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ニシンさんの返信一覧。最新の投稿順2ページ目

元記事:世界観構築の共通点について

人気作品は現実に起こる「かもしれない」と思える設定が多い気がします。例えば「リゼロ」や「このすば」あるいは「空の境界」では主人公が交通事故にあっていますよね。そして事故を通して異世界へ行けたり、あるいは能力に目覚めたり。交通事故という誰にでも起こりうる事柄を通す事でキャラへの親近感を高めていると言うか。他にも「SAO」や「禁書目録」も科学が発展すれば「もしかすると自分達にも起こりうるのでは?」と思えますし。
ここで、皆さんのご意見を聞かせてください。
物語の世界観を構築するにあたって、「現実でも起きるかもしれない」という物は必ず必要だと思いますか?

上記の回答(世界観構築の共通点についての返信)

スレ主 ニシン : 0 投稿日時:

皆さん、ご意見をありがとうございます。
サタンさんの【「ある日突然に異世界へとワープした」という展開が有り得ないからと言って、「事故に巻き込まれてワープした」に変更したところで、これが「有り得る」となるわけがない。って事です。
そういう出来事を入れりゃいいってものではありません】という言葉には目から鱗が落ちました。そりゃそうですよね……
皆さんご意見をありがとうございました!

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 世界観構築の共通点について

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元記事:応募する作品のタイトルについて。

新人賞の選考の際、タイトルで落とすって事はあるのでしょうか?
また、少しでも目立ったタイトルをつけた方が良いのでしょうか?。

上記の回答(応募する作品のタイトルについて。の返信)

投稿者 ニシン : 0 投稿日時:

初めましてのららなさんニシンと申します。
タイトルは新人賞に投稿するにあたって我々が提示できる武器の一つです。ですので、のららなさんが仰る様に「目立つタイトルをつけた方が良いのか?」というのは確かに「そうです」と言えると思います。タイトルはその作品の容姿の一つです。人間も、容姿が整っている人の方が人気があるものです。ですが、「絶対に必要である」とは僕には思えません。特に、新人賞においては。というのも、例えばサタンさんが例に出していた「せんせいは何故女子中学生にちんちんをぶちこみ続けるのか?」というタイトルを例に出してみます。僕は初めてこの名前を知ったのですが、確かにインパクトがありますよね。一目見ただけで「先生が女子中学生にちんちんぶちこむ!? なんじゃそりゃ!?」となりました。そして「なんじゃそりゃ!?」という驚きは「読んでみたい」という思考に繋がる一つだと考えます。ですので「目立つタイトルをつけた方が良いのか?」というのはそういった意味ではアリだと思います。「僕は友達が少ない」や「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」等は目立つタイトルの一つと言えましょう。ですが「目立つタイトルを付ける」には幾つか制約があります。例えば「fateシリーズ」に「せんせいは何故女子中学生にちんちんをぶちこみ続けるのか?」あるいはそれに類似するタイトルがつけられていたと考えてみてください。作品の持つ雰囲気が著しく壊れていませんか? 作品を読み終わった後「タイトル詐欺じゃねーか」となる事うけあいです。どれだけ名作であろうとも。
では次に「fateシリーズ」に「聖杯戦争」と、いわゆる地味なタイトルが冠せられていたと考えてみてください。タイトルにインパクトはありませんが、作品の内容と剥離しているとは感じないハズです。実際に「fateシリーズ」は聖杯戦争を通して物語が進むわけですから。
これが「目立つタイトル」の制約の一つだと考えます。つまり、「どれだけインパクトのあるタイトルをつけようとも、作品の設定、雰囲気に沿ったタイトルでなければ意味がない」と。 前述した「僕は友達が少ない」や「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」は目立つタイトルだと思うのですが、これらは作品の設定に沿ったタイトルを冠していると思います。
逆にこれらが「Fate/stay night」であれば「タイトル詐欺じゃねーか」となるわけです。だったら地味でも作品内容に沿った名前にした方が良いと、そういう意味で「絶対に必要ではない」と思います。
長々と書いてしまいましたが、結論を書きます。
「タイトルが目立つ事は作品を際立たせるのに有用である。しかし、内容に沿ったタイトルでなければ特別なタイトルである必要性は絶対ではない」と。
最後に、出版社側が素人である我々に最も求める事は作品の品質であると考えます。タイトルが作品の雰囲気を壊さない物であればその辺りはわりと寛容ではないかしら? 新人賞投稿時と発行後で名前が変わる事はよくありますし。もちろん名前が良い物であればそれに越した事は無いですが。 
なお、蛇足ではありますが、夏目漱石の「彼岸過ぎまで」は「彼岸過ぎまでに書き上げようと思ったから」このような名前にしたそうです(笑)わりとそれくらいの気持ちで行くのもいいかもしれません。

