放送番組を決める事の方が不健全であると考えます。(商業的問題は別ですが)
2つ目。誤解されがちですが、教育というのは、『特定のものを子供から遠ざける』『有用な物のみを子供に与える』ことではありません。
『問題がある物についてはその実態を子供に教え、対策を考えさせる』『有用なものに本当に害がないか子供に問いかける』『様々な理不尽について子供に理解を促すとともに、免疫を付けさせる』と言った事も、本来教育のあるべき形です。
社会科や道徳科という学科があるのがいい例でしょう。
歴史は、偉業のみを学ぶわけではありません。過去に起きた過ちに対して、現在の視点から見て学びを得る事に意義があります。
地理は、特産品や数字を覚えるのみではなく、土地特有の災害や、風土病(今は少ないですが)、自分の住む場所に無い物を知る事で知見を深めるのです。
公民で勉強する内容には、法律のみならずそれを悪用した賄賂事件や、そうでなくとも犯罪事件に関する物も含まれます。これが『犯罪を推奨する内容』だと思う人はいないでしょう。
結局のところ、見方の問題です。
鬱屈としたもの、残酷なものに対して、ただ忌避するのは容易いことでしょう。
しかし、何をどうとったって学びには活かせるのです。
同時に、お色気シーンや残酷シーンが教育に悪影響だという声について。
まず言うべきことは『その程度のシーンに子供が感化されるというのであれば、それは親の情操教育の怠慢に他ならない』という事です。
一方的に自分の価値観が正しいと主張する気はありませんが、『キモチワルイ』『汚い』などの表現で色々な物を忌避する事こそ、現実を直視していない人間の証左ではないですか?
我々の食う野菜や肉は『いのち』です。殺して、切って、焼いて、食卓に上ります。
日本が誇る重工業技術は、他方で、実の所『技術交流』の名のもとに各国の軍事技術に応用されています。(『防衛省 イスラエル』で検索してみてください)
まさかと思いますが、『政治家の横領・贈収賄はすべてでっち上げだ』とは信じていないでしょう。
みんなが思う以上に、この世は『キモチワルイ』『汚い』ものに満ちています。子供のうちからその事を教えずして、何が教育ですか?