鹿の王/ラノベレビュー・シルヴィさん

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[ 著者名 ] 上橋菜穂子
[ ジャンル ] 異世界FT
[ 出版社 ] 角川書店
[ 発売日 ] 2014/9/25

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シルヴィさんの書評

「身体も国も、ひとかたまりの何かであるような気がするが、実はそうではないのだろう。雑多な小さな命が寄り集まり、それぞれの命を生きながら、いつしか渾然一体となって、ひとつの大きな命をつないでいるだけなのだ」

本屋大賞、日本医療小説大賞ともに受賞の大作。
一言で言うと、「著者は常ながら進化した」。

ファンタジーでは珍しく病や医療を主題に扱ったものとなっており、それが本作の特色となっている。
物語の内容は端的に言えば、「謎の死病を巡る人々のドラマ」であろう。

・簡潔さと的確性、美しさと写実性を兼ね備えた文体
・善悪二元論や綺麗事では済まされない、各々の思惑がぶつかり合う世界
・写実的に描かれた国家・民族の文化や思想、人々の暮らしぶり
・多彩な人物や様々な思惑が織りなす壮大な大河ドラマ
・視点の切り替わり

などといった「真の写実主義」の一言に尽きる上橋氏の十八番は健在であり、本作のそれは「守り人」シリーズ及び「獣の奏者」をも上回るといってもよい。
また、

・「ダニなどを媒介して病素が移ることもある」
・「同じ条件のもとにあっても発病するものとそうでないものがいる」
・「人体の中には兵士がいて、病の元と戦うことで健康を守っている」
といったように病気や医療についても、プロの医者が監修したこともあって詳しく的確に描かれている。

「呪い」や「神罰」といったファンタジーによくありそうな典型的発想は一つの発想(思想)としては登場しつつも、それは実際の原因ではない。それどころか、荒唐無稽だと言わんばかりにこの考えを蹴り異を唱える人物も登場する。

「征服者と被征服者」の構図も物語の重要な要素となっているが、それを単純な善悪で断定することはない。
征服者を悪と見て独立しようと目論む者はいるが、彼らは正義として描かれていない。

むしろそれが敵対する側どころか己の属する国にとっても百害あって一利なしであり、征服されたことで隣国の脅威には以前よりも怯えなくてすむようになったという利点も指摘されている。

最後に。
この作品は後述する幾つかの問題を抱えつつも、大作として実ったと私は考える。
いい意味で期待を裏切らない、より進化した贅沢な逸品であった。

お気に入りのキャラはいますか?

もう一人の主人公、ホッサル。
医術師である彼が主人公であったことは病を扱う本作の性質上当然であり正解であったといえる。
彼の視点から人体や病気の原理、オタワル医術と東乎瑠医術の違いなどが説明されるのがいい。
好奇心旺盛で問題に直面するとそれを解決することに夢中になる性格には、「獣の奏者」の主人公・エリンの要素が垣間見える。

意図したファンサービスではないだろうが、熱狂的な上橋ファンならば、これにはニヤニヤさせられずにはいれないであろう。
実はそのことに気づいたのは読後であり、その時私も「意外に前作の要素が引き継がれているな」と心底驚きつつニヤニヤしたものである。

この作品の欠点、残念なところはどこですか?

「守り人」シリーズや「獣の奏者」と比べても人物が多く、物語を形作っている人物・国家・民族関係などが複雑であった。

時々「あのキャラ誰だったっけ?」状態に陥るのみならず、著者の十八番ともいえる視点の切り替わりにも本作ではついていけなかった。

また、結末はとある人物の行く末を「読者に想像をお任せする」形であり、賛否両論といえるかもしれない。
上記の特徴からいって、本作は上級者向けであり、簡単に読めるようなものではないといえる。

これから読みたいという方は、下準備として「守り人」シリーズや「獣の奏者」を読んで「上橋テイスト」に慣れてから本作を読むことを薦める。

鹿の王(上下合本版)<鹿の王> (角川書店単行本)

ラノベ書評

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