カテゴリー : その他 スレッド: 応募する作品のタイトルについて。

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元記事:話の筋を作りながら物語のテーマにぶち当たるまで思いつくままに書いていていいんでしょうか?& アスペルガーの作者がアスペルガーを題材にしていいんでしょうか

どうも竹牟礼です。
「一番合戦 仁」というペンネームでやっています。

紛らわしいのでこちらの名前にすることにしました。

以下長文失礼します。

一つ目の質問です。
僕には小説の師匠がおりまして、 人となりを簡単に説明しますと、 かつて11人体制のプロジェクトを組んで途中で頓挫したという経歴を持つ、そこそこ経験のある現役同人小説家です。
( 現在は神話系の話を書いてるそうです)
そんな彼の指導のもといつも書いているのですが、彼のアドバイスで「本当にこれでいいのか?」と思うものがありました。

別スレッドでも少し書きましたが、「テーマというものは物語の最後でぶち当たるものだからどんどん書き進め。 出来上がったものが面白くなくても話の筋はできているはずだ。 それをたたき台にして推敲すればいい」 というものでした。

僕の作品のあらすじを以下に少しだけ説明させていただきます。

アスペルガー症候群を持つ主人公が七つの種族が治める異世界へワープし、謎の少女を暴漢から助ける。
事情をよく聞いてみると、彼女たちの種族は差別されていて、 村は差別主義者に焼かれて両親も焼き殺されたという。
お兄さんは破壊神の力に取り憑かれていて、各地に災いを振りまいてるという。
そのお兄さんを探しに 二人は旅に出る……、と言うお話です。

そ師匠の言う通り書いてみたのですが、やはり自分の作品が書いていても面白くないし、見ていても面白くないのです。
計画通り進んでいると言えば聞こえはいいですが違和感を禁じえません。
本当にこの書き方でいいのでしょうか?

二つ目の質問です。

(先に断っておきますが僕はアスペルガー症候群の当事者です)

先にも書きましたが アスペルガーの主人公が僕の小説に登場します。

軽々しく表現するべきじゃないことは重々承知しておりますが、ライトノベルの業界では「アスペルガー」という単語が出てきたことは過去一度もないでしょう。
一般文芸を見渡してもそうそうそんなタイトルは見つかりません。
( もしそんなテーマで売れてるのであれば 本に疎い人であっても誰の耳にも入っている筈です)
「発達障害×ファンタジー 」 というジャンルはまだまだ未開拓であり、うまく料理すれば僕にしか作れないとても面白いストーリーになるではないかと僕は分析しました。
いわば諸刃の剣です。
下手くそなものを書いて発表すれば確実に 身を滅ぼしかねないほどバッシングされます。
( 僕はよく知りませんが、筒井康隆のてんかん騒動とか)
少なくとも通常であれば素人や定型発達の人が扱う代物ではありません。

なのに、せっかく主人公は『アスペルガー症候群』という設定にしたのに設定自体を物語に絡めることができないのです。
それ単体でもかなり重い要素なのに、そこに破壊神、人種差別、 と重たくて暗い要素が加わり、作品全体がまとまってないような気がします。

そろそろ質問したいことのまとめへ移りましょう。

1.アスペルガーの作者がアスペルガーの 主人公を出していいのか?
また、アスペルガーの作者が、 実体験をもとにアスペルガー症候群を題材にしていいのか?

2. 「物語のテーマにぶち当たるまで話の筋を掴みながら場当たり的に書いていき出来上がったら推敲する」という書き方でも大丈夫なのか?

色々と書き連ねてきましたが、以上の2点について質問したいと思います。

どうぞお手柔らかによろしくお願いいたします。

補足: 僕は本気でかつて自分にも向けられた発達障害に対する差別や偏見を、他でもない自分のペンによってぶっ壊そうと思ってます。
ですからアスペルガー症候群という症名も バンバン出して行くつもりでいます。
カテゴリーエラー起こしてるのは重々承知です。
そうでなければこの世の中は変わりません。
いくら大人に読まれる内容の本をアスペルガーという題材で書いたとして、 理解するのは大人であり 10代20代に響きません。
そこで感化された大人がいくら動いたとしても、イジメはなくならないのです。
かといって療育の専門家が10代向けに書いた説教臭い教育本なんて、誰も読みはしない。
ならどのようにして彼らに訴えかけるべきか。
答えはただ一つ。
彼らが一番よく目にするライトノベルというジャンルに 発達障害というキーワードを以て一石を投じる必要があります。
僕がそのつもりで書いていることをご了承ください。

上記の回答(話の筋を作りながら物語のテーマにぶち当たるまで思いつくままに書いていていいんでしょうか?& アスペルガーの作者がアスペルガーを……に対する返信)

投稿者 ニシン : 0 投稿日時:

初めまして、竹牟礼 基さん。ニシンと申します。若輩者ですが、竹牟礼さんのお力になれればと存じます。
まず、「話の筋を作りながら物語のテーマにぶち当たるまで思いつくままに書いていていいんでしょうか?」という質問から回答させて頂きます。これは「いいです」と言えます。私の経験でありますが、「とにかく世界観を構想していたら、作品のテーマが見えた」という事がありました。ですので、書いている内にor構想中にテーマ浮かび上がる事はままありますのでアリです。
ですが、だからと言って「テーマを決めてから物語を作る」という事をやめてはいけないと思います。 
と、いうのも「どちらの作品の作り方でも作品は作れるから」です。
どちらかの作り方を否定し、行わなければ、その作り方で産まれたかもしれない作品を産まれる前から殺してしまう事になります。それは、あまりにも勿体無いと思いませんか?
あともうひとつ。
「その師匠の言う通り書いてみたのですが、やはり自分の作品が書いていても面白くないし、見ていても面白くない」とありますが、そりゃそうです。なにせその作品は叩き台となるべく作られた物ですから。師匠さんにも言われているではありませんか。
「テーマというものは物語の最後でぶち当たるものだからどんどん書き進め。 出来上がったものが面白くなくても話の筋はできているはずだ。 それをたたき台にして推敲すればいい」 と。叩き台、つまりその作品は原案です。最初の原案から面白い作品を書ける人間がいたら化物です。かの「鎌池和馬 」氏も「とある魔術の禁書目録」を執筆する際は担当さんと殴りあいのような討論を交わし、作品を形にしていったらしいです。プロがそういうプロセスを歩んでいるのに我々アマチュアがいきなり原案から面白い物を作る事など難しいです。
個人的な感想ですが、小説を書く事はダイヤモンドのカッティングに似ていると感じます。最初はいびつな原石でも、カッティングにより美しい宝石へと姿を変えるのです。
「書いていても面白くない。見ていても面白くない」
良いではありませんか。書いても見ても面白くなくても。その作品に足りない部分、なぜ面白くないのかを探求し、形にしていけば。その作品はもしかしたらダイヤモンドの原石かもしれませんよ。あとは作者である竹牟礼さんのカッティング次第です。諦めない事が肝心です。
次に「アスペルガーの作者がアスペルガーを題材にしていいんでしょうか 」について回答させて頂きます。
この辺りはナイーブですので、どうすれば良いのか難しいですよね。経験があります。私は宗教でしたが。
その際の、個人的な感想です。「宗教にせよアスペルガーにせよなんにせよ、その事柄に対して傷つける様な内容を書かない事。もし書くのであれば、強烈な批判を覚悟して書く」という事です。逆に言えば「人を傷つけない内容なら書いても良い」という事ですが、「傷ついた、傷つけられた」という線引きは人それぞれなので難しいですが。
ただ、一番悪いのは「書きたい事を書かない」という事ではないでしょうか。曖昧に書くのであれば最初から書かないで別な題材で書けば良いだけの話です。 
とにかく書く。書いて送って(投稿して)批判を食らったら直す(ただし、全部直すんなら意味がない。それは両立させる様に努力する)
とにかく書いてみて第三者に批判なり称賛なり評価を貰ってから考えた方が良いです。何も始まってないのに未来に怯えても勿体無いです。

長文失礼いたしました。

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: 話の筋を作りながら物語のテーマにぶち当たるまで思いつくままに書いていていいんでしょうか?& アスペルガーの作者がアスペルガーを題材にしていいんでしょうか

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元記事:ストーリーが単調になる

大きな街を舞台にしたアクション作品を書いているのですが、どうしてもストーリーが同じような感じになってしまいます
敵が来る→弱点等を探る→なんとか倒す→敵が来る といった風に変化がなく面白くなさそうです。
書いている分には楽しいのですが発信していくとなるとやはり変化は必要だと思います。
ストーリーが単調にならないアドバイス等、よろしくおねがいします。

上記の回答(ストーリーが単調になるの返信)

投稿者 高野豆腐 : 0

せっかく「大きな街」を舞台にしているのですから、そうである理由、例えば
主人公或いは敵のたまり場・アクションの前の準備・人間関係等を描写するとか、
その大きな街ならではの生活風景、街の光景なども描写してはいかがでしょうか
ざっくりと「作品世界に引き込む」という言葉からもう少し踏み込んで、
「作品の舞台に引き込む」「キャラクターを立たせる」というやつです
アクション小説といいつつ、アクション部分だけがお話の中で重要な部分ではないと
思います

ストーリーが同じというよりは、「敵が来てはやっつける・自分達の方から
挑んでみる」というのは万人受けし理に適う、いわゆるアクションの王道パート
でしかないと思います
その王道に結びつけるまでの筋書き如何によって、話の筋というのもまた変わって
きます
単調やストーリーという言葉で済ませてしまわずに、もう少しそこまでの細かい筋道
も辿る視点を持ってみると、自分の作品としてのストーリーはなんなのか、という
具体的な条件を考えられるようになると思います

カテゴリー : ストーリー スレッド: ストーリーが単調になる

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投稿日時:

元記事:架空の神話を作りたい

比較神話学によれば、世界のあらゆる神話は単一の起源をもつと言います。つまり、現実世界の神話のたとえば日本とアステカの神話の共通点を取り出したとしてもそれは元々一つのものだったわけですから、先祖返りをさせただけということになります。「神話を地球上のどこからも借りずに作る」ということは不可能なように思えます。

もし完全に起源が異なる神話同士の偶然一致している部分を繋ぎ合わせれば、それは起源によらず人間が共通して作る可能性の高い神話ということだから、実在感があると思います。しかし実際はそうしたものと、神話同士の共通して同じ祖先から受け継がれた要素(あるいは共通の他の神話から借用された要素)とを区別する方法が、一見するとないわけです。
異世界の神話には必ず、バハムートやルシファーやエキドナやカーリーやその他諸々を登場させなければならないことになります。異世界のはずなのに、です。

もし、こうしたことを加味した上で、それでも抜け道的に神話を作るのに参考になるような資料等ありましたら教えてください。

勿論、人間が存在して言葉が通じる時点でかなりこの世界と異世界は似ている訳で、そんななか神話だけオリジナルにするのは虫のいい話かもしれません。「運命で地球と異世界は似るようになっている」の一言でもいい気さえしてきます。しかし「熊を想像せよ」と言われて想像した熊の毛並みはそれを問われるまで黒でも茶でもいいように、せめて読者に意識されるような問題として浮上した部分だけは、リアルな物に作りたいのです。

世界観はどちらかというと作品の脇役かもしれないですが、だからこそ重要だと考えています。お願いします。

上記の回答(架空の神話を作りたいの返信)

投稿者 読むせん : 0

理想に近い事をしとるんがクトゥルフ神話ちゃう?
ーーーーーーーーー
神話ってだいたい【理不尽な侵略】の正当化によって生み出されとるんやろなってのが多い。
多神教と一神教とかの差異はあるけど、だいたいが【侵略】の言い訳で、支配階層に居た貴族とかを擬人化ならぬ擬神化しとるんやろな。ってなるよ。

 神の在り方が、その地域を支配しとる王とかの生活スタイルや食生活、性生活、価値観を透かしとんねん。

王は貴様ら市民を支配する。支配するに足る理由があるからである。的な。
ーーーーーーーーーーーー
クトゥルフ神話そーゆーの全くない。
もともとホラー題材の悪意の創作神話だから、壮大な設定はあるのに、彼らに支配される下層民も王も透けてこない。

ガチ神話じゃなくてアメリカ独立後に作られたお化け屋敷のキャラ(宇宙規模)なの知らんかったから、すごい生理的に受け付けんかったわ。
 知った時、クトゥルフ生まれた時期的にホームズより年下でやんの!ってなった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
クトゥルフ「パンの大神」よんだけど、怨霊信仰のある日本人には「わりと普通」な事しか書いてなかったせいで困った。

むしろキリスト教徒って異質な価値観で生きとるねんなーってなったし。
=========
欲しとる形で言うと異界の神や異形が【地球の名称なのオカシイない】のいいわけ?
なら「まれびと信仰」でええのんちゃう?

比較的わかりやすいのんが『コトリバコ』って怪談。
よく分かんない呪いの小物の対処法を知っていた神社の息子が、「先行知識」として名称や対処法を知っている。

チート転生者やチート転移者が迷惑な害獣を倒してくれた。
彼らチーターは害獣を「ひどら」と呼称し、こういう危険性がある。こういう対処をするとマシ。弱点は火、などの知識を授けてくれた。
以降、その地域の村人は、あの害獣を「ひどら」と呼んでいる。みたいな。
ーーーーーーーーー
バハムートうんぬんでいうとベヒモスやフンババと同一視されていて、まあ「カバ」か「ゾウ」やろね。あいつら怖いのよ。

「カバ」の危険性を伝えるも、カバの居ない地域では理解不能で、それらが架空の魔獣化は基本や。ユニコーンちゃんはヨーロッパ人がサイの存在を認識してからやし。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 架空の神話を作りたい

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投稿日時:

元記事:鬱展開でもダメージを受けないメンタルの強い作家しか創作では生き残れないのですか?

僕自身の体験の話からさせてください。
「アイデアや技法をインプットするのと、ラノベにおけるトレンドを理解するために、
 作家志望の人間はあらゆるライトノベルを読むべき」というアドバイスがこのサイトに限らずいろんな場所で
言われているので、最近までジャンルにこだわらず色々なライトノベル、特にアニメ化するほどのライトノベルや、新人賞受賞作を読んでいたのです。

しかし、読んでいく途中で突然、読み進める手が止まってしまうことがしばしばありました。
読んでいて鬱な展開、ショッキングな展開があったときに、自分までショックを受けてストレスで
それ以降のページを読めなくなってしまうのです。
(例を挙げると主人公がいじめで暴力を振るわれるシーンや、チンピラに暴力を振るわれるシーン、
 メインキャラが上司にパワハラで圧力を受けるシーン、年端も行かない子供が殺されたりするシーン、
 露悪的に人間や世界の爛れた部分を描写する台詞や文章など)
(特にきつかった作品を挙げると、月見月理解の探偵殺人、ぼくと魔女式アポカリプス、
 とある魔術の禁書目録のオルソラがアニェーゼたちにリンチされる巻あたり)

そういう風にショックを受けて読めなくなった時、頭では
「このラノベはアニメ化するほど人気(or新人賞を受賞するほど認められている)のだから、
 この作品を読まないと面白い小説を書くためのアイデアや技法、それにラノベ界の最新のトレンドが理解できない。
 その作品に一部でも目をそらしてしまうような要素があるのなら、それは自分の感性が未熟なだけだ」と
自分に言い聞かせて読み進める手を再び動かそうとしても、どうしても読書を再開できません。

結果、「人気作を読んでいないのでアイデアや技法、最新のトレンドを十分に吸収できていない」
「読むべきはずの本を読めていない=自分で決めた課題を達成できていない」
「こんな状態だと面白い小説も書けるわけがない」と自己評価も下がり、
日に日にモチベーションも下がっています。
まして同じ作家志望の中に、上記のような人気作を楽しめている人間がいるならなおさらです。
アイデアの吸収量、トレンドへの理解という点では、明らかに僕は彼らより劣っているわけですから。

で、本題はここからで。
某エロゲ(鬱シナリオで有名)の某所でのレビューコメントに、
「自分は全然大丈夫だった。これで鬱とか言ってる奴はどんだけ打たれ弱いの?」
というコメントがあったんですけど、
ラノベで鬱展開を見ても大丈夫な人って、結局メンタルが強いから
鬱展開があっても問題なく見続けることができるんですよね。

彼らのようなショッキングだったり、重かったりする展開でも精神的に
ダメージを受けないメンタルの強い人間なら、
必然的に読むことができるライトノベルも増えるし、アイデアや技法も吸収できるし、
最新のトレンドに対する理解も深まるから、面白い小説を書ける可能性も高まりますよね。

てことは逆に言うと、僕みたいな鬱展開にいちいちショックを受けるメンタルの弱い人間は、
触れる作品も減るから十分にアイデアを吸収できないし、トレンドも理解できないから
面白い小説を書けないってことなんでしょうか?
僕が面白い小説を書くためには、より多い作品に触れてアイデアやトレンドをインプットできるために
鬱展開の多い作品を読みまくるなりしてメンタルを鍛えるしかないんでしょうか?

もしそうだったら死にたくなってきますね。
メンタルの強い人間が得をしがちな日常から
少しでも解放されるために創作を趣味にしてきたのに、
創作の世界でもメンタルの強さがものをいうだなんて……

上記の回答(鬱展開でもダメージを受けないメンタルの強い作家しか創作では生き残れないのですか?の返信)

投稿者 手塚満 : 2

結論から先に申せば、苦手な流行ジャンルに挑むか、自分の好きなジャンルで当面やっていくか、スレ主さんの決断次第です。以下、そのことを説明してみます。

1.苦手と感じるものは、創作者としてはむしろ向いている

「お化けの類が怖くない人はホラー作品を作れない」のだそうです(誰の言だったか忘れました)。確かにそうかもしれません。幽霊が怖くなかったら、幽霊がどう現れ、何を言い、どう行動したら怖いのか、想像するのは難しいでしょうから。

その一方、クトルゥフ神話で有名な作家ラヴクラフトはオカルトの類を一切信用せず、無神論者を自認すらしていたそうです。これも頷ける話です。幽霊が確かに存在すると信じているなら、その信じる内容に縛られてしまいますから(結果、作者だけが怖がるという悲喜劇にもなる)。

読者を唸らせるほどの作品を生み出したければ、苦手なもので苦痛を生々しく感じる必要性と、同時に感情抜きで眺める客観性が必要というわけです。「自分は全然大丈夫だった。これで鬱とか言ってる奴はどんだけ打たれ弱いの?」と言う人は、ゲームプレイヤーや読者にはなれても、クリエイター側になることは難しいでしょう。

2.ご質問文から推測してみたスレ主さんの得手不得手

スレ主さんはどうやら非常に他人に共感しやすい、感情移入が強く起こりやすいタイプではないかと思います。そうでなければ、実際には存在しない人物(作中のキャラ)がひどい目に遭うことを、我が事のように感じないはずですから。

ですので、難しい問題です。適性があるゆえにハードルが高くなっています。名作、人気作を読むときもそうですし、自ら書くときにはそういうシーンの必要性が出たら、さらに苦痛ではあるでしょう。

しかし、そこが他人には真似が難しい、スレ主さんの武器でもあるわけですね。なぜなら、作中のキャラになり切って、作品世界を実感することができるから。作者としてよく「キャラが走る」と言ったりします。作中キャラは、作者が想定して行動させているわけですが、作中キャラがまるで己が意思を持ったかのように感じる現象です。
(作者が作中キャラにAの行動をさせようとしたら、そのキャラがAはできない、やれるのはBだと言ってる気がする、とかです。)

こうなればしめたもので、作中キャラが自ら考え、行動している雰囲気が出やすくなります。そこに、キャラになり切る資質が加わると、いわゆる鬼に金棒状態となります。ただ、その鬼に金棒を活かすには、2つの選択肢が生じそうです。

3.リスク承知で苦手に挑むか

1つはいばらの道で、辛い描写のある作品を大量に読み、キャラの苦痛を自分の苦痛と感じても耐えること。そして、得たものを活かして書くんですが、当然、勉強した成果を出すためには、自作のキャラの苦痛も感じながら書くしかありません。

読むときは、ある程度つまみ食い(見たいところだけ注意、集中する)できるんですが、書き手になるとそうはいきません。シーンに登場するキャラ一人ひとりになり切って実感するだけでなく、シーンに出てこないキャラまで意識する必要があります。

例えば、牢獄につながれているヒロインを助け出す物語だとして、主人公が遠くで四苦八苦しているときでも、「このときヒロインはどうしているか」は意識する必要があります。これは私では難しいことなんですが(すぐ忘れる)、キャラを生々しく感じる能力があるスレ主さんなら可能になりそうです。

ただ、しんどいです。下手すると病みます。人生相談でも、他人の悩みを真面目に聞いただけでも、数人~十数人と聞いていると、相談者の苦痛を追体験しておかしくなることって、よくあるそうです。他人の話を上手に聞ける人ほどそうなる。ましてや、自分で創造したキャラですと、自ら苦痛を作り出し、自らが苦痛を受けることになります。

ですので、苦手意識がある分野、ジャンルに挑むなら、下手すると自分が壊れる前に撤退する覚悟と(サンクコストは切り捨てる等)、自分を客観視する用心が必要です。趣味の創作で実生活ができなくなってはいけませんから。しかし、もしやり続けることができれば、生き生きしたキャラが活躍する名作を生み出す確率は、例えば私みたいな共感の凡人より遥かに高いでしょう。

3.仮にニッチでも好きなジャンルを選ぶか

もちろん、それだけが道ではありません。リスクを避ける行き方もあります。ラノベも競争が激しくなってからは、刺激の強い描写を入れることが多くなりました。他人の作品のある過激描写が受けたとみたら、自分の作品ではもっと過激にしてみよう、という競争ですね。とりあえず目を引けるエロもグロは特にそうです。

でも、そんな作品ばかりじゃないですよね。ほんわかした作品だってある。ひたすら小ネタのギャグを延々と展開するものだってある。勝負ものだとしても、命張った血みどろのバトルがある一方で、囲碁や将棋の盤面で勝負する作品もある。どちらも同じくらい手に汗握るものがあったりもします。必ずしも身体的、精神的苦痛が大きいほど盛り上がるわけではないわけです。

スレ主さんもきちんと読めて、好きなジャンルはおありでしょう。もしそうなら、そのジャンルを目指すのも悪くありません。現時点での刊行数やPVでの人気ジャンルは気になる要素ではありますが、次の流行ジャンルが作者さんの好むタイプになる可能性だってある。むしろ、次の流行ジャンルを作り出すほうが得るものはデカいです。そうならなくても、ニッチで安定した人気を得ることも可能です。今は読者の好みが多種多様ですから。

4.たくさん読んで書く想定で選択すべきだが、いつ変えてもいい

作家スティーヴン・キングは小説家になるコツを聞かれて、「たくさん読んで、たくさん書く。それしかない」と答えたそうです。読むのも書くのも大量になることだけは覚悟する必要があります。苦手ジャンルに覚悟を決めて挑むか、今の自分にできるジャンルを目指すか。あるいは他の方法を模索するか。

こればかりはスレ主さんが自らを省みて、決めるしかありません。決めにくくてもとりあえず進むことです。自分がどうしたいかなんて、いつでも変えていいし、変えられるんですから。特に趣味でやるなら自由気ままでいいはずです。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 鬱展開でもダメージを受けないメンタルの強い作家しか創作では生き残れないのですか?

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